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モンスターハンター カシワの書(17) BACK / TOP / NEXT |
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「戻ったか。待ちくたびれたぞ」 村に着くなり、カシワとクリノスを出迎えたのはユカだった。 一瞬言葉を忘れて固まるカシワに対し、クリノスはあからさまに嫌そうな表情を浮かべてユカを見る。 「なんで、ここにいんの」 「チャイロを預けただろう。二度と会わないと言った覚えもないが」 何か言いたげにうなるクリノスに、ユカは初対面のときと同じように、感情の動きの鈍い顔で応えた。 聞きたいことがある、短く言うや否や踵を返す赤髪に、カシワとクリノスはぱっと顔を見合わせ声を潜ませる。 「(なんの用なんだ、俺たちに)」 「(え、わたしに聞かないでよ)」 「クリノス、お前何かやったのか」 「何かって? てか、声でかいよ」 じっと、それこそ睨むかのような鋭い視線が二人を射抜く。致し方なし、二人は大人しくマイハウスへ足を向けた。 「ニャ! 旦ニャ様がた、お帰りなさいませニャ」 「ああ、ただいま」 「ルームサービスちゃん、ただいま〜。余計なのくっついてきてるけど、気にしないでね」 「余計なの? ですかニャ」 「さあて、ねえ」 クリノスの言は若干、悪意をにじませている。それもそのはず、先ほどから赤髪の態度は敵意剥き出しに他ならない。 クリノスのようにささやかな反発はしないでおれたものの、カシワもたいがい、たじろぐよりなかった。 ユカがテーブルの前で茶かコーヒーを淹れている間、ルームサービス係りのアイルーは嬉しそうににこにこしている。 一度顔を見合わせ、カシワとクリノスは彼に向き直った。ほうきを持つ手が、うきうきと浮き足立っている。 「ニャ、ユカの旦ニャ様がこちらにいらっしゃるの、久しぶりですニャ! ワタクシ、嬉しいですニャ」 「あのさ、お前はユカのこと、知ってるのか」 「知っているも何も、数年ほど前から、ユカの旦ニャ様はこのお部屋の常連ですのニャ」 意外にも、ルームサービスはユカの素性を知っているらしかった。 「常連って。じゃ、あいつ、ずっとこの村に?」 「長く滞在されることはマレですニャ。けど、ベルナ村に貢献されているのは確かですニャ。お二人のように」 「いや……俺たちは、そんな村の役に立ててるわけじゃ」 「ニャ? ここ最近めまぐるしい活躍ですし、お二人ともこの村では名前がよく聞かれるようになってますのニャ」 「名前?」 「先日の砂竜討伐の件もあって、みんな期待していますのニャ。旦ニャ様方の活躍、ワタクシめも嬉しく思いますニャ」 いつの間にそんなことになっていたんだ、言葉を呑んだカシワはふと、わき腹をクリノスにつつかれる。 目は口ほどに物を言うよね、ぼそぼそ囁かれ、顔に出ていたのか、と新米はわざとらしく咳き込んで見せた。 横にコーヒーが差し出されたのは、その直後のことだ。目を向けると、ユカが空いている方の手でイスを引いている。 「立ち話もなんだろう、座れ」 「それ、命令か」 「好きに解釈すればいいだろう。そう時間は取らせないつもりだ」 カシワはコーヒー、クリノスはゼンマイティーを受け取り、勧められるがままに席に着いた。 (もしかしてこいつ、不器用なだけなんじゃ) 常備してある豆もゼンマイも、一級品というよりは手頃な価格帯の品だ。それでもいい香りがする。 案外、話とは別にもてなされているのではないのだろうか――カシワはちびちびとコーヒーに口をつけた。 「それで、俺たちに聞きたいことってなんなんだ」 「わたし達、ここ最近はずっと旧砂漠に狩りに出てただけなんだけど」 「……その旧砂漠の狩りの話だ。女、クリノスといったか。お前がその黒髪を、いいように使っているという噂を聞いた」 「噂?」 「『自分は剥ぎ取りのときにのみターゲットに近寄り、それ以外のときは何も手を出さず、黒髪に狩りを任せきり』とな」 「!?」 「いわゆる『寄生』行為の疑いだ。どうなんだ、実際は」 「……そーだよー」 「クリノス!?」 ユカの話は、にわかに信じがたいほど不躾なものだった。クリノスがカシワを便利な道具扱いしていると、彼は言う。 思わず固まるカシワの隣で、しかしクリノスは茶をすすりつつ、あっけらかんと片手をひらひら振ってみせた。 「寄生、って言われてもまあ仕方ないことだよね。カシワに任せてたのは本当のことだし」 クリノスの態度は余裕に溢れてさえいた。 カシワは思わずユカを見る。赤髪は両腕を前で組み、口を堅く結んでいた。 我に返る。クリノスが採集をし続けていたのは、自分のせいではなかったか……知らず、カシワはテーブルを叩いていた。 「違う! 俺がクリノスに、危なくなるまでは手を出すなって頼んだんだ!」 「? カシワ? ちょっと、落ち着きなよ」 「落ち着いてられるか! 誤解にもほどがあるぞ、ユカ!」 「ちょっと、ね、カシワ。そんな大声出さなくても」 「お前もなんでそんな冷静でいられるんだ、クリノス。いま、とんでもない誤解されてるんだぞ」 はあ、と、誰かの大きな嘆息が聞こえた。その主がクリノスであると気付き、カシワはぐっと声を詰まらせる。 「言わせたい奴には言わせておけばいいの。わたしは気にしてないしね、言ったって無駄な相手に消耗するだけだよ」 「けど、お前……」 「おーちーつーいーて。最終的に判断するのはユカちゃんでしょ。言い訳なんて無駄なこと、したくないの」 「……クリノスといったか。お前、案外、気丈だな」 「あれ、誉めてる? まさか。わたしは単に嘘は吐かないし、取りつくろいもしないってだけ」 肩をすくめたクリノスに、ユカは何事か考え込み始めた。顎に手を当て押し黙る赤髪を前に、カシワは席に座り直す。 クリノスがそっと身を寄せてきた。カシワは面食らう。 自分の訓練のために迷惑を被っているにも関わらず、彼女の態度はいつものようにこざっぱりとしていた。 「(それにね、カシワ。ユカちゃんなら、公平な判断してくれそーだと思うよ。わたしは)」 「(どうして、そう思う)」 「(ええ? だって……『あの装備』なんだし。たかが村の噂に振り回されないで、客観的に考えてくれるでしょ)」 クリノスが何を言わんとしているか、カシワには判断が付かなかった。 しばらくそうして無言でいたユカだったが、ルームサービスがテーブルに茶菓子を置いたところで、顔を上げる。 「ニャ、ワタクシめには難しい話は分かりませんのですが」 「ルームサービスちゃん」 「ベルナ村近辺で名の知られた方々が、こうして一同会するのは……嬉しいことですニャ」 緊張が解けたような気がした。真っ先にクリノスが焼き菓子に手を伸ばし、口に運ぶ。 「ん、美味しー。これ」 「近くのムーファ飼いの方から、差し入れですのニャ。ニャんでも、お父様がハンター様だとか」 「……悪いな、ルームサービス」 「いえ。ユカの旦ニャ様は、お口は厳しいですが、良い方ですニャ。みニャ様、ゆっくり、お話してほしいですニャ」 カシワの目には、ユカの顔が、心なしかほぐれているように見えた。ふと目が合う。ユカは、小さく頭を振った。 「どうやら、俺の調査不足だったようだ。双方納得した上でなら、寄生行為とは言わないだろう」 「ユカ」 「だが、まぎらわしいことに違いはない。村、龍歴院ともども、ハンターの活動には敏感だ。以後、注意しろ」 カシワは、ユカが――たとえ自分たちより先輩であるとはいえ――何故ここまで上から物を言うのか分からなかった。 クリノスに目を走らせると、彼女は分かったと言う代わりに片手をひらひら振っている。 (龍歴院では、腕利きのハンターってなるとそんなに貴重なのか) 思わず声に出ていたらしい、気付けば、クリノスが信じられない物を見る目で、こちらを凝視している。 「カシワ、あんたさ……『ギルドナイト』って知ってる?」 「ギルドナイト? ああ、あの都市伝説のだろ」 クリノスが目を丸く見開き、次いで頭を抱え、悶絶し始めた。なんだよ、カシワは口をかすかに尖らせる。 その名称は、幼少の頃からよく聞かされている。 「ギルドナイト」。大陸の中心都市ドンドルマを拠点とする、ハンターの中でも特に秀でた優秀な者を集めた特殊部隊。 未開の土地の開拓、未知の動植物の調査、新種のモンスターの生態解明など、その活動は極秘に閉ざされているという。 「極秘」と言われているのには理由がある。 彼らは、正体を明かすことがない。ある者は村人として、ある者はハンターとして、多くが一般人に紛れ込んでいる。 「ギルドナイトが怖いって言われてるのは……『ハンターを罰し、時には殺害する』対人ハンターだって話。おーこわ」 「いや……あのね、カシワ」 「っていう、都市伝説だろ? まっさか、ユカがいくら凄腕だからってそれは言い過ぎだろ。クリノス」 見上げた先、ユカの表情は普段と変わらない、やや無表情じみたものだった。 確かに、ユカの装備はギルドナイトらが使用する物に近い。使い込まれている様子もある。 しかし、彼らギルドナイトの装備がレプリカ品として腕利きのハンターらに愛用されていることを、カシワは知っていた。 うちの村にもそういう装備の人が来たこともあったし――「可能性」など微塵も考えず、新米は話に区切りをつける。 クリノスはその「可能性」をユカに見いだしていた。しかし当の本人が肯定しないこともあり、彼女は悶絶するしかない。 「……で、ユカ。話っていうのはそれだけか」 「ああ……いや、実はお前たちには別の話もあって来たんだ」 ユカは懐から、一枚の巻物を取り出した。テーブルに広げ、指を指す。中には集会所クエスト☆一のリストが載っていた。 「旧砂漠での訓練、一月ほど経過したな。その成果、これから見せてもらおうか」 「!?」 「残るクエストのうち、用があるのは『雪山』だ。これからお前たちには、ポッケ村に足を運んでもらう」 「ポッケ村」 ユカは、二枚目の巻物を取り出した。広げてみると、それはドンドルマを中央に据えた、世界地図になっている。 「北はフラヒヤ山脈、そのほど近くに位置する村だ。雪山と呼ばれる狩り場は、この村のすぐ近くにある」 「……その雪山で、なんのモンスターを狩ればいいわけ?」 クリノスの問いに、ユカは一瞬押し黙った。見上げた先、彼の顔にはわずかに苦悶が浮かんでいるように見える。 「行けば、分かるさ。俺はあまり、相手にしたくない奴だ」 その後、ユカに言われカシワとクリノスは一路、別行動を取ることになった。 ユカが指示を出したモンスターの討伐を進める間、ポッケ村に話を通しておくと彼は言う。 リンク、チャイロを引き連れクリノスは森丘に向かい、カシワはベルナ村近辺のクエストをこなした。 大怪鳥イャンクック。鳥竜種ドスランポス。大猪ドスファンゴ。水獣ロアルドロス……めまぐるしい狩りが続く。 一方、アルフォートと再会したカシワは、彼がチャイロに受けさせられたという壮絶な訓練内容にひたすら驚かされた。 お疲れ、そう労うと、当たり前のことですニャ、力強い返事が返される。 互いに無事であり、また、実力も確実に研磨されていた。それはとても喜ばしい変化だった。 「クリノス!」 「やっほー、カシワ。お疲れー」 カシワとクリノスが再会したのは、一度別れてから半月ほどが経過した頃だった。 「それで、ユカは」 「先にポッケ村行ってるって。一言、言っとけよってね」 「ニャ……あいつはそういう奴だ。オミャーらには迷惑かけるな」 チャイロに言われるまま飛行船に乗り込み、カシワ一行は北上を続けた。雪がちらつき始めた頃、目的地が眼下に見える。 ポッケ村。村の奥に祀られる巨大なマカライト結晶に守護されると言われている、真白の雪に抱かれた小さな村。 「その昔、ものすんげー腕利きの村付きハンターが活躍したってんで、ハンター連中にはよく知られた村だ」 「そうなのか」 「カシワ……あんた、物知らずにもほどがあるよ?」 着陸すると、さすがは北方、身を引き締めるような寒さが背筋をくすぐった。 それでも風は穏やか、降り注ぐ日差しは暖かく、耐寒装備でなくとも村の中だけは行き来できる。 村人に勧められ、カシワとクリノス、オトモたちは、村の入り口すぐ近く、マイハウス代わりという施設に足を向けた。 「遅かったな。待ち詫びたぞ」 「……そのセリフ、何度目だよ、ユカ」 マイハウスの奥、茶をすすりながら、ユカが呑気に床上でくつろいでいた。 「メインターゲットが、二、三日前に目撃されたと報告があった。お前たちにはそれを狩ってもらう」 「メインターゲット?」 「いわゆる、縄張り意識の強い奴でな。雪山は村人の生命線だが、そいつが居座っていて山頂に入られない状況だ」 「村の人たちからの依頼ってわけだ。で、そのターゲットってなんなの? ユカちゃんが戦いたくないって言ってた奴」 ユカは苦い顔で、茶を口に含んだ。彼の横に置かれた見慣れない鴇色の弓が、冷たい光を反射させている。 「雪山の主、ドドブランゴ。会えば分かるさ、俺が、やり合いたくないと言った理由がな」 |
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