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モンスターハンター カシワの書(20) BACK / TOP / NEXT |
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「あの頃のボクは、今よりずっと臆病で、仲間にも小ばかにされてばかりでしたのニャ」 孤島周辺に位置する、海上の村モガ。そこでの思い出を、アルフォートはぽつりぽつりと話し始めた。 転がっている砥石や石ころを拾い、本来の目的である採集を続けながら、カシワは彼の横顔を見る。 吹きつける潮の匂いが混じる風が、彼のひげをかすかに揺らしていた。 「里の皆に認めてもらうために、ボクらはここに来るハンターさんやモガの村人さんから、ものを盗んでいましたのニャ。 一人前のメラルーとして認めてもらうためにも、必要なことだったから……でもボクは、うまくいかないことが多くって」 アイルー、メラルーともに、狩猟場の奥にひっそりと集落を築き、仲間とともに密やかに暮らすという習性があるという。 好奇心旺盛であり、いたずら好きな種である以上、盗みを行うのは避けては通れない道だと、アルフォートは続けた。 しかし同じ種といえど、中には例外が存在することもある。アルフォートがそうなのだろう、カシワは小さく頷き返した。 騒がしい声がする。ふと後ろに首だけで振り返ると、薬草を摘み取ったクリノスとリンクがきゃあきゃあはしゃいでいた。 気を遣ってくれているのか、二人はこちらの話に加わってこない。視線を元に戻すと、自身のオトモと目が合った。 なんとなしに、互いに小さく笑ってしまう。 「ボクは、モガの村のハンターさんにご飯をごちそうになったり、危ないところを助けてもらったりしたのですニャ」 エリア一を北に抜け、どうどうと流れる滝や広がる水場、キノコの群生が目立つエリア二に出る。 闊歩するムーファに軽く剣の切っ先を当てると、少し固めの、黄色がかった豊かな毛が大量に収穫できた。 これも、装備品に変えることができるとアルフォートが言う。クリノスともども、やりすぎない程度に毛を刈った。 「盗むのに失敗続きで、里にも帰りにくくて。お腹が減って困ってるときに、モガの村に迷い込んだのですニャ」 「お前、そのときはまだ野良メラルーだったんだろ。大丈夫だったのか」 「ハンターさんの相棒に、たまたま見つかったんですニャ……そのままハンターさんのところに連れて行かれましたのニャ」 モガの村は海上にあり、他国との交易、海の恵み、そしてモガの森――孤島の豊かな資源によって成り立っていたという。 人々は快活で明るく、村は活気に溢れ、村つきのハンターの相棒らもまた、気のいい面々だったとアルフォートは続けた。 「ハンターさんは口数の少ない人だけど、ボクの話を聞いて、落ち着くまでマイハウスにいてもいいって言いましたニャ」 「……しばらくやっかいになったのか」 カシワはやや面白くなかった。 アルフォートのきらきらした目が、さもモガの村つきハンターの方が頼りがいがあったと言っているように思えたからだ。 思わず剣を乱暴に振ってしまう。どうと倒れた野生のムーファを見てから、しまった、と新米狩人は顔をひきつらせた。 「そんな、居座るだなんてとんでもないことですニャ! ご飯を食べさせてもらった後は、ちゃんと森に帰りましたニャ。 でもボク、あの人たちにきちんとお礼したかったから、森でケルビの角やお魚捕ったりして届けに行ってましたのニャ。 そのあと、ハンターさんも狩りで忙しくなって、ボクらはあまり会わなくなりましたニャ。今、どうしているのか……」 大好きではあったが、ハンターとメラルーという関係上、深く交流を持つことはできない……アルフォートはうなだれた。 それからほどなくして、モガの村と森の間にギルドの手で通行止めの柵が設けられ、自由な行き来は難しくなったという。 未知の狩猟場としてのモガの森――現在でいうところの孤島が、ギルドから注目されたためだとアルフォートは呟いた。 いたたまれなくなり、カシワはムーファから角をはぎ取り、血も乾かぬうちにポーチにできるだけ丁寧にしまい込む。 地鳴りがしたのは、その直後のことだった。クリノスがエリア五に続く、岩地の先を指差す。 石などものともせず、地中から這い出してきたのは、骨と化した飛竜の頭殻を背負った巨大な「蟹」だった。 「……ダイミョウザザミ!」 「クリノス! ここは俺に任せて、先に行け」 話を一度中断する。納刀していたハンターナイフを再度引き抜き、カシワは乱入モンスターに向き直った。 赤が目に鮮やかなそれは、普段は温厚な種でもある。しかし性分か、一度縄張りに侵入した者を許すつもりはないらしい。 大きな二対の爪を振り上げ、ダイミョウザザミは眼前のカシワを威嚇した。残っていたムーファが我先にと逃走し始める。 倣うようにして駆け出したクリノスとリンクをかばうように、新米狩人とそのオトモは通称・盾蟹の前に立ちふさがった。 「なあ、アル」 「旦那さん?」 「モガの村つきハンターのこと、もっと教えてくれ。お前がそんなに嬉しそうに話すなら、いい奴だったに違いないだろ」 脚の爪が砂利をえぐり、水場をかき分け、巨影を落としながら歩み寄ってくる。 駆け出したカシワに少し遅れて、アルフォートも武器を抜いた。その表情は、驚きと喜びに満ちている。 「……どう? 似合ってる?」 「バッチリですニャー、旦那さん! すっごく可愛いですニャ!」 孤島での採集ツアーを終え、カシワとクリノス、そのオトモたちは、一度ベルナ村に戻った。 ムーファの毛玉を始め、ダイミョウザザミの甲殻や、他にも水光原珠や鉄鉱石といった鉱石、護石の類も入手できている。 ベルナ村の一角、武具加工屋の火の粉が爆ぜる炉の前で、新しい装備に身を包んだクリノスがその場で軽くターンした。 もふもふとした手触りの優しい柔らかな毛製のコートがすそを大きく広げ、優雅に彼女の動きについて回る。 拍手を送るリンクはマッカォ装備のままだが、新たにマカライト鉱石を豪快に使用した、ピック状の武器を背負っていた。 その隣、クリノスのものと同じ素材の防具に袖を通しながら、カシワはアルフォートと顔を見合わせて小さく笑った。 似合う似合わないと、新しく装備をあつらえる度に評論をくり出す先輩狩人とそのオトモが、二人の目に微笑ましく映る。 あまった端材でドスマッカォ素材の剣をあつらえ直したアルフォートは、カシワに改めて礼を言い、頭を下げた。 「ムーファシリーズにゃ、耐寒スキルがついてるからな。うまいこと、狩りに活用しな!」 「ありがとう、おやっさん」 「カシワさー……男物のムーファ装備って、なんか引きこもりのニートみたい」 「お前、なんつー言い方を。工房の汗とロマンが詰まってるんだぞ」 「汗ぇ? ロマンて」 「おいさっ! まだ新しい部類の防具だからな。ま、大事に使ってくんな!」 ムーファの毛と角からなる頭装備をかぶり、カシワは確かに、その耐寒性と保温性の高さを実感する。 豊かな毛を人間の長髪に見立てた風貌は、ムーファの外見的特徴をよく捉えていると感心さえしてしまう。 加工屋から手入れのやり方を教えてもらい、カシワはあとでルームサービスにも伝えておこう、と独りごちた。 (雷耐性もそれなりにあるのか、使えそうだな。というか、あったかくていいな。これ) 病みつきになるなあとは心の中だけに留め、カシワはスキルの都合上、一部をマッカォ装備と混合にして工房を後にした。 「それで、これからどうする?」 ユカから預かったクエストリストを広げて、クリノスはふむ、と首を傾げた。覗き込んでから、カシワは小さくうなる。 「そうだな……ユカに頼りっきりなのが悪いんだろうが、どれから行けばいいか見当も付かないな」 「ニャイ、ユカさんもチャイロさんもいい人たちですニャ」 「このリスト、見やすいしな」 「んー。この間みたく、二手に分かれようか。カシワもアルくんも、まだポッケ村以外にろくに行けてなかったでしょ」 「ポッケ村以外? ココットとユクモ、だったか」 「カシワさん、ボクと旦那さんは先にユクモ村と近くの狩猟場に寄ってましたニャ。あそこも色んなものが採れますニャ」 「二手に分かれておけば、カシワの修行にもなるよね。わたしもしっかり、やっとくから」 各ギルドの拠点とされている村を経由することができれば、狩猟の準備を整える上でもだいぶん楽になる。 クリノスとリンクの思いがけない提案に、カシワは悩むことなく、そうするか、と同意した。 リストを覗き込む。ユクモ村の近く、「渓流」と呼ばれる狩猟場に出現したモンスターの捕獲依頼が、書き込まれていた。 「迅竜、ナルガクルガの捕獲……」 名前くらいなら聞いたことがある。森や密林などを生息地とする、素早い動きを見せる漆黒の体毛を持つ、肉食性の飛竜。 ひと月前にリオレイアに苦汁をなめさせられた経験から、カシワはわずかに表情をくもらせた。 不意にクリノスが背中をばしばし叩いてくる。目が合うや否や、彼女はにひっ、といたずらめいた笑みを浮かべた。 「なんとかなるなる。『あきらめたら、そこでクエスト終了ですよ』ってね」 「なんだよ、それ」 「いいからいいから。ほらほら、『ハンターさん、しゅっぱ〜つ』!」 ぐいぐいと無理やり背中を押される形で、カシワは気球船に押し込められる。アルフォートは慌てて主人のあとを追った。 残されたクリノスはリストを広げ直し、渓流以外の狩猟場に目を付ける。森丘に旧砂漠、今し方立ち寄ったばかりの孤島。 少なくとも、ドスマッカォ、テツカブラ以上に手ごわいモンスターばかりが狩猟対象であることは、周知の事実だった。 カシワが向かった先、渓流にはリオレイアの狩猟依頼も出ている――相棒は確認して行ったのだろうか、彼女は首を傾げた。 「孤島か……みんな、元気にやってるかなー」 まだ十代だった頃。クリノスは、かつてモガの森、タンジアの港を軸に、フリーハントを行っていた時期があった。 したがって――アルフォートの一件はさすがに知らなかったのだが――モガの村つきハンターらとは、旧知の仲でもある。 頬をくすぐる高原の風にふと顔を上げ、彼女ははるか遠く、懐かしい場所である孤島の風景に、思いを馳せた。 どうどうと流れる滝、跳ねる水しぶき、青々と濡れる植物、竹藪。雄大な自然が、陽光を受けて燦々と光り輝いていた。 切り立った山々や崖の険しく、またなめらかな岩肌が、萌える草木の緑や紅葉を、いっそう鮮やかに引き立てている。 薄色の空にまぎれて棚引く雲と渓谷の色合いが、孤島とはまた違った趣をもたらしていた。 渓流……湯煙と紅葉にけぶるハンターズギルドの管轄下にある、ユクモ村ほどなく近くに位置する、山河に囲われた狩猟場。 腕利きのハンターは皆、自身が拠点と定めた村以外の地にも、こうして依頼をこなしに訪れる。 少し前までは古代林ばかりに通っていたのが嘘のようだと、カシワは知らず一人で頷いた。 水しぶきの爆ぜる岩場の狭い道を、カシワとアルフォートは紅葉の枝をくぐるようにして進んだ。 手にしたままのクエスト受注書には、迅竜ナルガクルガの捕獲依頼の概要が、こと細かく記してある。 「支給品に音爆弾が入ってたから……何かに使うんだろうな」 「旦那さん、ジャギィですニャ」 「ん」 小さな滝の向こう、開けた岩の上の通り道に、ジャギィらの巣穴が設けられていた。 暖められた道の上、くつろいでいたジャギィノスが頭をもたげ、近くにいた労働力たるジャギィが甲高い威嚇を告げる。 この雌雄を、カシワは無視する。群れの長でもいない限り、一気に駆け抜けてしまえば取り囲まれることもないからだ。 脚に力を込め、オトモともども足早にフィールドを抜けた。 (ナルガクルガってのがどんなやつか、まだ分からないからな) 余力はできる限り残しておきたい――巣穴の前を通り過ぎ、次いで巨大な横広がりの滝と川が連なる開けた場所に出た。 砂利には豊かな苔が群生し、そこいらに多種多様の山菜が生い茂っている。足を滑らせないよう注意しながら歩を進めた。 紅葉、大樹、山々の息づかいが停滞している。見事な景観に、思わずカシワは息をするのを一瞬忘れた。 鼻をひくつかせるアルフォートの横で、はたと我に返り、再度、受注書を広げようとする。 「……ん?」 そのときだ。木々の葉を切り裂くようにして、黒い影が頭上をさっと横切った。 ぱっと顔を上げて、カシワはつい先刻まで、ここに何者かが来訪していたということを知る。 飛び去る後ろ姿は、漆黒の毛に覆われた、しなやかな体躯が美しい獣のもの。蒼穹を縫うように、影は北西へと向かった。 「旦那さん、いまの」 「ああ。お出ましみたいだな」 アルフォートは、主人の口端がにやりとつり上がるのを見た。 受注書を畳んで懐にしまい込み、新米狩人とそのオトモは、立ち去ったナルガクルガの背を追った。 |
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