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ある希望の星(楽園のおはなし3章SS)


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(神の匣)


その暗がりから連れ出されたとき、すぐに自身が殺害されるだろうとの覚悟は出来ていた。


生まれたばかりの頃、外側の世界で見知らぬ大人がわたしを見て声を潜ませているのを目の当たりにした。
曰く、彼等はわたしの作り手であり、創造主であり、プランナーであり、そして使役する側にあるのだと。
幾つもの生命の欠片、色とりどりの羽根、数多の知恵と魔法の破片、要の原材料を重ねて、わたしは造られた。
ヒトの形を模した、天上の叡智を注いで形成されたこの世に一つとない特別な「匣」。
生誕を知った神々の間に多々議論の場を齎した少女型偽造生命体。
それがわたし。

生まれてきた事に意義を見出す以前に、疑問を抱く必要もなかった。
彼等が様々な思惑と何柱かの神の命令でわたしを創造するに至った事は明らかだったし、リスクより利益が遥かに
上回るというのであるなら、不利益を計上するより先に挑んでみるのも、知恵持つ生き物としては自然な流れ。
如何なる目的で、どのような切っ掛けで、最終的に目指したものが何であれ。
産まれてきた事に変わりはないし、彼等が確かな実績と経験値を手にした事実もまた同じ。
わたしという存在が世界に何かしらの影響を及ぼし始めたのは確実で、だからこそ後悔する謂われはなかった。

日々、硝子越しに告げられるのは悪意と虚栄。
製造過程には数多の尊い犠牲が払われ、複数の贄が用意されたと彼等は言った。
そうしてわたしが完成した暁には、彼等の業績は誉れあるものとして神々に献上されるという。
早く生まれて欲しいと親に願われたのは、ヒトの赤子等と同じ。貢献しろと言われたのは出自の差。
ヒトの赤子よりも幾分か発達させられた肉体。羊水代わりとなったのは、原材料を纏めて入れた赤黒い培養基。
透明度の高い狭い視界。後ろ暗い囁き、すぐ近くから聞こえる天使たちの苦鳴。
けど、それでも払われた命の価値を、わたしは知らない。



(――ごめんね……『アスター』)
(愛しているわ)
(愛しているわ)
(貴女の事が大好きよ)
(天に誓って今でもそう言えるわ)
(貴女の存在は誰にとっても大いなる祝福になる)
(わたしと愛しいひととの間に生まれてくる筈だった宝物なんだから)



悪意と虚栄の合間にそう囁きかける女がいる。色の白いひとだった。
長い空色の髪が深く俯いた顔を覆って、いつでもその表情は見られなかったけど。
透明なケースの表層越しに指を当て、額をぴたりと押しつけて、彼女は何を祈っていたのだろう。
彼女の呟きは懺悔にも似ていた。
彼女がそうしてわたしの前に立つのは、他の研究員がいない時間。わたしと二人きりの時だけであったから。

(愛しているわ)

……呪詛のようにも思えた。実際、この生は呪われている。
愛しているというなら、何故あなたもまた研究員の服を着ているの。
何故わたしをここから、この全身を切り刻むような痛みから救い出してくれないの。
来る日も来る日も繰り返される悪意と虚栄の中では、彼女の言葉さえ掻き消されていくような気がした。
確かにそこにあった筈なのに。確かにそう聞こえていた筈なのに。受け止めていた筈なのに。
彼女という存在があった事さえ、わたしの中では一時の夢幻に変貌しつつあった。
そう、彼女も悪意溢れる偽善ではないか。彼等と同じなのではないかと。
あの頃、知らず、確かな喜びを噛み締めていた筈なのに。

……ケースが破壊されたのは、いよいよわたしが完成した日の事だった。
待望の誕生。赤い星が西空に輝く、殊更静かな夜だった。雪が降っていると誰かが言った。
濡れそぼった身体を拭かれ、禊ぎとして伸びた髪を切られ、白い布を纏わされ、わたしは初めて床に降り立つ。
ひやりと冷たい、確かな感覚がそこにはあった。目を開いて、研究室内が酷く暗い事に気が付いた。
誰かが何か喋らせろ、と言った。まだ早い、誰かがそう声を荒げた。舌打ちが混ざり、室内の沈黙を突き破る。
取り出したはいいものの、わたしの今後について打ち合わせしていなかったらしい彼等は、すぐ口論を始めた。
なんて哀れな、わたしは父譲りの夜色の瞳に彼等の顔一つ一つを焼き付ける。
実績も経験値も褒美の品も、等しく一様に取り分けてしまえば済む話なのに。
天使でありながらそんな事で揉めるだなんて――こんな時、どう反応するのがベストかわたしは知らない。
放置されたままその場に立ち尽くしていると、ふと、誰かがわたしの手を取った。

『こうしましょう』

「彼女」だった。誰かが彼女をラグエルと呼び、別の誰かはそれに様付けする。聞いた覚えのない名前。
手を取られたままわたしは俯く。相手の顔を見たくない時、返されるであろう言葉に恐怖、期待していない時。
そうするべきだと彼女の行動で学んだ。頭上で彼女がぽつりと「そう、偉いね」、そう呟いたような気がした。
顔を上げる事は憚られた。彼女が彼等に与えた案は、空恐ろしいほど途方もない時間を要する開発実験の続き。
改造、改悪といっても過言ではなかった。わたしはまた身体を好き勝手されるのかと、内心うんざりしていた。
彼女の手がわたしの手を強く握る。彼等に笑顔を向けたまま、彼女はわたしの傍から離れようとしない。
気持ち悪い。そう思った。
理由など今でもよく分からない。けど、その時わたしの中に沸いたのは、確かに悪意そのものだった。
彼女の正体をわたしは知らない。そして同時に、彼女もまたわたしの本心など知りようがない。おあいこだ。



希望の花
寄り添う者
白い焔の王冠
黒い剣の王国
白銀の果樹


失意の花



そして「わたし」は改めてこの世に生を受けた。彼女が考えていたらしい名前、「Aster」の銘を付けられた。
ひらひら踊る柔らかなレース、真っ白な刺繍、リボンにコサージュ、膝より下を露出させたショートレングス。
ばかみたいに可愛いドレスを纏い、高らかな声に無邪気と天真爛漫を加え、誰から見ても幸福そうな顔をして。
そうして幸せそうにしていればあなたは満足なんでしょう?
誰にでも愛される娘であれば不幸にならずに済むでしょう?
あなたの愛した者の近くで暮らしておけばいいんでしょう?
元より最後には、最期には、神々の元へ捧げられてしまう為に造られた命だもの。
そうやってあなたの望み通りに「愛されて」さえいれば、その時その瞬間まで、わたしは自由でいられるの……




「……アスターさん」
「! レヴィ……?」

深夜、真っ暗闇。
自室で眠っていた筈なのに、最近――といっても百年単位――屋敷に住むようになった少年の声で目が覚めた。
肩に彼の手が触れている。揺り起こされたのだと気が付いて、ぼんやりしている頭を左右に振った。
不意に彼の左手が伸びてくる。遠慮がちながらに顔に触れた指先は、わたしの頬をそっとなぞるに留まった。

「なに……こんな夜に、どうしたんですの」
「いえ、うなされていたようだったので」

うなされていた。反芻して、彼がわたしの涙を拭った事実に眉を潜めた。
彼は固い表情筋を一瞬歪め、ばつの悪そうな顔のまま、それだけです、と踵を返した。
その背中が何か言いたげで、微かに「アスター」特有の悪戯心に火を点けた。世界最強の生物リヴァイアタン。
何故、彼は普段、こんなにも間抜けでいられるのだろう。

「レヴィのおませさん。夜中にレディの寝室に入るなんて、ヘラママさまが知ったらきっと怒っちゃいますの」
「!?」

案の定固まり、次の瞬間には複雑そうな顔でこちらを振り向く。
予想通りの返しに思わず噴き出しそうになるのを堪えて、わたしは「アスター」のままにこりと笑った。

「ニジママさまにもお話ししちゃいますのぅ。アスター、最近どうにもお口が軽いんですの」
「それは……その、アスターさん」
「? なんですの? 何かヤマシイ事でもありますの?」
「いえ、問題ありません。いえ、そうではなくて」

なんて面白い――悪い夢を見た後は、この屋敷に暮らすある天使に倣って誰かに八つ当たりするのが一番楽だ。
「アスター」と特に懇意にしているのはこの少年なので、自然と損な役回りは彼に向かってしまっている。
少し同情する。ましてや、彼は「わたし」と「アスター」がある意味別物であるのを知らない筈だ。

「……ふふっ、うーそ。冗談ですの」
「! そう、ですか」
「はいですの。レヴィはアスターに何か用事があったんじゃないですの?」
「ああ……用事というほど大した事ではありません」

相手をたてるのも、レディの務め。言われるがままにカーテンを開けて、レヴィの指差す先を見た。
天の川を挟んで、三つの星が燦然と天空に輝いている。開け放った窓から吹き込む風が心地いい。
思わず目を細めていると、寝具にきしり、と微かな重みが加わった。首だけ巡らせる。

「――彦星と織り姫ですよ」

レヴィの顔が、すぐ真横にあった。

「ひこぼし? おり、ひめ? ……なんですの?」
「輪の国では、今晩は七夕という星祭りの日だそうです。あの向かい合う星がそうですよ」

レヴィは北方の島国、輪の国に暮らしていた事があり、それ故に輪の国の文化に心酔しているきらいがあった。
彦星と織り姫。七夕の時にのみ会う事が許される恋人、その伝説。
ロマンチックといえばそれまでだが、特にわたしには縁のない、心に響かないおはなしだった。
対するレヴィは微動だにしない。星空を見上げて、何を考えているのか、無言、無表情のままでいる。
意外とロマンチストですの? そう呟きかけて、喉元にこみ上げたそれを嚥下した。
彼から、無条件で特別な感情を向けられているという自覚はあった。アスターなら喜んで享受する純真な想い。
けど、わたしはそれを認める事が出来ない。理由は知らない、単にアスターとして応える事が面倒だからか。
互いに暫く無言でいた。ふと、それぞれのタイミングで顔を見つめ合う。
そう高くない身長、整った顔立ち、黒髪、黒瞳。これは人型変化の方だ、瞳に虹膜が張られていない。
部屋に暗闇が降った。月が雲に一瞬隠されたからだと容易に知れた。「何か」される――無意識に目を閉じる。
唇に、何かが触れたような感覚があった。

「お休みのところ、邪魔をしてすみませんでした。冷やすと事です、もう休んで下さい」

微かに骨ばっている。指だ。目を開いて、小さく頷いた。視界が再び月明かりに満ちる。
無愛想、朴念仁。口を横一文字に結び直して、レヴィの足が入り口に向かう。扉が閉ざされる。
思い切り嘆息一つ。大の字で寝具に足を投げた。象牙色の天井は、月明かりですっかり明るく輝いている。

(何がしたかったんですの? レヴィ)

考えてもどうしようもない。わたしには「愛し」「愛される」概念が分からない。
それは嘗て在りし日に打ち捨て、振り払われたものであるからだ。それを嘆いた記憶もない。
いつも通りに手足を丸め、防御の姿勢を取る。うなされていた、とレヴィは言った。当時何の夢を見ていたか。
そんなもの……首を振る。もう一度だけ、窓を閉める動作の合間に空を見た。
彦星も織り姫も、今頃互いに愛し愛され、求め合っているのだろうか。考えるだけ非現実的で野暮な話だ。
寝具に丸まる。ローズマリーの芳香が満たされたシーツに顔を押しつける。
星は綺麗だから好きだ。花も好き、香草、音楽、鉱石の結晶、月の満ち欠け、どれもがわたしを裏切らない。
それらをこうして見つめ、見上げているだけでいい。
せめて、せめて独りきりの時くらいは、そうしていてもいい筈だから。




いにしえの時代、神々が創りし世界。その世界そのものを梱包し得る、神々の為に編み出されし「神の匣」。
それこそ、この世界そのものをまるごと収める事が出来たなら。
きっと、誰か一人、何か一つ、をなんて、そんなナンセンスな悩みを持たずにいられたかもしれないのに。
そうでしょう? ママ……




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 UP:15/07/07