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モンスターハンター カシワの書 上位編(46) BACK / TOP / NEXT |
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……何故、どうして。 手酷い目に遭った霞龍は、森と丘のほぼ中央、竜の巣の中心部に倒れ伏したまま濁った思考を鈍重に巡らせていた。 黒髪黒瞳、焔の牙。毒怪鳥のニオイ、鋭い太刀筋。そして、ちょこまかと生意気な獣人のように双方の周りを走り回る朽葉色。 考えれば考えるほど納得がいかない。あれらは非力で、群れなければ何もできない人間なのではなかったのか。 それも、覚えている限り連係など欠片もとれていないアンバランスな顔ぶれ揃いであったはずだ。 何故、自分がそんな連中にここまで好きにされることになったのか。どうして、自分はこうして敗北を喫する結果に至ったのか。 ……わからない、どう考えても理解が及ばない。自分が知りもしない強さが連中にはあったというのだろうか。それとも強力な後ろ盾でもあったのだろうか。 『このボクが……霞の、銘持ちが……』 理解できない、納得いかない、その存在を認めてやることなどあってはならない。 全身に傷を負いながらも、「古龍」というその血脈が功を奏したが故に、森と丘の霞龍はなんとか存命することに成功していた。 意地で起き上がった瞬間、傷口からおびただしい量の血が流れ落ちる。しかし今はそれすら気にかけている暇もない。 自分をここまで追い込んだ面々に、あの鼻持ちならない二足歩行になんとしてでも一矢報いなければ気が済まない。 なんとしてでも――そうだ。連中の身と心を折ってやらねば、「祖」に見出された霞の銘が泣くことになる。 『ゆるさない……特に、ボクを好きに斬り刻んだヤツと、ボクの背中に飛び乗ったヤツ。絶対に許してやるもんか……』 血を噴かせながらも、龍はなにくそと歩き出した。ハンターズギルドの調査隊の足音がそこまで迫っている気配もあったが、わざわざ待ってやる義理もない。 翼を一度打ち鳴らし、動作に問題ないことを知覚する。首を振り、傷ついた体を引きずるようにして手負いの霞龍は空へと飛び立った。 目指すは連中が飛び去った東の方角。そして、先の東方のある領域を任されている同胞が隠れ潜む「ヤシロアト」だ。 あの同胞は物言いこそ偉そうだったが、それでも自分よりは龍としての知識も経験も豊富で、なにより領域の配下からも慕われている。 話を聞くことができれば、何かしらの打開策を見出すことができるかもしれない……この傷を早くに治す術も、もしかしたら見つかるかもしれない。 『許さないぞ……いつか必ず、あいつらを――』 そうして、復讐を誓った霞龍は今日(こんにち)の森丘から姿を消した。 東の竹林地帯に向かったその龍は、やがて宙を漂う不可思議な無数の「火花の流れ」を発見するに至る。 赤色の翅を持つそれは、不思議と様々な生き物に纏わりつく習性を持っていた。藤色の皮が灼色に変容するまで、龍は彼らの粘着を放置し続けることにした。 それはこの龍が、より特別な怪異に変化する前触れでもあったのだが――天空高く赫灼の星が一筋の軌跡を描いた後。そこには誰の姿も残されていなかった。 ……時間は、少々遡る。 その日、天空に最も近い大地と言われる狩り場のひとつ。星に手が届きそうになるほどの高所のとある地点に、その巨影は降り立った。 古き時代よりその地を統べていた銀色の「星の龍」は、不意に現れたその藤色めがけて敵意に満ちた眼を投げつける。 「霞の龍」は、そんな凍てついた視線に臆することもない。慣れた動作で恭しく頭を下げ、飄々とした表情で空色の眼へと笑いかけた。 『やあ、まずは縄張りに通してくれたことに感謝するよ。僕は東のユクモ地方近隣の森を任された霞の銘持ちだ、君は……この地を統べる「天彗龍」だね?』 瞬く星々のような玲瓏たる声が、満天の星の下に広がっていく。 一方で、銀翼の龍はその挨拶ひとつさえ歓迎しなかった。折り畳んでいた槍翼を広げて切っ先を向け、口先を尖らせて音を鳴らす。 おやあ、と東方、更には西の森丘から飛来したばかりの龍はおどけて肩を竦めた。威嚇されているのにもかかわらず、胡乱げな態度は変化する兆しがない。 『天彗龍。そう、天彗龍だとも。人間たちは、君のことを今はそう呼んでいるのだそうだよ』 『……』 『僕たちのことを知りたくて仕方がないようだからねえ。逆に彼らのことを学べば「祖」の思惑を知ることにも繋がる。存外、悪いことばかりじゃあないよ』 『……だ』 『ウン? よく聞こえないよ。もっと大きな声で、』 『……私の知る「人間」とは、私とこの「天空の領域」にかつて住まいし我が友人らのことだ。今地上に留まる者たちは、皆等しく私の敵だ』 強固な意志と明確な殺意が、霞の龍の耳を打つ。相手の唐突な物言いを前に、龍は凹凸の目立つ眼玉をくるりと回した。 『極端な言いようだなあ。君は人間らが嫌いなのかい?』 『どちらでもない。私には興味関心の持てない者たちだ』 『おやあ、けれども君の言い方ではその「友人ら」とは上手くつきあえていたのだろ? それがどうして、他は全て敵だ、なんて話になるのだい』 僕にはてんで分からないよ、眼を瞬かせる霞の銘持ちに、分からずとも構わない、星の龍はひょうと口を鳴らして返す。 『彼女……彼らと、あの人間たちは、違う。私は、他がこの領域に入ることを許すわけにはいかないのだ』 『うーん……事情がある、ということだね。僕は、君と……そう、この地にいたという君の友人たちのことはよく知らないけれど』 けれどもね、飛来したオオナズチはにが虫を多量に噛みしめたような顔で苦く笑った。 『僕にも、人間……二足歩行の連中に関して、どうしても譲れない条件というものがあるんだよ。だから君の気持ちは、なんとなく分からないでもないかな』 藤色の奇術師にとって、嘘偽りのない、真実まことの本心だった。 対峙する星の龍、天彗龍バルファルクは己の意地、固執に等しい頑なな私欲をけなされずに済んだことに純粋に驚き、眼を瞬かせる。 向かい合う鳩羽色と空色。次いで怖々と二の句を吐き出したのは、先にこの地に君臨していた古の龍の方だった。 『お前も……人間たちと、遠からぬ縁があるものだということか』 『そうだねえ。最も、クシャナにテスカト……いや、僕も含めた面々は昔から彼らと相対することが多かったから。仕方がないさ』 『戦い続けてきたということか。私のように、領域から連中を弾き出す目的で』 『弾き出す、かあ。そこまではっきりと勝ち負けを決める機会は、そう多くもなかったのだけれどね。でも、僕たちにも意地というものがあるからねえ』 「人間という生き物と、なにかしらの縁がある」。 たったそれだけの共通点を見出しただけで、眼前の龍は突如、長年つきあいのあった戦友との再会であるかのように眼差しを緩めてみせた。 鋭い目をしているが、瞳そのものはよく晴れた日に頭上を染める美しい空の色をしている。槍翼を畳み、身を乗り出してくる龍を見て霞の銘持ちは苦笑した。 さも、自分は以前は人間と親しかったのだ、と言わんばかりの柔和な態度だったためだ。 今後、条件が一致する相手を前にすることがあったとき、似たような反応をするようならば……この領域を護り抜くことは難しくなるのではないのだろうか。 同じ守護区域持ちの龍として彼の今後を危ぶんだ藤色は、手の内を明かす意味で、この地に訪れた理由を早々と打ち明けることにする。 『いやね、僕は君のことも自分のことも長々と語り明かしたくてここを訪れたわけじゃあないんだ。この地を統べる君に、ひとつお願い事をしたくてね』 予想していた通り、銀翼の龍は固唾を呑んで続きを待つ。あまりにも真剣で正直な眼差しであったので、霞の龍は内心で失笑してしまっていた。 『君が自認するように、この領域……「遺群嶺」は今のところ君だけが統べる場所だ。僕はそれに干渉するつもりはない』 『……? ならば、何故今時分、ここに』 『許可を得たくてきたんだよ。僕はね、いつか必ずここを訪れるであろうはんたーと、決闘がしたいんだ』 決闘だと、驚きのあまり眼を見開く龍を見て、意外とこの龍は感情豊かなのだなあ、と霞の龍は眼玉をくるくると楽しげに回転させる。 『一応の、使用許可、滞在許可というやつさ。構わないかな?』 『それは……私は、別段構わないが。そのハン……人間とお前との間に、何があったというのだ』 何があったか、か――いつかの百の竜獣が守護区域を過ったことなどを思い出し、藤色龍はもう一度にが虫を多量に噛んだ表情を浮かべた。 返答を待つ側の龍もまた何かしらの苦い記憶を思い返しているのか、どことなく渋い顔をしている。 ほとんど同時に、二体の龍は盛大に嘆息していた。ふと重なった偶然のタイミングにぱっと顔を見合わせて、それぞれが気まずさを覚えて視線を逸らしあう。 『それはまあ、追々とね。誰にだって、話したくないことのひとつやふたつ、あるものだろう?』 『……決闘、と話していたが。相手方がここに着く目処は、立ってはいるのか』 『それがねえ。残念なことに、それがいつになるのかは僕にも予想できていないんだ。向こうの努力と運次第、といったところかな』 『そうか。では、好きにするといい。遺構を壊しでもしなければ、どう過ごしてもらっても構わない。私にとって大切なのは、彼女らと過ごした日々だけだ』 ずいぶんと熱烈な友愛なのだねえ、つい調子に乗ってしまった藤色に、お前の言葉の端々にも似たようなものが感じられるが、銀色は大真面目に答えて流す。 なんとなく気恥ずかしくなってしまったオオナズチは、ふと星を仰ぎ見たバルファルクの視線を追うように釣られて首をもたげた。 透明度の高い冥い空に、眩く光る星が見える。あの日、ノア=クラインの髪の上で艶めいていた鉱石飾りのようにも見え、なんとなく鼻を鳴らしてしまった。 天彗龍にそれを揶揄する気配は見出せない。彼は、空色の眼にとても寂しそうな光を映して、短くひょうと口を鳴らした。 『即ち、この天空の領域は、私と彼女……彼らのための場所だ。我らのための地だ。何ものにもここを明け渡すわけにはいかない』 『……そうかい、そうかい。それならば、古龍の意地の見せどころ、なのかもしれないねえ』 『お前のことを巻き込むつもりもない。しかし、私はその人間のことを知らない。私が手を出すより早く、この地に再訪するよう努めた方がよいだろう』 守護区域のこともあるのに、ずいぶんと難しいことを言う……オオナズチは、今度こそひとり苦く笑った。 バルファルクに向かって改めて感謝を込めた礼をして、そっときびすを返す。天彗龍は、声をかけてくるような無粋な真似はしなかった。 『どれだけの早さで、あの二足歩行は腕を磨けるか……楽しみのような、そうでもないような。どうにも、複雑な気分だねえ』 思いのほか柔軟で、素直な気質を覗かせた孤独な龍。領域に籠もってばかりと耳にしていたため、すんなりと邂逅できたのは幸運だった。 彼には「決闘」と至極簡単に説明しておいたが、ノア=クラインのことといい黒髪黒瞳の狩り人のことといい、今はまだ様子見に徹しておくしかない。 星々を見上げる台地の端で、霞の龍は翼を大きく一度打ち鳴らし、限りなく柔らかな動作で天空の領空へと飛び立った。 駄目元で提示した決闘案だったが、しかし。バルファルクの柔軟さに感謝しつつ、あるいはその頑なさに一抹の不安を覚えつつ、オオナズチはその場を去る。 下位個体とはいえ同じ霞の銘持ちである龍を見事下した、黒髪黒瞳の狩り人。あの青年が腕を磨き、実力でこの地を踏む日がくることを、今は待つしかない。 『それまで、僕だって他に摘まれないよう用心しないといけないなあ……仕方がないか。アレは「あの娘」が選んだ相手なのだし』 ぽつりと吐き出したぼやきに答える者は、今はない。 ばさりと龍翼が虚空を切った後。そこには誰の姿も残されていなかった。 「――よぉ、カシワ殿は村でかわいこちゃん待たせてんだろ。先行っててイイぜ、報告なら済ませといてヤるからよ」 「んなっ……だだだだ誰も! ノアに早く会いたいだなんて言ってないだろ!?」 「カシワさん、それ言っちゃってるっすよ……」 ところ変わって、龍歴院着、飛行船の甲板上。 霞龍狩りを終えた狩人一行は、無事に龍歴院前正面庭園に到着した。発着所を降りる最中もヤイヤイと騒がしくしつつ、一旦は二手に分かれる。 手に入れた素材を抱えて嬉しそうに顔を綻ばせるクレタを横に、カシワはゲリョスマンへの礼もそこそこに村へと急いだ。 ノアや村人たちと約束があったわけではなかったが、無事に戻ったことを伝えたかったし、何より彼女らの平穏な日常を目に焼きつけておきたかったからだ。 ベルナ村は自分にとって第二の故郷になり始めている。朝靄を掻き分けるようにして進めば、耳に親しい黄金ベルの音がそこかしこから届けられた。 「あっ、ハンターさん! お帰りなさい。オオナズチの狩猟、お疲れさま~!!」 「おお、カシワ殿。無事であったか、怪我もないようでなによりだ」 村の中央、馴染みのスペースで談笑していた受付嬢と村長がパッとこちらを向く。途端に後輩狩人はほっとして、急く速歩を緩めていた。 「村長、それに君もありがとうな。急に出てきたけど、変わりなかったか」 「ええ、もちろん大丈夫! 最近では龍歴院に所属するハンターさんだけじゃなくて、遠方から立ち寄って助力してくれるハンターさんも出てきているの」 「龍歴院の存在が知られるようになってきたためであろう……無論、カシワ殿やクリノス殿の活躍のこともある。我々としては感謝するばかりだ」 「――ちょっと待ってくださいよ! 感謝する相手、クリノスセンパイは分かるとしてカシワさんは違うんじゃないですか!?」 ほとんど反射で赤面した後輩狩人だったが、突如横から押しのけられてぐるんとその場で回ってしまった。 言わずもがな、割って入ってきたのはクレタである。素材を抱えたまま頬を紅潮させる様はどこか幼く、彼本来の年相応の姿に見えた。 「あぁーれぇー! って、クレタ。お前……」 「カシワさんは黙っててくださいっす! 森丘の霞龍……あれを狩れたのはボクの知識と活躍あってこそ! 龍歴院にはそこを是非に忘れないで頂きたい!」 「そなたは確か、マーレ家の。『カシワ殿が寄生ハンターだ』という話をし始めたのはあなただったようだが、今は共に研鑽しておられるということかな」 クレタが腕からこぼした素材を拾ってやっている最中、ベルナ村の村長がポロッと妙なことを口走る……口走る、というよりは意図的なものを感じた。 そろそろと視線を上げた後輩狩人は、朽葉色の若者がなお顔を紅潮させて体を震わせている様を見て硬直する。 助けを求めて視線を動かした先、件の村長はというと、全く、これっぽっちも、欠片一つも悪気がないような体で、にこやかにその場で微笑み続けていた。 「なに、我々もカシワ殿の噂のことはどうしたものかと話し合っていたところだったのだ。事実となればクリノス殿にも話を聞いておかねばならないからな」 「だっ、だって! カシワさんがギルドナイトと懇意にしてて融通きかせてもらってるのは、本当のこと……」 「ユカ殿のことか。彼は龍歴院とはそれなりのつきあいだからな……カシワ殿らの腕を買って仕事を振り分けているのだろうが、何か不備があっただろうか」 「ふ、不備って、そんな、そんな……なんで、そこまでカシワさんのこと」 「そ、村長? 村長ー!? あー、その……俺はなにも気にしてなかったし、クレタもきっとわざとってわけじゃ……」 「そうとも、カシワ殿。ノアがなにやらあなたに話したいことがあるそうなのだ。手間をかけるが、牧場に顔を出してやってはもらえないか」 「村長さんと私は、クレタさんととーっても大事なお話をするから……ノアさんのことはハンターさんにお任せするわ、お願いね。いってらっしゃ~い!」 「あ、これは割って入っちゃいけないやつだ」。流石のカシワにも読める空気というものはある。 同じく助けを求める目つきになったクレタをその場に残し、そそくさと村の中央から離れておくことにした。 いかんせん、ベルナ村の人々は自分の狩猟を見守り、支えてくれた面々ばかりだ。あそこまでピシャリと言われて反抗できる自信が、カシワにはなかった。 村長、なんでか怒ってたよなあ……ぶつぶつと口内で独り言を煮込むうち、気づけばクライン家の敷地は目と鼻の先にある。 我ながらパブロフの賊竜すぎて笑ってしまった。ふと目を動かすと、畜舎前に転がされていた不思議な色合いの鉱石結晶がチカチカと朝日を反射させている。 (……なんか、どこかで見たことある石だな) 藤色、緑、鳩羽、乳白色。 複雑怪奇に色が移ろう様はつい最近の狩猟で目撃していたある現象と同様のものだったが、しかしカシワにはまだそこまでの推理力は備わっていなかった。 「ノア、マルクス! おはよ……って、まだ早かったか……?」 そうしてなんの気もなしに玄関をまたいだ矢先。後輩狩人は、ふと家の奥から聞き慣れた怒声を耳にして目を丸くする。 「――お父さんの、働きものっ! もう知らない!!」 ノアの声だ。怒号なのか罵りなのかよく分からない内容だったので、思わずその場で固まってしまった。彼女の声には涙ぐんだ印象も受ける。 いかん、なにやら騒動の予感だ――申し訳なさを感じつつも慌てて居間に向かってみると、案の定、テーブルを挟んで親子二人が衝突している最中だった。 「なあノア、分かってくれ。ただでさえ人手が足りてないって話なんだ。危険な調査を前に、対策もなしに調査員を向かわせるわけにいかんだろう?」 宥めすかしに挑んでいるのは、父側マルクス。朝食も途中のまま、席を立ちなんとか娘を落ち着かせようと手のひらを向け、説得を試みている。 「それは分かってる。でも他のハンターさんや、それこそユカさんはどうしたの? お父さんにだけ雑用が振られてるんじゃ、わたしだって不安になるわよ」 それを、納得がいかない、とはね除けているのは娘側のノアだった。 そういえば前にも、連絡も寄越さずに狩りに明け暮れる父のことを案じているのだ、と打ち明けられたことがある。 「この二人が揉めているのは心臓によくない」。たまらず、カシワはテーブルに歩み寄っていた。 「なあ、二人とも」 「おおうっ、カシワの若人じゃないか!? どうしたんだ、こんな朝から!」 「カシワさん!? おっ、おはようございます……あの、怪我はしてないですか。また、大変な狩りに出ていたって聞きましたけど」 「あー、うん、ただいま。あとおはよう、怪我はしてないぞ。それより二人こそどうしたんだ? 結構声、響いてたぞ?」 後輩狩人の純粋な疑問を前に、二人はさも「気まずい」とばかりに口を閉じる。ノアに至っては我に返ったのか、赤面する始末だった。 「それが……龍歴院で新しく開発された研究機関? 研究室? というのがあるそうなんですけど、父がそれのお手伝いを頼まれたらしくって」 とはいえこちらの問いかけにすぐ返事が出来るあたり、言うほど我を忘れていたわけではなさそうだ。 娘の説明にカシワは小さく頷き返す。それを目にしただけで、ノアはほっとしたように目元を綻ばせてみせた。 「手伝いって、まさかまた狩りの話なのか」 「いんや、そうでもないさ。狩りもある……らしいんだが、それよりは物資の調達と運搬がメインだな」 「ほら、やっぱり狩りもするんじゃない!」 「ノア、そう怒らんでくれよ! 参っちまうな……なんでも開発自体は上手くいったそうなんだが、強度や速度をもっと上げたり、調整せにゃならんらしい」 「調整って。マルクスって建築とか、そういうのにも詳しいのか」 「おいおい、そこまで俺だって万能じゃあないさ! 組み立てとか物資の搬入とか色々あるだろ? ……あとは万が一のときの護衛、ってところだな」 「もうっ、さっきより仕事内容増えてる! お父さん、本当はノリノリなんでしょう……狩りのこととなると我を忘れちゃうんだから!」 落ち着いたのも束の間、父の補足説明に雲羊鹿飼いが噛みつき直した。その横で、後輩狩人は大地をカサカサと走り回る巨大空間の全容を想像してみる。 強度に速度、そして調整。その研究機関とやらは、まさか脚かヒレでも生えているのではなかろうか……ぶるっと体を震わせた後、なんとか気を取り直した。 恐らく、ノアが案じているのは仕事の概要が不明であるからだ。話を聞くにせよ仲裁するにせよ、龍歴院つきである自分は適任だろう。 「つまり、マルクスが無茶しなきゃいいって話だよな? 合ってるか、ノア」 「えっ? ……そうですね。また何日も連絡一つ取れないまま帰らない、状況お構いなしにモンスターに突撃する、なんてことがなければ。わたしはそれで」 自分の知らないところで負傷されること、連絡が途絶えること……即ち、「置いていかれる」こと。彼女が怖れているのはそれなのだ。 カシワはほとんど無意識にノアの頭に手を置いていた。いつもと変わらない、香草類ベースの洗髪剤の香りがする。 「大丈夫だ。俺もそろそろ、クリノスやユカと合流しなきゃなあって思ってたからな。ついでにマルクスの仕事のことも聞いてみるよ」 「……そうですか。カシワさんが、そう仰るなら」 「ああ。任せておいてくれ」 「はい……お願いしますね」 「って、マルクス? 急に黙り込んで、どした?」 安心しきった笑顔を見下ろして「なんかいいなあ」と悦に浸っていたところ、視線を感じた。 穴を開ける、否、そのまま脳天まで射抜く勢いでマルクスがこちらを凝視している。さも、親のカタキか捕獲寸前のモンスターを見る眼差しだった。 ――睨まれている。何かやらかした覚えのない後輩狩人は、ぱちくりと瞬きを返すことしかできない。 娘の髪を撫でたまま視線を泳がせると、ふとした瞬間、父側と目が合った。何故か呆れたような、落胆されたような顔をされ、直後頭を横に振られてしまう。 「な、なんだよ、どうしたんだ? ……俺、もしかして何かやらかしてたか」 「いんや、いいんだ、カシワの若人。自覚がないっていうのも……なんだ、お前さんの持ち味だと思ってな」 よく分からないことをぼやかれて、カシワはますます首を傾げるしかない。その頃ノアは満更でもなさそうな表情のまま俯き、恥じらっていた。 そのまま同席を勧められた後輩狩人は、二人に甘えて朝食を共にすることになる。数日ぶりのチーズフォンデュは、いつもより格段に美味しく感じられた。 このときカシワは、マルクスに振られた龍歴院経由の仕事が後々自身にも降りかかるものであることを知らずにいた。 フラヒヤ山脈に降臨した、古の時代を生きた銀色の星の龍。その足音は、誰に知られることもなく大陸各地に広がりつつあったのだ。 |
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