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楽園のおはなし (2-13) BACK / TOP / NEXT |
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「あの、藍夜さん」 月のない、よく晴れた日の事だった。自室の扉を遠慮がちにノックされ、オフィキリナス店主、鳥羽藍夜は静かに顔を上げる。 寝具に上がったはいいものの、その日はなかなか寝付けず、足を布団に入れたまま手持ち無沙汰に小説を読んでいるところだった。 「起きているとも。入りたまえ、アンブロシア」 「はい……お邪魔します」 同居している状態でありながら「お邪魔」も何もないと思うが、他人に気を遣いすぎるのは性分なのだろうと、藍夜は一人頷く。 オフィキリナス店員、兼、家事手伝いの天使アンブロシア。見知った青紫の瞳は、やはり遠慮がちに藍夜を見つめた。 「それで、何かあったのかい。こんな時間まで起きているというのは、女性である点からして感心しないというものだよ」 「そうは言いますけど、藍夜さん。今が何時か、あなたこそ分かっていらっしゃるんですか」 「……そんなに遅い時間だったかな」 藍夜は横の棚に置いた真鍮製の懐中時計を手に取り、時刻を確認する。短針は五を指していて、意外にも夜明けが近い事を知らせていた。 予想以上に眠れずにいたらしい。嘆息して、諦めたように藍夜は寝具から降りる。お茶でも飲むかい、短い問いかけに天使は小さく頷いた。 「それで、いや、君が朝早いのは知った上で聞くわけだがね。こんな早くに何用だい」 「あ、はい。藍夜さんにお客様がいらしてます、急ぎだそうですけど」 「客? ……随分と常識を知らない客のようだね」 眠気覚ましも兼ね、ペパーミントを多めに足した香草茶を一口啜ってから、藍夜は応接間に待たせてあるという客に会うべく部屋を出る。 冬が近い事もあり、廊下はかなり冷えていた。暖房代わりのロードの管理はアンブロシアに任せてあるが、流石に家中には設置していない。 寒いのは苦手だ――眉間に深い皺を刻み、藍夜は一度とって返して自室に戻ると、入口付近に掛けた羽織物を羽織って足早に応接間に急ぐ。 この織り物は、親友ニゼルの手製だった。アルジル羊毛に着色をせず、丁寧に織られた布地は夜明け前の空に似た薄紫色をしている。 暖かい上に軽く、王都に羊達が引き上げられた点から見ても、現存するアルジル製品の中ではかなり貴重な一品だった。 「失礼、待たせてしまったようだね」 扉を開けてすぐ、藍夜はやはり眉間に力を込める。商品の欠けた応接間には、見慣れない顔の男が一人、藍夜の到着を待っていた。 人間ではない、気配と佇まいからして明らかだ。振り向いた双眸には、深海を思わせる藍色の瞳が埋められている。 細めた両目が、値踏みするようにオフィキリナス店主を見た。一瞬体を強張らせ、警戒心を剥き出しに、藍夜は長身の男を見上げる。 「それで、何用かな。君は訪問先への配慮というものに欠けているという自覚はあるのだろうね」 「なるほど、お前が鳥羽藍夜か。聞いていた以上に背が低いな」 こめかみに筋が浮くのを、藍夜は自覚した。じろりと睨み上げるも、男は涼しい顔で店主を見下ろしている。 何を考えているのか、今ひとつ掴みどころがない。一つ咳払いをして、藍夜は男に着席するよう促した。 「聞いていた、と言ったね。僕の知人経由での訪問かい。生憎、今は商品が不足していてね、とても商売が出来る状態ではないのだよ」 「気にするな、元よりロードになど興味はない」 「……随分と上から物を言うものだね」 「目線がそうだから、かもしれんな。俺も暇ではないんだ、用件に移ろう」 藍夜は怒鳴りそうになるのをぐっと堪える。男はおもむろにマントの中に手を突き入れ、隠し収納に潜ませていた封筒を取り出した。 安価な羊皮紙と乾燥させた蔓で封を施した、簡素な手紙。その包み方と表面の筆跡に、藍夜は見覚えがある。ますます眉間に力が籠もった。 「ニゼル=アルジルからの手紙だ。出来るだけ早くに目を通して欲しい、とな」 「……ニゼルが、かい。本当に、本人からの依頼なのだろうね」 「俺は嘘は好かん。そもそも、俺がここに来たのもニゼル=アルジルの我が儘が原因だ。友情の修復くらい、自分達で何とかしてくれ」 今度こそ藍夜が激高……せずに済んだのは、背後に聞き慣れた足音が立てられたからだ。言わずもがな、アンブロシアである。 お茶が入りましたよ、呑気に微笑み、天使の娘はてきぱきと二人にハーブティーを手渡した。その後、彼女自身もしっかり着席している。 「アンブロシア……ノクトの折もそうだったがね、僕が歓迎しない邪魔者までもてなす必要は、」 「またそんな事。ニゼルさんに呆れられますよ? それに、わたしは手紙の中身の方が気になります。ニゼルさんからなんですよね?」 「君ね、日に日にニゼルに性格が似ていってはいないかい」 「ええと、そうでしょうか。あまり、自分では考えた事はありませんでしたけど」 「似てきているとも。僕に対する敬意というものが、」 「じゃあ、きっとわたしもニゼルさんに似てうんと我が儘になってしまったんですね。藍夜さん、手紙。読んでみて貰えませんか」 不意に、茶を啜っていた男が噴き出したのが聞こえた。藍夜はぎろりと男を睨むが、彼は咳き込みながら目を逸らし、窓の外を眺め始める。 後で覚えていたまえ、口内でぶちぶちと文句を垂れながら、藍夜はニゼルから宛てられたという手紙を慣れた手つきで開封した。 嗅ぎ慣れた紙とインクの匂いが漂う。目を閉じ、今は遠方で旅を続けているという友人に想いを馳せながら、藍夜は文面に視線を落とした。 「藍夜さん、ニゼルさんはなんて……」 「待ちたまえよ、アンブロシア。今、読み始めたばかりじゃないか」 「すみません、ニゼルさんからのお手紙はいつもわたし経由でしたから。なんて書いてあるのか、気になって」 「僕の方がニゼルとのつきあいは長い筈なんだがね。どれ、」 手紙を読み進めるうち、オフィキリナス店主の顔は険しいものになっていく。アンブロシアは困惑気味に眉根を寄せ、白髪の男を見た。 中身までは関与していない、男はそう言いたげに首を左右に振る。アンブロシアが視線を藍夜に戻した時、彼女は目を瞬かせる事になった。 「……舐められたものだね、僕も」 「あの、藍夜さん?」 「アンブロシア。そこのそいつは、ニゼルの騎獣であるそうだよ」 「え? 騎獣? ですか」 天使の娘は、白髪の男を再度見つめる。男は小さく頷いただけで、決して多くを語らない。 懲りずに、困惑した目線が藍夜に向けられる。オフィキリナス店主は、いつものように肩を竦めて短く嘆息した。 「僕が休養している間に、色々と厄介事に首を突っ込んでいたようだ。ニゼルは、君には表面上の出来事しか報告していなかったらしいね」 「あの、藍夜さん?」 きびすを返し、藍夜は喫茶店側に足を向ける。男と天使が見守る中、彼はキッチンのあたりで、何やら暴れ始めているようだった。 アンブロシアが着いていってみると、彼はどこかから引っ張り出した鞄に、手当たり次第に棚や食料庫から物を取り出し、詰め込んでいる。 他にも、替えの服、薬草の束、マフラーに香草茶の瓶などなど。ただ事ではない、うろたえるアンブロシアだが店主の手は止まらない。 怒っているのだろうか、言葉を探し、無言でその場に立ち尽くした。するとどうだ、藍夜は突然振り向き、真面目な顔で娘を見つめ始める。 「アンブロシア、君は何をぼうっと突っ立っているんだい」 「え?」 「ニゼルからの伝言さ。『天使や神様に絡まれて、あちこちに敵を作っちゃったみたい。藍夜、そろそろ助けてくれない?』だそうだ」 「え? ええと、それは、つまり」 「つまりだ、鬼ごっことやらを自ら放棄したのだよ。ニゼルの方が先に根を上げたという話さ。この勝負、僕の勝ちだね」 アンブロシアは、文字通りぽかんと大口を開けてこれを聞いた。伝えるべき事は伝えた、そう答える代わりに、藍夜は旅支度を再開させる。 はっと我に返った娘は、いつの間にか着いてきていたらしい白髪の男が、鼻で嘆息しながら二人を眺めているのに気が付いた。 ニゼルは本当に、多方面に様々な繋がり、人脈を築いていたらしい。 騎獣といわれた男の、呆れたような、それでいて親愛を込めたような柔らかく温かな表情が、羊飼いの旅のあらゆるを物語っている。 (勝負、勝負なんでしょうか。これ。でも……よかった) 喧嘩別れだったのかと、ずっと案じていた。しかし、彼らにとってはニゼルの出奔でさえ、なんて事のない遊びだったのかもしれない。 再度促され、はたと思考を中断する。仏頂面の店主に頷き返すと、アンブロシアもまた、出掛ける準備をするべく部屋をぱっと飛び出した。 「……宜しかったのですか。ウリエル、いえ、鳥羽藍夜君に連絡をつけて」 朝はやはり冷え込む。それでも宿の窓を全開にしていたのは、いよいよ親友に自ら接触を図ったからだと、ニゼルは思った。 背後から掛けられた声には振り向かない。ただただぼうっと朝もやに埋もれる農村を眺め、新鮮な空気を肺に吸い込み、堪能する。 ホワイトセージの朝に、なんとなく似ていた。それでも、故郷のそれと空気の味や肌に触れる風の感触は違っている。 ようやっと郷愁の念が浮いたのだ。切っ掛けが、これから自分に雷を落としにくるその人であるというのが、なんとなく気恥ずかしかった。 「あの、ニゼルさん?」 「うん……ねえ、ラファエル。アスモナントカは結局どうなったの? ガブリエルも」 振り向いた先、治癒の天使は困ったような顔で微笑む。サラカエルの師というには温和な表情だと、ニゼルは小さく頷いた。 「アスモダイ、ですか。いえ、これといって何も。多少、懲らしめはしましたが」 「懲らしめたってあたり、何もしてないってわけではないと思うけど」 「天使や堕天使、つまり悪魔は頑丈ですからね。簡単には死にませんし、怪我だってうんと早く治ります。無論、適切な処置は必要ですが」 「治療が必要って程度には痛めつけたって事だよね? それ」 「ええ、ニゼルさん。あなたは全くもって、ウリエルの友人という事もあってか、聡明なヒトですね」 誉められているのか貶されているのかよく分からず、ニゼルは首を傾げる。ラファエルは、苦笑混じりに温かい香草茶を出してくれた。 親友の淹れたものの方が好みだ――顔に出ていたのか、治癒の天使は目尻を下げた優しい笑みで、こちらを見ている。 思わず、ニゼルはラファエルの茶を慌てて喉に流し込んでいた。 「味、お好みではなかったですか」 「えっ、そんな事ないよ。美味しいと思うよ? 俺が、藍夜のハーブティーを好きすぎるだけで」 「そうですか。ふふ、鳥羽藍夜君も、それを聞いたら嬉しいでしょうね」 「うーん、藍夜だし。得意げに澄ますだけなんじゃないかな」 「ウリエルらしい……あの子は、昔はもっと引っ込み思案だったのです。ヒトとして生まれて、何か得たものがあったのかもしれませんね」 天使ウリエル、鳥羽藍夜。どちらも本来なら、全く別の生き物だ。 しかし、ラファエルやサラカエルら天使達、人間である自分から見れば、各々にとってかけがえのない唯一の存在である事に違いない。 問題は、それを同一視してはいないかという点だ。鳥羽藍夜が生前、ウリエルでなければ、自分は彼と友人になり得ただろうか。 ニゼルは頭を振る。今は、彼に残された僅かな時間を、互いにどうやって過ごすかを考えた方が、まだ建設的だ。 「……藍夜には、行動を起こす為の理由が必要なんじゃないかと思ったんだ。半年待ったけど、追いかけて来てくれなかったから」 ハーブティーに視線を落として、ニゼルはぽつぽつと口を開いた。弱気になっている、琥珀色の水面に映る沈んだ顔を見て、そう思う。 「実際には、追いかけるほどの体力が残ってなかった、ってだけの話だったんだね。俺、何やってるんだろうなあ」 「ニゼルさん……そんな事は。あの子は、あなたという友人がいた事を誇りに思っていると思いますよ」 「ラファエル。ガブリエルが言ったんだ、藍夜にはもう時間が残されてないんだって。藍夜が未練を残す事がないよう、手伝ってやれって」 「サラカエルから聞きました。告知しようにも、鳥羽藍夜君は自ら魔力と寿命を削りきってしまっていたそうですね」 「うん。だから考えてたんだ、俺、最期のその時まで藍夜を独りにしたくないなって。藍夜の弟だって、もういないんだから」 鳥羽暁橙が生きていたら。もしかしたら、彼はこうして親友の到着を待つ間も、どのように叱られるかを想像して震えているかもしれない。 暁橙らしいな、自嘲気味に笑って、ニゼルは再びハーブティーを口にした。親友のそれと違い、ローズマリーが入っていないのだと気付く。 ラファエルは、今朝も冷えますからジンジャーとシナモンを多めに、とわざわざ補足してくれた。 「藍夜に、どんな顔して会えばいいんだろう。あー、もう、俺らしくないなあ。こんなの」 「……間抜けはどうあっても間抜けのままなんだから、そこはその間抜け面を下げて会ったらいいんじゃないかな」 不意に、サラカエルの声が割り込んでくる。驚いて顔を上げると、部屋の入り口に本人が紅茶を乗せた盆と共に立っていた。 「サラカエル! えっと、あれ? 琥珀の手当してたんじゃなかったの?」 「それについては一角獣の担当だからね、戻ったら済ませるだろ。先生、この間抜けと話したい事があるので外して頂けますか」 「こら、サラカエル。思ってもない事を口にするのは止しなさい」 「あー、いいよいいよ、サラカエルの口癖みたいなものだもん。っていうかサラカエル、俺とラファエルに対する態度違いすぎじゃない?」 「日頃の行いが悪いんじゃないかな」 口を尖らせるニゼルだが、殺戮は当然のように無視する。彼がラファエルにそっと視線を送り直すと、兄弟子は苦笑しながらも頷いた。 すぐに遠のく足音を二人は無言で見送り、室内に妙な沈黙が流れる。ふとハーブティーの残りを喉に流し込むと、ニゼルは紅茶を催促した。 「やあ、ガブリエルの事だけど」 「あ、そうそう、それ。サラカエルって、ガブリエルとも知り合いだったんだね」 「ああ……ま、大した繋がりはないよ。顔見知りってほどかな。お互い、関わり合いになるような職にも就いてなかったし」 「ふーん。そういうもの?」 「ヒトに祝福と予言を齎し、人間として生まれた天使を覚醒させる。そんな天使と、『殺戮』に共通点があるわけないじゃないか」 語る合間に、天使は紅茶を啜っている。よほど好きなんだろうなあと、釣られるようにして口に運んだ。やはり美味い、思わず頷いていた。 飲み物といえば、自分はもっぱら鳥羽藍夜の香草茶ばかりを好む。しかし、ニゼルはサラカエルの紅茶だけは口に合うと、そう思っていた。 単純に美味というだけでなく、何故か懐かしい味がする。これを言えば、また親友に不貞腐られる事は目に見えていた。 ……とりあえず黙っている事にする。殺戮は早くも最後の一口を飲み干して、チャイにすればよかったな、と小さくぼやいていた。 「ガブリエルが告知天使だっていうのは話したと思うけど、あれは単独行動が多くてね。決まった神に仕えていたって話も聞かないな」 「天使って、皆が神様に仕えてるものなんじゃないの?」 「例外ならいくらでもあるさ。『使命』を果たす為に、あえて複数に仕える物好きもいる……ま、僕とウリエルは……ヘラ様しか知らないか」 部屋が静まり返る。サラカエルは、一瞬口ごもるような素振りを見せた。ニゼルは、瞬きをして天使に話の続きを促してやる。 「えっと……うん。サラカエルにも、一応? 忠誠心とかあったんだね」 「やあ、今日は随分と口が滑るじゃないか」 「だって。なんか想像出来ないし」 「ふん、ま、いいさ。そんな事より、ガブリエルは復活の為に僕の加護を持って行った。謝罪の一つでもしていけば、心証も変わるのにね」 おもむろに、殺戮はニゼルに手を突き出した。握手し返すべくのんびり手を伸ばす羊飼いだが、それは逆の手で叩き落とされてしまう。 「いった! ちょっと、何するの!?」 「そっちこそ。誰が握手しようだなんて言ったのかな」 「手を出されたらそう思うでしょ!? っていうか、そうじゃないなら何なの?」 「はあ……君にやった、欠け月の銀細工だよ。あれに加護を入れ直すから、さっさと寄越してくれないかな」 欠け月の銀細工。確かに、ガブリエルが覚醒した直後、あの美しい銀色は錆び付いてしまっていた。 言われた事を反芻するように、ニゼルは目を瞬かせる。直後、何故か心がふわりと浮つき、羊飼いは嬉しそうな顔で首飾りを外した。 期待の眼差しを向けられたサラカエルは、派手に眉根を寄せてみせる。疑いの眼差しなのだと悟り、ニゼルは心外とばかりに口を尖らせた。 「へえ、そっか。加護って入れ直したりとか、出来るんだ? 凄いね、サラカエル」 「……それなりに、手の込んだ術を施したからね」 「ふーん。へへ、そっか。ありがとー」 「やあ、一応言っておくけどね。次に無茶な使い方をしたら二度と付与してやらないから、そのつもりで」 「もう、ケチくさいなあ! 藍夜じゃないんだからさ!」 「いいかい。僕が君に加護を与えるのは、ウリエルの頼みだからだ。そうじゃなきゃ、自主的に庇護するなんて事あるわけないじゃないか」 首飾りを鎖ごとスーツの袖に潜り込ませ、殺戮は真剣な目で羊飼いを見る。二の句を出せず、ニゼルは僅かに怯むようにしてたじろいだ。 「僕が人間に加護を与えたのはこれが初めてなんだよ。本当なら、僕が庇護したかった方は別にある」 「なんで過去形? もしかして、ラグナロクの被害に遭ったとか?」 「君の『鋭い推理』を皆まで聞く気はないよ。いいかい、とにかくだ。護られる事に慢心しないで貰いたいね、子供じゃないんだから」 「……先に慢心していいよーって感じでアスモナントカの屋敷で別行動させたのは、どこの誰? って、今思ったんだけど」 「それは――」 サラカエルは確かに何かを言いかける。しかし、それが最後まで発言される事はなかった。 彼はいきなり憮然とした顔をして、きょとんとする羊飼いを放置したまま、部屋の入り口に目を向ける。 「――サラカエル。僕は君に、ニゼルを護衛するように頼んだつもりだったのだがね。何故、逆に危ない目に遭わせているんだい」 何故、天使は黙り込んだのか。それは、二人の会話に第三者の声が割り込んだからだ。そしてその声に、ニゼルも殺戮も聞き覚えがあった。 「藍夜ぁ!! それに、アンも! いつ来たの!?」 「やあ、ウリエル」 「やあ、サラカエル。それでニゼル、君は僕に、何事か言わなければならない事があるんじゃないのかい」 「あっ、もう、藍夜さん! そういう詰問はゆっくりしてからにしましょうって、向こうで約束したじゃありませんか」 「アンブロシア……君は一体、僕とニゼル、どちらの味方なんだい」 「どちらでもありません、というか今は関係のない話じゃないですか! ニゼルさん、お久しぶりですっ」 「わあ、なんか、半年ぶりだけど二人とも全然変わってないねー。元気そうで安心したー」 「ニゼル。君は少し、自分の言動を省みたまえよ」 いつからそこにいたのか。姿を現した親友と、彼に雇われている身の天使の娘は、見慣れたそれぞれの表情で羊飼い達を見る。 喜びに破顔して、ニゼルは勢いよく駆け出した。サラカエルは特に止めもせず、小さく首を傾げてこれを見守る。 「ごめんね、なんか急に藍夜の顔が見たくなっちゃってさ!」 「君ね、随分と舐めた真似をしてくれるものだね」 「やだなあ、舐めてないよ。会いたくなったの、それだけ! もしかして嫌だった?」 「……いや、そういうわけでは、ないんだが」 羊飼いに抱きつかれる傍ら、鳥羽藍夜は意味深にちらと対天使を盗み見た。何か言いたげに、口をもごもごさせている。 考えてみれば、殺戮が彼の元を訪ねた時、状況は混乱を極めていた。積もる話もあるだろう、ニゼルは二人を見比べ、一人うんうん頷く。 「ねえ、藍夜。これからサラカエルは、俺に渡さなきゃいけないものを用意しなくちゃいけないんだって。待ってる間、少しお話しない?」 サラカエルが、じろりとこちらを睨んでくる気配があった。しかし、ニゼルは苦笑混じりにそれを無視して親友の白い手を掴む。 本当に、色が白い。これから先、容赦なく散ると宣言された短い命……告知天使の言に刃向かうように、羊飼いは手のひらに力を込めた。 確かな温もりが返される。鳥羽藍夜は、何か言おうとして口を動かし、またすぐにそれを閉じた。二色の瞳は、どこか切なげに歪んでいる。 |
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