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モンスターハンター カシワの書 上位編(12) BACK / TOP / NEXT |
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『……あっ、また! 毒テングダケもマンドラゴラも、カサを鷲掴みにするなって言っただろ!』 いつのことだったか。もはや記憶も定かではないが、そうして後ろからちょろちょろ着いてくるバカがいたのを覚えている。 雄火竜の鱗と同じ色の髪と瞳。火竜じみた妙な気迫と存在感がある割りに、口うるさい小姑か母親のようにああしろこうしろとガタガタ抜かすガキだった。 『あー、ハイハイ。どーせ干して使うんだから、潰したってイイだろうがよ』 『手に胞子がつくんだよ。劇物扱いなんだぞ、危ないだろ』 『つーか、前から言ってっけどなァ。なんだよ、その調合自慢? お前、いつから薬師になったんだ』 孤児だからかなんだか知らねえが、やけに背伸びをしたがるガキだった。 村の期待を背負っているだとかモンスターに敬意を払っているつもりだとか色々言い訳していたが、ありゃ単にオレの真似して大人ぶりたいってだけだろう。 出会ってすぐの頃は丸鳥の雛みてえに後ろからチョコチョコ着いてくる可愛げもあったってのに、時間の流れってのは酷なもんだ。 『俺はそんな……前に、師匠が「調合は爆発との戦いだ」と仰って……痛っ! 何すんだ!?』 『また御師匠様が~、かよ。ウッゼ。そんな従順アイルー気取りするならな、さっさとパパ~ママ~って呼んでやりゃイイだろが』 まあ、ゴチャゴチャ喚くならデコの一つでも弾いてやりゃそれでいい。結局オレより中身がガキだったから、皮の一枚剥いでやりゃあいつも通りの元通りだ。 密かに女どもにモテ始めてたから、コイツの顔が一瞬でも歪むとスカッとする。別にオレの人気度、知名度に影響なんざ出やしなかったがな。 『それで、今日はどうする? 何を狩りに行こう』 『おいおい、もう次の狩りの話かよ。ちったあゆっくりさせろや、「ユカ」』 『困ってる依頼主がいるんだろ、そんなの放っておけないさ。そうだろ、「アトリ」』 義務感、焦燥、神経質で騎士気取り。一度でも狩り場に出れば、とんでもない速さでモンスターの動きに順応できるバカだった。 それでいてコッチが少しでも怪我すりゃ、すぐさま薬だの粉塵だのを自分の稼ぎも考えずに振る舞いやがる。 本人曰く、「初めての狩りに出た頃からやたらと大型を呼び寄せる」とかいう話だが……ありゃマジだ。あいつと狩りに出て、単体狩猟で済んだ例しがない。 そのせいか、他人なんてどうでもいいです、みてぇな涼しい顔して同行者の動向にやたらと目を光らせていやがる。 ああいうヤツは早死に一直線コースだ。そんなんだから、オレはあのガキを仕方なく、しぶしぶ、嫌々ながらチマチマと面倒見てやっていた。 『リオレイアにダイミョウザザミ、ドスランポスにババコンガ……こんだけ狩っても稼ぎはコレだけ。世知辛いったらありゃしねえ』 『アトリ。前から思ってたんだけど、お前なんでそんなに金がないんだ?』 『うるせぇぞ、クルペッコモドキ。いいか、金がなきゃ美味い酒もいい女も手に入んねえだろが』 ここだけの話、オレが秘密裏に「世間一般でいうろくでもないガキ」をあちこちに飼っていたことをヤツは知らない。 要は才能がある連中を育てて恩を売っとく「先行投資」ってやつだが、ヤツもその一人だったことには気づかずじまいだったようだ。 きっと、あの別れのときにも気づいていなかったハズだ。でなかったら、もしあいつがオレの都合ってもんを知っていれば、それならもしかしたら、多分―― 「……んおっ。ンだよ、夢か」 ――ガタン、と木箱が跳ねて目が覚める。ココット村から発航した飛行船は、特産米や草食種の干し肉、キノコの類を山と積んでベルナ村に向かっていた。 毒怪鳥と怪鳥の狩猟、その後処理を無事に終え、安酒で機内食を流し込みながら食事を終えたのが数時間前のこと。 その間、思い出話をせがんできたはた迷惑な同行者は、向かい側の簡易ベッドでオトモと仲良くグースカ呑気に爆睡している。 ベッドの下に無造作に置かれたアイテムポーチからは、ココット村で買い込んだと思わしき薬やゲリョスらの素材がぼろぼろとこぼれ落ちていた。 (ゲリョスに穴開けられたっつってたな。つーか、オレが盗みもヤる人間だったらどうすんだよ。アホなのか、コイツ) 名はカシワといったハズだ。世間知らずな田舎者と思いきや、狩り場で奮闘したり「鉄刀」に敵意を向けたりと、どうにも食えない面もある。 あのガキ――ユカの知り合いらしいが、そのあたりのことは上手く聞き出せずに終わった。逆にこちら側の情報を引き出してヤツに報告するつもりだろうか。 促されるままうっかり身の上話をしてしまったことに、アトリは一人苦い顔を浮かべた。 当たり障りのないことしか話していないが、聞く者によってはそれだけである程度の情報を推測してしまえるだろう。それこそ、ユカのような切れ者ならば。 「チッ。嫌なこと思い出しちまった。クソおもんねえ」 不意に背中に疼痛が走る。ムッとして口を閉じた後、インナー越しに古傷を指でさすった。 ……いつの日か、銀朱の髪と瞳を持つ男に斬りつけられたときの傷だ。「最後の日」。自分は、らしくもないヘマをしたあの日のことをそう呼んでいる。 煩わしいことこの上ない。かつて仲間だ、親友だ、そう豪語して後ろからチョコチョコ着いてくる可愛げのあった狩り友は今やすっかり敵対勢力のお仲間だ。 アトリがかつて属していた猟団とハンターズギルドは運営方針が端から対立している。よりによって、猟団解体の切っ掛けをもたらしたのはあのユカだった。 「うう……うぐぅ……ん、逆鱗が……」 「手に入んねえのか。そりゃ、残念だ」 ぎり、と拳を握りしめた刹那、ふと黒髪黒瞳の寝言が耳を打つ。自分を和ませるかのような間であったので思わず笑ってしまった。 窓に視線を向けると雲海に黄金の月が浮いている。まだ夜中だ。アルコリス地方から龍歴院への移動には空路を使っても多少の日数を要する。 退屈でしゃあねえ、木箱の上に放置していた酒をあおる最中、ユカが猟団に牙を剥いたのはあんな月に喩えられる飛竜の幼体が原因だったことを思い出した。 『信じていたのに……まだ、日の目も見ていない仔どもたちだったのに……何故、あの仔らを。どうしてだ、アトリ!!』 幼体ないし卵の密猟という、ギルドに仇成す裏稼業。過去にアトリが銀朱の狩人を招き入れた猟団は、裏でそんな商いを賄う組織だった。 いつの日か、たまたま探索で見つけたと打ち明けられた金と銀の飛竜の巣。目を離した隙に訪問したのはこちらだが、まさかそこまで入れ込んでいようとは。 あの日の絶叫が忘れられない。背中の痛みも、当時居合わせた猟団員や、ヤツと取り合った女の顔も。あれに比べればだいぶん記憶から薄れつつある。 「ううっ。げ、逆鱗……」 「って、だからそんなに逆鱗出ねーのかよ。カシワ殿」 気にしないよう、思い出さないよう努めていたことだった。苦い記憶を思い出してしまったのは、この黒髪黒瞳の男と昔話をしたからに違いない。 「誰にも話す気はなかったのに」。流石に密猟や過去の女頭領のことまでは話さずにおれたが、ユカと自分の交友についてあそこまで目を輝かされては…… こちらはヤツに重症を負わされた側だ。今も恨みは消えていない。なのに、昔話をすることに悪い気はしない自分に改めて気がつかされた。 「ハッ。呑気に寝ていられるのも今のうちだぞ、カシワ殿。お前には囮になってもらうわ」 苛立ち、舌打ちしようとして取りやめる。熟睡するカシワを眺めてアトリはニヤリと笑った。 投資してきた孤児や各地に散らばる元猟団員の情報で、件の狩り友が正式な騎士に任命されたこと、龍歴院とドンドルマを行き来していることは把握済みだ。 どれほど腕を磨いたかは知らないが、ヤツが情に脆いことも知っている。そこを突けば……失意に呑まれる騎士の顔を想像し、縹の狩人はほくそ笑んだ。 「必要なインクも文面も用意できた。それに、上手くいけば砂漠の飛竜の卵も持ち出せる……腕の見せどころだなァ、カシワ殿」 自分が苦しんだ分、失った分を、ユカに知らしめてやらなければ気が済まない。 復讐だ――来たる日を想像すると、安酒の味わいが多少はマシになったような心地がした。黄金の月明かりを見上げて、アトリは最後の甘露を飲み干した。 ところ変わって、同時刻。ベルナ村。 ぽかりと浮かんでいた黄金は、次第に濃さを増しつつあった夜霧によってすっかり身を潜ませてしまった。 日中より湿気と涼しさを含ませた風が、雲羊鹿毛織りのカーテンを柔らかく揺らしている。 「うーん、うぅーん……花香石、硬すぎだろぉー……」 「ムニャア、のたうつドングリそば食べたいぜー……」 「アキンドングリもキンダンドングリも美味しいニャ……」 雲羊鹿飼いノアの自宅は、宿泊定員数オーバーの状態でありながら、今日一日を平和に終えようとしていた。 客間に集められたソファ、ベッドの集合体の上で、例の細工師、そして上位狩人のマルクス、オトモアイルーのリンクが、身を寄せ合って眠りに就いている。 リラの身柄は、龍歴院ではなくハンターズギルドに引き渡す手はずになっていた。あの銀朱の騎士が偽承認印の件でドンドルマに戻ったことも理由の一つだ。 ノア、急ぎの手紙を見てまっすぐ戻ったマルクスを交えて話し合い、一行は細工師を監視する目的で数日前からこの家に泊まっていたのだ。 「うぅん……逆鱗……ほらぁカシワァ、これが逆鱗っていうんだよー……って、あれ?」 そこはかとなく無慈悲な夢、中断。ふと何者かの声を聞いた気がしてクリノスは跳ね起きる。見れば、隣の家主のベッドはもぬけの殻になっていた。 糸と布に囲まれたノアの自室。彼女の好意で泊まらせてもらっていた上等な部屋ではあるが、流石に防音機能までは備わっていない。 気になる音がすれば嫌でも目が覚める。彼女が寝ていたはずの寝具は冷えきってしまっていた。部屋を出て、台所、リビングを見てみるも姿は見当たらない。 (なんだろ、ノアちゃんと……話し声?) 出どころは外からだ――リラと心強い用心棒御一行を起こさないよう、慎重に歩を進めた。 「ノアちゃん、眠れないの……って」 何故、こんな夜中に目が覚めてしまったのか。答えは容易い。ハンターとして培ってきた六感がそうさせたからだ。危機感、警戒、生存本能による警報の類。 先輩狩人はきゅっと眉根を寄せる。違和感は瞬きをするより早くやってきた。勝手口から出た途端、彼女の視界は一変する。 「……ベルナの天気って、いつもこんな急に変わってたっけ?」 いつしか、あたりは真っ白な山霧に覆われていた。早朝ではなく夜半、それも月が出るほど快晴の日に……珍しいこともあるものだ。 拭いきれない違和感にクリノスはますます眉間の皺を深くする。そろそろと足音を殺した矢先、聞き慣れた声が鼓膜を打った。 「……で、……そうですよ……」 「ノアちゃん? こんな時間に、誰と――」 「――おやあ、盗み聞きかな? そこにいるのは誰だろう?」 まるで、繁殖期真っ只中の雄火竜や、腹を空かせた轟竜に発見されたときのように。よく通る第三者の声は、双剣使いの足をたちまちその場に縫いつける。 ぎくりとして踏みとどまった瞬間、さくさくと草原を踏み歩く何者かの足音を聞いた。 そろりと顔を上げたクリノスは、不思議そうに首を傾げたノアの温和な表情を見て脱力する。噴き出した冷や汗が、静かに牧草に呑まれていった。 「クリノスさん? こんな時間に、どうしたんですか」 「どうしたって。ノアちゃんこそ、ここで何してるの」 「ああ、わたしは、いつもお世話になっている方と世間話を。今日は珍しく夜にいらしたものですから」 「世間話? えっ、何言ってるの? こんな夜中に、一体、誰と……」 ハンターの第六感というものは、得てして信用たり得るものだ。 ふと、目の前に影が差す。途端に体中に悪寒が走り、先輩狩人は口を閉ざした。仰ぎ見た先で、いつか見た覚えのある男が薄く笑っている様が見えた。 「やあ。誰かと思ったら、君じゃないか。彼女とは親しいのかい?」 藤色、森色、霞む顔。視界の端に凹凸の目立つ眼を一瞬見出して、クリノスはたじろぐようにわずかに顔を引きつらせる。 「ええ、もちろんです。前に話しましたよね? カシワさんに助けられたとき、クリノスさんも一緒にいたんですよ。それからすっかりお世話になっていて」 慣れたように、なんてことのないように、雲羊鹿飼いは男に応えた。「世話になっている顔見知り」。本当に、彼女にとってはそうでしかないのだろう。 あまりにも日常的すぎて、親しみすぎて、違和感はおろか異常性にも気づいていない。 ……いつしか、あたりは真っ白な山霧に覆われていた。ぞっと背筋が冷えた心地がして、双剣使いは拳を握る。 時間帯、それまでの天候に一切構わず、周囲をけぶらせてしまう不詳の生き物。他の生物を怯えさせ、萎縮させ、無意識に独壇場を設けてしまう胡乱な生命。 は虫類を思わせる眼玉に藤色の体表、長い舌。あるいは、それから作られる装備の見た目や材質、シルエットについても、自分には多少なりと知識があった。 「気安く慣れ親しんでいい相手ではない」。反論しようにも、喉が震えて声が出てこない。耐えしのぶように口を結ぶ。 「そうかい、そうかい。それなら、よかった。君にとって彼女は命の恩人と、そういうわけだね」 「そうですね。今でもよく顔を見せに来てくださいますし……わたしの料理やチーズクッキーなんかも、美味しいって話してくれるんですよ」 「チーズ……ああ、あの丸と四角の乳酪のお菓子のことかな。残念だけれど、僕はあれにはあまり興味がないからねえ」 ちら、と見下ろされた気配があった。見上げた先で、男は変わらずぼんやりと顔面を霞めさせながら口元だけに弧を描く。 「君に分別があるなら黙っていた方が身のためだよ」。暗にそう諭されているような気がして、クリノスは己を鼓舞する意味で荒く嘆息した。 「っていうか、なんの話してたの。世間話ってどういう……」 「あ、それなんですけど、クリノスさん。今、『秘薬』って持ってませんか」 「秘薬」。数多くあるハンター御用達の薬類のうち、特に回復力と気付け効果が高いものだが――双剣使いは物言いたげな目で藤色の奇術師を見返した。 銀朱の視線に気づいた男は、「ん?」と悪びれもせずにニコリと笑う。 秘薬……クリノスはその名を口内で呟き、これ以上ないくらいに眉根を寄せた。その薬は、かの「霞」の銘をもつ龍が最も好む薬として知られているからだ。 「『秘薬』って。ふーん、そっか、『秘薬』ねえ? なんで?」 「え? どうしてって……この方が、秘薬について研究をされているそうですから」 「研究ぅ~!? へえ、そう、研究ね! ほんとにそうなの?」 呆れて二の句も出てこない。ギッと強気で睨み上げれば、男は白々しく、文字通り眼を泳がせながら顔を逸らしてみせる。 「研究、大事だと思うのだけれどねえ……材料の産地に配合順、気温に湿度、何より味と香り、溶け方も。条件で移ろうものだからきちんと理論立てないと」 「はあ。ハンターでもないのに、ずいっぶんとお詳しい上に、秘薬に飢えていらっしゃるご様子で」 「飢えているだなんて、とんでもない。僕は真面目に……」 「なら『いにしえの秘薬』の方がもっといいんじゃない?」 「エッ、くれるのかな!?」 「レア度で規制に引っかかるから譲渡不可だけどねー。なに? もらえるとでも思った? 無理ですねえー、わたしギルドに捕まりたくないし」 重複するが、秘薬、その上位互換のいにしえの秘薬は「霞」の銘持ちの大好物だ。そのためか、彼らは毒怪鳥のように「盗み」の業まで持っている。 強力かつ調合手順が手間であることから、討伐目的で現れたハンターからそれらを強奪することで狩猟意欲を殺ごうとしている、という説もあるにはあった。 しかし、中には単純に「それらの味を占めている」が故に盗みを働く個体もいるのではないか、とクリノスは踏んでいる。 ……突如として周囲の霧が深まった。余談だが、かの龍が怒りを露わにしたとき真っ先に現れる変化として「漂う霧が深まること」が上げられている。 怒るってことは図星ですって白状してるようなものなんだけど――訴えるように睨め上げれば、いつしか、体表の輪郭を朧気にした男の双眸と目が合った。 「……なんでここに、ううん、何が目的でノアちゃんの前に現れたの? どういう関係?」 訝しみ、雲羊鹿飼いには聞こえない程度の声量で問いかける。霧の向こう側で、男は胡乱に笑った。 『昔、ちょっとね。でも、悪い意図があってのことじゃあないよ』 「はあ。秘薬欲しさにってわけじゃなく?」 『秘薬は、その……味や風味に個性が出るからねえ。食べてみないと……分からないこともあるじゃあないか。仕方ないよ』 ますます事情と経緯が分からなくなってきた。 そもそもノアはハンターではないのだから、秘薬の交渉相手としては不適切だ。クリノスはなおさら眉間に力を込める。 ふと肩に何かが触れた。振り向くと、両の手のひらで遠慮がちに肩に触れてくる雲羊鹿飼いの姿が目に映る。 「あの、クリノスさん……」 「あー……うん、大丈夫だよ。そんなに怖くないから。ただの秘薬欲しがりのオジサマでしょ?」 オジサマって、霧の向こうで何物かがうめき声を上げ、オジサマですか、目の前で黒髪の娘の声がうわずった。 双方の反応が面白くて、思わず噴き出してしまう。恐らく害意がないのは本当だ――ちらと上空を見上げて、ぽかりと浮かぶ気嚢が見えないことに安堵する。 「秘薬、でいいんだよね? ストックしてあるのでよかったら、今すぐ出せるけど」 『エッ、いいのかい!?』 「クリノスさん! いいんですか、秘薬って貴重なものなんじゃ……」 「やー、だって、渡さなかったら渡さなかったでいつまでも居座りそうだし。なんならカシワのも持ってこよっか? 食べ比べ的な感じで」 ……空気が揺らぐのを、二人の娘らは感じ取った。あっという間に霧は薄まり、件の奇術師の姿が辛うじて見えるほどになる。 「食べ比べ」が効いたのかな――予想よりも遥かに喜色を露わに口元を緩める男を見て、クリノスはわあっと叫びそうになる衝動を堪えた。 急ぎオトモ広場の隅に走り寄り、共用施設のアイテムボックスから自前の分、カシワの調合分とをそっと取り出す。 道を戻るまでの間、ノアと胡乱な男はほのぼのとした空気で世間話を楽しんでいるようだった。辛うじて、呑気で羨ましいなあ、とは口に出せずにおれた。 「はい、こっちがわたしの調合したやつ。で、こっちはカシワのね」 「おやあ、秘薬だけじゃないのかい? 強走薬に……回復薬の類もあるようだけれど」 「サービスだと思えばいいんじゃない? その代わり、今度から誰にも見つからないように気をつけること! 分かってるとは思うけど」 女狩人の言わんとしていることが分からない、と言うように雲羊鹿飼いは首を傾げている。恐らく彼女は「龍が里に現れる」ことの異常性を理解していない。 否、それを言うなら自分も同じだ――未だに、目の前の全てが一夜限りの幻影ではないかと思えて仕方がなかった。 元凶となった男は、手元の二種類の袋を慈愛を込めた眼で見下ろしている。 そんなに薬が好きなら自分で調合できるようになったらいいのに、言い出した言葉を喉奥に押しやって、クリノスはおもむろに頷き返した。 「わたしは事情が分からないしね。でも、どうしても会いに来たい理由があるんでしょ。ノアちゃんに迷惑掛けないでよ」 「おやあ、ずいぶんな言われようだけれど。……ウン、大丈夫だよ。そのあたりのことは、友人に風を読む方法を教えてもらえているからね」 「友人」。それもまた、ひとならざる生き物ではないのだろうか。 じろりと睨み上げると、男はなんにも悪いことはしちゃいませんよ、という体で口元に弧を描いた。 掴みどころがないのは、ひとを煙に巻こうとするのは、元の姿の性質に依存するせいなのだろうか。クリノスは一人頭を振る。 (確信も持ててないし、思い込みかもしれないし。『そう』って決めつけるのも、危ないよねー……) 理由も根拠も、実際には酷く朧気だ。文字通り霞がかっていると言ってもいい。「彼」が本当に「そう」とは限らないし、言いきるほどの自信もなかった。 ちらと見つめ返した矢先、男はふと空を仰いで「時間のようだよ」と呟いた。 いつしか、月明かりが戻されつつあった。靄が切れ、霧が薄まり、煙が取り払われて、見慣れた草原が黄金に染まりつつある。 (……あ、なんか……きれい) ふと、自慢の両親や兄たちに会いたくなった。目の前に立つ霞みつつある藤色と、それを照らす月明の黄金の対比は言葉を失うほどに美しい。 彼らにこの光景を見せることができたらどんなにいいだろう。切なげに目を細めた双剣使いに、奇術師は小さく笑いかけた。 「そうそう。もし君があの騎士の子に会うことがあったら、彼にもお願いしてもらえないものかなあ。調合が、上手いそうだからね」 「……え? ユカのこと知ってるの? なんで?」 「昔、知り合いからそんな話を聞いたものだからさ――じゃあね。僕の気が向いたらまた話をしにここを訪ねることにしようじゃないか。息災でいるんだよ』 「いや、だからなんでっ……うわっ!」 刹那、翔るようにして風が巡る。 たまらず目を閉じ、ノアと身を寄せ合ったクリノスがはっと顔を上げたときには、件の人影の姿はすっかり消え失せていた。 初めから、最初から。先まで会話をしていたはずの不詳な男など端から存在していなかったかのように、足跡の一つすらその場に残されていなかったのだ。 「……なんなの? あいつ」 「悪いひとではないと思いますよ? いつの日かは、郷の特産品だっていう山菜やタケノコを持ってきて下さいましたし」 「どっちがニャン次郎さん枠なわけ!? あー、もう! 変なのばっかり寄ってくる!」 それもこれも全部カシワのせいだ、相棒のモンスター運が無駄に強いことを理由に、この邂逅について先輩狩人は身勝手にそう結論づけることにした。 隣に立つ雲羊鹿飼いは苦笑するばかりだ。一歩間違えば怪我では済まない事態に陥りかねないというのに、彼女の度胸も如何なものか。 もう寝よう、しゃきしゃきと足取りを促してノアの自室へと急ぐ。夜は深まるばかりだったが、目は冴える一方だった。 「カシワの調合、雑なんだよね。痛い目みればいいのに。あとは……そうだよ、ペッコ。あいつ、なんでこんなときにいないの……面倒ごとは御免なのにっ」 恨み言を並べたところで、雲羊鹿飼いはすでに寝落ちしていて返事もしない。悩むのが馬鹿らしくなり、女狩人も頭から布団をかぶる。 ……こうして、古き龍とのファーストコンタクトは終わった。「彼」との付き合いが思いのほか長くなることを、このときのクリノスに知る術はなかった。 |
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