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楽園のおはなし (1-33)

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「それで、ニゼル。君もそろそろ、言い訳の一つでも用意出来たのだろうね」

目が合った瞬間、藍夜は不機嫌そうな顔でそんな事を口にした。何を言われたか分からず、ニゼルは彼を見上げたまま一瞬言葉を失う。
サラカエルが、隠しもせずに声を出して笑い始めた。親友の言葉を頭の中で反芻させて、ニゼルは別の意味で顔を赤くする羽目になる。

「藍夜ぁ? ちょっと待って、藍夜こそ、俺に何か言わなきゃいけない事があるんじゃないの!?」
「僕は君に話を振っているんだよ。僕の事は、今は問題ないさ」
「ある、あるでしょ? なんで翼とか生えてるの、っていうか空飛んでるし! フツーに、空、飛んでるし! いつの間にそんな事に!?」
「おや、君もおかしな事を聞くものだね。翼があれば、飛ぶ事が出来てもおかしくないというものさ」
「そういう問題じゃないでしょー!? それに、さっき雷落としたの藍夜だよね? アンがいなかったら俺危なかったんだからね!?」

詰問なのか愚痴なのか、ニゼルには分からなくなっていた。とはいえ、本音としては常と変わらぬ親友の態度に安堵していたともいえる。
オフィキリナスでよく見られたように、二人のやり取りにおろおろするアンブロシア。苦笑を噛み殺し、控えめに首を傾げるサラカエル。
先ほどまでの殺伐とした空気など、どこかに行ってしまったかのようだった。しかし、それがこの場にいる全員に当てはまるわけではない。

「……おい、下らねぇ雑談はそのへんにしとけよ」

低い唸り声による制止。声のした方へ視線を投げると、焼けた片腕を無事だった手で庇いながら、なお撤退せずにいたノクトと目が合う。
流石に痛むのか、喰天使の顔色はよくなかった。苛立ち、屈辱といった感情を滲ませた苦悶の表情で、彼はニゼルらを見下ろしている。

「……サラカエル、テメェ」
「うん? やあ、ノクト。随分な格好じゃないか、珍しい」
「テメェの対天使の仕業だろうが! どういう教育をしてんだ、いや、それよりテメェ、俺との契約はどうなってんだよ!」

落雷の瞬間まで藍夜と睨み合っていた筈のノクトが、今度はサラカエルを責めている……なるほど、確かに天使にも「色々」あるらしい。
ニゼルはこっそり、誰にも気付かれないように一人頷いた。なじられたサラカエルは、喰天使を労るわけでもなく平然と構えている。
自業自得だと言わんばかりの態度に、ノクトは舌打ちを漏らした。ニゼルを見下ろしていた藍夜が、ゆっくりと彼に振り向く。
雷霆は手放されず、表面をなぞる雷光で微かに青白く明滅していた。互いの間に流れる気配は、未だに剣呑なままだ。

「契約……サラカエル。君、僕というものがありながら、ノクトとどんな話を付けていたというんだい」
「いやね、ウリエ……鳥羽藍夜。それとこれとは別というか、ま、大人の都合って話だよ」

というかその言い方は誤解を招くんじゃないのかな、蛇足の独白を付け足して、サラカエルはちらとニゼルに視線を投げる。
ニゼルには、彼らが何を言わんとしているのか分からなかった。目が合ったのだからとサラカエルを凝視しても、彼は首を傾げるだけだ。
睨み合う親友、喰天使、素知らぬ顔を決め込む殺戮の天使……どう考えても、置いてけぼりにされているような気がしてならない。
親友はこちらに振り向きもしない。ただ、その背中は喰天使への怒り一色に染まっているのが手に取るように分かる。ニゼルは嘆息した。
次いで、一人で状況の整理を試みる。「対天使」、「契約」、「理屈は分からないがいつの間にか翼が生えて飛べるようになった親友」。

(何これ難問? 俺の真の賢さが試されてるとか? そんなわけないか)

無意識に喉奥で唸っていると、横からアンブロシアが前に出たのが見えた。その横顔にふと目をやると、彼女の顔色の悪さに気が付く。
最も彼女の場合、ノクトのように身体的な損傷で蒼くなっているわけではなさそうだった。思いつめたような表情に、ニゼルは息を呑む。

「アン? どうしたの、顔色悪いよ。大丈夫?」
「ニゼルさん。あの、わたしは大丈夫なんですけど……」

皆が皆、一斉にアンブロシアを見た。彼女は一瞬怯んだように肩を跳ね上げたが、いつものように胸に手を組んで添え、ぱっと顔を上げる。

「あの……サラカエルさん、琥珀くんと暁橙さんは無事なんでしょうか」

居合わせた全員、特に藍夜の顔つきが変わった。ニゼルが口を挟むより先に、アンブロシアは言葉を探すように視線を足下に彷徨わせる。

「先ほどサラカエルさんが仰ってましたよね、厄介な連中が来てるって。それって、一体誰の、いえ、どんな方々の事なんですか」

毅然と顔を上げ、真剣な眼差しを向けてくるアンブロシアに、サラカエルは鼻で嘆息して首を傾げた。どこか不機嫌そうな顔をしている。
確かにそうだ、ニゼルもまたサラカエルを見つめた。騒ぎで頭がいっぱいだったとはいえ、暁橙は生身の人間、琥珀は鎖に拘束されている。
案ずるな、というのが無理な話だ。もし彼らの身に何かあれば、今度こそ藍夜は正気を保てないかもしれない。そんな予感があった。
注目はサラカエルに集まる。ノクトだけは視線を左右上下と忙しなく動かしていたが、不意にごく僅かに舌打ちした。

「『天国の軍勢』どもか、サラカエル」
「……おや、流石は喰天使。余所への感度も落ちてはいないようだ」
「天国の軍勢? 何それ? 死んだ人が大挙して押し寄せてくる、みたいな感じ?」

ニゼルの素朴な疑問に、喰天使は首を緩く左右に振る。突然、その手に再び、喰の黒炎が噴き出した。
思わず身構えるニゼルだが、喰はノクトの片腕、背中付近をぐるりと周り、たったそれだけの動作を果たして、すぐさま消失する。
見れば、スーツの損害だけを残して雷による火傷が塞がっていた。ダメージすら消してしまえるのかと、ニゼルは呑気に感心してしまう。

「軍勢ってのはあれだ、『偉大なる天使長様が率いる神が遣わし正義の軍隊』だ。善行やってる人間なら害に合わねぇ筈だ、心配すんな」
「えーっと? 説明になってないんだけど……っていうかノクト、今の言い方、嫌みっぽくない?」
「半分嫌みだ、クソが。あいつら、この屋敷の持ち主を誰だと思っていやがる」

悪意も露わに、ノクトがぎりりと歯噛みした、そのときだった。

「――神を冒涜するかのような言動、否、神の許可なく己が力を誇示し人間に容易く晒す愚行……如何に喰天使といえど、許し難いものだ」

強い耳鳴り、立て続けに視界が黄金の光に包まれ、ニゼルはたまらず悲鳴を上げる。さっと、何者かが目の前に駆け寄る気配を感じた。
何が起きたか分からない、しかし、誰かが目と鼻の先にいる、そう理解した瞬間、不思議と目の痛みも耳鳴りもいくらか和らいでいく。
恐る恐る目を開けた。すると、アンブロシア、更にサラカエルまでもが、自分を庇うように、ニゼルのすぐ目の前に立っている。
二人ともどうしたの、そう問いかけようとして、ニゼルは二人の顔つきの険しさに気が付いた。ただ事ではない、流石に口をつぐむ。
二人の視線は彼らの頭上、藍夜とノクトの立ち位置よ、遙か上に向けられていた。倣うように目を走らせ、ニゼルもまた言葉を飲む。

「死者、二百四、重傷者、三十二、軽傷者、十一、このうち蘇生が見込まれる者は約半数……流石に看過は出来ないな、サラカエル」

それは、天使だった。肩までに切り揃えられた髪は、サフランの色素を煮出したような、柔らかく暖かげな色のイエローオレンジ。
あどけなさを残しながらも、諫めるようにこちらを睥睨する双眸。瞳は瑠璃か、上質な杉石をあてがったような、紫掛かった紺青色だ。
背丈はサラカエル、ノクトに及ばず、藍夜よりは高い。だというのに、彼から注がれる威圧感は尋常ではない。誰もが言葉を発さなかった。

「その人間と、その周辺には悪意がない事は確認が取れている。警戒を解き、我らが崇高なる神の言葉を聞け。サラカエル、アクラシエル」

広げた大翼は金とも橙とも取れる、見事な太陽光の色。ところどころに、褐色で彩られた、孔雀の尾羽根に酷似する模様が刻印されている。
眩しかったものの正体はこれかと、ニゼルは一人で納得した。アンブロシアが光を和らげる結界を展開したのかもしれないと予想立てる。

(え、そもそも神様、って今もいるの? ラグナロクってやつで皆滅んだんじゃなかったっけ……というか、誰?)

ただ者ではない、という事くらいは理解出来た。ノクトはさほどでもないが、藍夜、サラカエルらの表情には緊張が満ちている。
口調、佇まい、身に纏う汚れ一つない白色の衣服、白銀に艶めく簡素な甲冑。近寄り難い……ニゼルにとっての第一印象とはそれだった。
アンブロシアはもちろん、サラカエルとは纏う雰囲気がまるで違う。いつものように気楽に口を挟む事が憚られる、そんな存在感があった。

「神……神、ってか。おい、このクソミカエル。テメェ、この屋敷の主が何者か、分かってて軍を動かしたんだろうな」
「品のかけらもないな、喰天使。今回、貴殿の関与は不要だ。許可なら追々、正式に書状が下される」
「事後処理じゃねーか!」
「『ガブリエル』が不在の今、『告知』なしで『覚醒』した天使がいる……ぼく達にとっては、そちらの方が重要視すべき案件なんだよ」

「ミカエル」。ニゼルは想像だにしなかった名前がノクトの口から発された事に目を剥いた。幼い頃、鳥羽瓊々杵の書斎で読んだ事がある。
途方もなく身分の高い天使で、ホワイトセージや王国にある教会では非常に厚く信仰され、賛美歌のモチーフにされる事も多い神の右腕。
信仰心のないニゼルでさえ、その名前と知名度くらいは知っていた。まさか、現実に存在しているなどとは夢にも思わなかったが……

「『神に似た者』、『神の如き者』。そして天国の軍勢の総指揮官……そんな君が、何故またここに? お陰で時間と手間が掛かったよ」
「サラカエル。君の意見は聞いていない。君の処罰は追々下す、神の意向を待つといい」
「やあ、話にならないな。ああ、君は昔からそうだったね。神が鷺を烏と言いくるめるのを、理解はしていなくても従ってばかりでいた」
「……それ以上、我らが神を冒涜するような言動を続けるのは推奨しない。己が発言には責任が伴う事、忘却しない事だ」

こちらが何を言おうと、訴えようと、譲る気も曲げる気もない。ミカエルの言葉の端々からは、そういった決意のようなものが垣間見えた。
頓着。口答えするサラカエルの横顔は険しいままだ、この天使はよほど手強いのだろう。ニゼルはそわそわと落ち着かない心地でいた。

(さっき、告知なしどうのって言ってたけど。もしかして、こいつ、藍夜の事を探りに来たって事?)

ちらと親友を仰ぎ見る。藍夜もニゼルと同じ事を考えていたらしく、ミカエルを見上げる目には警戒と疑念、不安の色が濃く滲んでいた。
心臓のあたりが不穏にざわつく感覚を覚える。たまらず、アンブロシアやサラカエルを押し退けるように、ニゼルはぱっと前に飛び出した。
不意にミカエルと目が合う。位の高い天使でも人間に意識を向ける事もあるんだなあと、ニゼルは妙なところで彼の天使長に感心した。

「えーと、初めまして?」
「初めまして、ニゼル=アルジル。君達の牧場の評判は、今日に至るまで聞き及んでいる。今後も素晴らしい製品の生産に期待しているよ」

ニゼルはぽかんと空を仰ぎ見る。どういう意図なのか、ミカエルは大真面目な顔でニゼルと両親の業績を誉め、その労を労ってきた。
本心らしく、その表情は柔らかな笑みを含んでいる。大天使ミカエル。彼が、善き人間に味方する天使だという伝承は真実であったらしい。
どうも、照れくささを感じながらも短く礼を言い、ニゼルは改めてミカエルを見上げた。悪い奴ではなさそうだと、こっそり認識を改める。
単純に、彼は良くも悪くも従順な神のしもべなのだろう――道理で、天使の割に、神への忠誠心に欠けるノクトらとは合わないわけだ。

(天使にも、合う、合わない、ってあるんだなあ)

うんうん頷いている間も、ミカエルはじっとニゼルに視線を注いでいた。彼を咎めるように、或いは牽制するように、藍夜がその間に入る。
はたとニゼルは親友の背中を見つめ、ミカエルは先と同じ硬い表情で藍夜を見下ろした。途端に走る緊張に、ニゼルは思わず体を固くする。

「君の用件はなんだい、ミカエル」
「ウリエル、いや、鳥羽藍夜。君は何故、『そのような』事になったのか……今ここで、明らかにする意志はあるのか。どうなんだ」
「さあ、どうだったかな……覚えてないね」

藍夜の体と翼が壁になり、ニゼルにはミカエルの顔が見えない。現在、藍夜に対峙する彼の眼差しは、目的はお前である、と宣言していた。
歯噛みする藍夜に、ミカエルは冷淡な目を投げ落とし続ける。しばらく、沈黙が流れた。ふとミカエル側が、言葉を選ぶように口を開く。

「我々が今日、ここに訪れたのは、『ウリエルの現状の解明』と『高位神具の回収』の為だ」

ぽつりと空気に溶けた響きに、ニゼルは何度か瞬きを繰り返した。
舌打ちが耳を打つ。音の発生源に目を向けると、滞空したままのノクトが、苦いものを噛んだような顔を浮かべているのが見えた。
ニゼルはミカエルの話を脳内で繰り返す。次第に、羊飼いの中に、雷雲のような勢いで思考が浮かんだ。釣られるように音を発してしまう。

「高位神具の回収って……それ、もうノクトが先に藍夜にやらかしてなかった?」
「誰がやらかしだ、おい」
「だって」
「それを追って我々はこの地に訪れたというわけさ。神の言葉を以って」
「ええ? 俺は、天使とか神様の事情なんて分からないけどさー。もともと、神具を発掘して売ってたのは瓊々杵さんと藍夜や暁橙でしょ?
 それって言い方悪くしたら、ただの横取り、下手すると強盗なんじゃない? つまり、犯罪だよ、犯罪! 天使がそんな事していいの?
 今の今まで、神具がオフィキリナスにあったのを放置してたのに、今更? 藍夜が覚醒……したからって今頃ノコノコ出てきたって事?
 神の言葉って言うけど、神様がこうしなさいって言ったらどんな事でも従わなきゃいけないの? それが強盗でも? おかしくない?」

不意に、サラカエルが密かに噴き出す音が聞こえた。気が付けば、ニゼルはぼろぼろと思っていた事を吐き出してしまっている。
止まらない、止められない。怪訝な眼差しで、藍夜の背中越しにミカエルを見上げた。言葉は返されない。静寂が場を包む。

(なんだろ、人間の分際でー、とか言って怒ってきそうなもんだけど。意外、何もないんだ?)

ここで、ニゼルは我に返った。
あたりを見渡せば、ノクトは眉間に指を押し当てて唸り、サラカエルは笑いを堪えようと肩を震わせ、アンブロシアは顔を蒼く染めている。
藍夜とミカエルの表情は見えなかったが、自分が派手にやらかしてしまったという事だけは理解出来た。言い繕うにも、言葉が出てこない。

「えーと、ミカエル、だっけ? ごめん、なんか俺、言い過ぎた?」

返事はおろか、反論一つ降ってこない。逆にそれが不安を煽り、ニゼルは初めて、おろおろとうろたえ始める。
もし、万が一自分がミカエルらの逆鱗に触れてしまったのだとしたら。その時、親友の身はどうなってしまうのだろう。
藍夜から叱責が飛ぶ事も、嫌みがこぼされる事もない。どうしよう――どっと額に汗をにじませたニゼルの耳に、ふと、それは届けられた。

「――兄ィ! ニジーさん!」
「おーい、藍夜ぁ、ニジー、シア〜。ねぇねぇ、無事〜?」

軽快な靴音と足音、空を裂くよく通る声。剥き出しになった屋敷の骨組みを踏み越えて、暁橙と琥珀が姿を見せる。

「暁橙、琥珀! よかった、無事だったんだ!」

ミカエルに構わず、ニゼルはぱっと彼らの元に駆け寄った。見れば、怪我はもちろん、琥珀に至っては鎖と重石も全て綺麗に外れている。
……誰が外してくれたんだろう、ニゼルは一瞬、眉根を寄せた。どうしたの、問いかけてくる琥珀に、曖昧に笑みを返してはぐらかす。

「ニジーさん、さっきこっちから凄い音がしたけど、何があったの? っていうか……えーと、な、なんか、凄い事になってない?」

暁橙の視線が空中を彷徨った。実兄の姿に、驚きを隠せないように目を忙しく瞬かせている。
どこから説明したものか、ニゼルは思わず唸りたい気持ちになった。それもこれも、ノクトとサラカエルのせいだ、彼はそう結論づける。
流石にそれは口に出さずにいられたが、表情では饒舌に語ってしまっていたらしい。視界の端から、ノクトが舌打ちする音が聞こえた。

「色々あったんだよ、色々。全部、家に帰って、話をしよう?」

ニゼルは柔らかく微笑む。それは、暁橙を安心させる為だけでなく、自分自身に言い聞かせる為のものでもあった。

「……家に帰る、か。それがいい、君達ヒトの仔らは、この地に長居するべきではない」

不意に、優しく静かな風が、そっと吹く。それは、ニゼル達に向けられて放たれた、ミカエルの凛とした声でもあった。

「サラカエル、喰天使。君達の所業については、改めて処罰が下されよう。覚悟を決めておく事だ。君達の現状に、罪は無関係なのだから。
 ウリエル、アクラシエル。君達は、彼らを無事、ヒトの世に送り届けるんだ……彼の言葉通り、我々にも再考の機会と時間が必要だろう」

ニゼルは目を剥く。まさか、ミカエルという世界中で最も有名な天使が、自分のような一介の羊飼いの言葉を真に受けたというのだろうか。
しかし、事実ミカエルはそのつもりであるらしかった。
強い羽ばたきの音と、眩い光が場を満たす。柔らかい風が通り抜け、何枚かの見事な造形の羽根が、ふわりと優しく宙を舞った。
藍夜が、羽ばたきながら結界の上に降下してくる。ミカエルがいたであろう場所を見上げたニゼルは、その場に誰もいない事を視認した。

「あっけないなあ。何か、一言くらい言っていけばいいのに」
「咎められでもしたかったのかい、君は。いつからそんな悪趣味になったんだい、ニゼル」

重苦しい空気とは裏腹に、藍夜は緩く肩を竦める。いつも通り、鳥羽藍夜その人の仕草だ――ニゼルは内心、ほっと胸を撫で降ろした。

「藍夜。そう言うけどさ、こっちはこっちで、大変だったんだからね?」
「おや、君はノクトやアンブロシアと『仲良く』やっていたのじゃなかったのかい」
「ええ!? ちょっと待って、藍夜、今のそれ、嫌み!?」
「それ以外に何があると言うんだい」
「もうー! やっぱり根に持ってるじゃないか!」

暁橙が明快に笑い、琥珀もつられてステップを踏む。
藍夜を中心に和やかな雰囲気を楽しむ人間勢に対し、ノクト、サラカエルといった天使の面々の表情はどこか暗いままだった。
後日下されるであろう処罰、隠され通した天使長の明白な怒り、互いの立場の違い。それがある以上、ニゼルの言のようにはいかないのだ。
相互理解に至れるとは、到底思えなかった。





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 UP:18/04/14