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モンスターハンター カシワの書 上位編(49)


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「ちょ、ちょっと待ってくれ。クレタってお前の弟だったのか!?」

ザボアザギルの足取りを追いがてら坂を上り、ちょうどフィールドの中央付近にさしかかった頃。後輩狩人から今更ながらな疑問が放たれる。
ゆるりと振り向いた笛吹きは、ぶつけられた質問を脳内で反芻するようにしてしばしその場で固まった。

「そうだけど。言ってなかった?」
「聞いてないぞ……そういえば、ベルナ村で姉様がどうこうって言ってたような」

なんで気付かなかったんだ俺、と言わんばかりにカシワは頭を抱えてみせる。
狩ったばかりのスクアギル――鋭利な鎧を纏う外見の両生種だが、成長するとあの化け鮫になるらしい――にナイフを突き立てながら、ステラは首を傾げた。
クレタ=ディ=マーレ。確かに血の繋がった実弟だが、背格好と髪や瞳の色以外……即ち顔立ちや声質、得意楽器や学問分野は彼とは被らなかった。
自分は父に、弟は母に似た。初見で姉弟と気づかれることはまずないし、カシワの反応のように本当に実の家族なのかと驚かれることの方が遥かに多い。

(ああ、でも)
「ステラ? お前、なに笑って……」
「ううん。なんでも」

しかし、クリノス=イタリカというハンターに惚れ込んでいる点と、彼女の現在の狩り友に多少なりと思うことがある点だけは共通している。
新たな発見を見出した笛吹きは、強烈な寒さに折れそうになった心が、ほんの少しだけ持ち直したことを自覚した。

「なあ、マップは大体見て回ったぞ。これからどうするんだ? ザボアザギルを狩りに行くんじゃないのか」
「まだだよ。まだ、偉大な龍の休息地には赴いていないでしょう」

ステラが顎で差したのは、氷海の中央よりやや北西、第四番に指定されているエリアに続く細道だ。
他と変わらず道も岩壁も氷に覆われており、更にエリア上空には絶えず黒雲が滞留していて、眼下から噴き上げる極寒の上昇気流を受け、常に逆巻いていた。
同種の気流を浴び、剣山のように棘状に育った黒塗りの岩があたりに点在していて、不気味さに拍車をかけている。
「偉大な龍?」、雷鳴を払うように声量を大きくしたカシワに、「あなた、雪山の頂上に登ったことはないの」、ステラは珍しく目を見開いて言い返した。

「狩り場のことを知ることはモンスターのことを学ぶことと同義だとわたしは思っているの。もちろん、あなたが賛同する義務もないけどね」
「いや、いいんだ、助かってる。これからまたここに狩りに来るチャンスがあったら、覚えておいた方が便利だしな」
「そうだね。……このエリアは実際に大型モンスターが寝床として利用する場所でもあるけど、わたしが言う『休息地』にはそれとはまた別の意味があるの」
「えっと……モンスターからすれば他にも使用目的がある、ってことですニャ? ステラさん」
「うん。アルフォートは賢いね。見ての通り、ここのエリアは他とは全く雰囲気が異なっているでしょう」

辿りついた第四番エリア、雷鳴轟く黒雲の下。
何ものかに呼び寄せられるようにブナハブラが滞空するその先に、目的の、氷柱を備えた凍てつく高台は存在している。
促されるまま登ってみると、崖上には道中で目にした棘岩が無数に生えていた。オトモともども壁際に近寄った後輩狩人は、ふと視線を上向かせて息を呑む。

「なあ、ステラ……これって」
「そう。偉大な龍、それ即ち古龍種のこと。これは雪山の頂にあったものと同様、鋼龍クシャルダオラの抜け殻だね」

見上げた先、岩の黒色にめり込む形で取り残された一塊の痕跡が、訪れた狩り人たちを見下ろしていた。
黒銀に艶めく外殻、沈黙しきった眼窩に、半開きのまま動かない口腔。反応はおろか微動だにしない「脱皮痕」だが、異様な存在感が見るものを圧倒する。

「クシャルダオラ……初めて見るな。抜け殻ってことは、こいつは本体じゃないってことか」
「彼は自ら選んだ場所で脱皮する生態があるそうなの。中身が失せても龍の力はまだ残っていて、こうして龍鱗が成長したり生え替わったりするのですって」
「特産品扱いの『朽ちた龍鱗』のことですニャ? ボクも実物を見るのは初めてですニャァ」
「なんか凄いな、大ぶりで立派な鱗だ。抜け殻そのものもでかいし立派な龍なんだろうな、こいつ。クリノスが見たら喜びそうだ」

残された脱皮痕の下に散らばる、無数の龍鱗。本体が失せた今でもなお、質感や光沢、鋭利な刃物を思わせる硬さは健在だった。

「――わたしとクリノスはね、あなたが龍歴院であの娘と知り合う前に一緒に狩りをしていた時期があったの。アルフォートと出会ったのも、その頃だった」

拾った龍鱗を見せ合っていたカシワとアルフォートは、どこか遠くを見るように空を仰いだステラの呟きに顔を上げる。
思いがけない過去の吐露に、一人と一匹は思わず顔を見合わせて立ち上がった。それぞれのポーチに納品対象の鱗をしまい、耳を傾ける。
女の表情は穏やかだった。眠たげな半開きの眼差しはいつも通りだが、こちらを見返す朽葉色には狩猟の最中に見られる険しい気配は見出せない。
なんとなく、今は口を挟んではいけないような気がした。頷き返した後輩狩人を見て、笛吹きはもう一度鋼龍の抜け殻を仰ぐ。

「わたしはね、まだクシャルダオラには会えたことがないの。わたしたちが当時狩りに出向いていたのは、雪山でもここでもなかったから」
「ニャイ……ステラさん、その言い方だとクシャルダオラ以外には会ったことがある、って話になりますニャ。そうなんですニャ?」
「……うんっ? そうなのか!? 古龍って、あー、なんか凄い珍しい特別なやつだって聞いてるぞ」
「そう。古龍に会えるかどうかは、ほとんど運だそうだよ。どんなにベテランのハンターでも、会えない人はいつまでも会えないらしいの。それが古龍種」

おもむろにポーチに手を突き入れ、ステラは自前のものと思わしきホットドリンクを取り出した。受け取れ、と言うように強引に押しつけられる。
戸惑いもあったが素直に厚意に甘えることにした。口をつけると、不思議と海鮮系の濃い旨味が舌に感じられる。
美味しい、ストレートにそう問われ、ああ美味い、これまた素直にカシワは答えた。反応に満足したのか、彼女は満足げに首肯する。

「わたしとクリノスは今のあなたと同じように、色んな狩り場に赴いて狩りに励んでいたの。もちろんターゲットの中には古龍もいた」
「そうなのか? それじゃあ……案外、古龍って珍しくないんじゃないか。何回か会えたってことだろ?」
「どうかな……それならもっと彼らの生態が明かされているはずだよ。この龍鱗だって、一説によれば鋼龍の生態解明のために回収されるものだそうだから」

拾い上げた龍鱗を眼前に寄せ、金属質な光沢に一度うっとりと目を細めた後、ステラは着いてこいとばかりに歩き出した。
アルフォートとともに崖から急ぎ降りたカシワは、彼女の足取りが今さっき来たばかりの道に戻されていることに気づいて目を瞬かせる。

「クリノスが言ってたぞ。倒せても傷がすぐに塞がるから、いつの間にか逃げられてろくに調査できないって。こんな動かぬ証拠みたいなのがあるのになあ」
「この龍鱗も、見た目はこんなに劣化しているけど得られる情報は多いそうだからね。わたしからしてみればさっぱりだけど」
「……俺もだ。お前にはなんか分かるか、アル」
「ニャイ……吹雪と冷気に掻き消されて、ニオイだって残ってないみたいですニャ。旦那さん」

だよなあ、研究者の人も大変ですニャ、顔を突き合わせてヤイヤイ語らう一人と一匹を見て、ステラは小さく笑った。

「強大な力を持つ生き物……素材にも個々の特色が出ていることが多いから、謎めいた部分も含めて魅力を見出す人がいるのも仕方ないことかもしれないね」
「ステラ? その言い方……お前もしかして古龍種が嫌いなのか。それとも興味がないのか?」
「……クレタもだけど、ハンターの中には彼らの装備を得ることをステータスだと思っている人もいるの。わたしはそうじゃないから、その質問は難しいね」
「ステータスって! 装備って武器も防具も『その相手を狩った証明』みたいなものだろ。誇りに思うのは別に、悪いことじゃ――」

――では、自分はどうだったのだろう。
ドスマッカォの防具を補修したとき、ディノバルドの剣を受け取ったとき、彼ら彼女らと対面したとき。自分は誇りを掲げて堂々としていられただろうか。
一方で「古龍という特別な生き物だから」という理由で彼らの一部を我が物顔で身に纏い、ひけらかすことは狩る側として誇れる振る舞いなのか。
いざ口にしかけた言葉に矛盾を覚え、後輩狩人は口ごもった。反応を予測していたのか、あるいは同意したのか、笛吹きは頭を振る。

「わたしは、一介のハンターとして彼らに対峙することを誇らしく思ってる。そう在りたかったし、その『遺志を継いで』ハンターになることを望んだから。
 でもね、欲望に忠実なだけのやり方には賛同出来ない。狩った相手、狩る相手に敬意を払わないクレタの姿勢は……わたしには受け入れがたいの。物凄く」

珍しく、ステラの無表情には怒気以外の情が滲んでいた。淡々と吐露する姿に、カシワはどうしてか反論することもできない。

「自分の部下にあたる人間や自然界を闊歩するモンスターが、いつまでも変わらない姿でずっとそこに在るものと思っている、それが当たり前だと思い込む。
 わたしはね、そういった『上に立つ者』ならではの目線が嫌いなの。クレタは貴族らしい貴族に育った子だよ。だからその認識が心身ともに染みついてる」
「なんでだよ、おかしいだろ。ステラ、お前クレタは自分の弟だって言ってたよな? お前だって元を正せば生まれは同じだろ?」
「……ねえ、カシワ。あなた、ご飯を食べ始めるときに『いただきます』って言う? それとも言わない?」
「へっ? 『いただきます』って……なんだよ急に。そんなの、今の話と関係あるのか?」
「真面目な話だよ。どうなの? クリノスはちゃんと発しているらしいけど」

辛うじて言い返した直後、朽葉色の眼差しは真剣な色を帯びてこちらに問いを投げてくる。
突拍子もない質問に面食らいながらも、後輩狩人は実家での父母の教えを思い返して無言で首を縦に振った。
食前食後の、食物と調理人、他諸々への感謝と労いを込めた珍しくもなんともないただの「挨拶」。返答を耳にした笛吹きは、そう、と小さく頷き返した。

「わたしも昔は、クレタや父と同じように『それ』を言わない子だった。料理人にも配達人にも給金は出ているのだし、って」
「……うん? 相手は仕事をしてるわけだろ。給料が出るのは当たり前のことなんじゃないか」
「ニャー……旦那さん、ステラさんが言いたいのは感謝と労いのことだと思いますニャ。ハンターがモンスターを狩った後、必ず『剥ぎ取り』するみたいに」

そのとき不意に、マタタビが放物線を描く。ステラが放った思いがけないチップに、アルフォートは大喜びで飛びついた。

「そういうこと。ナイス、アルフォート。……そういうわけでわたしは『オキゾクサマ』が嫌いなの。彼らから出される依頼もしかり」
「……ええと……古龍の狩猟依頼って、そんなにいっぱい、貴族から要請されるものなのか」
「毎回ではないけどね。けど、古龍の狩猟は難易度が高いから動くお金の規模が通常より跳ね上がるの。スポンサーって考えれば分かりやすいかな」
「よく分かんないな、国境や領地を守る貴族だっているだろ。俺たちが狩猟のことしか考えないでいられるのは、政治を代行する人らのおかげじゃないのか」

なんか小難しい話になってきたな、うなじのあたりを掻きながら悶えるカシワに、問答相手は眉間に皺を寄せてみせる。
彼女が私怨と疑問をくすぶらせるのには、相応の理由があったのだろう。それを否定するつもりはない。
しかし、ハンターが報酬金を介して仕事を請け負う以上、私情をどこまで挟めるかは……こればかりは個々で答えが変わるのではないかとカシワは考えた。

「お前が家出したりクレタに冷たくしたりするのはお前が家の人と折り合いがつかなかっただけだろ、他の貴族は関係ないじゃないか。一緒にしてやるなよ」
「カシワ、あなた……ちゃんと考えて狩りをしているのね。クリノスから色々聞かされていたから、何も考えていない人なんだと思ってた」
「どういうことだよ、俺だって仕事してるだけの一般人だぞ!? ……とにかく、お前の方針はよく分かった。けど俺とアルはそれにはつきあわないからな」
「ムグムグ……ニャイ、感謝の気持ちは大切ですニャ。お金で人のココロは買えないから……ステラさん、マタタビありがとうですニャ!」

つきあわない、つまりは、自分たちは依頼とあればそれがどんな相手からのものであっても受注するという意思表示だ。
もちろん、自分たちも感情や矜持は持ち合わせている。時に選択を強いられることも、思うようにならないときも、それこそ依頼を拒むこともあるだろう。
しかし「自分と仲間」や「己とその家族」は本来別物なのだ。ドンドルマでユカと対立しかけた自分だからこそ、この境界を見誤るわけにはいかない。
目の前の笛吹きと自分はハンター同士であり、アルフォートという仲間を知る同志でもあった。それでも姿勢まで同一である必要はどこにもない。
……とはいえ、こんな剣呑な応酬に平然と割り込むオトモの満面の笑みだけはいつもと何ら変わらない。毒気を抜かれた狩人二人は、パチリと目を丸くする。

「……あー、なんだ。けど、誰が嫌いとか何が苦手とか、そういうのは誰にでもあることだからな。俺からあれこれ口出しするのは、」
「ううん、いいの。あなたが言いたいことは分かっているつもりだから」
「そ、そうか? 俺は、あんまりうまく言えてなかったんじゃないかって思ってるんだけどな……」
「謙遜しないで。わたしだってどの貴族も皆平等に憎い! というわけではないんだから。……自分の家族が、どうしても許せないというだけのことだから」
「なあ、ステラ。お前、そんなに憎めるほど実の家族に酷いことをされたのか。よっぽどのことがあったんじゃ、」

繰り返される物言いたげな言動――思わず事情を尋ねようとした後輩狩人だったが、見返してきた朽葉色は恐ろしいほどにまっすぐで透き通っていた。
ステラ自身は何も口に出してはいないが、無言で「聞くな」と念押しされたような心地になる。

「ねえ、カシワ。そろそろ狩りに戻ろうか。時間、結構割いてしまったみたいだから」

いきなり微笑まれ、黒髪黒瞳は無意識に頷き返していた。普段と変わらない立ち姿は、生まれに対して垣間見せた彼女の冥い感情を容易に覆い隠してしまう。
遅れて歩き出すと同時に支給用金時計に視線を落とすと、思っていた以上に時間が経過してしまっていた。
慌ててステラの背中を追う。この場にいないはずの化け鮫の足取りが見えているかのように、朽葉色は歩みを止めない。






「うぉおおおぅ、ひでぶッ!!」
「だだだ旦那さーんっ!」

実際に、移動した矢先にターゲットとの再会は叶っていた。
初見と同じ要領でオトモともども突撃した後輩狩人だったが、「化け鮫」の銘に相応しいザボアザギルの第三形態を前にあえなく吹き飛ばされる羽目になる。

「なっ、何が起きたんだ? ここは誰で俺はどこ……くそぅ、まだだ! 俺が本気出したらこんなもんじゃあ……!!」
「ヒイッ!! サメ肌効果で満身創痍ニャ!? 旦那さん旦那さん、回復笛吹くから一旦ストップですニャ!」
「……呆れた。さっきの格好良さはどこに行ったの、カシワ」

膨張、膨満、サメ肌まんじゅう――アイスアーマーを纏っていたはずの両生種は、突如その場で動きを止め、ごく僅かに力んでみせた。
直後「彼女」の巨躯は大きく膨らみ、さながら竜鱗と上皮を備えた特大風船のように巨大化したのだ。
停止した瞬間を追撃のチャンスと見越して駆け寄ったカシワは、見事にその衝撃にぶっ飛ばされたということになる。

「でぇいッ! ……よかった、見た目通り柔らかいぞ!」

とはいえ、彼らが龍歴院つきのハンターであることは確かな事実のようだ。現状をすぐに察した後輩狩人は、回復はオトモに任せてすぐさま攻撃に転じた。
ぐると地面に弧を描いて跳ね起き、膨張体を活かしてボヨンボヨンと跳ねる――比喩ではなく文字通り――化け鮫に詰め寄る。
抜かれた得物は斬竜ディノバルドのものだ。切っ先が宙を撫でたとき、細雪を払う火の粉がサメ肌ごとザボアザギルの表皮を焦がす様が見えた。
たわむほど柔軟な皮がじわりと焼け、赤い傷を負う。火傷から逃れようとしたのか、間合いをとったのか、化け鮫は巨体をものともせずに跳躍させ後退した。

「よし、このまま追撃……ってうわわわ、」
「あわわわ、思ったより跳躍距離稼げますニャ、動きも速いですニャ!」

正解は後者だ。ザボアザギルは何回か跳躍した後、一瞬のけぞり力を溜めた。
直後、間髪入れずにぐるんと前転し、そのままロードローラーよろしく地面を転がり獲物を丸ごと轢き殺そうとする。
ご遠慮被りたい、とばかりにカシワとアルフォートは大きく前へと跳んだ。少しでも対応が遅れていれば、彼らは棚氷ごとプレスされていたかもしれない。

「うぅん……おかしいな。確かに、さっきまでは格好良かったはずなのに」

ワーキャーと逃げ惑うカシワ一行を見て、笛吹きは得物を手繰る手を止めた……ザボアザギル最大の特徴は、やはりこの三つの形態変化に他ならないだろう。
獲物の挙動、狩り場の状況に応じて「彼女」は変幻自在にその姿を変貌させる。獰猛種ではあるものの、その本質は理性的だとステラは感じた。

「カシワ、アルフォート! 変化前後は近寄りすぎないようにして。それに巨体だから踏み込みすぎると、」
「す、ステラ!! 悪いっ、お前いま消散剤とか持ってないか!?」
「……消散剤……そう、持ってきてないのね……」
「ああっ、旦那さんがまた雪だるま状態に!? そしてステラさんが無表情に!? ……旦那さん! 今っ、ボクが助けに行きますニャァ!!」

……彼らは龍歴院つきのハンターであるはずだ、多分。
ザボアザギルの一挙一動に振り回されるどころか「『彼女』と遊びたいのか」と問いただしたくなるほどに、後輩狩人の狩猟には不安要素が多く見られる。
二度、三度と強化演奏をかけながら、笛吹きはまごつく一人と一匹に構わず獲物との距離を詰めた。
もっといえば、自分は彼らがだるま状態に弄ばれている時点で演奏の合間合間にザボアザギルの隙を突き、狩猟笛で殴りかかっていたのだ。
「クリノスは何故彼のようなハンターとペアを組むことに決めたのか、その切っ掛けはなんなのか」。
クレタのような一方的な嫉視に染まった偏見でこそないものの、ステラが彼らの狩りに同行することを決めた理由はここにある。

「アル! えーと、なんだ、口から凄い撃ってくるあの雪玉! 当たると固まっちゃうからな、避けた方がいいぞ!!」
「ゆっ、雪玉って……雪玉って……ニャイィ、了解しましたですニャ!!」
「正しくは凍結袋経由の氷結弾だね。断続的に四方に撃ち分けが利くから、氷属性の火山弾みたいなものと思えば……って、聞いてないか」

「この様子なら、自分が手を出した方が仕事が早く終わるに決まっている」。
半ばそのように見切りをつけ始めていたステラだったが、カシワの動きが変わったのはここからだった。
ザボアザギルの僅かな動き、つまりは一時停止やのけぞり、前傾姿勢への移行など、それを視界に収めるや否や、即座に位置取りを変えるようになったのだ。

「アル、残り時間どれくらいだ!?」
「まっ、まだ余裕はありますニャ……でも旦那さん。ザボアザギルは、」
「ああ、分かってる。あんまり時間をかけたら……相手してくれてるこいつだって、しんどいもんな」

轢かれそうになれば、巨体と地表の際どい隙間に身を滑らせて回避する。一方、化け鮫が位置取りを決めようと体を蠢かせた際は一息に距離を詰め猛攻する。
そのモンスターが次にどう動き、何をしようとしているのか。それを先読みし、予見し、先手を打って地道にダメージを稼ぐこと。
それこそがハンターに求められる最低限の技術であり、狩り場において勝敗と生存を決定づける指標ともされていた。これらを「閃光の刻」と呼ぶ者もいる。
ステラは、かつての相棒だったクリノスにはこの素質があるものと捉えていた。彼女は常に冷静でありながら、攻め時には決して迷わない狩人だったからだ。

「なんか皮の色が変わったな……多分、仕掛けてくるぞ。アル、一旦離れろ!」
「ニャイ! 旦那さん、ブーメランで遠隔追撃入れますニャ!!」
「悪い、任せた! って、こいつしぼんでくぞ!?」

一体、この短時間の中でどうやって――急激な成長を見せる後輩狩人を援護しながら、笛吹きは彼らの背を目で追った。
どちらも狩猟技能そのものはまだ拙い。初見での対応や状態異常を甘んじて受けたことからも、そもそも知識不足であることが見てとれる。しかし……

「カシワ。そろそろこの仔、『捕らえどき』だよ」
「何ぃ!? なんでそんなこと分かるんだ、怒ってるし全然まだ元気……」
「一瞬だけど脚を引きずったから。それにこの場所、多分、この仔の寝床だよ。スクアギルの加勢も増えたし、向こうには卵塊らしきものもあったから」
「そうか……分かった、一応罠を仕掛けてみる。誘導は俺たちに任せてくれ。行くぞ、アル!」
「ニャイ! 任されましたニャ、旦那さんステラさん!」

しかし、だからこそ。未熟な故に動揺を隠せもしない、確かな観察眼があるからこそ。
恐れ知らずに懸命に立ち向かう姿勢や、獲物の立場――相手からすれば身勝手な同情ともとれるが――を汲もうとする心意気には、狩人らしさを感じさせる。
未発達、発展途上。もし、今自分が感じている昂揚をかつての狩り友も感じ取ったのだとしたら……愛する得物を振りかざし、笛吹きは笑った。

「……人の心はお金では買えない、か……そうだね。そうだったらよかったのにと、わたしも思うよ」

両腕に渾身の力を込めた、強烈な打撃を見舞う。逆方向から灼熱の刃に斬りつけられていたザボアザギルは、苦鳴を上げて大きくのけぞった。
自慢の氷鎧や強靭なヒレは今や見る影もない。銀盤に潜む牙は正にこのとき、狩り人の手によって摘み取られようとしていた。





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 UP:24/12/22