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モンスターハンター カシワの書(7)

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「彼」にとって、古代林という広大なフィールドは非常に過ごしやすい環境にあった。
堅い鱗と分厚い皮が発達した甲殻は、あらゆる温度、湿度に耐えうる自慢の一品ではあったのだが、縄張りを拡大するべく
新たに進出を試みた件の古い土地は、ほどよい湿気とよく冷えた地下空洞、岩肌と巨大なきのこに囲まれてできた暗がり、
他にも豊富な水量と食べ物を数多く備えており、居座りと気まぐれな闊歩を続けてやるのにちょうどよかった。
自分以外にも、ここには緑の鱗の鳥竜種や角を生やした灰色の獣、黄緑の首長竜など、多くの生き物が生息している。
それぞれの縄張りが重なることはあれど、よほどのことがなければむやみに争うこともなかった。
争いが必要になるほど古代林で生存するのに苦労はなかったためだ。互いにそれが分かっている。
だからこそ今日まで穏やかに過ごすことができていた。水分の多い空気を肺に吸い込み、「彼」は意気揚々と歩を進める。
「彼」を前に、無謀に襲いかかってくるものはそういない。返り討ちにされるのが関の山と分かり切っているからだ。
「彼」自身もまた、余計な争いは好まなかった。生き延びるためには、好戦的であることは逆に損をすることと同義だった。
何事もなければそれでいい。縄張りを行き来し、牙を伏せ、ただし互いの動向に目配せし、自由を謳歌して回った。
……そんな中でも、平穏を打ち壊す者が現れることもある。
時折、無粋なよそ者がフィールドに降り立つことがあった。彼らはそろって、空に浮かぶ入れ物に乗ってやってくる。
あらゆる毛や鱗の臭いをまぶした鎧や布で身を包み、同じように臭う刃や筒、棒を手に、彼らは「彼」に戦いを挑んできた。
挑んでくるというのは的確な表現だ、「彼」はそう自負していた。
彼らは目につくモンスターを次々に攻撃し、倒しきると今度はその皮や鱗、爪や牙をむしり取って懐へとしまっていく。
人間という弱者でありながら、古代林に根付くあらゆる生命から資源を奪い、我が物顔で縄張りを荒らしていく。
彼らの足が止まることはなかった。彼らの目は常に鋭く、あまりに欲深い光を宿していた。
故に、「彼」とて反撃しない手はなかった。
目につく彼らをことごとく己が腕で、後ろ脚で、ときには大地を揺るがす咆哮で、片っ端から薙ぎ払ってやった。
不思議なことに、日が傾く頃、あるいは日が昇る頃にもなると、彼らは皆、すごすごとフィールドから立ち去っていった。
粘りさえすれば、彼らは縄張りから失せる。学習して以来、「彼」は訪れる人間をひたすら襲い続けた。
荷車を引く者、軽装の者、ちょこまかとうるさい獣人の群れも中にはあったかもしれない。
しかし、「彼」にとってはどれもが自身の縄張りを荒らし、その生命を脅かすものたちにしか見えなかった。
それほどまでに、彼らの存在は「彼」にとって脅威であり、恐ろしいものでもあった。
……彼らが彼らの世界で「ハンター」と呼ばれていること、「彼」のような、人間や他の動植物に損害を与えうるモンスターを
狩ることを生業としていること。古代林に訪れるにも、彼らなりの理由があること。それを、「彼」は何も知らない――






切り立った崖と湿った大地に、豊かな日の光が降り注ぐ。
暗がりに踊る光の柱を駆け抜けて、新米とその先輩狩人が、眼前、巨体を振りかざすモンスターに対峙していた。
大地を踏みしめる後ろ脚はあまりに粗暴で、巨体を持ち上げる度に大きな地鳴りを生み、足元を震わせる。
――バォォォン!!
大気を重低音が締め上げる。思わず耳をふさいだ新米に対し、震動対策に距離を取っていた先輩狩人が喝を飛ばした。

「カシワ! 前!!」
「旦那さんっ、危ないですニャ!」

クリノスが走り出すのと、小柄な黒毛の生き物――アルフォートがカシワの袖を掴んだのは、ほとんど同時。
強く真横に引かれ、カシワははっと顔を上げる。目の前に、幾度となく苦戦したモンスターの顔面がそびえていた。
尋常ならざる太い牙とたくましい顎、朱と蒼のまだら模様で全身を覆う、厳つい顔の両生種。
鬼蛙、テツカブラ。気球船の中でアルフォートからその名を聞き、改めてリベンジを誓った大型モンスターだ。
噛みつこうと大顎を押し出してくるのを、寸でで避ける。すれ違いざま、クリノスが地面を蹴り、空中へ軽やかに躍り出た。
視界が回る。クリノスに踏み台にされたのだと気づいたのは、彼女の背中を見送ってからのことだった。
毒づく暇もない! 手をつき、体を滑らせながら顔を上げたカシワの目に二つの銀光が凛と走る。
クリノスが双剣の刃を、テツカブラの顔面に叩きつけた瞬間だった。凶悪な大口が、醜くがっぱりと開ききる。
のけぞったテツカブラの口から鈍い悲鳴が小さく漏れた。ぱっと多量の血しぶきが上がる。
確かな手応えに、クリノスは口端をニッと吊り上げながら着地した。間髪入れずに彼女の横からリンクが飛び出していく。

「命中率百パーセント! 『巨大ブーメランの術』ニャ!!」
「リンク、胴体ねらって!」

振り抜いたリンクの腕から、湾曲した刃――アイルー族自慢のブーメランが二枚、水平に疾走していく。
後ろ脚でたたらを踏んだテツカブラの腹に、それは深々と突き刺さった。
咆哮……二度目の怒声が響く。今度はクリノス、リンクですらその場で眼を閉じ、立ちすくみ、耳を両手で覆った。
テツカブラの咆哮はドスマッカォの遠吠えとは比較にならないほど大きく、威圧的で、凶暴だった。
心を削ぐとはこのことだ、歯噛みしながら顔を上げたクリノスだが、次の瞬間、彼女の背後から駆け足が近寄った。

「でぇいっ!!」

カシワだ、ごくわずかな段差を足がかりにして、クリノスの横から滑り出るように新米の体が宙に飛び出す。
助走をつけてからのジャンプ攻撃。下から上に振り上げられた鋼の剣が、テツカブラのいびつな甲殻を引き裂いた。
すかさずその手が伸びる。盾をまとい、剣を持たない片腕が、鬼蛙の表皮にすがりつく。
傷口と鱗の盛り上がりに指をかけ、怒り、暴れる巨体にしがみついた。

「ふーん! 『乗り』攻防……!」
「だっ、旦那さん!」

やるな、そう呟くクリノスの感嘆も、アルフォートの声援も、カシワの耳には届かない。

(こいつっ、暴れすぎじゃないか!?)

テツカブラの背中は、ごつごつと鱗がささくれ立ち、少しでも気を抜けば振り落とされかねないほど不安定だった。
「乗り攻防」。ベルナ村で受注した訓練クエストで、カリスタから直に学んだ狩猟技術だ。
大型モンスターの背に乗り、暴れる巨体を抑えて一時的に制圧することでその意思を削ぎ、大きくひるませることができる。
数年ほど前から、体の大きさでは不利なハンター側が優位に立つことができる術として早くに広まった業だった。

『振りほどこうとして、暴れるからな。大人しくなるまでしがみついて、ひるませる機会を待つのだ!』

見下ろすばかりだった人間、それもハンターが背に張り付いているというのは耐えがたい屈辱かもしれない。
テツカブラは息を荒くし、唾を吐き散らし、強靱な後ろ脚で天高く飛び跳ね、なんとかカシワを振り落とそうとする。
互いに必死だった。腕に渾身の力を込め、目を血走らせ、カシワは指を引きちぎれんばかりに硬い甲殻にめり込ませる。
気力が持っていかれる――荒い息を吐きながら、ひたすらその瞬間を待った。

「旦那さん! しっかりしますのニャ、手を離しちゃ駄目ですニャ! 押し切りますのニャ!!」

アルフォートがブーメランを二度、投げる。まっすぐ投擲されたそれが、咆哮放つテツカブラの顎にめり込んだ。
ほんのわずかな、一瞬の静寂。カシワは、鬼蛙がよろめき、ふと力が緩んだのを手のひらに感じた。
押し切る……アルフォートの声援が脳裏をよぎる。今、鬼蛙はひるみ、圧倒されている。この機会を逃す手はない。
すかさず腰に提げた剥ぎ取り用のナイフを引き抜く。渾身の力を込め、それをテツカブラの背に突き刺した。
暴れるモンスターが動きを止めたとき、どうするか。カシワはそれをカリスタからしかと教えられていた。

(抵抗さえ……させてやらないからな!)

遠慮のない連撃、剥ぎ取りナイフによるめった刺し。
鱗を引き裂き、甲殻を砕かれ、にわかに鮮血を吹き出させるテツカブラの背中。カシワはなお手を緩めなかった。

「カシワ!」
「クリノス! 今だ!!」

刹那、勢いよく放り出される。衝撃に備える新米狩人だが、直後、眼下でテツカブラが横倒しになる様を見た。
乗りによる制圧と威圧。文字通り背後を取られ、心身に傷を負わされた鬼蛙は、ついに地面にもんどり打って倒れた。
そのまま弾け飛ばされないよう地面を荒く鷲掴みにして、クリノスが駆け出す姿を見送る。
すぐ近くから、アルフォートが四肢で駆け寄ってきた。
攻防に成功したのか――テツカブラの悲痛な声とは真逆に、ふつふつと闘気が燃え上がりつつあるのを感じた。

「旦那さんっ!」
「アル! 俺たちも行くぞ!」
「っ、了解ですニャ!」

すでにクリノスは双剣を抜刀し終えていて、天を仰ぎ手足をばたつかせるばかりの巨体に肉薄している。
幾重もの弧を描き、艶やかに踊り出す二つの刃。硬質な鱗と刃がぶつかり合うたび、いくつもの緋が飛んだ。
カシワが力強く駆け出す、アルフォートが後に続く。ナイフを素早くしまい、代わりに打立ての片手剣が引き抜かれる。
エリア七、月明かりに微かに照らされる、切り立った崖と湿った大地でできた空間。
低くうなるテツカブラは、徐々に体力を削られながらも、未だその眼に爛々とした光を残し続けていた。

「狩技、『ラウンドフォース』、レベル壱ッ!!」

磨き上げられた鋼の刃が、暗がりを引き裂く。真横一直線に走った剣が、鬼蛙のがら空きの胴体へ迫った――






――「彼」は戦慄した。今の今まで、自分に挑んでくるものは多かった。
しかし、どれもが途中で踵を返し、すぐに姿を消す者ばかりだった。人間など大したことはない、そう思っていた。
今回の人間……薄青色の髪の女と、黒髪の男、連れられた二匹の獣人。それらも数日前、追い返すことに成功していた。
何事もなければそれでいい。好きなときに好きなものを食べ、ねぐらで横になり、自由に過ごしていたかった。
邪魔する者は誰であろうと、二度と目の前に立ちふさがらないよう、徹底的に叩きつぶしてやったつもりでいた。
同じようにしてやったはずなのだ。巨体をぶつけ、腕で薙ぎ払い、牙で肉をえぐり、心を砕いてやったはずだった。
いつものように、もう二度と目の前に現れることはない。そうして安堵していたはずだった。
またいつものように、平穏な日々を過ごせるものと信じていた。それなのに……。

(何が悪かったんだ、こいつらはどうして)

諦めもせず、こちらの背にまたがるような真似事までして、何が彼らをそこまで駆り立てるのか。
肉を鱗ごと裂かれ、血しぶきが甲殻を赤く染め上げ、苦鳴は無情にもとめどなく空に溶ける。
怒りと屈辱に体中の血が沸騰しているかのようだった。何度目か、巨体を揺り起こし、「彼」は彼らに正面から対峙する。
同じように彼らの目もまた光を失わせていなかった。なんと互いに諦めの悪いことか……「彼」は珍しく自嘲した。

(ここまで命を懸けてぶつかってきた奴が、今まで何人いただろうか)

狩るか、狩られるか。
狩られる前に、狩るのはどちらか。
まだ体を動かすことはできる。まだ諦めたわけではない。まだここでやりたいことがたくさんある。
「彼」は頭を振った。視界に入る彼らの得物、その鈍い光が、「彼」に野生の感性を取り戻させる。
自分は決して、獲物になどならない。
力を振り絞る。自慢の後ろ脚に、何度も人間を屠ってきた豪腕に、折られた二対の牙に、鋼の意志を込める。
のど奥を震わせ、天をあざ笑うように、「彼」は頭を持ち上げ、何度目かの咆哮を響かせた。
そのときだ。「彼」の頭上、紺青の空に星が一粒っきり、勢いよく流れていった。

「――カシワ! 突進!!」
「分かってる!」

肉が踊り、眼光は鋭く、戦意はなお色鮮やかに。狩人たちも鬼蛙も、夜を飲み干すかのごとく、諦め悪くそこにいた。
狩るか、狩られるか。ハンターとモンスターをつなぐその真理だけが、その場を統べる現実だった。





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 UP:20/04/28 加筆修正:23/01/29