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楽園のおはなし (1-24) BACK / TOP / NEXT |
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「……う、ううん……」 空洞という広さを想像させる、複数の音の響き。漏らした呻きと吐息とが反響し合い、ニゼルは自身のそれに目を覚ました。 目の前にあるのは、無数の円錐形の鍾乳石と、がらんとした空洞。レテの遺跡出入り口付近の見覚えのある天井だ。勢いよく跳ね起きる。 体を起こした瞬間、首元でしゃり、と微かな物音が聞こえた。見れば、サラカエルの護符が傷一つない姿で下げられたままになっている。 「あれ、俺……?」 暗がりの中で手を動かせば、ごとん、と重い音が返ってきた。更に手を伸ばすと、愛用する鞄と、レテ川の水を収めた瓶の感触が戻される。 思わず、自身の体を服の上からまさぐった。破けた箇所はおろか、体にも傷一つ見つからない。手を握り、開き、また握り、首を傾ぐ。 どうしたんだろう――ニゼルは、ひたすら疑問に首を捻った。眉根を寄せても、嘆息しても、応えてくれる者の姿はどこにもない。 (確かあの時、変な天使に眠らされて……でも、なんともないし) 鞄を持ち上げてみても、布越しに水が瓶の中で跳ねる音が返されるばかり。肩に下げ直し、立ち上がる。 この場で居眠りしていた、と言われてしまえば、なるほどそうかも、と言いたくなるほどに何も覚えていなかった。 周囲を見渡せど、いつもなら煌々と灯されている筈の燭台の灯が消えている為、自分の外見や周辺の状況ははっきり見えない。 状況の確認のしようもない。困ったな、そう呟く代わりにニゼルは頬を小さく掻いた。 (何も、されなかった? それとも、最初からただの夢?) 暗がりの中で、手を開く。まるでよく見えない手のひらに視線を落とした。痛みや違和感などは感じられない。 ニゼルは首を振る。あの時、自分は確かに恐怖と絶望を感じた筈だった。藍夜に助けを求めた心の叫びも、感覚として残っている。 (気のせいじゃない、きっと違う。でも、覚えてないんだよなー。あー……考えても、仕方ないか) 思い出せ、考えろ――今は、親友にレテ川の水を届ける事の方が大事だ。頭を振り、ニゼルは出口であろう暗い穴へ向かって駆け出した。 突然、背後から冷たい強風が吹き抜けていく。振り返ろうとして、ニゼルは石段の一段目にかけた筈の足を、一瞬止めた。 やめよう、どうせ行き止まりか、ケルベロスのいる河辺にしか繋がってない……頭を振り、振り向かず、勢いよく石段を駆け上がっていく。 地上に向かう途中の燭台には、いくつか灯火が残されていた。一度足を止め、自分の姿をそっと見下ろす。やはり怪我などは見当たらない。 ふと、ニゼルは頭上から月の光が降り注いでいるのに気が付いた。雨止んだんだ、誰にともなく呟いて、緩慢な動きで外に出る。 ……その時。立ち去る羊飼いの青年の背中を、あの、レテの遺跡出入り口の空洞に立ったまま、じっと見つめる影があった。 刹那、極寒の風が吹き荒び、その影は空気の渦に飲まれるようにして掻き消える。あとには、何者の痕跡も残っていなかった。 「ニジーさん! 無事だったんだ、よかったー……」 「あれ、暁橙?」 オフィキリナスを目指す途中、ニゼルは血相を変えた暁橙と出会う。曰く、何かあってからでは遅いから迎え兼護衛に来たのだ、と。 「大げさだなー、全然何でもなかったよ?」 「一応ね、一応。ほら、兄ィやコハの事もあったしさ」 心なしか、暁橙は未だに消沈しているように見えた。あれほど兄至上主義を貫いていたのだ、無理もない。ニゼルは、暁橙の背中を軽く叩く。 応援する意図を、暁橙は無事に汲み取ってくれたらしかった。次第に両目が潤み始めた彼を見て、ニゼルは眉根を下げて肩を竦める。 「ほら、行こ? もし藍夜が起きてたら、『君達、こんな時間に一体どこをほっつき歩いていたんだい』、なんて怒られちゃうよ」 「うう、兄ィならありそうー! ……そうだね、急ごっか、ニジーさん」 「あはは、今の話、藍夜には内緒だからね」 踵を返し、暁橙がニゼルの前を走り出した。これまで急ぎ足で歩いていたニゼルは、元気だなー、とオレンジ頭の後ろをやっと追いかける。 そうだ。暁橙はこれまでずっと、こうして自ら先陣を切る方だった。藍夜がどれくらいそれを注意しても、彼は皆の前に立つ事をやめない。 両親を喪い、以後兄の男手一つで育てられたからだろうか。目立つ色の背中を、ふとニゼルは、細めた両目で優しく見つめる。 「……――あれ?」 その背中が、暁橙の後ろ姿が、一瞬歪んだ。奇妙な感覚に襲われる。目をこすり、ニゼルはじっと彼の背中を目で追った。視界がぶれる…… ……長い橙色の髪はうなじで一つに束ねられ、纏う衣は、絹のように艶々と輝く乳白色。そのあちこちに、飾り羽根や金色の帯が揺れていた。 背丈はいつもと変わらず、足取りや、駆ける速さも同じまま。背中には、見た事もない繊細な模様が彫られた立派な竪琴が背負われている。 明るい曲調の鼻歌が、こちらの鼓膜を打った。ゆらゆらと帯や極彩色の羽根が踊り、「彼」が、優れた芸術技量を持っている事を伺わせる。 「彼」が足を止め、振り向いた。今、黒色の瞳は優しく微笑み、ささやかな装飾品が心地いい音色を立てながら、静かに歩み寄ってくる…… 「……『イ……ル』」 「――ニジーさん? 大丈夫?」 「ん? ……えっ?」 誰にともなく呟く、言葉にならない言葉。ふとニゼルは、目の前で「暁橙」が手をひらひらと振っているのに気が付いた。はたと我に返る。 「あれ……俺、あれ……?」 「どうしたの、ニジーさん。ぼーっとして」 「え、あー……なんだろうね? はは、ごめんごめん」 疲れているのかもしれない。ぽつりと嘆息混じりに吐き出すと、オレンジ頭、オレンジつなぎ、見慣れた格好の暁橙が、小さく笑った。 急かされるままに、ニゼルは今度こそ暁橙の後を追う。目覚めたばかりだからか、まだ頭がぼうっとしているような感覚があった。 丘を駆け上がる。オフィキリナスの居住フロアには、しっかりと明かりが灯されたままでいた。 玄関から飛び込む。オフィキリナス店主の自室には、変わらず、アンブロシアと丸くなったままの琥珀がいた。物音にぱっと娘が振り返る。 「暁橙さん、ニゼルさん! ご無事でしたか、よかった……」 「シア、ただいま!」 「あー、ただいま、アン。藍夜と琥珀は?」 「それが、どちらも目が覚めていないんです。サラカエルさんは、一段落ついたそうで……今、キッチンで痛み止めを調合なさってます」 何が一段落? そう疑問には思ったが、それよりもと頭を振り、ニゼルは一直線に親友が身を横たえるベッドの前へと足を急がせる。 暁橙に促され、手近な椅子に腰を下ろした。覗き込んでみると、脂汗を多量に顔に滲ませてはいるものの、藍夜は静かに眠り続けている。 苦しげな呼吸は継続していて、なおかつ、額には高熱が停滞したままだった。手早く汗を拭いてやった後、ニゼルはさっと肩から鞄を外す。 「ニジーさん、それって」 「うん、レテ川の水。サラカエルが、藍夜を治すにはこれしかない、って」 鞄を急いで開け、ガラス瓶を取り出し、ベッドサイドの水差しに水を移した。グラスに流し込むと、それは不思議な光を水中で煌めかせる。 輝く砂粒が、揺らぐ水の中から飽和して、溢れ出してきたかのようだった。キレイだね、暁橙が感嘆し、アンブロシアは唇を固く閉じる。 暁橙の手を借り、ニゼルは藍夜の上体を起こしてやった。恐る恐るといった手つきでグラスを傾け、慎重に口に水を含ませてやる。 「ど、どう? 兄ィ、飲んでくれたかな」 「うん……多分、大丈夫」 グラスの中身は、半分ほどが親友の喉に収まった。再度寝かせてやり、ニゼルは大きく息を吐いた暁橙を横目に、藍夜の顔をじっと見る。 (これで回復しなかったら、どうしよう) 最悪、死に至るノクトの力、「喰」。俯き、祈るように、或いは判決を待つかのように、ニゼルは膝の上に組んだ両手を乗せ目を閉じた。 ……自分が泣いたところで、どうしようもない。頭では分かっている。しかし、ニゼルは正直、己が視界がぼやけ始めているのを感じていた。 (駄目だ、泣くな……子供じゃないんだから! 一番苦しんでるのは藍夜なんだ。しっかりしなきゃ、暁橙にも心配かけらんないし) ぐっと拳に力を込める。顔を上げたニゼルは、不意に、藍夜がうん、と小さく唸り、体を身動ぎさせたのを見た。 「! 藍夜、藍夜!? 大丈夫? ねぇ、藍夜!!」 「に、ニゼルさんっ」 「アン……ご、ごめん、俺、」 「……――そんなに怒鳴らなくても、聞こえているよ、ニゼル」 全員が驚き、一斉にベッドに目を向ける。オフィキリナス店主が目を覚まし、のろのろと起き上がっていた。 ニゼルは驚愕に目を見開く。こんなにも早く効果が現れるものなのか、浮かんだ疑問は、親友が目を覚ましたという安堵感で掻き消えた。 「藍夜! よかった……よかった。俺、藍夜に何かあったらどうしようって」 「……随分と大げさなものだね。アンブロシア、すまないが、羽織るものか何か、寄越してくれないか」 「は、はいっ。すぐに!」 「あっ、兄ィ……」 「暁橙」 振り向いたニゼルと、顔を上げた藍夜は、涙と鼻水で顔をぐじゅぐじゅにした暁橙を見た。思わず、二人で顔を見合わせてしまう。 その歳で泣くものじゃないよ、藍夜は苦笑混じりに宥め、ほんとによかったよね、ニゼルは目尻を指で拭いながら大きく頷いた。 暁橙はぐずぐずと泣きじゃくりながらも、何度も首を縦に振って見せる。呆れたように藍夜が嘆息して見せるが、彼の表情は穏やかだった。 アンブロシアが持ってきた薄手の毛布を羽織りながら、藍夜はまだ心なしか青白い手を伸ばして、弟の頭を優しく撫でる。 「ああ、ありがとう、アンブロシア。……暁橙、君ね、そんなに泣かれたら、僕は文句の一つも言えなくなってしまうじゃないか」 「だ、だってぇええ! うぐっ、お、オイラ、オイラ……もうっ、もう、兄ィの事が心配で心配で」 「僕はこの通り、大丈夫さ。いや、心配かけたね。悪かったよ」 ニゼルに苦笑され、恥ずかしそうに微かに肩を竦めながら、藍夜の手は暁橙から離れた。 まだ起きているのが辛いのか、大きく息を吐いた彼に、ニゼルはレテ川の水と交換する前の常用水を注ぎ直し、グラスを手渡してやる。 短く礼を言い、一気にそれを飲み干したオフィキリナス店主は一度小さく咽せた後、ぞろぞろと揃った面子の顔を見渡した。 「皆、揃っているね。いやしかし、琥珀は怪我の療養を続けるとして、だ。……予想していた通り、厄介な事態になってしまったようだね」 言外に度重なるサラカエルの来訪を咎め、藍夜はふっと息を吐く。その表情は、ニゼルが予想していたよりも遥かに穏やかだった。 てっきり、ロードを奪われた事で怒り狂うか、或いは、これだから天使は、と悪態をつくものと思っていたのだが。 口を閉じた彼は、どこか遠くを見つめるような目をしている。まるで、彼が鳥羽藍夜その人ではないような錯覚を感じ、ニゼルは瞬きした。 「あー……藍夜?」 「ん。なんだい、ニゼル」 「ううん。その、ノクトがロードを盗ってった事、怒ってないのかなと思って」 言われてから、ようやく思い出した、という風に藍夜は肩を竦める。怒りというより、呆れ、諦めといった色がその顔には浮かんでいた。 「怒ってはいるよ、当然さ。いずれは取り返してみせるさ……ただね、ニゼル。奴に対抗するには、僕も琥珀も少々、弱りすぎているからね」 自ら汗を拭い、次いで、片手でぱたぱたと顔を仰ぐ。先ほどまで苦しんでいたのが嘘かのように、藍夜はしっかりとしていた。 ニゼルの後ろに下がった暁橙が、派手な音を立てて鼻水を噛んでいる。でろでろにされたハンカチを前に、アンブロシアが苦笑していた。 誰もがいつもの調子だ。藍夜の視線に釣られ、周囲を見渡していたニゼルは、親友の落ち着き払った声に振り返る。 「なんか、えーと。意外と冷静?」 「君ね、なんだいその言い草は。……とにかくだ、今ここで慌てたところで、奴の思うつぼというものだよ。焦りは禁物さ」 「でもさ、藍夜。あんなのと、どうやり合うつもりなの? 暁橙じゃないけど、俺は藍夜に無理して欲しくないよ」 ふむ、と藍夜は考え込むそぶり。ニゼルは彼の二の句を待った。彼が黙っていたのは一瞬で、以降は、いつも通りの無愛想顔に戻っている。 「無理をすると思うかい、この僕が? いやね、それは冗談として……そうだな、奴の弱点でも、情報として探られたらいいのだろうがね」 「『眼』の力は、駄目? 通用しなさそう?」 「悪くはないのだろうが、相手は天使だからね。深くまでは潜られそうにないよ」 「そっかぁ。いい案だと思ったんだけどなー」 「そもそも能力で干渉したとして、それすら『喰』で喰われてしまっては、どうしようもないからね。下手に刺激して報復されても面倒だ」 僕も未熟者だね、嘆息する藍夜の頭を、何の気もなしに、ニゼルはぽんぽん、と軽く叩いた。 やった後で、しまった怒られる、そう身構えたニゼルだったが、親友はむしろ目立った反応もせず、目を見開き固まっている。 どうしたの、短く問いかければ、何でもないよ、どこか焦ったような体で、藍夜は慌てて答えてみせた。 「まずは、店を建て直さなければね。ああ、面倒な」 「ちょっと、藍夜? そこはもう少し、頑張ろうよ」 「分かっているよ。暁橙に泣かれてしまっては、ね」 気を利かせたアンブロシアが、キッチンから温められたティーポットを持ってくる。それぞれがカップを受け取り、そっと口をつけた。 「あれ、シア。これ、紅茶? 珍しいね」 「ええと……は、はい。たまには、いいかなあ、と思いまして」 アンブロシアの歯切れは悪い。サラカエルが淹れたのだろうね、藍夜はごく僅かに嘆息し、美味しいからいいじゃない、ニゼルは軽く笑う。 さて、すっかり夜は更けてしまった。窓に目を向け、微かに白む東の空を見て、オフィキリナス店主はゆっくりと呆れたように嘆息する。 「さておき、君達ね、そろそろ布団に入りたまえよ。もう僕は、大丈夫さ……琥珀の事も、見ておくから」 相変わらずぶっきらぼうだなあ、ニゼルは言いかけた言葉を飲み込んだ。彼なりに自分達を心配してくれているのだろう。そういう男だ。 苦笑したニゼルを静かに睨んで、藍夜は再び窓の外に目を向ける。 僅かに、彼の左瞳が蒼い光を起こし、輝いた。窓ガラスに、双眸を細めた鳥羽藍夜のどこか切なげな顔が映り込んでいる―― ――追想。藍夜は、自分が昏睡していた最中の出来事を思い返していた。 (……僕は、今時分、何故こんなところに。どうなっているんだ……ああ、確かあの時、ノクトに……あの天使め、いつか覚えていたまえ) 気が付けば、何者も存在しない暗闇の中にいた。不思議な事に、闇の中でありながらも、視線を下ろせば自身の手足などが視認出来る。 藍夜はあたりを見渡した。暑くもなく、寒くもない。ただただ、目の前には、何の気配も纏わない漆黒の空間ばかりが広がっている。 これも「喰」の影響なのだろうか。もしくは、自分は今、夢でも見ているのだろうか……否、そうに違いない。 なんとも厄介な、面倒くさそうに頭を振って吐き捨て、ひとまず行けるところまで行ってみようと、藍夜は前へ歩き出した。 『……ウリエル様』 その声は、突如として鼓膜を打つ。ばっと勢いよく振り返り、藍夜は声のした方を睨んだ。 『ウリエル様』 その時だ。ふわりと、柔らかく優しい、どこか懐かしい匂いが藍夜の鼻腔をくすぐる……ローズマリーの香りだと、藍夜は片目を細めた。 迷迭香の香りは、ゆらゆらと声のした方向から漂ってくる。逡巡しながらも歩を進めると、にわかに目の前が明るくなった。 「……ここは」 見た事もない、広い、立派な庭園に出る。丁寧に手を入れられた数々の植物、薬草、鮮やかな花々、たわわに実りを蓄える林檎や桃の樹。 奥の方には、グラデーションを描く美しい白、水色、青、群青や紺色といった薔薇の群生や、物々しい実りを迎える毒草畑などがあった。 シンプルな石畳とレンガで造られた噴水、木製テーブル、四脚の椅子。思わず手を伸ばした藍夜の指が、そっとテーブルを通り抜ける。 確かな存在感があるにも関わらず、テーブルはおろか、近くのハーブやオブジェなども、全てが指を、手のひらを、すり抜けていった。 幻術の一種か、或いは夢の中にでもいるのか。肩を竦め、藍夜はテーブルの横に棒立ちしたまま、改めて周辺をぐると見渡してみる。 (なんなのだろうね、ここは……前に……いや、いつだったか、訪れた事が、あるような……) 胸が締め付けられるような、切なく燃える郷愁の念。不思議と、この庭園に見覚えがあった。 訪れた事もない筈なのに、庭園のどこに何が置かれているのか、或いはどういった植物が植えられているのか。あらゆる事柄を覚えている。 それだけではない。いつそれらの種を蒔き、苗を植え、果てにはいつ頃、実りを収穫する事が可能であるのか。 そういった、庭園の管理人でなければ把握しきれないような細かい状況さえ、藍夜には思い出す事が出来たのだった。 ……困惑と混乱に、知らず首を振る。思わず後退りした藍夜は、不意に、いっそう強くなった先ほどと同じローズマリーの芳香を嗅いだ。 「知らない、僕はこんな場所など」 『――ウリエル様』 「誰だ!」 また、あの声が聞こえる。勢いよく背後に振り返り、藍夜は思いがけず、声の主と対面した。 「……君は」 開かれた天井から、きらきらと眩い陽光が降る。振り向いた先、鳥羽藍夜の目の前に、穏やかな表情の一人の娘が立っていた。 短く切られた髪、熟れた赤葡萄か紫水晶を思わせる、鮮やかな赤紫の瞳。まだあどけなさを残す面立ちは、どこまでも優しく微笑んでいる。 これは夢だ――その娘を見た時、藍夜は言葉ではとても言い表す事の出来ない狂おしいほどの想いが湧き上がるのを感じた。 今の今まで、世界に産み落とされてからずっと、どこか遠くに置き忘れてしまっていた宝物をようやく見つけたかのような、切なる想い。 『ウリエル様』 「ああ……そうか、君は……そうだとも、『僕』の真の名は、」 やっと、思い出したのだ。一瞬のうちに視界が潤む。 覚束ない一歩を踏み出し、「ウリエル」はゆっくりと、眼前の、懐かしき最愛の娘へ手を伸ばした。 |
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