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楽園のおはなし (1-38)

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一体、何が起こっているのだろう……。
レティアは懸命に駆けながら、ただ必死に自宅へ続く一本道を急いでいた。エプロンドレスを翻し、ひたすら南へ、南へと急ぐ。
突然の事だ。仲の良い同僚達や、気のいい優しい店長が、まるで何者かに操られているかのように、無尽に「働き」始めた。
止めようとしても、恐ろしい力で振り切られる。更に、提供される山のような菓子などは、次々と客達が餓鬼の如く貪り食らっていく。
見知った顔も、見知らぬ顔もあった。見渡せど、正気を保っている者はどこにもいない。
誰もが血走った双眸、荒い呼吸、犬歯を剥き出しにした恐ろしい形相で、レティアは逃げ出したくなる衝動を堪えるので精一杯だった。

(ああ……神様!)

一番ショックだったのは、長年のつきあいであるあの温厚な老夫婦が、喉に菓子を詰まらせて倒れ伏しているのを見つけた瞬間だ。
誰もが、彼らの死に気付かなかった。今度こそ悲鳴を上げ、レティアは店長、同僚に縋りつき、この異常事態の究明を訴える。
しかし、二度、三度と突き飛ばされ、尻餅をついたところで、レティアは店内だけでなく、街の様子までもがおかしい事に気が付いた。
窓の外に見えたのは、自分と同じように辛うじて正常な状態を保つ人間がごく僅か。彼らもまた混乱、戸惑い、慟哭し、足を竦ませている。
そんな彼らに、突っかかり、或いは寄りかかり、またははだけた服で理性を惑わそうとする、異常な人間が猿山のように群がっていた。
……狂気と狂騒、合間に垣間見える恐怖と恐慌。さながら、何者かの手で疫病か伝染病が齎されたとしか思えない。
否、流行病の方がまだマシだ。店長や店員達の口からは、最早、苦鳴に似た声にすらなっていない呻き声が漏れている。

(……マトリクスさん)

レティアはいよいよ店から飛び出し、今日は家の掃除をする、と言って自分の出勤を見送ってくれた、最愛の夫マトリクスの元へ急いだ。
時刻は昼過ぎ、外見とは裏腹に手先の器用な彼の事だ。今頃は自作の昼食を済ませ、ソファに座って次の仕事の準備に勤しんでいる筈。
勤勉で、異性に対し免疫がなく、妻にはとことん甘く、それでいて笑顔の可愛い、我が夫。彼は、この事態に巻き込まれていないだろうか。
彼に何かあったら……想像しただけで、レティアは発狂する寸前だった。
視界を雫でにじませながらも、なんとか家まであと五十メートルという地点までたどり着く。

「……! マトリクスさん!?」

不意に、ホワイトセージ教会の鐘が響いた。レティアは、眼前、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる夫の姿を見つけて立ち止まる。

「……れ、てぃあ……」
「マトリクスさん! ねえ、街が変なの。あなたはだいじょう、」

ほっとしたのも束の間。レティアは、最後まで言葉を発する事が出来なかった。
最愛のマトリクス=ゴードンは、ふらつく体でその場に立ち止まり、こちらを見ている。
口を半開きにし、唾液を垂らし、目は虚ろで、だらんと垂れ下げられた腕は、肩ごとガタガタ震えていた。
喧噪が遠のく。レティアは、文字通り信じられないものを見る目で夫を見つめた。ついに耐えきれず、その目から大粒の涙が流れ落ちる。

「ま、マトリクスさ……あなたも、なの、嘘でしょう……?」
「れてぃあ」
「っ!? い、いやっ! 離して!!」

ほとんど無意識に歩み寄ろうとした瞬間、レティアは背後から、夫の現状と酷似した風貌の男数人に取り押さえられた。
空気に混じる退廃の臭気に、たまらず悲鳴を上げる。実際、男達の下半身は、おぞましい肉塊が半ば見える状態で晒されていた。
鼓膜を不気味な笑い声が打つ。縋るような目で夫を見上げたレティアは、彼の横に、先ほど店で見かけた「あの男」が立っているのを見た。
奴は、気安く、馴れ馴れしく夫の肩に手を乗せる。幼子を慰めるような声色で、夫の耳に何事かを囁きかける。

「やめて……っ、ミハイル神父! マトリクスさんに何をしたの!!」
「おや、意外な。君の奥さんは、年齢に反してとても賢しいようだ。マトリクスくん」
「……れてぃ、あ」
「あなた……お願い、正気に戻って……」

レティアはうなだれ、落涙した。絶望が全身を支配し、抵抗しようという僅かな意志さえ掠め取っていく。
夫は変わってしまった。否、「変えられてしまった」。理屈は分からないが、あの神父が店に来て以降、皆等しく狂ってしまったのだから。
レティア、不意に夫がかつてのような声で、レティアを呼ぶ。顔を上げたレティアは、いつしか目の前に、夫が屈んでいるのを見た。
優しい微笑み、愛情深い眼差し、逞しい体と腕。伸ばされた手が、そっとレティアの頬をなぞり、涙の跡を丁寧に拭っていく。

「マトリクスさん……? も、元に、戻ったの?」
「レティア」

マトリクスは、慈愛と慈悲に満ちた笑みを浮かべた。違う――彼は、こんな笑い方をわたしに見せた事はない。全身が粟立ち、強張った。
男達の力は凄まじく、振り払う事が出来ない。それでも、レティアは潜在的に感じ取った恐怖を前に、首を振り、顎を反らせ、抵抗する。
夫に想いは通じなかった……ある種の神々しさを持つ微笑みを湛えながら、マトリクスは身を乗り出し、レティアの耳に甘言を囁きかける。

「レティア、そろそろ『子供を作らないか』。君に似たなら、男の子でも女の子でも、きっと可愛いさ」
「いや……いやよ、マトリクスさん……」
「大丈夫、すぐに気持ちよくなるさ。さあ、ヒトの子よ、我が愛しの妻よ。共に『楽園へと向かおう』」
「お願い、お願いよ。やめて、お願い……目を覚まして……」

【 ――主よ。天に召します我らが神よ。この地に蔓延る獣どもの血と、肉と、骨と、種子とを機に、この地を仮初めの楽園と定めよう 】
【 見よ、血と脂、絶え間ない衝動と暴動が我らの糧。抉れ、掠め取れ、根こそぎ奪え。其は喜び、其は嘆き。数多の欲を核へと変えよ 】
【 描け、知ら示せ。我らが牙と爪を以ってこの地に黒の結界を成す。食い破り、引きちぎり、嚥下し、肉を抱け。即ち我らの名は―― 】

ミハイルが天高く、何事かを宣言した。
その瞬間、レティアは男達に担ぎ上げられ、まるで神への供物――生贄に定められたかのような体で、ゆっくりと教会に運ばれていく。
傍らには、当然のようにマトリクス=ゴードンが同行していた。泣けど喚けど、夫は穏やかで、幸福そうな笑みを絶やさずにいるばかり。
突如、レティアの視界に、漆黒の雷が無数に迸る。それは蛇行する蛇の如く、或いは潜行する海蛇の如く、地を舐めるように広がっていく。
見てはいけないものを見てしまった――レティアはいよいよ、手を伸ばす事を諦めた。滲む視界に、黒の雷光が触手のように蠢く様が映る。

「ああ……神様……」

遥か彼方、ホワイトセージの外周まで至ったそれらの刃は、やがて半透明のドームを作り出し、街を覆った。
陽光が遮られ、微かに暗くなる世界。レティアは、次第に一行が彼女ごとホワイトセージ教会に近付いているのを知る。
扉は、不気味な音を立て、何者の補助もないままに自動で開いた。暗がりの中で、俯いたままのミカエル像がこちらを睥睨する。
鐘の音が鳴り響き、さもレティア達の到着を待ちわびていたかのように、ふと天上から一筋の光が射し込み、一行の進む道を照らした。
気が付けば、あの黒いドームは先の一瞬だけの出現で消滅している。男達の喉から、歓声が湧いた。一歩、一歩と、厳かに教会に歩み寄る。

「レティア」
「マトリクスさん……」

扉を潜る直前。ゆっくりと丁寧に下に降ろされながら、レティアは立ち止まり、こちらに手を伸ばして振り返る夫の姿を見た。

「レティア。我が妻、我が花嫁、我が喜び、我が肉欲のしもべよ。さあ、共に楽園に至り、楽園にて果てよう。この地こそ、我らの楽園だ」

鐘の音が再度鳴り響く。レティアは、まるで誘われるかのように手を伸ばし、彼の手にそれを添わせた。温かく力強い力が返される。
これは夫だ、最愛の伴侶にして、一生を共に過ごそうと誓った相手だ。マトリクスの柔らかな微笑は、正に、式の最中に見たそれだった。
頭がぼうっとする……レティアは不思議と、満たされたような気持ちになっていた。
導かれるように手を引かれ、彼女は夫と見知らぬ男達数人と、教会の中へと入っていく。自ら踏み入り、扉が閉められるのを黙して見送る。

「さあ、これが始まりだ。思うさま、君達の楽園を謳歌するといい」

ミハイルが再び天に腕を伸ばした、その瞬間。ホワイトセージ教会から、むせび泣くような嬌声が複数響いた。
肉を打ち、音を立て、軟質なものを舐りこねくり回す異常な波は、窓を、扉を、壁をすり抜けると同時に、街の混乱を鎮めていく。
それはさながら、神に捧ぐ祝詞や賛美歌、懺悔の言の類が、彷徨う魂や荒れる狂気を宥めているかのようだった。
狂騒がなりを潜める。何もなかったように振る舞う。次第に街の住民達は、退廃した痕跡はそのままに、己が自宅への帰途に就いていった。
訪れる、しばしの静寂……その合間に、あの愛らしい女の悦ぶ声が、消え入りそうな弱々しい質量で混ざるばかりだった。






「……む、まだ夜明け前か」

藍夜はその日、珍しく早くに目を覚ました。寝直そうと試みるも全く寝付けず、仕方なしにと起き出し応接間で愛用する手帳を見返す。
使い古した黒い革張りの手帳は、「手帳は良いものを使いなさい」と持ち物にこだわる父から亡くなる直前に譲り受けたものだった。
店の売り上げ、顧客に売買した神具のリスト、営業スケジュール……店主必須アイテムではあるが、昨今の予定は未だ空白のままだ。
手頃なしおりがない為、今はアルジル羊毛製の紐を代用している。色からして合っていないが、便利ではあるので現状維持を続けていた。

「藍夜さん?」

声を掛けられ、顔を上げる。いつもの空色エプロンの紐を結びながら、驚いたような顔のアンブロシアと目が合った。

「アンブロシア。おはよう、随分と早いものだね」
「はい、わたしはだいたい、このくらいの時間で起きてますから。あの、今朝は早いですね?」

どういう意味なんだい、とは言わない。実際、自分の寝起きが悪いのはいつもの事なのだ。
懐中時計によれば、時刻は四時ぴったり。早起きだね、素直に口にすると、そうでもないですよ、アンブロシアは照れくさそうに苦笑する。
押し問答を避けるべく、藍夜は再び手帳に視線を落とした。何が書いてあるのか気になったのか、アンブロシアがそっと寄ってくる。

「僕の手帳だよ、アンブロシア。もうずっと使っていてね。だいぶ、古くなってしまったが」
「あの、もしかして、ご両親の……」
「というか、父から贈られたものさ。ああ、そういえば、このへんに」

ページを手早く送り、しおりとはまた別に挟んでいた小さな封筒を指で摘まんだ。いよいよ首を伸ばしたアンブロシアにそれを手渡す。
開けてもいいかと問うてくる彼女に、どうぞ、と勧めながら藍夜は手帳をブックバンドで閉じ、テーブルの上に静かに乗せた。

「これ、写真? ですか」
「そう。それは今から十七年前、暁橙の誕生日祝いの席で撮られたものだよ」
「えっと。じゃあ、この男性と女性は……」
「僕と暁橙の両親だよ。これは他のものに合成したロードで撮ったものでね。確か、他にも何枚か残っていた筈さ。少し待っていたまえ」

藍夜の背中が奥に引っ込んだのを見送ってから、アンブロシアは手元の写真を見つめる。
若い男女、幼い子供が二人。幼児のうち、一人は母と思わしき女性に抱かれていた。もう一人、暗い髪色の幼児は父親に手を繋がれている。
写真そのものは、褐色を中心に全体的に色褪せた色をしていた。ロードの特徴なのか、白から褐色以外の色彩については把握が出来ない。

「待たせたね、アンブロシア」
「いえ、わたしは。あの、この写真を撮られていたのは」
「両親、特に父は写真を撮るのが好きでね。寡黙な人だったんだが、こういうところはマメだったんだ」

藍夜の顔には微かに微笑が浮かんでいる。普段の彼からは想像も出来ないような柔らかい表情に、アンブロシアは目を瞬かせた。
……出会った当時、「鳥羽藍夜」その人は、気難しく頑固で、自身の過去について一切語ろうとしなかった。
だというのに、今はわざわざアルバムまで引っ張り出してくるほどオフィキリナスの過去に対し雄弁になっている。
何かしら心境の変化があったのだろうか。口を閉じたアンブロシアは、昨夜、藍夜がウリエルの想いを明かしてくれた事を思い出した。

(吹っ切れたか、或いは、ウリエル様の記憶をわたし達に明け渡した事で、鳥羽藍夜として何か思うところがあったのかもしれない)

天使ウリエルの視点で見れば、人間である鳥羽藍夜の一生など瞬き一つの短い時間といっても過言ではない。
しかし、彼は確かにこれまでの二十年間、オフィキリナス店主、鳥羽藍夜であった筈なのだ。
今こうして過去を手繰り寄せようとする行為も、それを自らに言い含める、大切な確認作業の一つであるのかもしれない。
彼の意志を尊重してあげたい……アンブロシアは慈愛に満ちた目で微笑み、藍夜が一人うんうん頷く様子を優しく見守る。
彼女の顔を見た藍夜は面食らったように片眉を僅かに釣り上げ、一度咳払いし、手元に置いたアルバムのうち一つをそっと捲った。
先の写真と似たようなセピアカラーの写真が数点ずつ、数行の手書きの解説と共に、それぞれのページに小綺麗に並んでいる。

「両親が亡くなったのは僕が七歳、暁橙が六歳の頃でね。それ以降はロードも分解して商品にしてしまったから、長い事撮っていないんだ」
「あの、今はもう、撮らないんですか」
「そうは言うがね、アンブロシア。写真撮影機というのは、なかなか希少なものなのだよ」
「……お高い、んですか」
「きみ、僕の性格が分かるようになってきたものだね。ああ、その通りだとも」

この場にあったらまず売るさ、藍夜は小さく肩を竦めた。それがどこか強がりのように見えて、アンブロシアはきゅっと唇をきつく結ぶ。

「とは言っても、そうだね。あの頃より暁橙も随分と背が伸びたし、僕もそれなりには伸びたし、記録という意味でも撮っておきたいかな」
「――じゃあさぁ、じゃあさぁ〜。コレ、使いなよぉ。シャシン、ちゃぁーんと、撮れるんだって〜!」

不意に割って入った声に、二人はぱっと顔を向けた。見ると、喫茶店に続く通路から琥珀が前脚で何かを懸命に押しながら姿を見せている。
早起きですね、とアンブロシアがグリフォンを気遣う傍ら、藍夜は琥珀が持ってきたであろうその物体を静かに床から拾い上げた。
黄金の光沢を持つ、手のひらサイズの小さな箱。蓋を開け、中身にざっと目を通したところで藍夜の眉間に深い皺が寄る。

「琥珀。これをどこで?」
「えぇ〜? 王都だよー、ニジーに買って貰った!」
「ニゼルに? きみね、これはとても、ちょっとした額では買えないような」
「えぇ〜? でもでも、ニジーは買ってもいいよ〜って言ってたし。サツエイキ、って言われてたよ〜。せっかくあるんだし、使いなよー」

藍夜はふと、アンブロシアがふるふると首を左右に振るのを見た。曰く、「琥珀くんの言う事だから諦めろ」と。
その通りだとこめかみに指を当てる。仕方なしに「眼」を使い、ざっと使用用途を頭に叩き込んでから、藍夜は歩き出した。

「藍夜さん、どこへ?」
「僕と、君達だけでは味気ないじゃないか。琥珀、きみはニゼルを呼んできたまえ」
「ほへ? いいよぉ、おっけぇ〜、おやすいごっよう〜!」
「……あの、藍夜さん。それならわたし、サラカエルさんやノクトさんも呼んできます。いいですよね?」

天使の持ちかけに、オフィキリナス店主は小さく肩を竦める。言ったところで、彼女に泣きべそを掻かれるよりはマシだった――

「……全員、揃ったようだね」

――藍夜は満足げに頷く。早朝だというのに、オフィキリナス裏手にはぞろぞろと撮影に相応しい面子が一斉に揃っていた。
暁橙は昨夜夜更かしをしたらしく、未だ眠そうな目をしている。一方、羊の世話で早起きしていたニゼルの表情は生き生きしていた。
サラカエルは苦笑と嘲笑を顔に滲ませ、ノクトは舌打ち混じりに、しかしにこにこと笑顔のままでいる義妹の横にさりげなく立っている。
どういう心境の変化だい、嫌みをかます藍夜に、アクラシエルにどうしてもと泣きつかれたからだよ、喰天使は忌々しげに反論した。

「たいまぁってのがあるから〜……じゃ、押したよ、ホラホラ、撮るよぉ〜!」
「琥珀。早くこちらに来たまえ」

三者三様に、思う事はある、そう言いたげな表情を浮かべている。
それでも、どこかはしゃいでいる琥珀を前にそれぞれが口を閉じ、写真に残してもいいような柔らかな表情を顔に湛えた。
ノクトだけは、どこか気難しい様子を保ったままで構えている。構うものかと頷き、藍夜は駆けてきた琥珀を自分とニゼルの前に座らせた。
その瞬間。ぱちりと乾いた音が響き、小箱の側面に埋め込まれていた一センチ大の球体が、ぱっと明るく輝いた。
それと同時に、箱の底面付近から、するすると数枚の写真が零れ落ちてくる。
不思議な事に、それはニゼルが両手の親指と人差し指で擬似的に作った、簡素な四角形に則った大きさを維持していた。

「便利なものも、あったものだね」
「そうだねー……あれっ、藍夜。これ、この写真、フルカラーだよ? なんか凄いね」

ニゼルと写真を拾い上げながら、人数分の写真を、一人一枚ずつ丁寧に配る。藍夜は、手にした一枚をじっと覗き込んだ。
左から、ノクト、アンブロシア。中央にニゼルと自分、二人に挟まれるようにして、前には琥珀、後ろの隙間には暁橙が立っている。
自分の隣に、顔を半ば背けるような体でサラカエルが佇んでいた。相変わらず、肖像を目に見える形で残すのが嫌いなのだな、と思い出す。
少なくとも、オフィキリナスに関わる面々は幸せそうな顔をしていた。天使達については各々の性格の問題だな、と知らず苦笑してしまう。
ウリエルの時代とオフィキリナスの時代。それをどちらも体現したかのような、良い一枚になったといえた。

「……クソが、これでも使えよ」

「鳥羽藍夜と鳥羽暁橙、ニゼル=アルジルがこの時代に生きた、確かな証を」。
その意図を汲んだのか、単純にお人好しなのか。ノクトは奪っていたロードのうち、宝飾加工技師の中級神具を取り出し藍夜に返却する。
訝しむ藍夜に対し、彼はたった一言、「天上界には人間より優れた技術者がいるからな」、とだけ言いそっぽを向いた。
負け惜しみか、鼻で笑ってやった後、藍夜は眼を使いつつ返されたピンセット型ロードを細かく振るい、希望者の写真を加工していった。

(……しおりか。これなら、長持ちするというものだね)

暁橙とニゼル、琥珀にはペンダントトップに変化させたそれらを渡し。藍夜自身は、かんざしの形に似た美しい黄金のしおりを手に握る。
小さな楕円形のトップを開ければ、この時代に生きた自分と、大切な家族、友人達の姿を、いつでも幸福な気持ちで見返す事が出来る。
琥珀の手持ちの古代琥珀ペンダントに写真飾りをつけてやる傍ら、藍夜は思った以上にすんなり通った己が我が儘に、一人静かに頷いた。

(思い出は、悲しみを齎す為だけのものではない。君もそう思うだろ? ニゲラ)

手帳を再度開き、金のしおりをそっと差し込む。陽光を反射して、それはとても誇らしい様子で輝いた。

……ホワイトセージに起きた惨状など、この時、藍夜はまるで予想さえしていなかった。恐怖は、足音を殺して彼らの背後に忍び寄る。
漆黒の半月が街を覆った瞬間を、店舗に戻り思い出話に花を咲かせ始めたオフィキリナスの面々が目にする機会は、逃された。
生暖かい風が吹き、ノクトが、サラカエルが、沈黙に閉ざされた街を見下ろす。教会の鐘が、午後の訪れを告げていた。





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 UP:18/05/14