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モンスターハンター カシワの書 上位編(10) BACK / TOP / NEXT |
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その日、龍歴院前正面庭園は少しばかり騒がしかった。 ユクモ村に寄らずまっすぐ帰還したカシワたちの前で、龍歴院研究員やハンターズギルドから出向してきたと思わしきハンターが忙しなく行き交っている。 悪いな、と思いつつ聞き耳を立ててみると「水竜が」、「細工師は」とはるばるここまで何らかの探し物をしに来たことが分かった。 騒ぎを無視して歩き出した相棒の背を追って、それでもカシワは彼らの話に耳を傾ける。誰一人としてこちらの帰還に気付いた様子はなかった。 「水竜? って、なんだ?」 「カシワ。あんたの故郷ってさ、近くに大っきい川とかなかった?」 「なんだよ、急に? なかった……と思うぞ、せいぜい小川くらいか。サシミウオにホッピングッピー、小金魚なんか釣ってたなあ」 「あー……なら、分かんなくても無理ないかもね」 加工屋に武器の研磨を頼んだ後、クリノスに促されるままぞろぞろとマイハウスに引き籠もる。 彼女が寄越してきた「月刊:狩りに生きる」のバックナンバーに、水竜ガノトトスの特集が掲載されていた。 「うん? でっかいなあ。羽根が生えてるのか、こいつ」 「魚竜種だよ、羽根みたいなのはヒレね。流石に飛んだりはしないけど、泳力や跳躍力は折り紙付き」 両腕を大きく横に広げた先輩狩人と冊子に描かれた水竜の絵とを見比べて、後輩狩人はぎゅっと眉間に皺を寄せる。 「根っこはガレオスなんかと同じってこと。普段は水中にいるんだけど、食餌のときに陸に上がってきたりするから」 「へえ……なんだ、結構愛嬌ある顔してるよな? こいつ」 「アルフォート、ガノトトスは体当たりが凄いのニャ。亜空間タックルなんだニャ! 覚えといて損はないのニャー」 「あ、亜空間ですかニャ!? 想像できませんのニャ。おっかないですニャァ……」 「……えーと……そ、そうだ、クリノス。お前、ノアの家でクエスト中に話したいことがあるって言ってたよな? あれって結局、なんだったんだ?」 「あれぇー? カシワくんはガノトトスが怖いんですかー?」 「そそそそんなこと言ってないだろ!? 亜空間とか……そんなの、見てみなきゃ分かんないだろ!」 オトモの会話から何やら不穏な気配を感じ取り、カシワはサッと冊子を盾代わりにして身構えた。 もはや「タックル受けます」宣言も同然なのだがお分かり頂けただろうか――そう言いたげな女の冷ややかな眼差しに、動揺が隠しきれない。 「まあ、安心したら? 今のあんたの装備じゃ怒り時の攻撃に耐えられないだろうから。そんなすぐ、依頼も来ないでしょ」 狩りに生きるを没収して棚に戻しがてら、クリノスは奥歯に携帯食料が挟まったように語気を鈍らせる。 ベッドに寝転びいつものようにだらだらし始めた姿を見て、カシワはそれ以上を問えなくなった。 暗に、それ以上は聞くな、と言われたような気がしたからだ。手持ち無沙汰に頭を掻いていると、マイハウスの扉が弱々しくノックされる。 「あっ、ハンターさん! よかった、戻ってきていたのね?」 慌てた様子で単身駆け込んできたのは、見知った顔の――ベルナ村の受付嬢だった。 「どうしたんだ? まさか、緊急の依頼か」 「ええ、もちろんそれもある……んだけど。でも、それよりも……」 これまで彼女から急ぎで渡されてきたのは、決まって緊急性の高い大型モンスターの狩猟依頼書ばかりだった。 過去のドスマッカォ、ホロロホルル、イャンガルルガ、ディノバルドらのことを思い出し、カシワはさっと手を伸ばして彼女の抱える依頼書の束を奪い取る。 何故か受付嬢は「あっ」と困ったような声を上げたが、後輩狩人に察してやれるだけの余裕はなかった。 ……思い込み、慣れとは恐ろしい。何か言いたげにうろたえる受付嬢に視線を返して、「お任せあれ」とばかりに後輩狩人は頷き返す。 「プロミナー……火属性の剣は、今手入れ中なんだ。タスクギアの強化なら先に済ませてもらったから、そっちでいけそうなのに向かってみるさ」 「や、あのっ、違うの、ハンターさん! 私が言いたいのは、そういうことじゃなくってね……!」 「クリノス、お前は休むんだろ? 特訓も兼ねて、先に一人で行ってるぞ」 いくつかの依頼書を手にしたままマイハウスを飛び出した。飛甲虫討伐から帰ってきたばかりだが、今は少しでも素材が欲しい。 クリノスの口ぶりから、近いうちガノトトスを相手にしなければならないという予感がカシワにあった。 上位に上がったのだ、心配も迷惑もかけられない。どのクエストに行けばいいのか自分では判断がつかないが、ただ拠点に籠もっているよりはマシだろう。 ぱたぱたと慌てて着いてくるアルフォートを伴って、カシワはついさっき来た道をとって返した。 「――ハンターさん!? どうして、こちらに」 クエストカウンターに立ち寄ると、何故か集会所の受付嬢は慌てたように椅子から立ち上がり首を横に振る。 顔はすっかり青ざめていて、隣には見慣れた獣人族の姿も見つからない。クエストの受注窓口には休止の札が立てかけられている始末だった。 何かがおかしい……訝しむカシワに向かって、彼女は何らかの書類を机上から取り、手渡そうとした。 「……おっ? お前さー、もしかして今、手ぇ空いてるカンジ?」 そのときだ。後ろから不意に肩を掴まれ、カシワはその場でたたらを踏んだ。 ぱっと振り返ると、彩度の鈍い青緑……縹の色の髪を持つ野性的な風貌の男が一人、にやりと不敵な笑みを浮かせている。 「ハンターさ……アトリさん! あなたまで、どうして!」 「やぁ、受付嬢さん。相変わらずお美しい! いやね、そろそろ手持ちがなくなってきたから稼いでおこうかなって」 「……アトリ? って、お前のことか。俺になんの用だ?」 食ってかかる勢いでカウンターから出てきた受付嬢に向かって、アトリと呼ばれた男はにこりと笑いかけた。 掴まれた肩が俄に軋み、カシワは顔をしかめてこの男に向かい合う。 値踏みするような、舐め回すような金糸雀色の眼差しが上から下まで流れていった。ぞっと背筋が冷えた心地がして、一歩だけ後ずさる。 「……はは、こいつは失礼。オレはアトリ、元はポッケ村近隣で稼いでたハンターさ」 「ポッケ村? ……ユカと同じじゃないか」 うろんな気配は笑みと共に強まった。後輩狩人から手を外さないまま、縹の狩人は喜色満面に歯を剥き出しにする。 「ユカ? ユカだって? お前、あの野郎を知ってんのか」 その声色に底知れぬ不気味さを感じさせた。ぐっと息を詰まらせるカシワの目と鼻の先で、アトリは一度俯き肩を震わせる。 念願がようやく叶った――そう言わんばかりの、絶え間ない失笑だった。いつしか肩を解放され、困惑したまま受付嬢と顔を見合わせる。 黒髪の受付嬢は、困り果てたような、言葉に窮するような顔でこちらを見つめた。話を促そうと頷きかけて、しかしカシワはアトリに強引に肩を組まされる。 「ユカかあ。オレとアイツは、まぁ、古い馴染みっつーか……親友だよ。マブダチってヤツだな!」 「親友? お前が? ……ユカからそんな話、聞いたことないぞ」 「へえ! お前、アイツとそんなに頻繁に会ってんのか。お忙しいはずなんだがなー」 「……カシワさん、アトリさん。すみませんが、今はクエストの新規受注をお断りしているんです」 ふと、会話に割り込む者があった。言うまでもなく集会所の受付嬢である。ぱっと振り向くカシワの後ろで、アトリが凶悪に笑んだのを彼女は見た。 「そうなの? それは困るな、せっかく準備万端でここまで来たのに」 残念ながら、馴染みのハンターに男の変貌に気づいた様子はない。縋るような眼差しを向ける受付嬢を遮るように、アトリは半ば強引に依頼書を押しつけた。 いつの間に用意を済ませていたのだろう……「森と丘」行きの複数狩猟の依頼書を見下ろして、彼女は静かに眉根を寄せた。 「なに? 新規受注を断らなきゃいけないようなことでもあった? 龍歴院はハンターズギルドと連携してクエストを出してたよな? いいのかねえ」 「……アトリ? お前、何を言って……」 「カシワだっけ、お前には分かんねーか。はっ。『まだ新しい研究機関がクエスト発行を渋るって、管理不届きなんじゃないですかー』ってね。そゆこと」 さっと彼女の顔から血の気が引くのをカシワは見た。元から青ざめていた顔が、余計に青白くなっている。 たまらずアトリの胸ぐらを掴んだ。見下ろしてくる金瞳は、嫌みったらしく不快に歪んでいる。 「アトリ! 俺にはよく分かんないけどな、何もそんな言い方しなくたっていいんじゃないか!?」 「……へぇ。なるほど。お前がユカとなんでつるんでいられんのか、分かった気がするぜ」 「なんっ……ユカのことは今は関係ないだろ!?」 「そう怒んなって。あー、まぁ、そうだな……はは、ごめんなあ。ついチクッと言っちまったよ。いかんせん、オレは仕事が出来ねーヤツが嫌いなんでね」 「……、いいえ。元はと言えば、こちらの不手際が原因ですから」 肩を震わせる受付嬢を、カシワはただ見守ることしかできない。その間にもアトリはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。 事情も分からないまま一方的に物言う男に、知らず知らずのうちに嫌悪感が募っていく。しかし、急な話が続いたせいでそれを自覚することはできなかった。 モチロン受注してくれるんだよな、駄目押しとばかりに強要する男に、今回に限りますが、受付嬢は毅然として対応する。 無理に受け付けしなくても……口を挟みたくなる後輩狩人だったが、止める間もなく受付嬢は受け取った依頼書に承認印を押印してしまった。 朱塗りの龍歴院の承認印。受け取った控えに押されたそれをふと横から覗き込み、アトリは何故かうっとりとした幸せそうな顔で笑う。 「なぁなぁ、カシワ。オレも同行していーよな? オレはオトモは雇ってねーけどさ」 「アトリも来るのか? いや、俺は別に。そもそもこの依頼書だって、あんたが用意したやつだっただろ」 「まぁな。森丘は狩りの原点、オレらハンターの魂の故郷! ってカンジじゃね? クエストが出てんなら、行くしかねーだろ」 乱暴にアルフォートの頭を叩き、彼が痛がる様をどこか満足げに見下ろした後で、アトリは一人食事場に向かっていった。 オトモメラルーと顔を見合わせて、後輩狩人は固く手を組んだままの受付嬢に軽く礼をしてから後に続く。 すでにチーズフォンデュをがっつき始めているアトリの背中を見て、カシワは小さく眉根を寄せた。疑問と疑念が渦巻いて、とても食欲など湧いてこない。 (ユカの親友だって? それにしては、ユカとはタイプが全然違うように見えるんだけどな) 促されるまま、流されるままに相席する。しぶしぶと串を鍋にくぐらせながら、後輩狩人は拭いきれない違和感に我知らずぐっと歯噛みした。 「……あの、バカ! なんで受付嬢さんの話、ろくに聞きもしないで行っちゃうかな!?」 「ニャー。旦那さん、相手はカシワさんだから仕方ないニャー」 ところ変わって、こちら、怒り心頭であるのはベルナ村に残された先輩狩人だ。彼女の前で、ベルナ村の受付嬢は気落ちしたように俯き加減で着席している。 用意した茶に彼女は一口も手をつけていない。ただカップを両手で包み込んだまま、何ごとかを考え込んでいるようだった。 「それで、受付嬢さん。その『偽の承認印』のことだけど」 「あ……ええ、そうなの。ハンターズギルドから急報が届いて、正式なものと見分けがつかないものが出回っているから注意しろ、って。私も驚いちゃって」 「でも、ニセモノのハンコだなんて。そんなこと可能なのニャ? ユカさんが黙ってるはずないニャ!」 「ええ、持ち出しは出来ないと思うわ。限られた人しか使えないし保管場所も決まっているから。でも、現に誤って受注したハンターさんがいるみたいなの」 フンスと両拳で気合いを表現するリンクを綻んだ顔で見下ろしてから、クリノスは目線を上げて受付嬢の言葉を待つ。 彼女は、いつもなら愛嬌と利発さに輝く目を鈍く曇らせて、心底悔しげにきゅっと唇を結んでいた。 こんなことは異例だ――先輩狩人は正直にそう思う。通常、贋作の彫り物というのは出来が悪いものがほとんどであるためだ。 一から彫り物を用意するよりも、濾紙や油紙を駆使した転写法の方がまだメジャーな手と言える。リスクだけでなく作業時間や手間が圧倒的にかかるからだ。 「罪を犯してまで儲けようとする輩は、そもそも仕事が雑なことが多い」。いつの日か、祖父が苦い顔で呻いていたことを思い出す。 「ユカさんは確かに龍歴院近辺担当のギルドナイトよ。でもオストガロアのこともあったし、兆候もなかった。手が回らないのも無理ないんじゃないかしら」 「だからって! もしギルドや、龍歴院の上から突っつかれたら……」 「ええ。彼だけじゃなく、私や集会所の同期の娘もただでは済まないと思うわ。今のところ、本部の指示で受注を一時停止しているけど」 このタイミングで、何故……手渡された偽物の受注書を手元で広げて、クリノスはそのぱっと見の精巧さ具合に顔をしかめた。 祖父に鍛えられた自分や慣れた商人ならまだしも、素人目ではほとんど見分けがつかないくらいの出来だったからだ。 拡大した上での比較、検証をしない限り、すぐに見抜くことはできないだろう。面倒なことになった、苛立たしげに唸る先輩狩人に受付嬢は弱く頷き返した。 「これを作った細工師か彫刻家が、この近くにいるそうなの。もし心当たりがあったら、すぐに教えてもらえないかしら?」 「……! 分かった。バカシワにも、帰ったらすぐそう伝えとくから!」 「ごめんなさい、せっかく上位に上がったばかりなのに。私の方でも調べてみるから、もう少し待っていて」 結局、彼女は茶も飲まずに連絡事項だけを告げて戻って行った。肩を落とした姿は、村人を前にした途端、常のようにピッと型を整える。 ……受付嬢とは、ハンターズギルドや龍歴院、そしてハンターらを繋ぐための架け橋だ。問題が起きようとも、動揺したそぶりを出すことはまず出来ない。 にこやかな笑みを浮かべ、訪れる龍歴院つきに次々と説明を続ける彼女を窓越しに眺め、クリノスは小さく嘆息した。 恐らく、あのように質問攻めに遭っているようでは調査などろくに進まないだろう。何より、幸か不幸か、自分は「件の細工師」に心当たりがなくもない。 「リンク。ちょっと、ノアちゃん家に行ってみよっか」 「ニャ? チーズクッキー食べるのニャ?」 「んー、それもあるけど。カシワがまたバカやらかした、ってチクっとこうかなーと思って」 それはいいアイディアですニャ、自分の代わりのように喜ぶオトモアイルーを見下ろして、少しだけ怒りが静まっていくような気になった。 とはいえ、相手がどう出てくるかは分からない。事前に祖父宛に「妙な旅人を見つけた」と手紙は出していたが、返事はなかった。 自分一人でどうにかするしかない……ぐっと拳を握りしめ、大きく深呼吸してから、酪農家の自宅の扉をノックした。 「はい。……あら? クリノスさん」 「やっ、ノアちゃん。あのさ、こないだの細工師って……まだ、いる?」 どうしたんですか、そう問われる前に先手を打つ。面食らったように目を丸くして、しかしノアは小さく頷き返した。 どうぞ、と案内されるままに奥へと向かう。向かった先は馴染みの台所だ。煌々と照る雷光虫製のランプを横に、あの細工師は懸命に芋の皮剥きをしていた。 「なに、まだいたの?」 「う、ぅわっ! なっ、なんだ、お前かよ! 驚かすなよ……」 ごろんと転がってきた剥きかけの芋を拾い上げる。ごく一般的な地産の芋だ。表面を指の腹でこすって、クリノスはその美しい加工加減に目を細めた。 「クリノスさん。わたし、ポッケポテトなんかが好きなんですけど、この時期は傷みやすくて値が張ってしまって」 「あー、代用はふんばりポテトとかでしょ? わたしは、どっちも好きだけどねー」 「なあ、なんでもいいけどそれ返せよ。まだ剥き終わってないんだから」 急かしてくるリラに芋を放り返す。取り落としかけて、細工師は慌てたように両手をじたばたさせた。 何かを察したのか、ふと口を閉ざしたノアにそっと頷き返す。ハンターの血がそうさせるのか、雲羊鹿飼いはすぐさま表に通じる勝手口を閉めに向かった。 カチンと錠が落ちる音がして、はっとした顔が見上げてくる。銀色の瞳に、銀朱色が獲物を睨めつけるような体で映り込んだ。 「知ってる? 最近の龍歴院って、仕事が多すぎてパンク寸前なんだって」 「は? え? ……それ、おれになんの関係があるんだよ」 「うん、今日はカシワもいないでしょ、マルクスも。忙しすぎて、どんなハンターも拠点に寄って一休みすることさえできなくなってるんだよね」 淡々と告げた直後、リラの顔色が変わった。話をまとめると、こうだ――「お前を迎えに来てくれるはずの仲間は当分来ない」と。 カマをかけたようなものだが、細工師はたちまち顔を蒼くさせた。そんなに正直な性根をしていて何故疑わしい行動をしているのやら……女狩人は鼻で笑う。 「なんでも、忙しくなった理由は『不測の事態が起きたから』らしいよ? 詳しい話は知らないけどね」 「……そ、それは……おれには、関係ない話だし……」 「なんで? 何も言ってないでしょ。なんか心当たりでもあんの?」 「なっ、何言ってんだよ! お、おれはただ『頼まれただけ』で……な、何も知らないっ!!」 予想通り、否、予想以上の反応だ。 リラは椅子から降りるや否や、大猪の如き勢いで駆け出した。こちらを突き飛ばして逃げようと試みたのか、両手が前に突き出される。 それをクリノスは正面に立ち、左右から腕を回して掴みに掛かった。角で刺突しに来る猛牛竜をいなすように、細腕を包み込むようにして押さえ込む。 「うぁっ! な、何すんだよ、離せ!!」 「そっちこそ! なんでわたしが、こんな面倒なことしなくちゃなんないの!!」 「あ、理不尽だなーと思ってはいたんですね、クリノスさん」 そのまま床に叩き伏せ、体重をかけて拘束した。気を利かせたノアが頑丈なロープを持ってきて、するすると慣れた手さばきで後ろ手に縛り上げる。 なんでそんなに手慣れてんの、双剣使いが引き気味に聞いてみると、糸類の扱いと一緒ですから、酪農家はさらりと受け流して応えた。 思わぬところで、しかも当人にとっては意味も分からないままに捕獲されたリラだけが、ぶすくれた顔で転がされている。 「あんたさ、前に『仲間が迎えに来る』って言ってたけど。それっていつなの? 普通は期限とか決めておくはずなんじゃない」 「そっ、それは……そんなの、お前に関係ないだろ。おれだって、好きでこんなとこにいるわけじゃ」 「そうなんですか、リラさん。わたしのチーズトーストやミルクスープが好きだって言っていたの、嘘だったんですね」 「うわぁ……ナニソレ、美味しそー」 「ばっ、ばか言え! それとこれとは別っ……っていうか、嫌いだなんて一言も言ってないだろ! ふざけんなよ!!」 ぎゃあぴい喚く細工師を見下ろして、二人の娘は顔を見合わせた。 龍歴院つきのハンターであることを明かしたときも、他人様の家で甘えすぎないように諭したときも、この少女はあまりにも素直な反応を示していた。 仮に「何も知らない」演技をしているのだとしても、この短期間のうちにノアにここまで懐いてしまうのは異常だ。 特定の親しい人間を作ってしまえば、それだけ他と接する機会も多くなる。「出来るだけ顔を知られないようにする」のは、やましいことを担う者の鉄則だ。 恐らく、予想した通り彼女は「何も知らされていない」側なのだろう――クリノス=イタリカはそう結論づけた。 「まあ、それとこれとは別だし。ギルドや龍歴院は無理でも、『判定』くらいはしてもらわなきゃね」 「は、判定? なにっ……どういうことだよ!? おれをどうする気だ!?」 「あー、わたしのコネ的な? なんならペッコが来るのを待ってもいいけど、多分忙しさ最大金冠で無理だろうから。悪いようにはしないよ、大丈夫」 「何らかの形で、自分はしくじったのだ」、ようやくそれを察したのか、リラは床上で体を震わせた。 彼女の身体が痛まないよう、雲羊鹿飼いがゆっくりと身を起こしてやり壁に寄りかからせてやっている。一連の流れを見送って、女狩人は小さく嘆息した。 「……貸し一つ、だからね。ユカペッコ」 確定ではない、確証も得られていない。しかし、事態に翻弄されている騎士に対しての貸しにはなるはずだ。 他の拠点に向かおうとするハンターで混雑する飛行船乗り場を遠目に見つめて、クリノスは一人静観を決め込む。鮮やかな銀朱を思い描いて、目を閉じた。 |
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