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モンスターハンター カシワの書(15)

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その日は、いつにも増して気温が高かった。乾いた風が猫毛をぴりぴりと刺激して、不快感をより強くする。
ティガの背に乗りながら、チャイロは岩陰で氷結晶イチゴを調合していた。材料は昨夜のうちに集めておいたものだ。
額の汗を手でぬぐい、ふうっと息を吐くチャイロに対し、暑さをものともせず、ティガは周辺に目を光らせている。
先日、採取に夢中になるあまりガレオスに轢かれそうになったことがあった。以来、彼は警戒心が強くなったように思う。

「よし、こんなもんニャ。ティガ、ほら、食えニャ」
「ガウ」

がじがじと二匹そろってイチゴをかじり、同じタイミングで冷たさに驚き、ぶるっと体を震わせる。
熱帯イチゴは気温が高く、乾燥が強い地域で育つほど甘く熟れる傾向があった。凍らせればその美味さは格別となる。

「どうせニャ、もー少し材料集めに行くニャ。明日も暑くなったら、やってらんねーのニャァ」

のしのしと歩き出したティガに揺られながら、チャイロは自慢のポーチのふたを閉める。メラルーなら誰でも持っている、
腰に常々携帯する緑と黒のチェック模様。秘密のポーチと呼ばれるそれは、個々にとっての仕事道具であり、同時に宝だ。
デデ砂漠奥、エリア四。腐肉の転がる平原と、周辺をぐるりと取り囲む岩壁、吹き抜けの天井。
岩壁の上にイチゴや落陽草、ネンチャク草などが豊富に生えていることを、チャイロは知っている。

「よーし。イチゴ狩りニャ、ティガ! うめーモン食わせてやるからニャ!」
「ンガウッ」

壁を登るようティガに言い、彼の背中にしがみついたところで、チャイロはふと小さく乾いた「音」を聞いた。

「――ニャ?」

壁を登るティガの爪が、不意にゆっくり離れる。自分を乗せたまま、親友の体が地表めがけて落下する。
同時に自分も不思議な「匂い」を嗅いだ。霧のような、煙のような紫色のもやが、ティガと自分を覆っている。
何が起きたか、分からなかった。ドシン、強い振動が全身を打つ。ティガが一度だけうなり、そのまま静かに目を閉ざす。

(なんだこれ、なんなのニャ……)

落ちたのか、そう気付くと同時に意識が遠のいていった。薄れいく視界の中で、ひどい吐き気と眠気に襲われる。
抗いがたい倦怠感に、歯噛みしながら前を見た。寝入るティガと自分の元に、二つの人影が歩み寄ろうとしていた。
人影は両者ともに、手に武器のような長い筒を抱えている。その表情は、岩壁の陰に隠されていて、よく見えない。

(さっきの、ああ、そうニャ。さっきの音、『銃声』ニャ)

……その日は、いつにも増して気温の高い日だった。下卑た笑みが、まだ幼さの残すメラルーと轟竜を見下ろしている。
視界が暗転した。






「――う……」

目を覚ますと、見慣れた景色が広がっていた。
竜の巣、そのタマゴ、飛び交う飛甲虫に荒々しい岩肌、長い影、腹のすぐ横を伝っていく流砂……デデ砂漠、エリア五。
跳ね起きようとして、チャイロはいきなり前のめりに倒れ込んだ。見れば、両手が後ろ手で縛り上げられている。
動けない――慌ててあたりを見渡すと、竜の巣の真横に人影が二つあった。片方は痩せたのっぽ、もう片方は太ったチビ。
知らない顔だ、それと同時に、チャイロは自分と親友の身に何が起きたかを悟った。
二人の前に、安らかに寝息をたてる親友の姿がある。自分と同じように、彼は左右の前脚を鎖で固定されていた。

「ッ、ティガ!! オミャーら、いったい、どういうつもりなのニャ!」
「……お? おお、こっちはお目覚めみてえだぜ」

思わず怒鳴ってしまった後で、チャイロははっと声を詰まらせる。胃から、何かがこみ上げてきた。
激しくせき込み、胃酸の臭いに顔をしかめる。幸か不幸か、嘔吐はしなかった。それでも気分が悪い。脂汗が地面に滴る。
背の高い方がゆっくり歩み寄ってきて、チャイロをのそりと見下ろした。見下すかのような目に、チャイロは歯噛みする。

「動かない方がいいぞ。お前には、毒、浴びせてやったから」
「!?」
「安心しろい、お前の相棒なら生きてるよ」
「カネになりそうなものには、ひどい目に合わせないさ。俺達はハンター様だからな」
「ハンターつっても、『非合法』の『密猟者』だけどな。アハハ!」

チャイロは愕然として、言葉を失った。

(非合法? 密猟? こいつら、どっから来たんだ。まさか……ティガを、売り飛ばす気なのか)

改めて、親友を見る。
目立った外傷はない、が、それが自然な眠りでないことを証明するように、彼は寝言も鼻ちょうちんも立てていない。
可哀想に、真っ先にチャイロの頭に浮かんだ思考はそれだった。
密猟者については、故郷にいた頃から長に話を聞かされている。
デデ砂漠には、小型モンスター御用達の小さな洞窟を始め、様々な抜け道がある。
危険性が高いため、普通のハンターなら決して使わない道だ。
しかし、砂漠の貴重な生態や植物、鉱石を狙い、そういった通路を経由しての密猟が後を絶たない。
ギルドも警戒してはいるらしいが、砂漠の広さ、過酷な環境には適わないことも多く、半ばそれらは野放しにされていた。

「野生のティガレックス、それも準成体。これだけ美人なら、さぞたっか〜い値がつくだろうな」 
「バカ言え……ティガは、オミャーらのために育てたワケじゃねーのニャ!!」
「へー、ティガってのか。まあ名前なんて、飼いたいっつー金持ちどもの決めることさ」

目を覚ませ、そう願うチャイロだが、親友は深い眠りに落ちたままでいた。
小さな肩の上下のみという彼の動きに、これから彼がどんな目に遭わされるのかが示されているように思えて、
チャイロは泣きそうになるのを必死に耐える。売られた後、可愛がられるだけとは限らない。
そもそも親友が納得するとは思えない。
ありとあらゆる不幸を思い描き、チャイロは独り震撼した。ティガには自由であってほしい、強くそう願った。

(オレはどうなってもいい、けどティガは……ティガだけは)

額を地面に押しつけ、歯噛みするチャイロ。しかし次の瞬間、鈍い衝撃が全身を駆けめぐった。
気がつけば、縛られたまま体が吹っ飛んでいる。大きく二度跳ねて、口に大量の砂を吸い込んだ。

「……おいおい、やめとけって」
「うるせー。俺はよ、メラルーに散々売り物盗まれてきたんだ。これは復讐ってやつさ」
「盗まれる方がわりーんだろ? まあいいや、早く済ませろよ」

密猟者に蹴られたのだと気付いたとき、二回目の足の振り上げがあった。
腹に靴底がめり込む。今度こそ、チャイロはその場でむせ、嘔吐した。下卑た笑いが頭上に轟く。
それでもチャイロは、ティガのことを考えていた。
激痛も、屈辱も、恨みさえ、ティガがこの先味わわされる苦難に比べたら、恐ろしいことなどない。

「(ティ、ガ)」

五度目の振り下ろしが視界の端に映った。遠のく意識に、まぶたが引きずられる。目を閉じた刹那、


 ――          !――


チャイロは、これまで、生まれてからずっと、まるで耳にしたことのないような轟音を聞いた。
内臓を揺すり、頭蓋を脳みそごと震わせ、心臓を鷲掴みにし、全身の筋肉を硬直させる、凄まじい「怒号」。
ゆっくり目を巡らせ、チャイロは耳を押さえて泣き叫ぶ密猟者と、その奥、凛々しい姿の怪物を目の当たりにした。
……黄色の艶やかな外皮に、細かく輝く鱗、母譲りの青い模様、賢そうな目つきに、地底湖の水面に似た美しい眼。
今、彼の腕や翼、全身のあらゆる血管の筋に沿って、激しい灼熱の赤色が迸っている。異常な興奮、怒りによる充血。
ティガレックス種特有の、怒り状態への移行。鎖を引きちぎり、ティガは荒い息とともに、再度大きく咆哮した。

(ティガ? ……キレーニャ)

チャイロは、ティガの咆哮を聞いたことがなかった。そもそも、ティガが本気で怒るのを見たのだって、これが初めてだ。
跳び上がったティガは、翼を広げ、一人目、小太りの男に襲いかかった。
「ティガレックス」の狩りは、前脚と強靱な筋肉、全身のバネを利用した、力任せの非情で暴力的な狩りになる。
案の定、抑えつけられた男はねじ切られるように肩に爪をめり込まされ、巨大なあごに耳を持って行かれた。
多量の鮮血と悲鳴が響き渡り、圧倒的なその力に、チャイロでさえぞっと恐怖を覚える。

「こ、こ、こいつぅ!!」

銃声が鳴った。はっと我に返るチャイロの前、ティガの腕、頭に、ボウガンの弾が連続で着弾するのが見えた。

「ティガ!」

鮮血が、ティガのものか、男のものか、チャイロには判断が付かなかった。横一直線に血が飛び、地に落ちる。
ティガは止まらなかった。流血しながら、何度も弾を食らいながら、それでも男から離れようとしない。
チャイロは息を呑んだ。そして気付く。自分を蹴っていたのは、あの小太りの男の方だ――ついに、チャイロは決壊した。

「ティガ! ティガァ!! もういい、もういいニャ! 死んじまうニャァ!!」

泣きながら駆けつけようとして、チャイロは再び地面に倒れる。じたばた暴れようが、手がほどけることはなかった。
銃声が、いよいよティガの悲鳴を導いたとき……チャイロは口を牙で切りながら、ゆっくり頭を上げた。
倒れる肉塊と親友、勝ち誇るのっぽ、そして――血の臭いに導かれ現れた「老いた恐暴竜」の影が、双方の真横に見えた。







「……え、え? そんな、そんな……そ、それから、ティガさんは、どうなったのですニャ」
「どーもこーもねーニャ。ティガはオレを庇って『怒り喰らうイビルジョー』に喰われちまった。母親と同じくな」
「そんな……」
「仕方のねーことなのニャ。オレは、約束通り、ティガを砂漠の外に連れてってやれなくなった」

仕方ない、なんて切り捨てないでほしい。そう口から出しそうになって、アルフォートは口を固く閉じた。
平然とするチャイロに対し、自分は今、泣きそうになっている。
過去のことだと一笑に付すチャイロの横顔が、アルフォートには痛々しく見えて仕方がなかった。

「その時、もろとも喰われそうになったオレを、密猟者どもを取り締まりにきたユカが助けてくれた。ユカには恩がある。
 だから、行き場がないっつーのを理由に一緒に行動してる。恐暴竜の件もあって、故郷には戻れそうになかったしニャ」

アルフォートは応えに詰まった。チャイロが、何らかの事情を抱えているのであろうことは、初見で察しがついている。
それがよもや、恐ろしいモンスターとの因縁と、それから守ってくれた最愛の親友の所以とは、考えもしなかった。
黙り込んでいると、チャイロに背中を叩かれる。
前のめりに転びそうになるアルフォートを、チャイロはにやにやと意味深な笑みで見下ろしていた。

「オミャーはアホだニャ? 飼い主と一緒で、お人好しニャ」
「えっ?」
「もう昔のことニャ。形見のこのティガの爪だって、供養にってんでユカがナイフ寄越して、剥ぎ取らせてくれたんだ」

昔のこと。アルフォートは口内で反芻する。
昔のことであれ、ティガの件が、今でもチャイロの心に深い陰を差していることに違いはない。
同時に、彼と過ごした日々が、今の彼の原動力になっていることも確かだ。
アルフォートは頭を振る。ユカと共に行動することで、チャイロはまた密猟者に出会い、傷つくこともあるかもしれない。
それでも、ティガが彼を護ってくれるはずだ……自身の危機に瀕した時でさえ、友人の無事のために戦った彼ならば。

(……ん? あれ? 密猟者をその場で取り締まった……ということは、ユカさんってもしかして?)

ふと浮かんだ疑念は、再びチャイロに背を叩かれ、かき消される。
見上げた先、立ち上がったチャイロは、これ以上ないくらいに、晴れ晴れとした表情をしていた。

「ほーら、忘れたか。まだ修行は終わってねーのニャ。張り切ってシゴクから、覚悟しとけ」
「ニャ、ニャイ」

立ち上がった二匹のところへ、ネコ嬢が縫い終わったポーチを持ってくる。
亡き親友の爪を大事そうに詰め込み、チャイロはポーチを腰に提げた。
誇りか、自慢か、親愛か。緑と黒のチェック模様は、茶色の毛並みの上で、軽快に揺れている。





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 UP:20/11/03