・取扱説明書 ▼「読み物」 イラスト展示場 小話と生態 トップ頁 サイト入口・ |
||
楽園のおはなし (3-18) BACK / TOP / NEXT |
||
白黒の神獣達にあてがわれた一室は、他よりも簡素な造りになっていた。より自然体で過ごせるようにと、地母神が配慮をした結果である。 板張りの壁と床は常に清潔に保たれていて、絶えず木のいい匂いがしていた。家具も上質な木材で出来ていて、質素ながら品を感じさせる。 開け放たれた窓から、冷たい秋風が入り込んでいた。既に明け方が近く、暗がりの遙か彼方にぼんやりと薄紅色が差し込み始めている。 換気はしておくように、と言いつけられていたアンブロシアは、せめて外から見られないようにと綿製のカーテンをそっと閉めた。 振り向いた先、寝具の上には真珠がひとり寝かせられている。傍らでは険しい顔をしたケイロンとサラカエルがその容態を診てくれていた。 「……主ら、少しは休んだらどうかの」 聴診器を外し、白羽根の寝間着を直してやりながら、ケイロンは苦い顔で天使達を見比べる。 戻って以降、殺戮は未だ一睡もしていない。札作り、転送の用意とニゼル達の探索で疲弊している筈の青年は、聞き流すように首を傾げた。 「それを言うならアクラシエルにどうぞ。気休めにどこぞの夫妻に食事を山のように支度したり、屋敷中の掃除に勤しんでいるらしいので」 「サラカエル、ワシは主にも言うておるんだぞ。後でウリエルに小言を言われる身にもなってみい、仮眠だけでもとっておけ」 「それはどうも。ま、ウリエルのお小言くらいなら僕は聞き流せますから」 可愛くない奴じゃのー、医師は呆れた顔で嘆息する。アンブロシアは、双方を見比べた後で物音を立てないよう、静かに寝具に近寄った。 真珠の顔色はいつも以上に青白いが、寝息はだいぶん落ち着いている。サラカエルに担ぎ込まれたとき、彼女は息も絶え絶えにこう言った。 「ニゼルが戻ったら、すぐ呼んで」。その言葉の真意を探る事は難しい。 真珠は自分の身に何が起きようとしているのか察しているのかもしれない。いやに重い響きのそれを思い返し、アンブロシアは目を伏せる。 「……だ、そうだよ。『わたしには何も出来ない』なんてあの間抜けには持てないだろう謙遜は大概にして、君も休んだらどうかな」 「わっ! さ、サラカエルさん」 「主が言うでないわ、サラカエル。ヘラにチクるぞ、主も、さぞかし困るんではないのかの?」 「……今、ヘラ様は関係ないでしょう、先生」 背後から気配もなく声を掛けられ、肩を跳ね上げた直後。空元気を装っていた当人は、自身の師に茶化され僅かに狼狽えた。 「あの、ケイロン先生。真珠ちゃんの容態は……」 「それはニゼル達が戻ってからでもええじゃろ。ほれ、いいから仮眠してくるんじゃ」 ばつの悪い顔を浮かべてそっぽを向いた弟子については説得を諦めたのか、ケイロンはアンブロシアに休むよう強く念押しする。 正直なところ、アンブロシア自身は真珠達の一件が気掛かりで眠気など吹き飛んでいた。しかし医師の眼差しは反論を許さないそれである。 しぶしぶ、彼の薦めに従う事にした。頭を下げ、後ろ髪引かれる思いで部屋を出る。扉を閉めると待機していた琥珀達と目が合った。 「シア、真珠は?」 「妻よ、静かに……どうなのだ、アクラシエル」 アンブロシアは声を詰まらせる。不眠不休のサラカエル、難しい顔のケイロン。彼らの様子から、白羽根の状態は芳しくないと予想出来た。 「その、今はまだ調べている最中だそうですから何とも……」 「そんなワケないっ、おサルが一緒なんでしょ! 瞳術で視てくれてるんじゃなかったの!?」 「妻よ、落ち着け。アクラシエルを責めてもどうにもならないだろう」 「だって!」 胸が痛む。文字通り、アンブロシアは自分の胸元を握り締めた。シリウスに窘められ、琥珀ははっとしたように声を詰まらせる。 小声でごめん、と申し訳なさそうに目を伏せながら謝罪した鷲獅子に、アンブロシアはなんとか無理やり笑顔を向けた。 それと同時に、悲劇の天使は何度目になるか分からない赤い豹の仕打ちに強い反発を感じている事を自覚する。 「アンバーくん、シリウスさん。ニゼルさん達が戻り次第、藍夜さんにも視て貰いましょう。わたし達には待つ事しか出来ませんから」 「ご、ごめん、シア。僕、そんなつもりじゃ」 「アクラシエル。お前……大丈夫なのか、顔色が悪いぞ」 「どうなさったんですか、わたしは大丈夫ですよ。辛いのはお二人と、真珠ちゃん……珊瑚くんもそうでしょうから」 お茶を淹れてきますね、二頭には精一杯の笑みを向けたつもりでいた。それを見つめ返す夫婦の眼差しは切なげで、酷く痛々しい。 しっかりしなければ――気持ちばかりが先走る。アンブロシアは、自分がどんな表情をしているのか分からなくなっていた。 (しっかりしなくちゃ、気落ちしてる暇なんてないんだから。わたしは……わたしは知恵の樹の管理人の一柱、アクラシエルなんだから) 復活したラグエル、ニゼル=アルジル。彼女や、未だに屋敷に一度も姿を見せてくれない義兄の姿を思い出す。 ノクトはともかく、留守を任せてくれたニゼルの期待には応えたかった。しかし、先ほどから嫌な考えばかりが頭を過ぎる。 今、自分は泣きたい気分なのだと思い知った。ヘラが戻り、ようやく自分の対天使も復活したというのに、問題は次から次へと噴出する。 気が落ち着く暇がない。いっその事、惨めでも無様でもニゼルに縋って助けを求めてしまえたなら楽なのに……アンブロシアは頭を振った。 「しっかりしなくちゃ、真珠ちゃん達と一番縁遠いのはわたしなんだから。もう、カマエル様達に気持ちで負けるわけにはいかないもの」 彼らがラグエルに固執する理由を、アンブロシアは知らない。その羨望と恨みつらみが自分にも向けられている事さえ知らずにいたのだ。 「何かしら事情があるのかもしれない」。そう結論づけ、本当に気休めに茶でも淹れようとキッチンに足を向けようとした矢先―― 「……え?」 ――悲劇の天使は、目の前に信じられないものを見る。 空色の髪、赤紫の瞳、色つやの失せた肌。それの姿を目にした瞬間、アンブロシアは頭を横から鈍器で殴られたような心地に陥った。 忘れたくても忘れられないひと。最愛の、麗しい自身の姉……アンジェリカは酷く悲しげな表情でその場に静かに佇んでいる。 心臓が縮む感覚が走った。息を呑み、体を戦慄かせ、悲劇の天使は愕然と立ち尽くす。何か言わなければ、そう思うのに言葉が出てこない。 刹那、極寒の風が廊下を駆け抜けアンブロシアのエプロンを大きく揺らした。まともに立っていられず、あっと悲鳴を上げる暇もない。 「ま……待って! 姉さんっ!!」 喉にこびりついていた声が、ようやく口から剥がれ出る。叫ぶと同時、アンブロシアはアンジェリカが身を翻したのを見て駆け出した。 何故なのかと思考するより、琥珀達を呼ぶより早く、無我夢中で懸命に走り出す。後を追わざるを得なかった。 あんなに探して、あれほど彷徨って、気が狂う想いで捜せど追えど、結局発見するに至らなかった対存在。それが再び、目と鼻の先にある。 何故、どうして、何故今時分……アンブロシアは堪えきれずに涙を流しながら、かつての姉の背が出て行った裏口の扉を潜った。 「姉さん、姉さん!! ど、どうして……どうしてなの……?」 息が辛い、胸が苦しい。絶え絶えな呼気とともに、庭に出て、背を向けたままのアンジェリカに問いかける。姉は、ゆっくりと振り向いた。 その顔は、美貌は、冥い穴と炎に灼けている。急速に視界がかすみ、それでもアンブロシアは頭を強く振った。 今聞かなければ、問い詰めておかなければ、恐らくこれまで以上に後悔する。そのような漠然とした予感が、彼女の体を突き動かした。 「姉さん、姉さん。真珠ちゃんが、わたし達の可愛い友人がカマエル様に……わたし、どうしたらいいの? どうすればよかったの?」 『……アンブロシア』 「お願い、わたしを独りにしないで。姉さんを忘れた事なんて一度もないのに……どうすればいいの? わたしに何が出来るというの……」 声が詰まる。ああ、どうして自分はこんなにも涙もろく弱いのだろう、アンブロシアは情けなさと恋しい想いで身が引き裂かれそうだった。 俯いた彼女の前で、さくりと、柔らかく草を踏む音が鳴る。冷たい、恐ろしく冷たい皮膚を突き刺す空気を、頬や手の先に感じた。 『アンブロシア』 涙がぱらぱらと落ちていく。それがどちらが零したものなのか判断出来ないまま、かつての姉妹は額と額を重ね合わせた。 ああ、本当に冷たい。ひやりとした感覚を越え、針で刺すような鋭い冷気を帯びる姉の息に、アンブロシアは耐えきれずに目を閉じる。 『ああ、アンブロシア、私の持てる全てをあなたの友人に託したわ。だからこれは、私からあなたに直接委ねる事の出来る、最後のお願い。 私にはどうしてもしなければならない事が、償わなければならない事があるのよ。どうしても。たとえ、あなたやノクトに忘れられても』 「姉さん……」 『アンブロシア、私もあなたを愛してる。あなたが大切で、ずっとずっと大好きよ。だからきっと、あなたにだって――』 はたして姉は、最後に自分に何を言い残したというのだろう。目を開いたとき、予想していた通り愛しい姿はその場から消えていた。 まるで最初からそこに何者もいなかったかのように。アンブロシアは、なんとか顔をハンカチで拭うと、そっときびすを返して屋敷に戻る。 これまでまともに言葉を交わせずにいたアンジェリカ。ノクトという婚約者に命を奪われ、理不尽に突然自分の前から消えたひと。 目を閉じれば、それだけで天上で過ごした日々を容易に思い出す事が出来た。楽しい毎日、笑い合う平穏な日常。それが今は、とても遠い。 ようやく会えた、ようやっと話が出来た……ノクトとの事を思えば、姉こそがきっと今一番苦しい想いをしているのに違いない。 だというのに、むしろ彼女の現状はその真逆だ。未だに強い想いに縛られたまま、自分自身の意志で冥府と現世を彷徨い続けているという。 「――『あなたにだって、アスターを愛する事が出来る、誰にも奪われず護り抜いてくれる』……」 アンブロシアは、裏口に立ち尽くしたまま姉の言葉を繰り返した。聞き覚えのない名前は、どう記憶を掘り返しても思い出す事が出来ない。 そもそも、それが人物名であるのかさえ不明瞭だ。その昔、姉は知恵の樹の管理人という立場から様々な事業に携わっていたという。 もしそれが活動の最中に出会った、或いは関わりのある人物の名なのだとしたら。ましてや「愛する」、「護る」とはどういう意味なのか。 「ああ、もう、わたしったら……まさかノクトさんの事も、ニゼルさんの事も。真珠ちゃんの事だって、聞きそびれてしまうだなんて」 だが今は、深くは考えまい。アンブロシアは頭を振った。焦がれていたアンジェリカと話す事が叶った、それだけが手元にある真実だ。 嬉しかった、単純に、どんな姿になろうとも姉に会えた事は嬉しかったのだ。それがどれほど罪深い事であるのか、自分はよく知っている。 「死者と生者は、同一世界に共存していてはいけない」。遙か昔、原初の頃よりそれは絶対的な定めとして世界に深く根を張っていた。 その理に単身逆らってでも、姉にはやらなければならない事がある。アンブロシアは、アンジェリカの沈痛な顔にそれを見出した気がした。 彼女がどんな立場にあり、何と戦っているのか。理解は出来なくても、その願いを探り、その身に寄り添う事なら自分にも出来る筈だ。 (姉さんは、ニゼルさんなら自分の代理が務まると踏んだんだわ。なら、わたしに出来る事は……このままニゼルさんを陰ながら支える事) アスターなるものが何者であるのか。姉が今後、どうなっていくのか。結論の想像にすら至らない事を一人で考えていても仕方がない。 (くるべきときが来たら、きっと分かる筈だわ) 「アスター」。その名はしかと心に刻んでおこう、アンブロシアは両頬を叩いて自ら喝を入れ直す。 ニゼルが戻ったとき、話さなければならない事が山のようにあるのだ。気持ちを切り替え、ずんずんと力強い足取りでキッチンに入った。 「ねっ、ねーちゃん! ねーちゃん!!」 「ちょっと珊瑚、だから待ってって……あーあー、もう」 慌ただしい大声、呆れ声が、ほぼ同時に部屋に雪崩れ込む。前者珊瑚は両親が立ち上がるより早く寝具に駆け寄り、真珠の顔を覗き込んだ。 一方で、朝方打たれた鎮静剤が効き、昏々と眠り続けていた白羽根はそっと目を開く。眼前、彼女の弟はぱっと分かりやすく顔を輝かせた。 「……はあ……ニゼル、そこにいる?」 「ね、ねーちゃん!?」 「うん、いるよー。藍夜もね。遅くなってごめんね、大丈夫? 真珠」 「えっ、あっ、あの、ねっ、ねーちゃん?」 明らかに、真珠は珊瑚を無視してかかる。気持ちは分かるがここまではっきり態度に出すとは、と、シリウスは額に手を押し当てて唸った。 「あ、あの、ねーちゃん? 怒ってる?」 「ねえ母さん、この目の前でピーピー喧しいの、どこかに捨ててきて貰えないかしら」 「うえっ!?」 「……僕はいいケド、どうなの? ニジー」 「えー? いいんじゃない? けが人を前に大声で療養邪魔するとか、男の風上にもおけないし」 「や、そんな、ちょ、そ、そんな……お、オレは、ただ……」 女性陣からは針のむしろだ。絶望しきった顔で固まる珊瑚に苦笑し、琥珀の促すような視線に頷き返して、シリウスは息子の肩に手を置く。 見上げてくる涙混じりの眼に、口の動きだけで「静かにしておけ」と彼は諭した。何か言いたげに口を動かす珊瑚の手を引き、部屋を出る。 愛しい雌が危険な目に遭わされる、それは雄としては許し難い仕打ちだ。シリウスも嫌というほどに分かっていた。 しかし、時期を迎えたといっても娘と息子はまだ幼い。彼が戻り次第、すぐに真珠から離してやるべきだと全員で意見は統一させてある。 (男親として、腕の見せどころだな。妻よ) 琥珀を筆頭に、ケイロンからも指示があったのでは逆らえない。拗ねるというより落ち込んでいる珊瑚の頭を撫で、一角獣は自室に戻った。 「ほら、座れ。お前も大暴れしたんだろう、少しは休んだ方がいい」 連れてきた息子に、手近な椅子を勧めて備えつけのキッチンに入る。珊瑚がこの屋敷の中で唯一珈琲を好む事は、とうの昔に把握していた。 練習した通りに豆を挽き、湯を注ぐ。この手順を教えてくれたのはニゼルだったが、そういえば彼女は飲み物にこだわりがないようだった。 最も好んでいるのが審判官の手製のハーブティーである、というだけで、見ていると様々なものを口にしている様子が日々興味深くもある。 「……親父、コーヒーとか淹れられんの?」 「うん? なんだ、座っていて構わんと言っただろう」 「いや、だって……する事、なんもねーし」 背後の気配に振り返らないまま応えた。声の主は唇を少しだけ尖らせて、そろそろと父の機嫌を伺うようにして寄ってくる。 その態度を見ているだけで、シリウスは思わず噴き出してしまいそうになった。堪えるべく珈琲の用意に集中する。 「ニゼル=アルジルも飲むだろう。俺もまだそこまで上手くはないがな」 「あー、そう。コーヒー淹れられる神獣ってレアなんじゃね?」 「さてな。世の中は広く……俺の妹に至っては、真珠のように菓子を焼いたり料理を仕込んだりしていたぞ」 「妹? オレらにとっての叔母か、親父に妹なんていたんだ?」 シリウスは淹れたての珈琲をカップに注ぐと、二つのうち片方を珊瑚に手渡した。歩き出すと同時に一口を含み、 「昔にな。お前達が生まれた日に、亡くなってしまった」 苦い味をそのまま喉奥に流し込む。息子が一瞬息を呑む気配が伝わり、そういえばエライと里について話した事がなかったな、と思い至る。 ついてくる珊瑚を椅子に座らせ、シリウスは寝具に腰掛けた。無意識に出た長い嘆息に、自分もたいがい陰気な質だと自嘲を込めて笑う。 「そうだ、妹……名はエライ。琥珀も真珠も、もちろんお前も、エライには似ていないな」 「フーン。じゃ、可愛い系? 言ったって、ねーちゃんには適わねーだろーけど」 「可愛い系どうこうは俺にはよく分からんが、そうだな。愛らしく、気だてのいい娘だったぞ」 うっわシスコンかよ、あからさまに顔を歪めた息子に、お前とてひとの事は言えんだろう、一角獣は片目を細めて抗議した。 自覚があるどころか騒ぎに乗じて姉に口付けまでしてしまっていた珊瑚は、父のその一言だけであっさりと黙り込む。 普段の彼からは考えられない大人しさに、シリウスは何度目かの苦笑を漏らした。互いに無言で珈琲に口を付け、昼の日差しに目を細める。 「亡くなったって、病気かなんか?」 同じ造りの寝室だからか、珊瑚は自室にいるかのように両足を投げてくつろぎ始めた。これはヘラを倣った癖なのだと真珠から聞いている。 「いや、俺が殺した」 「フーン。そーなん……はあー? え、な、なんで? なんで、そんな」 「真珠のように実験の類で体を弄くり回されたわけではないが、里の者らに穢された。だから殺した」 シリウスはサイドテーブルにカップを置き嘆息混じりに立ち上がると、息子の横に寄り添っていた天ノ露を手に取り、壁に立てかけた。 珊瑚は呆然としてこちらを見ている。一瞬、彼が体を強張らせたのが空気から伝わった。妥当な反応だと、叱る気にもなれず腰を掛け直す。 「俺の一族は、血の繋がりと誇りを第一に生きてきた。俺が里に戻ったとき、エライは連中に長年犯され続けた反動で気が触れていた」 「……なんで?」 「何故もない、俺の留守中に好きにされたという話だ。そのときその場に居合わせたのがお前達を身ごもった琥珀と、ニゼル=アルジルだ」 シリウスはあの悪夢のような出来事を隠さず話した。エライとシリウス、それに姉と自分を重ねたのか、珊瑚は途中から物を言わなくなる。 俯き、何か考えているかのようだった。話す度、気分と室内の空気が重くなっているように感じていた一角獣は、息子の回答をしばし待つ。 彼には自分と同じ轍を踏んで欲しくない、そう願っていた。しかし今、その願いはカマエルらの不要な助力で踏みにじられてしまっている。 子どもらには幸せになって貰いたい。最善の選択を自ら選び取り、自由に生きていて欲しい。これ以上の過ちを繰り返して欲しくなかった。 「親父……オレ、やっぱ、しくじったんかな」 「何故そう思う」 「だってさ、もう昼過ぎだっつーのにヘラは帰らねーし。ねーちゃんにもお袋にも嫌われたっぽいし」 「珊瑚。かつてニゼル=アルジルは俺を許し、妻がお前達を産む事も望んだ。望まれて生まれた命を、そう易々と見捨てたりすると思うか」 「でもさ」 「お前は俺にお前を捨てろと言いたいのか。生憎、頼まれても御免だぞ」 だからこそ、珊瑚は真珠の痛みに向き合わなければならないのだ。姉の望みを受け入れ、私欲と自我を抑える努力を覚えなければならない。 「むしろこれから苦労するのはお前達だぞ。『やはり所詮は妹殺しの子どもだな』と、言われ続けるやもしれん」 「そんな、そんなの! 周りが何言ったってカンケーねーじゃん!! むしろ親父は被害者だろ!?」 「事実だからな。それに、お前がしでかした事も同様だ……真珠を護ってやりたいか? ならばあの仔の話をよく聞いてやれ。それからだ」 「話って……ねーちゃんの相談相手になれ、って事? オレにそんな権利、あんのかな」 「お前は賢い仔だ、答えならとうに分かっているだろう。あの仔の心に寄り添え。治療とは体だけで済まされるものでもないからな」 ここまで聞いて、初めて珊瑚はシリウスの意図に気付いたのか。愕然とした顔で立ち上がった黒羽根は、次に顔を青くして小さく頷き返す。 すっかり冷め切った珈琲に視線を投げ、おもむろに手に取り、一角獣は中身を全て喉に流した。珊瑚も倣うようにそれに続く。 部屋に連れてきたときに比べ、黒羽根の呼吸はもうすっかりと落ち着いていた。家族の元に戻ろう、そう促して、二頭はそれぞれ席を立つ。 |
||
BACK / TOP / NEXT UP:20/03/28 |