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楽園のおはなし (3-14) BACK / TOP / NEXT |
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「真珠、珊瑚!」 表通りに飛び出し、ニゼルは大声で神獣達の名を呼ぶ。一斉に注目を浴びたが、周りを気にしている余裕はなかった。 耳に飛び込んだ、聞き慣れない響きの音。真珠が放った透明な悲鳴は、職業柄古代語に多少の覚えがあるラグエルにも通じるものだ。 古の時代に生きるもの達が好んで使用したという、古代語を用いた秘密の号令、危機の到来を告げる警鐘。聞く事の出来る機会は多くない。 それだけに、ふたりに何かあったのだと焦りが募る。あれは確かに、「天使がわたしを狙ってきた」と叫んでいた。 「どうしよう、藍夜かヘラに……」 助けに行かなければ、でもどこに? 特定の座標を調べる技術を、自分は持っていない。もう一度頬を叩いて喝を入れる。 札の作成で心身ともに疲労している親友に、これ以上の負担は掛けられない。今神獣の身を預かっているのは自分だ、しっかりしなければ。 「とにかく、痕跡か手がかりを探さないと」 「ちょい、ちょいちょい、ニゼル!」 「うわっ!? さっ、珊瑚!」 肩を掴まれ、驚いて振り向くと口を手のひらで塞がれた。空いた手で口元に人差し指を立て、黒羽根はしい、と落ち着くように諭してくる。 「ハーイ、落ち着くー。しんこきゅー」 「……もごもごー」 「うっわ、くすぐってー! ほいほい、まず人気のないトコに移動しよ」 「ぷはっ。う、うん……」 手を引かれ、来た道を引き返した。周囲を観察し終え、ここなら大丈夫、とにかりと笑う珊瑚と対照的に、ニゼルは胸の内をざわつかせる。 あの声は恐らく真珠が放ったものだ。最愛の姉の身に何かあった事は間違いないのに、何故彼はこんなにも落ち着いているのだろう。 疑問は顔に浮いて出ていたようだった。ふと真顔になった珊瑚は、声を潜ませてニゼルの耳元に囁きかける。 「(予想はしてたし。それにねーちゃんの行き先なら、すぐ通達がくるって。忘れてんのー? ニゼルにはストーカーがついてんじゃん)」 ストーカー、聞き返そうとした瞬間、ぱちりと脳内に星が瞬いたような不思議な感覚が走った。 ニゼルさん、そう名を呼ばれてぴんとくる。ぼんやりと頭の中に柔らかく湧き出る音声、それはアンブロシアからの思考伝達だった。 対天使の中でも特に力が強く、神々に重宝される者同士が使命を全うするべく所有するテレパシー能力。それを彼女は行使してくれている。 審判官や殺戮が有名どころだが、特別な役目を授かっているのは彼らだけではない。知恵の樹に纏わる三大天使も例外ではなかった。 とはいえ、完全な私的利用である。非常事態なんだから見逃してよね、と誰にともなく頷き、ニゼルは脳内に響く優しい声色に耳を傾けた。 『アン? あのさ、珊瑚が俺のストーカーとか言ってるんだけど、何の話か知らない?』 『え、ストーカーですか。いえ、わたしにはなんの事か……それよりニゼルさん、真珠ちゃんの事なんですけど』 声以外にも息遣いまではっきりと聞こえてくる。しかし今は情報を先に聞いておかなければ……息を潜めた瞬間、ぶつりと奇怪な音がした。 「……困るんですよネー。今、通信をなされると」 切断されたのだとすぐ気付き、ニゼルははっとして裏通りの奥へ視線を走らせる。入れ替わるようにして、珊瑚が彼女の前に出た。 ふたりの目は、通りの奥、曲がり角から不意に姿を見せた者に釘付けになる。間延びした声と軽快な靴音が、酷く異様なものに感じられた。 「ペネ何とか! ……何しに来たの?」 「ペネまで出てきたなら素直にペネムエと呼んでしまった方が宜しいのでは? いいですケドネ別に、お久しぶりデスネ、ラグエル」 肩までに切り揃えた金髪、黒みを帯びた青瞳はそのままに、記す天使は当時見知った高価なスーツ姿ではなく、一般的な冬の装いで現れる。 庶民らしい衣服に足元の艶やかな光沢の革靴が不釣り合いに見えた。親友といい、見栄を張りたがる男は靴にこだわりでもあるのだろうか。 目の前の珊瑚の頭が揺れ、先に逃げとけ、と目で伝えてくる。置いていける筈がない、ニゼルは梃子でも動かんとばかりに胸を張った。 「いやー? ペネ何とかは、ペネ何とかで十分でしょ」 ……ペネムエ、カマエル。知っている、彼らの事はよく覚えている。「ニゼル」は面識がなかったが「ラグエル」にはそれがあったからだ。 彼らがどんな性格で、どんな立場にあった天使だったのか。それすらも今の自分は把握している、負ける要素などどこにもない。 この場にこのタイミングで現れたという事は、真珠は彼にさらわれたと考えるのが妥当な線だ。戦わずに逃げるなど考えられなかった。 ちらとこちらを振り向いた琥珀色の眼が、実に表情豊かに醜く歪む。ニゼルはにこにこと笑いながら「前に注目」、と小声で指示を出した。 「残念でしたー、俺はラグエルじゃないですー。あれー? 記憶力、どこかに置いてきちゃった?」 「はっ? いや、いやいや、アナタ、確かに知恵の天使ラグエルでしょう。ガブリエルの告知はそう成されたと、広く聞こえておりますヨ」 「えー、記す天使っていうのは肩書きだけ? だからね、厳密にはラグエルとは呼べないんだよ。調査不足なんじゃないの?」 突然の告白に、ペネムエは「そんな筈は」と動揺して狼狽える。珊瑚の咎めるような視線を見つめ返し、ニゼルは密かに口端をつり上げた。 「文字に起こし、書に刻み、記す為の術を掌握する唯一の天使、それが君だったよね。でも知恵の樹の情報量に比べたら大した事ないよね」 なんですって、記す天使は震える声でそう呟く。空色髪は、挑発に掛かった、とばかりになお笑みを深くした。 「ロードの作成と試運転。それだって、手法も結果も全てあの樹の中にある。どんなに足掻いたって君達の求めるものは引き出せないのに」 ペネムエは、そして彼と手を組むカマエルは失念しているのだ。ラグエルとニゼル、そしてニゲラが、如何なる性格をしていたのかを―― 『ラグエル、貴様……知恵の樹の管理はどうした。何をふらついて遊んでいるのだ』 『カマエル。遊んでないよ? こうやって天上界の見回りに勤しむのも、俺の仕事のうちなんだけどなあ』 『お止しなさいな、カマエル。何を言っても無駄デスヨ、自分の好きな事しか出来ない質なんですから。カミサマは人選を誤りましたねえ』 『ええ? 酷いなあ、別にいいけどさ、本当の事だし。大丈夫だよ、世話しすぎても根腐れしちゃうから』 ――ずいぶん前の話だ、彼らと顔を合わせる機会があったのは。赤い豹は常に苛立ち、記す天使はいつも呆れ顔をしていたように思う。 ヘラの元を少し離れ、所用に時間を費やす中で彼らと出会った。彼らは小言が多く、いつ何時でも文句ばかりをつけられていたように思う。 『ああっ、もう、雑ですねえ! アナタ、仮にも今は女性性でしょう。棚くらい、整理してお使いなさいな!』 『えー、そう? この方が使いやすいと思うんだけどなー』 『こ、このバランス感覚……許せん、理解出来ん。何故だ、何故チョコレートを一番下に置く。最も取り出しやすい箇所に置くべきだろう』 『もー、真面目だねー、二人とも。実験とか検証とかそういうのは下手だけど。俺よりよっぽど知恵の樹の管理人に向いてたんじゃない?』 『……愚かな事を、口にするな』 『え?』 『貴様が直々に賜った使命だぞ、他の天使に務まる筈がない。よもや、彼の方を侮辱するつもりではあるまいな』 彼の方……カマエルは特に、古代の神々を敬愛していた。崇拝といっても過言ではなかったかもしれない。 昔からそうだ、彼らが古代の神に傾倒していた事は知っている。それが新世代を軽んじる言動として現れていた面も、多く目にしていた。 ……昔から。新旧問わず、神々に直に至宝を託された立場にある自分は、彼らにとって妬みの対象にしかなり得なかったのだろうか。 自分としては親しいというほどの仲ではなかったが、悪しように言われるほど拗れた関係でもなかったように思っていたのに。 一瞬首を傾げたニゼルだが、眼前の天使は彼女の内なる疑問に気付いてくれる筈もない。ペネムエはなんですって、と二度聞き返してくる。 「だからね、君もカマエルも結局あの樹と俺達三人に勝てた事なかったよねって。君達のしている事なんて、とっくの昔に蓄積されてたし」 本当なら、覚醒したての未熟な天使の言葉を真に受け、あえて自ら傷つきにくる必要もないのだろうに……ニゼルは内心で彼を哀れんだ。 あからさまな挑発を上乗せして挑発すれば、記す天使ははじめは目を見開いてその場に固まり、次に顔を紅潮させて身を震わせる。 その辺にしておけ、何やってんの、黒羽根のちらちらと落ち着きのない視線が、雄弁に制止に掛かった。ニゼルはそれを軽やかに無視する。 「何? ヘラの実験が失敗したから、今度は真珠と珊瑚で起死回生を謀ろうって? あ、でもそれより先にガブリエルを解放されてたっけ。 よりによって人間の器だった無力な俺に! サラカエルは俺を間抜け呼ばわりするけどさ、本当に間抜けなのはどこの誰なんだろうね? 実験は失敗続き、さて、誰に言い訳する? ゼウス達ではないよね、それは君も赤い豹も御免だろうし。見てるとお互い大同小異だけど」 相手の痛いところを突くのは、何より得意だ。藍夜のお墨付きである「嫌な勘の的中率」に匹敵していると自負しているほどだった。 意外にも、追撃に対してペネムエの顔は能面のように感情を消していく。一度歯噛みし、彼は異常に冷えた眼差しで自分と珊瑚を睨んだ。 「アナタ、相変わらずデスネ。よりによってワタクシ達と、あの下劣な神々を同列と例えるなんて」 「同列、とまでは言ってないんだけどなー」 「そういえば、アナタは昔からそうでしたネ。寵愛を受ける身である故にワタクシ達を見下ろすばかりで、カマエルは特に悔しがっていた。 ワタクシ達がどんな惨めな思いをしていたか、知る由もないのでしょう。ある意味、アナタの方が哀れな天使なのかもしれませんネ――」 ――彼らが体感した惨めな思いとは、いつ、どこで起きた話を起点とするものだろう。自分はいつ、彼らを見下ろしたというのだろう。 またしても酷い耳鳴りと頭痛を覚え、ふらついたところを珊瑚に支えられた瞬間、ニゼルは視界が赤い光に覆われたのを目の当たりにした。 ああ、やはり視られていた、監視されていたのだ……赤か桜色の光は、件の赤い豹、カマエルの探索能力が圧縮された際に生じるものだ。 【「ペネムエ、余計な口がすぎるぞ。貴様はその馬鹿者どもを連れてきさえすれば、それで良いのだ」】 予想していた通り、焦燥に駆られた赤い豹による干渉が成される。反論しようと天を仰いだペネムエもろとも、周囲は赤い閃光に包まれた。 馬鹿者どもって、ずいぶんな言い草だよね……黒羽根からはぐれないよう、ニゼルは手を伸ばしたが、指先は何も掴めないまま空を切る。 あのときと同じだ。ニゼル=アルジルであったあのときも、このようにして自分は理不尽に親友の元から引き離された。 白羽根を連れ戻す策とはいえ流石に独りでは無謀だったかもしれない。あとで藍夜に怒られるかなあと、ニゼルは眩い光を前に目を閉じる。 「……ん、ニゼルさん!? ニゼルさん、お願いです、返事をして下さい!」 「アンブロシア、落ち着きたまえよ!」 愛しい対天使の声が、かけがえのない友人の気配が突然途切れた。アンブロシアは我を忘れ、思わず身を乗り出して声を荒げる。 彼女を諭したのは藍夜だった。肩を掴まれ、はっと我に返った直後に恐る恐る振り向くと、審判官の冷静な顔と目が合う。 「藍夜さん……あ、あのっ、ニゼルさんとの通信が」 「分かっているとも、邪魔が入る事は想定内さ。とにかく一度座りたまえ」 「でも……」 「この場にニゼルがいれば、同じ事を君に勧めると思うがね。さあ、座りたまえよ。お茶を淹れてあげよう」 転送札の用意が終わり、疲労困憊といった体で彼が居間に降りてきたのは、つい先ほどの話だった。 慣れない作業で疲れているだろうに、そんな気配を微塵も見せずに落ち着いている藍夜に困惑しながら、アンブロシアはいつもの席に着く。 斜め向かいの席で干し肉を齧っていた琥珀が、ふたりの顔を様子を伺うようにして見上げてきた。隣のシリウスが茶菓子を差し出してくる。 「どうした、ニゼル=アルジルの身に何かあったのか」 「わ、分からないんです。通信が、その、ニゼルさんと交わしていた心の繋がりが急に途切れてしまって」 「うむ……俺にはその、通信とやらの感覚は分からんが。まずは、何かあったと考えるのが妥当だろうな。すぐに出るべきか」 「っていうかさ、ニジー達、なんで僕達に何も言わないで行っちゃうかな〜。護衛くらい、喜んでやったのに」 「……呆れた、君達夫婦の時間を邪魔しないよう配慮したんだろ。そんな事も想像出来ないのか、流石ケダモノは頭の造りが違うらしいね」 「なっ、なぬぅ!?」 「サラカエルさん! あのっ、ニゼルさんと真珠ちゃん達は……」 琥珀のぼやきに反論した殺戮は、縁側に立ったままテーブルに着こうともせず、まるで無言で外を睨んでいるかのようだった。 藍夜と揃って降りてきた彼が、紅茶の用意もせずにいる事は珍しい。普段は主人にすぐ運んでいく筈なのにと、アンブロシアは口を閉じる。 「やあ、考えたら分かる話さ。覚醒したてで未成熟そのもの、力の制御も覚束ない子ども。僕がカマエルなら放っておく筈がない」 見れば、「彼ら」双方の夜の眼は瑠璃色に染まりきっていた。はじめから、端から、彼らはニゼル達を放置していたわけではなかったのだ。 彼女が屋敷を出た後、札の作成が済み次第すぐに瞳術を起動し、二人でその足取りを追っていたのだろう。 追いつくには間に合わずとも位置さえ把握出来れば手の出しようもある、サラカエルらの横顔は強くそう主張していた。 (ああ、そうだったんですね。珊瑚くんが言っていた『ストーカー』というのは……) アンブロシアが眉を潜めた瞬間、彼女の横に何者かの手が伸びてくる。色の白いそれは、目の前の焼き菓子を一枚摘まんで口に放り込んだ。 「諦めろー、アクラシエル。こいつらはお前並みに、いや、それ以上にニゼルの事が大好きだからな」 「ヘラ様」 「お言葉ですが、ヘラ様。ウリエルはそうだとして、僕は頼まれて仕方なく手を貸しているだけですから。誤解なさらないで貰えませんか」 「ほら見ろ、おチビときたらすぐこれだ。全く、主に茶も出し忘れるほどとはな……案ずるな、だいたいの行き先なら予想がついている」 また馬鹿にして、殺戮が喉奥で唸るのを見てアンブロシアはますます眉間に力を込める。一方で、菓子を咀嚼し終えたヘラは不敵に笑った。 古い時代からのつきあいだ、桜髪の天使は地母神の目が少しも笑っていない事に気付く。あまりの威圧感に無意識に立ち上がっていた。 「行き先、予想? ヘラ様……それはまさか、ニゼルさん達は何者かに連れ去られてしまったという事ですか」 思いのほか衝撃を受けずに済む。なんとなくそのような予想はしていたからだ。頷き返したヘラは、更にもう一枚の菓子を指で摘まんだ。 「うむ、そういう事だ。白昼、堂々としたものだな」 「そんな! なら早く探し出さないと、ヘラ様は何かご存じなのですか。教えて下さい、ニゼルさん達は今どちらに!?」 「落ち着きたまえよ、アンブロシア。これまでの経緯からして、思い当たる節はひとつしかないだろう。赤い豹とその一派というものだよ」 「カマエル様が!? そんな、琥珀くん達の事もあったのに……藍夜さん、すぐに助けに行きましょう! また何をされてしまうか、」 刹那、女神の言葉を継いだウリエル、鳥羽藍夜が、睨むような目でこちらを見る。アンブロシアは、今度こそ体を硬直させて立ち尽くした。 「カマエルが何を考え、何故ニゼルを付け狙うのかは知らないがね。度し難く、許し難いというものだよ。もうこれで二度目だからね」 瑠璃の光は力強く揺れ、彼の怒りの度合いを如実に語る。自分が今何を発言しても、彼の怒気は収まるどころか燃え盛る以外にないだろう。 アンブロシアにはそんな予感があった。怒っている、未だかつてないほどに彼は苛烈に怒り狂っている。淡々とした静かな口調がその証だ。 「言われるまでもないよ、アンブロシア。場所の特定は済んでいるからね、このままただで済ますつもりもない。必ず連れ戻してみせるさ」 悲劇の天使は言葉もなく、冷や汗が背を伝うのも忘れて出されたばかりの温かいハーブティーに視線を落とした。 彼はどんな気持ちで、この透き通る琥珀色の茶を淹れてくれたのだろう。居合わせた者達も皆、藍夜の二の句に注目していた。 ……彼は昔からニゲラ、そしてニゼルの傍にいて、自分の信念のままに彼女達を守り続けてきた。カマエルの行動を許す事はしないだろう。 ニゼル達の救出に向かうだけでなく、赤い豹に何かしらの報復を下す事は目に見えて明らかだった。 「ヘラ様、僕は座標の元に飛びます。ニゼルには僕がついていなければ……あとの事はお願いします」 「うむ、私は構わんが。サラカエル、お前も着いていってやれ。向こうは天上の領域だからな、あとで私も顔を出してやろう」 「……納得は出来かねますけどね。拝命します」 「すまないね、サラカエル。それとシリウス、向こうも抵抗するだろうから君は琥珀とここに残りたまえ。血を見る事になるだろうからね」 「おい……トバアイヤ、それはどういう意味だ。子どもらやニゼル=アルジルに危険が迫るような真似は許さんぞ」 「アー、言ってもムダだよケツ。僕達だって子どもらの事、心配なんだけどね〜……コレ、ニジーでなきゃ止められないよ」 「そういう事さ。琥珀、アンブロシアと屋敷の警備は君に任せるよ。しっかりと担ってくれたまえ」 それ故に、アンブロシアは密かに顔を強張らせる。よもや、彼は怒りに任せて固有能力である審判を起こしはしないだろうか。 「血を見る事になる」。これまで藍夜の口からそこまで物騒な言葉が出された事はない、だが自分にはニゼルのように彼を止める術がない。 赤い豹は寝ている獅子の尾を踏んでしまったのではないのか。悲劇の天使は、体の震えを抑えようと咄嗟に唇を噛んだ。 微かに鉄錆の臭いがして、慌てて滲んだ赤色を舌で舐めとる。自分は今も無力だ……今この場にいないニゼル達の無事を祈り、目を閉じた。 |
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