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ある天使の独白(楽園のおはなし2章SS) BACK / TOP / NEXT |
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(夜の月の天使) 記憶を辿り、君を想う―― 振り子時計の短針が三か十を指すと、表情を固くした少女が一人入室する。 これはほぼ日課のような状態で、気に入らない相手によく尽くせるものだと感心してしまった。 曰く、途中で止めるのは彼女の信念に反する事であるらしい。 よく分からない理屈だ。 信念が揺るぎ難い事は、この時勢に於いて素晴らしい事とは思うけど。 彼女の色の白い手には茶器がいくつかと、彼女自身が食する菓子が数種類。 部屋の外からは絶え間ない笑い声が響き、その合間に焼き菓子の香ばしい香が漂う。 彼女は線の細さに相応しいほどに小食だと思う。弟君とは真逆だ。 戦場である程度済ませているようだから、その影響もあるのかもしれない。 彼女はヒトではなかった。 そして僕もまた、ヒトの身ではない。 視界に入る木漏れ日が日に日に強さを増している。 揺れ椅子から一度立ち上がり、背後の遮光カーテンを閉めた。 一瞬、テーブルを挟んで座る彼女に訝しむような視線を投げられたように感じた。 目を向けるとあからさまに顔を逸らされるので、未だまともにこれが重なった試しがない。 もう一度椅子に腰を下ろして、淹れたての紅茶で舌を湿らせる。 茶葉の選び方、淹れ方、どれも歳月を重ねるほどに上達されていると確信出来る。 努力家と自負するだけの事はあるようだ。 この部屋は僕の為にと新しく手配されたものだった。 客室で空きがあったのを、旅の纏め役が不動産屋に強請って強引に頂戴したらしい。 正直手段はどうかと思うけど、一人で過ごす事の出来る空間と時間が欲しかったので有難い。 室内にあるのは本棚が幾つか、テーブルと筆記具が少々、書き物用の紙の束と最新版の世界地図、 壁に掛けられた星詠みの図に星空の絵画が一点ずつと、水差しの置かれたサイドテーブルが一つ。 揺れ椅子は年季の入った代物で、纏め役が吟味に吟味を重ねて購入したものだ。 彼が使いたくて購入したものの筈なのに、今では部屋の主である僕専用の品と化している。 届けられた当日、断りなしに腰を下ろした事で決定したそうだ。 彼の言う理屈は今でも分からない事ばかりだ。 彼の旅路と僕の生き様は、嘗ては一点とて交わる事がなかった。 「彼」の件がなければ、互いに関心を示す事さえなかったかもしれない。 相互理解にはまだ時間が要るだろう。 何せ、歩んできた道のりがあまりにも違い過ぎる。 普段の僕らは不干渉だ。互いの領域にはよほどの事がない限り容易に踏み込まない。 これは気付いたら出来ていた関係で、彼との間に居心地の良さを覚える尤もたる理由だと思う。 自分で言うのもなんだけど、僕は口数が少ない上に口下手だ。 相手に誤解を与えたり、酷い時にはなめて掛かられる事も少なくなかった。 今では開き直っているけど、昔は誰かとコミュニケーションを取る事が煩わしかった。 一歩引いて、極力笑顔を浮かべてなんとか凌いでいたようなものだ。 彼のヒトは、それは自分には、自分達には不要だという。 話したくなければ黙していて構わないし、面倒ならそうはっきり言うだけでいいからと。 青天の霹靂とはこの事だと、……君に話したくなったよ、我が半身。 体裁を気にしなくていいというのは気楽だ。 お陰で今は、本当に好きな事だけをして日々を過ごしている。 ……とはいえ、僕を容易に受け入れる事の出来ない者があるのもまた事実。 纏め役である彼の人物は、切れ者でありながらどこか抜けているようなイメージが付きまとう。 危機感、注意力、警戒心、観察眼、探求心。 それらが欠落しているように見えるのは、彼が日頃から自然体であるからに過ぎない。 彼自身がそれを意図して行動しているかどうかは、流石の僕も『視』ようと思わないけど。 それが原因か断言は出来ないが、彼はこの小さな集団に大変愛され、慈しまれている。 彼に害を与える者は、直後血祭りに上げられるのではないかと僕は他人事ながら心配している。 まあ何を言ったところで、方々に恨みを買っている覚えがある。 色んな事があったし、色んな事をした。 そもそも、今でこそ片鱗さえないが、出会った当初は彼のヒトとも大いに揉めたものだった。 故に、未だ彼の事を何一つ理解しようとしていない…… 現在、現段階で彼女にそう見なされていたとしても、それは仕方のない事なのかもしれない。 「そんな怖い顔をして茶を楽しむなんて、とんだ自虐だね。趣味なのかい」 「莫迦言わないで。自虐はあんたの趣味でしょう」 「そうかな? そんな自覚はなかったな。ふぅん、新しい自分の発見だ」 「寝言は寝ている時に言うものよ。ニゼルにせよ、なんなのかしら。この男連中は」 「それだと君の弟も含まれてしまうよ。一緒にするのは可哀想だ」 「……やっぱり気に入らないわ」 ――正直ね、君がいない世界なんてどうでもいいと思っていたさ。 ところがどうだい、いざ広げてみれば世界はこんなにも広く、こんなにも狭くある。 案外、長生きしてみるものだね。 まだ当分の間は退屈しなくて済みそうさ。 君は元気にしているのかな? 必要な時はいつでも君の力になる。いつでも僕らを呼んでおくれ。 |
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