『陸』 エンディング 「……それで、祝福の音は君にも聞こえたかね」 人気のない、廃墟の中での会話だった。 年季の入ったぼろ布で頭のてっぺんから爪先までを覆い隠した男が、辛うじて覗かせる口元に弧を描かせる。 対峙するのは一人の狩り人。黒髪黒瞳、年の頃は二十半ばか後半に差し掛かったといったところだろうか。 腰に回された左の手は、冥い色の歪な形をした小振りな剣の柄に添えられたままだ。 緊迫した空気だった。物言わず、ただじっと痛みを堪えるように口を結んだこの狩人に、暗がりに身を沈めたまま男は微かに鼻を鳴らした。 「君が、どのような経緯でこの場を訪れたのかは聞くまいよ。だが安心したまえ、今宵は二十と五つの星が折り重なる日のうち、八日目だ」 「……さっきから、何を言ってるんだ。あんた」 「おや、知らずに此処に来たのかね。フフフ……つまりだ――此処は常の舞踏会とは異なる場なのだよ。とびきりの得物を掲げるには、少々不粋ということだ」 男の視線が狩人の手元に落とされる。濃紫、射干玉の色合いの、竜の顎を模した鋭く尖った形状の剣と盾。 建築物の空気と交わって、ひやりとした冷気を纏っているようにも見えた。 ……出会った直後に噛みついてくるかと思われたが、意外や意外、狩人側は慎重に男の出方を窺っている。 「窺っている」のだ。本来、ハンターは摘み取った竜たちの生命を削って仕上げた武器を他者に向けてはならない。 にもかかわらず、黒髪の狩人は先ほどから警戒を解かずにいる。得物に手を添えたまま、きっかけさえあればすぐにでも引き抜きかねない貌だった。 僥倖、重畳というものだ――衣纏う人影は一度だけ首肯すると、大仰に両腕を広げた。 狩人は今度こそ得物の柄を握ったが、轟いたのは男の高らかな哄笑ばかり。 「さぁ、これより祝祭の夜は明ける! ひとときの夢は見終えたかね、ハンター諸君! だが未だだ、あの星々はなお、輝きを失せてはいない!!」 「なっ……」 「諸君、『この石盤』を垣間見し狩り人よ。せっかくの饗宴の刻だ……たっぷり楽しませてくれ!」 不意に、こつん、とつぶてが転がる音がした。同時に、吹き抜けとなっている建築物の最下層より上へ上へと、猛烈な暴風が吹き上げる。 黒髪の狩人は、たまらずというように短く唸り歯噛みして、盾を装着する片腕で顔面を庇った。 空気とともに細かな埃や砂塵が一気に天井まで駆け上がり、やがて塔の内部はいつものようにしんと静まり返るばかりとなった。 はっと顔を上げてあたりを見渡しても、そこに男の姿はない。 いつの間にか、幻か霞か、あるいは暗がりに蝕まれたかのように、影形、気配もろとも消え失せていた。 「……っ、なん、だったんだ。いまの」 先刻、開始地点を「塔の秘境」と指定された大連続狩猟。塔を上る最中、先の男は物音ひとつ立てず目の前に現れた。 出くわして早々、あの問答だ。何が言いたいのか、何がしたいのか、その真意はなんなのか。全ては吹き上げた暴風ごと連れ去られてしまった。 いにしえの時代に建てられた、天高くを貫く塔。 大昔から、この地に姿を現すモンスターの多くは希少な種であったり特殊な個体であったりと、狩るのに非常に難儀するといわれている。 かくいう自分が受注したクエストもそうだ。「高難度」と銘打たれた受注書の控えに一度視線を落として、すぐさまきっと上方を睨む。 よく分からない。正体も不明だ。だから、いまはあの「赤衣の男」のことなど気にかけてはいられない。 「急がないとな。アルを待たせてるはずだ」 荷物の運搬の補助の関係で、オトモは既に現地入りしている。受注書を懐にしまい直して、狩人はぱん、と自身の両頬を叩いた。 ひやりとした空気にひりひりとした鈍痛が辛く感じる。大きく嘆息してから、一気に石段を駆け上がった。 暗がりが音を潜ませる。物音を殺すように視界は沈んでいく。やがて塔の周辺は濃い白霧に覆われて、その佇まいをすっぽりと隠されてしまった。 ……塔の中ほど、空中庭園とでも呼べそうな、隣接する古代遺跡の残骸。唯一、霧の晴れたその大広間において。 荒れ狂う四つの竜獣と、ひとりの赫たる龍が踊り始める。その手に応えるのは、たった一人と一匹、狩猟を生業に定めた狩り人たち。 双方の覚悟など取るに足りず。狩るか、狩られるか。問題があるとすれば、そこだけなのだ。 刻々と時間は過ぎる。次第に飾られ始めた星々の真横で、冥い眼をした龍たちがその様を見守っている。 退屈をしのぐように満月に頬杖をつきながら、古びた長い体躯を雷雲にゆったりと横たわらせて、談笑と総評を挟めて成り行きを見守っている…… Advent Calendar,Monster Hunter My Love2021 present by Wani, 【この物語はフィクションです】 fin. |
>???... 『漆』ボーナストラック |
Monster Hunter My Love 2021 wani Presents, 【 この物語はフィクションです 】 <目次> 壱 オープニング 弐 イントロダクション 参 世界に挑めと獰猛な眺望 肆 歴歴 伍 唄 【!】漆 (ボーナストラック) 【Next】 |