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モンスターハンター カシワの書 上位編(51)


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――ところ変わって、賑わいの古都ドンドルマ富裕層街。

「グラハム殿。ご無沙汰しております」

豪奢な屋敷に煌びやかな照明、贅を尽くした食事に美しい装いをした顔見知りの群れ、希少鉱石で造られた彫像に細工品。
その日、ある爵位持ちの邸宅では華々しい会合が開かれていた。領地に現れた飛竜がハンターに無事退けられたことを祝したものだという。
急ぎ設けられた席ではあったが、こういった場に招かれ慣れている顔ぶれのほとんどが揃っていた。肝心のハンター本人は参席を辞退したと聞かされている。
こうなれば、会場は最早領土の豊かさと治安の良さを押し出した社交の場だ。我が領地と仲良くすれば旨味が云々、というなんとも貴族らしい催しである。

「……おお、これはこれは。しばらくぶりですな。本日も、大変素晴らしい演奏でした」

故に、人脈自慢のために招待されたグラハム=イタリカもまた「新規顧客でも獲得出来れば御の字」という本音を隠してこの場に在った。
声を掛けられて振り向いた先には、やはり見覚えのある顔がある。漆黒の燕尾服をかっちりと着こなす男は、先ほどまで楽団の指揮を執っていた楽師だった。

「芸術分野にも慧眼のある貴殿に称賛されるとは、至極恐悦の極み。有難いお言葉、感謝します」
「謙遜ですな。ときに、本日はご子息の姿が見えないようですが」
「ああ、クレタのことですか。恥ずかしながら……あれはあいにく、長らく留守にしておりまして」
「珍しいこともあるものですな。彼は貴殿に似て努力家でおられるから、こういった場には奏者として同行を望まれたはず。聴けずじまいとは、実に惜しい」

この男には二人の子供がいた。一人は淑女の手本と名高い、朽葉色の髪の姉。もう一人は、実父に倣い楽器演奏に熱を注ぎ続けてきた弟である。
博識で謙虚な故に「次代の楽師として活躍するのは姉の方」とまことしやかに囁かれてきたが、その説は数年ほど前、男自らが否定したことが記憶に新しい。

「私用があると言っておりました。あんな愚か者のことなど放っておけばよいものを……いや、なんでもありません」

男は当初、姉の方を跡取りにと公言していたはずだった――顔を上げた男の片眉が一瞬、ぴくりと動かされたのをグラハムは見逃さない。
目が合う。朽葉の色はこのあたりではさほど珍しくないが、彼の血族には脈々と継がれてきた特徴だった。今、その眼差しは火を噴かんばかりに燃えている。
この男はかつて世界最高峰の一人と数えられた腕をもつ先代に比べ底意地が悪く、また貴族らしい会話にも不慣れな気質であった。
つまりは隠すべき本音を視線や顔色に乗せてしまうということである。彼の子息クレタは、彼の自尊心に見合う腕を持つ楽師ではあったが……だが、しかし。
彼は家を捨てた姉に傾倒し続けているともっぱらの噂だった。以来、どちらのことであれ子のことを探られると男は途端に機嫌を悪くするようになっていた。

「それにしても……貴殿のそのブローチ、もしやブナハブラ製の物なのでは?」

不要な詮索をするつもりも、事を荒立てる意図もない。直接的な対立を避けるべく視線を背けたグラハムは、ふと目についた輝きを見て眉を上げる。
つられるように視線を落とした男もまた、「ああ」と今気づいたように胸元のブローチに険のある眼差しを緩めて見せた。

「これですか。いや、最近の流行りだそうです。妻が用意させたもののようでして」
「ほお、奥方が。これは見事な出来ですなあ。繊細かつ太い翅脈(しみゃく)に、この色艶……上位相当の個体とみて違いない」

狩り場に現れる甲虫種、ブナハブラの素材で作られた一点物だ。希少性が高く見目も美しいという理由から、貴族たちの間で特に好まれる服飾品でもある。
素材が手に入りにくい上に、強力なものも含めたモンスターの大移動や縄張り争いが絡んでいることから、とかく入手頻度が限られているのだと。
そういえばしばらく前に大量発生の報せがあったな――駆除に駆り出された孫娘の苦労を想像し、グラハムは我がことのように嘆息した。
商人の評価に、これといって甲虫装飾に価値を見出せないのであろう楽師は苦く笑う。彼は、どちらかといえば金銀や希少石による飾り物の方を好んでいた。

「申し訳ない、グラハム殿。私は、貴殿のように素材というものを存じないもので……確かに美しいとは思うのですが」
「ああ、これは失敬。どうも、年寄りの悪い癖が出たようだ」
「いや、そのようなことは……妻も息子らも、どうしてこうもモンスターなどという野蛮な生き物を好んで身に着けようとするのか。私には理解できません」

相手の話を遮る、否定的な言葉を用いる……どちらもこういった場では感心されない振る舞いに違いない。
しかし、グラハムにはそれを指摘する寛容さも、男に対する親密さも、果てにはその嘆きに共感するための思いやりも持ち合わせてなどいなかった。
彼の言い分は、商人が溺愛する息子の嫁やその子供ら、ひいては彼らの属する職業と関連事業に対する冒涜にも聞こえたからだ。

「欲する者がいるのなら、仕事としてそれを納める者も要るでしょう。需要があるからこそのハンター……多少、乱暴な言い分でしょうがな」

「お前が愛用する楽器や屋敷の建築、嗜好品の一部にもモンスター由来の素材が使われることもあるだろうに」。
辛うじて嫌味を呑み込み、狸獣爺はニコリと笑う。つられるように男も笑い返したが、恐らくこちらの真意は伝わってなどいないだろう。

「グラハム殿は商人でいらっしゃるから、ハンターと直に顔を合わせる機会もあるでしょう。連中の野蛮さときたら……心中、お察ししますとも」
「なに、商人どもと同じですとも。善人も悪人も、何も知らぬ者もいる。それをこう、手の上で転がしてこその商売ですから」
「はっは、あなたも悪い方だ。……失礼、他の方にも挨拶に伺いますので」
「おお、そうですな。つい話し込んでしまいました。ではオンダ殿、また……貴殿と楽団の演奏を、楽しみにしておりますぞ」

……オンダ=ディ=マーレ。楽師の家に生まれ、跡取りとして先代の期待を一身に受けて育ち、今や王族をはじめとした貴族とのコネクションをも有する男。
温厚な言動と見目に反し、その中身が苛烈にして強固な持論で固められていることを知る者は多くない。
グラハム自身もまた、楽団が奏でる音楽を純粋に楽しんでいただけの頃は、彼の楽師としての手腕に感心していたほどだった。

「なんと言ったかな……ストラ、アテナ……否、確か、ステラ……といったはずだ。あのお嬢さんは」

過去、一度だけ、調度品の納品ついでに男とその家族に接触したことがある。
丁重なもてなしを受ける最中、商人はふと男が客間の外に出て、何者かを執拗に叱責している瞬間に遭遇した。
来客用の茶を運んできた、男の第一子だった。鬼蛙もかくやという憤怒の顔が、孫と同年代と思わしき少女の嗜好をしつこいほどに貶し、責め立てる。

『素材の話が聞きたいだと、まだそんなことを! お前は楽師だろう、ハンターなどという野蛮人と同じ知識を身につけてどうするのだ! 恥を知れ!!』

聞き耳を立てるというマナー違反を恥じる一方、グラハムはこのとき初めて、この男がハンターという「生き物を屠る職」を嫌悪していることを知ったのだ。

「新たな視野を開いた先がモンスター……世界そのものとは。順序は逆だが、うちのぼんくら息子と一緒ではないか」

奇しくも、オンダの理想とはかけ離れた場所で仕事に追われる孫娘の手紙によれば、彼女は数年ほど前に件の娘と狩りを通じて知り合いになったという。
曰く、狩猟笛なる音色を奏でる得物をところ構わず振り回し、自分に「仕事をしろ」と発破をかけてくるのだと。
貴族の集まりでは「淑女の鑑」などと大層な評判がついて回ったステラ嬢だが、どうやら実の父親に反抗することに成功した稀有な例のようだ。

「ふむ、面白い。クリノスはベルナに戻ったのだったかな? ついでに、その笛吹きのお嬢さんの話も聞けたらよかったのだが」

自身の辞書を顧みれば、反抗反発どんとこい、だ。オンダの方針を否定するつもりはないが、苦楽が滲んでこその子育てとグラハムは考えている。
ささやかではあったものの、気弱で女々しいあの末息子――クリノスの父トゥリパのことだ――でさえ、跡取りの椅子を蹴り見聞を広げる行商に出たほどだ。

「変革の種、それ即ち、愛。愛とは……否、オルキス殿こそが偉大なのだろう。あのぼんくらへたれに、そこまでのロマンは期待できんしな」

とはいえ、孫娘とオンダの娘がよもやハンター稼業を通じて友人になろうとは全く予想しない展開だった。これを面白がれずにいられるか、商人は失笑する。
全ての物事が思い通りに進めば、確かに楽しい。しかし、目に見える結果を追うことが面白みのある商売と言えるかといえば、そうでもない。
結局は予想が読めない方がスリルも増し、より趣深くなるのだ。賭け事と同じで、多少不透明さがある方が期待値を高めていられる。
反発の末に行方をくらます娘……そんな面白おかしい生態持ちを捨て置くなど、オンダは実にもったいないことをした。本人には口が裂けても言えないが。

「……旦那様。お疲れ様です、お戻りでございますか」
「ああ、セバスティアン。屋敷に……と言いたいところだが、いつも通り商会に頼む。今夜は楽しく仕事が出来そうだ」
「それは大変よろしゅうございました。良い時間をお過ごしになられたようで、なによりでございます」
「うむ。実はな、あのハンター嫌いのオンダ殿と話をする機会があってな……」

会合を早々に切り上げ、商人は帰途につく。これといった収穫こそなかったものの、孫娘とその友人の軌跡に触れたからか、今宵は不思議と良い気分だった。






「ねっ……ねねね、姉様!? ま、まさか本当にカシワさんと狩りに行ったんですか!?」

氷海のザボアザギル狩りを終え、無事ベルナ村に戻った後輩狩人と笛吹きを出迎えたのは、自ら望んで村に残ったというクレタの姿だった。
出迎えられた側のうち、同色の髪の娘はぎゅっと眉間に力を込めてみせる。あからさまな嫌悪の態度に、カシワとアルフォートは思わず顔を見合わせていた。

「クレタ。あなた、クリノスの狩りに同行したのじゃなかったの。ハンターの真似事がしたいなら仕事に出ていた方がまだそれらしく見えると思うけど」
「そんな、姉様! この間だってあまりお話しできなかったのに……姉様が屋敷を出て、ボクがどれだけ心配したか」
「お父様に言われて見張っていた、の間違いじゃなく?」
「そんなことあるわけないじゃないですか! ボクは姉様の意思を尊重しているんですよ!?」

顔を突き合わせたのは数日ぶりだ。実際に、クレタの言う通り二人は長らく顔を合わせずにいたのに違いない。
とはいえ、村のど真ん中で険悪になられても困りものだ。おろおろするオトモメラルーの頭に手を乗せた後、後輩狩人はひとまず間に割って入ろうと試みる。

「あー、なんだ。積もる話はあるんだろうけどな」
「カシワ。あなたは引っ込んでいて」
「カシワさん! ボクはいま姉様と大事な話をしてるんです、邪魔しないでください!!」
「あ、はい、すんません」

仲裁失敗。
なんで謝ってるんだ俺、頭を抱えるカシワを、旦那さんも頑張ってますニャお疲れ様ですニャ、とアルフォートが労う。
そうこうしているうち、気がつけばステラは弟の傍から離れていた。村はずれの共用アイテムボックスに足を向け、アイテムポーチの補填をし始めている。
一方でクレタの方はというと、話がついたのか拗らせきったのか、困惑した様子で発着所の前にひとり立ち尽くしていた。

「クレタ。ステラはなんて?」

呆然としたような、今にも泣き出しそうな、そんな寂しげな様子を見ていられなかったカシワは、自然と彼に声をかけていた。

「カシワさん……姉様はボクのことを嫌っているんでしょうか。冷たいっす……」
「うっ、それは……どうだろうな。ステラの考えてることなんて、ステラにしか分からないからなあ」

あまりにもタイムリーな話題である。本人の口から「好きなひとを貶された」と聞かされていた分、後輩狩人は言葉を濁すより他にない。

「本当にお前のことを嫌ってるんだったら、さっきみたいに話をしようとも思わないんじゃないか。なんとなくだけど」
「なんですか、その言い方。カシワさんに姉様の何が分かるっていうんです?」
「お前なあ、自分から振った話だろっ? 俺は、そんなにステラと一緒に狩りに行けたわけじゃないけどな……なんか、そんな感じじゃないか。あいつ」
「姉様の全ての行動には必ず理由が伴っているんです。カシワさんが察せられるほど、姉様は浅い人ではないんですよ」
「お前……シスコンもそこまでくると、いっそ立派だな……」
「失礼な。これくらい普通ですよ」

……数年も離れていれば自然なことなのだろうか? ウーン、と首を傾げたところ、

「あら、カシワさんにクレタさん。お帰りなさい。お二人がここにいらっしゃるということは……これからお仕事ですか」

声をかけられた瞬間、カシワは心臓がいつも以上に強く跳ねたのを自覚した。ぱっと振り向いた先で、見慣れた籠を抱えたノアがいつも通りに笑っている。
ところが、後輩狩人が何か言うより先にクレタが二人の間に立ち塞がっていた。突然の朽葉色を見下ろして、カシワは目を瞬かせる。

「ノアさん、仕事のことなんすけど」
「カシワさんと一緒ということは、今日からハンターとしての仕事に戻るってことですよね? もちろん大丈夫ですよ」
「そ、そうっすか。ならよかったっす。ボクのような優秀なハンターが、あんなこと……」
「……うん? ノア、君はクレタと知り合いなのか」

大人げない話ではあったが、自分が聞いても分からない話を目の前でされたことに胸がモヤモヤするのを感じた。重ねて言うが、大人げない自覚はある。
口早に詰め寄るハンター二人を交互に見比べて、雲羊鹿飼いはぱちりと黒瞳を瞬かせた。
即座に違いますよ、と明るい声で返され後輩狩人は内心ほっとすると同時に動揺する。不純な気持ちを見透かされてはいないかと、一瞬不安に駆られたのだ。

「あのですね、カシワさんたちがお仕事に向かわれた後クレタさんは村に残ると仰って。でもちょうど手が空いていたそうなんです」
「ちょ、ちょっとノアさん! ボクは本当にものすごく忙しくて……!」
「手空き? クレタ、お前、龍歴院つきのハンターなんじゃなかったのか? 別の所属なのか」
「そっ、それは……」
「なので、村長の勧めでうちのお手伝いをしてもらっていたんです。動物の匂いは苦手だからって、ちょっとした箱詰めや運搬くらいのものなんですけど」

ノアが言うには、自分たちがそれぞれクエストに出ている間、この若者はただマイハウスと食事場とを行き来して暇を潰していただけに見えたという。
他のハンターも忙しく仕事に出立している最中のことだったため、見かねた村長の判断でクライン家で預かることになったらしい。

「最近は遠方にチーズを卸すこともあるので、助かりました。食品加工や動物の飼育に携わったことはないそうなので、毎日少しずつ違う作業をして頂いて」
「……それは、クレタはハンターだからな。だいたい生まれは貴族の、」
「ああ、言ってたかもしれないですね、高貴な存在だからこんな仕事はどうこうって。でも真面目に働いてくださいましたよ」

話についていけない。あの暖かさと匂いがムーファ、つまりは生き物の証なのではないか。狩猟中の血臭よりはマシなはずだ、理解に苦しむ。
手触りもいいし何より、彼ら彼女らの毛や乳製品には自分たちも世話になりっぱなしではないか。ネコ飯屋台がいい例だ。
……それ以前に、村長の指示とはいえ毎日ノアと二人きりで会えるなど、羨ましさしか感じられない。
言いたいことを全て視線に乗せた上で見下ろすと、クレタはしどろもどろに何ごとかを呟いていた。声が小さすぎるため、何を言っているかは聞き取れない。

「昔から『餅はうさ団子茶屋』っていうだろ。ノアを手伝うより、古代林に狩りに行ってた方がよかったんじゃないか」
「いいんです、カシワさん。慣れていないと大変でしょうから。ムーファに好かれる好かれないもありますし」
「そ、そう! それっすよ! ボクだって本気を出せばムーファの世話なんて……」
「その様子だとノアが主体でやっていただけなのでしょう。クレタ、見栄のために嘘をつくのはお父様譲りの悪癖だよ。あまり見習わない方がいいと思う」
「わっ、ね、姉様!? いつの間に!?」

不意に声をかけられ、朽葉色の若者は肩を跳ね上げさせる。いつの間にか戻っていたステラが、首を傾げながら澄まし顔で会話に混ざっていた。

「ステラさん! お疲れ様です、今日もお仕事ですか」
「元気そうだね、ノア。逆だよ、さっきカシワと氷海から帰ってきたばかりなの」
「うん? ノア、ステラ。君たち知り合いだったのか」
「ステラさんは龍歴院つきのハンターさんですから。たまにクッキーを直接お渡しすることがあるので、それで」

クリノス同様に懐いているのか、雲羊鹿飼いはニコニコと朗らかに答えてくれる。後輩狩人からしてみれば、先述の大人げない話第二弾でしかなかったが。
ぐっと声を詰まらせるカシワを、ステラは物言いたげに片眉を上げて見返した。クレタは辛辣な姉の評価に半ば本気で落ち込んでいる。

「損害は出なかった? 慣れ以前に、クレタは一般の職種に就いたことはないはずだから」
「ええ? 大丈夫ですよ、ステラさん。重いものは父が運んでくれましたし」
「そう。それってろくに運べていないということだと思うけど。クレタ……マイナス五点」
「そ、そんな、姉様!?」
「それ、なんの点数なんだよ、なんの……」
「それ以前に、あなたは『今は』ハンターでしょう。狩りにも行かずにノアに迷惑をかけた時点で、マイナスだよ」

動物臭が駄目だって言ってたな、つい出来心で後輩狩人が補足すると、雲羊鹿の有難みが分からないならマイナス五百、笛吹きの評価はより厳しさを増した。
いよいよクレタは直に姉に縋りつこうとしたが、その手が届くより早くステラは一行に背を向けている。
帰還して早々、彼女はすでに次の仕事に取りかかろうとしていた。肩に提げられた満杯のアイテムポーチを見て、カシワもウーンと苦く唸る。

「ステラ? お前、クリノスを待たなくていいのか。一緒に狩りがしたいんだろ?」
「クリノスならここから離れた東南方角の狩り場に行っているそうだから。今から向かって行き違いになっても、二度手間だもの」
「確か、原生林、って言ってましたよね。っと、ではわたしもこれで。カシワさんもステラさんも、お仕事に行かれるなら気をつけてくださいね」
「わ、悪い! ありがとうな、ノア……君も、無理はするなよ」

眼前、ノアの笑顔と長い黒髪が艶めきながら遠退いていった。指を伸ばして留め置きたくなるのを堪え、黒髪黒瞳は首肯する。

「それにしても、行き違いか……確かに、そうなんだよな。俺も何度かやらかしてるし」
「カシワは休んでいて。わたしは自分の得物……狩猟笛用の素材を集めたいだけだから。昔からそうなの」

彼女らの関係性は不思議だ。先輩狩人がレア素材をオタカラとして扱う一方、笛吹きは武具の強化と収集に余念がない。
かくいう自分とユカのケースもまた、他人のことを言えないだろうとカシワは思っている。頷き返すとステラは嬉しそうに笑ってすぐさま駆け出していった。

「あー……あいつ、ほんとにすぐにでも仕事に行きそうだな。アル、お前も着いていきたいって思うか」
「ニャイィ!? 旦那さん、ボクは旦那さんのオトモですニャ。いくらなんでも、」
「悪い、冗談だ。ステラはお前の恩人だって聞いてたからさ……それで、お前はいいのか、クレタ。ステラに会いたくてベルナ村に寄ったんだろ?」

楽しげに狩猟準備を進める笛吹きを見送りながら、黒髪黒瞳は背後に向かって声をかける。かけられた側は、居心地悪そうに身じろぎして顔を上げた。

「姉様に、迷惑をかけたくないんです。姉様はセンパイと同じ凄腕なんで、ボクが一緒に行っても足手まといになるだけですから」

先ほどの威勢の良さはどこへやら、クレタはすっかり意気消沈し俯いている。ここまで落ち込まれるとなんか可哀想になってくるな――これは本心だった。
オトモにするように手を伸ばし、頭をぽんと撫でてやると、クレタは驚いたように目を見開いてカシワの顔を仰ぎ見る。

「誰もそこまで言ってないだろ? ちゃんと話をすれば、お前の気持ちだって伝わるかもしれないじゃないか」
「カシワさん……よっ、余計な世話っすよ! それに姉様はそこまで狭量じゃ」
「そうか? クリノスと話してるのを見た感じだと、あいつクリノスより頑固に見えるけどな」
「……」
「うっ、否定できないのか……分かった、悪かった。俺が悪かったから、そんな落ち込むなよ」

とりあえずはと近場のネコ飯屋台に誘導し、席に腰を下ろさせた。
屋台の女将と眼が合うが、彼女は知らない振り、気付かないふりをしてくれるつもりのようだ。カシワはアルフォートともども安堵する。
女将から渡されたグラスを差し出すと、クレタは一気に中身を喉に流した。直後、半分目を潤ませながら背中を丸め……水ではなく、軽めの酒だったようだ。

「聞いて下さいよ、カシワさん……」
「お、おおうっ、聞いてるぞ? 大丈夫だ」

と、思いきやすでに泣き始めている。後輩狩人はひとりあわあわと狼狽し出した。

「ボクだって姉様と狩りに行ってみたいですよ。でも姉様が嫌がるし、実力だってボクの実力じゃないですし」
「じ、自覚はあったのか……それで?」
「悔しいけど、ボクは姉様の中では父様と同じ扱いなんだと思います。きっと嫌われてる……し、全然っ、気に掛けてもらえないしぃ……!」

気がつけば大洪水である。慌てたアルフォートが元気の出る料理をいくつか注文するべく、女将の元へと走っていった。
その間に、カシワも必死にクレタを宥めすかし、慰める。朽葉色を撫でてやりながら、俺何やってるんだ、と後輩狩人の頭は混乱の最中にあった。

「落ち着けよ、まだ決まったわけじゃないだろ? しばらくぶりなんだ、どう接したらいいか分からないってこともあるかもしれないだろ」
「でも、でも……!!」
「さっきも言っただろ、本当に嫌いな相手なら会話もすぐ切るタイプなんじゃないか? ステラのこと尊敬してるんだろ、信じてやらないでどうするんだよ」

しばらくそうしていると、オトモが頼んだと思わしき出来たての料理がテーブルの上に並べられていく。
カシワは贅沢な光景に逆に目を瞬かせたが、クレタは呆けたような表情で出された料理の湯気を見下ろすばかりだった。
手近な皿を選び、そっと目の前に出してみる。意外にも、朽葉色の若者は慎重な手つきではあったものの素直に料理を口に運び始めた。
酒のおかげもあるのかな、ふと視線を上げると、ぐっと親指を立てる女将と眼が合う。パチリと閃いた瞬きが、これ以上ないくらいにチャーミングだった。

「お前、ステラにもいつもみたいに『何々っす』とかって気軽に話してみたらいいんじゃないか。そっちの方がお前らしくて自然だぞ?」
「……駄目ですよ……この口調は、姉様が好きだった人のものなんすから」

つい、思わず、否、思いがけず。倣うように自分用のグラスに口をつけた後輩狩人だが、意外な返答に水を噴き出していた。

「好き……って、お前ステラの初恋相手のこと知ってるのか!?」
「そりゃ知ってますよ、当然じゃないっすか。姉様、嬉しそうに紹介してくれましたから」

曰く、件の男は誰に対しても人当たりのいい、優しげな面持ちの狩猟笛使いであったという。

「背丈や髪の長さはカシワさんと同じくらいっすね。口調が凄い軽くて……身辺調査の結果しか見てないからか、父様はそこも気に入らなかったみたいです」
「お前のお父さん、いきなり反対したのか……それは、ステラも納得できないよな」
「貴族の恋愛って、家の関係や遺産のこともあって面倒っすからね。姉様もそのあたりは知っていたはずなんすけど。本気だったんでしょう」
「そうか……それは、お前も辛かったよな。落ち込んだステラの姿、直接目にしなきゃいけなかったんだろ?」
「落ち込むべきは姉様ですよ、ボクじゃないっす。……ボクのこの口調だって、その人の模倣なんですよ。姉様に、あの人のことを忘れて欲しくなくて」

てっきり、クレタは姉の初恋を実父同様に悪しものと断定し、嘲笑っているものだとばかり思っていた。
打ち明けられた真相に、カシワは俄に目を見開く。なんて顔してるんすか、軽く笑うクレタだったが、その顔は切ない陰りを帯びていた。

「竜の卵や逆鱗を持って帰れるような実力者っすよ? 何回か、姉様に内緒で話をしたこともあったんすけど……自分の仕事に、誇りを持ってる人でした」
「クレタ、お前……ハンターやモンスターはお前にとって野蛮な生き物、なんじゃなかったのか。その人のことも嫌ってたんじゃ?」
「確かに、血生臭いのも命を奪うのも嫌いっす。でもボクとその人は別の生き物じゃないですか。努力の証を持ち帰るような人……笑って賛辞を贈りますよ」

これまでと打って変わり、哀しげで、今なお「その人」を惜しんでいることを容易に窺わせる寂寥の表情がそこにある。
それは、自尊心が他者より強いこの若者にとって最高の賛美、驚嘆の表れであることに違いなかった。
姉を敬いながら、クレタは彼女が焦がれた相手のことをも認めている。これでは完全なすれ違いではないか……カシワは苦い思いに任せるまま歯噛みした。

「父は清々してるでしょうけど、ボクはそうじゃないんです。ボクにとっても……喪うのが、惜しい人でした」
「お前の……義理のお兄さんになるかもしれなかった人だしな」
「……ボクは、姉様の前ではあの人のことは笑って話そうって決めてるんです。笑うのが好きな人だったし、腕を褒められるのはハンターの誉れっすよね?」

実力以上の見栄を張り、実姉を慕い、倣うように家を飛び出してしまった眼前の若者のことを、いよいよカシワは責めることが出来なくなる。
隣では追加のカクテルを両手に抱えたまま、アルフォートがぼたぼたと涙を落として朽葉色を見上げていた。

「直接見送ることが叶わなかった分、今は笑って、できるだけあの顔を忘れないよう留めているんです。そうじゃなきゃ、虚しいじゃないですか」

姉の胸中を、弟の真相を、行き違いによってそれぞれが把握し切れていないのだ。こんなことがあるだろうか。
視線を落とし、ぐっと拳を握って後輩狩人は歯を噛み締める。いつしか、龍歴院方面からハンターの出立を見送る角笛の音色が響き始めていた。





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 UP:25/01/25