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モンスターハンター カシワの書(8) BACK / TOP / NEXT |
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鱗の一枚一枚が濡れそぼり、闇の中でちかちかと艶めいていた。左足を一歩前に踏み出し、のろのろと右足を引き寄せる。 左手の片手剣は斬れ味がかなり落ちていたが、砥石を使うことさえすっかり失念していた。 それもそのはず。弱りきり、あと一歩、もう少しで討伐できるという瀬戸際まで獲物を追い込むことに成功したのだ。 気は逸るばかりだった。 ねぐらに逃げ込み、失われた体力を強引に取り戻そうとする大型モンスター……生い茂るシダ植物に身を隠しながら背後に回る。 息を呑み、気配を押し殺し、荒い呼吸すら止めようと、地下エリアに降りた時点で、狩り人たちはずっと口を結んでいた。 「……大丈夫、寝たみたい」 横からこぼされる声。小さく頷き返して、カシワは柄を握る手に力を込める。 古代林エリア九、僅かな水のたまり場と、散らばる枯れ草、クモの糸で編まれた天然のカーテン。 射し込む光は本当に弱々しく、視野と視力を支えるのはぼんやりと光る深層キノコか、点在する鉱石群ばかりだ。 それでも狩りをする分には十分だった。 視界の先で、テツカブラは低いいびきを掻き始めている。クリノスに折られた巨大牙の歪な亀裂、折れ痕が痛々しい。 後ろ脚は半ばほどまで部位破壊に成功しており、甲殻は切り裂かれ、鱗はささくれ立ち、裂傷が酷たらしく血を噴出させていた。 背中にも同様の裂け目が見受けられる。 治癒能力そのものは高いのか、あれほど鮮血を吹き出していた傷口が薄皮を貼って塞がり始めていた。 カシワは改めて戦慄する。防具を改めた今でも、テツカブラの怪力、突進を放つ瞬発力には圧倒され続けていた。 「こんな生き物に勝てるのか」。 自問しながらもクリノスを見習い、攻撃を避け、顎が岩を持ち上げた隙に柔らかくなった尻尾、あるいは後ろ脚に狙いを絞った。 どちらにも刃が通りやすいのが幸いだった。 出会ったときから鬼蛙に気圧されている自覚はあった。しかし、今回は諦めるつもりもない。 クリノスにはそれが見越されていたらしい。後ろ脚を斬る為にすれ違うたび、彼女は意味深ににやりと笑いかけてきた。 (『先達』の余裕、か) 思い返せば、気力が奮い立たされるようなやり取りだった。 頷き返さないままでも、カシワは彼女たちとならテツカブラを狩ることができるような気がしていた。 視線だけの応酬……会話はなくとも、意志は通じ合っていたはずだ。 ハンター同士らしいやり方だ、とも思う――大きく息を吸い込み、気力を振り絞る。大丈夫、まだ体力も気力も十分残っている。 「なあ、狙うなら頭だよな?」 「だね、できれば部位破壊、もう一段階いっときたかったんだけど」 「今から、っていうのは……」 「どうかなー。寝起きが一番ダメージ稼げるから、爆弾でもあればよかったんだけどね」 クリノスが抜き身の双剣を高く掲げる。直後、刃が赤く煌めき、彼女の身体から火の粉のような揺らめきが起こった。 まるで双刃そのものが、彼女が発する闘気を自らまとい、食らい尽くそうとしているかのようだ。 「鬼人化、で合ってるよな?」 「そっ。覚えたじゃない。……寝てる、なんて最高のチャンスだからね」 クリノスの口から荒い息が漏れる。 「鬼人化」。双剣使用者の特殊技能で、多量の気力を糧に肉体を強化し、筋力、俊敏性を飛躍的に向上させることができる。 強化中の彼女が放つ猛攻には目を見張るものがあった。あのテツカブラの牙を一度は砕き、幾度となく怯ませたほどである。 片手剣よりもより華麗に、過密に、猛烈に……絶え間なく踊る刃はまさに獅子奮迅、鬼気迫る勢いを魅せてくれていた。 ぱっ、と先輩狩人が駆け出す。新米狩人もすぐに後に続いた。 横一直線に駆ける双剣の斬り払いは、熟睡を決め込んでいたテツカブラの前脚に直撃する。 ばちっと目を見開いた鬼蛙と、カシワは目が合ったような気がした。 「……ぃやあああーっ!」 クリノスの喉から気合いが迸る。次いで、二歩、三歩と踏み込み、カシワはテツカブラに肉薄した。 鬼蛙が咆哮するのと、狩人が剣を突き出し突進したのはほぼ同時。鋼の煌めきは、大音を振り切るように前へ伸ばされた。 「クリノス!」 「旦那さ〜ん!!」 リンクが疾走する、クリノスを突き飛ばす。バインドから解放された双剣使いは、ばっと顔を上げ再度鬼人化した。 赤いオーラが揺らいだとき、片手剣もまた翻されている。飛びかかろうと構えたテツカブラの顎に、二人分の刃が叩きつけられた。 飛び散る破片、温い鮮血。手応えはこれまで以上に強くある。テツカブラの怒気が大気を萎縮させているかのようだった。 カシワはぱっと横に飛び退き、テツカブラの脇に目を付ける。猛攻にのけぞったところに、剣を横薙ぎに滑らせた。 クリノスもまた追撃している。地を蹴り宙に躍り出て、巨大な顎から額にかけ双刃を何重にも走らせた。 「あと、」 「一押し!!」 気合い一閃。大木を踏み抜き、カシワの剣が空を切る。気力の消耗に、クリノスの顔が僅かに歪む。 それでもテツカブラの身体は、もはやぼろぼろだった。自慢の硬質な甲殻も鱗も、ずたずたに切り裂かれている。 最後に……最後の最期に、彼は何事かを言おうとした。カシワの目にはそう映った。 鬼人化したクリノスの双刃が、吸い込まれるように巨体にめり込んだとき。テツカブラは空を仰ぎ見て、大口を開きのけぞった。 文句か、恨み節か。何の音も立てないまま、大顎ごと開ききり、鬼蛙の四肢は宙に投げ出される。 ゆっくりと崩れる巨体、荒い呼吸と静寂の応酬。終わったのか、口には出さず、カシワは一度大きく息を吐き出した。 「はい。おつ狩りさまーっ」 「……クリノス」 「時間かかったね。ま、ドスマッカォ以外の初狩猟ならこんなとこかな」 いつの間にか、クリノスは鬼人化を解除していた。こんがり肉に齧りつきながら、平然とした顔をしている。 鬼蛙テツカブラ――古代林にて突如乱入したモンスターはしかし、三度目の挑戦でようやく討伐に至ることができた。 突き刺し、斬り裂き、ときには殴るように叩きつけたハンターナイフは、鬼蛙の体液で切っ先はおろか刃文まで痛んでしまっている。 小バエを払いのけるように振るわれた豪腕を受け止め続けた鋼盾は、土埃にまみれ、一部がひしゃげていた。 「……こんなとこ、か」 両腕の動作が鈍い。疲労か、高揚が落ち着いたのか、あるいは緊張が解けたのか。全身に若干の倦怠感も感じられた。 目を閉じ、空を仰ぐ。それまでの血が沸騰するような激情は薄れ、どこか頭が冷えていくような感覚があった。 「あの、旦那さん」 「アル」 「その……討伐、見事に成功ですニャ。おめでとうございますニャ」 不思議な感覚だ――カシワはそう思う。アルフォートに言われるまで、討伐に成功したという意識が欠けていた。 集中していたのかもしれない。あれだけ苦汁を舐めさせられた鬼蛙の初討伐だというのに、実感は追いついてこなかった。 「さて、そろそろ迎えも来る時間だし、剥ぎ剥ぎして帰ろっかー」 「……そういえばゼンマイは集めたのか、クリノス」 「え? カシワと違って、私のノルマはもう終わってるけど。テツカブラに行く前に拾ってたから」 「ゼンマイ肴に古代を感じて」――周到な先輩狩人に、新米は苦笑いするしかない。 慌てた様子でアルフォートが深層部奥地に駆け出した。動かなくなったテツカブラの甲殻にぺたりと触れて、小さく首を傾ぐ。 この鬼蛙は、どこで生まれて、どこに行こうとしていたのだろう。いつか、誰にも知られず平穏に暮らした日もあったのだろうか……。 急かされるまま急いで剥ぎ取りを済ませ、半狂乱のオトモに倣って新米狩人は手近なシダ植物の茂みに屈んだ。 古代のにおいとやらが一帯に立ちこめ、くすぶっている。近くでは散々煽ってきたクリノスが鉱石の採掘に勤しんでいた。 (ゆっくり感慨に浸る暇もなし、か) 不思議と笑いが込み上げてくる。くつくつと笑い声を噛み殺しながら、カシワは三本目のゼンマイをポーチに詰めた。 「――あっ! ハンターさーん!」 一路集会所を抜け、マイハウスに足を向けたところで、カシワとクリノスはベルナ村受付嬢に呼び止められた。 彼女の手には、真新しい書類が一枚。何らかのクエスト受注書であると、駆け出しのハンターである二人にもすぐに察せた。 手招きされるままに近寄ると、途中、道の傍らに佇んでいた村長と露骨に目が合う。 口が微かに動くも、その先は受付嬢の呼び声にさえぎられた。クリノスに促され、カシワは彼に一礼するだけに留める。 「村長、俺たちに用事じゃなかったのか」 「さあ? おおかた、あのクエストの話じゃない?」 受付カウンターを親指で差しながら、首をすくめるクリノス。カシワが振り向くと、村長はやはり何か物言いたげだった。 ほら行くよ、腕を小突かれ先輩狩人の後に続く。二人を迎えた受付嬢は、大仰に頷き顔を輝かせた。 「二人とも、お帰りなさい! 聞いたわ、あの鬼蛙を討伐したって。私、びっくりしちゃった」 「ああ。そんな大したこと、」 「カシワがしっかり準備してたら、もっと早く帰って来られたんだけどねー」 「クリノス、お前なあ……」 うんざり顔の新米と、しれっと涼しい表情の先輩狩人。ベルナ村受付嬢は双方を交互に見比べた後、小さく笑った。 「本当にお疲れさま。それで、戻ってきたばかりで申し訳ないんだけど……」 「うん?」 「あのね、古代林経由でオトモキャラバンを進めていたネコ嬢さんが、まだ村に戻ってこないの」 「ネコ嬢さん?」 「そう。オトモ広場の、カティさん」 受付嬢曰く、新たなオトモをスカウトするべく広場を離れたネコ嬢の一団が、時期を過ぎても村に戻らないという。 到着予定の連絡も、古代林に入る直前に飛ばされたと思わしき伝書鳥が一度村に着いたきりで、それ以降は全く音沙汰なし。 村長が言いかけていたのはこれか、カシワは眉をひそめた。 オトモ広場で微笑むネコ嬢の姿を思い出す。アルフォートも含め、オトモ候補は全員が彼女を慕っているようだった。 皆、心配でたまらないだろう。 「気球観測船の話だと、モンスターに妨害されて帰って来られないみたいだって」 「モンスター? ドスマッカォか」 「それと、その取り巻きのマッカォね。通り抜けようとしても囲まれちゃって、先に行かせてもらえないみたいなの」 「モンスターに言葉が通じるわけないもんねー。で、けが人は出てるの?」 「今のところ、みんな無事みたい。でも、いつ本当に襲われるか……ハンターさん、なんとか助けてもらえないかしら」 クエスト受注書が出たということは、正式にギルドに依頼が出されハンターへの取次が受理されたということだ。 カシワとクリノスはちらと目を合わせる。先に口を開いたのは新米狩人の方だった。 「分かった。その依頼、受けてみるよ」 「! ハンターさん」 「ネコ嬢はアルの恩人だからな。助けるも何もないさ」 逡巡さえなかった。ぱっとアルフォートが主人を見上げる。 カシワはまっすぐ受付嬢に目を向けたままだったが、その手はしっかりとオトモメラルーの頭に乗せられていた。 彼の横で、クリノスがにやにやと目を細めながら笑っている。さも、君の主人も大概お人好しだね、と言わんばかりの笑みだった。 気の弱いメラルーは慌てたように視線を逸らす。カシワの手が、気にするなと言うように帽子越しに頭を撫でてきた。 小柄な身には、十分に大きく感じられる男の手だ。 (旦那さん……ボクのこと、ちゃんと気にかけてくれていますのニャ) クリノスの目がなければ、アルフォートはその場でばたばた足踏みをしたくなるような気分だった。 他のクエスト依頼もあって本来なら多忙であるはずの雇用主は、ネコ嬢の危機に自分のために立ち向かってくれると言う。 その心意気が嬉しかった。ただの雇い、雇われの関係ではない。二人の間に「信頼」が少しずつ芽生えつつあった。 ネコ嬢を介して知り合った新米狩人は、すでにアルフォートにとって心から頼れる存在になりつつあったのだ。 「場所は言うまでもなく、古代林。マッカォたちはエリア六に多くいるって聞いてるわ。頑張ってね!」 「了解」 「任せてー。ネコ嬢さん連れて、すぐ帰ってくるから。リンク、行くよ!」 「りょーかいニャー!」 村のはずれ、出発口にはすでに龍歴院の飛行船が待機している。 アイテムポーチにありったけの回復薬、薬草を詰め込み、カシワとクリノスはマイハウスを飛び出した。 「おお、ハンター殿。行って下さるか」 「村長」 呼び止められ、足早の歩を止める。ベルナ村村長は、急ぐ二人を交互に見、僅かに目尻を下げた。 「ハンター殿、相手は跳狗竜とその取り巻きだけ、という話だが」 「ああ、受付嬢さんに教えてもらった。何か……」 「……うむ。実は先日から、古代林に跳狗竜以外の大型モンスターの気配があるそうなのだ。お伝えしておこうと思ってな」 「別の?」 村長の表情がにわかに曇るのを、クリノスは見逃さなかった。横のカシワは、何も分かっていません、という顔をしている。 これは、調合用に罠とハチミツも持ち込むかな――彼女は誰に向けるでもなし、小さく二度ほど頷いた。 双方の沈黙は一瞬。村長が何か言うより先に、クリノスの手がカシワの背中をばしりと叩く。 突然の痛みと衝撃によろめく新米をよそに、彼女は村長に向き直った。 「万が一のときは囮にしますからー。なんとかなると思いまーす」 「クリノス!? お前なあ!」 「――で、村長。その別の大型モンスターって、なんなのか聞かされてる?」 クリノスの眼差しはまっすぐで、カシワは二の句を飲み込むことになった。問われた村長は、顎ひげに手を添える。 小さくうなっているようにも見えた。クリノスが譲らないと悟ると、彼は頭を軽く振り声を潜める。 「詳細は明かされなかったが、聞く限り、飛竜種ではないかと」 「飛竜種!?」 今度はカシワとクリノスが驚く番だった。 「さよう。前脚を翼に変え、ブレス攻撃を有する強者たち。恐らく、縄張り争いに敗れたものが紛れ込んだのではないか、とな」 とはいえ、陰影が気球船に捕捉されたのは一度きり。遭遇する機会はほとんどないだろうとベルナ村村長は頷いた。 飛竜種……その恐ろしさは幼少の頃から聞かされている。 故郷にほどなく近い小さな村が、たった一頭の飛竜に壊滅させられたという話もあった。 それだけ彼らは人間にとっての脅威であり、憧れの象徴でもあった。狩ることができたら、どれほど自信に繋がることだろう。 知らず、カシワの顔に剣呑な笑みが浮かんでいる。クリノスは始まった、と言うように苦笑いを口元ににじませた。 「カシワは別として。どのみちネコ嬢さんは助けるつもりだし、見つかったら逃げるなりなんなり、考えるよ」 「クリノス、お前……やり合ってみようとか、思わないのか」 「バカなの? その装備で飛竜に挑んだら、あんた丸焦げどころじゃ済まないからね?」 経験も防具も技量のうち――クリノスの言うもっともな理屈に、カシワは小さく歯噛みする。 頭では分かっていても、テツカブラに苦戦を強いられる程度の実力でも、好奇心だけは人一倍強くあった。 新米は頭を振る。彼女の言う通り、今はネコ嬢一団の救出が先決だ。クエスト受注書にもはっきりとそう記してある。 (飛竜種か。姿だけでも、拝めたらいいんだけどな) 目的地は、慣れ親しみつつあるフィールド古代林。果たして待ち受けるのはドスマッカォだけなのか、それとも。 好奇心に引き寄せられるかのように狩人たちは村長と別れ、足早に飛行船へと乗り込んだ。 |
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