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モンスターハンター カシワの書 上位編(57)


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「それで、ハイメル隊長。貴殿がここに来たということは、出航直前ということで間違いないか。消耗品で不足が出ているものは」
「はい、ユカさん。食料品や燃料は補充済みでして、残る回復薬はカシワさんが調合してくださった分で足りるはずです! あとは携帯食料ですが……」
「もっちろん! これから私が用意しますよ!! それはもう、こんがりジューシーに……」
「待て、受付嬢。そちらは俺の伝手を使えば済むことだ。今はこいつらに必要物資の調達を任せた方がいいだろう」

こいつら、とはもちろん龍歴院つきの自分たちのことである。ユカとハイメルって知り合いなんだな、そう思うもなんとなく応酬に口を挟めない。
視線だけで「こちらの狩人はいまが旬でオススメです」とばかりに雑に紹介され、クリノスは唇をわざとらしく尖らせ、カシワは口を真一文字に結び直した。
一方でユカに気にした様子はない。すぐにでも龍識船へ向かおうということなのか、彼は足元の木箱を二つ重ねて軽々と持ち上げる。
手伝おうと駆けつけたハイメルらは視線で制するものの、さすがに一人では持てんだろうよ、と手伝いを申し出たマルクスには珍しく素直に応じていた。

「ユカ、俺にも一箱運ばせろよ。……お前はこれから龍識船に乗り込むのか?」
「でなければ荷物は降ろせんわけだが。どうした、お前も乗ってみたいのか。ただの研究室じゃない、最新鋭の空飛ぶ研究室だぞ」

少年らに同じくやんわりと手助けを断られた後輩狩人は、いつものように凶悪に笑い返され声を詰まらせる。
正直、興味関心は尽きなかった。しかも口ぶりから察するに、眼前の騎士もすでに龍識船に乗った経験があるようだ。
龍歴院の開発技術がどれほどのものかは想像もつかないが、狩り場に直行できる新たな拠点施設と聞いて黙っていられるハンターがどれだけいるだろう。
少なくとも自分には無理だ。概要を聞いただけなのに、もう未知のモンスターの情報を耳にしたときと同じように胸を膨らませてしまっている。

「んなっ、俺はそんなこと一言も言ってないだろ!? どんなのか見たことないから気になっただけだ、無理に乗せてくれなんて……」

それでも一度否定する必要があったのだ。普段相手がどれほど多忙か、どんなにこちらを気にかけているか。自分は、それを身をもって思い知らされている。
迷惑はかけたくない、そういった気持ちも嘘ではなかった。だというのに、ユカは意地悪くにたりと口角をつり上げている。

「ならいいんだな。またとない機会だが、お前が乗りたくないと言うのなら仕方ない」
「なっ……だ、だから俺は何も……」
「ねえ、カシワ。そのリアクション、まんま『俺も乗ってみたいです!』って言っちゃってると思うけど」
「クリノス!? おっ、お前まで何言ってるんだよ! そんな気楽に乗れる代物じゃ、」
「諦めろ、俺にもそうとしか聞こえなかったぞ。クリノス、お前はどうだ。ご家族へのいい土産話にできると思うが」
「あれっ、いいの? じゃあ乗るー! あぁ、カシワは乗りたくないんだよね? わたし、リンクと先にお邪魔してくるからー」

ハンターなら気になって当然だからな、二人の目はそう語っていた。こちらの気遣いなどまるでお構いなしで、そこが「らしい」とさえ思えてしまう。
どいつもこいつも結託してからに! ……いつかのマイハウスにおける下位混合装備没収事件を思い出し、カシワは一人歯噛みした。
むしろ耐えきれず、大人げなく地団駄を踏んで彼らのやり口に抗議する。目を開いた先で、見慣れた銀朱が笑っていた。

「くそ、分かった! 言えばいいんだろ言えば!! 俺も乗る! 乗りたいです!!」
「うわぁ。五秒も保たないとかっ」
「ふん……素直が一番だ。今は依頼も受けていないんだろう、ついてこい」

思い切って指を突きつけるも鼻で笑い飛ばされる。なんでだよおかしいだろ、口内でぶつくさ言いながら後輩狩人は赤色洋装の背を追った。
途中でハイメル、ルーチェも流れに加わる。「勝手に乗ることになったけどいいのか」、カシワが声をうわずらせて尋ねると、少年は晴れやかに笑い返した。

「はい、もちろんです! 院長ともそのように話を進めていたんですよ。ボクもカシワさんやクリノスさんのお話を聞きたいと思っていたんです!」
「よーし、それじゃぁこのまま龍識船の係留塔まで一直線ですよ! ホップ、ステップ、龍識船っ!」

何故、初対面の彼らにここまで気にかけてもらえるのか分からない。視線を逸らした瞬間、隣からクリノスが脇腹を突っついてくる。
からかうなよ、なに照れてんの、やめんかい、乗せてくれるってよかったね……いつもと変わらないやりとりが、先の恐暴竜の影を僅かに薄れさせてくれた。

(なあ、ユカ。その研究室って、とびきりの乗組員やお前みたいな一部のハンターしか乗せてこなかったんだろ……俺みたいなのが混ざって、大丈夫なのか)

曇天、咆哮、赤色の箒星。沼地で遭遇した「悪魔」の存在は、ただ逃げる選択しか採れなかった後輩狩人に暗影を落としたままでいる。
疑問と不安は尽きなかった。それでも、先を行くユカの足が止まることはない。






「――あれが龍識船だ。他と違い、寒冷期の空と同じ色の気嚢が目印になっている」

ベルナ村を抜け、通い慣れた龍歴院前正面庭園に出る。一行の足取りはギルドストアを抜けた先、龍歴院本部の手前で止まった。
男の視線を辿り、頭上に鮮やかな空色の塊を見つけてカシワは目を瞬かせる。従来のものとは造りが大きく異なる飛行船が一機、龍歴院に横着けされていた。

「うわ……でっかいなあ。これが空飛ぶ研究室、ってやつなのか」
「第一声がそれ? 他に言うことあるんじゃないの?」
「他に、ってなんだよ? あっ、しまった。アルも連れてくればよかったな……なんならノアも」

視界の端で手を振られ、はっとして目線を地上に戻した。このままご案内しますね、とはハイメル直々の申し出だった。ありがたく後に続く。

「そういえばカシワさん、アルフォートは一緒じゃないのニャ? マイハウスにはいなかったような……」
「あー、アルならクレタとノアの手伝いに行ってるんだ。ほら、俺が回復薬作ってたから」
「あぁ、あの回復薬モドキ……っていうかあんたね、アルくんはまだしもノアちゃんは乗せらんないでしょ。龍歴院のハンターでもないんだし」
「……そうとも限らんぞ。龍識船は他の飛行船と連結できるように造られているからな。横着けしてしまえば、甲板上でも商船と直接交渉することも可能だ」

龍歴院の本部に足を踏み入れるのは、ユカをトゥリパらのキャラバンに誘って以来だ――闘技場どうこうネコタク云々は、この際カウントしないことにした。
きょろきょろと視線をさまよわせる後輩狩人と、机上に散らばる資料に顔をしかめる先輩狩人を連れ、騎士は龍識船についてなお補足する。

「試験運用も終わった、今回から大型商船と集会所として使える酒場を連結することも決まっている。前にも増して快適な船旅になるだろう」
「へえ、凄いな。あっ、ってことは話を通しておけば商人……一般人も乗っていいってことか。やっぱり凄いなあ」
「あとは加工場でも設置すれば素材の加工や武具の手入れも出来ちゃうよね? そうなったらもう拠点そのものだよね。凄いんだか才能の無駄遣いなんだか」
「さて、どちらだろうな。商船『ウリカイ』には加工場とギルドストアが開いていると聞くが……そこの君。すまないが――」

途中、ユカは一度足を止めると通りがかった顔見知りらしき研究員と何事か話し始めた。先に行くよう言われ、隊長らとともに指定通路を急ぐ。
廊下が細まるにつれ、視界の先に真っ白な光が見えた。屋外だ。化石質の壁沿いに木造のしっかりした足場が組まれている。
眼下には集会所が、視線を上げれば山岳の稜線と青空が広がっていた。ギルドストアの職員がこちらに気づいて手を振ってくれる。無意識に手を振り返した。

「おおっ、たっかいな! 受付もビストロアイルーもあんなに小っちゃく……」
「ちょっとカシワ、子供じゃないんだから。落っこちないでよー? あと落ちるなら一人で……」
「お前、なんてこと言うんだよ! そんなことするはずないだろ!?」

大人三人が並んで立てるほどの広さを確保した足場の上では、作業員と龍歴院の研究員が出発前の点検と調整に勤しんでいた。
珍しい光景に身を乗り出しかけたところでマルクスに襟首を掴まれる。そのまま引きずられるようにして、カシワは一行ともども龍識船の甲板に乗り込んだ。
気遣われてか、ハイメルたちは連結作業中の商船や集会酒場のことも含めて、船の設備について手で差し示しながら簡潔に説明してくれる。
通されたのは船尾側、操舵席と思わしき場所だった。巨大な舵を間近で見つめて、後輩狩人は期待と好奇心から目を輝かせる。

「改めて……カシワさんクリノスさん、ようこそ龍識船へ! あなた方に調査を手伝って頂けるなんて、嬉しいです。よろしくお願いしますね」
「いよっしゃあ! クエストカウンターは船首の方になりますよ。憧れのおねーさま方に少しでも近づくため……私にいっぱい、受付させてくださいね!」
「っと、わ、分かった。案内もありがとうな。あー、ええと、俺がカシワでこっちがクリノスだ。俺たちこそ……」
「あのねえ、カシワ。そんな分かりきってること今更言わなくていーから! それで、手始めにわたしたちは何をすればいいわけ? 隊長さん、ルーチェ」

……情緒も何もあったものではない。カシワが「お前、それはないだろ」と小声で指摘しても先輩狩人は涼しい顔をしていた。
新たな拠点をもの珍しがるわけでも、感動するわけでもない。真摯そのものにまっすぐな視線を向けられて、ハイメルも姿勢を正したほどだった。

「はい! ユカさんがリストを用意されるそうですが、ボクたちが必要としているのは龍識船をパワーアップさせるための素材なんです」

クリノスの態度に怯むことなく、龍識船の統括役ははきはきと受け答えする。その答えに甘えや迷いはなかった。
若く柔和な面立ちをしているが、彼はこちらが想像するよりよほどしっかりしている。カシワは素直に感心して、少年の言葉を頭の中で反芻させた。

「パワーアップ? ……今でも十分、立派な飛行船に見えるけどな」
「バルファルクは伝承にあるように飛翔能力に優れる古龍で、その移動速度も尋常ではないんです。追いかけるには、その分動力の強化が不可欠でして……」
「船体の強化はユクモ村の村長さんとマルクスさんのご協力でビュバッと出来たんですけど、速さまでは。ですよね? たいちょー」
「はい……動力源となる鉱石の確保と設置は済ませてあるんです。ですので、エネルギーの増幅と軽量化を可能にする素材を内部機関に組み込めたら……と」
「はあ、結構頑張ってたんだ、おっさん……んー、じゃあその指定されたモンスターを狩ってくればいいってことだよね? ユカは、」

先輩狩人は何故かそこで言葉を切った。不思議とその顔に笑みが浮き――それは怒り時のノアのそれと同じもので――居合わせた四人は無意識に震え上がる。

「ユカは、ほっとけばいーよ。リストっていってもカウンターには依頼書、届いてるんでしょ?」
「おぅわ。ユカペッコと一体何が……えっと、たいちょー……?」
「は、はい。ナルガクルガ、ヴォルガノス、ガノトトス……この三種を使用しようかと。うち、ガノトトスは先日狩猟して頂いた個体の素材がありますから」

「先日狩猟した」。アルフォートらが謎のハンターと狩ってきたという渓流の個体のことだろうか。
もしかしたらガノトトスは狩らずに済むかもしれない。いつかクリノスから聞かされた「亜空間アタック」なるものの存在を思い出し、黒髪黒瞳は震撼する。
そんな中、ハイメルはふと言葉を切り手帳を取り出してページを送った。横から覗いてみると、綺麗な字がみっちりと書き込まれている。
感心しかけた瞬間、クリノスに後ろ髪を掴まれたたらを踏んだ。いいだろ別に、守秘義務ってあるでしょ、キーキーやりあう最中、二藍の瞳が動きを止める。

「ちょうどよかった。現在、ラティオ活火山に上位相当のヴォルガノスが出現しているとのことです! 今のところ大きな被害は出ていないようですが……」

ぱっとこちらを仰ぎ見られたとき、後輩狩人は何故か首を縦に振ることができずその場で狼狽した。
目だけで振り返ると、後ろの一本結びを掴んだまま先輩狩人は下を向いている。ぎょっとして「クリノス、どした」、そう小声で問いかけた瞬間、

「――ヴォルガノスか、ちょうどいい。その狩り、俺も同行させてもらおう」
「うわっ、出た!!」

戻ってきた銀朱の騎士への反応は、いつもながらというべきか、彼女らしさに満ちた裏表を感じさせないものだった。
クリノスの態度に、カシワは別段何もなかったかと内心安堵し、一方でユカは怪訝な顔をする。

「誰が出た、だ。人を恐暴竜か金獅子かのように」
「ユカ、お疲れ。お前のことだから別の仕事でもしてきたんだろ?」
「さあ、どうだったか。それより、作業そのものは航行中も可能だったはずだ。素材の受け渡しは空中だろうと出来るだろう……聞いているのか、クリノス」
「だ、だって! わっ、わたしは、今は火山とか砂漠とかには行きたくないっていうか、行かない方がいいかなーっていうか……」
「どんな都合だ、俺が知るか。カシワ、お前もついてこい。上位権限で採掘できる鉱石はお前にも必要になるはずだ」
「分かった。けど、ナルガクルガはどうするんだ? そっちも必要って言われ……」
「ひいっ、あんただけじゃなくカシワまで!? やだー!! これ絶対、『あいつら』が来るやつぅ……」
「……クリノス、お前なあ」

やはり先輩狩人の様子はおかしかった。呆れながらも後輩狩人はその身を案じていたが、彼女に伝わる気配はない。
……しかしこのとき、クリノス自身にも否応なしに「おかしくなる」だけの理由が存在していたのだ。
「自分たちは『ドス古龍』三体に執着され始めているかもしれない」……打ち明けたところで、はたして何人がその異常性を理解してくれるというのだろう。
繰り返される人間モドキとの邂逅、接触――たった一人確信めいた秘密を抱える双剣使いは、どうしてもその疑念を切り出せずにいたのである。

「さっきからどうしたんだよ? お前、ちょっと変だぞ」
「あっ、あんたに、言われたくないぃー……」
「……あー、ユカ。ナルガクルガだけどな、」
「心配しなさんな、カシワの若人。ナルガクルガにゃ俺が向かうとするさ。なぁに、うちに居座ってるクレ坊の特訓も兼ねてだからどーんと構えててくれ!」

「どうしてもクリノスが不安がるようなら、今回は彼女に迅竜の狩猟を一任した方がいいのでは」。
言いかけた言葉は、鎚使いの善意であっけなく喉奥に滑り落ちていった。礼の一つも言えずにまごつくカシワの肩を、マルクスはお気楽に何度か叩く。

「ノアの仕事を手伝ってくれる分にはありがたいんだが……それだと、なんだ。お前さんとしてもちぃとばかし……アレだろう?」
「あれってなんだよ? クレタはクレタで、あいつなりに一生懸命やってると思うぞ。もちろんハイメルとルーチェもな。大変だったんじゃないか、今まで」

刹那、大男の手は止まり、先輩狩人とそのオトモはうさん臭いものを見る目つきになり、銀朱の騎士は呆れかえったように嘆息した。
「いつものが始まった」と皆一様に無言で訴える。言いだしっぺのカシワ本人は、ごく当たり前のことを当たり前に告げたつもりでいるので平然としていた。
一方で、急に名指しで称賛された龍識船の乗り手たちはそれぞれ赤くなったり照れたりと忙しいことこの上ない。

「俺は、まだバルファルクとは会えてないけど……こういう地道な努力や君たちの頑張りが俺たちの仕事に繋がってるんだよな。ありがとうな」
「か、カシワさ……あのっ、そ、それはその……ボクは龍歴院の一員ですから。隊長として当然のことですから……!」
「けど、誰にでも出来ることじゃないだろ? こんなでかい飛行船を監督するなんて、俺にはできないしな。やっぱり凄いと思うぞ」
「ヘイヘーイ、カシワさん! もっと褒めていいんですよ。たいちょーは凄いので! もちろん大好きなおねーさま方も私も、龍歴院のスタッフもです!!」
「るっ、ルーチェさん! ……と、とにかく、こちらヴォルガノスの狩猟依頼書です。よろしくお願いしますねカシワさんクリノスさん!」

最終的に、ハイメルに押し切られる形で依頼書を受け取ることになってしまった。
頷き返したカシワをユカが追い、そのあとに彼に引っ張られる形でクリノスが続く。龍歴院前庭園で二手に分かれ、一行は一路、南エルデ地方へと出発した。






その日、ラティオ活火山は黒煙で覆われていた。
現在においても活発な火山活動が見られるこの一帯は、北エルデ地方に位置する旧火山などと区別して南エルデ、ラティオ活火山と呼ばれている。
山頂付近は火山灰と火成岩に侵食され、地上は溶岩石が溶岩流沿いにささやかな通路を形成し、時折小規模の噴火が発生しては山全体を震動させていた。
……その日、ラティオ活火山は黒煙で覆われていた。
これら火山地帯に位置する民族国家「火の国」に住まう住民にとっては、今日のような天候はいつもとさして変わらぬものといえる。
希少な鉱石やこの地域でしか見られない動植物の素材から創られる工芸品は生活、交易の源であり、彼らにとって火山とはなくてはならないものでもあった。
なにより、火山を中心とした「火」そのものは彼らの信仰の対象でもあったのだ。
いかに山が荒れ、モンスターが迫ろうと、彼らに国を去る意思は微塵もなかった。それどころか、それら危機を火山の怒りとして萎縮する者までいたほどだ。

「……なんか、煙がうねってるなあ」

故にその日、火の国の一員であり、日課として採集に出た働き者の子供がいたとしてもそう珍しがられることではなかった。
確かに、大人たちから「マグマに住む竜」が溶岩流区域に出てきていることを聞かされている。しかし、要は該当エリアに紛れ込まなければ済むことなのだ。
風を読み、事前に予測、予見して危険を避ける。この一帯に暮らす者たちは国民であれ探鉱夫であれ、皆そのように工夫を凝らしてきた。
したがって、彼は自身の民族衣装の原料……小型海竜種ウロコトル除けのけむりを焚きながら、のんびりと散策を楽しむ歩速で火山地帯へと踏み行った。

「龍殺しの実、火薬草、ニトロダケ……ギルドに売却できそうなのはこのへんかあ。もう少し奥に行けば、燃石炭くらいは転がっているかもな」

火山特有の臭い、黒煙に狭まる視界、決して踏み心地がいいとはいえない凹凸の道のり。
うっかり転びでもして採集品を落としたり、坂を転がりでもしたらたまったものではない。山頂に近づくにつれ、自然と足取りは緩やかになっていく。
火山、第六番エリア。狩り場の最奥に近い場所だ。欲が出てついここまで来てしまったな、と子供は怖々と周囲を見渡した。

(このへんは爆鎚竜やウロコトルの活動区域だから……龍殺しの実と鉱石だけ拾って、引き返さなきゃ)

一族の取り決め、暗黙の了解といった火山地帯で生き残るための、最低限のルール。それが分からぬほど彼は愚かではなかった。
手近な植物の群生地をあさり、目的の採集品を集めてすぐ立ち去ろうと振り返った、その瞬間――

『――嗚呼、ちょうどよかった。このような場所に、間がよくヒトの仔がいようとは」

その日、滞留する黒煙は揺れ動き、焔の隙間に漂う火の粉はしきりに弾け、明滅していた。
子供の視線の先、ちょうど六番エリアの下り道の中ほどくらいだろうか。このあたりでは見覚えのない顔の男がひとり、供(とも)の者もつけずに立っている。
白地を基調とした民族衣装を着ていた。鎧じみたものは着けておらず、モンスターに対抗するための武器も持っていない。
ふと、背筋に冷たいものが這う感覚を覚えて硬直する。
この男はいつ、どうやってあの場所に現れたのか? ここに来るまで自分は相当警戒して動いていた。後ろから追われていたなら、気がつかないはずがない。

「……そう怯えずとも。用事を済ませたら、私もすぐに『守護区域』に戻ろう。君には二、三、尋ねたいことがあるだけなのだ」
「聞きたいこと? お兄さん、あんた一体……」

震える声で聞き返すと、不意に男は人好きのする顔に笑みを浮かべる。まるで物語やおとぎ話に出てくる、心やさしいヒーローか神様のような笑い方だ。
なんとなく呼吸がしやすくなり安堵の息を吐いた瞬間、男は赤く、紅く燃えるような髪を熱風に揺らしながら歩き出した。
暑い……否、熱いのだろうか? 近づくにつれ熱気が押し寄せ、どっと大量の汗が噴く。眼前、仰ぎ見た先にガラス玉のような空色があった。

「なに、さほど難しいことではないんだ。……もし君がこの土地で何ものかと秘密の話をするとしたら、どこがそれをするに相応しい場所だろう?」

やさしい笑みだ。だというのに、大人たちが恐れる強大なモンスターに至近距離から睨まれているような心地になる。
急速に乾いていく唇を一舐めして、子供はじりじりと後退しながら必死に求められた解を探した。

「内緒話をするなら、家の中が一番だけど……もし本当にここらで誰にも見つからないように話がしたいなら、『秘境』が一番だと思う」

炎を塗り固めたような髪の中に、紅鶸や洋紅といった明滅が見える。黒煙の脈動にあわせてゆらりと揺らめき、男の喜色と共鳴しているかのようだ。

「秘境……君たちニンゲンが自力では到達できないと目される、天然の採掘場か」
「うん。あそこに行くにはよっぽどの強運に恵まれるか、獣人の力を借りないとだから。それにここの秘境は狩猟場と離れてるから音も漏れないと思うし」
「そうか。……今日(こんにち)の私は運がいい、君のような賢い仔に会えたことがその証拠だ。これも一つの定めと言えるやもしれない」
「定めって。そんな、大げさな……」
「出会いとは数奇なものだとも。故に、私もこうして密かに手段を探らざるを得ないのだから」

男は、何事かを考え込むそぶりを見せた。次に目が合ったとき、そこに浮いていたのは喜びでも悲観でもなく、純粋な困惑……戸惑いの感情だった。

「え、なに、どうしたの?」
「いや……このようなことを尋ねて、君を困らせることにはならないだろうかと」
「別に、何も……困ってるのなんて、ちょっと暑いってことくらいだし。なにを聞きたいの? 出会いは数奇なもの、なんでしょ?」

このとき、子供は眼前の男に抱いていた恐れを失念していた。やさしげな笑みが穏やかであったし、口調にも棘を感じなかったためだ。
見上げるほどの位置にあった顔が、ゆっくりと下ろされる。顔を突き合わせる形の体勢は、さながら、信仰する神に頭を垂れるような気配を纏っていた。

「――では君は『ユカ=リュデル』という少年……いや、いまは青年の頃となっていたか。そのような人物を知らないだろうか、一度でも会ったことは?」
「……え? なに、誰……」
「ならば『夜一』はどうか。君と同じ、黒髪に黒い眼をしていた狩り人なのだが……おや……私が恐ろしいのか。だから『困らせるやも」と云ったのに――』

正面から顔を合わせて、思ったことはただのひとつだ。恐ろしい……暑く、熱い。目線も――空色の最奥に閉じ込められそうで、とても直視していられない。
その場に留まり続けることに耐えられず、子供は恐怖に任せて駆け出した。
『そのまま振り向かずに行くがよい』。どこからか玲瓏と響く声が全身めがけて振り下ろされ、たまらず悲鳴を上げる。
なりふり構わず走って、駆けて、途中で溶岩石の上に転倒し、それでも彼は火の国の自宅へと逃げ込んだ。

「おかえり。どうしたの、そんなに慌てて?」
「ただいま……俺っ、俺さ、いまそこで……」

戻った働き者の慌てようを、両親と兄弟姉妹は事情も知らずに笑い飛ばした。弁解しようとしたところで、恐れと悔しさでうまく言葉がまとまらない。
……その日、ラティオ活火山は黒煙で覆われていた。
黒煙の揺らめきの向こう、焔の隙間に火の粉が弾け、視界は常に明滅した。この日、一人の子供が目にしたのは不可思議なひとりの男の姿であった。
「まるで伝承の火の神のようだった」。
のちに彼はこのように話し、男の正体が何ものであるのかを己が手で探るべく、ハンターズギルドの門を叩くことになる。

『……守護区域を離れるのは久方ぶりのこと。妻に気取られぬよう、立ち回ることが出来ればよいのだが』

その日、空色の眼が火山活動を睨めるように見下ろして、直後、赤く紅く燃えるような巨躯が空へと跳び退っていった。
溶岩がまた新たに黒煙と火の粉を生み出した後、そこには誰の姿も残されていなかった。





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 UP:25/12/30