『参』 世界に挑めと獰猛な眺望



――その世界のことを、「彼女」はまだ何も知らない。


「ねえ、このゲーム一緒にやらない?」

 冬というにはまだ暖かく感じる、十一月も後半に差しかかったある日のことだった。
 友人がほくほくと嬉しそうな顔でプレイし始めたのは、ゲーマーなら誰しも知っているはずの巷で人気のアクションゲーム。

「それ、あれでしょ? 肉焼くゲーム」
「そうそう、モンハンの新作ー。前から気になってたから、予約してみたんだよね」

 わたしは一瞬、眉間に皺が寄るのを止められなかった。本音を言うと、わたしは件のゲームにあまりいい印象を持っていなかったからだ。
 「狩りゲー」。そのゲームは、ジャンル名を「ハンティングアクション」と謳っていた。
 その名の通り、登場するモンスターを素材集めと称して次々に狩っていくアクションゲームだ。
 聞くところによれば、やれプレイヤーのマナーが悪いだの、やれ少し話題に出しただけでゲーム知識をひけらかす輩に絡まれただの……
 当時扱っていた二次ジャンル内にも、声高にこのゲームの話をし始めては周りの非プレイヤーを困惑させる人たちがいた。
 だから彼らに対して、わたし側から関わりを持つようなことはしなかった。
 なのに君もかよ! とは、流石に言えない。前から気になっていた、というのは恐らく本音だ。彼女の実践力は馬鹿にならない。

「えーと、チュートリアルはー……いいかあ、やってればそのうち慣れるでしょ」

 こちらの気を知ってか知らずか、友人は以前からやり込んでいたかのようにサクサクとキャラクター作成を済ませ、オープニングを進めていく。
 彼女は幼い頃からゲーマーだった。アクションからロールプレイング、シューティングにホラーものと、手を出したジャンルは幅広い。
 彼女の家がオタク趣味に甘く優しくあったこともあり、中学卒業するかしないかの頃にゲーマーデビューを果たしたわたしと彼女の間には、
 ゲームプレイの腕前に天と地ほどの差があった。

「それってさ、なんだっけ、魔物? モンスターを狩るんだよね?」
「うん。そうらしいねー」
「……なんか、嫌じゃない? 生き物を好き好んで殺すってことでしょ? 残酷っていうか……」
「うん? そういう君だって他のゲームとかで雑魚倒しまくってレベル上げしてるじゃない。それと何が違うの」

 ぐうの音も出ない、とはこのことだ。彼女には昔から口で勝てたためしがない。
 やってるうちに慣れる、その言葉通り、彼女はクエストと呼ばれる項目をさらさらと埋めていった。
 アイテムらしきものの納品、小型と呼ばれるトカゲっぽいモンスターの討伐、調合、エトセトラ、エトセトラ。
 どこまで進んだんだろう、ふと気になってそっと画面を覗き込んでみると、彼女が作成したという薄い青色の髪の女性が、どっかりと何かの椅子に腰を下ろし、
 何かの取っ手を掴んでぐるぐる回しているところだった。

「……? 何してんのこれ」
「え? 君がさっき自分で言ってたじゃない」

『じょぉずにやけましたぁ〜!!』

「!? なになにっ、なんて!?」
「耳元で大声出さないでよ、てか気になってんじゃん! ……肉焼きだよ、さっき草食種から剥ぎ取ったのー」

 意味が分からない。
 何故狩りゲーで肉を焼く必要があるのか。
 しかも今? むしろ狩りはどうした? サボりとかアリなの? 草食種って、恐竜みたいに草食性のモンスターもいるってこと?
 ……頭上に疑問符が浮いていたのか、顔を見合わせた友人はにやりと底意地の悪い顔で笑った。いつもの調子でビビって後ずさるわたしに、

「気になるんでしょ。面白いよ? たぶん、私より君の方がハマるんじゃないかな」

 曰く、コレクション要素が強く。モンスターをはじめとした人外キャラクターも多く。BGMも豊富でグラフィックも良い、出てくる料理もみな美味しそう……。
 そこで、だ。
 さて、気がつけば十一月は月末間近。わたしは一人、大手ゲームショップの入り口前に佇んでいた。
 その日はたまたま仕事が休みで、逆に相棒は不在。いいからつべこべ言わずに買ってこい、と押しきられ、わたしは財布片手に渋々と足を運ぶハメになったのだ。

「……えっ、売り切れ?」

 発売翌日、のことだったと思う。普段なかなか入らないゲームショップの一番手前、目玉商品が並んでいるはずであろう棚、その前で。
 わたしは「売り切れ」、「品切れ」、「入荷待ち」の三枚の札に目を丸くすることになった。おかしい、思わず棚の真横に掲示された広告に目を向ける。
 ……間違いない。ゲームが発売されて、まだ一日しか経っていない。
 それなのに売り切れとはどういうことか。需要が凄まじいというのなら、それを見越して生産なり流通なり計画すべきではないか。
 ぐるぐると回り始めた思考に、思わず眉間に力がこもる。

「……なあ、あの人、モンハン買いに来たんじゃね?」

 不意に耳に入った言葉で我に返った。ぎょっとして辺りを見渡せば、学生らしき少年たちが首を伸ばしながらわたしの様子を窺っている。
 彼らはきっと、このゲームを買えたのだろう。
 顔を見合わせて何事かをひそひそする様子に、わたしはいっそ「好きでここに来たんじゃない」、と叫びかけながら即行で逃げ出していた。
 ……わたしは、オタクは隠れるべき、と言われていた時代にオタク趣味に目覚めた身だ。
 一般層に広く知られたゲームのことであろうとも、それ目的に動いていることを他に悟られたくなかった。たとえ、それが見ず知らずの他人でも。
 一旦店を出て、その足ですぐさまぼちぼち昼休憩に入ったであろう友人にメールを送る。

『なんか売り切れとか書いてあったんだけど(`-´)』
『あー、人気らしいからねえ』

 意外にも、珍しく、すぐに返信があった。いつもなら間が空いたりするというのに、どんだけ狩りゲーをやらせたいんだあの娘は。

『なんか悔しいから行脚してみる』
『無理だと思うけどなあ。通販とか余ってないか見てみたら?』

 イヤだ。ここまできたら直に手に入れないと気が済まない。
 わたしは強引にメールアプリを閉じて、さっさと愛車に乗り込んだ。彼女は中古販売店で購入した安物だけど、唸るエンジン音がシブくてイカす可愛いやつだ。
 ……話を戻そう。実のところ、わたしはかなりの負けず嫌いだ。これが販売元の会社の作戦だというのなら、喜んで受けて立ってやろうじゃないか。
 端から販売数量を絞っているというのなら――実際はわたしの思い込みだったのだが――見つかるまで戦ってやる!

「うぉおおお! また、またっ、売り切れ!?」

 しかし、小一時間も経たないうちにわたしは敗北を喫することになった。田舎だからか、家電量販店をはじめゲーム販売店はどこも全滅だったのだ。
 どこに行っても売り切れ、品切れ、入荷未定。馬鹿にしてるのか、とすら思えた。中には「次回予約分受付はこちら」なんてふざけた札を下げた店もあった。
 そこでふと、友人の言葉を思い出す。彼女は確か、「このゲームは売れているから」と話していたはずだ。
 もしかして流通量や出荷を制限しているのではなく、純粋に人気がありすぎて供給が追いついていないだけなのではないか。
 発売日当日に手に入れるには、友人のように事前に予約を済ませておいた方が良かったのでは。

「仕方ない……ツウハンノチカラに頼ろう」

 帰途についた後、自室で詳細ページをチェック。意外にも、よく利用する大手通販サイトにはまだそれなりの在庫が残されていた。
 ふふふ。何を隠そう、わたしはこの通販サイトの有料会員だ。即日発送という黄金の荒技を、今こそ行使してみせる!
 ……たった数日ぽっちが待てないあたり、自分に振り回される強欲オタク、とも言えなくもないが。

「よーし、待ってろよモンハンとやら! わたしの神テクニックでギャフンと言わせてやるからな! わーっはっはっはっ」
「こら、静かに! いま何時だと思ってんの!!」

 あえて記そう。実家暮らしの人間は皆誰しも、家人には敵わないのだということを。
 こうしてわたしの長い一日は終わった。
 明後日にもなれば、手元にゲームが届いているはず……荷物来るかも、と振り向きざまに返事をして、わたしは早々と布団に潜り込んだ。






 もしかしたらあの通販サイトのことだ、ザイコギレデースなんてメールが来るかもしれない。そう構えていたわたしだったが、それは杞憂に終わった。
 「モンスターハンタークロス」。
 漆黒のボディと、そのパッケージには竜なのか怪獣なのかよく分からないモンスターと、それに立ち向かう四人組……三人と一匹? の様子が印刷されている。
 裏を返せば、やはり同じモンスターにじわじわと狙われる……猫、そう、猫だ、獣人ってやつだろうか、そんな一行がちまちまと探索を行っていた。
 ここで「やーん、猫チャン可愛い!」とならないのがわたしの可愛くないところだ。何だこのゲーム、初見同様の感想が脳内に沸いていく。

「……開けないの? せっかく届いたのに」

 これは横から口を出してきたあの友人。もう彼女はマイ3DSを取り出してゲームを起動している。せっかちさんか。

「や、開けるよ? せっかく買ったんだし」

 反射で言い返してから、そういえばまともにゲームをプレイするのは某ピンクの悪魔ゲーム以来だ、と思い当たる。
 久しぶりのゲームがよりによってアクションゲーム、それもハンティングとかいう勝手の知らないジャンルって。大丈夫か、わたし。

「……むむ、オープニングあるのか」
「だね。しばらくするとタイトル画面に戻るんだよ」
「ふーん……」

 画像、いや、映像めちゃくちゃ綺麗だな――初めましてのハンティングアクションゲームへの感想はそれだった。
 あと、音楽もいい。
 飛行船に乗り込んで、狩りの準備に勤しむパッケージメンバーの面々の動きや表情に合わせ、次々と旋律が移り変わる。とっても綺麗だ、耳に残る。
 そして映像の中身のメインは、女性、男性、性別不明、猫チャン一匹。
 彼らはそれぞれ別々の衣装を着ていて、個々の性格そのままに好きに行動していた。仲がいいのだろうということだけは読み取れた。

「おっ、始まった。モンスターだよー」

 友人の声に、一瞬画面から目を離す。刹那、音楽がぐるりと方向性を変えて、わたしは慌てて視線を落とした。
 吹雪だ。吹雪いている。真っ白に視界が染まり、風は強く、数メートル先はまるで見えない。そう思った矢先、何かがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
 短く、厚く、量の多い深い青色の毛。ところどころに赤色が混じり、次第に視線は上へ、上へ。
 分厚い装甲……装甲なのだろうか、骨に似た象牙色の塊がその眉間や額のあたりを覆っている。
 見てくれは巨大なゾウだ。マンモスといってもいいかもしれない。曲に合わせて、ずしずし、と力強く、一定のリズムを刻みながら現れたその巨体にわたしは見入った。
 そして、次だ。洞窟の中、震動でぱらりと落ちた天井の破片が鼻先に当たり、ふと目を覚ますモンスターの姿が映される。
 凶悪な面立ちの、黄色の肌に青い縞模様を持つ一体の竜。ぐるんとあのゾウのいた方角を見やる。その眼差しは鋭く、また賢そうに見えた。予想以上に首が長い。
 次の瞬間、さっと視点が切り替わり、あのゾウに黄色の竜が襲いかかった。
 ひらひらとした翼――わたしはそれが「翼膜」と呼ばれていることを知らない――を宙に走らせ、一気に距離を詰める。
 息つく暇もない。着地せず直接巨体にしがみつき、巨大な顎を思うさま広げ、黄色の竜はゾウから肉や毛をむしり取ろうとした。

「……っう、」

 思わず苦鳴が漏れる。そのまま食いちぎられるかと思われた瞬間、ゾウは黄色の竜に長い鼻を巻きつけ、ぶおんと振りほどいた。
 ゾウほどではないが、黄色の竜もそこそこの大きさがあるように見て取れる。その巨躯が、あっさりと引き剥がされ雪景色の中に叩きつけられた。
 しかし、そこで黙っている竜ではない。すぐさま跳ね起き体勢を整え、互いに真っ向から睨み合う。
 曲は一気に盛り上がり、吹雪の中に青と黄の対比が浮かび上がった。
 痩せ細っているとしか表現のしようがない黄色の竜。筋肉と骨が浮き出る腕が動くたび、薄い翼が上下に揺れ動き、また凶悪な顎が威嚇の音を立てる。
 酷く興奮したように息を吐き、足を踏み鳴らす青い毛のゾウ。猛吹雪をものともせず分厚い体毛に覆われた身体を揺らし、黄色の竜だけを睨み続ける。
 動いたのは……黄色の竜の方だ。ガア、と吠えると同時に爪、腕を駆使して雪原を鷲掴みにしながら突進の体勢へ。
 一方のゾウは受けて立つ、とばかりに鼻を揺らして大きく咆哮した。
 双方、退く気はないのか。迫り、肉薄する一瞬。わたしは、自分の胃がぎゅうっと締めつけられる感覚を覚えて顔を歪めた。

「おっ、見てよ、この二頭格好よくない? 私、どっちも好きなんだよねー。早く狩ってみたいなー」

 場面は切り替わる。月の美しい夜だった――隣で嬉しそうに顔を綻ばせる友人をちらと見て、わたしは微かに嘆息した。
 さっきの銀世界の映像を観て、ひとつの結論が出された。映像も曲も次々と移り変わり、確かに心は浮き立つ、揺さぶられる。ゲーマーならたまらないだろう。
 でも、それだけの話だ。全ての映像が流れ終わり、タイトル画面が表示された後。わたしはわざとらしくふうっと大きく嘆息した。

「なに、ため息なんかついちゃって」
「えー……だってさあ」
「ほら、早くキャラメイクしちゃいなよー」
「うー。だからさあ、あれ、ちゃんと狩れるもんなの?」

 友人は、信じられない、とばかりに目を見開いてこちらを見た。なんだよう、と口を尖らせるわたしに、彼女はんー、と僅かに考え込む素振り。

「『モンスターハンター』だし。ハンターさんなら狩れるでしょ、てか、狩れなかったらゲームになってないでしょ」
「だってさ、デカかったよ? ハンターさんって普通の人間なんでしょ、無理じゃない? どうやって狩るのさ」
「そこを何とかするのがハンターさんの仕事だから。大丈夫だよ、私でもできてるんだから。狩れる狩れる」

 なんだその無茶ぶり。ハンターさん大変だな。
 急かされるまま、わたしは渋々とタイトル画面から先へ進んだ。悔しいかな、ムービー以外の曲もいいやつ揃いだ。

「どう、できたー?」
「うん、まあこんな感じ」
「えっ、早くない? 冗談だったんだけど……」
「男ハンターさんにしたよ。ハンターと言えばやっぱり男のひとだよね、あと黒髪!」

 お前それは偏見だよ、友人の目がお喋りに物を言う。一方で、わたしは作成したマイハンターさんの名付けに一瞬沈黙した。

「うん。決めた」
「なに、名前どうしたの」
「『カシワ』にする。天ぷら食べたいから」
「はあ? お昼さっき食べてたじゃん!」
「あれは唐揚げだからノーカン」

 気取らなくていいじゃないか。強引にことを進めるわたしを、友人はやはり物言いたげな目で見つめていた。
 画面が暗転する、風と草原に彩られた、新しい世界が眼下に広がる――二千十五年、師走初頭。
 こうしてわたしは、モンハンクロスにてハンターデビューを果たした。






「ギャフーン。もー無理だよ駄目だって、ただでさえラージャン怖いのに獰猛化強化個体とか」
「いや、あんたが心滅ノ篭手強化したいとか言うから行くんじゃん」
「だいたい、この第三王女がワガママすぎるんだよー。わたしみたいなへたれには無理だって」
「お前こないだまで『第三王女おもしろーい』って言ってたじゃん」
「だいたい、牙獣種なんて苦手すぎるんだよー。ドドブラとかさームリムリム、いててててて」
「前はジョーが苦手だって言ってたよね、得意モンスとかいないの?」
「鳥竜種も牙獣種も牙竜種も甲殻種も甲虫種も海竜種も魚竜種も両生種も蛇竜種も獣竜種も飛竜種も鋏角種も古龍種も
 何なら草食だって獣人だって皆等しく苦手ですが?」
「全部じゃん(笑)」
「乙ったらモンハン卒業します(笑)」

 ……ここはギリギリ乙らなかったらしいので、以下割愛。
 基本はオトモありソロ、それ以外では休みが重なったときにペア狩りで。そうした暗黙のルールの下、わたしと友人はだらだらと狩りを続けていた。
 下手だけど、万全とはいえないけど、それはそれは楽しかった。それこそ、時間なんて忘れてしまえるくらいには。
 同時に、わたしはモンスターハンタークロスをベースとした二次創作活動も開始した。
 公式から発行されているアンソロジーやコミカライズ作品、イラスト集に影響を受けたことも、もちろん理由の一つに挙げられる。

(凄いなあ……皆、モンハンが好きなんだなあ)

 無印。はじまりの場所、手探りの旅立ち。
 ポータブル。伝統と伝説を彩る、赤色一本角。
 ドス。未知の狩り場、亜種、古龍、大型モンスター目白押し。
 ポータブルセカンド。雪山に抱かれた白銀の戦場、友の声。
 トライ。海に囲まれた孤島の楽園。新たなパートナー。
 ポータブルサード。湯けむり霞み、せせらぎ、遠くに雨風あり。
 フォー。人類の叡智をかき集めた新武器、巨大兵器、竜たちのうた……。
 どの作品も活き活きとして輝かしく、執筆陣がみな心から楽しんで描いたのだろうと思えるものばかりだった。
 故に、わたしは安易にその世界に呑まれた。
 初といえる無謀な挑戦。
 不安や迷いを振り払うようにして、拠点であるサイトのアカウントでレンタルブログを取得。レイアウトにこだわりを詰めている暇は、正直なかった。
 「モンスターハンタークロス・カシワの書」。
 タイトルには自分で作成したハンターさんの名前をそのまま引っ張り出しておいた。一話五千字規模の小説を少しずつ投稿していくつもりで連載開始。
 いかんせん、書きたいことなら山のようにある。クエストを進めていて思ったこと感じたこと、マップの中で見つけたもの、モンスターの息遣い、エトセトラ、エトセトラ。
 夢を覗き込むかのように次々と移ろい、変化し、展開されていく世界。ハンターの住まう時代、獲物の縄張り、彼らが生まれ生かされていく物語。
 圧倒的なスケールで描かれるそれに、わたしはもうとっくに夢中になっていた。
 なんでもいい、手段はなんだって構わない。少しでも何らかの形で、彼らの軌跡を手元に残しておきたかった。

「今回の話からさー」
「はいはい」
「ユカ出しちゃってもいい?」
「んー、いいんでない? そろそろ」

 一次創作と制作スタイルはほぼ一緒だ。
 わたしがざっとアイデアと原文を出し、友人がそこに適量の助言を送る。それを元に精度を上げ、確認を経てからブログに投下する。
 幸か不幸か、カシワの書は誰からも読まれることはなかった。いや、読まれていたとしても、わたしたちはその痕跡を辿ろうとはしなかった。
 数字に捕らわれればあとが辛くなる。そのことは、わたし自身が一番よく理解していることだったから。
 ……この頃、わたしは「公式以外の場で発表されている他の作品」に目を通そうとはしていなかった。
 意識してか無意識でかは分からないが、余所の文章の優れた癖や書き方を目にすると、知らず引きずられてしまう傾向があったから。
 だから知らないふりをした。
 どんな描き手がいるか、どんな書き手が活躍しているか。そんなこと、いまはさほど重要じゃない――この思い込みの激しさには、今でも我ながら呆れてしまう。

「うー……もうやだー。鏖魔一乙クエなんて、一人じゃ無理だよー」

 書き続ける合間にも、狩りのことは忘れない。新たな狩り場、新たな拠点、新たな顔ぶれの仲間たち……。
 ワクワクする一方で、クエストの難易度は少しずつ、しかし確実に上昇していく。制限時間内に一人では狩りきれない場面も増えてきた。
 行き詰まり、手詰まり、逆ギレ、発奮。何度も同じことを繰り返して、時折リアルサイドの文明の利器の力を借りながら、わたしは攻略を続けた。
 「文章を書くのと一緒だ」。
 調べよう、少しでも虚構を振り払う為に。彼らをより活き活きと描けるように。ネット環境も駆使して、ひたすら情報を集めながら突き進んだ。

『面白いモンハン二次? それなら名無しのアイルーで決まりかな』

 あるとき、転機は訪れる。
 その日も攻略情報を探してネットの波を彷徨っていたところだった。わたしはふと、攻略掲示板に書き込まれたその一文に目を引かれた。
 「名無しのアイルー」。なんだろう、聞いたことのないタイトルだ。
 ただ、凄く気になったことだけは確かだった。止しておけばいいのに、ほとんど無意識のうちにタイピングして話題に上った作品を探しにいった。

「……なんだ、これ」

 こめかみを、鈍器で殴られたような心地になった。
 気がつけば、ぼたぼたと涙が落ちていた。鼻水は止まらないし、とてもまともに画面を直視していられない。
 動転しながらパソコンの電源を落とした。高難度のクエストに失敗したときと同じように、呻きながら布団の中に潜り込む。
 その日、わたしはひとつの終わりの物語を観た。その話は、ある手練れの狩人とオトモメラルーの、終わりにして始まりのうただった。






 状況は、刻一刻と変化していく。
 心境も同じだ、件の作品との衝撃の出会いを経てから、わたしは自分の作品が途端に面白みのない下らない駄作に見えて仕方がなかった。
 当時、自分には受け入れがたい嗜好、ジャンルが同人界隈を賑わせていたこともある。わたしはあの日を境に、二次創作そのものを放り投げていた。
 数年もの間、ひたすら狩りと仕事だけに集中するようにした。まごうことなき、現実逃避だった。
 だって、だって。どうしたって、どんなに頑張って足掻いたって、あんな凄い作品わたしには書けっこない。
 あんなに泣けて泣けて、でも扱われる命は重たくて、モノクロで描かれた話なのに彩り鮮やかで、一度読めばそれだけで意識を引きずり落とされるような……。
 自分の解釈が、表現方法が、自信に満ちていたはずの自慢の創作物が、読み返すほどに色褪せて見えてくる。
 感動と衝撃は未だ止まず、油断していると気が触れてしまいそうだった。

「わたしだって、わたしだって……!」

 カシワは、設定上は腕利きになる予定のハンターだ。
 彼がひょんなことから雇ったオトモメラルーも、泣き虫で弱虫ながら話が進むにつれ意外な才能を魅せることになる。
 ……だからなんだと言うのか。そんなもの、実際に形にできなければ端から無いのと同じだ。
 悔しくて羨ましくて、妬ましくて、どうにかなってしまいそうだった。
 わたしが書いてきたものとは一体なんだったのだろう。狩りをしていても、ふとした瞬間に酷い劣等感に襲われた。
 「狩りを進めるのと一緒だ」。
 創作で生まれた卑劣で悪質な感情は、創作でしか埋めることができない。狩りに失敗した際の悔しさが、狩りをすることでしか晴らせないのと同じように。

「……もう、やめてしまえたら楽なのに」

 ふらふらとおぼつかない指先がキーを叩く。ぼんやりと点るディスプレイの向こう側に、楽しそうに笑いあう年長者たちの顔が映る。
 彼らは、皆いい歳をした大人だった。目元には皺ができ、髪には白色がまばらに混ざり、また、顔や身体には疲労と睡眠不足の気配が濃く漂っている。
 過労という二文字以外を除けば、どこにでもいそうな中年の男性たちだった。彼らは、これ以上ないくらいに活き活きとした表情でモニターに向かって笑いかけていた。
 モンハンについて調べていくうちに、彼らの元に行き着く機会も増えていた……彼らこそ、モンスターハンターという作品の生みの親そのものだ。

『――自然は厳しい、ってことで』
『これ、帰ったら怒られるんじゃないですか!?』
『悔しいじゃないですか――』

 優れた映像、高く評価される音楽、選りすぐりの技術、一流のデザイナー、ブランド名。
 彼らが創り出したあのゲームは世界中の大勢から愛され、また同時に、愛されるが故に多くの敵意を向けられる作品でもあった。
 プレイヤー側の事情、理由、プレイスタイルと、開発側の事情、理由、開発計画。それらが完全に合致することは、ここまで長寿のジャンルであっても皆無に等しい。
 彼らは彼らなりの誇りを持って開発、調整、プレゼンに臨んでいるが、ユーザーの要望全てに応えることは不可能だ。
 それは、インタビューに応じる彼らの表情からも容易に読み取ることができていた。

「……あんなに、凄い作品を世に出しているのに」

 生けとし生けるものよ。生命溢れる大地よ。本能のままに、魂を燃やすほどに、鮮明に、閃烈に……映し出された映像は、やはり初見と同じような迫力に満ちている。
 今となっては、あのときの青色と赤の体毛のゾウの名前がガムートであることや、黄色の竜の名前がティガレックスであること、
 両者が天敵同士であることをわたしは知っている。
 知りたかったから、もっと触れてみたかったから、それこそ最も好きな飛竜種である轟竜のことならなおさらだ。
 調べたし、検索したし、わたしはわたしなりに必死だった。
 ……そんな中で、開発者側の意図しないプレイングに精を出す人々がいることを知った。
 開発側にとって、モンハン、ひいてはモンスターそのものは愛しい我が子のような存在だ。
 個々の強弱の差はあれど、誰もが理由があって生み出された「作品」に相当している。
 創作をしていればなんとなく理解できる。
 彼らの世界を探れば探るほど、彼らの物言いにはどこか、マナーの欠いた一部のユーザーに反発、反論しているような含みが覗えた。
 モーションが、反応が、攻撃可能な隙が、武器補正が……それら一つ一つが、その全てが気に食わないと、誰でも見られる場で一方的に口汚く罵るひともいる。
 もし自分が、彼らのような開発側にいる人間だとしたら。恐らく、わたしはほんの一日さえ社内に留まっていることができないだろう。

「そんな風に、簡単に作り替えがきくとでも思ってんのか」

 発売、アップデート、追加情報告知、エトセトラ、エトセトラ。開発側からの動きがあるたび、ネット上には様々な反応が寄せられた。
 何故、どうして。思うようにいかないからと、大きな声で喚き散らすひとがいる。思い通りにならないからと、小馬鹿にした口調で煽るひとがいる。
 何故、どうして。わたしたちは人の子だ、面白くない、つまらない、こうしてほしい、ああしてほしい……そう思うことは自由だ、希望や願望はユーザーの数だけ存在する。
 それは、開発側もある程度は分かっているはずだ。覚悟の上で、インタビューの場に、公の場に自ら出てきているのだとわたしは思う。
 しかし、本当にそれだけだろうか。
 開発側だって、ごく普通の一般人だ。
 たとえ優れた技術や知識を持ち、ゲーム開発という狭き門の専門職に就いていたとしても、彼らだってごく普通の人の子であることに変わりはない。

「ああ……そっか」

 ……皆、同じだ。全てのユーザーに受け入れてもらうことは難しい。寄せられた欲求に応えきることも不可能だ。
 しかしそれでも、彼らは彼らなりに足掻いている。
 少しでもユーザーの期待に応えようと努力を続けている……モンハンは、様々な年齢層、性別、国籍の人々がファンとして集う作品だ。
 過去作とのバランス、新作として掲げる新要素、排除する旧仕様、新たな狩り場やモンスター。どこまでを採用し、また切り捨てるのか。
 新たなユーザーの獲得、古参ユーザーの関心、市場開拓、内訳調査。ユーザーの要望にどれだけ応え、また、新規ユーザーをどのように引き込み魅了すべきか。
 そのバランスは、繊細な造りの天秤に重石を一つずつ乗せていく作業によく似ている。
 少しでも数式を誤れば、目的が傾けば、全ユーザーから非難が殺到することが端から分かりきっているからだ。
 媚びすぎてはいけない。自分の趣味嗜好を押し通しても意味がない。全てはひとえに、客商売だからだ。ユーザーがいるからこそ、彼らは前に進んでいける。

「カシワの書って……どのへんで、止まってたっけ」

 はじめは好きで着手したことであろうとも、これまでの販売実績があればこそ、なおさら彼らは慎重かつ大胆に「創作」を続けていかなければならないのだ。
 彼らが自らの希望を貫こうとすればするほど、ゲーム全体が歪んでいく。
 かといってユーザーの意思を尊重しすぎれば、「あちらを立てればこちらが立たず」の出来上がりだ。
 ……わたしにはそんなことできないな、素直にそう思えた。
 彼らも非情ではない。きちんと言葉を選んで、真剣に丁寧に想いを込めて要望をしたためれば、そこに視線を落としてくれることもあるかもしれない。
 社会的倫理というやつか定かではないが、その為の受け入れ口は常に開かれている。正直な話、わたしもそこにいくつかの要望を提出したことがあったくらいだ。
 誰もが皆、そのように手探りなのだ。
 暗がりを這いずるように、閃光に紛れるように、ぐるぐると何度も同じことを繰り返して、時々道を間違えて、時折誰かの助言を注いで、
 最適解を掘り当てようと日々もがき続けている。

「ねえ、Lisさん。『カシワの書』なんだけどさ……また、サイトに移して連載再開させてもいいかな?」

 わたしには、まだ文字と絵を綴る手が残されている。ならば、進んでいくしかないだろう。
 答えなどなくても結構だ。書かなければ、書き続けなければ、あのへたれハンターはいつまで経ってもへたれのままだ。
 「進めよう」。
 下らなくても、取るに足りなくても、優れた名作に埋もれてしまっても。それでも彼らの軌跡は、わたしの指先は、未だ、未知の旅路に牙を剥く体を保ったままだ。
 草原を越え、砂塵を吸い、吹雪を見送り、大樹の元へ。その道のりは長く険しい。しかし、先人たちも道標をいくつか残してくれている。
 きっと、拙いながらもわたしなりの導を遺すことはできるだろう……



 世界の、非情たるや無情たるや、常のこと。
 風と草原を駆け抜け、いざ狩り人よ、前へ。




>Next episode... 『肆』歴歴


ユンボさん著のモンハン二次作品『名無しのアイルー』につきましては、リンク設置の許可を頂いております。多謝!)



Monster Hunter My Love 2021
wani Presents,

【 この物語はフィクションです 】

<目次>
    壱  オープニング
    弐  イントロダクション
      世界に挑めと獰猛な眺望
 【!】肆  歴歴 【Next】
    伍  唄
    陸  エンディング
    漆 (ボーナストラック)