取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口



ある魔獣とその友人(楽園のおはなし3章SS)


 BACK / TOP / NEXT




寂れた農村とは聞いていた。とはいえ、まさかここまでとは思わなかったが。
ブーツの紐をきつく結び直し、頭をすっぽりと頭巾で覆った。万が一に備え、口元も綿の布で隠す。
太ももに下げたベルトにナイフを忍ばせ、合図とともに宿屋の窓から虚空へ抜け出した。

(今日は月もない。良い夜だ)

隙間風をすり抜けるように暗がりを行く。建て付けの悪い戸を開き、夜目を酷使して土間へ上がった。
やや離れたところから聞こえる微かな寝息。視線の先、居間に片膝を乗せた相棒がこちらに指を立てて見せた。
奴の視線の先には家主の老夫婦が寝ている。時刻は夜中の一時、よほどの音を立てない限り目覚めまい。
息を殺し、足音を忍ばせ、気配を空気に溶け込ませるように緩やかに、しかし迅速に移動する。
目的のものと置き場所は、いとも容易く見つかった。
懐から布を取り出し、土間の片隅に置かれた布袋から生米、次いで、戸棚から香辛料と――その奥に隠してあった
へそくりと思わしき小銭を取り出し、手早く包む。同じように、居間の方では相棒が引き出しを漁っていた。
……簡単な仕事だ。
この辺の年寄りはその殆んどが小金持ちで、戦乱のご時世にあっても普段通りの生活を送る事に余念がないから
素性の知れない旅人にだって手厚い節介を焼く。食い物に困っていると言えば飯を用意し、金に苦心していると
嘆いてみせれば宿代を肩代わりしてくれた。曰く、ここらは過疎村ばかりで俺達のような若者は貴重なのだと。
よもや、その若い旅人が「盗人」であるとは夢にも思うまい。心が痛むかどうかでいえば、痛まない事もない。
だが、一度楽を覚えてしまえば後戻り出来なくなる事も身を以って知っている。

「(おい、次に行こうぜ)」

囁きに我に返れば、ぎっしりと重みのある袋を片手にした相棒の顔がすぐ傍にあった。

「(お前さ、それは流石に盗り過ぎだろ。ちょっと戻してこいよ)」
「(はあ? 馬鹿言うなって。耄碌爺と婆じゃ少しくらい減ってたって気付かねえよ)」

袋から硬貨が軽やかに弾む音がした。取り分、狙う家、侵入経路は事に及ぶ前に宿で打ち合わせしていた筈だ。
首を横に振る俺を余所に、相棒は気にし過ぎだと言う代わりに空いた手を左右に振る。
かれこれ五年の付き合いになる、言ったところで無駄だというのは口にするまでもなく分かっていた。
悪い奴ではないのだが、俺より早くにこの仕事を始めたからか、少々欲深いところがある。
渋る俺を促すように、相棒の体は裏口に向かった。やむなく丸い陰を追う。
事前に調べていた通り、裏口も表口と同じように施錠されていなかった。するりと滑るように容易に開かれる。
戸締まり用心、火の用心、とはいつの時代の言葉だったか。
その瞬間は、自分が盗賊であるのも忘れるくらいに老夫婦の今後を憂いてしまえた。持てる者の余裕だろうか。
顔を上げ、人差し指を忙しなく動かして次の目的地を指す相棒に頷き返し、俺も家屋を抜け出した。
柵の陰に隠れながら表の砂利道に出る。
さらさらに乾いた砂は日中は田畑に豊かな恵みを与える一方で、時には風に吹き上げられ村人に害をなすのだ。
そう、庭木に水をやりながら宿屋の店主がぼやいていたのをなんの気もなしに思い出す。
何故、今時分? 独白すると同時に、俺ははたとその理由に行き着いた。
眼前、乾き切った道の一点、ぽつんと小さな水溜まりがあった。闇を澱ませ、表面に満天の星を浮かべている。
昨日は勿論、村に着いて数日経つが雨が降った記憶はない。かといって道の真ん中、畑からは随分距離がある。
偶然撒き散らしたとは思えぬ妙な違和感があった。このあたりは帝国との国境にほど近く、降雨量は多くない。
……嫌に寒い夜だ。いや、そうではない。これは俺自身が俺目掛けて発信する警告、予感だった。
俺の勘はよく当たる。相棒抜きにしても、仲間内でも有名なある種の才能だ。
自警団に取り囲まれた時も、雪山で雪崩に巻き込まれそうになった時も、あらゆる場面で俺の勘は的中した。
ガキの頃から不器用だ何だとケチを付けられてきたが、これまで盗賊稼業が上手く運んでいたのだってこの勘の
お陰だといってもいい。それくらい、この唐突な「予感」は俺の背筋を一瞬にして凍らせた。
眼前、水の表面、映し出された星が僅かに方向縦に揺らいだ。波紋が浮く。
相棒の背中は、水溜まりの上、そのほぼ直線上にあった――

「おい! なんかヤバいぞ!! 止ま、」

――間に合わない。
空をつんざく悲鳴は相棒の喉から絞り出されたものだった。俺より重くがっしりした筈の体が宙を舞う。
文字通り、相棒の体は放り投げられた。闇夜に紛れて、星以外に微かにちかちか瞬くものがある。
俺は一瞬動くのを躊躇した。それが他にも張り巡らされている可能性があったからだ……

「おっし、そこかぁ!!」
「っ!」

無数の「ワイヤー」をかい潜るように、黒い陰が一つ駆けて来る。振り上げられた足を手で止める。
逆、体を捻って繰り出される掌底は首を傾け直撃を回避。止めた足を投擲するようにして相手と距離を取った。
砂を踏み鳴らす音と、砂埃。暗がりの奥からは相棒の掠れた声が呻いている、どうやら無事でいるようだ。
振り払った影が両拳を構え直すのを見た。自虐じゃないが、俺はあまり夜目が利かない。
腰のあたりを探って、携帯用に下げたランプを取って掴む。手早く火を灯す。
小ぶりだが闇市で買った貴族御用達の一級品だ、少量の油でよく燃え、長く灯を保ってくれる。

「やれやれ、しまったな。見つかったか」
「へへっ、お前の相方はあのザマだ。もう逃げらんねーぞ、覚悟しろ!」
「って、おいおい、参ったな。『子供』じゃないか」

開かれる視界を目にして、俺は愕然とした。対峙する陰は一人の子供だった。
黒いつなぎの上に、裾に青の刺繍を施した象牙色のマントを羽織っている。支給品の革手袋など簡素なものだ。
ある意味見知った出で立ちだった。鼻で嘆息する俺に対し、相手はあどけなさを残す面で怒り狂う。

「! おいっ、誰が子供だ! これでももう十六だぞ!!」
「十六って。俺より十も下じゃないか」
「うるせー! て事は……あんた二十七か。なんだよオッサンじゃねーか、オッサン!」
「オッサンって」
「言い訳すんな、年下だからって馬鹿にすんなよ!」
「ば……、いや。いやいやいやいや」

ケアレスミスかどうかは知らないが。まあ、細かい事はこの際放っておいてもいいだろう。
赤茶色の髪に若さを主張する艶のある肌、子牛のように丸い黒瞳。小柄だ、投げれば容易く飛んでいきそうな。

(十六歳か。何してたっけかな、俺は)

問題は相棒だ。畑の横、大木の丈夫そうな枝に鋼糸でぐるぐる巻きにされ、動きを封じられている。
まさか流石にここに捨てていくわけにはいくまい。俺もそこまで非情じゃない。
それに相手は確かに子供だが、恐らく『ギルド』の正式雇用者だ。
他のメンバーが合流してしまえば、相棒はおろか、俺自身だって逃げ切られる自信がない。
……世界各地に点在する、腕の立つ冒険者がありとあらゆる依頼を受注し、それらを自らの知恵と行動にて叶える
万稼業の臨時職斡旋所、『ギルド』。探し物から魔物退治、果てには暗殺と、その分野は冒険者の数だけある。
中でも、仕事の成功率が高い常連はギルドの主人に腕を認められ、そのまま直接雇用されるケースがあった。
青の刺繍をあしらった象牙色のマント。刺繍と同じ、五つ星を刻印した短剣。それが雇用者のシンボルだ。
察しはついた。
眼前の少年とも少女とも付けがたい子供は――ギルドの正式メンバー。身のこなしからして、ただ者ではない。

「君、悪い事は言わない、子供は家に帰りなさい。こんな時間にうろついては悪い狼に食べられてしまうよ」

警戒するに越した事はない。無意識に、声が震えてしまったような気がした。
それでも相手が子供、それも挑発に弱いと思わしき気質なら、まだ対処のしようがある。
徹底して挑発し、冷静さを欠かせてしまえばいい……事実、相手は顔を真っ赤にしながら頬を膨らませた。
馬鹿にすんな、地団駄とともに何度目かの非難が唾混じりに飛ぶ。

「さっきから子供、子供って! オッサンに言われたくねーよ!」
「……まいったな」

どうしたものか。いっそのこと一度体勢を整えてしまうのも手かもしれない。
相棒は気がかりだが、何、ギルドの面子が着くまで多少のタイムラグがある筈だ。村は都市から離れている。
応援が来るより先に救出し直した方が効率がいいだろう。相手は子供一人なのだから……
子供に子供と言うのは間違いじゃない、子供って言うな! その問答を繰り返し、相手の気を引き寄せながら、
俺は踵を返そうと利き足を微かに後退させた。駆け足だけなら、そこらの若造にも決して負けはしない――

「――言ったじゃありませんか。貴方は問題を軽視し過ぎる、と」

その「声」が降ったのは本当に、真実に突然の事だった。故に、俺は対応と反射とが遅れた。
視界の端で何かが煌めく。ワイヤーだと気付いた時には、もう片腕が動かなっていた。

「!?」

息を呑む。そうだ、相棒は木に括り付けられている。ならばそれを実行した者がいた筈だ。
眼前の正規雇用者はワイヤーを握ってさえいない。とすれば恐らく、この線の先にいる者こそが相棒を!
動線の先に黒い人陰が見える――『子供』だ。先の子供と同い年、或いはそれより気持ち少し上くらいの子供。
小綺麗な顔は剣呑な目を纏い、堅く結んだ口がいっそうきつい印象を与える。先の子供が感情豊かというなら、
彼については無表情、無関心といった例えが相応しかった。子供らしからぬ子供。彼もギルドの面子なのか。
獲物を固定する鋼糸は片手でのみ操作されている。じり、と足を動かすと、それは余計厳しく腕に食い込んだ。
思わず歯噛みする。緩めるつもりはないとでも言う代わりに、少年は一歩もそこから動こうとしない。

「って、レヴィ! お前、オレに任せるって言ってた癖に」
「問題がある、と判断したので出てきました。すみません」

謝りながらも少年の言葉に反省の含みはない。逃げようとすればするほど、彼の口調からは温度が消えていく。
喚く子供をおざなりにして、鋼糸を掴んだまま一歩、また一歩歩み寄ってくる姿を見つめた。
どこをどう見ても子供だ。だが、どこか底知れぬ恐ろしさを感じさせる。

「初めまして。単刀直入に伺いますが、近辺を荒らしている盗賊二人の片割れという事で間違いありませんか」
「……おいおい、一体何の証拠があって? 俺は夜の散歩に興じていただけの旅人だけど」
「やましい事がなければ拘束された時点で逃げようとしない筈です」

まずい、というのは直感だった。先の子供と異なり言動にブレがない。すっぱり言い返され一瞬二の句を迷う。
視線を巡らせると、先の子供と少年の間にまだ多少の距離があるのが見て取れた――やるなら今しかない!

「何でもお見通しか……残念、だよっ!!」
「! レヴィ、危ねぇ!!」

落胆したと見せかけてからの、ナイフ投擲。僅かに固まった少年の前に件の子供が立ち塞がった。
正直、予想外だった。俺のナイフ投げの腕前は相棒より遙かに上と評判で、まず避けられた事がない。
流石にギルドに雇われただけの事はある。腕を押さえてうずくまる子供、そして、動揺したか、緩まる鋼糸。
チャンスだ、おもむろにワイヤーを掴み手早く解く。そのまま踵を返し、逃げようと駆け出したところで、

「……『時間加速二連』(ヘイスト ダブル)、『命中率上昇』(エイムズ)」

「眼前に少年が降ってきた」。文字通り、俺目掛けて降ってきた。
このタイミングで、あの距離からここまで跳躍したのだと知れたのは殆んど奇跡に近しい。
もうその手に鋼糸は掴まれていない。代わりと言うように、両手に嫌にぎらぎら光る得物が握られていた。

(なっ、な、鉈と剣だあ!?)
「うおおっ!!」

寸でで回避。髪の毛が散る。早い、まるで肉食獣か狩人だ。呼吸する暇もないうちに追撃がくる。
これも回避、回避、また回避。だが間合いは狭まるばかりで、俺の息はすぐに上がった。
足がもつれ、背後の柵に背を強かに打ち付ける。
近寄る子供。彼の鉈と片手剣は表面に青白い光を宿していた。どう見てもギルドが配布する安物などではない。

(……さっきの子供が正規雇用の筈だ、こっちの小僧は大した事ない筈なんだ、見ろ、マントも羽織ってない)

嫌な汗がとめどなく落ちる。眼前に奴が立つ。
俺はとんだ見当違いをしたのではないか。ただ者ではないのは、むしろ、もしや。

「盗品、並びに金銭であれば、全て返却した上で罪科を償う事も或いは可能かもしれませんが、」

黒瞳の双眸が細く歪んだ。

「何故でしょうか、異様に腹が立ちました」

振り下ろされた二種の凶刃。冷ややかな視線。俺は、自分が何か叫んだような気がした。
だがそれも今となっては……まるで記憶の隅に留めちゃいない。

「――っレヴィ!!」

俺は、生き長らえたからだ。怒声と裏拳で奴を止めに入ったのは、ギルド雇用者の……女だったとは思わなんだ。
叱声に小僧は腕をびくりと一度痙攣させ、刃の軌道が反らされる。銀光は地面を抉るだけに留まった。
俺は腰を抜かしてそのままずるずるその場に座り込み、駆け寄ってきた子供に縄で拘束、柵に縛り付けられる。
嘆息が漏れた。
夜更け。無意識に振り回して手放したらしいランプが、闇に沈む視界を煌々と照らしている。




「……お前なあ、あんなんで斬り掛かりに行くなよなあ。成功報酬は生け捕りだろー?」
「すみません。なにぶん修行不足の身で」
「言い訳すんなよ。……っま、いーけどさ。ちゃんと二人揃って捕まえられたし、思ったより早く帰れそうだし」
「そうですね」
「じっちゃんばっちゃんを食い物にするなんて、とんでもねえ野郎だな。全く」
「カッさん」
「だからオレは『カサブランカ』だって! ギルドのおやじ共の真似すんなよ……で、なんだよ」
「怪我の具合は問題ないですか」
「お、おう……全然平気。治療キット持ってるしっ。お前みてーなペーペーに期待なんてしてねーしな!?」
「……」
「……なんか言えよ」
「いえ、少し考え事をしていたものですから。ご無事で何よりです」
「考え事、ねえ……まあいーけど。あーあ、早く応援来ねえかなあー。腹減ったよ」
「(アスターさんは……まだ寝ているだろうか。話したい事がたくさんあるのに)」
「ん? なんか言った?」
「いえ、問題ありません」



(支配領域(territory)を拡大した『次代の生け贄』の遠い何時かの話)




 BACK / TOP / NEXT
 UP:14/06/12