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ある希望の星(楽園のおはなし3章SS)


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(遠い未来の断片)


「ニジママさま。御本を読んでくださいですの」

振り返ると四、五歳ほどの少女の姿があった。
たっぷりのフリルをあしらったワンピースが小さな体に重く見える。
最も、この格好は本人のお気に入りであるらしいので、横から口出しするのは野暮に思えた。

「え、オレ? 真珠じゃなくて?」
「はいですの」

彼女は仲間の全てを母、ないし父と呼んだ。実父と実母を目の前にしてもそうである。
理由を問うても、くすぐったそうに笑うだけでそれを明かす事はなかった。実父によく似たと思う。
季節は夏。夕刻も迫り、豪奢な洋館に似つかわしくない板張りの縁側に西日が射していた。
夏の終わりとはいえ、まだこの時間帯は暑さを感じる。
――は顎を伝う汗を真っ青な織物で拭った。

「かあさまは忙しそうでしたの。洗濯物をとうさまがふざけて落としたからって」
「ああ……またかぁ。それで、オレ?」
「一番暇しているだろうから、って言ってましたの」
「ええ〜……さっきまでアンと明日の段取りどうするかって相談してたのに」
「シアお母さまと、ですの?」
「うん。皆で川遊びに行こう、って約束だっただろ?」
「はいですの。とても楽しみですの」
「真珠さ、弁当の中身でまだ悩んでたみたいだから。アンがサンドイッチ、オレがおむすび作ろうかーって」
「えぇと。かあさまはいろいろと余裕がないのですの」
「それ、本人に言っちゃ駄目だよ」

背中合わせに座る少女の体温は微かに高い。渡された絵本はいわゆる猟奇もので、彼女の趣味を疑った。
こういった嗜好は彼女の両親はおろか、祖父母や曾祖父母にもなかった筈だ。
彼女の将来が、なんとなく不安になる。

「えぇと。はやく読んでくださいですの。藍夜パパさまが帰って来ちゃうですの」
「なんでそんなに急ぐの? 別に藍夜は怒ったり、」
「ニジママさまが藍夜パパさまに夢中だから、帰って来たら今日はもう御本を読んで貰えなくなるですの」

フロルは肩を落として、それから竦め直した。
確かに彼の帰宅は何より嬉しくもある。彼女をないがしろにした覚えはなかったが。
出自が特殊だった。忌み子と呼ぶ声もある。幼いながら、彼女も思うところがあるのかもしれない。
酷な話だ……フロルは内心、独りごちた。

「分かったよ。もっと隣、近くにおいで。……アスター」
「! はいですのぅ!」

彼の帰宅と、夕飯の時間まであと少し。
フロルは本へ視線を落とした。



……


「線と線を繋いでいくと、そのうち平面になるですの」
「うん」
「そこから四本縦に足して、端からまた線を伸ばして引くですの」
「そうだね」
「それで、それで、えぇと。全部の線がキレイキレイに繋がったら、立方体の出来上がりですの」
「ホントに綺麗な四角だね。全部計算してやってる?」
「えぇと、なんとなくでやってますの」
「やり方、誰かに聞いた?」
「いいえですの。とうさまもかあさまにも教わってないですの」
「そっか」
「はいですの!」
「偉いね」
「わぁい、ニジママさまに褒められたですの! 嬉しいですのぅ」

はしゃぐアスターを横目に、フロルは眼前の「箱」を見ていた。
「夜」の話の通り、それはあまりにも完全なる形で存在している。結界の応用にして究極体。
何者をも封じる事を可能とした箱。
アスターはこれを魔法ではなく、玩具箱作りと呼んでいた……本当にそんな程度で済まされる代物だろうか。
フロルは微かに眉根を寄せる。

 ……君のこういう時の勘は当たるからね……

親友にしてかけがえのない「彼」の言葉が脳裏をよぎった。嫌な予感は止まずにいた。
風が強まってきた。遠くで、夕立を告げる雷鳴が響いている。




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 UP:13/08/13-13/08/18