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モンスターハンター カシワの書(19) BACK / TOP / NEXT |
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「ぷあーっ! おいしいっ!」 ジョッキ越しに酒を一気飲みして、クリノスが爽快なため息を吐いた。隣席のカシワは軽くうなづき、後に続く。 口の周りの泡を豪快に手の甲で拭い取るクリノスに、カシワは小さく苦笑した。 「ん、美味いな。ひと狩り終わった後の酒は、格別だな」 「でしょ。あのドドブラァ、イライラさせられたから、ちょーどいいよ」 雪山での激闘、雪獅子ドドブランゴとの対決。 あの後、行方を見失いかけたり、地中から不意打ちをかけられたりしたものの、狩猟そのものは無事成功に終わった。 緊急クエストを終え帰ってきた若い狩人二人は、打ち上げと称してポッケ村のアイルー屋台で簡単な飲み会を開いている。 「そういえば、ユカとチャイロは?」 「先に龍歴院に戻るってさ。なんか用事ができたみたい。だからわたしたち、こーして飲んでるんだし」 「ゆっくり飯でも食ってこい、って言ってたしな。ユカも少しは休憩していけばいいのに」 「ニャ、旦那さん。その、ドドブランゴの話、ボクにも聞かせて下さいですニャ」 「そうだ、アルは連れて行けなかったからなあ。いいぞ、何から話そう」 横でチーズをかじっていたリンクと、クリノスはひそひそ話をする……カシワの顔は、飲み始めだというのに真っ赤だった。 出来上がりかけている新米は、リンクと同じように小さな椅子に腰を下ろすアルフォートを膝上に乗せてやる。 絡み酒だ、いや上機嫌になるタイプですニャ……やはり、クリノスとリンクに遠慮というものはなかった。 「こんにちわ、龍歴院のハンターさん」 「ん?」 カシワの酒の弱さについての議論もそこそこ、ふとかけられた声に、クリノスはジョッキ片手に振り向いた。 ポッケ村の人々は、山々への畏敬を、赤や橙といった艶やかな紋様に飾り立てた、独特の白地の衣服を着こなす。 いま正に、クリノスの前にはそんな村特有の衣装に身を包んだ女性が一人、立っていた。 「赤色のハンターさんの、お知り合いだって聞いて。ポッケ村は、初めてかしら」 「えー、と?」 「あ〜、ごめんなさい。わたし、この村で夫と雪山草を摘んで生計を立ててるの。赤色のハンターさんとは、顔なじみよ」 赤色のハンター、口内で反芻して、それがユカを指した言葉であるとクリノスは理解した。 ホピ酒をあおる。女性は、ユカとは古いつき合いなのだと口にした。十代だった頃の、若い時代の彼を知っているという。 (うーん。他人の過去なんて、興味ないからなー) カシワが気になるようなら聞いてもいいか――そうして振り向いてみれば、すでに新米はつぶれていた。 屋台のカウンターに突っ伏し、ぐうぐう寝息を立てている。その横で、アルフォートは彼を起こそうと躍起になっていた。 「ええ〜……」 「あら〜、ホピ酒でつぶれちゃうハンターさんなんて、わたし、初めて見たわぁ」 「えーと。ちょっと、カシワ。こんなとこで寝ないでよ」 「そ、そうですニャ、旦那さん。ほんとに凍死しちゃいますのニャ」 「あ〜、起きる気ゼロね〜」 「この……カシワェ」 ここまで弱いとは思わなかった、思わず毒づきかけるクリノスだが、彼女がカシワを叩くより早く村人が動いていた。 おもむろにカシワに歩み寄ると、彼女はわきに抱えていた雪山草入りのザルを、一旦アルフォートに任せる。 小さなメラルーが受け取ったのを確認すると、カシワのわき腹に両手をそれぞれ勢いよく突っ込んだ。 そのまま、抱えた。大の男、それもハンター専用の重い装備を身に着けたカシワを、両腕で軽々と持ち上げたのだ。 「!?」 「ニャギャ!?」 「よっこいしょっ、とぉ。あらやだ〜。お年寄りみたいに」 ふふふ、村人に照れくさそうに微笑まれ、スッゴい、クリノスは素直な感想を返した。驚きすぎて二の句が出てこない。 「とりあえず、マイハウスに運びましょうか〜。問題ないわよね?」 「や、ないですないです。ね、リンク、アルくん」 「はいですニャー!」 「で、ですニャ……」 マイハウスに着くや否や、カシワは軽々といった体でほいっとベッドに放り投げられた。 ベルナ村からついてきたルームサービスに茶を淹れてもらい、クリノスは村人に改めて礼を言う。 「や、なんか、ごめんなさい」 「いいえ。お礼を言うのは、こっちの方よ〜」 「え?」 意外な言葉が返された。手をひらひら振りながら、村人はほがらかに微笑んでいる。 「……どういうこと?」 「赤色のハンターさん、気難しいし、頭でっかちでしょ? あなた達がうまくやってくれているみたいで、嬉しいのよ〜」 「うまく?」 「彼がこうして誰かの面倒をみるなんて、昔の彼を知ってるわたし達からすると、想像できないくらいなの」 若い頃のユカは、今とは想像もつかないほど、危うい狩りの仕方をしていたのだという。まるで生き急ぐかのように……。 そのユカが成長し、若い狩人らに指導をする立場になったというのが純粋に驚きなのだと、彼女は話した。 「不器用だし、物の言い方も知らないし……だから、赤色のハンターさんと仲良くしてもらえたらいいなと思ってね」 「へー。そんなに昔のユカって、ひどかったんだ」 「そうよ〜。ドスファンゴ一頭が狩れないって、泣きながら帰ってくるような子だったもの〜」 「へ、ドスファンゴを!?」 「そうそう、いろいろ苦労してたのよ〜。そういえば、ナルガクルガのときだって……」 クリノスは、本来、彼女と長話をするつもりはなかった。しかし、彼女の話し方には、どこか引き込まれるものがある。 気付けば、酔いから醒めたカシワがベッドから起き上がるまでの間、ずっと話し込んでしまっていた。 それほどまでにユカという人物の、十数年間に及ぶ変化は大きなものだともいえた。 (あのユカが、ねー) 面白いことを知れた、我知らず双剣使いは不敵な笑みをこぼした。何の話か分からず、カシワは横で首を傾げている。 ……ユカから伝書鳩を通じて手紙が届けられたのは、それからすぐのことだった。「至急、龍歴院に戻るべし」。 村人への礼もそこそこに、カシワとクリノス、そのオトモたちは、一路、集会所へと向かった。 道中、カシワは村人が何者であるのか――力持ちであることも含め、話を聞けば聞くほどただの村人とは思えなかった―― クリノスに聞いてみたが、彼女もまた村人の正体に見当がつかない様子だった。二人は互いに首を傾げ合うだけに留める。 「なんだろうな」 「うん?」 「俺、あの人とは初対面って気がしないんだ。またすぐ、会えるような気がする」 「……ポッケ村にいる人だしね。雪山のクエストに行くとき、また立ち寄ればいいんじゃない?」 さておき、龍歴院前庭園にはすでにユカとチャイロが待っていた。「遅いぞ」、言われるのには慣れ始めてしまっている。 「待たせたか、ユカ」 「いや、移動時間も考えればそうでもないな」 「どっちなの、ユカちゃん」 「またそんな呼び方を……まあいい、お前たちに新しいクエストの依頼が来ている。ついて来い」 院長の前に連れていかれたところで、カシワとクリノスは院長から直接、情報を上書きされたギルドカードを受け取った。 相変わらず、彼女は特等席の上にのんびりと座ったままでいる。おなじみの金縁の拡大鏡が、きらりと光を反射した。 「おめでとう、お若いの。ドドブランゴを倒したことで、あんたたちのハンターランクが上がったよ」 「ハンターランク?」 「わ、やった! ちょっとカシワ、聞いた? ランク二だって!」 「いって、クリノス、背中叩くなよ……少し落ち着けって」 「うんうん。ありがとー、院長さん」 「そうか、無視か」 「……ふむ。あんたたちには、新たに集会所☆二のクエストが解禁されたよ。初見のモンスターもいることだろう、頼んだよ」 「はい!」 「はーい」 ギルド、龍歴院に所属するハンターには「ランク制度」が設けられている。ハンターランクと呼ばれるものがそれだ。 これは、実力と実績を認められたときのみ上昇し、腕を磨くほどに難易度の高いクエストに挑むことが許可される。 生死をかけてモンスターに相見えることが多いハンターにとって、このシステムは言わば命綱のようなものだった。 現に、このシステムに逆らい無謀な上位ランクのクエストに自ら無理やり挑み、落命してしまった者もいる。 「ハンターランク四からが、上位ハンターだから……うーん、まだまだ先かー」 「クリノス、お前なんでそんなに上位ハンターになりたいんだ」 「レアアイテ、」 「はいはい」 「まだ何も言ってないけど」 「お前たち、次の狩猟対象について話がある。来てくれ」 ユカの手には、もはや恒例となりかけたクエスト受注書の一覧があった。 「どれどれー? うわー、リオレイア! それにイャンガルルガ、ハプルボッカ、ガララアジャラか」 「ユカ、このホロロホルルってなんだ? 聞いたことない名前だぞ」 「まあ待て。今のお前たちに、彼らの相手はまだ早い」 「どういう意味だ?」 「クリノスはまだいいとして……カシワ、お前はその装備以外にも、何か作ってあるのか」 ドスマッカォをベースに、腕と脚はマッカォシリーズ。カシワは自らの装備を改めて見下ろして、一度首を傾げた。 「……ドスガレオスの素材ならたまってるんだけどな」 「なら話は早い。リオレイアもイャンガルルガも、耐火性能を上げておかないと厳しい相手だ。先に作っておけ」 「ユカちゃん。もしかして、わたし達にはいい装備品がないとダメって言ってる?」 カシワとクリノスの視線が、一斉にユカを見る。そうは言っていない、ユカは静かに首を振った。 「ランクが上がったということは、それだけモンスターの危険度も上がるということだ。用心に越したことはない」 「オミャーらは持ってるスキルも未熟だしニャ。まずは孤島あたりで、素材集めした方がいいってことだ」 孤島は確か、アルフォートの故郷ではなかったか――横のオトモに目を向けると、アルフォートは複雑そうな顔をしていた。 (そういえば、アルの故郷の話って聞いたことないな) 確か、自身に同行することで叶えられる夢がある、と言っていたはずだ。それが何であるか、カシワは詳細を知らない。 断じて、雇用したからには、ありのまま全てをさらけ出せ、と言うつもりはない。 それでも、カシワは傍らのこの小さなオトモが、故郷の名を聞いたとき、一瞬不安げな表情を浮かべたのが気になった。 「……なあ、ユカ。孤島に行くのはいいんだが、俺はできれば並行して狩りもしたいんだ。駄目か」 「なに?」 「俺たちはハンターだし、依頼が出てるってことは、そこに困ってる人たちがいるってことだろ」 ユカは腕組みをして、少し考えているようだった。彼を見上げるチャイロの目は、雄弁に「どうするんだ」と問うている。 「名目上、装備強化と作成が先だ。だが採集ツアーにもモンスターの乱入は確認されている。それから討伐してもらおう」 次なる目的地は決まった。 アルフォートの生まれ故郷、孤島。待ち受ける乱入モンスターは何者か。その姿を想像し、カシワは拳を強く握る。 クリノスは手出しをしない、ユカはチャイロともども仕事に戻る……採集ツアーの条件は、そこで固定されることとなった。 出発はすぐにでも。ありったけのピッケルと虫編みをポーチに詰め込み、新米と先輩狩人は気球船へと乗り込んだ。 ベースキャンプを抜けると、広大な岩肌に覆われた大地と豊かな植物、開けた青空が一面に広がっていた。 何羽かの海鳥が雲の合間を縫うように飛び交い、燦々と降り注ぐ日の光でうっすらとした影を地上に投げている。 遠くに臨む海は雄大に青く輝き、真新しい波を打ち寄せては、ところどころに散見される遺跡群の姿を引き立てていた。 孤島……現時点で、世界のどこに位置するか、長きにわたり不明とされ続けてきた閉ざされた狩猟場。 多数の生命と植物、水光原珠やライトクリスタルといった貴重な資源がひっそりと眠る地へと、カシワたちは踏み出した。 「うわ、広いな」 「第一声がそれ?」 エリア一、孤島奥までを見渡すことができるエリア中央で、カシワとクリノスは支給品の地図を広げる。 クリノスは鉱石資源がある洞窟に目星をつける。リンクはすでに、ピッケルを抱えて準備万全といったいでたちだった。 「乱入モンスターには俺が行く。クリノス、お前は」 「先に採集、でしょ。分かってるよ」 リンクを誘い、クリノスは左手、エリア三へと足を向けた。その背中が、一瞬カシワの方を振り向く。 つられるように視線を動かしたカシワは、ベースキャンプの出口付近、未だ固まったままのアルフォートを見た。 彼の青い目は、エリア一の奥、巨大な木製の柵に覆われた場所に向けられている。 その先に何があるのか……この地に初めて訪れたカシワが、それを知っているはずがなかった。 「アル」 「……だ、旦那さん」 駆け寄るカシワに振り向いたメラルーは、どことなく寂しそうな目をしていた。 「あの先。何があるのか、アルは知ってるのか」 「そ、それは、その」 「孤島はお前の故郷なんだろ? 行きたいところがあるなら、俺に構わないで行っていいんだぞ?」 アルフォートの目が、これでもかと言わんばかりに見開かれた。しばらく見つめ合い、先にアルフォートが目をそらす。 気遣ってか、わざわざ戻ってきたクリノスとリンクをちらと見上げ、アルフォートは恥ずかしそうに口ごもった。 アルくん、クリノスに促され、アルフォートは意を決したようにうつむきがちだった顔を上げる。 「旦那さん……あの先には、ボクが昔お世話になった、特別なハンターさんが暮らしている海上の村があるんですニャ」 「特別なハンター?」 「モガの村、専属ハンター。その人と、その人の相棒二人が、ボクがオトモを志したきっかけなんですニャ」 |
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