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モンスターハンター カシワの書(14)

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「オレが生まれたのは、旧砂漠のうんと奥にある集落でニャ」

ネコ嬢が淹れ直してくれたゼンマイティーでのどを湿らせて、チャイロはぼんやりと空を仰いだ。
グラスを両手で抱えたまま、アルフォートは記憶を呼び起こすように目を閉じるチャイロを横から見ている。

「チャイロって名前は、オレがメラルーの仕事を初めて成功させた時に、仲間が付けてくれた。茶色の毛並みだからニャ。
 で、たまに砂漠にやってくるハンター連中から物盗んだり、その辺に生えてるキノコやイチゴを集めて暮らしてたんだ」
「旧砂漠にもメラルーが出る、っていうのは、よく知られてる話ですニャ」
「だなあ。だいたい、涼しい洞窟やオアシスに来た間抜けを狙ってるだけなんだけどニャ」

そこまで話して、アルフォートはふとカシワがメラルーの被害に遭っていないか、気になった。
顔に出てしまっていたのか、こちらをのぞき込んでくるチャイロの目がにやにやしている。

「……だ、旦那さんは、たぶん、洞窟で休んだりしないで、ちゃんとお仕事してると思いますのニャ」
「へえ。ニャら、そういうことにしとくかニャ」
「……」
「そうムクレんなって。ま、とにかく、オレはそうやって、旧砂漠でのんびりやってたワケだ。あの頃は若かったニャァ」

不意に、チャイロの目が細まる。一瞬、空気に溶けたぴりっとした緊張に、思わずアルフォートは身を固くした。

「……オレの転機は、二年くらい前の話ニャ。あの日もいつもみてーに、長老に尻叩かれて仕事に出たんだ」

道場より離れた場所、オトモアイルーたちに囲まれながら、黙々と、ネコ嬢がチャイロのポーチを縫い合わせていく。
細い指が、魔法のように細かく動く。年季の入ったポーチは、元の緑と黒のチェック模様をかすめさせていた。
アルフォートは一旦それから目を離す。目を閉じたチャイロの眉間に、深いしわが刻まれている――






――氷結晶と熱帯イチゴを調合すると、氷結晶イチゴと呼ばれる特産品ができあがる。
この品は、ハンターたちにクーラードリンク代わりとして使われたり、街の人間には珍しい土産物として好まれていた。
間抜けなハンターから盗んだ調合書片手に、チャイロは岩場の影で涼みながら、氷結晶イチゴを大量生産している。
売れば金になるし、クーラードリンク切れを起こした間抜けなハンターをからかうのに便利だったからだ。

「やべえ、そろそろ戻らないとニャ」

岩場の影が長く伸びている。夕暮れ時が近づいていた。集落の決まりで、夜間出歩く面子は厳しく取り決めされている。
近道していこう、チャイロは竜の巣があるエリア五に足を延ばす。流砂と岩場に囲まれたその奥に、竜の巣はあった。
「大型モンスターには手を出すな」、「竜の巣には近寄るな」。
集落の暗黙の了解であり、本来なら近道とはいえ、エリア五を堂々と横切ることはありえない。皆が気にすることだった。
チャイロが長老と折り合いが悪かった理由は、ここにある。彼はあまり、集落での暮らしにこだわっていなかった。
さて、飛竜種の卵は、希少であり美味、栄養豊富で薬の材料にもなり、人間社会では非常に重宝されている品である。
かといって、チャイロはハンターでもオトモアイルーでもないので、ギルド宛てに卵を運んでやる義理もない。
素通りしようとしたところで、ふと頭上に影が差した。見上げて、チャイロは思わず一瞬息をするのを忘れてしまう。

(……ティガレックス!)

原始的な骨格に、筋肉質な四肢。黄色の細やかな鱗に、青く走る独特の模様、鋭い爪と目、青白く光る眼差し。
旧砂漠を意のままに支配する飛竜種、通称、轟竜の帰還。瞳孔の細い目が、爛々とチャイロを射抜く。

(落ち着け、別に卵にゃ手を出してねーのニャ)

間近に跳び降りたティガレックスは、きょろきょろ周囲を見渡した。チャイロの予想通り、殺気立っているわけではない。
ということは、これは雌なのだろうか――忍び足で逃げようとしたチャイロだが、ふと、轟竜は彼にぐるりと向き直った。
目が合う……突如として、ティガレックスは翼を広げ、後ろ脚で強く砂を蹴った。
飛びかかってくる! 悲鳴を上げたチャイロだが、轟竜の爪に体が引き裂かれることも、噛み砕かれることもなかった。

「――ッ!?」

その身に襲いくるのは、全身を駆けめぐる恐怖と畏怖、足のすくみと固まる手足。
ティガレックスの背中を見送り、チャイロの目はその場に現れた、見たこともない脅威に釘付けになった。

「なん、なんニャ……こ、こいつ、こいつ! なんなのニャッ!!」

罵声混じりに叫んだのは、そうでもしなければ足がまるで動かなかったからだった。
直後、これまで聞いたこともなかった、爆音に似た低重音――「老いた恐暴竜」の咆哮が、宙に炸裂する。
緑の鱗に重ねた漆黒のよどみ、隆々と盛り上がる異常に発達した筋肉、それによってむき出しに裂ける無数の古傷。
巨大な口には凶悪な牙が並び、それの並びはあごの外側にまで増殖し、剣山のように吹きさらしになっていた。
憎悪か敵意か、あるいは破壊衝動、殺意か。焦点の定まらない白目が、くぼんだ眼窩にうずくまっている。
恐怖の具現、とも言えそうな風貌だった。足踏みをするたびに地面が揺れ、砂は巻き上がり、空気に緊張が駆けめぐる。

(く、来る!)

それが「怒り喰らうイビルジョー」と呼ばれること。ギルドが即撤退を推奨する相手であることを、チャイロは知らない。
野生のティガレックスなら、なおさらのことだ。
長く太い、凹凸のある尻尾をくゆらせて、老いた恐暴竜は、飛びかかってきたティガレックスに大胆にも噛みついた。
あごを振り、鋭い鉤爪を軸にして体をひねり、轟竜の頭を骨ごと砕こうとする。チャイロはついに悲鳴を上げた。
……ティガレックスといえば、暴力的な筋肉とバネのようにしなやかな前脚、脚力を以って狩りをする獰猛種の筆頭である。
その頭をくわえ、振り回し、あまつさえ投げ飛ばした。そんな竜に恐怖しないでいられる者が、どれほどいることだろう。
あたりに血が飛び散り、むせるような臭いが沸く。大気が沸騰しているかのように、凶悪な熱を帯びる。
腰を抜かしたまま、チャイロは後ずさり、その場から逃げようとした。こんなものに自分が勝てるとは思えない。
その判断は正しい。メラルーが恐暴竜と轟竜双方に渡り合えるわけがない――しかし、その背中が突然何かにぶつかった。

「ゴギャッ」
「!? な、お、オミャー……」
「キャ」

「それ」を見て、チャイロは何故あのティガレックスが無謀にも恐ろしい恐暴竜に挑んだのか、理由を知る。
それは、生まれて間もないティガレックスの幼体だった。瞳はつぶらで眼差しは無垢そのもの、まだ外皮も柔らかい。
爪も延びきっておらず、ティガレックスの象徴ともいえる立派なあごも丸々としていて、明らかに幼さを露呈させていた。

「オミャー……っ、ばか、静かにするニャ!」

轟竜と名高い、成体ティガレックスの咆哮が轟く……気がつけば、チャイロは幼体の頭を抱きかかえていた。
まだ孵化していない卵に埋もれるように、体を丸くし、ひたすら息を押し殺す。幼体の目を覆うように、頭を隠させる。
母親の轟竜が上げ続ける苦鳴や、それをも嚥下する咀嚼音、血の臭気と噴出を、是が非でも感じさせはしない。

(ああ……負けたんだ、あの轟竜は)

ほとんど無意識だった。長い、長い時間を背中に感じた。やがて周囲には、砂の流れる音しか存在しなくなっていた……

 ――そりゃ、怖かったに決まってる――

……決着がついたと思わしき夕刻。腕を飛び出した幼体は、キイキイ鳴きながら、かつては母親だった肉塊にすがりついた。
その目に確かな知性を垣間見て、チャイロはその場に座り込む。
自分が親を殺されたわけではない。だというのに、胸のあたりが痛んで仕方がなかった。
引き離そうにも、幼体は自ら母に噛みつき、チャイロの腕に抵抗する。半ば強引に剥がして、その身を引きずった。
いつの間にか、恐暴竜は姿を消していた。しかし、残された無残な骨とわずかな食い散らかしが、全てを物語っている。
べそをかいているのか、寝てしまったのか。ティガレックス幼体は、うずくまるようにしてチャイロに抱えられていた。

(……郷に、帰ろう。それから、こいつをどうするか考えるニャ)

相手はあのティガレックスの幼体であり、親の物のみとはいえ、肉の味を恐暴竜は覚えてしまっている。
予想していた通り、チャイロは「幼体を捨てる」か「自ら集落を出て行く」か、選択を迫られることになった。
長老は決して、幼体を受け入れなかった。それが集落に暮らすアイルーらを思ってのことだと、チャイロも理解している。

「分かってるニャ。長老、元からアンタとは気が合わなかったしニャ」
「チャイロ」
「邪魔して悪かったニャ。こいつは……オレが責任持って面倒見るニャ」

ある意味、幼体をどうするか悩まずに済んだ――チャイロはあっさりと荷物をまとめ、集落を跡にした。
顔見知りの何匹かには止められたが、決意をひるがえすつもりもなかった。

 ――体が勝手に動いてたんだ。仕方ねーのニャ……泣いてんのに、放っておけねーだろうが――

集落を出た後は、行く宛てもないまま、デデ砂漠を二匹で徘徊した。
まだ幼く、自力では狩りはおろか肉もかじることができない幼体のため、チャイロは草食竜を仕留め続けた。
幸い、以前の仕事で携帯用肉焼き器と剥ぎ取りナイフは入手している。ハンター顔負けの技術で、次々と狩りを続けた。
シビレ罠の技。シビレ罠そのものを用意し、ハンターらがするのと同じように設置、誘導、作動させる。
プチタル爆弾の技。威力は低いが、相手をひるませたり、足止めするには十分な火力が見込める。
こやし玉の技。モンスターのフンを素材玉に詰め込み投げつけ、小型、大型問わず、その場から追い払ってやる。
遠隔ぶんどりの技。メラルー愛用のぶんどりツールを交差させ、ブーメラン状にして素材部位を強奪する……。

「ティガ、ウマいか」
「ゴガッ」
「そーかそーか。たくさん食えニャ」

はじめはろくに肉も噛めず、チャイロが噛みちぎった物しか食べなかった幼体だったが、歳月の経過とチャイロの見本で、
少しずつ、自力で生肉を食べられるようになっていった。それに伴い、彼の体長、体重は、徐々に大きく成長していった。
調子に乗って背中に跳び乗ってみれば、意外にも幼体はそれを受け入れ、いつしか自らチャイロを乗せるようになった。
なぜ、素直に懐かれたのか。それはチャイロにも分からない。それでも、轟竜幼体は純粋に自分の後について回った。
呼びにくいからと「ティガ」と名前を付けてからは、チャイロ自身も彼にすっかり夢中になっていった。
成長するにつれ、ティガは何でもチャイロの真似をするようになる。親とでも思われていたのかもしれなかった。
自分用に肉を焼けば、横からそれを奪おうとするし、生肉を焼いてくれと言わんばかりに肉焼き器の横に押しつけてくる。
魚を釣ろうと糸を垂らせば、水面に頭を突っ込み、大口でサシミウオを捕ろうとする(もちろん魚には逃げられる!)。
焚き火を起こせば、それはなんだと言う風に鼻先を自ら近づけ、直後、熱い、熱い、と細い悲鳴で抗議して顔をそらす。
夜、満天の星の下、寒いからと二匹そろって丸くなり、チャイロがティガの腹部に収まる形で寄り添い、眠りに就く。

「なー、ティガ。見ろニャ、流れ星ニャァ」

二匹で夜の砂漠を散歩しながら、星空を見上げたこともあった。

「キレーだろ。砂漠はニャ、星を見るのにちょうどいいのニャ……オミャーには星とか分かるのかニャ?」
「ゴガガッ」
「ん? 分かるか、そーか」
「ガウ」
「なあ、ティガ。オレとオミャーは、ずっと友達ニャ。ずっと一緒にいようニャ。いつか、砂漠以外の所にも行くニャ!」
「ギャウギャウッ」

言葉など、端から通じていなかったのかもしれない。それでもチャイロにとって、ティガの存在は特別だった。
ティガもまた、特に機嫌のいいときには、チャイロの額に頭をこすりつけたり、顔面を舐め回したりした。
二匹は何をするにも、どこに行くにも一緒だった。

(幸せニャ。今までずっと、集落じゃ鼻つまみ者だったからニャ……嬉しいニャ。オレも案外、寂しがりだったのかニャァ)

それでも、チャイロの内心には昔から「いつかティガを野性に返さなければいけない」という思いがあった。

(いつか、オレの力が、ティガに負ける日がくる。そのときショックを受けるのは、他の誰でもない……ティガの方ニャ)

したがって、ティガの飛行訓練や突進、岩の投擲術などは、チャイロが独学でつけてやることにした。
岩盤をよじ登らせたり、草食竜を強襲させたり、ティガが自分に素直であることを利用し、徹底して教え込む。
物わかりのいいティガは、チャイロ自身も予想していなかった速度で、知識と技量を身につけていった。
母親ゆずりか、突進をキャンセルしてからの飛びかかりには、目を見張るものがあった。
草食竜アプケロスは、飛びかかったティガにいきなり目をつぶされ、勢いに乗せてねじ伏せられ、地面に横倒しにされる。
抵抗しようともがいたところで、堅さを増した牙と爪に皮膚をえぐられ、強靭なあごに肉を皮ごと持って行かれる。
誰が見てもまごうことなき、完璧な狩りの形態だった。ティガはいつしか、立派なティガレックスに成長していた。
……生肉のうち一つを、ティガは嚥下せず、チャイロの方に放り投げて寄越す。チャイロは、苦笑するより他になかった。

「おっきくなったニャ、ティガ」
「ゴガ?」
「オミャーのこと、ずっと大好きだからニャ」

並んで肉にかじりつきながら、チャイロはだいぶん成長の兆しを見せるようになったティガを、細めた目で見守る。
親ゆずりの艶やかな黄色の外皮に、くっきり走る青色の縞模様。成体に比べればまだ未熟だが、固く引き締まった爪。
丸みを消し、鋭さと賢さを濃くにじませた、地底湖の水面と同じ色のきれいな眼。重厚で威圧感溢れる、立派なアギト。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の大事な親友だ――チャイロは、ティガと一緒にいるのが、楽しくて仕方なかった。
本音を言えば、離れることなど考えられなかった。一緒に眠りに就きながら、チャイロは星空を静かに見上げて祈る。

(離れても、心はずっと一緒ニャ。ティガの幸せが、オレの幸せニャ)

その祈りに、打算は一切なかった。
ティガの豪快な寝息と鼻ちょうちんに笑いを噛み殺しながら、チャイロもまたゆっくり眠りに落ちる。
出会ってから、まだ半年も経っていなかった。「審判の日」が、次第に近づいて来ようとしていた……






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 UP:20/11/03