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楽園のおはなし (1-2)

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互いのカップの中身が消え失せた頃、ニゼルはのろのろと自宅へ戻っていった。
開け放たれた応接間の窓には、アルジル家から聞こえる談笑がひっきりなしに飛び込む。
一度開店してしまうと、それは閉店するまで一切途切れる事がなかった。静寂に身を置くオフィキリナスとは真逆である。
ホワイトセージの中で、新聞から取り上げられるほどの規模と人気を兼ね備える店であるのだから、この差はまあ当然とも言えた。
……悔しがっているわけではない。断じて。
エプロンの胸元から真鍮製の懐中時計を取り出し時刻を見る。銅製の鎖がシャラリと軽快な音を立てた。
まだ短針が九時を差す前だというのに、窓の向こうには楽しげな声と人影が絶えず行き交う。視界の端にニゼルの姿があった。
ポットに残ったままの冷め切った茶をカップに注ぎ、静かに口を付けながら藍夜は再び手元の記事へ視線を落とした。

(王都で麦の需要が増加、か。難民が来たわけでもないだろうに、また菓子のハンドメイドブームかな)

時計をテーブルの上に置くと、初夏の風が髪を揺らす。食後という事もあり、午前にもかかわらず抗い難い眠気が自身を襲うのを感じた。
だらしない、と分かっていても窘めるニゼルも暁橙もここにはいない。本能に突付かれるがままに、口を押さえながら欠伸を一つ。
椅子に体を沈め足を組み、新聞は机上に放る。客から見れば失礼に当たるが、閑古鳥が鳴くばかりであるので問題ない。
オフィキリナスがアルジル牧場のように来客で賑わう事は稀だった。
扱う商品が高額であり、そこそこ知識がなければ所有していても意味がないものばかりだからだ――と藍夜は踏んでいる。
とはいえ、実を言えばそれだけでもない自覚もあった。
笑顔は大事だよ、いつも意識してないとすぐ出せないからね……いつか友に言われた事を思い出す。彼の隣では暁橙が苦笑していた。
思えば弟は、兄に似ず表情にも言動にも暖かみがある。愛嬌の良さもニゼルのお墨付きだ。何故自分はこうも似なかったのか。
家ではいつも仏頂面だった父でさえ、客に接する際は飛び切りの笑顔を浮かべていたものだった。母は言わずもがな。
幼少の頃は父に似たのだと言われていた。しかし最近では、それこそ母なりの苦しいフォローであったのではないかとさえ思える。

「好きでこんな顔に生まれたわけではないのにね」

思わず愚痴が漏れていた、耳を傾けてくれる者がいないのが余計に虚しい。思わず眉間に皺が寄ってしまう。
眠気はまだ残っているものの、開店して間もないうちから眠りこけるわけにもいかないかと、藍夜はしぶしぶ身を起こした。
机上の端に置いていた水晶玉を小突いてみる。三日ほど前に暁橙がどこぞの遺跡から拾ってきた代物で、まだ碌に鑑定さえしていない。

「球体(スフィア)か」

ひとまずはこれでも、と手に取ってみると、想像していた以上に軽い。まるでちぎれた羽根か綿雲の塊だ。
大きさは幼児の頭くらいで、全体的にどうにも酷く濁りを帯びている。
硬さはそこそこといったところだろうか、小突くとガラスを叩いた時に出る音と似たような甲高い音が鳴る。
目を凝らすと、球の奥にいくつもの光が溶け切れない絵の具のようにゆらゆらと沈殿していた。光を溜め込む性質なのか。
純粋な石英結晶の性質ではない。ロードであるのは間違いなさそうだが、濁り具合からしてランクの良さはあまり期待出来なさそうだ。
水晶玉を元の位置に戻し、再度椅子にひっくり返る。
今度こそ完全にやる気をなくした。今日はこのまま昼寝を決め込むか、暁橙の帰りを待って外食に出てみるのもいいかもしれない。
このところ店の売れ行きもパッとしない。客の来訪時には、自分なりに辛抱強く笑顔を心がけているつもりだったのだが。
ニゼルめ、いっそ君が接客を代わればいいんだ……この場に居ない親友にひっそり恨み言を放ちたくもなる。
とはいえそれも本人が目の前に居ない今、したところで何の意味もない。嘆息が漏れていた。

「ちわーっ! って、難しい顔して何やってんだい。トバの兄ちゃん」

突如として耳に飛び込んできたのは、からっとした威勢のいい声だった。目を開けるとよく日に焼けた若者が正面に立っている。
自分の見てくれよりは若干年上だ。鍛え抜かれ盛り上がった筋肉が、作業服越しにも見て取れる。

「……ちょっと思うところがあってね」

眉間に皺を刻んでいる自覚はあったが、気心の知れた相手なので今更修正もしない。
次の瞬間には、新聞の上にどさりと布袋が置かれていた。音からして中身の重さはなかなか保障されたものらしい。
目線を袋に移すのは一瞬。見上げた先、人好きのする笑顔が藍夜の変化に乏しい表情を見下ろしていた。

「いらっしゃい、マトリクス。今日こそガラクタなんて止めておくれよ、鑑定するのも手間なんだ」
「若いんだからもっと頑張らなきゃ駄目だぜー、トバの兄ちゃん。歳なんてあっという間に取っちまうからな」
「それは君と、君の妻にも言える事だと思うがね」
「おっと! オレの事は構わねぇが、嫁ちゃんの悪口はナシにして貰おうか!」
「悪口、ね……本当に愛妻家だね。感心するよ」

ふとした沈黙があった。訝しむように顔を上げた藍夜に、若者はいかつい外見に似合わぬ緩みきった笑みを浮かべてみせる。
言うなよ、そう呟く彼はどこか照れくさそうだった。赤く染まった頬が妻との仲睦まじさを示唆してくれている。藍夜は再び、眉間を寄せた。
マトリクス=ゴードン。ホワイトセージやその近辺ではそこそこ名の知られる発掘屋だ。
発掘屋とはその名の通り、世界各地に散らばる遺跡群から骨董品や美術品、不思議な力を持つ武具「ロード」を発掘し、質屋や古物商に
売買する事で生計を立てる冒険者の総称だ。中でも個人で挑む者は腕に自信のある者が多く、知らず街の噂になる事もしばしばだった。
実のところ、鳥羽暁橙の職業もこれに当たる。
彼が発掘屋たるは偏に兄の期待に応える為だが、藍夜自身は弟が元気であれば何でもいいので、彼は常に空回りしているとも言えた。

「とある娘から聞いたよ。その大事なヨメチャンに『帰りが遅い』と毎日泣かれているらしいじゃないか」
「なっ!? そ、そんな話、どこから……」
「だから、この間アルジル牧場に見学に来た若い娘さ」
「だから、その娘さんはどこの、どんな娘だったのかって聞いてるだろ? トバの兄ちゃん」
「さあ……どうだったかな。覚えてないね」

他人に関心がないのも大概にしろ、マトリクスは苦笑した。関心がないというより覚えていないだけさ、藍夜は小さく肩を竦める。
ニゼル、暁橙以外に藍夜が心を許しているのはそれこそ片手で足りるほどだが、その中にはこのマトリクス=ゴードンも含まれていた。
近郊の遺跡を巡り、自宅とオフィキリナスを往復するようにして日々の稼ぎを賄う彼は、先代が健在だった頃からの常連だった。
幼い頃に見た、魔物に襲われた体を引きずるように売買に訪れる若い彼の背中を、今でも藍夜はしっかり覚えている。
若いながらも精悍な面立ち、体中に刻まれた生々しい傷、今ほどでないにしろ鍛え上げられた筋肉や荒い呼気。
怯え、竦み上がるニゼルや暁橙を他所に、藍夜もそのようになりたいと願い、皆に見つからないようにして鍛錬に励んだ事もあった。
――それも今となっては昔の話だ。彼とは身体の作りや出自、基礎体力が大いに異なる事など、嫌というほど知っている。
蛙の子は蛙というと大袈裟だが、藍夜はただひたすら身体が弱かった。今では身長はおろか短距離走でさえ暁橙に勝てやしない……。

「トバの兄ちゃん?」
「! うん? ああ」

考え事を始めるとそれ以外が見えなくなるのは常の事だ。ニゼルにも気を付けろ、とよく笑われている。
藍夜が勢いよく咳払いをしたのは、この場の妙な空気を元に戻す為であり、決して照れ隠し(?)をしたわけではない。

「……それで、今日は何がお勧めなんだい」
「おうっ! 待ってました! じゃあそうだな、まずはこれかな」

話を反らそうという試みが容易く通るのも、この若者が「良い人」であるからに他ならない。暁橙と同じで、深くを探ろうとしないのだ。
マトリクスが持っていたぱっと袋を開くと、鉄の塊のような金属、古びた箱、或いはガラス玉のような石といったガラクタがいくつも出てくる。
彼はそれを一つずつ丁寧に机上に並べた。藍夜はその傍ら、左端からそれらを順に手に取っていき、左眼の夜色で凝視する。
ガラクタの一つ一つはただの金属片だ。だがそれらが、ただの鉄屑でない事を藍夜もマトリクスも知っている。

【 ――主よ、其はヒトの歓び。手と手を取り合い、母なる貴方の許へ 】

藍夜の両目に収まる瞳は、左右でそれぞれ色が違っていた。右の瞳は弟の両瞳と同じ黒一色、父から受け継いだ天性のもの。
対し、左の紺青は後天性。毛髪と同じ、藍を帯びた紺青色だ。過去、ニゼルには晴れ渡った夜空の色だと絶賛された。
今、その瞳は艶やかな瑠璃色に変貌している。夏の蒼穹を思わせる鮮やかな透き通る「青」。
「力」を使用する際、藍夜の瞳はその証として色を変化させた。
手のうちにある鉄塊の一つを、瑠璃の玉が見る。
刹那、藍夜と鉄屑の間に火花が散った。大気が自ら放電するかのように、パチパチと音を立て幾つもの細やかな蛍光色の花が咲く。
マトリクスはそれに見入っていた。彼のごつごつとした掘りの深い顔に光と陰のコントラストが色濃く反射する。
藍夜は瞬き一つしない。やがて、鉄屑が微かに白い靄のようなものを全身に纏っても、その視線が塊から離される事はなかった。

「で、トバの兄ちゃん。こいつはロードで間違いない、よな?」

藍夜が鉄屑――これはガラス片のように薄い刃のようだ――から目を離したのは、靄が収縮してたっぷり十五秒経ってからの事だった。
目頭を押さえ暫しの沈黙。マトリクスは彼の答えをじっと待っている。やがて、重々しい嘆息一つを吐き、藍夜は気だるげに顔を上げた。

「……ああ。これはロードだ」、左の瞳は瑠璃色から元の紺青に戻っている。
「他も視ておいたから、まず間違いないだろう。損傷からして相当深くに潜ったんじゃないのかい、よく生きて戻って来れたものだね」
「! ああ、そりゃあ苦労したさ、だがロードだってんなら報われるってもんだ! そ、それで値段は――」

身を乗り出すマトリクスを他所に、藍夜は無言で左の人差し指と中指二本で、机上の自分に一番近いところにあった鉄屑を弾いた。
球状の塊は容易く転がり、マトリクスの方へ押しやられる。眼前に来たそれは黒い光沢を帯びていて、彼の困惑した顔をはっきり映した。

「――生憎だが、ロードはロードでも低級品(ラブル・クラス)さ」
「へっ?」
「いつものパターンだよ。二束三文もいいところだろう」
「そ、そんな……」

自分より遥かに背の高い体格の良い男が、情けない声を発しながら膝から崩れる。藍夜はそれを常の仏頂面で見ていた。

「同情するよ。状態から見て、手の込んだ隠され方だっただろうに」
「そ、そんなレベルじゃねえよ、トバの兄ちゃん。魔物も中級以上がわらわらいたし、トラップも多かったのに」

自分では慰めたつもりだったのだが、マトリクスにとってはまるでフォローになっていなかったようだ。言葉の終わり頃は心なしか涙声。
うな垂れ、それでも手の袋を広げ直し机上の品々を黙々と詰め込んでいくマトリクス。藍夜はまたしても眉間に深く皺を刻んだ。
売っていかないのかい、短く問うと、ガラクタ屋に鋳造用に引き取って貰う、これまた短い返事。
藍夜は短く嘆息した。マトリクスは前向きで明るい人間だが、暁橙のようにちょっとした事で落ち込む癖も併せ持つ。
彼につい親身になってしまうのは弟を重ね見ているからかもしれない。とはいえ、弟は彼ほど長く落ち込む性質ではないのだが。

「誰も引き取らないなんて言ってないだろう、マトリクス。単品では二束三文でも、売りようによってはどうとでもなるよ」
「へ……?」

応接間から立ち去ろうとした彼の背に声を掛ける。足を止めた彼を顎で戻ってくるよう促し、藍夜はようやく椅子から腰を上げた。
袋からロードを出すように指示する。先程より雑に並べられたそれらを、席替えするかのように置き場所を入れ替え、丁寧に並べ直した。
いくつかは寄せて固め、いくつかはそこから離して配置する。マトリクスはわけが分からない、という顔をしていた。

「まずはこの黒い玉。ロードとしては低級の低級だが、」
「ほらー! やっぱり安物」
「人の話は最後までお聞きよ。いいかい、これらは単品では価値こそないが」

藍夜の細い指は、傍らに寄せた白い箱、赤銅色の針金のような無数の管を指し示した。

「これらと合わせるとちょっとした玩具……『機械』になる。見ていたまえ」

言うが早いか、几帳面に商品を並べている棚に足を伸ばした。おもむろに一辺三センチにも満たない乳白色の小箱を手に取る。
マトリクスに指示を出し、先のロード一式を小箱の底に敷き詰め、管を繋ぎ、最後に蓋を閉めさせ、自分はただその上に手の平を添える。
何事かをぼそぼそ呟いた後、さあどうぞ、と言わんばかりに首を傾げたマトリクスに小箱を開けるよう手で促した。
訝しむ彼がゆっくり蓋に手を掛けると、先ほど藍夜がしたように微かな音を立て――

「! これは……」

――「音」が流れた。
一つ一つは金属同士がぶつかり合うだけの甲高い音に過ぎない。ただそれが重なり合うと、耳に染み入る心地よい音楽に変わる。

「自鳴琴(オルゴール)さ。その昔、天上に住まうとされる神々が愛した金属製の自動音楽発生装置だよ」

聞き入る事もなく勢いよく顔を上げたマトリクスに、藍夜は極僅かに微笑んだ。目を見開く相手を他所に、再び気だるげに椅子に座り直す。
客を目の前にしてなお脱力しきる店主に、マトリクスは小さく苦笑しただけだった。目線を小箱に落とし、ようやく目を閉じる。
こうしている間にも、白箱は美しい音色を絶えず奏でていた。どこか楽しげで、軽快さを感じさせる曲調だ。

「いい曲だなあ、なんていうんだ? トバの兄ちゃん」
「さあ、なんだったかな」
「今しがた自分で作ったんだろ? 分からないって事ぁないだろうに」
「生憎だが神々の趣向には興味がなくてね」

オルゴールの要となったのは、先ほど藍夜が棚から取り出してきた乳白色の小箱そのものだ。
マトリクスが持ち込んだ品々に同じく低級クラスだが、その中身が美しい音色を孕ませている事を藍夜は知っていた。
とはいえ、小箱は離れたところで陰口を言われるのと同じくらいの音量しか出さない。当然、行く末は棚の隅で埃を被るのみ。
正直、藍夜としてはマトリクスが「拡張」を司る箱と「接続」に長ける管を同時に持ち込んで来たのが有難い事この上なかったのだ。
そもそも、ロードには持ち主や改造主に好相性を欲するものが多く、いかに他を集めたとしても思うように機能しない事の方が多かった。
彼の来訪は、まさに渡りに舟。労せずして利益を得る……オフィキリナス店主はこれにとことん弱い。

「嫁ちゃんが好きそうな曲だなあ。なあ、トバの兄ちゃん」
「売らないよ、マトリクス。これにはこれから値段を付けるのだからね、君が正規価格で購入すると言うなら話は別だが」
「いいよ、分かった、分ーかってるって! 全く、相変わらずケチなんだからなあ」

ケチ、と呼ばれる事は多かった。それがオフィキリナスの売り上げの変動の激しさの理由の一つでもあった。
ぼったくりとまではいかなくとも、暁橙が命懸けで採掘に挑むが故の保険、「力」を消費する事による身体への負担、ロード分析の手間賃、
それら全てを加味して商品に付けた値段は、他の骨董商に比べて割高だ。とはいえ、納得出来ないなら買うな、が藍夜の性分でもある。
発掘屋の暗黙の了解か、よほど詳細が分からないような複雑なロード以外は鑑定に持ち込まれる事さえなくなった。
それでもマトリクスのような理解ある者、ロードが単なる骨董品でない事を知る知識人は、隠れるようにしてオフィキリナスを訪れる。
如何なる力が隠されているのか。危険性はないか、自身や客に扱い切れるかどうか……藍夜の「力」はそれら全てを分析してみせる。

「ケチ、と聞こえたな。気のせいか」
「げ、うわ、わ、じ、冗談だって、冗談……」

そんな中、藍夜がカウンターの下からおもむろに取り出した奇妙な物体を見るや否やマトリクスの顔から血の気が引いた。
まるで天使の梯子で描いたような輝く金色に、柔らかな曲線と歪み一つない直線の形態、直立させれば藍夜の腰辺りまでになるだろうか。
どこか清廉とした雰囲気さえ持つそれは、オフィキリナスでも特に自慢の一品とされて止まない最上級(レリクス)ロード「ケラウノス」。
両親が旅先の遺跡から発掘し、売るわけでもなくただ「見るからに希少価値がありそうだから」と長く物置に放置していた品だ。
子供の頃は「元々趣味が高じたようなものだから」と黙っていたが、「力」に覚醒して以来、流石にこのままではと藍夜が物置から掘り出し、
暁橙の了承も経て、今では堂々と正式な所有者を名乗り上げている。
昔、暁橙が口の軽い町長の息子の取り巻きにうっかり口を滑らせた為、継いだ当初は特に夜盗と強盗に悩まされたものだった。
それだって今となっては慣れたもの。お陰で他のロードを使いこなし、店全体に簡素な侵入者避けの結界を張れるようにまでなった。
藍夜の「力」とはそれなのだ。
ロードの本質を見抜き、その気質にも似た特性を与し、伝説の神秘の生き物「天使」のように自在にそれらを使いこなす事が出来る。
ロードはただ特別な力を付加されただけの発掘品ではない。力を引き出し意のままに操るには、彼らと気が合うか、或いは天使達のような
特別な才能を有していなければならなかった。その天使とて、今となっては高位ロード並みに貴重な存在となってしまっているのだ……。

「君、世の中にはね、言っていい事と言ってはならない事、そして出来るだけ言わないでいる方が良い事があるものだよ」
「そ、そうだな、トバの兄ちゃん!」
「そうか、分かっていると言うのなら何よりだね」
「そうそうそうそう、俺ちゃーんと分かってる。理解してるから! ケチ、なんて言ってないから!!」
「……今また何事か不穏な言葉が聞こえたね。本当に気のせいかな」
「うわあーっ! あ、あのな、そ、そうそう、会計! とにかく今は会計してくれよ!!」

話を上手く反らしたものだね、とまでは言わなかった。ロードとしては、雷を操る大神「ゼウス」の力を有するケラウノス。
藍夜の意志ひとつで、彼は微弱な静電気から、果てには森一つを焼き尽くすまでの落雷さえ起こしてみせる。
それこそが、希少価値のある品を多く取り扱っていながら夜盗、強盗からの被害を殆んど受けていないオフィキリナスの自慢と言えた。
店主の性格、その弟の機転の速さ、経営方針、そして雷神の雷霆(ケラウノス)。
如何な凄腕の泥棒と言えど、店に入ると同時に逃げ出すか、或いは藍夜のロードの前になす術もなく捕縛されるかのどちらかだった。
マトリクスに手渡す金銭のうち、煌くほどにまで磨かれた小銭を一枚一枚、手のひらの上で二、三回なぞりながら、藍夜は一人ふと思う。

(欲を言うと、僕一人で店番するのも骨が折れるというものだよ)

たまにはロードの事など気にせずゆっくり惰眠を貪りたい。出来るなら、暁橙が起こしに来る時間ももう一時間ほどずれたら良いのに。
店番の代理人、或いは番犬が欲しい――几帳面で神経質でありながら、現オフィキリナス店主は実に自分本位な気質であった。





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 UP:13/10/09