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楽園のおはなし (2-8)

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「あんたも変わってるね、黒塗りの旦那。こいつを好んで扱う奴は、ろくな死に方をしないってこの辺じゃ有名だよ」

目を凝らしてようやく視認出来る、細くしなやかで、硬質な「糸」。
何らかの魔獣の鱗と皮で補強した手甲でそれを繰り、手慣れた様子で巻き上げる老齢の職人の顔を、サラカエルは静かに見下ろした。
あたりには熱と鉄粉、薄汚れた油の臭いが満ちている。頬や耳元を掠める細かい火花は、良質な鉱石を加工している証だ。
イシュタル帝国の最西端よりやや南に下り、岩肌に囲まれた渓谷を越えた先にある、秘境とも呼べる小さな集落。
豊富な地下資源が帝国の資金源ではあるが、それに魅了され欲深くなった人間に見切りをつけた者達で、この集落の人口は形成されている。

「ろくな死に方、ね。どうかな。殺されても文句の言えない事を生業にしているからね」

サラカエルにとっては馴染みの村でもあった。実際、眼前の職人については彼女が赤子だった頃の姿も知っている。
ある程度親しい間柄の相手にしか零さない私情。老職人は、呆れたようにわざとらしい溜め息を吐いた。

「言ったって無駄だろうが、あんた、早死にするよ。若いんだから命は大事にしないと。そのうち、お天道様に見放されちまうよ」
「おてん……ああ、輪の国でいうところの神々の事か。あいにく、信ずるものは自分で決めているから問題ないさ」

そもそも若いという表現自体誤りではないか――首を傾げ、サラカエルは人好きのする笑みを浮かべる。今度こそ職人は鼻を鳴らした。

「ほら、出来たよ。それにしても、こいつが切れちまうなんて一体どんな使い方をしたんだい」
「やあ、それについては言わないで欲しいな。僕だって、こんな貴重な武具を失うのは懐が痛いんだから」
「嫌みな男だね。換えの武器は、他にも持っているのだろ」
「君こそ、自分の工房で作られたものに誇りがあるんだろ。そんな言い方をしなくても、しばらくはここに来ずに済むよう努めるよ」

幾重にも巻かれた金属製の細糸。先端を摘まみ、少しばかりを引き出して出来映えを確認した殺戮の天使は、満足げに笑んで頷き返す。
サラカエルが愛用する鋼糸は、竜の血混じりの半人半獣の職人らが丸半日を要して作り上げる、他では見る機会の少ない特別な武具だった。
天上界で暮らしていた頃から交渉を重ねていて、ヘラの屋敷に暮らすようになって以降、ようやく安定して入手出来る手筈が整った一品。
サラカエルはそれの出来に、今も昔も満足している。他の者が扱うには技能の面で難しいという点も、携帯しやすい要素の一つだった。

「そんなら、あんたの顔もしばらくは見ずに済むんだろうね。その黒服、辛気くさくて適わないよ」
「返り血にはこれが一番ましなんだよ。君に見せびらかすわけじゃないんだ、構わないだろ? 元よりそういう武器なんだし」

サラカエルは首を傾げて笑う。品物を高額で受け渡す際の、嫌みの応酬。棘があるようでいて軽く、気心の知れた者同士のそれだ。
彼がウリエルやヘラにさえ見せた事のない顔。それらを知る老職人は、よく言うよ、そうぼやくようにして低く唸った。

「……ところで、黒塗りの旦那。あんた、国境近くのいざこざについては耳に入れてるかい」

喪服の収納部に武具を装填、或いはしまい込む最中、サラカエルはふと手を止める。
老職人は、片付けを手早く進めながら、どこか遠くを見るような目で天井の煤けた様を見上げていた。
殺戮の天使が目を向けると、彼女は視線が向けられる事に端から気付いていたようにして、静かにこちらを見つめ返す。

「噂? やあ、どうだったかな。僕にはそんな、下世話な話を持ち込んでくれる親切な友達はいないからね」
「だろうね、ま、大した噂じゃないんだ。サンダルウッドとの国境近くに小さな領地があるんだが、そこで『天使』が飼われているらしい」

サラカエルは一瞬、片眉を釣り上げた。

「天使? 飼われている……へえ、随分と酔狂な趣味の持ち主がいたもんだ」
「そうお言いでないよ。あくまで目撃情報だけだがね、背中に確かに、大きな翼が生えていたそうだ」

鎖で首を繋がれ、領主の傍らに付き従っていた――老職人が殺戮の天使同様の常客から聞いたという話は、信憑性にまるで欠けている。
それでもサラカエルは、ふむ、と小さく頷き返した。帝国の各地で活性化する魔獣達、急成長を果たしたアンバー、インディコールの降臨。
何もかもが、あまりに間を狙い澄ましたかのように思えてならない。サラカエルは首を傾げて、老職人に続きを促す。

「起きてるってのに、ずっとぼうっと棒立ちだったらしい。頷いたり、手から光を出したりしたそうだが……綺麗な顔をしていたそうだよ」
「へえ、他人の話には反応するって事か。ま、こちらにも思い当たる術はいくつかあるかな」
「あんたも変わらず、物騒だねえ」
「それで、だ。その天使の翼の色ってのが何色だったか、聞き及んでいるかな」
「翼の色? なんだい、どれも真っ白ってんじゃないのかい……ああ、そういやあんたは、片目と同じ暗い色をしていたね」

割と大事な事なんだよ、サラカエルはその言葉を飲み込んだ。高位天使の一部は、力が強力であるあまり、翼の色が白から変わる事がある。
能力の特性や気性を体現するという現象である為、翼の色に目処がつけば件の天使が何者か、ある程度の予想は出来るというものだ。

「ま、いいさ。問題ないよ、僕には関係のない話だし、自分から首を突っ込まなければ済む話だ」
「あんた、今は生身の人間と旅をしてるって話じゃないか。しかもかなりわがままだとか、大丈夫なのかい」

大丈夫かとはどういう意味か。サラカエルは、ふと自分の頬が強ばるのを感じた。

「……天使嫌いの友人がいるそうだから、多少は問題ないんじゃないかな」

自ら藪を突いて蛇を出すほど、あの間抜けも馬鹿ではない筈だ――殺戮の天使は、鼻で笑いながら首を傾げる。
老職人は、自身の頬や腕の表面をまばらに覆う煤けた白鱗を爪で掻きながら、眉根を寄せた。

「多少かい。どうもあんたは、対人運には恵まれない星の生まれみたいだからねえ」
「……そういうのを人間の流行り言葉じゃ、フラグと呼ぶそうだよ。やめてくれないかな、僕だって厄介事は御免だ」

流石にニゼル=アルジルとて、そこまで愚か者ではないだろう。サラカエルは自分に言い聞かせるように、大げさに首を縦に振った。
彼の読みは当たっているのか、それとも無事に外れてくれるのか。
物言いたげな顔の老職人と炉の火に照らされながら、彼は苦いものを噛んだような心地で、工房に立っている。






「……見目麗しい天使、か。それなら、俺には多少なりと用がある」

件の村に帰還するや否や、殺戮の天使は内心で舌打つ事になった。
「捕らわれの天使」に興味を持ったのは、人間ニゼルではなく、彼が独自に契約を結んだ騎獣、ユニコーンのシリウスだったのだ。

「え、何、シリウス。天使、ならサラカエルがいるよね?」

琥珀の髪を知人の天使――アンブロシアの事だ――に贈られたという櫛で梳いてやりながら、ニゼルが首だけで騎獣に振り返る。
彼のふわりとした髪は、サラカエルが不在にしていた一日のうちに、肩甲骨までの長さを残しながらもすっきりと整えられていた。
曰く、指先の器用なシリウスが、伸ばし放題だった不揃いの部分を散髪してくれたのだという。
一連の流れの後、グリフォンの娘が大人げなくふてくされている光景が、サラカエルの脳裏にありありと浮かんだ。

「その天使はお前達の護衛だろう。俺の用事に使うわけにはいくまい」
「やあ、好き好んで護衛しているわけじゃないんだけどね」
「ちょっと、おサル。まだそんな事言ってんの? ニジーと藍夜の頼みなんだから、お前が断れる話じゃないでしょー」
「まあまあ、琥珀もサラカエルも落ち着いて! ……で、えーと、シリウス。それってもしかして、前に話してた『使命』に関する話?」

整え終え、さらりと流れる黒髪にご満悦状態なのか、琥珀は指先でそれを弄びながら鼻歌交じりに寝具に飛び乗る。
埃立つよ、窘めるニゼルの声は柔らかさを含んでいた。椅子の向きを変え、彼は改めてシリウスに向き直る。

「そうだ。察しがよくて助かる……俺は、ある目的を果たす為、容姿や能力に優れた者を数名見繕い、用意しなければならない」
「見繕う? 用意? 何、どういう意味、それ」
「言葉そのままだ。俺はそうして、優れていると判断した者を、俺の故郷に送り届けている。里に繋いである、専用の転送結界を用いてな」

ニゼルは目を大きく開いて瞬きし、サラカエルは訝しむように眉間に皺を刻んだ。
一方、聞いているのかいないのか、琥珀はベッドの上で寝そべらせた体をごろごろと転がして遊んでいる。

「天使をはじめ、天上界に住まう者は美麗な造形をしている事が多い。最終目的がなんであれ、手っ取り早い手段ではあるでしょう」

薬草をベースとした茶を汲みながら、ラファエルが静かに呟いた。目だけで治癒の天使に振り返り、ニゼルもまた眉間に力を込める。
この青年の本音としては「自分には関係ない話だから知った事ではない」、そんなところだろう。サラカエルはそっと嘆息した。
短いつきあいながら、彼の性格がそういった利己的なものであると把握している。

「……いや、種族については天使に限らずとも構わないんだ。必要なのは、優れた容姿と能力というだけで」
「随分とざっくりとした条件ですね、シリウスさん」
「送った後の事は俺の管轄ではないからな。里の連中が仕切っている筈だ。俺は条件に見合う者を用意してやるだけでいい事になっている」
「ねえ、シリウス? それってシリウス達の天敵である琥珀、グリフォンとかでもいいって事? そういう意味になるよね?」

治癒の天使との応酬に急に横槍を入れられたからか、ユニコーンは微弱に不機嫌さを顔に滲ませた。
一方、問いかけた側のニゼルはラファエルが淹れた茶をのんびりと口に運んでいる。
鳥羽藍夜もよくこれと友人でいられたものだ――嫌みを一つでも飛ばしてやろうとしたところで、殺戮は羊飼いの固い声色に口を閉ざした。

「琥珀も、人型変化出来るくらいには魔力も知恵もあるし。何より可愛いし。藍夜の騎獣だから、連れて行かれるのは困るなあ」
「俺からしてみればグリフォンを里に送るなど御免だが、それも可能な話ではあるな」
「何それ、矛盾してない? シリウスの使命って、結局なんなの?」
「おい、俺の用件の邪魔はしないという契約だったろう。一日と経たずに反故にする気か」
「まだ破ってないよ。俺は『邪魔しない』とは言ったけど、『質問は控える』とは言ってない。言ったでしょ、言質を取られるよって」

シリウスが悔しげに歯噛みするのを、サラカエルは黙って見守る。なんという傲慢な物言いか、殺戮はニゼルに冷えた視線を送った。
羊飼いが気にした素振りはない。彼はじっと、静かに、それでいて苛烈な光を宿した目で己が騎獣を見つめている。

「さっき、サラカエルがいない時に話したけど。俺の親友は、鳥羽藍夜は、元天使なんだよね。あの櫛をくれたアンもそう。どっちも天使。
 どっちも綺麗な顔をしてるし、強力な天使の力も持ってる。俺としては、二人は使命の規定に十分達してると思うよ。自慢の友達だしね。
 でもシリウスがグリフォンを選ぶ事に抵抗があるのと一緒で、シリウスに命令してる奴が、いつ藍夜を気に入るかなんて分からないよね?
 琥珀だけじゃなく、身近にそんな優れた者がいるならそれも全部送ってこい、そう言われたらシリウスは断ってくれるのかなって思って」

どこかに「こう話せ」と記された指南書でもあるのではないか……そう思わされるほどに、ニゼルの言葉はすらすらと彼の口から紡がれた。
シリウスに視線を投げてみると、一角獣はどこか怒ったような顔で雇用主を睨んでいる。「図星だ」、そう匂わせる表情だった。

「……あれらはそこまで欲深くない。そして俺には、この使命をどうしても果たさねばならない理由があるんだ。邪魔をするな」
「あれら、か。そっか、シリウスに汚れ仕事を命じているのは複数人なんだ? シリウスの誇りなんて気にも留めないんだね……最低だね」
「おい、ニゼル=アルジル! 俺はどう扱われても構わない、気にもしていないんだぞ!」
「本当に気にしてないなら、俺や琥珀にも手伝って、くらい言えるでしょ。そうじゃないって事は、嫌々なんだなってすぐ分かるよ」

喧嘩になりそうだな、そう思いながらも、サラカエルは二人のやり取りを止めようとしない。
ニゼル=アルジルが時折見せる「知性」の閃き。鳥羽藍夜の影響もあるだろうが、ヘラを彷彿とさせるそれらの言動は観察の必要性がある。
本質を見極める……ニゼルが果たして真にウリエルの友として相応しいか。それを判断するのが自身の今の務めだと、彼はそう考えていた。

「シリウス。君を助けた時、君がどんな顔をしていたか君自身は覚えていないよね。『自分は死に急いでる』、そんな顔だったよ」
「馬鹿な。俺は……俺は今は、死ぬつもりなどは」
「本当に? ねえ、今琥珀に頼んで君を襲わせたら、君は抵抗出来る? そのまま勢いに任せて、食べられようとするんじゃないの?」

無言。ユニコーンのその反応は、肯定としか取られない。緊迫した空気が宙を漂う。
ニゼルが大きく嘆息したその瞬間、ベッドの上で寛いでいた琥珀が、出番とばかりにぱっと身を起こした。

「どしたのニジー。ケツの事、食べてもいいってワケ?」
「ケツ……? 尻だと、この俺が」
「ねえ、琥珀? 一応聞いておくけど、ケツってシリウスの事?」
「うん、そうだけど? ホラ、シリウス、しり、うす。尻ー、ウス。だからケツ」
「……」
「あー、うん。琥珀の再教育はまた今度にするとして。で、シリウス? どうなの。もし何か困ってる事があるなら、俺達は力を貸すよ?」

場の空気がふっと軽くなる。ニゼルが放った言葉は、先ほどの喧嘩をふっかけるようなそれとまるで真逆の意味を持っていた。
シリウスは一度ゆっくりと瞬きして、疑問に満ちた目で羊飼いを見つめ返す。

「何故だ。何故、そこまで俺の事情に首を突っ込みたがる」
「え、何故って」
「俺は確かに、契約を通じてお前の騎獣になると約束した。だが、俺がどんな事情で動いているかは知らなくとも不便ないだろう」
「えー、理由なんているのかなあ。俺は藍夜が大事で、藍夜の騎獣の琥珀や、知り合いのアンやサラカエルも大事だから。それと一緒だよ」
「おい、答えになっていないぞ」
「だからね、騎獣や友達を大事にしないやつなんていないでしょ、って事! 俺はシリウスが助けを求めてるなら、力を貸したいだけだよ」

友達。一角獣の整った顔が、音もなくそう単語を紡ぐのを、サラカエルは見た。現状が耐え難い、魔獣の表情はそう訴えかけてくる。

「俺は、シリウスが今までどんな生き方をしてきたか、どんな風に扱われてきたか知らないんだよ。どうしても、口には出来ない?」

ニゼルの口調と声色は、いつも以上に柔らかいものに変化していた。シリウスを見る目は、元の穏やかな色を取り戻している。
寝具に寝そべり直した琥珀が、両足を宙で揺らしながら、頬杖を突いて双方を見比べていた。
ニゼルと同じく、彼女もまた、ユニコーンを煽る事で事情説明を促したのだろうか。それはないな、殺戮は頭を振ってこれを否定する。
あの小生意気なグリフォンが、そこまで優秀とは思えなかった。ニゼル同様これも見張るべきかと、一瞬思考が剥離していく。

「藍夜に昔、『君の勘は当たるからね』ってお墨付きを貰った事があるんだ。シリウス。俺には今、君が凄く困ってるように見えるんだよ」

ふと横に来たラファエルに茶を勧められ、サラカエルはそれを無意識に受け取り口に運んだ。紅茶とは違う、薬草特有の味が口内に満ちる。

「……知れたところで、お前達に、ただの一般人らに何が出来る」
「そんなの聞いてみなきゃ分からないし。それに今の言い方、『託してみるのも手か』っていう意識だだ漏れだったよ?」

ニゼルはあっけらかんと、軽やかに言い返してばかりだ。いよいよ、シリウスは逡巡するように藍色の瞳を揺らめかせる。
二口目を啜ったところで、サラカエルはそっと陶器をテーブルに戻した。ラファエルに小さく苦笑され、居心地の悪さに身をよじる。

「本当に、使命そのものへの邪魔立てはしないんだろうな?」
「えーと、それは大丈夫。約束だからね。『契約』、『交わされた契り』、この二つは絶対だから。安心するといいよ」
「契り、か……いいだろう。そこまで言うなら教えてやる。それに、いざという時になって妨害されたのでは堪まったものではないからな」
「アー? ちょっと〜、なんでニジーじゃなくて、僕の顔見ながら言うワケ? 失礼千万なんだけど」
「もう、琥珀がいちいちシリウスに突っかかるからでしょー? もう少しでお話終わるから、待ってて。それからお昼にするから。ね?」
「ぶ〜。ハーイ、分かったよ、もう。ぜーんぶ、ケツのせいなんだからね」

いいのか、そこで自ら口を割るのか――サラカエルは意外なものを見る目で、一角獣の真剣な顔を見つめた。
視線を隣にスライドさせる。ラファエルは、何か物言いたげな表情でニゼル達を見守っていた。
いつもの彼なら、ヘラに飼われていたという過去も含め、手早く琥珀を捕まえ、そのまま説教ないし訓練を与えに行く筈なのに……。
確信する、ラファエルもまた、ニゼルに対し何らかの懐疑心を持っている。

(先生。あなたが僕の召喚に応じたのも、何かしら、ニゼル=アルジルへ思う事があったからなのでしょうね)

それが、自分が観測を続けようとする理由と同じ種類によるものであるなら、こんなに心強い事はない。
殺戮の天使は、口直し用の紅茶を淹れようときびすを返した。右瞳を起動させ、離れている間の会話を捕捉しておく事も忘れない。

「はあ。うん、いいや……琥珀の指導は後にする事にして、と。それじゃ、シリウス。説明、お願いしていい?」
「お願いも何も、端から聞き明かそうと思っていたのだろ。どうしようもない好奇心だな」
「うーん、えへへ。そうかなあ?」
「おい、別に誉めてなどいないぞ。――そうだな、何から話せばいいか……俺が、何故連中の言いなりか。そこから話すとするか」

ふてくされながらも、ちゃっかりと聞き耳を立てるグリフォン。促され、椅子に腰を下ろしながら耳を澄ます羊飼い。
治癒の天使とサラカエルの背中に一瞥を投げてから、シリウスは諦めたように小さく嘆息して、顔を上げる。
迷いを振り払い、前を向き、真摯に疑問に応えようとする表情。誰もがこの白塗りの青年の言葉を聞き逃すまいと、ひっそりと息を潜めた。

「俺には一人、血の繋がった妹がいる。少し歳が離れた妹でな。親は俺達が幼い頃、寿命を病で果たしたから、俺が親代わりをやっていた」
「シリウスの妹さん? へえ、きっと美人さんなんだろうなあ」
「ああ、気だてのいい、美しい娘に育ってくれたさ。俺の自慢だ、少しばかり、世間に疎いところがあるがな」

先ほどの険悪な敵意はどこに行ったのか。そう口を挟みたくなるほどに、シリウスの顔は穏やかな気配を帯びる。
目尻を下げ、口元を緩ませ、微かに笑む様は、青年の言う「妹」が如何に彼に愛されていたのか、如実に語っていた。
琥珀は片眉を上げ、ニゼルは釣られるように微笑み、話の続きを待つ。そんな彼らからラファエルが顔を逸らしたのは、ほぼ同時だった。

「ラグナロクの後、純血を保ってきた俺達の里は、神々の加護が消失した事もあり徐々に衰退していった……具体的には、人口の激減だ」

エメラルドグリーンが離された直後、ユニコーンの顔は途端に曇り、悔恨と苦悩の色に塗り替えられる。ニゼルは、思わず席を立っていた。
瞳術により彼らの言動を追っていたサラカエルは、ポットを傾ける手を一時止める。瑠璃色の光は一角獣の浮かない表情を捉えていた。

「両親が早くに亡くなったのも、血が濃くなりすぎたが故の衰えが原因だった。それからというもの、里に子供が産まれなくなってな……
 短命な上に病弱な個体が多く、お産に耐えられない雌も出た。そこで里の長らは、いよいよ外部の『血』を取り入れようと考えたらしい」
「……え? じゃあ、優秀な男女を里に送るっていうのは、つまり」
「そうだ。そいつらに俺達一族の子を作らせている……俺は長らに頼まれたんだ、『妹の純潔を守る代わりにこの仕事を請け負え』とな」

「星の民」は、古くから純血種を繋いできた希少な一角獣の生き残りだ。それがもうなりふり構わない状態にあると、若い個体の雄は言う。
そうして新たな「血」を迎え入れようとも、互いの相性があるのか、子が宿る機会も、時間も、まるで足りていないのだ、と。
そこまで明かしたシリウスの顔は、どこか青ざめてすらいた。自分が何をしているのか、彼は確かに理解しているのだろう。拳が震えている。

「俺にとって、妹は両親が遺した形見だ。あれがいつか、本当に好いた相手に嫁ぐまで……なんとしても、俺は使命を果たさなければ」

連れ去られた人間や天使、魔獣らは、見知らぬ種の繁殖と保持の為だけに、これまでの故郷などを捨てなければならない事態に陥るのだ。
そしていざ子作りが終わった後、彼らがどんな末路を辿るのか。一角獣シリウスは、そこまでは把握していないと過去に告白していた。

「妹の名は、エライという。俺と同じく、道標の星とされる星の名だ」

悔恨と苦悩の表情が、再び顔を覗かせる。妹を幸せにしてやりたいと願うあまり、青年は他者を生け贄として里に捧ぐ選択をした。
場が静まり返る。自らのエゴと罪を吐き出したユニコーンは、苦渋に歯噛みしたまま、雇用主の顔をそろりと見上げた。





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 UP:18/10/12