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ある願い(楽園のおはなし3章SS) BACK / TOP / NEXT |
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(祈りは斯くも語りき) 暖炉に灯が灯されている。寄り添いあう二つの陰、仲睦まじい微笑み。 テーブルの上に焼き菓子、香草花、幾つかの香水瓶、黄金色のランプ。 「おや。今日は冷えるのだそうだから、早くおやすみ」 「眠れないの? じゃあ、よく眠れるお茶淹れてあげるね」 優しい声色、どこか懐かしい光景、暖かな光。片時も離れずに在りたいと想う願い。 夜と闇の瞳、尖晶石の瞳。 暗闇にまどろむ寝室。天蓋つきの白い大きな夜具に、傍らに活けられた蒼い花。 呼吸を合わせるように重なる肢体。長髪は交わり、二人の境界線を曖昧にする。 「む、いま何時だ、もう朝になってしまったのか……まだ、ねむ……」 「ああ、今し方床に入ったばかりなだけさ。気にしなくてもいいと思うよ」 虚空に薔薇の芳香がほどけている。水晶の澄んだ花瓶。 闇と夜の瞳、射干玉の瞳。 古びた塔、暗がりの階段、上りきる先にある屋根裏じみた小部屋。 壁に寄りかかる幾つもの書棚、古書、学術書、紙とインクの匂い。 「なんだ、夜の見回りならさっきあの小僧が済ませたぞ。眠れねぇのか。なんなら泊まっていくか」 不機嫌そうな面立ちに見え隠れする親しみ。白金の髪の、骨ばった手の男。 机上の林檎、真っ黒い熟れた石榴。宵闇と同じ色の瞳。 遠方より来たる客。芝生の彼方、屋敷の屋根、或いは柱と木の間に下げた寝床。 ゆらゆら編み模様、投げ出す片足、不安定ハンモック。腰に居座る黄金の喇叭。 「や、今日も良い月夜だね。一曲聴いていくかい?」 夕焼け色の髪、飴色に輝く音、古より寵愛を受ける祝福された楽士。 黒塗りの瞳。 裏手口、明日の食卓の支度に追われる者。しなやかな手、水滴一つ。 青物、葉物、干し肉ひとつ。吐く息の白、翼は葡萄の色彩を帯びて。 「……ふふ、夜更かしさんですね。レヴィくんがまた心配しますよ。勿論、わたしも皆さんも」 肩に掛けられる織物、羊毛、夜に紛れる慈悲と親愛の笑み。 熟れいく葡萄と似た瞳。 ある寝室。殺風景な部屋、姿見、夜更けを映す鏡。溢れる書物、刃、凶器、兇刃、刃物、また刃。 床上で出番を待ち焦がれる幾つもの魔法陣。壁際の鎖、未使用遺骸布。立て掛けられた世界地図。 「女性の体細胞組織復元、生成時間は深夜帯だそうです。もう休んで下さい」 オワリ、オワラレを待つ魔獣。海の王。交わした約束の言の葉。 翳りのない黒壇の瞳。 (ほんとうに大切なものとは) 「これ、ぴかぴか光る黄金のリンゴのおはなしと一緒ですの」 「は? 何が? あれは契約の女神のものであって、高名な僕らには――」 「――兄さん」 「そう。樹を護る大蛇、三つの守手、周囲に在る天使。まるで同じだとわたしも思うわ」 「そんなまさか! だってあれは、」 「『楽園』。個々により異なる形のものであるとしても、今の此処と嘗ての地の、一体どこに大きな差が?」 「……ありませんのぅ。アスターは幸せ者ですの。此処以外に楽園と呼べる地を知らないですの」 「けれど『果実』が求める限り、」 「世界は果てしなく君たちを誘う」 「わたし達はラグエルの代理人だから。未だ見ぬもの、知らぬ場所、生けるヒトを、求めて止まない」 「だから今も皆さんと一緒に居ますの。何時でも一緒に出掛けられるように。歌えるように、眠れるように。 美味しいものを分け合って、可愛いもの綺麗なものを愛で、おはなしして、泣いたり笑ったり怒ったり…… いつか別離が訪れるとしても、決して、過ごした日々や思い出が、無様でも悪足掻きでもないと言えるよう」 いつか。 いつか離れ離れになり、願いを叶える事が出来なくなっても。 そうして、少しずつゆっくりと、月が満ち欠けするように、幾つもの思い出を忘れてしまっても。 「生まれたこと、産まれたことに……後悔なんてしませんの。約束、しましたのぅ」 それでも今ここに在るものが全て。 わたしを形作るあらゆる過去が、今を繋ぎ、未来を紡いでゆく。 (わたしのことをどうか忘れないで。それだけが数少ないわたしの望み) |
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