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モンスターハンター カシワの書(18) BACK / TOP / NEXT |
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身を切るような凍てつく風が吹こうとも、彼らに通用することはない。 我が物顔で雪原を歩き回る彼らは、分厚くしなやかな毛で身を守り、雪や強風の影響など意にも介さないのだ。 縄張り意識の強い彼らのうち、体格は小型の二倍にもなるという大型のボスは、雪の下に縄張りの印として糞を埋める。 その印が埋められた土地は、言わば彼らに乗っ取られ、占拠されてしまったようなものだ。 一歩でも踏み込もうものなら、小型の取り巻きによる凶悪な洗礼が待っている。 ドドブランゴ――彼らのボスは、そう呼ばれていた。 純白の体毛に、口外にまで伸びた牙、目と鼻の周りに見られる鮮やかな青色の模様、盛り上がった筋肉と、細く長い尻尾。 猿と呼ばれる生き物に似た容姿を持つ彼だが、ギルドからは総じて「雪獅子」の名で呼ばれていた。 取り巻きを統率するという威厳と、雪山というフィールドで戦い抜くための知恵を持つ、寒冷地方に定期的に現れる脅威。 拳を地面に突き、のしのしと自由気ままに縄張りを見て回る姿は、いっそ風格に溢れてさえいる。 ……それの狩猟を目指し、件の新米とその先輩狩人は、その地に降り立った。 「冷えるな」 ぽつりと、お目付役兼援護役のユカが呟く。彼は珍しく、ギルドシリーズではない装備に身を包んでいた。 「なんか、ユカの装備。らしくないな」 「気にするな。俺が前線に立つわけじゃない」 それがマフモフシリーズと呼ばれることを、カシワは知っている。現に、アルフォートが同じシリーズを着込んでいる。 「耐寒とまではいかないが、だるま無効、氷耐性がついてるんでな」 「ユカちゃんって、カシワと同じだよね。スキルにこだわる方っていうか」 「お前はこだわらなさすぎだろう」 「わたしは、実力行使と防御力重視でいくから、いいんですー。別のスキルなら、ついてるし」 スパイオシリーズで身を固めたクリノスが、言うや否や、寒冷地対策の、手持ちのホットドリンクを飲み干した。 倣うようにカシワも後に続く。ユカは何か言いたげにしていたが、ついてきたチャイロに促され、後を追った。 雪と氷、高い位置に浮かぶ雲に薄水色の空、無数の針葉樹、雪山草と呼ばれる野草。雄大な景色が目の前に広がっている。 一歩踏み出す度に、冷え切った草と土がきしきしと声を上げた。白い息を吐きながら、ひたすら山頂を目指す。 崖に群生するツタ植物にしがみつき、切り立った岩盤を抜けると、山々の隙間から凍てつく冷風が吹き付けていた。 山道を登り、山頂付近、やや開けた場所に出る。大型モンスターを観測する気球観測船が、こちらにサインを送っていた。 「観測船によれば、ドドブランゴがいるのは隣のエリアだ」 観測船に振っていた手を下ろし、地図を開いたユカが、短くうなる。 「目印に、縄張りの主張の印として、奴の糞が埋められているはずだ。見ればすぐに分かる」 「え、フン?」 「そうだ。それがあるということは、直前まで奴がいた、という証だ」 地図を畳むと同時、不意にユカが顔を上げる。カシワは、ユカの表情が、一瞬かすかに歪んだような気がした。 「……来るぞ! 奴め、俺たちに気付いた!」 ユカの声が張り上げられたのと、頭上から何か巨大な影が降ってきたのは、ほとんど同時だった。 着地と同時に、それはあごを持ち上げ、天に向かって吠える。びりびりと大気が震え、思わずカシワは耳を塞いだ。 (範囲は……テツカブラと同じくらいか) 「足元に気をつけろ!」 (足元? どういう意味だ) 震動が収まる、ユカが弓を引き抜く。バインドは思いの他短かった。倣うように剣を引き抜き、カシワはそれに対峙する。 真っ白な体毛に、鋭く伸びた二本の牙、筋肉で膨らんだ両腕。それは一度、ドラミングのような動作を見せた。 刹那、その巨体がかすむ。気が付けば、腕を振り抜く形でドドブランゴが眼前に迫っていた。 「っ!」 「カシワ!」 跳び、距離を詰めてきたのだ。カシワはぐっと息を詰まらせる。 恐ろしいほどの腕力、そして脚力だ。ドドブランゴのラリアットを、カシワはすんでのところで右に避ける。 するとどうだ、雪獅子はすぐさまその場で取って返し、またも腕を振り上げ、連続で跳んできた。 「ぐうっ、」 盾でガードするも、その威力とは、まともに喰らえば気絶状態に持ち込まれ兼ねないほどと言ってもいい。 歯噛みし、カシワは反撃とばかりにハンターナイフを振るった。 ここに来るまでの間、鉱石をこつこつ集め、ある程度の強化を済ませてある。予想通り、刃は素早く雪獅子の腕を掠めた。 いける、そう踏んだ新米狩人はより一歩を踏み込む。剣を振り上げ、何度か豪腕を斬りつけた。 「よしっ!」 「カシワ、深追いするな!」 ユカの叱声。三度目の斬りつけをしようとした時、カシワの片手剣はすっと空を切った。 空振りだ、気付くと同時、足元がぐらつく。いつの間にか真横に移動していた雪獅子が、地面を「鷲掴み」にしていた。 ぞっ、と息が止まる。してやられた、そう思うには遅すぎた。 雪が盛り上がる。ドドブランゴは、カシワの足元の地面を雪もろとも持ち上げ、空中に投げ飛ばした。 「!?」 ぐらりと体が易々と宙に浮く。見上げた先、気球観測船がこちらの狩りの様子を見下ろしていた。 打ち上げられた、そう気付いたのは、体が地面に叩きつけられた瞬間だった。受け身を取る暇もない。 激痛に身をよじるも、まだカシワの戦意は失われていなかった。 「カシワ! ちょっと、大丈夫!?」 「クリノ……ッ」 「避けろ!」 次の瞬間、真横にユカが駆けつける。襟首を掴まれ、わけも分からないまま、カシワは左側に投げ飛ばされていた。 「ユカ!」 跳ね起きると同時、カシワの目に映ったのは、猛烈な吹雪……雪獅子が息を大きく吐き出し、地面の雪を吹き上げている。 その勢いたるや、まさに猛吹雪のごとく。本当に息一つか疑わしいほど、雪は地面から引き剥がされ、叩きつけられた。 俺を庇ったばかりに――ユカの姿がまるで見えず、カシワは跳ね起き、剣を握る手に力を込める。 駆け出そうと身構えた瞬間、背後から、クリノスが駆けつける足音が聞こえた。 「やああーっ!!」 灰色の空に、銀光が二筋舞う。クリノスがドドブランゴを斬りつけたのと、何かが宙を駆け抜けたのは、同時だった。 「何をしてる! 相手はまだ、弱ってもいないぞ!」 ……矢だ。ユカが矢を放ち、クリノスの猛攻に追い討ちをかけている。 「ユカ、無事だったのか!」 「他人を気にしている場合か!」 ユカの声は手厳しい、しかし、カシワには彼の無事が喜ばしかった。気を取り直す、冷静に頭を働かせる。 剣を強く握り、ドドブランゴの動きを目で追った。あのクリノスでさえ、雪獅子の足には翻弄され続けている。 横へ素早く連続移動するステップ。後方へ飛び退き、間合いを計るためのバックステップ。そして、前方へのラリアット。 ドドブランゴの移動の術はしかし、ハンターたちに対する攻撃手段にもなっているようだった。 弦を引き絞るユカの顔に、苦悶が見える。こうまで頻繁に移動されては、さぞかし狙いが定めにくいことだろう。 「……クリノス! 乗り攻防に持ち込むぞ!!」 「どのタイミングでっ!」 「俺が囮になって引きつける、段差もあるからそこから狙う! お前はエア回避で行ってくれ!」 動きを止めなければ話にならない――カシワは駆けた。視界の端、チャイロが合わせるように駆け出している。 言われたクリノスの反応は早かった。疾駆した彼女の目が、雪獅子の背中を追う。 雪と地面を踏み抜き、その体が宙に舞う。エア回避――クリノスの戦闘スタイルは乗り攻防に持ち込みやすいものだった。 斬りつける双刃が、雪獅子の背中に深紅を走らせる。もがくドドブランゴだが、彼の視界に、ふと何かが映った。 回復薬……傷を治さんと、彼の目の前、堂々と緑色の液体を飲み干す男がいる。頭に血が上るとは、このことだ。 すかさずクリノスから離れた雪獅子は、正面、空瓶を地面に手放したカシワに、ラリアットをぶつけに向かった。 「でぇいっ!!」 「カシワァ!」 浮いた雪獅子の体、地面との間をくぐるようにして避けると同時、カシワは天然の氷でできた段差を踏み抜く。 見切った上での、下方向からの斬り上げ。空を斜めに横切った刃は、辛うじて、ドドブランゴの背中をかすめた。 クリノスが続く。駆けつけ、氷の土台を踏み抜き、彼女は雪獅子の背中目掛けて双剣を走らせた。 鋭い斬りつけは、宙に二重の緋を飛ばさせる。一瞬、身をすくめたドドブランゴの隙をつき、背にクリノスが飛び乗った。 「乗ったよ!」 「頼んだ、クリノス!」 「おい! シビレ罠設置したぞ!」 「でかした、チャイロ、いったん下がれ!」 振り落とそうともがく雪獅子にしがみつき、クリノスはじっとチャンスをうかがった。 その合間、中間距離から立て続けにユカの放った矢が飛来する。脚、わき腹、腕を射抜かれ、雪獅子はよりもがいた。 剣を研ぎ、すぐにカシワは足を急がせる。確かに、氷上にチャイロがシビレ罠を展開させていたのが見えた。 「乗り、成功!」 クリノスが雪獅子から振り落とされたのは、次の瞬間だった。ごろごろと転がされた雪獅子は、どうとそのまま倒れ込む。 カシワがハンターナイフで頭と腕を、クリノスが尻尾を狙い、その間ユカはカシワに当たらないよう、頭を射続けた。 「よしっ、尻尾、破壊したよ!」 「斬れないんだな……」 「カシワ、そのまま一歩下がれ。シビレ罠に誘導するぞ!」 背後を取られるという不覚から立ち直ったドドブランゴは、起き上がった直後、その場で大きく咆哮した。 今度は盾でガードし、カシワは数歩後退する。追いかけようと突進の体勢を取った雪獅子だが、その動きが止まった。 ……ユカの誘導は的確だった。見事、雪獅子はチャイロのしかけたシビレ罠に拘束されている。 (チャンスだ!) 駆け寄ろうとした瞬間、カシワは背中に衝撃を感じた。前のめりに転ばされる……手が、足が、思うように動かない。 「なん、だ、これ」 「おい、オミャー、氷やられしてるぞ! ブランゴの仕業ニャ!」 「ブ、ブランゴ?」 チャイロの声に振り向けば、なるほど、雪獅子より小柄なブランゴたちが、自分を取り囲んでいた。 それに対し、チャイロが懸命にブーメランを振るっている。 いかん、寒い――ブランゴが投げた氷塊が、自身の体に氷粒をまとわせ、徐々に気力を殺いでいく。 ブランゴは、ドドブランゴの咆哮、すなわち呼びかけに反応して召喚されたのだ……厄介だな、カシワは歯噛みする。 (ユカが『足元に気をつけろ』って言ってたのは、これのことか) クリノスとユカが雪獅子を相手にしている、ならば自分のすべきことは、一つしかない。 カシワはくると振り向き、ブランゴたちに剣を振るった。任されたつもりでいたらしいチャイロは、一瞬目を剥く。 互いに目が合う。チャイロはすぐにカシワの意図を察したようで、力強くうなづき返してくれた。 「クリノス、ユカ! 雑魚は、俺が引き受ける!」 「え、あ、おっけ! 頼んだよ、カシワ!」 ドドブランゴの縄張り意識の強さとは、配下に対する統率力さえも含まれている。 ならば二人の邪魔をさせないよう、配下を倒してやるより他にない。カシワとチャイロは次々に現れるブランゴを狩った。 ドドブランゴが怒り、咆哮するたび、手下のブランゴたちは姿を現す。 雪獅子のようなラリアットや雪の吹き上げこそしないものの、彼らの執念深さはしつこいものがあった。 「クリノス! 頭を狙い、牙を折れ!」 「ユカちゃん!?」 「牙はドドブランゴの威厳の証だ。折れば、咆哮しても仲間を呼べなくなる」 「そういうこと……分かった!」 カシワとチャイロがブランゴに振り回されている間、ユカは都度明確にアドバイスを飛ばす。 そしてまた、それに対し、クリノスは的確に行動で応えてみせた。双剣がぐるんと舞い、雪獅子の牙を狙う。 バキッ――短く鈍いその音は、離れたカシワの耳にさえ届いてくれた。 「牙、折ったよ! カシワ!」 「分かった! いま、そっちに行く!」 「わあ、破壊報酬、楽しみ!」 「!? お前、結局レアアイテムか!」 「そんなの当たり前でしょ!」 短い応酬の間も、ハンターナイフと双刃は絶え間なく振るわれ続けている。 ユカは弓を納刀した。乱戦状態の場から退き、駆け寄ってきたチャイロと共に、若い狩人たちの動きを見守る。 「なー、ユカ」 「ご苦労だ、チャイロ」 「ニャイ。あいつら、なかなかやるようになったと思わねーか」 「……そうだな」 ユカの顔には、うっすらと凶悪さのにじむ笑みが浮いていた。 皮肉めいても見えるそれが、彼の素の笑い方であることを、チャイロは長い付き合いから知っている。 本人たちにも言ってやりゃーいいのにニャ、あえて口には出さず、手出しを止めた相棒にチャイロは失笑した。 「おい、ユカ! あいつ、隣のエリアに逃げたぞ。追いかけないと」 「ちょっとー、ユカちゃん。あいつさ、毛繕いしてペイント消すんだけど! なんなの!?」 カシワは勇ましく、クリノスは不満げな面持ちだった。武器を納めた狩人たちが歩み寄ってくる。 片が付くのも時間の問題だな――いつも通りの無表情に戻りながら、ユカは一歩を踏み出した。 |
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