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モンスターハンター カシワの書 上位編(48)


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「あなたが想像するより寒い場所だから、気をつけて」。
視界に雪がちらつくようになった頃、思い出したように同行者はそう口にした。
当人も素材集めと生態調査のために何度か訪れたことがあるそうだが、今回の狩り場はかなり過酷な環境下にあるらしい。
そうは言っても雪山に上ったこともあるのだから、と高をくくっていた後輩狩人は、見知った小型飛行船から降りながらぶるっと身を震わせる。

「冗談だろ……地面が、茶色いところが、どこにもないぞ……」

実際には、寒い、どころの話ではなかった。
足元は凍てついた棚氷に埋め尽くされ、空気は肌を刺すように冷たく、ようやくといった体で吐き出した息はあっという間に潮風に持っていかれてしまう。
見渡す限り氷の世界だ。寒々しい光景は目に堪えるが、視界が良好であることだけはこれから狩りに赴く身として素直にありがたい。
フラヒヤ山脈より更に北に位置する狩猟場、氷海。名の通り海面には流氷が漂い、陸地はそのほとんどが分厚い棚氷で形成される過酷な場所だ。
なんでも、狩り場の奥には名称の由来となった氷塊――海波が波打つ形そのままに凍り、景観の一部と化している――があり、見る者を圧倒するのだという。

「仕事っていうのもあるけどな、こんなの観光とか探索とかのんびり出来る空気じゃないぞ……ぶえっくし!!」
「だ、旦那さん、旦那さん。早くホットドリンクを飲んだ方がいいかもしれないですニャ。警戒は、その後からでもできますニャァ」
「そ、そうだな。思い切ってマップを取りにモドリ玉使ってみたけど、正解だったな……土地勘ないと迷うぞ、ここ」

海原は色が濃く、足元の棚氷がうっすらと青く色づくほどだった。この青色は人の手が加わっておらず、不純物を含まない氷であることの証であるという。
視線の先、海面は濃い蒼ではなく鮮やかなエメラルドグリーンを含んでいる。高所に昇った太陽が、白波をより白く照らして目が痛んだ。
眺望もそこそこにオトモと頭を振っていると、何者かの足音がベースキャンプに引き返してくる。白兎獣製の、暖かそうな装備を着込んだ同行者の姿だった。

「準備と観察、終わった? そろそろ、依頼の仔を探しに行こうと思うんだけど」

本当なら単身さっさと狩りに行くところだが、こちらに合わせてマップの途中から引き返してきた……とは本人の言である。
棚氷の仕組みや氷海の名の由来を教えてくれた先輩狩人の元相棒は、大気の流れを読むように視線を宙に泳がせつつ、後輩狩人の返事を待った。

「悪い、待たせた。地図ならちゃんと手に入れたから……お前も要るか、ステラ」
「わたしはいい。あっても道に迷うだけだし」
「そうか、迷……うん?」
「地図があると狩り場を俯瞰して見られなくなるの。どの道がどう繋がっているか、モンスターがどの場所を好むか……わたしは風景と音で覚えていくから」
「風景と音? それって方向感覚が『アレ』だっていうのに変わりはないんだよな?」
「そう? カシワこそ、人のこと言えないって聞いているけど」
「んなっ……クリノスか、クリノスなのか!? くっそう、俺だって別に好きで方向音痴やってるわけじゃ……!!」
「旦那さん、ステラさん! 今回のターゲットは『泳げる』モンスターですニャ、逃げられたら大変ですニャ……そろそろ、追いついておきたいですニャ」

アルフォートの催促に応じるように首肯し、歩き出した小柄な体を追う。
行き先を把握しているかのようにまっすぐ東に向かっているが、大丈夫なのだろうか。他人事のようにカシワはひとり眉根を寄せた。

「そういえば、ステラさん。今日はチャチャさんとカヤンバさんは一緒じゃないんですニャ……?」
「残念ながらフラれちゃった。ポッケ村で雪遊びと温泉を行ったり来たりしている方が、今は楽しいのだって」
「チャチャとカヤンバ、か。アイルーやメラルーとは違うんだったよな?」
「一緒にしないで。奇面族も獣人種もどちらも可愛いけど、種類は別だから。あなただってムーファミルクとムーファチーズは別々に楽しみたいでしょう」
「い、言ってることがよく分かんないぞ。俺、今メシの話してたか……?」

雑談をしているうちに一行は第一番エリアを抜け、氷海の東、第二番エリアに到着する。頭上には粉雪とオーロラが揺れていた。
一方でステラの独特な物言いに理解が追いつかずひとり頭を抱えていたカシワは、彼女が倣うように屈んで取り出した物体を見て目を瞬かせる。
丸めたネンチャク草――事前に石ころで粘着質な繊維をすり潰して粘度を強化した、いわゆる素材玉だ――に、乾燥させたツタ植物を巻きつけた手投げ玉だ。
素材玉そのものは自分も世話になっている狩猟道具だが、ちらりと覗けたポーチにはそれが山のように詰め込まれていた。

「それ、そんなに必要か?」
「わたしはね。調合書も持ち歩いているから、大丈夫」

後輩狩人の率直な疑問に答える傍ら、笛吹きは手持ちの火打ち石をよりによって自らの得物の先端に打ちつけ、手投げ玉に火花を移す。
巻きつけたツタの葉がたちまち燃え始め、あたりに白煙が立ち込めた。呆気にとられるカシワには目もくれず、ステラは西側の氷壁に猛然と走り寄っていく。

「ステラ? お前さっきから何して、」
「静かにして。カシワ、あなたは狩りの美学ってものを知らないの」
「ニャイ……旦那さん、『釣りカエル』ですニャ」

氷壁の麓には棚氷との境目に水場が張り出していて、よくよく目を懲らせば小魚や大食いマグロなどの魚影が揺れていた。
笛吹きは煙にまぎれて手早く釣り竿を組み上げると、先端にどぎつい色のカエルを垂らし、平然と釣りをし始める。
……美学とは。釣り竿見るのハプルボッカ以来だな――隣にしゃがんだ後輩狩人は、ふと水面の下から潮吹きに似た蒸気が迫っているのを見て目を瞬かせた。
蒸気、否、まさしく潮吹きだ。水中に、青白い何ものかの影が見え隠れしている。
思わず立ち上がった直後、ステラが垂らした糸が千切れんばかりの強さで引かれるのを見て、カシワは咄嗟に手を伸ばしていた。

「ステラ!!」

引きずり込まれかねない、異常な「引き」。大きくたわんだ釣り竿を二人がかりで握った瞬間、後輩狩人の手を振り払う勢いで笛吹きは両腕を振りかぶる。
盛大に水飛沫が散り、視界が俄に狭まった。仰ぎ見た先に棚氷に滲む青と同色の鱗に覆われた巨体が見え、カシワは大口を開けて絶句する。

「旦那さん、ステラさん! ――ザボアザギルですニャ!!」

大音、震動。勢いよく釣り上げられた巨影は、背中を強かに氷上に打ちつけその場で悶絶した。白煙が晴れ、全貌がハッキリと見え始める。
四本脚だ。加えて、その造形はいつか古代林で散々苦しめられた鬼蛙テツカブラになんとなく似ている気もする。
見てくれは通り名「化け鮫」の通りサメに違いなかった。しかし近場から見ても遠目で見ても、サメというよりはサメに進化しかけた両生種にしか見えない。






「きた、きたきたきた……あなたとは初めまして、だね。よろしく」
「おっ、おい、ステラ……」

カシワが何か言うより早く。釣り竿をあろうことか片付けもせず放り投げ、ステラは棚氷を蹴って四肢を揺らすそれへと肉薄する。
間合いに入ると同時に鐘型の得物が抜かれ、仰向けになったままの頭部に裏葉色が躊躇なく振り下ろされた。

(……こいつが、ザボアザギルか!)

倣うように走り出したときには、巨体はのろのろと遅まきながら起き上がっている。キロリと動いた眼玉には、他の生物にはない異常な威圧感が感じられた。
紛うことなき、捕食者の眼だ。視線がかち合った瞬間、呑まれるばかりだった全身にぶわっと鳥肌が立つ。
反射で後輩狩人は得物を抜いていた。無意識に足が前に飛び出し、ようやくまともに体勢を整えた相手の鼻先に切っ先を突きつける。

「――うゥッ!?」

確かに、プロミナーの刃は青白い竜鱗に届いていたはずだった――そのとき、鋭く、線の細い、いななきの如き肉声が宙を駆け巡る。
眼前、鮫型の半身に両生の四肢を備えた大型モンスターが、縄張りを侵されたことに異議を唱える咆哮だった。カシワの得物は届く寸前で動きを止めている。

「くうっ……くそ、しっかりしろ、俺!」
「旦那さんっ!!」
「カシワ! ……この子は『縦』ではないの、『横から』に気をつけて!」
「横!? 横って、それどういう……」

ザボアザギルの咆哮はテツカブラのそれよりもなお獲物を萎縮させる圧を伴った。鋭い高音を耳にすると、狩りで高ぶった熱が一気に下げられる感覚がする。
柄を握り込み、くると手を回して剣を構え直したカシワの耳に、アルフォートの駆け足とステラの助言が飛び込んだ。
視界の端に青熊獣素材に身を包んだオトモが駆け抜けていく姿が見え、刹那、ほとんど反射で後輩狩人は右腕を前に突き出していた。
ガチン、と痺れるような重みが片腕に走る。細かなヤスリがプロミナーの片割れを舐めていく音がして、間一髪、化け鮫の鋭利な爪が盾から離れていった。

「……! そうか、確かに『横から』だな」

なんの変哲もない、ザボアザギルの片腕の一振り。先日のオオナズチと違い四つん這いの体勢になっている分、同じ一閃でも化け鮫のそれには高さがない。
同じ型の攻撃でも上から下に向けてではなく、左右から迫ってくる体感があるということだ。
勝手を掴んだ気になったカシワは、ステラがどの位置にいるか、アルフォートが何をしようとしているか確認しようと、得物を手にしながら視線を走らせた。

(うん? なんだ、あの構え――)

視界の端。前、横と同行者らの挙動を忙しく目で追っていた黒髪黒瞳は、ふとザボアザギルの反応がないことにはっとする。
振り返るより早く視線を感じた――冷め色の両生種は、何故かその場から動かずこちらをじっと凝視している。
後方ではステラが後ろ脚に武器を振り下ろし、その横ではアルフォートがブーメランを投げようと身構えていた。ダメージは刻まれているはずだが、しかし。

「――おい、待て、それ結構駄目なやつなんじゃないか……どおっ!?」

身は低く、眼光は鋭く。停止していた化け鮫は周りを囲む一人と一匹、己の傷には眼もくれず、瞬発を弾き出すように四肢を駆使して突進した。

(嘘だろう……あのデカさであんなに速く走れるのか!? 四本脚に水かきだぞ、陸上を走れる造りじゃないだろ!)

巨体が迫りくる。あまりの速さに悲鳴を上げながら前のめりに跳び、カシワはなんとか辛うじてザボアザギルの肉薄から脱出した。
ガリガリと鋭利な牙が背後で擦れる音がして、振り向き様「獲物を逃した」と口惜しげに歯噛みする怪物と眼が合う。
凶悪な眼玉にぞっとすると同時、ふと相棒の双剣使いの言葉が脳裏を過った。曰く、「上位相当の個体は生態が複雑化している、火力やタフさも然り」と。
得物の切っ先を氷上に突き立て、速度を殺しながらザボアザギルに向き直る。突進の余波を語る細氷とプロミナーの火花が、俄に交錯した。

「……!」
「旦那さんっ、大丈夫ですニャ!?」
「アル! 大丈夫だっ、お前はステラの援護を頼む!!」

振り向いた化け鮫が先と同じ構えを取ったのを見て、後輩狩人は奥歯を噛み鳴らす。面と向き合うと、この両生種の放つ殺気に気圧されそうになった。
狙われてるなら引きつけてやらなきゃな――ニヤリとわざとらしく笑いかけた瞬間、カシワはこの場に似つかわしくない「音」を聞く。

「……『援護をするのは』わたしなの。アルフォートに援護を頼むなら自分宛てにして、カシワ」

化け鮫を挟んだ向こう、白くけぶるその奥で。鐘型の楽器を携えた笛吹きが、飛び出したオトモメラルーに声援を送るように得物を掲げた姿が見える。
裏葉の色に金の艶が跳ね返り、刹那、汽笛じみた音色が狩り場に響き渡った。以前に古代林で見かけた、狩猟笛による支援演奏だ。
あのときは確か、青地に赤の装飾が施された琴型だったはずだ……不意に指先、四肢や胸の中央にぽっと灯が点された感覚が走り、たちまち呼吸が楽になる。

「寒い、は寒いな。でも『冷たくない』……属性耐性強化、ってところか?」

先まで感じていた寒冷地特有の冷気が和らいだ。空気が喉に刺さらない、まるで不可視の力に護られているかのようだ。
ぱっと走り出した矢先、得物を下ろしたステラと目が合う。眠たげな表情のまま首肯した彼女に、カシワはより強く首を縦に振り返した。

「アル、頼む! でぇいッ!!」
「ニャイ、旦那さん!」

駆けつけたアルフォートがブーメランを立て続けに投擲する。攪乱用だ、続けて踏み込み、投具の軌道にまぎれてザボアザギルに接近した。
サメ肌に今度こそ手が届く。確信した直後、プロミナーの刃が、焔が、確かに化け鮫の鼻先に噛みついた。
柔い部分に痛手を受けたザボアザギルは、堪らんとばかりに苦鳴を漏らして上半身をのけぞらせる。それでも踏み留まったのは大型の意地といったところか。
一方でカシワは合流したオトモと横一列に並び、互いに目配せしあった。ステラが奏でる音色が宙に溶け、一人と一匹は同時に正面に走り出す。

「このまま押し切るぞ!」
「旦那さんっ、ステラさんの『防御力強化』旋律ですニャ!」
「よしっ、アル、突進の予備動作がチャンスだ! 一気に畳みかけるぞ!!」

片腕の薙ぎ払いは飛び退いて避け、回り込むと同時に素早く斬り込む。化け鮫は忙しなく左右に眼を走らせ、どちらを狙うか品定めしているようだった。
注視していれば大丈夫だ……あらかた支援を終わらせたのか、笛吹きが攻撃を加え始めたのを見て後輩狩人は両生種の前に出る。
他のモンスター同様、ザボアザギルも鼻先、つまりは頭部が柔らかいと踏んだためだ。何度か斬りつけ、最後に駄目押ししようと得物を大きく振り下ろした。

「――ギィイイー!!」

鼻先、口腔、顎と、カシワの斬撃は狙い通りに化け鮫の表皮をなぞっていく。
絶え間なく緋色が飛び、血を流しきった後には――大型モンスター特有の回復力が急速に傷口を塞ぎ――真っ白な内部組織が傷痕として現れた。

(いいぞ、いい調子だ! この調子で……)

……一方で、狩り人らに好きにされ、よろめき、またしてものけぞるザボアザギルだが。不意に半身を起こした「彼女」は、後ろ脚ですっくと立ち上がった。

 ――!!

何度目かの咆哮が上げられる。先と違い、後輩狩人は自身の足が竦むと同時に、大気中の水分が不気味に軋む音を耳にした。
風が一瞬鳴り止み、細雪が渦を巻く。刹那、眼前の青白い両生種はその姿を瞬間的に変貌させていた。

「……え?」

目の前に、氷山が見える。天に伸びるもの、体格に沿って生やされたものと、いつしかザボアザギルの全身には凍てつく棘が無数に備えられていた。
さながら氷の鎧だ。青白い色から純度が高いこと、恐ろしく温度が低いことが見て取れる。
それが攻防一体の「彼女」手製の装備であること、そして「アイスアーマー」と称される行動パターンの変化を示唆する変容であることをカシワは識らない。
ザボアザギルは本気になった――言葉にし難い危機感を覚え、後輩狩人はほとんど反射でその場から飛び退いていた。

「カシワ!」
「旦那さん!?」
「んンのッ……!!」

変化前と同じ、右腕を駆使した薙ぎ払い。高さ、範囲ともにさほど変化は見られない。
難なく回避するも鎧を纏い力が増したのか、四指と水かき、爪を用いた全力の薙ぎ払いは氷上を抉り、地表に氷霜を喚ぶかのように振るわれる。
ガリガリと氷が削られていく音は耳にしているだけで恐ろしい。ザボアザギルは咆哮したときと同じように半身を起こし、ベッとなんらかの塊を吐き出した。
ちょうど目と鼻の先に位置取りし直していた黒髪黒瞳は、もろにその塊を全身に浴びせられる。

「つめってっ……うおっ、なんだこれ固まってる!?」

纏わりつく液体が瞬時に凍りつき、たちまち全身が氷塊に覆われる。辛うじて転ばずにいられたものの、腕がうんともすんとも言わず目を瞬かせるしかない。
紛うことなき雪だるま状態だ。ポーチに消散剤を入れた覚えがないカシワは自力でかち割ろうともがいてみるが、びくともしない。

「って、ま、まずいぞこのパターンって……どおっ、危なッ!?」
「ニャギャー!! だだだ旦那さーんっへぶぼわ」
「うおっ、アル!? アル!!」

転びかけたその瞬間、雇用主を助けようと突っ込んできたアルフォートが化け鮫の強烈なブレスに吹き飛ばされていく様が見えた。
いつかのハプルボッカの砂ブレスを思い出させる、強力無比な氷結ブレスだ。潜口竜ほどの広範囲でこそないものの、とんでもない冷気と風速を感じる。
受け身も取れずにポテッとオトモが倒れるのを見たカシワは、ぎりっと歯噛みして足を動かした。刹那、

「……どっせーい!! カシワ! あなたは根性の見せどころ、気合い入れて!」
「あだッ!? ってうぉおおおちょっと待っ、」

後頭部、ならびに背中に予想だにしない衝撃。狩猟笛に殴られたのだと気づいた頃には、氷漬けから解放されていた。
氷塊が割れると同時、勢いを殺しきれずにごろごろと転がされた後輩狩人は、振り向いた先で笛吹きが得物を手にビッと親指を立てるのを見て軽く手を振る。
二人はすぐに駆け出した。アイスアーマーの特性を活かしたザボアザギルが、ぐるんと氷上に弧を描き、その巨躯を回転させたからだ。

(速い……さっきのサメ形態のときとは、威力も速さも段違いだ!)

軽く掠っただけでも、とんでもない怪我を負わされることだろう。散らされる氷片は鋭く、複数に及び、回避に成功した今でも振り向き様にぞっとする。
唾を飲んだ直後、逆方向に逃れたステラが首肯したのを見て首を巡らせた。視線の先で、オトモメラルーが起き上がろうとしている。

(アルは無事か、よかった……)

ほっとすると同時、間髪入れずにカシワは駆け出した。段差を踏んで跳躍し、空中から化け鮫に強襲をかける。
このときもまた、ザボアザギルは確実に眼光をこちらに向けた。一度でも縄張りに入った者はなにがなんでも許さない、そんな意地を想像させる眼差しだ。
サメ肌を、青白い竜鱗と表皮とを灼熱の断片が鮮烈に斬りつけていく。乗り攻防に持ち込むには、まだ集中を削ぎ落とし切れていないようだ。
やはり口惜しげに牙を鳴らした両生種は軽々と跳躍すると、鼻先を器用に使って棚氷を掘り返し、海中深くに潜り込んでいった。

「わ、うわっ」

足場が激しく揺れたが、すぐにそれも収まる。ザボアザギルは氷下を潜って泳ぎ、別エリアへ離脱したようだった。

「化け鮫、か。なんか凄かったな……そうだ! アル、無事か!?」
「旦那さーん! ボクは大丈夫ですニャ。むしろ助けに行けなくて、ごめんなさいですニャ……」
「いや、あれは俺が油断したのが悪かったんだ。お前のせいじゃない、ありがとうな……ステラも。何回も助けてくれてただろ?」

大型モンスターが移動し終え、この場にその場限りの安全を見出して安堵する。
オトモメラルーから視線を上げた後輩狩人は、歩み寄ってきた笛吹きが渋い顔をしていたのを見て眉根を寄せた。

「ステラ? 浮かない顔だな、どした?」
「どうしたも何も。あの仔、あまりわたしに構ってくれなかったから」
「そうか、お前に構っ……って、どういうことだ? 助かったんだから、それでいいじゃないか」
「よくない。わたしは、狩猟笛を武器に選んだ身なの……この面子なら、本来ならわたしが一番あの仔を惹きつけられるはずなのに」

心底面白くない、とばかりにステラは唇を尖らせる。
どういう意味だ、隣のオトモに助言を乞うと、ステラさんってちょっと変わってるところがありましたニャ、遠慮しがちな小声でディスりが返された。
要するに彼女の複雑怪奇な思考を汲むのは難しいということだ――なんのこっちゃ。カシワはなおさら眉間に力を込め、立ち上がる。

「どういう意味だよ、ステラ。お前だってちゃんと攻撃してくれてたし……支援演奏? だったか、俺はそれにも助けられたって、本当にそう思ってるぞ」
「カシワ……あなた、牙に衣着せぬ質なのね。でも、もう少し女心っていうものを考えられるようになった方がいいと思う」

やはり、話が見えない。大真面目に眉間に皺を刻んだ後輩狩人を目にした笛吹きは、ごく僅かに苦い笑みを返した。

「簡単な話だよ。アルフォートの言う通り、わたしは少し……ううん、かなり変わっているの」
「ハンターとしての変わり者、ってことか? それ、自分で言えることなのか。俺が聞いてみたらそうでもない、かもしれないだろ」
「カシワ。あなたは今、アルフォートの雇用主でしょう。でもわたしは、これだけ親しくても彼をオトモとして雇おうと思わなかった。どうしてだと思う?」
「それは……チャチャとカヤンバがいたから、じゃないのか。二人で十分だと思ったから連れていかなかった、それだけの話だろ?」

朽葉色を見返しながら、思いがけない流れになった、とカシワは黒瞳収まる目を忙しなく瞬かせる。
……いつの日か。アルフォートが、生まれ故郷だと紹介をしてくれた狩り場で話した、良き遠い日の思い出のこと。
クリノスを交え、簡単にしか明かされなかったオトモメラルーの過去――その中に登場する、彼が焦がれてやまなかった狩り人のこと。
思えば今、目の前にまるで期待していなかった形でその思い出そのものの人物が立っているのだ。
悪戯を思いついた子どものように目を細めるステラにそれ以上を言い返せず、カシワは小さく頷き返すことくらいしか出来ずにいた。

「ザボアザギルを追いがてら、少しばかり昔話をしてみようか。愚弟のクレタも……あなたには、すっかりお世話になってしまったみたいだし」

何故、急にそんなことを言い出したのか。どうして、かつての彼女たちはアルフォートと途中で別れることを選んだのか。
そして今時分、今更、それを明かそうと思った理由はなんなのか……考えたところで、当事者でなかった自分に答えが見えてくるはずもない。
渋々といった体で、後輩狩人は歩き出した笛吹きの背中を追う。連れたった獣人の青眼は、恐らく当時の彼と同じように憧憬を交え、キラキラと輝いていた。





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 UP:24/12/11