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モンスターハンター カシワの書(16)

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『……ハンターなんて、大嫌いニャ』

顔から胴、腰、足と、至るところに傷を重ねた茶色毛並みのメラルーが、口をとがらせながらぼやく。
自分はそれを見下ろしていた。返された剥ぎ取りナイフを背後に収め、まだ物を言いたそうな彼の言葉を待つ。
彼の手には、そこそこ大ぶりな竜の爪が握られていた。鮮血がかすかににじむそれは、かつての親友の形見だと言う。
その親友がどんな目に遭い、いつ命を落としたか。目の当たりにした自分は、「本分」も忘れて彼の命を救ってしまった。
メラルーはチャイロと名乗った。報告の通り、このあたりを飼い慣らしたティガレックスと共に縄張りにしていたという。

『けど、オミャーには、恩がある』
『恩?』
『オミャーが間に入ったお陰で、ティガに最後の挨拶ができた。けど、オレが泣き喚いたせいで……奴を逃がしちまった』

一つ、旧砂漠に潜り込んだという密猟者の処分。可能であればその取り調べ。
二つ、「ティガレックス」を飼い慣らすという前代未聞の行為を繰り返すメラルーの調査、捕獲、あるいは双方の処分。
三つ、同じく旧砂漠に現れたという脅威、「怒り喰らうイビルジョー」の生態観察、可能であればその討伐。

『……恩か。返せるものか』

ギルドから命じられた任務は以上三点。まさか全て同時に遭遇するとは思わなかった。
偶然か、天の導きか。いずれにせよ、ティガレックスの命は失われ、密猟者は尋問するより先に片を付けてしまった。

(恐暴竜を逃がしたのは……俺の不覚だな)

ギルドへの土産は、せいぜいティガレックスの遺骸と密猟者死亡の一報、チャイロの身柄くらいとなりそうだった。
赤髪は嘆息する。三日、砂漠を見張り続け、ようやく当事者を見つけたきっかけは、よりによって件の轟竜の咆哮だった。
飼い主であるチャイロは想像以上に幼く、またティガレックスも同様。現れた恐暴竜にまるで歯が立たず、惨敗を喫した。
密猟者については、一名は轟竜の手にかかり即死、残りの一名は辛うじて自分が背後から処分するに至った。
なんてザマだ――「騎士」たる青年は、眉間に力を込める。これが初任務というわけではない分、自責の念は重かった。

『返す気があるというなら、俺と来るか』
『え……』
『チャイロだったか。ギルドには野生の轟竜を手懐けた特例として、この件を報告する必要がある。お前に拒否権はない』

なんつー言い方だ、茶色メラルーは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。それでも赤髪が歩き出すと、後ろからついて来る。
案外、ギルドの取り調べは簡単なものだった。チャイロが真実を偽りなく話したことが、解放へとつながったらしい。
その後、帰る場所がないと言うメラルーは、最終的に、自分が引き取ることになった。
……正直な話、彼の親友を助けてやれなかった負い目もあった。

『ユカ』
『なんだ』
『オミャーには恩がある。オレは、これからそれを返してやる。オレはメラルーだ、もう宝を失うのは、ゴメンニャ』
『……好きにしろ』

しばらくはそう力強く話しながらも、チャイロは事あるごとに身を縮め、泣いてばかりでいた。
轟竜を想うあまり、自害するのではないかとさえ思えた。しかし一年経ち、二年経った今も、チャイロは生きている。

(返してやる、とは、ずいぶん横暴だ)

時折ユカは、チャイロに気付かれないよう、彼の目の届かないところで苦笑することもあった。
長い付き合いになりつつある。今でも彼がどこかで泣いてはいないか、意外にも自分は気にかけているようだった。







「……朝か」
「あ、ユカさん。着きましたよ、ベルナ村」
「もう着いたのか。ありがとう」

どうやら、夢を見ていたらしかった。気球船に積まれた資材箱から背中を離し、ユカは思い切り伸びをする。

(節々が痛むな、歳か)

肩を鳴らし、周囲を見渡した。着陸体勢に入った船の外には、高山と青青とした草原、開けた牧場が雄大に広がっている。
ベルナ村は龍歴院と提携を組む穏やかな村で、小さいながらもハンター生活に不可欠な施設は一通り揃っている。
とはいえ、彼の地に立ち寄るのは久方ぶりだった。龍歴院側のクエストを優先し、院内の施設や、ギルドからの勅命のため
ドンドルマを経由していると、どうしてもベルナ村に向かう機会は限られるようになる。着陸と同時、ユカは船から降りた。
雲羊鹿の姿が多く見える。ムーファ飼いのほか、龍歴院所属のハンターや職員が、村の中を闊歩していた。

(ひと月ぶりか、チャイロはどうしていたか)

恐らくオトモ広場だろう、そう目星をつけ、ユカの足はベルナ村奥へ進んだ。
濃厚なチーズが鍋で煮られる匂い――ユカ自身はこの「溶けたチーズ」というのがあまり好きではなかった――村中央には
そういった特設のアイルー屋台が建てられており、日々、クエストに向かう多くのハンターたちの姿でごった返している。
武具屋との間、ちょうど屋台の横を通り抜けようとしたところで、ユカはふと、若いハンターたちの会話を耳にした。

「……で、その黒髪のハンターってのがさ」
「最近、龍歴院つきになったっていう新米だろ? ドスマッカォにボコボコにされたっていう」

聞き耳とは行儀が悪い、一瞬そう考えたユカだが、思わず足を止めていた。
最近、龍歴院に所属したという黒髪のハンター。聞き覚えも見覚えもある人物の噂に違いない。

「そう、そいつそいつ。何でも一緒に行動してる女に、いいように使われてるらしいぜ」
「女?」
「知らねえの? クリノスっつー双剣使いだよ。自称トレジャーハンターだかなんだか知らないが、腕利きらしい」
「へえ。て、トレジャーハンター? なんじゃそりゃ」
「レアアイテムのためなら、どんな手段だって使うおっそろしい女なんだとさ」
「レアアイテムっつったら、素材かー?」
「それしかないわな。新米くん、だまされちゃって可哀想になー」

若いハンターたちは、ホピ酒をあおっていた。アルコールを摂取していたなら、たちの悪い笑い話とも取れなくもない。
昼から酒呑みとは、ハンター同士の間ではよく見られる光景だった。
酒も含め、件のアイルー屋台で提供されるネコ飯には、狩りに役立つ特殊な効果が得られることで知られている。
だとしても、彼らは呑みすぎではないのだろうか。顔がすでに真っ赤にできあがってしまっていた。
ユカは腕を組む。過去、数年にわたり、自分もそういった「悪い女」にだまされたことがある。
悪夢にうなされさえする古傷だ、できれば同じような被害者は出したくはない。かすかに頭痛を覚え、短く嘆息した。

(放置するには質の悪い話だ)

自然と足は屋台の傍へ向かう。空いていた席越しに、手持ちのお食事券をひらつかせ、ユカはさりげなく会話に混ざった。
言外に「ここは俺の奢りだ」と示してみせる。若者たちは研磨不足の防具を身につけていた、皆こぞって顔を輝かせる。

「その話、俺にもくわしく聞かせてくれないか」

賛同しない者は、一人としていなかった。






「――ッ、でぇい!!」
「やああーっ!」

大声を張り上げ、カシワとクリノスがほとんど同時に腕を振り上げる。二の腕は緊張で膨らみきっていた。
刹那、ザパン、と派手な大音を立て、デデ砂漠の砂地が一気に盛り上がる。
巻き起こる砂埃が空を射抜き、その「巨体」を砂中から引っ張り出した。それはさながら、砂を川に見立てた豪快な――

「「よぉしっ!」」
「ハプル、釣れたニャー!!」

――「釣り」。眼前、砂地から引きずり出されたモンスターは、仰向けになりながらじたばたその場でもがいた。
大型モンスター、ハプルボッカ。旧砂漠に生息する、砂地に潜伏する生態を持つ海竜種で「潜口竜」の名で知られている。
普段は砂の中に潜り、音を頼りに獲物を強襲する彼らだが、逆にその習性を利用し、地表におびき出すこともできた。

「『爆弾』食うとか、世も末だな」
「狩りやすいから、いいんでない」
「旦那さん、お見事ですのニャ!」

おびき寄せたハプルボッカに爆弾を「あえて食わせ」、爆発の衝撃で固まったところを釣り上げる。
ハンターらにとって、ハプルボッカの狩猟にはちょっとしたコツがあると、まことしやかに囁かれていた。
仰向けの潜口竜の腹はそこそこ柔らかく、また、普段はなかなか狙いにくい前脚も露出したままになっている。
ここぞとばかりに爪の部位破壊を目指し、クリノスが前脚に猛攻撃をしかけ始めた。
色鮮やかな腹の側面を斬りつけながら、カシワはこの巨大なモンスターの横顔をちらと見上げる。
砂に擬態しやすい硬質な甲殻、青と黄色の模様が走る、美しい腹部。上向きについた目玉に、左右に大きく開いた口。
口の中には鋭く並んだ無数の牙と、更にその奥、栄養をため込むための赤い球体器官が鎮座していた。
その大きな口を用い、この潜口竜は砂地の上を行く商隊や旅人を、幾度となく襲撃している。
ガレオスらのように砂中に引きずり込むのではなく、彼らは獲物を巨大な口で丸飲みにしてしまうのだ。

『ストレス発散に行きたい!』

カシワはふと、潜口竜狩りに行きたいと言い始めたクリノスの表情を思い出した。唐突な話ではあった。
彼女曰く、爆弾でのダウンから釣りに至るまで、ハプルボッカ戦はいいストレス解消になるという。
依頼人からすればそれどころではないのだろうが――起き上がるそぶりを見せた潜口竜から、カシワはすぐ距離を取った。
案の定、ハプルボッカは目玉のやや下、鼻孔をむき出しにして、荒い鼻息を噴き出してみせる。
怒り状態への移行……刹那、その場で頭をもたげたハプルボッカに、カシワとクリノスは素早く彼の側面へと跳んだ。

「カシワ! エラ!」
「分かってる!」

大口を開けたハプルボッカは、多量の水分と砂を同時に吐き出した。その勢いたるや、まるでビームかレーザーのごとし。
後方に回避したハンター二人は、ハプルボッカの頭部の下、赤くちらちら揺れる、おうぎ状のエラに狙いを定める。
砂をかき分け、口を開いて獲物を襲う潜口竜にとって、このエラは多量の砂を排出するための大切な部位だ。
……実際に、カシワはこのエラから噴出された砂の猛威にさらされ、押し流されそうになったことがある。

「でぇいッ!!」
「はあっ!」

刃が交差する、何度も斬りつけられたエラは、薄いヒレを無造作に切り裂かれ、鮮血を噴きながら破壊されるに至った。
一瞬のけぞるハプルボッカ。前脚に力を込め、それでも彼は抵抗しようと体を反転させる。

「もらった!」

噛みつきを避け、大口の奥に隙を見いだしたカシワが、一歩を踏み込む。揺れる球体に刃を叩きつける。
その反対側、クリノスは左前脚に乱舞を切り込んでいた。すでに亀裂の入った強固な爪は、固い音と共に粉砕される。
ぐるんと、一度、潜口竜は全身を大きくひねった。回転攻撃か、身構えた新米に対し、先輩狩人はにやりと不敵に笑う。
すでにハプルボッカの全身は傷だらけだった……決着なら、もう着いている。
沈黙しきった巨躯を前に、カシワはほっと安堵の息を吐き出し、クリノスは素早く剥ぎ取りナイフを取り出した。
盗み見た彼女の表情は、ここひと月の中では見ることのなかった、晴れ晴れとした笑みになっている――

「……で、いつ新米くんは腕が上達するんでしょーねー?」

――気球船に揺られながら、クリノスが聞こえよがしに声を上げる。ナイフを研いでいたカシワは、一瞬手を止めた。
気まずい、とはこのことだ。のろのろと彼女、次にリンクに視線を走らせ、カシワはいったん、ナイフを鞘にしまい込む。
嫌みというほど、クリノスの顔はしかめられていなかった。純粋な疑問をぶつけられたのだ、カシワは小さくうなる。

「特訓を始めて、ひと月になるからな。もうそろそろ、」
「ひと月って言うけどね、カシワ。移動するのにも時間かかるし、実質どれくらい狩れたと思ってんの」
「確か、ドスゲネポスが一頭、ドスガレオス二頭と……ハプルボッカも二頭だったな」
「ギルドカードくらい確認しなよ。何のために受付嬢さんが記録印、押してくれてると思って」

やれやれ、とでも言いたげに、クリノスは大げさに首を横に振った。

「カシワがやられそうになってー、わたしが倒したダイミョウザザミ一頭、追加でー。リンクも手伝ってくれたけどね。
 あのさー、このペースでいくといつまで経っても上位に行けないんだけど? わたしは早く上位ハンターになりたいの」

レアアイテム欲しさだろ、そう嫌みをぶつければ、当たり前でしょ、涼しい答えが返される。
とはいえクリノスの言うことも一理ある――カシワは内心、深く嘆息した。
腕を磨くために割いた、この一か月。はたして、胸を張って強くなれたと言えるのか、カシワには判断が付かなかった。
ユカの強さを思い出す。彼の腕は、正直、寒気すら覚える、化け物じみた気迫さえも感じさせられるものだった。

(まだ、アルに会いに行ってないしな)

互いにどこまでやれたのか、あるいは、やり切ることができたのか。面と向かって誉めあうのは、実に容易い話だ。
しかし、アルフォートがそれを望んでいるかどうかは分からない。自分もまだ未熟だと、そう痛感している。

「もう少し、特訓したいんだけどな」
「ちょっと。わたし、ほんとにそのうち、シワクチャのおばあちゃんになっちゃうんだけど」
「さすがにそれは大げさだろ」
「ほんとにー? 本当に、そう言い切れる? ねー、リンク」
「ニャー。うら若き旦那さんの、大ピンチですニャ」
「くう……」

新米、惨敗。勝ち誇るかのように、クリノスとリンクは互いの手を叩き合ってはしゃいでいる。
案外、長い移動の際の、暇つぶし代わりにされたのかもしれない。誰にともなく、カシワはかすかに苦笑した。
低空飛行を継続していた気球船が、ふと高度を上げていく。軽い揺さぶりに、カシワは船の外を見た。
灼熱の太陽燃える砂漠地帯を離れ、一行は緑広がるアルコリス地方を抜けようとしている。
涼しさを増した風に、クリノスは上機嫌そうに柔らかく微笑みを浮かべ、リンクはヒゲをそよそよ、風に踊らせていた。

「そうだな……一度、ベルナ村に戻るか」
「お、やっとか。アルくんにも会ってあげなよ?」
「分かってる」

……はたして、そのベルナ村でちょっとした「噂」が悪どい渦を巻いていることを、このとき、二人は知る由もなかった。
どこまでも澄み切った、気持ちいいほど快晴の空が、気球船の目前に広がっている。





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 UP:20/12/08