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楽園のおはなし (2-3)

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「おお、心強き方々。ご無事でしたか」

ニゼル達が街に戻ったのは、街道での悶着から一時間後、陽もだいぶ傾き始めた頃だった。
出迎えた依頼主は、一行の間に流れる不穏な空気に眉を潜め、歓迎の意を示していた両腕をそっと下ろす。

「如何なされました。まさか、どなたか怪我でも?」
「アー、うーん。そーゆーワケじゃないんだけどさ」

老人に答えた琥珀の後ろには、ぶすっとした顔のニゼルと、苦笑を滲ませたインディコールが並んで立っていた。
重い空気は、主にニゼルから放たれるものだ。気に入らない、早く宿に行きたい。彼の表情は、雄弁にそう語っている。

「前置きはいいから! 報酬お願いしますっ、それと、こいつとは別の宿でお願いします!」
「……あのさ〜、ニジー」
「ふ、困ったな。嫌われてしまったようだ」

たまらないと言う風に声を荒げたニゼルに、インディコールは余裕たっぷりといった様子で笑いかけた。
火に油だよねー、と琥珀は口にしない。ぽかんとする老人の前で、ニゼルはいーっ、と歯を剥き出しにして男を威嚇する。
琥珀はニゼルの背後を盗み見た。街に到着するまでの間、後方を警戒して最後尾についていた筈の殺戮の天使の姿は、今は見えない。
用心棒なら間に入るなりしろよ、口内で文句を垂れる。街に着いた時、大通りを歩いている最中になって、一行は天使の不在に気が付いた。
それからというもの、ニゼルの機嫌は下降の一途を辿っている。根暗で嫌みったらしい性格の相手だが、ニゼルは頼りにしているのだろう。

(そりゃね、僕だってコイツくっさいから苦手だけど)

ニゼルの敵意を受け流すように微笑み、インディコールは優しい視線を注ぐだけだ。ニゼルは全力で拒み、鳥肌の立った腕をさすっている。

「ほっほ。仲の良い事で、何より」
「はあ!? 俺は、こんな奴ごめんですー!」
「あのさあ、ニジー。前、初対面の相手にはきちんと挨拶して礼儀を払えーって言ってなかった?」
「それはそれ、これはこれ! とにかく、こいつと同じ宿なら宿泊自体遠慮します!」

老人は笑うばかりだった。仲がいいとは、一行全体を見ての話ではないのか、と琥珀は考える。自分とニゼルならそこそこ話も合うのだし。
それでもニゼルは副団長を否定するのだろう。その頑なさは、ホワイトセージの元街長候補に対する態度に似ていなくもなかった。
早口で文句をまくし立て、最終的にそっぽを向いてしまった羊飼いから視線を外し、琥珀が代理でしずしずと報酬金を受け取る。
口紐をほどくと、袋の中にはそこそこの量の銀貨が詰め込まれているのが見えた。物価としては、銀貨一枚で丸パンが百個ほど買えた筈。
何個くらい買えんのかな、と考え、口を閉じる。しかし筒抜けではあったらしく、目を細めた老人に穏やかに微笑みかけられてしまった。

「三十枚ほど、用意させて貰いました。ご不満でしたかな?」
「へっ、あ、やー、どっかな? 僕はそういうのよく分かんないし。へへ……」
「む、十五か。新しい得物の足しにもならないが」
「はあー!? そんなに払って貰って文句付けるとか何様? ねえ、何様なの? 頭の中、成金なの!?」
「……うあ〜。もー、ニジー……」
「ふ、本当に嫌われてしまったようだ。困ったな?」
「キーラーイーでーすー! あっ、おじいさん、報酬ありがとうございました。えっと、街道の魔物達の事なんだけど……」
「おお、先ほどいらした、連れの黒服の男性から伺っておりますよ。簡単な弔いをして頂いたとか、お気遣い感謝します」
「え、サラカエル来てたんですか。言ってくれたらいいのになあ」

先ほどまでの怒りはどこへやら、インディコールを無視したまま、ニゼルは老人と和やかに談笑し始める。
琥珀は、不意にインディコールの笑顔が崩れたのを見た。サラカエル。その名を聞いた瞬間、副団長は急に表情を険しくしてみせる。

(藍夜に手伝わせなかった、んだっけ。オフィキリナスん時……)

ホワイトセージの一件は、街の住民や藍夜達のみならず、意外なところでも火をくすぶらせ続けていたのだろうか。
インディコールがサラカエルに良からぬ感情を持っているという様子は、自分にもなんとなくだが伝わった。

(あんまり挑発しない方がいいと思うんだけどねえ、ニジー)

琥珀はそれを口にしない。言ったところで、羊飼いが素直に聞くとは思えなかったからだ。
「鳥羽藍夜という気難しい親友がいる」。正しく、二人は類は友を呼ぶ関係であったのに違いない。
琥珀はひっそりと嘆息する。インディコール側の事情は知らないが、厄介事を引き当ててしまったような気がしてならなかった。

「宿は、街の南付近。大海原を一望出来る高層宿泊施設になります。存分にお寛ぎくだされ」

老人から簡単な地図を受け取りながら、琥珀は上目遣い気味に頷き返す。ニゼルはインディコールを放置して、一足先に扉に向かっていた。
待ってよニジー、叫ぶや否や慌てて彼の背中を追い、副団長の目の前をすり抜け、琥珀もその早足に続く。
棚引く黒髪を、インディコールは眩しい光を見るような目で見送った。次いで、彼の独特な印象を放つ黒みがかった青瞳が、老人を射抜く。

「……『わたし』をもてなすのに、銀貨が対価とは。見くびられたものだ」
「申し訳御座いません。ですが、土地としては加護を得やすい地でもあります。そこまで悪しものではありません」

老人は、ニゼル達に見せていた高齢者特有の丸い姿勢を正し、しゃんと立ってから、インディコールにしっかり頭を下げた。
インディコールは鼻を鳴らす。恭しい手つきで差し出されたグラスを受け取り、そのままぶどう酒を注がせて、静かに口にした。
男が老人を見る目は鋭く、冷たい。酒そのものは芳醇な香りが強く、高価な味がする。いいと言われるまで、老人は頭を下げていた。
双方ともに、先の態度が嘘のようだ。老人は少し困ったように眉尻を下げ、座椅子に腰を下ろしながら嘆息したインディコールを見つめる。

「此度の器は、如何な調子に御座いますか」
「気をつけろ。グリフォンが聴覚に優れていないとは限らない」
「は、申し訳ありません」
「かまわん。しかし、あの青年に殺戮がついていたとは……ウリエルを庇護していたのではなかったのか」
「さあ、わたくしには何とも。ですが、私兵をつけております故、彼らの動向はミカエル様なしでも追跡する事が出来るでしょう」

……老人は、やはり困ったような顔で笑った。平たくいえば、ニゼルと琥珀は、インディコールの手の者にずっと追われていた事になる。

「そうか。労おう、よく やった」

ふと、ボトルは副団長の手に奪われ、直後、老人の目の前に傾けられた。跪き、頭を下げ、老人はインディコールからぶどう酒を受け取る。
深く濃い赤紫は、鉱石を混ぜた事で空色に輝くグラスの中で、ゆらりと揺れていた。インディコールは、口端を釣り上げて小さく笑う。
窓から差し込む夕暮れの光にグラスを透かせば、それはより艶やかな色に煌めいた。

(あの、銀の果実を庇護する天使の瞳の色だな)

思えば、あの羊飼いの青年は未だ行方知れずという件の高位天使に容姿が似ている。当時の通り名は……なんといったか。
オフィキリナスで出会った問題の天使の妹、アクラシエルは、いつかの故郷で目にした折と変わらない、純真無垢な顔をしていた。
「味見」してみてもよかったか――却下だ、昔馴染みだからと、ウリエルが雷霆を振りかざして妨害してくるやもしれない。
頭を振る。グラスに残った一口を喉に流し、老人に先に退出するよう命じてから、インディコールは席を立った。






「ねえねえ、ニジーはさ、なんでそんなにあのフクダンチョーが嫌いなの?」

室内は暖かなオレンジ色に包まれている。遠くでカモメが鳴いていた。風呂に浸かり、さっぱりとした体を柔らかく上質な寝具に放る。
流石にまだ眠気は感じなかった。ごろごろと何度か転がり、綿雲のような感触を楽しんでから、琥珀は部屋の奥に声を掛ける。
壁際、海に面した大きな窓の前にニゼルが立っていた。海と夕日のコントラストを堪能していた羊飼いの顔に、あからさまな不快が浮かぶ。

「さあ。分かんない」
「分かんないって、そんな事ないでしょ」

振り向いたニゼルの表情は、夕日を逆光として背負った為、見えにくい。琥珀は寝転んだまま上体だけを起こし、改めてニゼルを見た。

「分かんないものは分かんないんだから、説明のしようがないよ。なんなら琥珀、推理してみる?」
「うへ? んー……なんか〜、ハイ……ハイ……ハイモモ、だっけ? アイツにむきーってなってる感じに、よく似てるなーって」
「えっと、ハイウメだからね? うーん、ハイウメはほら、藍夜の事を悪く言うし。もっと言うと、俺や暁橙をいじめてたし。自業自得?」
「なーにそれ、キライの種類が違うよーって事?」
「うーん。種類、そうなのかなあ。なんていうか、とにかく嫌なんだよね、受けつけないんだ。なんでだろ?」
「え? 自分でも分かってないのにキライなの?」
「それを言われると困るなあ……そうだなあ。生理的嫌悪感、ってやつかな?」

琥珀はインディコールの姿を思い返す。ブロンドの煌めく髪に不思議な色合いの瞳、整った顔立ち、鍛えられた肉体、値の張りそうな武具。
実際に剣捌きを見た覚えはないが、あの魔獣達を一瞬で掃討しきった魔法技術。相当の手練れである事は、容易に想像出来た。
人間の中には、稀にロードなしでも術を扱う事が出来る者がいる。先祖が天使、つまるところ堕天使であったりする事が殆んどだった。
……食用として食べてみるなら、筋張っていてそこそこ楽しめそうではある、とは思う。同時に、長身だから食べ応えがありそうだ、とも。

(んー、でもソレって僕から見た視点だしなあ)

ニゼルは人間であり、それを食べ物などと軽んじてしまえば叱責されかねない。琥珀は、想像した食餌風景を振り払うように頭を振った。

「とにかくさー、アイツ、結局この宿まで着いてきてるんだし。キライキライーじゃなくて、さくっと無視したりとかさあ」
「……そうだよね。うん、琥珀の言う通りかも」
「うへ? そ、そ〜お? ニジーがそう言うなら、明日からまた平和に過ごせ――」

――つい、先ほどの話だ。この宿の受け付けでニゼルと琥珀が宿泊手続きをとっている最中、インディコールとばったり鉢合わせたのは。
そのまま同室に泊まられそうになったところを、ニゼルが「嫌い」の一点張りで強引に回避し、全力疾走でこの部屋に駆け込んだのだった。
……ぶり返していい話ではなかったのかもしれない。ニゼルのこめかみに青筋が浮いたのを見て、琥珀は愛想笑いを顔に滲ませる。

「あー、思い出したらまた腹立ってきた。よし決めた、今度会ったら無視しよう。そうしよう」
「んっとー、アー、ニジー?」
「うんうん、俺も大人げなかったよね。うっかりノクトのそっくりさんになるとこだった! よーし、そうと決まればご飯にしよう、琥珀」

つけられている気がしてならない、だからもっとインディコール=グレイスには警戒した方がいいかもしれない。
琥珀は喉から出かけた警告を飲み込んだ。一度背伸びをしてから、ルームサービス帳に視線を落とすニゼルを黙って見守る。
背筋に嫌な感覚が沸き立ち、今すぐ注意を呼びかけるべきだと気だけが逸った。それが警戒心と呼ばれるものである事を、琥珀は知らない。

「琥珀は? なに食べたい?」
「うへ? んっとー……アー、お、お肉なら何でもいいよ僕は。ウン」
「そう? お金あるんだから遠慮しなくていいのに」

にこにこと微笑む青年は、いつも通りのニゼル=アルジルその人だ。
自分は、鳥羽藍夜に彼の護衛を任された。直接頼まれたわけではないが、そうである筈だと琥珀は認識している。
時折見られる、ニゼルがサラカエル側を優先しようとする態度ばかりは気になるが、件の天使にはなんだかんだで助けられる事も多かった。

(そうだよ。南下していくほど、天使やら魔物やら、増えてる気がする)

盗賊や夜盗などはオフィキリナスでも対面した事がある。しかし藍夜曰く、サンダルウッド近隣は魔物の活動は控えめだという話だった。
ニゼルがのほほんとしているからか、藍夜のへそくり金の匂いを嗅ぎつけられるのか。南に下るにつれ、魔物との遭遇率は高まるばかりだ。
まさか、何者かに追われでもしているのか……一瞬浮かんだ不穏な思考を、頭を横に振って即座に掻き消す。
人間であるニゼルと、神獣とはいえまだまだ未熟な自分。それを追いかけ回して得する者など、誰一人として思いつかない。

(インディコールがコッチに来たのって、そういう活発化してる連中を黙らせる為の傭兵みたいな感じだったり?)

たまたまだ、そうに決まっている、琥珀はそう思う事にした。ニゼルが手招きしてくる。素直に従い、メニュー一覧を覗いて目を輝かせた。

『……い』
「ん? 琥珀、何か言った?」
「へ? 何も言ってないけど」
『失礼。少しばかり、お邪魔させて貰うよ』

チーズの盛り合わせと薄切り肉の重ね蒸しの絵に盛り上がっていたところ、唐突にニゼルが何者かの声がする、と訴え始める。
きょとんとする琥珀を余所に、男が一人、入室してきた。鍵は掛けていた筈だ――ニゼルの顔に緊張が走り、思わず魔獣は立ち上がる。

「宿の方にチップを弾んでね、どうかな、一つ」

姿を現したのは、噂のインディコールその人だった。ニゼルの顔は生理的嫌悪感とやらでますます歪み、琥珀はどう反応すべきか逡巡する。
インディコールは、落ち着けと諭すように手のひらをこちらに向けた。座るよう促され、ニゼルがまたも歯を剥き出しにして威嚇する。
ニジーってこんな子供だったっけ? 琥珀はその疑問を声に出さないよう、口を閉じた。青年に見習い、立ったままで話を受ける事にする。

「何それ? ワインとつまみ……もしかして、食べ物とお酒で餌付けしようって魂胆? うわー、舐められてるー」
「そう言われると身も蓋もないんだが。しかしだ、良いものであるのは確かだとも。味見してみないか」

インディコールが勧めてきたのは、黒塗りのボトルのぶどう酒と、固形チーズや熟成肉の薄切りといったつまみがいくつかだった。
琥珀は鼻をひくつかせ、男の言葉に誇張がない事を認識したが、ニゼルは未だに憮然とした面持ちでそっぽを向いている。
……自分は、殺戮の天使がなんとなく苦手だ。しかし、琥珀のそれとニゼルの「嫌い」は、まるで種類が別のものであるらしい。
苦笑するインディコールは、自然な動作で手近な椅子に腰を下ろした。早く出てって、ニゼルの呻き声を、彼はしれっと無視している。

「ほら、輪の国の黒山羊のチーズだ。貴重な上に、味も香りも一級品だと聞いている」
「それで? だから、何が目的?」
「おいおい、食物の話くらい素直に聞いてくれ。実は、わたしから君達に提案があってね。少しばかり、時間を分けて貰いたいんだよ」
「提案? え、ニジーにじゃなくて僕にも?」
「もちろんだ。君にも当然、関わりある話であるとも」

インディコールは琥珀に頷き返し、切り分けられたチーズのうち一欠けをつまみ、口に放った。
彼の顎が動く度、抗いがたい、濃厚な旨味の匂いが溢れ出る。琥珀は、ニゼルの頬がぴくぴくと痙攣しているのを見た。
素直にご馳走になりゃいいのに……そんな言葉、とても今は言えそうにない。口をもごもご動かして、琥珀はニゼル本人の反応を待つ。

「いらないですー。はい、嫌いー。いらないし、興味ないし、却下ですー。はい、嫌いー。なので早く出てってね、挨拶とかいらないから」

鷲獅子は頭を抱えた。インディコールは、ニゼルの不機嫌そのものな態度にも怯まず、涼しげな顔でぶどう酒を味わっている。
平行線、板挟みとはこの事だ。琥珀はここから遠い地で療養中の雇い主の姿を思い起こし、彼に向かって舌を突き出すふりをする。

「ふ、困ったな、これは。ああ、そうそう、提案というやつなんだが――」

――インディコールの手が閃いた。身を乗り出しかけた琥珀の視界の先、彼の手でニゼルの口に小さな物体が放り込まれる。
反射的にそれを咀嚼し、同時に青年は一瞬だけ、顔を輝かせた。色形からして、副団長が用意したというあの黒山羊チーズだろう。

「うわ……っ、お、おいし……じゃない! 餌付けしないでって俺言ってるよね!?」
「おや、そうだっただろうか。ふ、そんな事を言われた覚えがなかったのでね。これは失礼」
「あー、もう! あのさ、俺、君の事嫌いなの! ついてこないで、っていうか放っておいてくれない? いい加減しつこいよ!?」
「落ち着きなさい。提案とて、まだ中身を聞いたわけでもないだろう?」

促され、勧められ、結局は男に誘われるがまま、ニゼルと琥珀はインディコールと向かい合う状態で着席した。
ニゼルは隠しもせず舌を出している。そのくるくる変わる表情は見ていて飽きないが、副団長からすれば困惑しきりだろう。

「さて、では、何から始めるか」

ニゼルと琥珀は、訝しむように互いの顔を見合わされてから、インディコールの話に耳を傾けた。

「まずは君達のパーティ構成かな。そこの君はグリフォンだそうだが……ずいぶんと怪我が多いように見える。戦力不足は否めないだろう」
「うへ? 何ソレ、僕の腕じゃ不満ってわけ!?」
「そこまでは言わないよ。しかしだ、君の美しい翼や体毛が失われるのは惜しい。そこでわたしからの『提案』というわけさ」
「提案、提案っていうけどさ、どんな提案なの? ま、まさか……」

インディコールは、これまでにない以上に明るく笑む。直視すると目眩がしてしまうほどの、小綺麗な整った笑顔だった。

「そうとも。実はわたしもある捜し物をしていてね。君達を助けるという名目で広い視野が欲しいのだ。同行させて貰えないかな?」

言葉にならない窮屈さを覚え、琥珀は強く歯噛みする。どう考えても、自分はこの男に下に見られているような気がしてならない。
ニゼル=アルジルを守りきるには、お前如きでは実力不足だ――そうはっきりと宣告されたような感覚に陥ってしまうのだ。
今の提案、はたしてニゼルはどう思っただろうか。気まずいながらも目を動かし、羊飼いの顔を盗み見た鷲獅子は、ふと言葉を飲み込んだ。

「……お断り、と言った筈だが。『お前』は『いつまで経っても』変わらないな」

いつの間にか、足を組んで堂々と椅子に座り、ぶどう酒を片手に固形チーズを試食している。それは確かに、ニゼルに違いなかった。
しかし、彼の表情はこれまで見た事がない冷酷な温度を保持している。その上、一つ一つの動作が異様なまでに気品に満ちていた。
普段とは別人であるかのような振る舞い、物言い。ニゼルはどうしてしまったのだろう。得体の知れないものを前に、琥珀は体を震わせた。

「……とーにーかーくっ、嫌い! って言ってるんだから、はいはい出てった出てった! ほらほら出てって出てって、嫌いですよー!!」

琥珀の不安を余所に、次の瞬間にはニゼルは元の調子をとり戻している。脱力し、琥珀はそのまま椅子にもたれ掛けてしまった。
たった今の変貌はなんだったのか。顔をそろりと上げ、青年を見上げる。彼は、ん、と首を傾げ、琥珀に穏やかな笑みを向けてきた。
知ったニゼルだ、心配いらない……安堵する琥珀。ニゼルはというと、すぐさまインディコールに向き直り、追い払うべく声を荒げていた。

「ねえ、真面目に聞く気ある? 君、藍夜だけじゃなく琥珀までコケにしてるんだけど、自覚ある?」
「ふ、そんなつもりはなかったのだが。君達の為と思い、つい、ね」

副団長はやはり苦笑している。苦笑いするくらいならそんな馬鹿げた提案するな、そんなニゼルの正論さえ、彼は受け流そうとしていた。
「この旅は、恐らく平穏とは無縁だ」。琥珀はそんな予感を拭いきれない。今は羊飼いの怒気を宥める気すら、湧かないほどに。
改めてだらりと背もたれに寄りかかり、胸を反らせて、目を閉じる。
もしかしたら、自分は本当に護衛失格なのかもしれない……怪我の苦痛も疲労も、確かに感じていた。足音を忍ばせ、眠気が近付いてくる。





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 UP:18/08/29