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ある魔獣について(楽園のおはなし3章SS)


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「擬態と人型変化ってのは、厳密には違うもんなんだろうよ」
「別? どう違うの?」

本棚にぎっちりと古書が並ぶ石造りの室内は冷え切っていた。揺らめくランプの灯だけが赤々と燃えている。
身動ぎすると寝具に広げてあった毛布を放り投げられた。くるまれという事らしい、素直に従う。
厚手の生地からはツクバネウツギの匂いがした。

「あのクソ生意気なグリフォンや頑固なユニコーン共とは人型をとる仕組みがまるで違うって事だよ。
 文字通り『擬態』なんだ。鱗による防御力に殺傷性、嗅覚、俊敏性。ヒトのそれと比べ物にならねえだろ」
「擬態」
「ああ、だから力加減も摂食方法も滅茶苦茶なんだ。ヒトの恰好をしているが、中身は化け物のままってな」

思い出してみる。
黒髪は半年ほど経過した今でも全く伸びる様子がないし、顔つきや背丈も同様。
情緒面は判断しにくいが、彼が関心を寄せる少女への態度から読むに、徐々に成長の兆しが見える。
……ような気がした。少なくとも眼前の男が天の邪鬼な皮肉屋である事は、長い付き合いから熟知している。
少女と彼の微妙なラインの付き合い方が気に入らないのだろう。気持ちは分からないでもないのだが。

「あのさ、ノクト」
「あんだよ」
「大人気ない、って言われない?」

たっぷり心の中で十秒数えてからの発言だった。返されたのは不快感を露わにした表情と無言の威圧。
はいはいノクトは愛娘を取られちゃいそうで妬いてるんだよねー、と嫌みを混ぜてやれば。
用が済んだらとっとと出てけ、とは彼の性格からして大分甘い反応だと思えた。

――少女が屋敷の東に位置する塔での生活を重要視するようになって数年。
ノクトと称される天使がそこに住み着くようになったのは、塔を含む屋敷の所持者の計らいだ。
口では嫌々言いながら、ノクトは司書としてよく働いていると思う。聞けば昔から知識欲旺盛だったらしい。
ストレス溜めてますって全開の顔でねぇ、とまでは言わないでおいた。

「散歩ですか」
「ああ、レヴィ」

パーティの中で、ヒト、もしくは天使ではない神獣や騎獣といったカテゴリに属する生命。
黒髪黒瞳の少年を装う、災禍を運ぶとされる獰猛な魔獣・リヴァイアタン。
身体を覆うボディスーツに、神官服を模して作られた紺、黒、白三色合わせの生地で織られた法衣。
両腕は肘から下が布地の合わせ方の工夫で露出しきっており、寒々しい空の下でも手袋一つはめていない。
思わず寒くないのかと聞いても、あどけなさを色濃く残す無表情さは崩れなかった。

「生まれは極寒の海域ですから、問題ありません。それより暑い方が不得手かもしれません」
「そっか、レヴィは輪の国の海域出身なんだっけ。暑い地方も楽しいよ」
「ニゼルさんが本気で選んだ水着を纏えば、ウリエルさんも楽しまれるのでは」
「……」

いつ頃からか、からかいや皮肉、嫌みや微笑み、困惑などの顔を事ある毎に見せるようになった。
ぎこちなくはあるけれど、まだ上手くいかないけれど、精一杯努力し皆を慕えるように懸命にやっている。
擬態でも化け物でもいいじゃないか。
彼は知恵があり、理性があり、協調性や向学心、向上心に感情だって持ち合わせている。
それはいつか混乱を生むだろう。困惑や混迷、怒り、悲しみ、怠惰や傲慢さなども描くかもしれない。
それでもなお、見守っていきたいと願った。少しでも理解したいと、そう思えた。

(はじめは絶滅危惧種を見たいっていう興味本位からだったとしても)
「……ニゼルさん?」
「ん? ああ、ううん。なんでもないよ」

嘗て銀光は「知恵」の象徴とされた。世界のあらゆる知識を網羅した、神々の至宝のうち一つのシンボル。
彼が保有する数多の刃。片手剣、サーベルに曲刀、包丁、鉈に鋸、短刀にワイヤーブレード。
それらもまた銀光を纏っている。そう、迷いを払うかの如く磨かれ煌めきを放つ。
違っていてもいい。完全に理解し合えなくとも構わない。大切なのは、

「そろそろおやつの時間だなーって……ああ、ほらね」
「ニジママ様ぁー! レーヴィー! おやつの時間でーすのぅ〜!!」
「分かりました、すぐ行きます」
「今日のおやつなんだろねー? アンは何でも作るからなあ」

分からない事だらけであるのは、彼から見たとしてもお互い様だ。ならば歩み寄るしかないではないか。
焦らなくてもいい。
苦心する道ではあるけれど、それが拓けた際には固い紐の結び目が解けた時のような喜びを共有出来る。
仲良くしたいから共にある。支えていきたいから供にある。それだけでいいような気がした。
屋敷の主人が彼を連れてきたとき、彼はとても寂しげな瞳をしていたから……

「ニゼルさん、冷めるとアスターさんに泣かれます」
「……ふふ、それもそうだね」

虹色の光を伴う漆黒の瞳。不思議な色だと驚き、次の瞬間には感動していた。
まだまだ勉強しなきゃいけない事がある、そう思うと、身体の奥から力が漲ってくるような気がした。

知的好奇心だけでいうなら、自分も「喰天使」などに負けてはいない。
一陣の風が、庭の芝生を駆け抜けた。




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 UP:14/01/05