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楽園のおはなし (3-22) BACK / TOP / NEXT |
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「――そこまでだ。全員、そこを動くんじゃないぞ」 突如として凛と響いた声に、その場に居合わせた全員がまるで金縛りにあったかのようにびたりと動きを止める。 正体を確かめようと顔を上げかけた瞬間、ニゼルは不意に何者かに腕を掴まれ、有無をいわさず強引に立ち上がらせられていた。 「うわっ! さ、サラカエル!? それにっ、」 「やあ、どうやらいつの間にか事が済んでいたようですよ。ヘラ様」 「うむ。よーし、ご苦労だったな、真珠、珊瑚。立派なお産だったぞ。ニゼルもよく補助してくれたな」 部屋を訪れてすぐ、ヘラは喰天使をじろりと睥睨する。彼女に付き従うサラカエルは常の嫌みは出さず、口を真一文字に結んでみせた。 お産を労い、礼を言う、と扇子をくると回してヘラは優美に微笑む。絶対的な味方が現れた事で、一同の顔にほっと安堵の表情が浮かんだ。 その一方で、彼女とその従者の出現に唯一嫌そうな顔を返したのはノクトだった。面倒な連中に見つかった、そう呟く表情は苦々しい。 殺戮の目に剣呑な光が宿り、両者はソファを挟んで正面から睨み合っている。そうだ、彼らは昔からずっと、思った事が顔に出る質だった。 だからこそ、ニゼルはノクトがオフィキリナスの件しかり、何者かの言いなりになって「仕事」とやらをこなしている現状が理解出来ない。 「その、生まれた仔をノクトが持って行こうとしてるんだよね。その林檎がそうだよ、生まれたんだ。俺と、ノクトがとりあげた」 藍夜に支えて貰いながら、ニゼルはぐるりと辺りを見渡しながらそう口にする。真珠は嘴をがちりと鳴らして喰天使を睨み、珊瑚も同様だ。 ケイロンが楽しげに声を出して笑い、ヘラは――いつから事態を見ていたのか、口元を扇子で隠しながら、だろうな、と声を低くした。 「出産の女神、私の姉には帰って頂いた。つまり下手をすれば『お前にとって都合の悪い話』が流布される可能性も……あるかもしれんな」 「天上界のクソどもにここで俺がやった事を広めてやる、ってか。おい、随分と安い脅しだな」 「人聞きの悪い事を言うなー。姉らの口が軽い事と私の屋敷で起こる事象、全て関連があるわけがないだろう? だが、人気者は大変だな! それより、お前の持っているそれは私の神獣が産んだものだ。勝手は許さん。手を離し、そこのソファの上に戻せ。持ち出す事は許さん」 幼い面立ち、隣の殺戮を見る度に視線を上げなければならない小柄な体。だというのに、地母神の威圧はこの場を絶対的な支配下に置く。 空気が震えたのが分かった。反論する素振りも見せず、半ば反射でそうするように、ノクトはさっと林檎をソファの上に沈める。 ぱっと珊瑚が駆け出し、引ったくるようにして果実を持った。忌々しいものを見る目でそれを見送り、喰天使はその場で硬直している。 ヘラは嘲るように笑って、言葉を続けた。彼女がノクトに何かしらの提案をしたのは確かだが、ニゼルはその応酬を耳にする事が出来ない。 「――に、ニゼル、ニゼル! そんでもって、えーっと、コレどーしたらいい!?」 「えっ!? ちょっと珊瑚、なんで俺に聞くの?」 「って、造っただか開発しただか知らねーけど、昔のニゼルがやった事だろ? じゃ、これからどーしたらいいか当然分かってんじゃね?」 よりによって琥珀の林檎を手にした珊瑚が駆け寄ってきたからだ。真珠ともども気が動転していて、落ち着けと諭しても聞く耳を持たない。 どうしたらいいか、って言われても……喰天使の件から無理矢理思考を逸らされ、考えが纏まらず天井を仰いで口内をもごもごさせる。 ちらと視線を横に流すと、親友とはっきり目が合った。何故か藍夜は、ノクトへの怒りを忘却したかのようにすっきりとした顔をしている。 「ニゼル、冷静によく見てみたまえ。この林檎、中で光が輝いているようだよ」 「へっ? え、あ、うん……そう、だね?」 いつの間にか、彼は黒羽根から果実を受け取っていたようだった。手に包まれた塊は、まるでそれ自体が電球であるかのように光っている。 「こうして見てみると、美しいものだね。高位ロードの輝きにも劣らないというものだよ」 「そ、そうかもね。ねえ、藍夜……」 「ニゼル。この果皮は、いわゆる卵の殻に相当するものなのではないのかい」 「えっ?」 「考えてみたまえ、真珠も珊瑚も鷲と馬、いや、鷲と一角獣の混合体だ。いずれの形にもならなかったのなら、これは卵とも言えそうだよ」 ニゼルは目を瞬かせた。林檎をじっと見つめたまま、親友はいつになく目をきらきらと輝かせている。 それが林檎の光を瞳に写し取ったものなのか、それとも彼の知的好奇心によるものなのか、判断はつけられなかった。 ……言われてみれば確かに、林檎という見てくれではあるものの、これはたった今白羽根から産み落とされたばかりの真新しい生命体だ。 ニゼルはふと、この琥珀色の果実がどの段階をもって「完成」を迎える事になっていたのか、自分は知らずにいたのだと思い知る。 「……卵、かどうかはよく分からないけど……でもそうだね、なんとなく、脈打ってる感じがする」 「僕にはね、ニゼル。この仔は未だ微睡みの中にいるように見えるよ。起こしてあげなければならないのではないかと、そう思うんだ」 「起こす? どうやって――」 思考を呼び戻す、血臭と苹果の香り。目の前にあの林檎を差し出され、藍夜の言わんとする事が分からずまた瞬きを返した。 噛め、って事? 聞き返した直後、食べてどうするのだい、親友は心底おかしいとばかりに破顔する。 「性別は不明だが、問題ないさ……こういうとき、『お姫様』というのは得てして『王子様の口づけ』で目を覚ますという決まりなのだよ」 ニゼルは改めて瞬きを繰り返した。口元にそっと琥珀の光が寄せられ、同時に「それ」を施すよう、真剣な目つきで要求される。 「……ね、ねえ、藍夜」 「なんだい、ニゼル」 「いや、向かい合ってっていうのはちょっとその、恥ずか……」 「おや、まさか君は、造るだけ造ってこれを放棄するつもりでいたのかい?」 「俺が言いたいのはそういう事じゃないんだけど……ううん、はい、なんでもないです」 無自覚タラシってタチ悪いよなー、他人事のように隣で笑う珊瑚をきっと睨み、弱りきった真珠の介抱を託して、改めて藍夜と向き合った。 彼は至極真面目な顔をしていて、こちらの反応を試そう、からかおう、そういった意地の悪い事など欠片も考えていないように見える。 幸か不幸か、ヘラはノクトとの交渉を進めるべくテーブルに腰を落ち着け、ケイロンは鷲獅子達に話をする、と退室を済ませてくれていた。 ……今なら誰も見ていない。いくらかつては親友、幼なじみ同士だったとはいえ、林檎越しに顔を急接近させるのには気恥ずかしさがある。 (なんでこんな話になったんだっけ? 藍夜、何考えてるの? えっと……『南無三!』って言うんだったよね、こういう状況の事――) ぎゅっと目を閉じ覚悟を決め、それでも出来るだけ優しくそっと、果実に唇を寄せた。同じような間だったのか、親友の前髪が額を掠める。 さらりと重なる、空色と夜の色。鼻孔をくすぐるローズマリー。途端に猛烈な熱が顔面にせり上がり、ニゼルはさっと素早く身を退いた。 これでどうだ、勢いに任せて藍夜を罵倒しようとした瞬間、ニゼルは不意に目の前で鮮やかな黒色の火花が無数に散ったのを目に映す。 (――あ、あれは……!?) 唐突にニゼルの意識が現実から剥離された、その刹那。同時に藍夜は、眼前の林檎が表面にびきっと亀裂を走らせる様を見た。 途端、目映い閃光が室内を染め上げ、全員が一様に目を閉じ顔を逸らす。光が走ったのは、僅かその一瞬の事だった。 視界が元通りの風景を取り戻したとき、藍夜をはじめ真珠や珊瑚、ヘラ達もが我が目を疑ってその場に立つ。 「……アナタが、藍夜パパ様ですの?」 琥珀色の林檎は消え失せた。代わりに審判官、知恵の天使の間に、見知らぬ新たな気配が降って出る。 「君は……君は、誰なのだい」 それは、一人の少女だった。真珠の髪質に黒に近しい灰を落とした、繁鼠色の長い髪。透き通るような白い肌に、くりくりとした大きな瞳。 小さな作りの顔にはそれに相応しいパーツが小綺麗に並べられ、第一声の小鳥のような声も相まって、美術価値のある人形を思わせる。 しかし、纏う気配はまるでその容姿に相応しいとは思えない。愛らしい微笑みが凍てつく氷山のように思えて、藍夜はごくりと息を飲んだ。 見てくれは十にも満たないくらいか。琥珀色の破片を手でぱらぱらと払い落としながら、少女は小首を傾げて全員の顔を見渡している。 「――『男の子なら、ハルジオン。女の子なら、アスター』……」 「っ! ニゼル!?」 ぼんやりとした声が空を打った。はっとして少女から視線を外した藍夜は、ニゼルが呆然とした顔で少女と喰天使を見比べている様を見る。 「そう話してたんだ。男の子ならハルジオン、女の子ならアスターにしようねって。楽しみだねって……だって、だってその子は……っ」 「ニゼル。どうしたのだい、ニゼル。落ち着きたまえ」 「なんで? なんで忘れちゃってたんだろう。そうやって、ちゃんと話し合って、決めていたのに。なんで……」 それは、つまり――嫌な予感に硬直する審判官を、少女は真っ直ぐに見返した。掴むには心許ない簡素な服を摘まみ、淑女らしい礼をとる。 「――だ、そうですの。だからアスターはアスターなんですの。藍夜パパ様」 顔を上げたとき、少女は変わらず屈託なく笑った。彼女の丸い瞳の中身は、それこそ喰天使のそれと瓜二つの深い夜色に彩られている。 それは間違いなく、悪意という悪意に塗られた笑みだった。今代のラグエルを嘲笑うように佇む姿は、分かりやすいほど敵意に満ちている。 ……それは、琥珀色の果実がいよいよ本当の意味で生誕を迎えたときの刹那の話だ。 知恵の天使は体は審判官の前に置きながら、心は記憶の細波にさらわれていた。一同の声が遠退いて聞こえ、過去の映像だけに意識が傾く。 『――奪われた? 何故だ、ラグエル』 呆然と、ニゼルは目の前の過去を見つめていた。それは間違いなく追憶の類であり、現実にこの人物の姿はどこにもないと知っている。 その人物は、黒い色をしていた。さらさらとした黒い髪、烏を宿したような黒い瞳、着ているベストやスラックスまでもが黒色をしている。 十にも満たずに見える小さな体には自分と揃いの着慣れた白衣を羽織っていて、外見の幼さには全く似合っていないように思えた。 『……そうか。「喰天使と知恵の天使の間にもうけられた子供だから」と、それだけの理由で選出されたか。特別でも何でもないだろう』 「自分」が何かを訴えている。涙ながらに吐き出される陳情は半分が支離滅裂で、残りの半分は怒りと錯乱に満ちていた。 「彼」は手にした羽根ペンを口元に寄せ、苛立ったように眉間に皺を刻み込む。「自分」はただただ号泣していて、二の句も出せずにいた。 『ふざけた話だ。それで、お前はその決定を許容するのか』 弾けるように、首を振って「彼」の邪推を否定する。「彼」は訝しむように目を細めたが、こちらがなお続けていると納得したようだった。 『奪い取った以上、何かしらの目的があるとみて違いないだろうな。お前達の子供はどうすると言われた、ラグエル』 『……分かんないよ。でも、きっと好きに弄り回されるに決まってる。対天使研究所だって、稼働のきっかけは似たような理由だったし』 『久方ぶりにあの屋敷に戻った矢先に、これか。油断したな』 そうだ、何故忘れていたのだろう。あの連中はいつでも、「世界をひっくり返す為の」鍵を探していたのに。 ヘラの屋敷にニゲラを隠したのも、彼女を守る為にした事の筈だった。知恵の天使の有用性を、連中はずっと声高に主張していたのだから。 思い知る。「自分」はようやく念願が叶ったばかりで、ここ最近はずっと浮かれていたのだと。 「油断してヘラの屋敷の自室で熟睡してしまった」ばかりに、数千年の片恋を経て得られた「腹に宿された喰天使との子」は奪われた。 ……眼前の黒色の子供は、じっとこちらを見上げている。「彼」が何を言わんとしているのかを聞き逃さないよう、「自分」は口を閉じた。 『なら、いい。許さなくていい。許す必要はない。僕が許してやらない――なんとしても、取り戻すぞ』 どうやって!? 叫んだ瞬間、ニゼルは「彼」の姿に見覚えがある事に気付く。髪の色も瞳の色もまるで違う、しかしどう見ても「彼」は、 (――鳥羽、藍夜……) はっきりと、色白の顔を目に焼きつけた。オフィキリナスの骨董商、鳥羽藍夜そのひとに酷似するその子供の容姿、肉声、立ち振る舞いを。 人類の理想を生命として造れば、恐らくこうなる……そう思わせて止まない、「自分」にとって、ニゼルにとって唯一の美しいそのひとを。 『どうもない。こちらが要請すれば応える筈だ、元からここはそういう事に使っている施設だろ』 『だからって……そんなすぐに、こっちに返してくるかな?』 『「お前に返す」わけではないんだ。研究の為、改良の為といえば食いつくさ』 黒羽根の神獣が焼き払った、古い時代に建てられた研究施設。かつて自分達は、そこで天上のあらゆるものを改造ないし創造していたのだ。 内容によってはカマエルやペネムエの手を借りる事もあった。彼らは「彼」に心酔していて、よく妙な言い掛かりをつけられたものだった。 曰く、貴様はあの方に贔屓されている、調子に乗ってると痛い目に遭いマスヨ、と。羨望なのか嫉妬なのか、今となっても分からない。 ……正直に言えば、彼らと過ごした日々はとても充実していた。 羨ましいんでしょー、そう言って笑いかければ、彼らは「彼」の目があろうとなかろうと、全力で自分に噛みついてくる。 「彼」が制止して、ようやくいつもの研究業務に戻る事が出来たのだ。他愛のないそんな日々が、今では少し、切なくも懐かしい。 『今回の一件、カマエル達に手伝わせるのは無しだ。あの子達には重荷だろう』 また焼き餅やかれちゃうな、「彼」の言葉に「自分」は苦笑混じりに頷き返した。それがいつの日の出来事なのか、今はもう思い出せない。 遥か遠くに忘れた、アンジェリカが隠蔽したラグエルの記憶。今、現実に戻ればこの記憶は再び即座に脳内の奥底に追いやられる。 そんな予感が頭を過ぎった。何故思い出してはいけないのか。「彼」は知恵の天使にとって、かけがえのない味方そのものであったのに―― 『少しばかり、計画の始動には準備と時間が要る。手伝ってくれるか、ラグエル』 『……うん。もちろんだよ、――』 ――そのひとの名前は、終ぞ耳にする事が出来ない。次第に身体が浮かび上がる感覚を覚え、いつか見た黒色の目映い光に目を閉じる。 ……黒色、漆黒、射干玉の。自分達を追い込んで止まない堕天使の王の全てより、遙かに深く冥い、それこそ宇宙の果てを思わせるひと。 忘れたくなかった、忘れてはいけなかったのだ。胸の中に鮮烈な痛みが走り、直後、追憶の風景はばちんと甲高い音を立てて、掻き消えた。 (俺が、ニゼル=アルジルだったとき。藍夜を大好きでいられたのって、もしかして) 透明に潤み、掠れた視界。目を開いた時、確かにニゼルは新たな今代のラグエルとして、ヘラの屋敷、白黒の神獣の部屋の中に立っている。 砕けた林檎、正式に誕生するに至った琥珀の種子。大丈夫だ、今度こそ忘れはしない。ぼんやりとする頭を振り、辺りを見渡した。 「……って、え? えっ、ちょっと、どういう状況なの、これ?」 直後、ニゼルは目の前の光景にぎょっとして息を飲む。自分が意識をとばしていた数秒のうちに、眼前の状況は一変していたのだ。 「だから、謝りたまえ! 赤子だから許されると思ったら、それは大きな誤りだというものだよ!」 「……ぇ、ふえ……っ、い、いたい、痛いですのうぅっ!!」 感傷に浸っている暇もない。目と鼻の先、先ほど種子を目覚めさせる為の口づけを施していた協力者は、件の少女の両頬を引っ張っていた。 加減なし、容赦なしの、見るからに痛そうな全力の頬つねり。かつてアスターと名付けられた少女は、本気で涙を流して抵抗している。 「あ、あの、藍夜? えっと、その、何してるの?」 「ああ、ニゼル。意識が戻ったのかい? 君ね、今度からラグエルとして仕事をするときは、ソファに座るなりしてから気絶したまえ」 「え? あ、うん、ありがと……って、違う! そうじゃなくって、何してるの!? っていうか何があったのー!?」 自分がちょっと目を、もとい、意識を離した隙に何が起きたというのか。混乱するニゼルの肩に、何者かの手がそっと乗せられた。 「……あの、ニゼルさん」 「わっ! あ、あれ、アン? どうしたの、何が……」 柔らかく暖かいそれは、対天使アンブロシアの手のひらだ。振り向いてみると、彼女は葡萄色の瞳を微かに潤ませている。 訝しむニゼルに向かって、アンブロシアはまるで告解か言い訳かでもするかのように目を泳がせながら口を開いた。 「その、ケイロン先生に呼ばれて。琥珀くん達と、生まれた仔を見にきたんですけど」 「うんむ。ウリエルめ、相変わらず短気じゃのー」 「ああっ、ケイロン!? 色々ありがとう、で、そうだ。何がどうなったって、アン?」 「それがその、アスターちゃん……でしたよね。彼女が、わたし達の事を『気持ちが悪い』と言っていて……」 驚きと困惑で振り返る。藍夜に頬を引っ張られていたアスターは、やはり涙目になりながら反抗した。 「だ、って、きもひわるい、ですの。姉弟で子どもをつくるとか、元男の幼なじみと一緒にいるとか、異種同士で婚姻する、とか……」 「うん? あー、まあ、外から見たらそうだろうけど――」 「君ね、アスター。まだそんな事を!」 「うぅううー! 痛いですのぉう!!」 「――ちょっと藍夜、話が進まないから。纏まるものも纏まらないから。ね? 少し落ち着いて!」 激高し続ける親友は、鼻息も荒くといった様子でこちらを睨みつける。先の追憶と彼の顔が重なり、ニゼルは思わず肩を跳ね上げていた。 やはり、よく似ている。心臓がとくりと揺らいで弾んだ瞬間、ニゼルは藍夜が立て続けに放った言葉に二の句をなくした。 「落ち着いていられると思うのかい? 聞けば、彼女は元はアンジェリカとノクトの子だそうじゃないか。アンブロシアに至っては叔母だ。 それなのに僕達の事だけでなく、アンブロシアやノクトの事まで不出来だと、不甲斐ないと言うのだよ。今の自分の出自も省みずに、ね」 ……同時に呆れ、噴き出してしまう。何故彼は、あんなにも喰天使を嫌悪しておきながら、さも仲間だと言わんばかりに庇うのだろう。 やはり人が好すぎる――ちらと視線を走らせたニゼルは、親友の本心を思いがけず聞かされたノクトが困惑を渋面に滲ませたのを目にした。 その表情曰く、「テメェの恥ずかしい親友様は一体なんなんだ」、と。それはこちらが聞きたいくらいだ、苦笑いが止まらない。 「……ニゼル。僕は怒っているのだよ、君はそれを理解しているのかい」 地を這うような窘めに、わざとらしく肩を竦めて応える。この親友様は、追憶の中にいた「彼」に性分までもがそっくりだ。 忘れもしない、「彼」もまた藍夜に同じく、自分よりも仲間や友人を傷つけられる事を酷く嫌った。冷静なふりをしてお人好しだったのだ。 恋しい、懐かしい、会いたくてたまらない。しかし、目の前に立つ青年は決して「彼」ではない。 恐らくアンジェリカは、「彼」の行方を追う為の術も、どこかに隠しているだろう。ぼんやりとだが理解に及び、ニゼルは内心歯噛みする。 振り払うようにぱっと手を伸ばし、藍夜の片手に触れた。訝しむようにこちらを見下ろす二色の視線に、ニゼルはからりと笑って返す。 「うん、聞いてるし、分かってるよ、藍夜。でもさ、『メッ』するなら、他にやり方がいくらだってあるよね?」 「忘れずにいる」、今はそれしか出来ない。そして何より、今目の前に、「彼」と自分達が心血を注いだ実験の成果が立っているのだ。 「初めましてだよね、夢ではよく逢ってたけど。俺はニゼル。分かってると思うけど、『俺はアンジェリカじゃないから』。宜しくね?」 今度こそ、否、二度と失うつもりはない。決意表明も兼ねて、ようやく親友の説教から解放されるに至ったアスターを正面から見下ろした。 ノクト譲りの夜色の中に、あの種子由来の琥珀色が明滅している。俄かに顔をひきつらせた少女に、ニゼルはわざとらしく笑いかけた。 |
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