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モンスターハンター カシワの書 上位編(58)


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「なんか、あれだな。俺たち三人がそろうのって、久しぶりじゃないか?」

真昼の空に同じく、曇りひとつない顔でカシワが笑う。一行の姿は南エルデ地方への道中、龍歴院の飛行船の甲板上にあった。
これから過酷な環境に赴くというのに、青年に緊張した様子は見られない。むしろ仕事に期待を寄せているようにも見え、クリノスは呆れかえって嘆息する。

「確か、えーと……あれっ、オストガロア以来じゃないか!? そりゃ久しぶりだって思うよなあ」
「呑気だな。遊びで狩りがこなせるわけではないんだぞ」
「のんっ……わ、分かってる、当たり前だろ。俺はヴォルガノスを狩るのは初めてだし、火山だって頻繁には来てないしな」
「だったら事前に主席研究員から寄越された情報か、『狩りに生きる』あたりでも確認していろ。なんのための研究機関つきだと思ってる」

こちらの心を代弁するように嗜めるユカの口調は、これまで通り変わらず厳しい。
しばらくぶりの共闘で一人浮かれていた体の後輩狩人は、こてんぱんに言い負かされてしぶしぶ手渡された冊子を広げ直した。
……正直、一言言ってやりたくなる気持ちも分からないでもない。上位個体の強さやタフネスは、生半可な用意で相手にできるものではないからだ。
最も、自分が今すぐにでも物申したいと考えているのは狩猟どうこうといった話とは全く毛色が違うものなのだが。

「クリノス? お前、さっきから様子おかしいぞ。どうしたんだ?」
「うわッ!? な、何が、どこが? っていうか、なんでもないから! いいから、あんたはヴォルガノスのお勉強に専念してなよ!」

厄介なことになった、と思えてやまない。
カシワは何か言いたげな顔をしていたが、狩猟の知識はハンターの命綱も同然だ。こちらを気にするより自分の身を案じろ、と片手をひらつかせて追い払う。
双剣使いはひとりで思考を巡らせた。思い起こすのは、これまで何度か経験した不可思議な奇縁の類。
懸崖から語る幻獣、ベルナ村の藤色の奇術師、雪山の黒鋼の騎士……彼らと言葉を交わした時間は短いが、あの応酬は恐らく、普通ではない。
古龍種。その多くは生態さえ謎に包まれているというが、「古龍還し」の母ですら「龍が人の姿を模して人里に現れる」話はしていなかったと記憶している。

(あ~……実は全部、わたしの思い込みか白昼夢だったりしないかなー。あとは古龍のコスプレ好きの変わり者集団に気に入られちゃった、とか)

……出来れば、出来るならば、いっそそうあってほしいくらいである。
自分もそれなりの歳月をハンター稼業に費やしてきたが、古龍とお喋りを楽しみつつ戯れた記憶など一度もない。
ないったら、ない。いっそ幻覚や願望の類であってほしいくらいだが、それではノアの言動に説明がつかない。うぅ、と悩んだ末に唸った、そのときだった。

「おい。どうした、さっきから。カシワが言うほどではないが確かに顔色がよくないぞ」
「わあっ、ゆ、ユカ!? いきなり話しかけないでよ!」
「そこまで驚くことか。金獅子でもあるまいし」
「……ちょっとー。わたしだって、乱入モンスターをどうするかなんて毎回心を痛めながら色々考えてるんですけど? 無茶ぶりするのやめてくれない?」
「ふん。その調子なら『ネコの悪運、不運』ということではなさそうだな」

この男は日常会話のひとつすら狩りに結びつけないと出来ないのだろうか……物言いたげにじとりとした視線で見返せば、なんだ、と澄ました声が返される。
なんでもないでーす、と答えながら「もしかしてこいつなりに気を遣ってくれた、とか」と思い至った。
仰ぎ見た先で、銀朱色が笑んでいる。日頃からこのひねくれ者の言動をよく見ている人間にしか分からない程度の変化だが、それは確かな安堵の現れだった。

「……わっ、わたしのことを気にするよりカシワのこと心配したら!? あいつへたれだしっ、このまま火山に連れてって大丈夫なの?」
「ほお、なんだかんだで相棒だな。一応、お前なりに気にかけているということか」
「そういう揚げ足取り、いらないから! 心配してるとかそういうんじゃなくて、わたしはただ――」

――動揺か、関心か、それとも。応える声が無意識に上ずった瞬間、会話は途切れる。否、切らざるを得なかった。
突如大きく船体が揺れ、狩り人たちは乗組員ともども手近な舷墻や手すりにしがみついた。何が起きたか分からず、ただユカと揃って顔を上げる。

「なにっ、どうしたの!?」
「カシワ、いるか!! ……全乗務員、各員の安全を優先! ハンター各員は小型艇の用意が出来次第、降下準備!」
「どわっ、なんで揺れっ……お、おい、ユカ! 大丈夫なのか、今から降りて!?」
「飛竜、天彗龍との接触ではなさそうだ。ラティオ活火山は捕捉範囲に入ったが、見た限りでは噴火の兆候は通常と変わらない……降下するには十分だろう」
「うわぁ、いきなりすぎ! 今の、噴火の衝撃にしては……仕方ないかー、このまま火口の上をうろついてる方が危ないし」

クリノスは、舷墻に掴まりながら身を乗り出した。眼下、赤々と燃える火口から黒煙の噴出と大気をも揺らがす震動が確認できる。
いつの間にか目的地に到着していたようだった。慌ただしくエリザベスら客室乗務員が甲板を駆け回り、小型艇の切り離しの用意を進めている。
……ラティオ活火山の火山活動は常のことだ。狩り場そのものも火口を囲むように形成されるが、ハンターズギルドによる安全確認は絶やされたことがない。
そうでもなければ、探鉱夫や火の国からの狩猟依頼はおろかモンスター出現の一報を受けとることさえ出来ないだろう。
とはいえ、今日はいつもより黒煙が強まっているように見えた。特有の揺らぎ、噴出速度、周囲の火花の量は、これまでのいくつかの経験知とは合致しない。

「……なんか『いる』っぽいなー」
「『なんか』? なんか、ってなんだよ? クリノス」
「なんかはなんかですぅー。……カシワもペッコもそろい踏みだし、またラージャンとかじゃなきゃいいけど」

狩り場の状況は刻一刻と変化する。天候、気温、更に居合わせる小型竜獣の顔ぶれや風の流れに至るまで、巨躯を誇る大型モンスターの影響は計り知れない。
そしてときに、出現した種類によっては狩り場の状態そのものが塗り替えられることも少なくないのだ。先輩狩人はそれを識っている。

「ロハンから通達だ。小型艇の準備が済んだそうだ、さっさと降りるぞ」
「って、本当に急だな!? よし、行くぞ。クリノス」
「あー、もう! はいはい、ギルドの狗(ジャギィ)ちゃんは働き者ですねー! カシワ、離れたとこに降りちゃったらサイン鳴らしなよー」
「ううっ。まだ言うか、それ……分かってる、お前も気をつけろよ」

三者、ばらばらに小型艇に足を乗せた。クリノスの隣には、非常時に備えて同行していたリンクが素早く乗り込む。
頷き合った直後、軽い衝撃音とともに浮遊感に見舞われた。見上げた先で、飛行船がゆっくりと、しかし確実に火山本体から離れていく。

「ニャー。旦那さん、カシワさんと一緒のところになりそうニャ」
「え、そう? ユカは……あれ、結構離れてってる? 煙のせいかー。今日はやけに煙ってるもんね」

視界と安全確保のためか、小型艇は渦巻く黒煙の流れに逆らう形で地上に向かっていた。そのうちの一機だけが、斜面上方にいち早く着陸体勢に入っている。
騎士とは別行動になりそうだ――目線を戻し陸地までの距離を目測した。先輩狩人は乗務員に軽く手を振り、自ら小型艇から飛び降りる。
砂石の匂い、灰褐色。見渡す限り溶岩石ばかりだ。まばらに生える植物の群生地と、近場に群がる羽虫の隙間、東の方角に伸びる細道から強い熱気を感じた。
ラティオ活火山、第二番エリア。ベースキャンプに最も近い一番を除き、他二つは火山内部か溶岩流域に隣接しているという。
どちらを選んでも、一歩踏み込んだ時点でモンスターの縄張りに入ることに変わりはない。オトモと首肯しあい、東へ進もうとアイテムポーチを拾いあげた。

「ヴォルガノスは溶岩を泳いでるらしいから、エリア十か九にしか出ないはずなんだよね。じゃ、サクッと隣の十番行っちゃおっか!」
「狩りニャ狩りニャ、旦那さんと一狩りニャー。ヴォルガノスだってこんがり上手に焼いちゃうニャ!」
「――って、待てコラ二人とも。俺のこと無視するなよ!」

振り向けばヤツがそこに……否、現れたのはユカでもラージャンでもなかった。加工屋に寄れないまま狗竜S一式でついてくるよりなかった、カシワである。
出迎えたリンクにそっけなく返事をして、後輩狩人側は深刻な顔で視線を巡らせた。呼吸の間隔も狭まっていて、どう見ても落ち着きがない。

「なにあんた、どしたの? 忘れ物でもした?」
「いや……そういうわけじゃないんだ。『ここ』が『なんでもなさそう』なら、俺はそれで」
「はあ? まあ、なんでもないなら別にいいけど。それよりヴォルガノスのお勉強、ちゃんとやった? 今から即狩りに行くから。寄り道なんかしないからね」
「ええ? お前こそどうしたんだよ、そんなに慌てて。ユカのことは待たないのか、採集だっていつもならやっとけって散々言うだろ?」

声をかけた時点でカシワの意識は狩り場に戻されている。ベルナで再会した際、妙に感情に波があるように見えたが気のせいだっただろうか。
青年の言い分に片眉を上げて返したクリノスは、「はいそうですね」とユカの到着待ちに同意しかけて口を閉じた。
……火山、黒煙の異常、火花の活性化。更に、モンスター運の強い人間二名の同行。ここから考えられる結論はもはや一つしかない。

「やだ」
「え? おい、クリノス? お前なに言って……」
「だから、やだ。ムリ。ユカのことは待たないし探さない。わたしたちは、ヴォルガノス狩りに専念しなきゃいけないの」
「はあっ!? なんでだよ、せっかく久しぶりに三人そろって――おぐゥっ!?」

問答無用、不退転。ごちゃごちゃと食ってかかる後輩狩人の黒髪一本結びを力の限り下へと引っ張り、先輩狩人はその口を強引に閉じさせる。

「わ、わたっ、わたしはぁー、ヴォルガノス……ヴォル兄貴に、恋してるの」

今度はカシワが自ら口を閉ざす番だった。むしろ声こそ出ないものの、大口が顎が外れる勢いで開きっぱなしになっている。

「……トゥーン、ニャ」
「いやトゥーンて。なんだよそのオノマトペ? っていうか、クリノス? お前ほんとにどうしたんだよ?」
「だって、だってぇ!! 今ユカのところに行ったら絶対なんか『いる』もん! やだー、やだよー! わたし、絶対あっちには行かない……イカナイカラー」
「ニャー……旦那さん旦那さん、よしよしニャ。おっかないのは、どーしても行きたいって言うカシワさんに任せればいいニャ。ね?」
「って、なんで俺に全部丸投げしようとしてるんだよ……まいったな。こんなの、初めてだろ」

本当のことをいえば、泣くほどの恐怖を感じているわけでもなかった。
ただ「推測」の先に「可能性」を強く見出したあまり、当面の危機を回避しようと躍起になっただけのこと。
だというのに、カシワはこちらの気を汲むつもりになったらしい。ぽんと頭に不思議な感触が乗せられ、クリノスは訝しむように視線を上げた。

「なに? 子供扱い?」
「いや、お前がそこまで言うなら無理に合流しなくてもいいかと思ってさ。っていうか、凄い汗だぞ? 一回クーラードリンク飲んだ方がいいんじゃないか」
「……別に、平気ですぅー。暑いってわけじゃないし」
「そうか? 大丈夫ならいいけどな」

気持ちに寄り添いはするが、必要以上に深入りしない。これまでの言動を振り返るに、彼も彼なりに成長しているということか。
とはいえ、しばらく行動を共にしていた身としては一足飛びにこちらの良き理解者として振る舞われても気味が悪い――理不尽な話だと思わないでもないが。

「あんたは好きにしたらいいでしょ、わたしは火山側には行かない、それだけ。……だって、一回目は霞でしょ、二回目は鋼、あ、キリンもいたか。いたな」
「おい、クリノス?」
「一回だけなら気のせいで済まされる。でも、二回も似たようなことが起こったら大体三回目もあるでしょ……こちとら仲介者じゃねぇやーい。べらぼうめ」
「旦那さん、やけくそになってるニャー。ナニカのダメージが深刻ニャ?」
「やけくそっていうかやさぐれてるよな。仲介って、なんのだよ……クリノス、それヒヤリハットってやつだろ? そこまで言うなら先に狩りに行かないか」

「考え続けるより仕事をしていた方がマシだろう」、ごもっともな提案、妙案である。
言った側は、言われた側が瞬時に振り向いたのを見てどこか安堵したように顔を綻ばせた。変に大人ぶった笑みにも見える。
途中でユカに会えたら御の字だよな、懲りずに黒髪黒瞳はそう漏らし、あんなやつ迷子になっちまえばいいんだ、天色髪は様々な感情を込めて小さく呻いた。
どちらにせよ狩りは果たされなければならないのだ――そこで何も起こらなければ、それに越したことはない。

「ヴォルガノスかー。どんなやつなんだろうな? お前も詳しくは知らないって言ってたよな、クリノス」
「情報は頭に入れてるけどね。流れのハンターの間じゃ、結構知られてるやつらしいよ」

……ユカなら知っているのだろうか。ふとそんな思考が過り、クリノスは激しく頭を振る。
それこそカシワやリンクがぎょっとするほどのフルスピードだが、そうでもしなければ眉間に皺どころか亀裂ができてしまいそうだった。
考えないようにしているときに限って、少しでも空白が空くと考え事を再開させてしまう。これも人間の性と分かっていても、双剣使いは抗えきれずにいた。

「ユカペッコェ……あんなやつ、秘薬をたかられたらいいんだ……三人揃って、たかられてしまえ……いや、ひとりだけか。あの中で秘薬欲しがるのって」
「クリノス? おーい……まだダメージ? が残ってるのか、こいつ」
「ふふ……秘薬を要求される苦しみを味わえばいいんだ……どうせ丸飲みなんだ霞のちゃんだし……ふふ……ありがたみ……ありがたみェ……」
「みたいだニャー……旦那さん、旦那さーん。御乱心してる場合じゃないニャ、そろそろエリア十に着く頃ニャー」

呪詛を吐いている最中、体表が一気に熱に包まれる。はっと顔を上げたときには、目の前に灼熱が広がっていた。

「今は、いないみたいだな。隣のエリアか」

大人びた声が横から降ってくる。後輩狩人の顔つきがハンターのそれに転じている様を見て、先輩狩人はようやく表情を引き締めた。
ひりついた空気が滞留している。カシワの見立てを肯定するように、北の方からアプケロスの怒声が複数あがった。
ターゲットが近い。ドリンクを飲み下しつつ頷き合う。火花を潜り、溶岩石を踏みしめているうちに、クリノスは常のように頭が冷えていくのを感じた。

「……溶岩流は北から南に向かって流れてる。ヴォルガノスが九番十番を行き来するのは、足場や岩盤で流れが遮られてるからっぽいね」
「うーん、岩を融かして進む、ってことはしないんだな。それならリオレウスほど火力は高くないってことか……?」
「溶岩ってだけでも熱々ニャ。ここはアプケロスの縄張りだし、わざわざ奥に行かなくても溶岩流に潜ってれば生肉とり放題ニャ。ボクたちは潜れないから」
「あー……そうだな。俺も、こんなところで融かされたくないしなあ」

狩り場は、自然の恵みがある豊穣の地であると同時に、多種多様なモンスターの生息地でもある。
自然環境への適応、順応という意味ではハンターに勝ち目はない。だからこそ、それら生存特化の力を持つモンスターの素材が重宝されるのだ。

「いつもと一緒でしょ。当たんなきゃいいってこと!」
「簡単に言うなよ、初めて会う相手だぞ? やるしかない、っていうのには賛成だけどな」

北へ抜ける天然の岩場の通路を進んだ先、その魚竜種は溶岩石の上に悠然と立ち尽くしていた。
旧砂漠の魚竜ドスガレオスより恰幅がよく、モガの森のガノトトスより硬質な甲殻を身を纏い、魚竜種特有の白眼であたりを見渡している。
見てくれは古代魚やカセキカンスに似ていた。水滴代わりの溶岩が体表で赤く燃え、滴り落ち、溶岩竜という矛盾に満ちた生態をあますことなく語っている。
さあ、仕事の時間だ――靴底が細かな鉱石片を踏み鳴らした瞬間、黒塗りの魚竜は突如として地上に倒れ……否、猛スピードで強襲に出た。

「って、うぉおおおおいきなりこれッ、ってどわぎゃ!!」
「あっぶ、あ、危なっ!! しかも重い!」

ガノトトスの這いずりなど目ではない。硬く、重い堅固な鎧が、溶岩を貼りつかせたまま距離を一息に詰めてくるという暴挙。
ヴォルガノスは眼が合うと同時、なんの前触れもなしに攻撃を加えにきたのだ。元より魚竜は見た目に反して獰猛であることが有名だが、ここまでとは……。
その色合いも相まって、眼前に詰め寄られると恐ろしい圧を感じる。更に鱗、外殻どちらも硬く、僅かに掠っただけで皮膚に強い痛みが走った。

「クリノス、あいつ、あいつ……! なんか、ヤバいぞ!?」
「あーあーはいはい、ヤバですヤバだねー。っていうか、あんた一撃で語彙力なくしすぎでしょ」
「旦那さんカシワさん、薬草笛吹いとくけど気休めニャー。隙を上手く見つけて、いい感じに叩いてやるニャ!」
「オッケー、リンク。ほら、頑張るよカシワ!」
「分かってる! くそ、見てろよ……あの這いずり、絶対一回は避けてやるからな!!」

初撃で一気に気力を削られた後輩狩人に喝を入れる。すかさず反論してくるあたりに、上位ランクの狩人らしい意地が見えた。
身につけるジャギィSシリーズには、至るところに傷みが見られる……狩りが長引けば危ういかもしれない。

「さーて、急ぎの仕事だ。いい素材出してね、上ヒレに期待っ!!」

ユカのことも気がかりだが、龍識船の出航予定を思えばこちらも急いだ方がいいだろう。両腕に渾身の力を込め、双剣使いは気迫を注ぐ双刃を掲げた。






……黒髪黒瞳と天色髪の狩り人らが溶岩竜に邂逅した頃、一方で銀朱の騎士の姿は人気のない平地にあった。
通称、秘境。過酷な環境下にある狩り場において、人が寄りつかない、稀に獣人族らが行く術を知るという地図にも載らない隔離された地点だ。
貴重な植物の群生地や甲虫が好む餌場、長年採掘されることなく肥大化した鉱脈などが点在し、ここから採集できる素材は他より希少価値が高い傾向にある。

「……そうは言ってもな」

しかし、だがしかし。採集スポットが多くあるということは、虫網やピッケルといった必要最低限の道具が要るということだ。
当然、ヴォルガノスをいち早く狩るつもりで同行したユカがそれらを持ってきているはずもない。手持ち無沙汰か、と騎士はひとりで頭上を仰ぎ見た。

「火山……火山か。ラティオ活火山は、前に仮封鎖して以来だが」

いつかの、骸の龍オストガロアの捕捉調査を思い出す。
あのときはたまたま雄火竜の狩猟依頼を受けていたカシワともども件の龍に遭遇したが、それも古龍観測隊の協力あってのことだ。有難い話だと思う。
あれからまたいくつかの歳月が流れたが、ここ最近は縹の狩人との決着、獰猛化個体の確認、その調査など狩りとは異なる任務も捌かなければならなかった。
考え事に傾くより、現場で体を動かしていた方がいいときもある……腕が鈍るのも考えものだ、とユカは短く嘆息して歩き出す。
これ以上ここに留まる理由はなかった。ヴォルガノスの生息域は溶岩流域に限られていることが多いため、早めに同行者に合流すべきと判断したのだ。
視界の端、採掘されることを待ち侘びていたように鉱床が煌めいている。古代の遺物や希少鉱物を含む群晶は、一般的な鉱床より色味が深い青色をしていた。

「これがクリノスかカシワなら、大喜びだったのだろうがな」

濃く美しい青色。目を引く色合いではあるが、自分はそれよりももっと美しい「蒼」を知っている。
それとも、目利きで希少鉱石に慣れてしまったことがあれらに惹かれない要因だろうか。ユニオン鉱石も紅蓮石も、正直密猟調査で飽きるほど目にしてきた。
慣れとは恐ろしいものだ。だが、そもそも自分がこの地に来たのはなにもヴォルガノスを狩りたいがためだけではない。

(骸の龍……オストガロア。奴め、点々と存在を露出させる割に捕食も行わずに雲隠れすることも一度や二度ではない。なんの意図があって、そんな動きを)

ひとえに、行方不明の超大型古龍の動向を探るためだ。封鎖を解除して以降の狩り場の状態も気にかかる。
敵対したカシワに執念を燃やし、自らねぐらを破壊して回るほどの異常性、常の食欲。ああいった手合いは一度味を占めた場所に執着する傾向が間々あった。
古龍観測所が頼りになることは事実だが、可能な限り自分の目も信じてやりたい。そう思うのは一介のハンターとしての意地もある。
どちらにせよ、秘境に残っていては調査も何もできはしない。頭を振り、この地の出口へ足をかけた、そのときだ――

「ここからなら東沿いに行った方が近いな。出来るだけ早く、あいつらに……」
『――そう、言わずとも。まだ刻限には余りある。多少は語らいの時間を持ってみるのも、一興とは思えないものだろうか』

――その日、ラティオ活火山は黒煙で覆われていた。
滞留する黒煙は揺れ動き、焔の隙間に漂う火の粉はしきりに弾け、明滅している。
しかし、この場は「火山」の「秘境」だ。溶岩流域より遠く噴火口には距離があり、届くものはせいぜい微量の黒煙か、ごく僅かな砂石臭のようなもの。
目と鼻の先で、このようにはっきりと黒煙や火花が視認できることは皆無に等しい。ユカは、振り向きざまに得物を抜いていた。

「……何者だ。返事によっては、このまま射る」

黒煙が視界を覆っている。だというのに、その先に自分以外の何ものかの気配があることだけは分かった。
溶岩竜対策に担いできた愛用する弓だけが、無言で白妙の艶めきを放っている。

『其れは、羽衣纏う山吹の御方の……いや、恐れ入る。話には聞いていたが、君は確かに龍に対抗する力を備えた狩り人であるらしい」

向けられた矢じりに臆する気もない、平坦な声。そうして姿を現したのは、古代民族の衣装を着たひとりの麗しい青年だった。

「君とこうして話をするのは初めてだ。我が最愛から話は聞いているとも、ユカ=リュデル」
「……なに? そうだな、会った覚えはない。だが気軽に話ができる間柄でもないはずだ。何者だ、ハンターというわけでもないだろう」

炎を塗り固めたような赤い髪に、紅鶸や洋紅といった火花起因の明滅が見受けられる。熱風に揺らされる様は、まるで高級な布地か竜獣のたてがみのようだ。
纏う衣は古びているものの、手入れが行き届いているのか元の色が黒煙の中でも認識できる。白地に赤の飾り布と刺繍が彩りを添えていた。
柔和な顔つきをしているが、体つきはしっかりとしていることが見てとれる。優男に見えなくもないが、衣の内側は相当磨かれた体格をしていることだろう。
……そう、ハンターに見えなくもない風貌なのだ。ただしその手や背に得物は備わっておらず、オトモを連れているということもない。

(なんだ、この男は。いつから、どこから現れた? それにこの気配、威圧感。前にどこかで……)

構えが揺らぐことはない。解いてはならないと、内なる自分が、ハンターとしての第六感が警鐘を鳴らしている。
銀朱の騎士は歯噛みした。眼前の男の正体と意図が掴めず、更には、前にもこの青年によく似た「謎めいた気配の人物」に接触した記憶があったからだ――

「私のことは構わんだろう、だが我が最愛は以前に君と合縁奇縁があったようでね。故に、私の風貌を見れば彼女について思い至ることがあるのでは、と」

――青年はそう言って、おもむろに腰のあたりから妙に目を引くものを取り出した。
何ものかの蒼い毛を一房束ね、陽光石、灼熱を秘める赤色鉱石メテオテスカトルに、極小粒のドンドルマリンをあしらった、見るからに手製の一点ものだ。
蒼色からは絶えず青い火花が散らされていて、男の手の下で揺れる度、魅惑的な光を零し続けている。
その護符を視認した瞬間、ユカは指先から温度という温度が損なわれていくのを感じた。自身がかつて「別れた友」から手渡された品と酷似していたからだ。

「何故……何故、お前がそれを。お前は『ナナイロ』を知っているのか!?」
「ナナイロ? ああ、利便性をとってそう名乗っていたのだったか。我が最愛にしては珍しく、安直な」

得物を握る手に力が籠もる。男は山吹の矢を見ても、眉ひとつ動かさない。

「どうかな、少しは話をしてみる気になっただろうか。最も、君がその指を離すということであれば……私とて防衛の一つは取らせてもらいたいところだが」

空色が銀朱を捉えた。抱く印象、畏怖の感覚は、これまで何度も相対してきた特定の生き物の種を彷彿とさせる。
ぎしりと歯を噛み鳴らす斟酌を、青年は冷ややかな眼で見据えていた。視線の気配とは裏腹に、徐々に秘境の空気が熱を帯びていく感覚ばかりが感じられた。





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 UP:26/01/28