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モンスターハンター カシワの書 上位編(53) BACK / TOP / NEXT |
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『……父さんはさー、なんでハンターになろうと思ったの?』 走馬灯というものだろうか。 暗がりに沈もうという正にその瞬間、脳裏に父と交わしたある光景が浮かんでいた。 『そうだなぁ……なんでだと思う?』 『聞いてるの俺だろっ? ねえ、なんで? 前からずっと聞いてみたかったんだけどさ』 『はっはー、それはモチロン……キキョウさんやお前と美味いモノをたらふく食べたいから、だな! アーイムグルメハンタァーッ! ふふふふふふ!!』 『うわーっ、何すんだよ!? くすぐったいって! おっ、俺マジメに聞いてるのに!!』 夕暮れ、黄昏、宵の口。 警らを終えたであろう父を迎えに家を飛び出し、一人で出てきたことに照れくさそうに微笑まれ、手を繋ぎ、伸びる影を眺めながら帰途につく。 父はいつも笑っていた。「黒い龍の与太話」に夢を馳せる子供相手でも、母ともどもこちらの問いかけに――狩り以外のことなら、快く真摯に答えてくれた。 思い返せば、仕事のことこそ決して教えてくれはしなかったものの、父母はいつでも変わらず自分の味方であったように思う。 『真面目に、か……そうだなあ。護りたいものがあったから、だな』 いつも通りの変わらぬ光景……あまりに馴染み深く、しかし今となっては遠い何時かのこと。 その日、父は自分の問いかけにそのように答えてくれていた。茶化すでも誤魔化すでもなく、普段の姿を思えば珍しく真剣な表情だった。 『守るって、何から? 父さんは草食種しか狩れないヘタレなんじゃなかったの?』 『ヘタッ……ウン……そうだなぁ、そうだった! カシワ、お前だって俺の子だ。そのうち分かるようになるさ』 『ええ? なんだよ、それ。全然分かんないよ』 『ふふふふふふ、大人にはそれだけ秘密が多いってことだよなぁ。はっはー!』 『うわあ、父さん!? 俺もう子供じゃないんだからっ、「高い高い」なんてしなくていいって!!』 いやに真面目に引き締められた横顔に、知らず体は強張っていく。しかし、結局話はいつものように容易く流されてしまいかけていた。 『子供か……子供なんて、親からしたら何歳になっても子供なんだよなあ……』 『父さん?』 『俺には親父の考えが分からんよ、カシワ。「あいつ」と向き合うためにもハンターを辞めるわけにはいかなかったんだろうが、それでもな――』 「親父」、「あいつ」。普段の父なら決して口に出さないような、含みを持たせた音の響き。 それらを自ら口にしたとき、父はハッとしたような、どこか思い詰めたような顔でこちらを見下ろしていた。 風と静寂に溶ける夕焼けの、不確かな橙と夜色が混ざる世界。仰ぎ見た先で、父の……スギ=ヒラサカの顔は、みるみるうちに青ざめていく一方だった。 『――「先生」の考えてることなんて「俺」にだって分からないさ。そうだろ? 可愛い可愛いカシワの、親父殿』 誰がそう口にしたのか。父ではない何者か、見ず知らずの第三者の声が不意に耳を突く。 何故か、その硬質な声は自分の喉から発せられているような気がした。 どうしてかは分からない。ただ、その不可思議な声は父と……彼の父、つまりは今となっては姿も朧気な祖父のことを酷く非難しているように聞こえたのだ。 ……そこから先のことは不明瞭だ。不思議と、それ以降の記憶は霞がかったように飛んでしまっている。 気がつけば自宅に着いたあとで、自分は夕飯のだんご汁を頬張っているような有り様だった。向かいに腰を下ろした父は、小難しい顔をしていたように思う。 (誰だったんだ? あの声、どこかで……誰の……) いつぶりの追憶だっただろうか。反射で目を閉じた瞬間、意識はぷつりと暗闇に沈んでいく。 そうして現在――「見慣れた昏冥」を這い出た先、見上げた先で暗がりが牙を剥いていた。悪態をつく間もなく、その場から跳び退る。 自分が何者であるのか、誰にとっての敵であり、また味方であったのか。そんなことは恐らく忘れてしまった。 岩盤の上を滑りながら、空いている方の手を握り、開き、また握り直して、全身に確かな五感が通っていることを知覚する。 意識もまた、はっきりしているようだ。目の前には暗がりの底から見上げる朧気な世界ではなく、黒瞳から直に見出す景色が広がっていた。 理屈は知れないが、「カシワという名のハンター」と「自分」は現時点で入れ替わっている。他ならぬ彼の狩り人の生命の危機に直面したからか、それとも。 「――だっ、だ、旦那さん!!」 否、それより今は……涙混じりの声に思わず足が止まった。振り向いた先で、黒毛の獣人と朽葉の若者が互いにしがみつきながら震えている。 「って……何してるんだ、『カシワのオトモ』! 呆けてないで、さっさと撤退準備!!」 そのとき、黒瞳の狩人は恐暴竜に見向きもせずに声を荒げていた。いつものカシワ=ヒラサカからは到底考えられない、強い非難の色を含ませた叱声だった。 おもむろにふたりに駆け寄り――伸ばされた手は勝手を知る小剣ではなく、若者の背に飾られた裏葉の柄を握り込む。 「クレタっていってたよな、『これ』借りるぞ!」 太刀を握った当人以外、なんの反応も出来ずじまいだった。ぐると半身を捻り、軸合わせを果たしたのは狩人側も獣竜側もほぼ同時。 イビルジョーが一行を丸呑みにしようとより速く動いた瞬間、風切り音とともに放たれた一閃が寸分の狂いもなく大顎に吸い込まれていった。 リオレイア素材の太刀、飛竜刀【翠】による抜刀居合。自分用に打たれた品ではないものの、長さ、柄の握り心地、どれをとっても加工技術の高さが窺える。 一度二度と柄を握り、黒髪黒瞳はくると刃を回して勝手を腕に行き渡らせた。悪くない、と首肯して目の前の巨躯を睨め上げる。 「す、凄い……どこでこんな業、あのっ、旦那さん?」 「うん? まだいたのか、お前って『カシワのオトモ』だろ?」 「カシワの、オトモ……? ニャイ、そう……そうなんですけど、ニャ」 そうこうしている間、未だへたり込んだままのオトモと現貴族は、自分たちを庇う形で恐暴竜に対峙する背中をただ呆然と見上げるばかりだった。 ただし、恐暴竜に身を竦ませるクレタと違いアルフォートは別の観点で思考を停止させることを余儀なくされている。 「……あのなあ、『俺』だって周りを気にしながらあんなの相手に出来ないぞ? 話は後からでもできるよな? いいから、先にエリア外に行っててくれ」 「この人は誰なのだろう」。その人を眼にしたとき、口にしかけた疑問は不自然な早さで喉奥に下がっていってしまっていた。 選ぶ武器、立ち振る舞い、呼気、語る背中。どれもが馴染み深いそれでありながら、このハンターはしかし自分がよく知る狩り人ではない。 爆鱗竜ならやり合ったことあるんだけどなあ、そんな独白さえ雇用主らしくなかった。彼ならば狩猟経験を省みるより先に、まず周りの安否に気を回すはず。 そうなのだ。「眼前の狩人は、カシワのようでいてカシワではない」。そうしてオトモメラルーは独り震撼する。 「あなたは……誰、なんですかニャ?」 「だから先に逃げろって言って……ああもう、来るぞ!」 「ニャイ!? そう言われても……!」 「ひ、ひいいっ!! 姉様ぁ!」 三者三様の反応。向かってくるイビルジョーにアルフォートはクレタともども逃げ惑うしかなかった。 ごろごろと仲良く岩盤の上を転がり、離さないようしかと握りしめた防具の繊維越しに相手の体温が冷え始めていることを知る。 ホットドリンク飲ませた方がいいニャ、小刻みに震える体を強引に押しのけて、勝手にアイテムポーチをあさり何本か薬液ビンを取り出した。 クレタは用意周到に狩りの用意を済ませるタイプであるようだ――草食種の皮に包まれた保温ビンの蓋を開け、泣きじゃくる若者の肩を叩き顔を上げさせる。 「クレタさん、飲んだ方がいいですニャ。体が言うことを聞くようになりますニャ」 「ほ、ホットドリンク? そんなもの飲んでる場合じゃ……」 「あの大っきい竜なら大丈夫ですニャ! 旦那さん……ううん、『あのハンターさん』が突破口を開いてくれるはずですニャ」 それは件の人物への信頼というよりも獣人としての直感だった。勝手なこと言うなあ、そんな呆れ混じりの苦笑が飛んでくる。 振り向いた先で、あの黒髪黒瞳はクレタの得物を堂々と操っていた。古傷に新たな傷が刻まれ、黒緑の竜皮は淡々と緋に塗り替えられていく。 「でも旦那さん……旦那さんは、どこに行っちゃったんですニャ……」 太刀、初見の獲物、知る由もない竜の名前、オトモの名を呼ばない何者か。 雇用主と同じ人好きのする面立ちでありながら、件の狩人はこちらのことなど眼中にないように思えて仕方がなかった。 「対峙するモンスターのことしか見えていない」。ハンターとして正しい在り方ではあるものの、アルフォートにとっては冷淡に見える姿勢でしかなかった。 ……今は、寂しさよりも心細さが勝っている。何度目かの咆哮が場に轟き、オトモメラルーは気合いを入れるように頭を振って立ち上がった。 「一旦、ここから出ますのニャ! クレタさん、早く立ってくださいニャー!!」 「わ、分かったから! そんな押さないでくれたまえー!?」 「もし、このままカシワが戻らなかったら」。脳裏を過った不穏な予感に、アルフォートはなおさら勢いよく頭を振る。 クレタの背中を懸命に押し、出口を目指す最中。振り向いた先で、黒髪黒瞳の見知った他人がイビルジョーの猛攻を捌ききろうとしていた。 噛みつき、尻尾や全身を駆使した体当たり、足踏み。いずれも強力な一撃であるもののあのハンターは都度それを見極め、見切り、斬撃で応じてみせている。 「……旦那さん」 頼もしいことこの上ない。助けてもらえていることも確かだ。 だというのに、一瞬重なった視線に恐れ……畏怖の情を抱かずにいられなかった。この感覚は、いつかの骸の龍に対峙したときの緊張によく似ている。 「ちょっと、カシワさんのオトモ! 恐暴竜なんて冗談じゃないっすよ、逃げないと!」 「クレタさん。ニャイ……了解ですニャ」 どのみち自分たちが残ったところで足手まといになるだけだ。情報が不足しているだけでなく、いまの装備もあの竜に応じるには心許ない。 任せて離れるしかない。いっそ大声で泣き喚きたくなるのを堪えて、オトモメラルーは若者ともども洞窟を後にした。 「――よっ。うん、全員無事だな。よかったなー、逃げ切れて」 「ハンターさん……ありがとう、ございましたニャ。怪我はしてないですニャ?」 「してないしてない。あ、これありがとな。返すぞ、助かった」 それから小一時間も経たないうちに、洞窟に単身残されていたハンターは一行の前に姿を見せ、太刀も無事持ち主へと返された。 曰く、狩る理由もないから別エリアに追い払うだけに留めた、と。アルフォートはコクコクと頷き返したが、ふたりにジロリと厳しい視線を送る者もいる。 「ボクの太刀を勝手に触って、しかもそのまま持ち出すなんて……何考えてるんすか、カシワさん。自分の武器を使えばいいじゃないですか」 無論、ほぼ無許可で得物を奪われたクレタその人だ。強気に睨みつけてくる朽葉色に、黒髪黒瞳は一度ぱちりと瞬きを返してから破顔した。 「いやあ、俺も片手剣を使ってはいたんだけどさ。つい、こう、反射というか必死だったというか」 「なんすか、それ。全然説明になってないですよね?」 「く、クレタさん、クレタさん。おかげでボクたち、皆無事だったわけですし……」 「オトモだからって、君は甘過ぎっす。こういうことはちゃんとハッキリさせておかないと! いつまた、カシワさんが調子に乗るか分からないでしょう」 悪びれもしないハンターに、クレタはブチブチと口内で文句を燻らせている。とはいえ、その語気はだいぶん柔らかいもののように感じられた。 アルフォートが若者を宥め、しかしそれに反論されて、とやいやい騒いでいる間、当の黒瞳のハンターは狗竜装備のあちこちを手でパタパタと払っている。 さも「埃がついてました」とばかりの気楽な動作だが、よく眼を懲らせば防具のあちこちは何らかの液体の侵食を受け、腐食している有り様だった。 ところどころ穴が穿たれ、外気に晒される部分には火傷痕じみた変色も見て取れる。アルフォートははっとしてハンターの腕に手を伸ばした。 「これ、火傷……龍属性やられ? どこか違う……だ、大丈夫なんですニャ!?」 「あー、多分『防御力低下』ってやつじゃないか。低下っていうか、まんま溶かされた系だけど」 「火傷みたいなものですニャァ!! い、いま回復笛を……」 「いいいい、いらないって。いつまた使い時がくるか分かんないだろ? これくらいなんてことないさ、『穴が開くのは初めてじゃない』しなー」 しかし、オトモの気遣いは振られた手で簡単に流されてしまう。でも、と口ごもる獣人にハンターは決して目を合わせようとしなかった。 一方、ここに刃こぼれが、せめて研いで返してくださいよ、などとぼやきながら武器の状態を確認していた朽葉色はふと何かを思い出したように顔を上げる。 「そういえば、カシワさん。なんにも臭いがしないんすけど……ペイント、ちゃんと当ててあるんすよね?」 放たれたのは、ごく真っ当な指摘と疑問だった。 あれほどの脅威が小型の討伐現場に居合わせるという恐怖。逃げ道を確保し、再会を避ける策は事前に用意しておきたいところである。 しかし問われた側のうち、オトモはちらと黒瞳を見上げ、狩人側はあ、と間抜けな声を漏らすだけだった。瞬時にクレタは赤面し、ハンターは苦く笑い返す。 「まさか、忘れたんすか!? あれほど『俺に任せとけ』的な空気出しといて!?」 「悪い悪い。初めて見る奴だったし、バタバタしてたからさ」 「開き直らないでくださいよ!! もうっ、任せろなんてしつこく言うから任せて逃げたっていうのに……!」 「だって、なあ。使い慣れてる得物でもなかったわけだし、これでも頑張ったんだぞ? 俺」 「だからそういうのが開き直りだっていうんですよ、学びの機会がなかったんすか!? ああもうっ、これだからカシワさんはダメダメなんすよ!」 「――そうか。お前、なんだかんだ言って『こいつ』のこと信用してるんだなあ」 刹那、空気は一変した。さほど大きな声量ではなかったものの、ハンターの独白は沼地によく響いて渡る。 聞き逃したか意味を理解できなかったかの体で、若者は瞬時に固まった。呆けたような朽葉色が、冥い艶を帯びる黒をそっと盗み見る。 「そうだろ? お前が自分で言ったんじゃないか。『カシワさんなんてボクの足手まといになるに決まってる』って」 「そっ、それはその、言葉のあやというか……な、なんなんすか。まさか、気にしてたんすか」 「いや? 逆だよ。『先生の血統』なら口だけになってても、おかしくないからな」 「え? 先生? 誰のこと……さっきからなんの話をしているんです?」 このとき、アルフォートが抱いていた危機感にクレタもまた徐々に気づき始めようとしていた。 普段の後輩狩人からは到底考えられない冷淡な音の響き、自身や身内を見下した物言い、狩りに手慣れているかのような言動。一方で、妙に飄々とした態度。 まるで姿形が瓜二つの別人――それも「自分は当人です」と偽っているかのような――に対峙したような違和感に、若者も身を硬くする。 「せっかくだから、話しておこうと思ってさ。こいつが、『カシワ』がどれだけ無知で愚かな人間なのか」 そうして黒瞳のハンターは、うっそりと笑った。 赤い月が浮かぶ下、鬼火を従え夜半を疾駆する怨虎竜かのような、強く眼を引く笑みだった。 「……そ、そんな話、興味ないっすよ。どうしちゃったんです? だいたい、ボクは姉様さえよければそれでいいですし……」 「ニャイ!? く、クレタさん、凄いですニャ。この空気で、まさか言い返すだなんて」 「どういう意味っすか、オトモさん! とにかく、カシワさん? あんまり自分のことを卑下するのはよくないっすよ。ボクを見習えとは言わないですけど」 ……本当のことをいえば。 黙していれば、相手の言う通りに話に耳を傾ければ、先の恐暴竜に相対したときと同じように、言葉にならない恐怖に苛まれる予感が二人にはあったのだ。 つまるところ、一人と一匹は特に示し合わせることもなく、眼前の黒髪黒瞳の昏冥から逃れようとしていたのである。 気づいてか気づかずか、黒瞳のハンターはやはりぱちりと瞬きを返してから目を見開いた。 「興味ないのか? ずっと話していたじゃないか、頼りなくて技術も未熟なハンターだって……そう思っていたんだろ?」 黒塗りの眼が「何故、どうして」と疑問を投げてくる。返答に詰まったクレタは、よりによってアルフォートの背後に回り、小柄な体でガードした(!)。 「ニャイィ!? ちょっ、クレタさん!?」 「だって、ボクはカシワさんの話なんて興味ないですし……けどオトモさんはこれからもオトモするんですよね? 聞いておいた方がいいのでは」 「しっ、しますけどっ、オトモするに決まってますけど!! だからって……!」 盾代わりにされてわたわたと慌てふためくオトモ相手に、正面から黒の視線は注がれる。 はっとして顔を上げた青眼のメラルーは、黒瞳のハンターがどこか苦しげに顔を歪めているのを見つけて声を詰まらせた。 まるで自分越しに他の誰かの姿を見出しているかのようだ。しかし心当たりはおろかこのハンターはカシワとは別人らしいので、かける言葉も見つからない。 アルフォートは視線を落とし、口をもごもごさせた。顔を上げた瞬間、彼の指先に視線を落としていたらしいハンターと眼が合う。 気まずそうな視線に、何故かこのハンターが本当に心の底から苦しんでいるような印象を受けた。雇用主と同じ顔をしているので、余計にそう思えてしまう。 「どうして、そんなに苦しそうなんですニャ? やっぱりどこか痛むんですニャ……?」 「え……」 「だって、まるで迷子になってるみたいな顔をしてますニャ。あなたは旦那さんと、どんな関係なんですニャ?」 それを問いかけたとき、眼の前のハンターはより辛そうな表情を浮かべてみせた。 失意の底に沈むかのような反応に、アルフォートは何故か、自分は聞いてはいけないことを聞いたのだ、と胸の痛みを覚えて一瞬言葉を無くしてしまう。 「どんな関係って。俺は、別に……」 「あなたの言い方じゃ……まるで旦那さんに酷いことをされたみたいですニャ。ボクは旦那さんのオトモだから、気にしない方が無理な話なんですニャァ」 「こいつのオトモだから、か。そうだよな……オトモなんて、雇用主の味方に決まってるもんな」 「その言い方……あなたも、オトモと一緒にいたことがあったんですニャ?」 こちらを見つめる黒瞳が小さく揺らぎ、動揺を露わにする。オトモに思い入れがあるのか、先の不安定な様子もなりを潜めている状態だった。 もしかすると、カシワを非難するような物言いは彼に対するなんらかの特別な感情――嫉妬や羨望の現れなのではないのだろうか。 アルフォートは自身の無用な推測にまた俯き、指先をもじもじさせて、かけるべき言葉を必死に探す。 理由は知れないが、このハンターもステラやチャイロのように眼に見えない傷を負っているように思えて仕方がなかったからだ……放置するのは、可哀想だ。 「ボクは、誰にも雇ってもらえないでいたところを旦那さんに拾ってもらったんですニャ。初めて会ったときのボクのやらかしだって、笑って許してくれて」 どうしたら、この男の空虚な眼差しと心情とを和らげてやることが出来るのか。 こちらを見る目は普段のカシワのそれとは異なるものの、オトモに対する確かな信愛に満ちているように感じられた。 「ボクが狩りのサポートをすると喜んでお礼を言ってくれるし、なにより気に掛けてくれてるし……旦那さんは悪いひとじゃないと思いますニャ。きっと」 「それは、お前がこいつのオトモ……便利な狩猟道具として価値があるからだろ」 「誤解ですニャ。旦那さんは一つのことに夢中になると周りが見えなくなるタイプだけど、ボクのことまでないがしろにしたことはないですニャァ」 背後では隠れたままのクレタが居心地悪そうに身じろぎしている。アルフォートはあえて気づいていない振りをした。 「あなたと旦那さんの間に何があったかは分からないけど、行き違いか誤解があったと思うんですニャ。ど、どうやって対話したらいいかは分からないけど」 「対話、ねえ……そんなことで解決するようなら、俺もこうやってここには留まっていないんだけどな」 「だって旦那さんはいつも一生懸命ニャ。自分のことより依頼やモンスター、仲間のことばかりで……あなたにも分かる部分があるんじゃないですかニャ?」 「そうかな? なんで、そう思う」 「なんでって……顔だけじゃなくて、ボクを見る目ですニャ。あなたと旦那さんは、多分、どこか似てるんだと思いますニャ」 そのとき、一陣の風が吹く。泥の臭いとランゴスタの血臭、濃く漂う湿気が入り乱れ、ふたりは思わず眼を閉じていた。 呻くクレタに代わり意地で眼を開いたオトモメラルーは、刹那、眼の前のハンターが怒りを滲ませた眼でこちらを睥睨しているのに気がついた。 「こいつと俺が似てるって? バカ言うなよ……俺にはもうオトモを愛でる資格なんてないのに、そんなの……許されるわけないだろ」 ぞっとして息を呑む。吐かれた言葉は、これまでの応酬を根底から否定するような呪詛じみたものだった。 男の黒瞳が、本来であれば人の好さと好奇心に輝いているべきそれが、いまは冥い光を帯びている。まるで底の見えない泥沼を覗いてしまったかのようだ。 怒りすら通り越した怨念が、雇用主を丸ごと呑み込んでいるようにも見えた。男とカシワの決定的な違いを見出してアルフォートは震撼する。 「何故……どうして。『俺』はこれから、どこに行けばいいんだ」 「ニャ……ニャイ、ハンターさん……?」 「お前たちが……こいつが、憎くて羨ましいよ――」 誰に向けられたか分からない独白。それを吐き出すと同時、男は前へと倒れ込んでいた。 「ニャギャ!? ハンターさん……旦那さん!?」 「ちょっと、カシワさん!? その倒れ方は色々マズいっすよ!!」 派手に水飛沫が上がり、後輩狩人の体がずぶずぶと泥濘に沈みかける。慌てて駆け寄り、泥に埋められた顔をふたり掛かりで引っ張り起こした。 そうして改めてその人の顔を覗き込んだとき、アルフォートとクレタはほとんど同時に言葉をなくす。 風が止むのが合図であったかのように。緊張と畏怖をもたらした黒瞳のハンターと入れ替わるようにして、眼前の狩人は寝息を立てていた。 泥まみれの顔面は穏やかで、怨念の色などすっかり消えている。呆れたように若者が溜め息を吐く最中、黒毛の獣人は先のハンターの呪詛を思い出していた。 (そうニャ。ボクでは、あの人の気持ちを拾ってあげられなかったのかもしれないですニャ) あの空っぽな眼差しが忘れられない。 自分はカシワに拾ってもらえたが、彼はそうではなかったのだろうか。声が届かなかったことが、いまは酷く哀しく思える。 きゅっと手を握り、次いで寝入ったままの雇用主の頬を叩いて起こしにかかる。目を開けた狩り人が名前を呼んでくれることを願わずには、いられなかった。 |
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