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モンスターハンター カシワの書 上位編(11)

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例によって例のごとく、出発地点はランダムという有り様だった。非戦闘員を巻き込むわけにもいかず、小型船を飛び降りて狩り場を駆ける。
急いで離れなければならない。頭上から耳障りな音が降ってきたからだ。見上げた先にモンスターの影が複数映り、視線だけで操舵員との応酬を済ませた。

「――こっち! こっちだ! そのまま追ってこい!!」

とにかく走る。甲高い肉食竜の雄叫び、木々のざわめき、草のにおい。振りきろうと懸命に走っても、それらはしつこく追ってきた。
ひたすら走る。その最中、ぱっと振り向く一瞬のうちに、小型の鳥竜にまぎれて黒の巨影が走り寄ってくる姿が見えた。

「なんだってこんなときにっ……アトリ、アトリ! いないのか!?」

緑に萌える草原を蹴り飛ばし、地面に飛び込むようにして右手側に跳躍する。
丸みを帯びたくちばしを振り回して、件の巨影が胃の中身を吐き散らしながら蛇行しつつ突っ込んできたからだ。
どぎつい臭気と毒々しい色の弾丸が、そこら中に毒の沼を作り出す。相手は踏もうが蹴ろうがお構いなしだ、ひたすらに獲物を昏倒させようと追ってくる。
自ら吐いた毒物には影響を受けないようだった。生まれつき毒に特化した生き物なのだと、回避を繰り返しながら理解する。

「……くそっ!」

嫌な汗が頬を伝う。吐しゃ物をばら撒く最中、この鳥竜は巨躯を傾げてバランスをとり、軌道を少しずつこちらに合わせていた。
自然と追われる形になる。カシワにとって、その追尾はもはや恐怖でしかなかった。
どこか愛嬌を感じさせる顔をしているが、軸合わせをこなすあたり「彼」の本質はきっと賢い。そう察すると同時に全身に緊張が走り、足取りが重くなる。

(ゲリョス、毒怪鳥……って言ってたよな。それにしたって、何もいきなり出くわさなくたっていいだろう!?)

震える足を叱咤して、長い追いかけっこを耐えしのぶ。起き上がると同時に得物を抜いた。青白い月の下、黒紫の刃が氷霜を散らして鈍い光を反射させる。
刹那、ポーチの奥底で斬竜の断片がカチリと鳴る音がした……やってやる! 途端にかの武人の姿を思い出し、後輩狩人は奮起した。

「よし、やるか!」

火竜夫妻のようにその場に留まり、尻尾でハンターを打ち据えようと体を回す相手から一旦離れる。刃薬を走らせ、得物に新緑の灯を点けて顔を上げた。
「ゲリョス」。湿潤な環境を好み、沼地やここ森丘での目撃例も多い鳥竜種だ。
毒を溜める袋状の器官を持ち、無尽蔵に駆けていられるだけの持久力を生む体液を全身に循環させ、彼は文字通り毒をばら撒きながら狩り場を駆ける。
その突拍子のなさと忙しなさ、次の動作を予測しづらい行動性から、ハンターズギルドから「毒怪鳥」の通り名を与えられていた。
イャンクックに並んでよく知られたモンスターではあるが、トリッキーさ、狡猾さの点で厄介視されることも多い。
個性溢れる生態に虜になる者もいるというが……そんなゲリョスだが、何故彼が「怖いもの」として目に映るのか、カシワは自分でも理解できていなかった。

「ギョワーッ!」
「でぇいッ!!」

ばたばたと飛び跳ねて威嚇する鳥竜にタスクギアを振り下ろす。暗がりの中にぱっと氷片が走り、弾力性に富む表皮に亀裂が生まれた。

(……硬い! いや、柔らかいのか、どっちだ!?)

カシワは困惑した。
ゲリョスの体を覆うゴム質の皮は、密度が高く厚みもある。月明かりを浴びて艶めく様は、頑丈な壁を相手にしているような心地になった。
斬りつけ、押し込むも、手応えはなんとも言えない。斬撃が効いているのかいまいち分からず、表皮がパキパキと凍りつく様子を見守るばかりだ。

「うおっ!? あぶっ、危なっ……!」

ゴンゴンゴンと素早いついばみの連打が降る。盾で塞ぎ、とって返し頭部を殴りつけた。ガチン、と甲高い音がして後輩狩人は俄に怯む。
「頭を殴れば気絶を狙える」。カリスタから教わった予備知識だが、毒怪鳥にもそれが通じるかどうかの自信はなかった。
いかんせん、「石頭」と称されるゲリョスの頭は鼻先の突起も含め、名の通り異様な堅さを誇っている。
彼が「エンターテイナー」と呼ばれる由来となった御家芸のための、特別な部位だ。視線を上げた先、頭のてっぺんに備わるホラ貝に似た部位が怪しく光る。
何かしら意味はあるのだろうが、現状、その用途さえまだ掴めていない……一旦飛び退き、間合いを稼いだ。

「くそっ。アトリのやつ、どこ行ったんだ!? まさか……イャンクックに出くわしたのか!?」

同じように間合いを詰める毒怪鳥。びょいんと飛び跳ねた後、連続でついばみをお見舞いしてくる。辛うじて避けながらカシワは視線を走らせた。
目を凝らしても、やはり同行者の姿は見当たらない。アルフォートはアルフォートでランポスの相手をするので手一杯で、余所に構う暇はなさそうだった。

「ギョォエォーッ!」
「うわわわっ!?」
「ギョォオッ!」

「よそ見するな」、「オレを見ろ」、そう言わんばかりのついばみが強襲する。ゴチン、と一度腰のあたりをくちばしが掠め、途端にポーチに穴が開いた。
……ゲリョスの攻撃手段の一つに「盗み」がある。これは彼の嗜好や求愛行動に基づく悪癖のようなものなのだが、カシワはそれを知らずにいた。
同行者に「毒を吐く」、「火に弱い」とは聞かされていたが、避ければ済む攻撃については教わっていなかったのだ。まんまと毒怪鳥は秘薬を盗みおおせた。

「ギョォエォーッッ!」
「あっ!? こいつ!」
「グェッゴ、グェッゴ」
「お前なあ、それ調合するの大変なんだぞ!? せめてもうちょっと味わって食えよ!」

丸飲みされたことにキーキー文句をつける後輩狩人だったが、未だに彼の正面に立つと足が震える。毒怪鳥は恐怖の象徴であり、また未知の存在でもあった。
盾で殴った感触としては、斬撃より打撃の方が中身に衝撃を与えられている気もするが……いずれにせよ、やるべきことはいつも通りだ。
「分からないのなら、分かるようになるまでじっくり観察しながら対峙すればいい」。
ゲリョスの情報を教えてくれたハンターの安否も気に掛かる。しかし、今はその元に駆けつけてやれるだけの余裕もない――

「……おーおー、やってるやってるゥ」

――一方、問題の縹の狩人自身はエリア三の崖の上、ちょうど死角になる位置に腰を下ろしていた。
ランポスの目玉を丸々用いて作られた双眼鏡を手に後輩狩人の狩りの様子を注視して、文字通り高みの見物を決め込んでいる。

「おっ。いーじゃんいーじゃん、ランポスも巻き込んで片付けやがった! 氷属性担いできたからどんなアホだと思ったが、センスは悪くねーな」

眼下ではハンターとゲリョス、時々ランポスといった激戦が繰り広げられている。決死の表情で食らいつく黒髪黒瞳を、アトリは満足げな笑みで見下ろした。
オトモ連れ、これはまだ分かる。初心者のみならず中堅やベテランのハンターにもハンターズギルドはオトモの雇用を推進しているからだ。
獣人、そして竜人族との交流を保つ意味でもオトモ斡旋はなくてはならない連携といえた。しかし、アトリがカシワの腕を疑うのには別の理由があったのだ。

「ハッ。どう見ても初心者だが、基本は押さえてるっぽいな。にしても、オトモなんぞ気にしてバッカじゃねーの? どう見ても自分のことで手一杯だろ」

危なげな立ち回りは狩りに不慣れな証だ。とはいえ、眼下のハンターの技量には光るものも確かに見出せた。
おこぼれ狙いのランポスの噛みつきを、身をひねり、一歩下がることで紙一重で避けきる。
振り回される毒怪鳥の尻尾に彼らを巻き込み、殴打されまとめて体勢を崩したところに連撃を加えて退ける。
次いでゲリョスに向き合い、頭部に得物を振り下ろしてすぐに右に回避。とって返して、後ろから迫り来る新手ともども軸合わせする顔面に刃を潜らせる。
……毒怪鳥の軸合わせは、間合いを詰めるためのものというよりも、毒を含む吐しゃ物を獲物に的確に当てるための意味合いが強かった。
それを逆手に取り、無名ながら――少なくともアトリはそう思っている――あのハンターは上手く立ち回っている。
散る氷霜と噴く血潮が夜空に弧を描き、黒髪がぐると走る様は、まるで剣舞を鑑賞しているような気にさせられた。縹の狩人は、口笛を鳴らして目を細める。

「……まぁ、ベテランってほどではなさそうだがな。ぱっと見『お人柄が好さそう』だし、妥当っちゃ妥当か」

双眼鏡を懐にしまい、崖の上から離脱する。いわゆる「正式な狩り場」に着地した後、アトリはまっすぐに高台から飛び降りた。

「よっす! カシワ殿」
「あ、アトリ!? お前、無事だったのか!」

今更駆けつけたってのに怒りもしねーんだもんな、口内で小馬鹿にしつつ手を振って無事を知らせる。
同行者はホッとしたように顔をほころばせた。一瞬の僅かな隙だったが、明らかにゲリョスのことを忘れ去った様子だった。
案の定、バチーンと小気味いい音が鳴り響く。文句なしの完璧なフォームで尻尾に殴打され、カシワの体は勢いよく草原の上を滑っていった。

「ンー、あー……生きてっかー?」
「……! あのっ、あのゲリョスとかいうやつ! 覚えてろよ!!」
「おーおー、意欲的ー。いやー、若いってイイねぇ?」
「アトリ! お前も、ちょっとは手伝えよ!!」

言われるまでもねぇ、凶悪に口角をつり上げながら縹の狩人も得物を抜く。月光の下、黒塗りの刀身が冷ややかに虚空を撫でた。
次の瞬間、ゲリョスの右頬から左眼にかけ、まっすぐな一筋の線が走る。それがアトリの放った斬撃だと気づいた頃には、すでに追撃が始まっていた。

「ハハッ、どうしたどうしたァ! 盗みの一つでもヤッたらどうよ!?」
「おい、アトリ……?」

たちまち、あたりは血の海に染まった。咽せるような臭いに顔をしかめて視線を上げると、縹の狩人の喜色満面と血塗れの防具が目に映る。
「止めなければ」。後輩狩人がのろのろと起き上がったときには、顔面を滅多斬りにされ、よろめき、衝撃を隠しきれない体で毒怪鳥は逃走し始めていた。
なおも追おうとするアトリの手を掴んで制止する。振り向いた男の顔は、食餌にありついた肉食竜のように赤く濡れていた。

「ンだよ? 一気に討伐まで持っていきたかったのに」
「やり過ぎだ! いくらなんでも……!?」
「カシワ殿ー。オレもお前もハンターだろ、もっというと近接武器な。斬ったら血が出るに決まってんだろ、大丈夫かー?」

ペチンと額を指で弾かれて、カシワはそれ以上何も言えなくなってしまう。

(アトリの言う通りだ……俺、何してるんだ?)
「まぁ、オレもフルスロットルで仕掛けちまったしなー。初心者クンには配慮ってもんが必要だったわ、悪ィ悪ィ」
「アトリ、お前。それ、全っ然反省してないだろ……」

それぞれ砥石で刃を整える。背中越しに振り向くと、縹の狩人は鼻歌混じりに太刀を研いでいた。心底狩りを楽しむ、玄人の表情だ。
返り血を拭いもせずにポーチの中をあさるアトリに、カシワは手持ちの手ぬぐいを差し出した。
どうせ後からまた汚れんだからいいのに、笑い飛ばしてくる男に、いいから拭いとけよ、と強引に布を押しつける。
あらかた拭き終えた後突き返された布をじっと見下ろして、ゲリョスの血には毒液は混ざっていないのだろうか、と後輩狩人は一人でそっと首を傾げた。

「なぁ。カシワ殿は狩りがお嫌い?」
「え? なんだよ、急に。改まって」
「いや、いちおー確認をな。モンスターを斬るのに抵抗でもあんのかね、って」
「別に、そういうわけじゃ……ただ、さっきのゲリョスにはやり過ぎなんじゃないかって思っただけで」

やるこたぁ特に変わりねぇだろ、至極真っ当に反論され、俺だってそれくらい分かってるよ、歯噛み混じりに言い返せばカラカラとした笑い声が飛ばされた。

「カシワ殿は……俺の昔の知り合いによく似てるわ。ソイツも『モンスターを切り刻むのは性に合わない』つって、よく追いかけられてたっけなァ」

口角は上がっているのに目は笑っていない。どこか非対称な表情に見入っていたカシワは、アトリの目線が上向いたのを見て振り返る。
毒怪鳥と入れ替わるようにして、別のモンスターが飛来したのだ――大きな耳に、サーモンピンクの体表、くりっとした丸い眼の鳥竜、怪鳥イャンクックだ。
着地すると同時に「クォカカカ」と威嚇した個体に、間髪入れずに鉄刀が振り下ろされた。噴き出した鮮血を目にしてようやく後輩狩人は我に返る。

「アトリ、お前っ……」
「なぁに、こういうのは先手必勝ってなァ!」
「クェーッ! コココ……!!」

縹の狩人が繰る太刀は、無属性ながら切れ味に優れる業物だ。ましてや使い手の太刀筋もかなりのもの。
あっという間にイャンクックの頭部は切り刻まれ、大耳の破片が飛び散った。怯み、のけぞり、なおも前を向く鳥竜の顔に、恐れのような感情が浮かび出る。

「アトリ! 怒り状態っ、」
「見りゃ分かるよ。ったく、同時狩猟ってのは相変わらず面倒くせぇな」

怪鳥はその場で何度か飛び跳ねた。斬竜、火竜ほどではないが、くちばしから火を噴かせ、眼を爛々と輝かせて、自ら恐怖を激昂に塗り替える。
怯えて逃げ惑う傾向が見られた下位の個体に比べれば、窮地に陥った際の心構えができているように感じられた。

「どうする、ここで狩りきるつもりか!?」
「逃がしたら追いかけんの面倒くせぇだろ。ヤッた方が早ェわ」
「そう上手くいくか、だけどな……!」

アトリの斬撃には迷いがない。後輩狩人が刃薬を追加塗布するより早く踏み込み、斬りつけ、反撃のついばみはステップで素早くかわし、返し刀を浴びせる。
どこが急所か、どう動けば避けられるか……端から理解しきっているような体捌きだった。その足取りに既視感を覚え、カシワは強く歯噛みする。

「クエェーッ!!」
「って、どわっ、ッチ、あっち!! ああああアトリ!」
「おらッ、転倒確保ってなぁ!」

……ユカだ。
古代林で弓を自在に操り、自分とクリノスに強烈な印象を残した手練れのギルドナイト。彼とアトリの動きは、どこかよく似ていた。

「なあっ、アトリ! お前、ユカとは親友だって言ってたよな!?」
「おっ? なんで今その話が出てくンだよ!?」

火焔液を撃ち出し、ゲリョスが見せた狂走によく似た突進を披露するイャンクックの脚に若干轢かれながら、カシワは思い切って声を張り上げる。
応じるアトリの声色に動揺が感じられた。後輩狩人は地を蹴り、跳ね起き、体勢をすぐ立て直す。
何度目かの突進の終わり際を攻め込んでいた縹の狩人は、駆け寄ってきた黒髪黒瞳に犬歯を剥き出しにして笑いかけた。

「まーな! つーか、結構根性あんじゃねーの!」
「根性だけ、だけどな! アトリ、狩りが終わってからでいい、お前の話も聞かせろ!」
「んあー? だからなんで……」

背中を暴かれ、頭から血を垂れ流し、怪鳥は涙ながらにといった体で空を仰ぐ。ヒビの入ったくちばしを見つめて、カシワは柄を握る手に力を込めた。
その眼が、切なげな苦鳴が、夜空をしかと震わせる。そのとき――風の流れが変わり、二人の狩人とそのオトモははっとして宙を仰ぎ見た。

「旦那さんっ、ゲリョスですニャ!」
「チッ……戻ってくんの、早ェんだって」
「まさか……こいつら、仲間同士なのか……」
「おいおい、カシワ殿。流石に夢見すぎなんじゃねーの」
「そんなのっ、俺たちが分かってないだけかもしれないだろ!」

黒塗りの巨影が星を飲み込む。どすんとその場に着地した毒怪鳥は、怪鳥の痛ましい姿を視界に捉えた途端に激昂した。
どかどかと地を踏み鳴らし、頭頂部のパーツをチカチカと明滅させて、眼を血走らせて突進の構えをとる。
その隙にとばかりに、倒れ伏していたはずのイャンクックもよろめきながら立ち上がっていた。よりによって挟み打ちだ、カシワは苦い顔で双方を見比べる。

「まじィな。ペイントして、どっちか逃がすかぁ?」
「アル! お前、『超音波笛』持ってないか。あれでランポスたちだけでも追い払えないか」
「ニャイ! こんなこともあろうかと、リンクさんに教えてもらいましたのニャ!」

アトリはゲリョスに向き合い、カシワはアルフォートに件のオトモ道具の使用を頼む。白い角笛を取り出したオトモメラルーは、急ぎそれを吹き鳴らした。
ただの高音にしか聞こえないが、やはり小型に効果がある。音色が響いた瞬間、おこぼれ狙いで出てきたランポスが一斉に巣穴に帰っていったのだ。
縹の狩人がふと噴き出したのを、後輩狩人は聞き逃さなかった。つられて視線を動かすと、起き上がったはずの怪鳥が棒立ちで硬直している姿が目に映る。

「アッハ。イャンクックって、耳デケェからな」
「あっ!? あれ、好きで聞き惚れてるわけじゃないんだな!」
「たまたま怒りが解けたっつー……ハハッ、ツイてるわ。隙だらけだ! カシワ殿、そっちは任せたぜ!」
「うおっ、アトリ!? くそっ……アル、俺たちも行くぞ!」
「ニャイ! シビレ罠、用意しますニャ!」

「怪鳥は大きな音に弱い」。ぼたりと大粒のナミダをこぼしたイャンクックを仰ぎ見て、カシワは申し訳なさを感じながらもタスクギアを振り上げた。
とはいえ、戦線復帰したゲリョスは未だに怒り狂っている。アトリが斬り込み、抑えているが、流石の太刀使いも彼の狂走までは制御できないようだった。
案の定、間に割って入るように突っ込んできた毒怪鳥に後輩狩人は怪鳥ごと蹴り飛ばされる。
毒を浴びないだけマシ、自分にそう言い聞かせながらも、この鳥竜が厄介者と呼ばれる理由を垣間見たような気がして無意識に歯噛みした。

「ニャイ、旦那さーん! シビレ罠ですニャ!」
「でかした、アル!」
「おっ、ゲリョスのことちゃんと避けて設置してんじゃねーの。イイじゃん」

縹の狩人の一閃が二度、駆ける。強靭な脚力を持つゲリョスが一瞬立ち止まったそのわずかな隙に、カシワはアルフォートと連携して怪鳥の捕獲を試みた。
一瞬……ほんの一瞬、毒怪鳥が悔しげにくちばしを歪めたような気がして息を呑む。その頃には、イャンクックは罠の上で眠りに落ちていた。

「グォオー、ゲオォー……」
「……怒って? るんだよな? これって」
「トサカみてぇのが光ってんだろ。あと眼が充血してる。まだお怒りってこった」

身を低く屈め、低空から恨み節をぶつけるように上向くゲリョスの顔を、改めてじっと見る。
アトリの言う通り、頭頂部の器官は明滅し、両眼も血走ったままだった。息遣いは荒く、切り刻まれた顔面にはひっきりなしに血が滴る。
身構えたまま、この鳥竜はすでに囚われた怪鳥を一瞥した。愛好家すら存在するというユニークな顔立ちが、ごくわずかに複雑に歪む様をカシワは目にする。
……やはり、友だちか何かだったのだろうか。口に出かけた失言はしかし、縹の狩人が得物を抜く音で虚しく掻き消された。

「! アトリ」
「ンだよ? じゅーぶん待ったぜ、オレは」

その応酬が合図となった。
ばっと身を起こした毒怪鳥は、おもむろに頭頂部の器官に鼻先の突起をしつこく打ちつける。まるで火打ち石か打楽器で宣戦布告するかのようだ。
チカチカと火花が散り、カシワはようやく利くようになった夜目が再び鈍く、重くなる感覚を感じて眉根を寄せた。

「あっ、バカたれ! 盾か目ェ塞ぐか……!」
「えっ? なに、なんて……」

太刀使いが何ごとかを叫ぶ。その瞬間、視界が真っ白に染め上げられた。
ゲリョスが御家芸とする業、「フラッシュ」だ。「盗み」同様、これを知らない後輩狩人は見事に目つぶしを喰らいその場で固まる。
まともに目を開けていられない――それどころか、猛烈に目が痛んで武器を抜くことさえままならない。よろめいたところに、

「ギョォオーッ! ギョォエアーッ!!」
「ううっ、何……どわあっ!!」

ドカン、と綺麗な蹴りが入った。無論、狂走モードに突入したゲリョスである。毒を撒きながらの激走、これを止める術をカシワはおろかアトリも持たない。
逃げまどうアルフォートはさておき、縹の狩人は隠しもせずに顔に不快感を浮かべた。だから怪鳥の類は嫌いなんだ、ついには舌打ちまで漏れされる。

「及第点、及第点……ってかァ? まぁ、しゃーねぇわな」

蹴り飛ばされた挙げ句、臭気を吸ったことで毒まで喰らったカシワを放置して、男は木陰に隠していた狩猟道具に手を伸ばした。
ゲリョスがその動きに気づく。ぐると振り向く巨影に向かい、縹の狩人は勝利を確信した顔で凶悪に笑いかけた。
バチン、と奇怪な音が夜半に響き、地表に穿たれた穴の上を細やかな糸を纏う植物繊維が駆けていく。
強靭なツル植物、ツタの葉に蜘蛛糸を巻きつけて編んだ粘着質な巨大網を、穿孔、射出機能を持つツールにあてがった狩猟道具……通称「落とし穴」だ。

「よォし、来いや! 知恵比べといこうじゃねーか!!」
「ギョォエォーッ!!」

怒りに燃える毒怪鳥は、後輩狩人には見向きもせずに男の挑発に乗った。地鳴りを響かせて突進を始めたこの鳥竜に、アトリは静かに向かい合う。
どうせなら討伐したかったんだがな、片眉を上げると同時、ゲリョスはまっすぐに落とし穴に落ちていった。
慣れた要領で麻酔玉を叩きつけ、すんなりと捕獲を果たす。ぐらりと一度頭をもたげ、怪鳥の様子を窺うように首を巡らせてから、毒怪鳥は眠りに落ちた。






「っし。終わり終わりーってな。おーい、カシワ殿ー。生きてっかー?」

呼べど叫べど、黒髪黒瞳からの返事はない。訝しみ歩き出した縹の狩人は、解毒薬を飲みもせずにその場に立ち尽くす後輩狩人を見つけて立ち止まる。
……思わず、得物の柄に手が伸びていた。
ひりつく空気は、高難度と銘打たれた困難なクエストか、あるいはそれに相応しい強者たるモンスターとの邂逅の折に感じるものだ。

「……あんた、わざと血を流させたな」

目の前に立つのは同行を打診した新米じみたハンターだ。黒髪黒瞳、突貫で作ったと思わしき狗竜素材の上位装備に、強化も進んでいない片手剣。
取るに足りない相手だと、そう思った。「あのユカ」が気を許した相手なら、それこそ思う存分利用してやろうと……そう踏んで声を掛けたはずだった。
だというのに、「この男」は「誰」なのだろう? まるで初対面の見知らぬ何者かを相手にしているようで、縹の狩人は小さく舌打った。

「お前……どこのどいつだ?」

容姿に装備、声色、全てがカシワという男のそれだ。しかし今は……気がつけば、常に隣にいるはずのオトモの姿も見当たらない。
ぎしりと双眸を細めたアトリに、黒瞳はようやくゆっくりと向き直る。見知った黒塗りが、やけに冥い光を帯びているように見えて背筋が冷えた。

「どうした? カシワだよ、お前から狩りに誘ったんじゃないか」
「……そう、そのハズ、だったんだがなぁ」
「なあ、あそこまでゲリョス……いや、ゲリョスは……あそこまで二頭をいたぶって、楽しめたか。そんなにその鉄刀を自慢したかったのか」
「は? なんでそう思う。自意識過剰なんじゃねーの」
「あんたの腕なら、あれだけ惨たらしく血を流させなくても急所を抜けてたはずだ。わざと血が出やすいところを斬って、返り血も避けなかった。なんでだ」

視線を背後に巡らせる。この鉱石製の一振りは、今も昔も最も手に馴染む相棒だ。文句を言われる筋合いはない。
ましてや、狩猟方針についてルールが提示されているわけでもない――暗黙のルールというものもあるにはあるが――自分は、狩り自体はきちんとしている。
こちらも、やはり文句を言われる筋合いはない。
答える代わりに口角をつり上げたアトリに、カシワらしき男は小さく笑った。底の見えない暗がりを覗いたような、嫌な気分が胸中を這う。

「狩りのやり方は人それぞれ、だしなー。けど、わざと返り血を浴びたがるってのは……ちょっとどうかと思うぞ、俺は」
「バッカじゃねーの? わざと、ってのがイイんだよ。ハンターとしてのパフォーマンスに決まってんだろ、派手に動いた方が注目を集められっからな」
「注目されてどうするんだよ……趣味、悪くないか」
「バッカ、お前! 女もギルドも、モンスターだってな、実績と見た目に重きを置くんだぜ。知らねぇのか」

アトリは肩を竦めたが、「カシワ」に同意する姿勢は見られなかった。互いに牽制しあうように真っ向から睨み合う。

「まあいいけどな。『こいつ』と『ノア』に手出ししないなら、それでいいさ」
「ノアだぁ? ハッ。いいこと聞いたわ、その様子だとお前の女だろ?」
「……」
「マジになるなって。よっぽどじゃなけりゃ、調べようとも思わねぇよ」

「鉄刀」に恨みでもあるのか――モンスターに肩入れするような言動を繰り返す男に、縹の狩人はもう一度凶悪に笑いかけた。
まるでリオレウスやラギアクルスみたいな笑い方だな、素直な感想を漏らして黒髪黒瞳は頭を振る。

「なあ。なんであんたは、腕も立つのにそんな……」
「あ? なんだってイイだろ、腕利きってだけで満足に飯が食えるなら続ける努力だってしたくもなるわ」
「……そうか。悪い。なら、今回は俺が過剰反応したってだけの話になるよな――」

――男の反応は、そこで途切れた。
ふと息苦しさが抜け、狩り場にいつもの静けさが戻される。視線を上げたアトリは、緊張感に欠けるカシワの顔を捉えてつい噴き出した。

「!? な、なんだよアトリ。なんで俺の顔見て笑ってるんだ?」
「いや? 別にィ」

何者かは知らない。識りたいとも思わない。
しかし、「あれ」は恐らくユカでさえも気づけていない何者かだ……ノアという女のことも気に掛かる。
少しだけ、優越感を感じさせられた。だからといって、この新米じみたハンターに手取り足取りなんでも教えてやろうという気は削がれていたが。

「まぁイイわ。早めに終わったし、とっととベルナに戻って酒でも飲もうぜー!」
「あれっ、ゲリョスも捕まえたのか!? いつの間に……早いなあ、俺一人じゃこうはいかないぞ」
「またまたご謙遜を。イャンクックの捕獲、やるじゃねーの」

さりげなく褒めてみれば、分かりやすいくらいに照れてくれる。
本当にこの男はかつてのユカによく似ている……柄から手を離し、アトリはそれを前へと伸ばした。

「お疲れ、アトリ。そろそろ帰るか。報告書、ココット村の村長に出してから、だけどな」
「だな、カシワ殿。そうと決まりゃ急ぐかー。ったく、手間かけさせやがって」

労いの握手を交わした後、昏睡する毒怪鳥の頭を八つ当たりで蹴りつけたアトリを、カシワは慌てて制止する。
その物言いに先ほど邂逅した男の気配は一切見出せず、縹の狩人はますます胸中をざわつかせた。
一方、後輩狩人はアトリの苛立ちに欠片も気づけないまま帰路を急ぐ。ランゴスタを追いかけていたアルフォートに合流し、三人はシルトン丘陵を後にした。





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 UP:23/05/28