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楽園のおはなし (2章番外編)

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(女神様奮闘記)


「ほう、確かに穴が開いているな。綺麗な開きっぷりじゃないか」
「そうでしょう? 雨漏りを直そうという気持ちは有り難かったのですが、子供らには早過ぎたようです」

アンブロシアは、目の前で和気あいあいと談笑を楽しむ主と町の神父グラッセの姿を見つめる。二人の視線は教会の天井に延びていた。
神父曰く、数日前の雨で雨漏りが見つかり、教会で引き取った孤児達が修繕しようと登ったところ誤って飾り硝子を踏み抜いたのだという。
見事な穴だ、いやいやお恥ずかしい、苦笑しあう二人の間には平和な空気が流れていた。しかし、その光景をよく思わない者もいる。

「……ヘラ様も呑気なものだね。いつ、屋敷にお戻りになるおつもりなのだろう」

悲劇の天使は、背後から聞こえた地を這うような声に肩を跳ね上げ、振り向いた。爆発寸前といった顔の藍夜が仁王立ちになっている。

「えっと……あの、藍夜さん。ヘラ様にもきっと何かお考えが、」
「おお、『トバアイヤ』! いいところに。お前、ちょっと屋根に登ってあの大穴を直してやれ。雨漏りの修理は得意だったろう?」
「……アンブロシア、君はこれでもお考えが、などと言えるのかい」
「ううっ、す、すみませんっ」

文句を言いつつ、藍夜は教会の裏手にあるという梯子の元に大股で歩いて行った。戸惑っていると、お前も行ってこい、と女神に促される。

「というわけだ。私の代わりに八つ当たりされてきてくれ、アクラシエル」
「ええぇ……わ、分かりました」

半泣きになりながら外へ出て、昼下がりの眩しい陽光に目を細めた。と、頭上から細かい乾いた音が聞こえて、慌てて梯子に手をかける。
案の定、登った先では鬼の形相をした藍夜が――どこから取り出したか全く不明の鎚を手に、雨漏りと飾り硝子の修理に向かっていた。

「あの、藍夜さん。その道具は」
「ヘパイストス様が町に降りる際に預けて下さったのだよ。彼の七つ道具とやらが入っているそうなんだが」

いつの間にか、大きな革製の鞄が瓦の上に無造作に置かれている。淡い茶色で、これといった特徴のない肩掛けの鞄だった。
一瞥を投げた後、アンブロシアは藍夜が両手で抱えたものを見て首を傾げる。慎重に歩を進めて距離を縮め、彼の手元を覗き込んだ。
薄い板状に加工された深い蒼色の鉱石が、無色透明の薄く延ばされた水晶の板の中にすっぽりと覆われている。
光が当たるとエッジが輝き、中の蒼い板が美しい色彩の移ろいを見せた。宝石というよりも、木材や鉄板といった素材に近い印象を受ける。

「わあ、すっごく綺麗ですね。なんですか、これ?」
「君もそう思うかい。これはね、中身は瑠璃だよ。水晶の膜で覆われているんだ」
「ラピスラズリですか。それにしたって」
「見事な加工技術だろう。これこそ、十二柱の中で最も優れた名工と謡われた方の妙技だよ」

にこにこと微笑ましい気持ちで藍夜の横顔に視線を移して、しかし娘は笑顔のまま硬直する羽目になった。

「つまりだ、彼の鍛冶神もまた、ヘラ様がこうして無駄に日数を過ごされる事を見越していたわけだよ。とんだ食わせ物だと思わないかい」

怒り心頭、怒髪天。とにかくこの鳥羽藍夜という記憶を有した高位天使は、転生前に比べて怒りっぽい気質に変貌してしまっているらしい。
物凄い勢いで、件の神の特製だという透明な釘状の棘を鎚で打ち込みながら、彼は怒りのあまり口端を釣り上げて不気味に笑っている。
戦慄くを通り越し、アンブロシアは半泣きで震えるより他にない。気分転換、ましてや特訓など、とても不向きな外出としか思えなかった。

「――終わりましたよ。次はどうするんです、『奥様』」

早々と済まされた修繕の痕跡の上に、耐水性の結界を薄く丁寧に展開させた後、悲劇の天使は審判官の手を借りながら屋根から降りる。
第一声を吐いた直後、藍夜は眉根を寄せてその場に固まった。神父が出してくれたという甘酒を試飲しながら、ヘラはにこりと笑んでいる。

「おお、そうか。御苦労だったな。どうだ、お前達も。度数は低いが、まろやかでなかなか面白い味だぞ」
「結構です。アンブロシア、君は頂いて来たまえよ」
「えっ、あっ、あう……あ、あのぅ、わ、わたしも遠慮しておきます。それより奥様、もうお昼も過ぎましたから、あまり長居をするのは」

そもそも教会に立ち寄ったのは、地母神信仰がどれほど町の根幹に寄り添っているかを確認する為だった。
神父と雑談で盛り上がり、屋内でくつろぎ、あまつさえ酒などを楽しんで、ヘラはどういうつもりでいるのだろう。
同じ事を考えていたのか、藍夜は長い嘆息を漏らして黙り込んだ。流石の彼も、地母神に直接たてつく気はないように見える。
ヘラは部下達の考えが分からない、という顔をした。苦笑いするグラッセと顔を見合わせ、彼女は名案を思いついたとばかりに手を鳴らす。

「そうだった、工房は早く閉まるのが世の常識だな。よし、そうとなれば急いで酒殿に向かうぞ。世話になったな、グラッセ」
「いえいえ。良いお酒が見つかると宜しいですね」
「うむ! ほらお前達、もたもたするなー。時間は有限というからな!」

話など通じるわけもない。がっくりとうなだれた藍夜を慰めるように、アンブロシアは彼の背にそっと手のひらを添えた。






「……なるほど、それでこれだけ酒があると。で、君達は止められなかったと。笑わせてくれるじゃないか、アクラシエル、トバアイヤ」

人間、もとい天使であれ、痛いところを突かれると耳が痛いと感じるのは、格言通りの事実であるらしい。
人好きのする笑顔で首を傾げたままこちらを睥睨する殺戮を前に、罵られたふたりはたまらず下を向いてしまう。

「おいー、おチビ。二人とも今日は私の付き添いで大変だったんだぞ、少しは労ってやれー」
「……まるで、お前は何もしてなかっただろうと言いたげなお答えですね。奥様」
「事実だろう? ふふ、そもそも『こんなところであれこれ話し合うのは』不適切だからな。なあ、女将」

いきなり話を振られた宿の女将は、芋の皮を剥く手を一度止めて顔を上げた。
珍客としかいえない来訪者らが集まるテーブルの上は、今は大量の酒瓶に覆い尽くされている。
時刻は夕時、畑仕事を終えた町民の何人かは、窓の外からこの異様な光景に驚いて目を見開き、帰途につく足を止めてしまうほどだった。

「あの、今日は時期の割に暑かったですから。粗末なものですが湯を炊いておきましたので、是非お疲れを取っておくつろぎ下さいませ」
「風呂か。いいものだね」
「トバアイヤ……分かっていると思うけど、奥様が先だからね」

目の色を変えた藍夜を余所に、ヘラは手酌で乳白色の濁り酒を口に含む。
美味いなあ、と彼女にしては珍しく賛辞の言葉が吐き出され、サラカエルは片眉を上げた。

「奥様、そちらは」
「杜氏が仕込んだもの、だそうだ。そうだ、お前にはこっちをやろう」

主、上司、地母神、好いているひと。殺戮に女神からの酌を拒む術はない。濁り酒とは別の、透き通る綺麗な酒を勧められて杯を受け取る。
何を企んでいるのか……杯を見下ろしながら逡巡するも、サラカエルはそれを一気に口に流し込んだ。と同時に、物凄い勢いで噴出させる。
途端に、ぶはっと噴き出し、ヘラは腹を抱えて笑い始めた。何が起きたか分からず、藍夜とアンブロシアはひたすらうろたえている。
この女神は既に「出来上がっている」のだ、藍夜はそう判断した。ひとまず対天使の元に駆け寄り、その背中をさすってやる。

「っな、なんです、これは!?」

咽せながら、サラカエルは文字通りひっくり返った体を何とか起こした。

「これが酒殿で仕込まれたものって? とんだ悪酒じゃないですか! 本当にこのあたりは、酒所なんですか!?」
「そう思うだろう? 次の杜氏……跡取り息子か、そいつの試作品だそうだ。ははっ、商いは得意だが、酒には嫌われている若者らしいぞ」
「そっ、そんなもの飲ませないで下さいよ!」

女将に手渡された水を一気に飲み干し、なおも女神を睨む殺戮を、若い女はおろおろと伏せがちな目で見上げている。
涙目でテーブルを拭いていたアンブロシアが、その様子に気付いて声を掛けた。はじめは口ごもっていた女将だが、ぽつぽつと口を開く。

「その跡取り息子というのは、私の幼なじみなんです。どうも昔から、お酒にはめっぽう弱いし、麹菌とも相性が悪くて……」
「ああ、そうそう。そんな事を、杜氏や酒人らも言っていたな」
「彼はまだ、杜氏になりたいという夢を忘れられないそうで。酒造りに熱中しすぎて婚期も逃したのにって、すっかり町の話の種なんです」
「やあ、こんな味なら、それも無理ないさ」
「おいー、嫌みを言わないと死ぬのか、おチビ。で、お前はどうなんだ。お前も、そいつを夢見がちの莫迦だと思うか」

女将は、ヘラの問いかけに一瞬言葉を詰まらせた。すると次の瞬間、見る見るうちに彼女の頬がほんのりと朱に染まっていく。

「あの、私も彼の酒造りの才はちょっとどうかと思うんですけど……その点、酒の商いや周りの酒人達とはとても上手くやれているんです。
 そこを彼が気付いてくれれば、町一番の酒殿ですから、きっともっといいお酒が出るようになるんじゃないかって。かなり期待してます」

それは本音半分だな――ヘラだけでなく、居合わせた面々が一斉にそう思った。女将側は、杜氏見習い未満に好意を寄せているのだろう。
とはいえ、彼女は既に伴侶がある身。婚姻の女神は、一体どういうつもりで彼女の真意を確かめようとしたのだろう、殺戮は首を傾いだ。

「――うおっ、なんだよ! すげー美人がいるって聞いてたけど、うちの客だったのか」

耳障りな音というのは、この事だ。突然割って入った甲高い男の声に、それぞれが振り返る。
宿の客間であり、食事場も兼ねている居間の奥、台所すぐ近くの裏口から見慣れない男が一人姿を現した。
女将がはっと息を呑んだのを、ヘラは見逃さない。サラカエルに空の杯を向けながら、仔牛の眼に似たあどけない双眸が物言わずに細まる。

「……あなた! 今までどこに行ってたの!?」

女将は縋るようにして男に駆け寄った。目の前に立ち、切実な眼差しで見上げてくる妻を前に、夫側は心底面倒くさそうに顔を歪める。
泣き出す寸前の女将に舌打ちまで漏らされたのを見て、思わず口を挟もうと身を乗り出した審判官を、殺戮の手が引き止めた。
振り向いた藍夜の目に、冷ややかな目をした女神の姿が映る。たじろぐように彼はぐっと堪え、渋々と引き下がった。

「別に関係ないだろ? っていうか、帰るなり喚くのやめろよ。そういうところが嫌なんだよ」
「嫌って……私の事はどう思っててもいいけど、宿を継ぐって父さん達と約束したのは、あなたじゃない!」
「うるっせーなあ。ってかさ、お前こそ俺がいない間に男でも連れ込んでんじゃねーの? 俺が帰ってきたら、イチャつけねーもんなあ」
「なっ……そんな事する暇、あるわけないじゃない!」
「どーだかねえ? お前、酒屋の跡取り息子さんと仲良かったっていうじゃん。なんで俺と結婚したの? どーせ俺の稼ぎ目当てだろ」
「そんな……あなたからプロポーズしてくれたのに……一緒にやれる家業っていいよな、って、都会から越してきてくれたじゃない……」

いよいよ女将は両手で顔を覆って、泣き出してしまう。耐えきれずテーブル拭きをそのままに、アンブロシアは彼女に駆け寄った。
寄り添うように隣に立ち、肩に手を触れ、静かに慰める。サラカエルらはヘラにちらと視線を投げたが、女神は手酌を続けるばかりだった。

「……ん? おお? なんだ、そっちの酒飲みのねーちゃんも可愛いけど、君も可愛いじゃん」

信じがたい事に、女将の夫はアンブロシアの左手を強引に掴んで引き寄せようとする。ぎょっとしたのは娘本人のみならず、女将もだった。

「な、こんな地味ブスほっといてさー、俺とお茶でもしに行かない?」
「ちょっと! お客様になんて事するのよ!」
「は? なんだよ、お前は関係ないだろ。引っ込んでろよ!」
「きゃっ……」

非情にも夫に突き飛ばされ、女将は背中から倒れかける。しかし、その背を受け止めたのは冷たい床ではなく、

「ほーう。その女には『お前から』『求婚した』のか、なるほどな」
「っと、大丈夫かい。怪我はしていないようだね」

至近距離に藍夜の顔を見つけて、女将はさっと顔を紅くした。同時に慌てて起き上がろうとしたところで、

「って! なっ、何すんだクソッ、離せよ!」
「……奥様。この馬鹿、どうします」
「ッギャ! いっ、や、やめっ、やめろ! いてえっ!!」

彼女は夫の悲鳴に気付いて動きを止める。アンブロシアは既に解放され、桜の髪の娘と夫の間には、いつの間にか殺戮が割って入っていた。
力を込めているようには見えない青年の手が、夫の右の手のひらを押さえ込み、ぎりぎりと音が鳴るほど強く圧迫している。
女将はうろたえて藍夜を見上げて救いを求めるが、こちらに気付いた二色の瞳は頷き返しもしなかった。
刹那、ふーっ、とわざとらしい長い嘆息が宙に溶ける。手だけで拘束される男以外の視線が、一斉に音の出所へと向けられた。

「サラカエル。『まだそのときではない』、離してやれ」

「飽きた」とその顔は主張している。誰もが二の句を吐く事を躊躇い、硬直した。唯一サラカエルだけが、放るようにして男を解放する。
杯をテーブルに戻し、ゆっくりとヘラは立ち上がった。背はそう高くなく、どちらかといえば童顔で、丸い瞳が印象的な女性。
どうしても幼いだけの物知らずな小娘という風に見えてしまう。ところが、今の彼女は理知的な眼差しで人間二人の前に立っていた。
女将もその伴侶も、この女が神である事など当然知らない。しかし二人は、彼女に見下ろされた途端に体を強張らせ、額に脂汗を滲ませる。

「人間、誰しも秘密を抱えて生きているものだ。それが善悪如何なるものであれ、公にされる事は恐怖そのものだろうなあ。そうだろう?」

のびやかな、それでいて反論を決して許さない透き通る冷たい声が、居間の空気を打った。
……漆黒というのは、恐ろしい色彩だ。どこまでも深く冥い色をしているので、見つめているとその奥に引きずり込まれそうになる。
ヘラの黒とは瞳の色の事だった。余計な他の色彩を弾き飛ばし、水晶体が硝子か鏡となって、対峙する者の姿をありのままに反射させる。

「妻よ、お前は夫に何を隠されているのだろうな。日々の勤めは辛かろう、それでも親への引け目もあってか、お前は逃げずにあるのだな。
 夫よ、お前の妻はお前の言う不貞とやらを真に働いていると思うか。どうなのだろうなあ、お前達の秘密とは『どこに』あるのだろうな 」

夫が悲鳴を上げ、女神の横を通り過ぎて逃げ出したのは、対峙してほんの数秒後の事だった。ヘラは嘆息混じりにこれを見送るに留める。
金縛りから解かれたように、女将は藍夜の腕の中でなおさら脱力した。抱きかかえ直してくれた青年に、彼女は青い顔で無理に笑みを返す。

「あの……申し訳ありませんでした。うちの夫が、失礼な事を」

自ら立ち上がり、女将は直立すると同時に震える手を腹の前で組んで、客達に頭を下げた。気丈だと感心した殺戮が、片眉を上げている。

「気にするな。むしろ首を突っ込んだのはこちらだ、すまなかった。お前に恥をかかせてしまった」

ヘラも同じように評価したようだった。慰めるように強く頷き、女将に椅子に座るように女神は促す。
素直に従った女将は、過去に「夫が都会の女と一緒に歩いているのを見た」と町民から聞かされていた事を打ち明けた。
家の恥であり、下手をすれば集客に影響が出かねない。故に表立って騒げず、離縁する勇気も出せずにあったのだと彼女は肩を震わせる。

「私達には子供がなくて。それに、私には両親から譲り受けたこの家と、外飼いの老いた馬しかいないんです。あの子は夫には懐かないし」
「ほう、馬を飼っているのか」
「もう、本当に現役でも何でもない、荷車引きの雄馬です。言ってしまえば、両親の遺産のひとつですね」
「そうなのか。だが、うん? 初めて宿に来たとき、そんな生き物の姿はなかったぞ。表には休憩所しかなかっただろう」
「夫がみすぼらしくて見るのも嫌だと……裏手の予備の小屋に。街まで連れていけそうにもないので、私の趣味という形でいて貰ってます」

気になったのか、アンブロシアが裏口を開けて外に出た。話に出てきた馬を視界の先に見つけたのか、あの仔が、と表情と語尾を綻ばせる。
女将は困ったような笑顔で頷き返した。以前は都会へ向かう足になって貰っていたというその馬は、幼少の頃からの友なのだと言う。

「考えてみれば、宿だ、馬だ、お客様だ、田舎づきあいだ、って。都会育ちの夫に、煩わしい事しか言えていなかったのかもしれません」
「が、不貞は不貞だ。この町には『嫉妬狂いの地母神』の加護があるのだろう。お前はその神に誓いを立てて、妻となったんじゃないのか」
「それでも……夫には、重荷だったのかもしれませんね。私が一言、彼の求婚を断っていれば……きっと今頃、こんな事には……」

女将はさめざめと泣き出してしまった。藍夜が彼女にハンカチを渡している最中、それ以上は追及せずに、ヘラは厳しい表情で黙り込む。
居間に戻ってきたアンブロシアは、とても悲しそうな顔をした。サラカエルはそれぞれの顔を見渡して、鼻で嘆息してそっぽを向く。
彼の右瞳は、またしても作動させられていた。逃亡した筈の夫の視界に視線を重ね、男が懸命に縋りつく先に双眸を細める。

「やべえ、やべえって! 俺がウワキしてんの、嫁にバレたっぽい!」

女将の嘆きなど、本当に届いていなかった。夫は別の宿に宿泊していた「真に好いている女」に、取り乱した様子でまくし立てる。

「ちょっと、落ち着いてよぉ。だぁいじょうぶ、あんな鈍くさい娘、気付いてたって何も出来やしないんだから」
「そっ、そうかな? でもさ、何か変な客が来てんだよ。まさか弁護士とかそんなんじゃ、」
「ないない! 今まで気付かなかったのに、今更何が出来るのよぉ。まぁバレたんなら、そろそろ財産貰いに行った方がいいかもだけどぉ」

相手はこちらの能力や、女神自身が敵対した事も想像していないだろう――派手な化粧で顔を彩った若い女が、唇に綺麗な弧を描いていた。





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 UP:19/06/05