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楽園のおはなし (2-1) BACK / TOP / NEXT |
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The paraiso is brilliant in broad daylight ... (主は、何時もあなたの傍らに) ……お元気ですか。こちらは今日もよく晴れています。あの牧草達も、近くの川の水面も、いつものように輝いています。 何故かは分からないんですけど、救援物資もまだ届き続けているので、今のところ食べる物にも不自由していません。 そちらは変わりないでしょうか。ニゼルさんはともかくとして、琥珀くんは無理をするところがありますから、気をつけてあげて下さいね。 ニゼルさんがオフィキリナスを離れてから、今日で六の月が過ぎました。この手紙が届く頃には、もう少し経っているのかもしれませんね。 藍夜さんは、ニゼルさんが去った翌々月に目が覚めました。って、これはもうご存知でしたよね。 今は「ニゼルめ、一体どういうつもりなのだろうね」、なんて怒りっぱなしです。すっかりニゼルさんの狙い通りです。面白いくらいです! 体力の回復と、魔力の回復にはやはり時間が掛かるらしくて、思うように身動きが取れない事に苛立っていらっしゃるみたいです。 ずっと店内をうろうろしていて、とても落ち着かないです。ニゼルさんがいたら、藍夜さんも少しは落ち着くんでしょうけど。 わたしが出来る事って思っていたより少ないみたいで……ニゼルさんがどれだけここの明かりになっていたのか、今なら分かる気がします。 ノクトさんとは、あれから会えていません。そちらはどうでしょう? ノクトさんは頑固なところがありましたから、やはりニゼルさんも会えていないんでしょうか。お変わりないといいのですが。 ノクトさんといえば、サラカエルさんはお元気ですか。藍夜さんは、自分からニゼルさんの護衛をするよう頼まれたのに、不満そうです。 寝言でも、「サラカエルめ、僕を置いていくなどあり得ない。覚えていたまえ」なんて仰ってます。もちろん、ニゼルさんの事も。 あの、わたし思うんですけど、再会した時の藍夜さんのお説教には、サラカエルさんの分も含まれているような気がして仕方がないんです。 それって理不尽ですよね? もし再会出来たら、ニゼルさんから藍夜さんにお話しする事って出来ないでしょうか。無理ですよね…… そういえば、ホワイトセージの調査に訪れていた視察団の方々は、ようやく作業の目処がついたそうで、先週引き上げていきました。 ニゼルさんと合流する機会はあるんでしょうか。最初の視察団を率いていらっしゃったインディコールさんが、行方不明なのだそうです。 藍夜さんはしばらくベッドから起きられない状態でしたから、わたしの方で捜索のお手伝いはお断りしておきました。 どちらにしても、マトリクスさんご夫妻を弔えなかった事を酷く悔やまれていましたから。見ているだけというのは……悲しい事です。 ニゼルさんにも、捜索の依頼がいかない事を願っていますね。なんでも、王国直属の術師兵団でも見つけられなかったという話でしたから。 長くなってしまいましたが、こちらからは以上です。この手紙が、無事にあなたの元に届けられますように。 そして、お二人の旅が豊かで何一つ不自由ないものでありますように。 落葉の月二六の日、アンブロシア ……ニゼルは簡素な羊皮紙から目を離し、顔を上げた。季節は落葉の頃、手紙にもあるように、あの住み慣れた地を離れてもう半年になる。 周囲は賑やかで、あと少しで冬の訪れだという実感を持たせてはくれない。むしろ、今ニゼルがいる地方には季節感など皆無に等しかった。 「で、シアはなんだって〜? ニジー」 目の前で黄色や赤といった鮮やかな果実をたっぷり乗せたパンケーキを口に運びながら、黒髪の娘が問うてくる。 口の端にはこれまた綺麗な黄色のクリームがついていて、見てくれとは真逆に、大変豪快な性格である事を主張していた。 ついてるよ、薄紫色の上品なハンカチを取り出し、ニゼルは娘の口の周りを丁寧に拭う。顔をしかめながらも、娘は大人しく従った。 「こっちは元気にやってるって。藍夜も相変わらず! で、琥珀ー? 俺、路銀が心許ないって言ったよね? それお小遣いから出してね」 「むあ!? ちょ、ちょっと待ってよニジー、怒んないでよ。大丈夫、ちゃんと稼いでくるからっ」 「もう、それ昨日も言ってたよね? この間の闘技大会で暴れすぎて、色んな人に顔覚えられちゃったんでしょ? しばらくは無理だよ」 ハンカチを畳みながら、ニゼルは明るく笑う。 そう、目の前の十代後半ほどに見える娘はあのグリフォンの琥珀だ。オフィキリナスを発った際、彼女には足としてついてきて貰っていた。 驚いた事に、この半年の間に十にも満たない少女の姿からこの年頃にまで急激な成長を遂げている。その為か、食費はかさむ一方だった。 基本として、二人の路銀は現地調達と決めてある。鳥羽藍夜激高大作戦の一環である「藍夜のへそくり」には、手を着けない事にしていた。 「無理って言うけどさあ、じゃ、僕はこれからしばらく、どーやって稼げばいいってわけ? モノゴイでもやる?」 「うーん、しばらくは節約かなあ。俺だってチーズとか我慢してるんだよ? 他の大型都市に行けば、また仕事も見つかるよ」 自身の食欲に素直な琥珀は、遠慮なしにものを食らう。ホワイトセージなどと違い、現在地は観光業も盛んな賑わいのある大都市だ。 よもや人目の多い中で人間や馬を強襲するわけにもいかず、彼女には都会ならではの施設、コロシアムに参加して貰っていた。 戦闘技能は、成長に伴いより洗練されている。戦績は大変良いのだが、人間向けに加減をするというのは、彼女は不得手であるらしかった。 (獣の姿の時は、見た目そんなに前と変わんないんだけどなあ) ニゼルは、オレンジ色の変わった匂いのするジュースを啜る。この地方の特産品だというそれは、まろやかで、独特な風味をしていた。 「だってさあ〜、あいつらヘボヘボなんだもん。弱すぎるから、手加減するの大変だったんだよ?」 「そういうのを言い訳っていうんだよ。あんまり目立つような事しちゃ駄目って言ったよね? 藍夜に見つかったら大変なんだよ」 「オセッキョーの事?」 「そうだよー。そもそもコロシアムで上位に食い込む女の子ってだけで、この辺じゃ噂になりやすいんだから……」 「って言うけどさあ、シアの手紙は、こーやって届いてるんだし」 「そりゃ、ものを頼んだらすんなり聞いてくれるお人好しさんがすぐ近くにいるからねー」 ジュースを飲み干すニゼルから視線を外し、琥珀は慌てたようにあたりを見渡す。その顔が微妙に歪むが、ニゼルは澄まし顔を続けていた。 「……知ってるよ〜? ああいう奴の事を、世間一般じゃストーカーっていうんでしょー」 「やめなよ琥珀。次会った時に嫌み言われるの、琥珀だよ」 「――やあ、人様を運賃無料の配達人扱いしておいて、とんだ物言いだね」 ニゼルの背後から若い男の声が掛かる。琥珀の顔はなおさら歪んだ。振り向き様、ニゼルは事前に購入を済ませていた紙袋を膝から下ろす。 そろそろ来る頃だと用意しておいて正解だった――かさかさと音を立てる軽い質量のそれを、ニゼルは声の主の目の前へと突き出した。 「そう言うと思って、はい、これ。サラカエル、このブランド好きでしょ?」 ニゼルの背後、琥珀の視線の先。ぬっと音もなく現れたのは、親友の古い友人、高位天使サラカエルだ。 オフィキリナスやホワイトセージでの騒動で、彼にはずっと世話になっている。 そんな彼は、今は鳥羽藍夜の要請でニゼルらの旅の護衛を務めていた。本意ではないらしく、姿を見せる度にこうした嫌みが飛んでくる。 ……今回、ニゼルからの礼が用意してあった事については想定外だったようだ。整った顔が、見る見るうちに訝しむそれに変わる。 「やあ、明日は雨か槍かな。それとも、この地方に相応しくスコールにでもなるのかな」 「人聞き悪いなー。いつもお世話になってるんだから、それくらいいいでしょ」 しぶしぶといった体で紙袋を受け取り、中身を改めた殺戮の天使は、ニゼルからの礼を見て片眉を上げた。 「紅茶か。へえ、南国果実の乾物付きと」 「近くで支店を見つけたからさ。それにしても、いいお値段の茶葉だよねー」 「こんな事に使うより、路銀の足しにでもしたらよかったのに。どっちがお人好しなんだか分からないね」 袖の下にしまうように滑らせる男の手から、袋が消える。最初こそ手品か何かかと驚いたが、天使能力の一つ、空間制御の類であるらしい。 今となっては驚きも感動も失せてしまった。曰く、「武器を選ばない必要があるから、学の師に無理を頼んで習得した」のだという。 サラカエルの師とは、どんな人物なのだろう――嫌みを言いながらも満更でもなさそうな表情を見上げ、ニゼルは小さく苦笑した。 琥珀はしきりに袋から零された茶葉の香りを嗅いでいる。サラカエルの話では、彼女の嗅覚は他のグリフォンより優れているのだそうだ。 主人が同じであるが故に、互いの事はそれなりに把握していると彼は続けた。琥珀の方はそうでもなさそうだけど、とニゼルは口にしない。 「……やあ、それにしても無駄に暑いね」 「南の端っこだしねー。俺も琥珀も服新調したし。前のはしまってあるけど、当分はこの辺を拠点にするから、サラカエルも着替えたら?」 ニゼルは見せびらかすようにして、麻糸を多めに含んだ真新しい服を摘まんでみせる。この街に来る以前、別の都市で購入したものだった。 サラカエルは鼻を鳴らしたが、ニゼルは満足げに胸を張る。半年前、北の地を抜けた後、三人は南方、イシュタル帝国を中心に旅を続けた。 鳥羽藍夜がこなよく愛する温泉と、それを保有する観光地が多い事。サンダルウッド以外の世界を歩き、見聞を広げる事が主な目的だ。 とはいえ、聞いていた以上に帝国の南側は気温が高く、気楽な旅というものにはほど遠くなってしまった。路銀もあっという間に底をつく。 やむなし――早々と琥珀がへばったのを機に、ニゼルは帝国で好まれる即乾作用のある衣服を購入し、日の多くをそれで過ごすようにした。 「着替えるって言ったって、どーせまた黒尽くめになるだけでしょ? ニジーも放っときなよ〜」 お陰で琥珀も今はこの通りである。珍しくそうしようかな、と同意するも、サラカエルの表情はいまいち乗り気という風には見えない。 彼の目は別の方を向いていた。釣られるようにしてニゼルも首を伸ばしたが、突然目の前に黒い巨大な影が降ってきて、瞬きする事になる。 「おう、見つけたぜ。あんたがこの間の闘技大会の優勝者だってな?」 その影が人間だと気付くまで、時間が掛かった。あまりに巨体すぎて、椅子に座ったままで見上げている間に首が凝り始めてくるほどだ。 浅黒く焼けた肌に多数の傷跡、隆々と盛り上がった筋肉、きらりと輝く犬歯……これは蛇足か。ニゼルは眉根を寄せてその大男を見る。 闘技大会がどうと言っていた。つまり、琥珀が過去に参加した大会の噂を聞きつけた戦士だろう。身に纏う、鋼で出来た鎧がそれを物語る。 ニゼルは次に、ん、と首を傾げた。おもむろに自分で自分を指差し、次いで琥珀を指差し、互いに目を合わせ、同じように首を傾げ合う。 「いやいやいや、おかしいよね? どう見たって俺、戦えるような感じに見えないよね?」 「こまけぇこたぁいいんだよ。優勝したのは、とても戦えそうにない小綺麗な旅人だったって聞いてるぜ!」 えっへんと、誇らしそうな声さえ聞こえてくるような勢いだった。頭を抱えたニゼルを余所に、琥珀は追加分のパンケーキを頬張っている。 サラカエルに至っては、野次馬根性で出張ってきたであろう店員に、新しく紅茶を注文しているところだった。 (駄目だこのパーティ、自由気まま過ぎる……) 二回頭を抱えたところで、ニゼルは急に後ろから引かれる。襟首を掴まれ、引き寄せられ、強制的に席を離脱させられた。 「うわっ、何、」 視界がぐるりと横に流される。目に映ったのは、驚きの表情とざわめきで浮き足立つ、店員やカフェの利用客の姿だった。 何が起きたのかと、なんとか首を巡らせる。予想通りニゼルの襟首を掴んでいたのはサラカエルで、彼は一人であの大男に向き直っていた。 「ねえねえニジー、ほい、これ食べる? ハイ、あーん」 「いやあのね、琥珀。どう見ても食べられるような状態じゃないよね?」 掛けられた労りには丁重なお断り。フォークに刺さったパンケーキに手のひらを向け、ニゼルは再び琥珀からサラカエルへ視線を戻す。 周囲がざわついていたのも無理はないと、合点がいった。気付くのが遅れたが、ニゼルが腰掛けていた筈のテーブルの天板が割れている。 文字通り、綺麗に割れていた。巨体が鉄球を取りつけた金属棒を肩に担ぎ直す。胸を張っているあたり、器物破損を披露したのは彼らしい。 はた迷惑な、口から罵声が出そうになり、ニゼルは慌ててそれを飲み込んだ。こんなところで注目を浴びるわけにはいかないのだ。 「おう、避けたか。怪我したくなかったら邪魔しねぇ方が身の為だぜ、兄ちゃん」 「……いや、怪我とかそういうレベルのアレじゃないよね?」 「やあ、公共の場では礼儀正しくあれと習わなかったのかな。子供でも聞き分け出来るだろうに、せっかくのお茶が台無しだ」 「って、なんで言ってる傍から挑発するの、サラカエル!」 大男の腕が振り上げられる。サラカエルはニゼルに応えない、返事よりも先に突き飛ばされ、元羊飼いは琥珀に抱き留められた。 二度目の一撃は宙を薙ぐ。空振り。殺戮の天使はするりと身を低くし、二歩ほど後退するだけで、追い縋ってくる鉄球を見もしない。 どうやらまともに相手をするつもりもないようだった。それもそうだ、ニゼルは琥珀とともに退がりながら、店員に飲食代を押しつける。 ……彼が武器を抜く時は、相手を確実に屠ると決めた時だ。こちらとしては、一般人の目のあるところで流血沙汰などごめん被りたい。 ニゼルはぱっと琥珀の手を掴み、振り返らずに走り出した。どの道、サラカエルも早く行け、と言わんばかりに片手をひらひら振っている。 「これだから筋肉バカって嫌いなんだよ! っていうかサラカエルもなんで流さないかな、こういうとこだけ藍夜にそっくりなんだから!」 「ねえねえニジー、逃げながら愚痴るのはいいけどさ、あのデカいの相手にしなくていいのかな〜。優勝者とかって、僕の事だよね?」 「いいの! 騒ぎが大きくなったら藍夜に見つかっちゃうでしょ! 俺達の旅はあくまで安全第一、藍夜の挑発第二、なの!!」 背後から悲鳴や破壊音が聞こえたが、ニゼルはそれを無視した。自分に出来る事などないし、一緒にいたところでサラカエルの邪魔になる。 琥珀の方は、天使の身を案じてというより腕を振るう機会を失ったからか不満そうだった。構うもんか、ニゼルはひたすら走り続ける。 世界を広く見聞きし、オフィキリナスという思い出に縛られたままの親友の元へ手紙を出し、その心を煽り、奮い立たせる事。 それが、この旅の最大の目的だ――他の事は、特に他人との人間関係については、大小問わず相手にしてやるつもりもない。 殺戮の天使とは、そういった意味では利害が一致していた。だから彼は、仕方がないと言いたげながらも、こちらを護ってくれるのだろう。 「全ては親友、鳥羽藍夜の為に」。互いに盲目的だなあと思わされながらも、それを自重出来るほど自分も大人にはなりきれない。 ムキになっている部分もあるけどねと、ニゼルは自嘲的に口端をつり上げた。心臓が跳ねる、世界が弾む、滴る汗が人の川に流されていく。 昼も過ぎた頃だからか、表通りは買い物を楽しむ地元民や観光客で賑わい始めていた。縫うようにしながらそこに紛れ、裏路地へ駆け込む。 結局、何故あの大男に襲われたのかは分からないままだった。皆目見当もつかず、荒い呼吸を繰り返しながら、手近な木箱に腰を下ろす。 「ねえねえニジー、これからどうすんの?」 「ど、どうするって。琥珀、元気だねー。羨ましいよ……」 「ニジーが体力なさすぎるだけでしょ〜? そりゃ、藍夜よりはあると思うケド」 ドレスの下地の生地に取りつけたポーチからハンカチを出し、琥珀はニゼルの額と頬を遠慮がちにそっと拭った。 はいはい、彼女からの純粋な疑問を流して、ニゼルは大きく息を吐く。まだ熱を帯びているものの、通りすぎる風が心地いい。 殺戮の天使なら、恐らく単独で動けた方が身軽だろう。わざわざ迎えに行くまでもないし、あの大男が立ち去ったという保証もない。 しばらくここで休んだ方がいいだろうと結論を出し、琥珀にも適当に座るよう促して、ニゼルは受け取ったハンカチで汗を丁寧に拭った。 今夜の宿探しもしないとなあ……心地よい疲労感にまどろみかけ、ぼんやりと空を仰いでいる最中、琥珀に服の裾を小さく引かれる。 「……ねえ、ニジー」 「琥珀? えっと、どうし……」 疑問はすぐに解消された。逃げ込んだ裏路地は表通りに面してはいるものの、ニゼル達の両脇、背後は建物の壁で行き止まりになっている。 逃げ場がないという意味では、ここに飛び込んだのは失敗だった。 いつからそこにいたのか。琥珀の指差す先、裏路地の入り口には、一人の見知らぬ老人と、付き添いと思わしき若い男が立っている。 「旅の方。騒動は一通り、拝見させて頂きました。潜伏先にお困りのご様子……宜しければ、私の屋敷にご一緒されませんかな」 食えない二人だ、初見での感想はそれだった。なんとなく、老人の方はサンダルウッドで邂逅したシレノスという魔獣に雰囲気が似ている。 男の方は、微かに透ける黒いローブで全身を覆っていた。香を焚きつけてあるのか、風に布が揺らされる度、花のようないい匂いがする。 「一応聞いておくけど。怪しい人だー、っていう自覚は、あるよね?」 「ほっほ。もちろんですとも、私も同じように誘われれば警戒するでしょう。私は、そちらのお嬢さんに興味があるのです」 「え、琥珀に?」 「……ほい〜? 僕? ニジーじゃなくて?」 「さよう。見たところ活発そうというだけの娘さんだが、あなたは魔獣……それも、人型変化の力を有される知恵ある獣ではないですかな」 老人の細められた眼光が、不意に射抜くような鋭さを見せた。ニゼルは息を呑む。 反射的に二人に飛びかかっていきそうになった琥珀のドレスを掴み、首を振り、行くなと目で制した。 「……おじいさん、何者? いつから見てたの。っていうか、俺達に何の用?」 「ほっほ。疑われるのも無理はない、しかし立ち話というのも長旅には堪えましょう。なに、悪いようには致しませんぞ」 琥珀が人型変化の能力を持っている事は事実だ。しかし、「人間の姿に化ける事が出来る魔獣がある」事は、あまりよく知られていない。 あの本の虫であった鳥羽藍夜ですら、琥珀の変化を目の当たりにして驚いていたくらいなのだ。相当珍しい事であるのに違いない。 歯噛みする。そんな琥珀を連れ歩く事に、内心で優越感を持っていたのも事実だ。こんなとばっちりを受けるとは、夢にも思わなかったが。 (この人、何者なんだろう) 食えない、という第一印象は間違っていなかったのかもしれない。老人は杖に手を置いたまま、にこりと笑った。 たわんだ白髭が、くしゃりと無邪気に弧を描く。黒い男も、布の隙間から辛うじて覗かせる目で、こちらの動きを探っている。 サラカエルを置いてきたのは、驕りだったのかもしれない。逃げ場も確認せずに路地裏に駆け込んだ事を、ニゼルは今更ながらに後悔した。 |
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