取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口 



モンスターハンター カシワの書 上位編(56)


 BACK / TOP / NEXT




「号外号外、号外ニャ~! チューイカンキのお知らせニャー!!」

寂れた雰囲気の歴史ある村、白雪に抱かれた山岳地帯に位置する村、湯けむりと共存する朱塗りの村に、更には、高原に拡がる牧歌の村に至るまで。
その日、ハンターズギルドから各拠点に向け「月刊・狩りに生きる」の特別号が一斉に送付されていた。
内容は単純明快で、世界各地に非常に好戦的かつ凶暴性のあるモンスターの乱入が複数回確認された、という危惧によるものだ。
今後も発生する可能性が高いこと、共食いや縄張り争いの危険性も孕んでいること、遭遇者のランクがまちまちであったことが発刊の理由に挙げられている。
個々のモンスターが図解とともに一面に掲載され「下位上位において採集、運搬にあたるハンターは特に注意されたし」と分かりやすく大文字が並んでいた。

「恐暴竜イビルジョー、金獅子ラージャン、その特殊個体に、ブラキディオス、イャンガルルガ、ティガレックス……あとディアブロスもだって」
「うへえ、マジか。どいつも恐暴種の筆頭じゃないか!? 角竜だけは、繁殖期じゃないってのと個体数管理の関係で狩猟権限が絞られちゃいるみたいだが」
「んー、賭けてもいいよ? そのうちおっさんにもユカから依頼がくると思う。あいつ、目をつけた相手にはしつこいみたいだし」
「俺もか、俺もなのか!? 嬢ちゃんやカシワの若人の方が、よっぽど気に入られてると思うんだがなあ!?」

ところ変わって、牧歌の拠点、ベルナ村。
原生林から帰還した折、飛行船発着所でたまたま一緒になったマルクスと号外を覗きながら、クリノスは乾いた笑いを漏らす。
久々に再会した大男は龍歴院の依頼で近場に採集に出ていたという。ちょっとした野草や鉱物資源が主な狙いで、今回は数時間程度で戻れたという話だった。
愛娘の許可は獲得できているそうで、自慢げに胸を張る姿に双剣使いは呆れ半分、微笑ましさ半分といった視線を返してしまっていた。

「そういや、嬢ちゃん。カシワの若人は一緒じゃねえのかい。最近は別行動が多いようだが」
「ああ、あいつは今勉強中だから。へたれだしカシワだし。で、わたしは素材集めでバタバタしてただけ。緊急クエストには二人で行ってるし、大丈夫だよ」

歩いている最中、妙に気遣われる。思い当たる節のないクリノスはなんの気もなしに言い返して、発着所で受け取った紙面を適当に鞄に突き入れていた。
龍歴院から通達がきていないか、と揃ってマイハウスに向かう。追加情報が出ていればルームサービスに言付けられることが多いためだ。
門をくぐったとき、双剣使いは室内の様子を覗き込むや否やいきなり眉間に皺を寄せた。マルクスの股の下をくぐったリンクが、パッと自ら鼻を押さえ出す。

「あれっ、クリノス。それにマルクスも。どした? 『こいつ』の確認でもしてこいって言われたのか」

宛がわれた寝具の上で危険物――もとい謎の物体……否、回復薬を大量生産しているのは、双方の話の種になっていたその人だ。
黒髪黒瞳、相変わらずの子供じみたニカリとした笑み。そして悲しいことに、この青年が懸命に調合する薬類もまた初心者じみた出来映えを脱していない。
思い当たる節があるのか「あぁ……」と鎚使いが何か言いかけたが、それより先に黄色毛並みがベッドに駆け寄っていた。
後輩狩人の隣に着くや否や、手元を覗き込んで眉根を寄せている。その表情は「旦那さんの方が調合上手いニャ」と雄弁に語っていた。

「カシワさん、カシワさん。これ、こんなにたくさん作ってどうするつもりニャ?」
「どうするって……普通に依頼先に納品するだけだぞ? 依頼が溜まってるって、マルクスが忙しそうに話してたからな」
「はあ? なんであんたが、どういうことおっさん……それより、あんたザボアザギルはどうしたの? ステラと狩りに行ったんじゃなかった?」
「ああ、それがな、嬢ちゃん……」
「おっさんは黙ってて。ねえ、カシワ。あんたさ――」
「――化け鮫なら狩ってきたぞ? ステラなら氷海から帰るなり、笛の素材がどうこうって一人で狩りに行ったっきりだ。だから俺は、クレタと沼地に……」

リンクの頭は撫でつつも、依頼主まがいのマルクスにはお構いなし。ろくな説明もせずにいたカシワだが、不意にその顔から血の気が引いていく。
どしたの、訝しむクリノスに、いやなんでもない、と煮え切らない声が返された。どこをどう見てもなんでもなくないのだが、本人はもう口を閉ざしている。
沼地で何かあったのだろうか……言いたくないなら別にいいんだけど、と先輩狩人は気楽な体を装ってベッドに歩み寄った。

「これ、回復薬? 秘薬なら分かるけど……あんたね、こういうのって薬師兼任とか採集専門とか狩りが苦手な人が請け負うやつでしょ。お人好しすぎぃー」
「……いいだろ、別に。ちょうど手が空いてたんだ」
「空いてたって。ユカに聞かれたらどやされるよ?」
「空いてたものは空いてたんだから仕方ないだろ! そういうお前こそ今まで何してっ……いや、悪い。なんでもないんだ」

険しい顔だ、触れない方がいいかもしれない。それ以上を追及せず、視線を床に滑らせる。すでに木箱の中は薬瓶でいっぱいになっていた。
見慣れた字で書かれたラベルには「研究室向け回復薬」とある。ハンター稼業に理解ある村長が依頼するはずないし、そうクリノスが首を傾げたところで、

「おつかれさまです、マルクスさん!! ご連絡どうもどうも! 完成分、受け取りにまいりましたよ!!」
「うわっ!? えっ、だ、誰っ?」

軽快な足音によく通る声。振り向いた先、マイハウスの入り口に見知らぬ少女が一人、大量の書類を抱えた格好で立っていた。
栗色の柔らかそうな髪に、丸く愛嬌のある瞳。若草色の洋装は動きやすそうな作業服にも見え、その快活さから研究機関の龍歴院との関係性が見出せない。
年齢は自分よりやや下か同い年といったところだろうか――観察する最中、浮岳龍もかくやという紙面から顔だけ覗かせ、少女は一瞬声を潜める。

「ややっ? 貴女は確か……龍歴院つきのハンター、双剣使いのクリノスさんでは?」
「え? ……や、そう、そうだけど」

先輩狩人の反応に瞬き一つ、直後、ぱあっと顔を輝かせながら屋内へ足早に直進。眼前に立たれ、その勢いと迫力にさすがのクリノスもたじろいだ。

「ぐわぁ、やっぱり!! いやぁ、光栄です。初めましてですよ、どうもどうも!」
「えっ、は、へぁ……ど、どうも? えぇと、だから誰っ……」
「あぁっと、私ったらまたうっかり。クルペッコのイビルジョー喚びくらいのうっかりですよ。てへ。そうそうそれでですね、私、ルーチェと申します!」
「いやだから誰……っていうかクルペッコって、いや、ルーチェって?」
「龍歴院の秘密兵器にして最終兵器、空飛ぶ研究室『龍識船』! 私が、私こそが! その受付嬢ルーチェです。つまり自己紹介なのですよ、イエイ!!」

会話とテンション、噛み合わず。一気に自己紹介をまくし立てられ、先輩狩人はよろめきながら目を白黒させた。
問題児(!)のステラとはまた違った強烈な個性を感じる。そっと盗み見た先で、少女こと自称ルーチェは嬉しそうに笑っていた。

「たいちょーや院長から話は聞いているのですよ、まさかこんなところでお会いするなんて。もしや龍識船のお手伝いをご希望で? これはお手柄だぞ私!」
「隊長? 院長、はギルドマネージャーのおばあちゃんのことだよね? っていうか待って待って、そもそも龍識船って」
「……なあ、嬢ちゃん。それなんだが、よかったら俺から説明するか?」

話がまとまるどころか収拾がつかなくなり始めた矢先、二人の間に割り入るように手刀が落とされる。
ちょいとごめんなさいよ、と言うようにクリノスの横に立ったのは、目尻を下げて苦笑いを浮かべる見知った大男だった。
そういえばさっきから何か言いかけてたな――互いに瞬きを返した二人は、ひとまず書類は窓際の机に置き、自分たちは好きに腰を落ち着かせることにた。

「うぅむ……どこから話したもんか。嬢ちゃんは龍識船ってやつは知ってるか」
「りゅうしきせん、ねえ? さあ、初耳だけど。名前からして龍歴院関係の移動式大型船とか?」
「そうなんです! エヘン! 龍識船っていうのはですね!!」
「まあまあ待て待て。話がややこしくなるからルーチェちゃんはちぃとばかし黙っててくれないか。な?」
「ややっ、遠慮は無用なのですが。でもマルクスさんがそこまで仰るなら優雅なティータイムといたしましょう。そこのハンターさんも、ぜひご一緒に!!」

立ち上がるや否や、少女はベッドの上の現相棒にもちょっかいを、もとい、話を振りにいく。
なんか変な反応だったし、賑やかすぎるくらいでちょうどいいのかも……とクリノスはカシワの慌てようを放置することにした。

「龍歴院が生態調査をやってるってのは嬢ちゃんも知ってるな。その調査と研究がもっとスムーズに出来るように、ってんで建造したのが龍識船だそうだぜ」
「いやいやいや、名前のまんまでしょ、それ!」
「んなこと言われてもなあ……けどよ、嬢ちゃん。俺も何度か乗せてもらったが、速いし見晴らしもいいしでえらい快適だったぞ?」
「あのね、そういうことじゃ……つまり、龍識船は空路で狩り場に直行できるようにした施設ってことだよね。素材が着くのを待ちきれなかったってこと?
 龍歴院のハンターが世界中で狩りができるのはハンターズギルドが協力を惜しまなかったからだよね。管轄区域で好きにされたら普通面白くないだろうし」
「そいつは隊長さんも言ってたな。わざわざ龍歴院やギルド支部に素材を持ち帰らんでも、現地で対象を調べられる身軽さが売りなんだとさ」

空路を用いることで移動速度は向上し、ハンターや利用客に縛られている従来の飛行船より自由も利く――考える。
剥ぎ取りのしやすさ、更にその先、解体や運搬の段取り。その後の素材鑑定に各種痕跡の保持、可食部の鮮度といった狩猟後にかかわる時間との闘い。
ハンターズギルドのみならず、素材商や古物商といった商人たちにとっても大型モンスターは情報と宝の山だ。
龍識船、ひいては龍歴院は生態調査を主軸に動いているが、彼らの調査が終わり次第モンスターを各々の管轄区域で引き取ることもできるとなれば……

「……うぅん。おっきくお金が動く、いい機会になるかもなー。じいちゃんも黙ってなさそう」
「うん? 嬢ちゃんの爺さんはギルドの要職かなんかに就いてんのかい?」
「まさか、じいちゃんは『しがない普通の商人』だよ。龍識船なんてものがあるなんて知ったら、乗り回すからちょっと貸せ、くらい言っちゃうかもって」
「おいおい、なんだそりゃあ。ハイカラで面白そうな爺さんじゃないか!」
「そう? おっさんも十分面白いおっさんだと思うけど。ノアちゃんも大変だろうなー、って」

一瞬眉根を寄せた後、マルクスはいつものようにガハハと豪快に笑った。こちらの真意に気づいた様子は欠片も見えない。

『いいかい、クリノス。大金が絡んだ途端におかしくなる人間もいるから、お金の話は十分気をつけて扱うんだよ。ハンターでも商人でも同じことだからね』

その昔。ハンターの仕事について学び始めた頃、母と同じ真剣な目をした父にそう教わったことがあった。
いつもは手作りパンケーキのようにふんわりとした気配をしている父が、一瞬見知らぬ怪異に見えてしまったことをよく覚えている。
「ハンターの仕事は華々しい。故に腕利き一人の狩猟一回に絡む金銭も、リスク同様巨額となる」。
父の運営するキャラバンは小規模だが、それでも狩りの受注をした母、三兄の働き次第ではたった一晩で景気が好転することも少なくなかった。
今にして思えば、ドンドルマといった拠点に腰を据えていればこれには気づけなかったかもしれない。結局のところ、「鮮度」に勝るものはないからだ――

「まあ、狩り場に乗り込むって時点でリスクは伴うだろうけど……古代林の調査も少数精鋭で強行しちゃうような集団だしなあ」
「――そうですね。でも、そのおかげで調査も予定通りに終わらせることができました。今となっては古代林の狩猟も世界各地に解禁されているんですよ!」

思考を巡らせていた先輩狩人、その前でウンウン頷いていた大男、無理やりチーズスコーンを口に詰め込まれていた後輩狩人に、押し込んでいた側の受付嬢。
それぞれが一斉にマイハウス入り口に振り返る。視線を一点に集めた新たな訪問者は、あどけなさを残す顔に小奇麗な笑みを浮かべた。

「こんにちはマルクスさん。そして初めまして、クリノスさんカシワさん。ご活躍はおばあ……龍歴院院長から伺っています。ようやくお会いできましたね」






「あれっ、君は……確か、前にベルナ村にイャンガルルガの狩猟依頼を出した子だよな?」

はいアホ一人。思わず額を手で押さえたクリノスの横で、リンクがぱちぱちと眼を瞬かせながらカシワの顔を仰ぎ見る。

「カシワさん、この方は竜人族ニャ。だから見たとおりの年齢とは限らないニャ。ボクたちより、うんと年上かもしれないニャ?」
「うん? そうなのか? 言われてみれば、耳も尖ってるしなあ」
「身体的特徴を口に出しちゃうのは野暮の証ニャ。旦那さんの反応を見習った方がいいニャ、絶対」

「お前アホだから分かんないよな」、そう鼻で嗤うように銀眼が笑っている。……ような気がした。
相棒のオトモアイルーが言わんとすることにさすがに気がついたのか、後輩狩人は引きつった笑顔を浮かべている。
口端からスコーンの粉が落ちていったが、リンクが「狩り場の外でもハンターをアシスト!」とばかりに素早く拭き取ってやっていた。

「いえ、ボクこそ急に伺ったものですから。その節はありがとうございました。おかげで、研究員の皆さんも無事に龍歴院に帰還することができました!」
「んー、それがハンターの仕事だし。研究が進んで許可が下りないと私たちも素材集めに行けないし、お互い様でしょ?」
「そう言っていただけると助かります。ボクはその……龍識船のことは任されましたけど、なにぶんまだ現場の方には疎くて……」

竜人族の少年――利発さの中に幼さを残す面立ちから、どこか中性的にも見える――は、そう話しながら苦く笑う。
「龍識船を任された」。彼の言葉に目を見開いた双剣使いは、寝具の上から飛び降りたルーチェに視線を送った。案の定、若草色の少女は目を輝かせている。
どうやら発言のとおり、彼が龍識船のトップであることは間違いなさそうだ。先輩狩人は話を促すかわりに小首を傾げた。

「たいちょー!! どうしたんですか、もしや緊急のご依頼ですか!?」
「いえ、ルーチェさんを探しにきたんです。龍識船用の積み荷、残すところは常備用の回復薬と携帯食料だけでしたよね?」
「それならお任せあれ!! 回復薬ならこちらのハンターさんが……あれっ? あなたはもしや、クリノスさんとペア狩りをしてる龍歴院つきの……!?」
「えっ? ……あー、クリノスの今の相棒っていう話なら俺のことだと思うぞ。カシワだ、よろしく」
「ぐわぁ! まさかのご本人!? これは灯台もとチャナガブルってやつですよ!」

この受付嬢、もしや周りを置いていくのは日常茶飯事なのではないのだろうか……。
顔を見合わせた三人と一匹をよそに、ルーチェは少年の元に駆け寄っていった。隣に立つや否や、「見るがよい!」とばかりに両手で彼のことを差し示す。

「ババン! ゲリョスフラッシュ!! 見るがよいっ!!」
「あ、言った」
「言ったな」
「言っちゃったニャ……」
「こちらにおわすは、われらが龍識船のたいちょーハイメル氏です! ではではたいちょー、一言どうぞっ!」
「えっ!? ど、どうも、ご紹介にあやかりました、龍識船の……って、ルーチェさん! こんなことしてる場合じゃ……!?」

一人冷静に慌てふためくハイメルと、なおもノリノリで両手ガイドをやめないルーチェ。
すでにでこぼこコンビ疑惑が浮上してしまっている二人だが、飛行船という狭い拠点においてはこれくらい親しげな方が道中も安全なのかもしれない。
雰囲気に飲まれて拍手するカシワだけでなく、マルクスに至っては、若いっていいなあ、と満面の笑みで見守っているほどだった。

(ふーん。補給しに降りてきたって感じかな? 龍歴院の最新施設かぁ……けど私たちに協力要請がきたわけでもないし、そのうちどっか行くでしょー)

苦労するのが龍歴院つきのおっさん一人くらいなら、まだ安いものである……多分。
うんうんと首肯するクリノスだったが、不意に聞き覚えのある靴音がした。あえて意図的に物音を立てている、そんな予想を掻き立てさせる足音だ。

「――ずいぶんと早いご帰還だな。お前のことだから、てっきり金獅子も叩いてくるのじゃないかと思ったが」

この突拍子のなさ、虚空から見下ろすかのような物言い、肌をひりつかせる緊張感。どれにも覚えがある。
見上げた先で、羽根つき帽子の鍔の影から雄火竜の色彩がこちらを睥睨していた。その姿や声色を忘れられるわけがない。
いつからそこに、と息を詰まらせると同時、双剣使いはかつて相手方の私室で起きた出来事をも思い出す。反論するより先に勝手に頬に熱が上った瞬間、

「あれっ、ユカ! 俺の手紙読んで、わざわざこっちに来てくれたのか?」

隣り合うベッドの上から、後輩狩人がどうにも締まりの悪い挨拶を投げていた。歩み寄ってきたギルドナイトも呆れ顔をしている。

「……お前……手紙とは。俺は欠片も覚えがないが」
「なっ、何ィ!? おかしいな、ちゃんとドンドルマのハンターズギルドに、お前宛てに届けてくれって送ったはずなんだけどな」
「そういうことか。俺はあの後すぐ所用でポッケ村に発ったから、行き違いになっているのやもしれん」

そうだ。件の災難はポッケ村のユカの自室で――うわぁああと心の奥で悶絶するクリノスの横で、同じようにカシワがうわぁああと頭を抱えている。

「じゃあアトリたちがどうなったかとかマルクスの仕事のこととか、何も確認取れてないってことじゃないか!? まずいぞ、ノアにどう説明したら……」
「おい、何故お前がアトリのことを気にかける。お前、まさかあいつにやられたことを忘れたのか。ドンドルマでも散々な目に遭っただろう」
「いや、そうは言うけどな、俺あの娘に色々聞いとくからって言ってそのままにしてるから……ぐぎぎ……ぎ、ギギネブラァ」
「何がギギネブラだ。言っておくが今は狩猟制限を設けているから、間違っても勝手に狩りに行くんじゃないぞ」

なおも一人頭を抱える後輩狩人の頭を見下ろして、先輩狩人は眉間に皺を刻みながら銀朱の騎士を見返した。同時におかげで少しは頭が冷えた、とも思う。
なんかあったの、無言と眼差しを駆使してそう問えば、俺が知るか、と小さく肩を竦めて返された。
ドンドルマ――いつか再会した折、この黒髪黒瞳の様子がいつもと違って見えた時期があった。何かあったのだとしたら件の古都が関係しているに違いない。
唸るクリノスを、ユカは目を細めて見つめている。彼女が視線を感じて顔を上げたときには、男の目線はすでに入り口の二人の方へと向いていた。

「お前たちに紹介したことはなかったな。龍歴院がモンスターの生態調査の一環で建造し、航行を始めた飛行船型の研究施設がある。その統括役が、」
「ああ、それならさっき本人たちから聞いたぞ? ハイメルとルーチェのことだよな?」
「……」
「……あー、ねえカシワ。ここはほら、ユカの仕事の一環として話を聞いてあげといた方がよかったと思うけど」
「あっ、そうか!? それもそうだよな。悪い、ユカ」

あのユカペッコ氏が押されてますよ、ぽつりと少女の声が漏れ聞こえ、双剣使いは悪いと思いながらも――思ったからこそ噴き出すのを堪えた。
一方で悪びれた様子もない現相棒は、それぞれの顔を見比べて半ば呆けている。そのときわざとらしい咳払いが聞こえ、一同は再び銀朱の騎士へ注目した。

「聞いているなら話は早い。お前たちにもそこのマルクス=クライン同様、龍識船の手伝いをしてもらう」
「おいおい正気か、騎士さんよ。俺は別に構わんが、嬢ちゃんたちは忙しいんだろ?」
「俺は十分、正気だが。やれるな? クリノス、カシワ」
「……、って、はあぁ~!? 何それっ、聞いてないんですけど!?」
「おい、落ち着けよクリノス。ユカ、一体どういうことだ? お前、俺たちに早くハンターランクを上げろって散々言ってたじゃないか」
「人聞きの悪い言い方をするな。これは、お前たちにとっても悪い話ではないんだぞ」

ふとユカが入り口に向かって首肯すると、示し合わせていたかのようにハイメルがはっとしてこちらに寄ってくる。
龍歴院の研究員に支給されるコートによく似た上着の奥から、古めかしい書物が取り出された。彼は慣れた手つきでそれを広げ、中身を要約してくれる。

「ボクたちが追うのは、世界に災厄を齎すと言われる、伝説的な古龍種です。古文書にはこう綴られています。『恐れ見よ。闇夜に赤く輝く彗星を』……」
「赤く輝く彗星だって? あれが、あの星がまさか古龍……生き物だっていうのか!?」
「落ち着きなよ、カシワ。何もおかしな話じゃないでしょ。で、その古龍と私たちになんの関係があるの? ユカペッコ」
「龍歴院がいま最も注力しているのが、この古龍、バルファルクの追跡ということだ。彗星と喩えられるだけあって、やつの根城は天空の領域となるからな」

その名を口にしたとき、何故か騎士は苦い顔をした。なんかあったのかな、と今回も先輩狩人は首を傾げるしかない。

「今、世界各地で大型をはじめとしたモンスターの凶暴化や大量発生が確認されている。災厄とやらが何かは知らんが、一概に無関係とは言えないだろう」
「……『獰猛化』はどうなんだ? 前に森丘にゲリョスとイャンクックの獰猛化個体が出てただろ。お前なら把握してるんじゃないか」
「関連は不明だ、としか今は言えないな。ただ、現状は古文書頼りだ。参考になる部分もあるかもしれん」
「……なんか読めてきた。古龍もおかわりだなんて、やだですー、過労で倒れるぅー」
「クリノス。そう言うが武具の強化には避けては通れん道だぞ。それに世界規模の現象ということなら原因を解明しなければ仕事が増える一方だと思うがな」

文句を言おうとしたとき、ふと、カシワが何事か考え込み始めたのをクリノスは見た。
困っている依頼主を放っておけない、モンスターにだって考える意思はある……そういった彼特有の主張が絡む、狩猟時以上に深刻な表情だ。

「解明を龍識船に任せる代わりに協力しろってことだよな。その彗星ってどれくらい危険なんだ? オストガロアと同じなのか、被害はもう出てるのか……」

いつかの父や母と同じ目だ。黒瞳は淀みなくまっすぐに銀朱に向けられ、答えを濁すことを許そうとしていない。
……時々、この黒髪黒瞳にはこういった狩りの初心者とは思えない言動が滲み出す瞬間があった。
理由は知れないが、彼がどこかモンスターに固執しているようにしか見えないときがクリノスにはあったのだ。危険な兆候であることは分かっている。
人とモンスターには越えてはいけない境界があるものだ。それを見誤ったとき、降りかかるのは不幸でしかないことをハンターは識っていなければならない。
先輩狩人は、ぐっと固く両目を閉じた。

「はいはい、分かった、分かりましたよー。結局面倒なことになるくらいなら、早めに芽を摘んだ方がいいもんねー」
「って、クリノス? お前はそれでいいのか。仕事、大変になりそうなんだぞ」
「いいも何も、これイエス以外の答えは求められてないでしょ。問答するだけ時間の無駄だよ。私たちは変わらず、狩りをメインにこなせばいいのー」

この答えに、何故かユカだけでなくカシワも苦い顔を浮かべてみせる。なんでよお望み通りでしょ、そんな二の句は辛うじて飲み込めた。
赤く輝く彗星、バルファルク。古龍という希少性、謎に満ちた存在というだけでなく、「災厄を齎す」とまでいわれるようになった理由はどこにあるのか。
斟酌の濁すような物言いも気にかかる。ちらと視線を走らせた先で、若草色と白色が揃って顔を輝かせている様子が見えた。





 BACK / TOP / NEXT
 UP:25/12/20