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モンスターハンター カシワの書 上位編(45) BACK / TOP / NEXT |
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「動きを覚えられる人間がいるなら、ありがたく活用させてもらえばいい」。 ベースキャンプを出た直後、真剣な顔で妙案を持ち出したハンターの眼差しが脳裏を過る。 鉄刀を走らせながら、毒怪鳥装備――ゲリョスマンこと、とある組織の元猟団員はマスクの下で口角をつり上げた。 (動きを覚えられる、ときたかよ。ンなもん、下位クラスくらいまでにしか通らねぇ道理だろうが) モンスターどもは賢い。歳月、戦闘経験、地形の把握、群れのリーダーを務めた個体か否か。様々な条件を飲み干して、彼らは人間同様に学習し強くなる。 単純に生存競争というだけの話だ。誰も彼も、それこそ自分のような日陰者でさえ、死なない程度に日々をしのいで生きている。 「死なない程度に」。育ちの環境や人間関係、経済状況、エトセトラエトセトラ。状況は個々に異なるが、適応出来なければ淘汰されるのが自然の道理だ。 より強く逞しく。賢く丈夫に、しなやかに。そうして知恵や技能を磨き抜いた先で、人間とモンスターは長らく対峙してきたのだ。 その最中、解明された微々たる個体差にハンターズギルドや王立古生物書士隊といった組織が情報という名のラベルを貼り、ハンターにそれは受け渡される。 ひとえに自然との調和、安全な狩猟達成のため、ひいては、価値あるハンターの命を保護するという名目で―― (あーあー、ヤッてらんねーぜ。ガキのお守りってのはよ) ――くだらない。反吐が出る。結局のところ殺戮の限りを尽くすための言い訳ではないか、毒怪鳥装備は鼻を鳴らした。 (まぁ、カシワ殿はあのフラヒヤ育ちのクソガキのお気に入りだからか見てると飽きねぇしな。早死にさせるには……ちったぁ惜しいか) 視線の先では、若者二人が打ち合わせ通りに声をかけあいながら龍の攻撃を捌くのに躍起になっている。 「動きに対応さえできれば、無事に狩猟は果たせる」。そんな彼らの打開策をしかし、ゲリョスマンは信用していなかった。 実際にカシワはクレタに言われた通りに狩り場を駆け回り、上手くオオナズチの攻撃を避けている。とはいえ、よくよく見れば決定打に欠けていた。 回避ができても手を出せなければダメージは与えられない。即ち、時間内の討伐ないし撃退は難しくなる……長引く狩猟に、そんな現実が見え始めていた。 「ダメージがかさめば、怒りで攻撃も激化する。ハッ、どこが『無事に』ってーんだよ」 情報とはあくまで知識の一環にすぎない。いくら解明が進もうと、そこから平気な顔で外れてくるのが古龍という生き物だと聞いている。 あるいはカシワの言う他とは異なる事情を抱えたモンスターも中にはいるかもしれない――最も、自分はそんな厄介モノに好んで対峙しようとも思わないが。 猟団にいた頃から「古龍には手を出さずにおこう」と仲間と話し合ってきた。本来なら、この場に自分がいることさえ異常なのだ。 「おいよー、カシワ殿! どうしたどうした、さっきからロクに攻撃できてねぇじゃねーの!」 「うわっ、た、ゲリョスマ……どわあっ!?」 「お守りだけなら御遠慮こうむりたい」。今すぐ、この場にいない銀朱の騎士に掴みかかってやりたいところだ。 声を張り上げた瞬間、ぱっと振り向いた黒瞳と目が合う。次の瞬間、ポーチから引きずり出された何本目かの回復薬が、霞龍の口内に引き寄せられていった。 どたん、と釣りカエルを餌に釣られた水竜さながらに後輩狩人は青草の上を転がされていく。 あわあわとまごつきながら朽葉色がそれを起こしに向かったが、そんな隙を古龍がむざむざ見逃すはずもない。 (……めんどくせぇな) ゲリョスマンは微かに舌打った。そして舌打つと同時、オオナズチの猛攻の隙間と隙間、攻撃のほんの僅かな隙に、己が「氣」を乗せた白刃を鋭く走らせる。 何度目かの血飛沫が上がった――古龍の血液とは、それだけで武具のつなぎや素材になるほど希少なものだと言われているが、はたして。 (この血を掻き集めて売りとばしゃ、それだけでメシの一杯にでも化けちまうんじゃねーの? いまいち信じられねぇが) ふと思考が逸れかけた瞬間、頭上、霞の果てに陽光が僅かに覗いた。視界に細氷に似た煌めきが降り、一瞬手が止まる。 見上げた先で、オオナズチが苦しげに頭を振っていた。その頭部、鼻先のあたりに付いていた円錐状の角が半ばほどでへし折れている。 あの破片群は霞龍の角が粉砕された体のモノであるらしい。透明化する能力といい、生き物というより鉱物製の彫像のようだ……男は感心の吐息を漏らした。 「部位破壊できる、ってーのは……他の連中と変わらねぇんだな」 とはいえ、どんなマカ不思議な生態をしていようが、部位破壊の様が美しかろうが、それでも龍が生き物であることに変わりはない。 やることは普段と同じだ。このままカシワが、お守り必須の足手まといに足並みを揃えるつもりでいるのなら――舌打ちしかけた瞬間、ふと視界に色が差す。 「ふんぬお-! どっせいっ!!」 「……って、おいおい、どんな掛け声だよそりゃ」 狗竜(ジャギィ)一派に見られる、艶やかな紫と鶏冠石だ。初心者から中堅ハンターの間で愛用されるその色が、今は妙に視線を惹きつける。 折れ角を携え、頭を低くし突進の予備動作を見せた龍の横、強引に割り込んできた後輩狩人は追いすがる朽葉色の制止を振りきる勢いで得物を抜いた。 距離を一息に詰めながら振られる、抜刀ダッシュ斬り。途中、地表に埋まった岩の上面を蹴りつけて跳躍する体躯は、自分や過去の相棒のそれよりまだ薄い。 「ハンターとして発展途上」。見送った矢先、山霧を裂くように群青から火の粉が噴き出した。黒髪黒瞳はそのまま噛みつく勢いで刃を滑らせる。 (なんだったか……ディノバルド、っつったかね。なんだ、ソイツが龍に噛みついてるみてぇじゃねーの) オオナズチの背中にひっしとしがみついたカシワは、手早く腰から剥ぎ取りナイフを抜いて藤色の表皮にその刃を走らせた。 一筋、二筋と古龍の鮮血が宙に散り、あれほど濃くけぶっていたはずの山霧がたちどころに薄れていく。 「カシワさん、カシワさんっ! ボクのアドバイス……」 「って、聞いてる余裕あるとでも思ってんのかよお坊っちゃん!!」 歯を食いしばり、振り落とされまいと格闘する横顔に余裕は見えない。 霞龍は従来の大型モンスター同様、大ぶりの翼で空を切り、またぐるんと巨躯を回して、背面に食らいつく青年を振り払おうとした。 途中、その身が景色にぐにゃりと溶けこみ――角を折ったことで封じたと思っていたが――我を忘れたように暴れ狂う様に地上のハンターたちはつばを飲む。 「んンのっ、でぇいッ!!」 何度目かの透過現象が起きたとき、陽光の下、血濡れの刀刃が薙ぎ払われた。鳩羽色の明滅を魅せながら、オオナズチの巨体がその場に力なく倒れ伏す。 チャンスだ、それもとてつもない! 迷わずゲリョスマンは迅く駆け出して、凹凸の目立つ龍の眼めがけて斬撃を見舞った。 『キィ、イィイイ――!』 「おいよー、そろそろお眠の時間だろッ!!」 地表に放り出され、それでも跳ね起きたカシワもその場に駆けつける。 そうして躊躇なく放たれた二種の斬撃は、吸い込まれるように龍の頭部に迫り、瞬時に緋の裂傷を生み出した。 びくりとオオナズチの上腕が跳ね、咄嗟に飛び退く狩人たちの眼前。緩慢な動きで起き上がると、龍はそのまま脱力した様子できびすを返す。 まさに満身創痍、戦意喪失といった有り様だった。肩の力は抜け、後脚は跛行(はこう)の気配が強く、凹凸の目立つ藤色の眼玉もどこか虚ろに前を向く。 「……ゲリョスマン、あれって」 「あれ、ときたか。さぁてなー……寝床に行くトコなんじゃね、知らねぇが」 「や、やっとですか。さすが古龍っす、タフにもほどがある……」 存在感は未だ強くあるというのに、その歩みは酷く気だるげで見ている方が不安になるほど生命力に欠けていた。 途中、オオナズチは立ち止まると同時に大きく翼を広げてその場で羽ばたき、その後何度も忙しなく打ち鳴らして宙へと浮き上がる。 逃げるっすよ、小声で焦りを覗かせるクレタに応じる者は誰もいない。こうなればあとはどうなるか、どうすべきか……毒怪鳥装備らは把握しているからだ。 「よぉ、よく反撃に出ようと思ったな。イイ判断だったんじゃねーの、カシワ殿。おかげで時間内に間に合いそうだわ」 「そ、そうか? あー……なんかな、気がついたらお前とクレタに全部任せっきりになってたからさ。もたついてたよな、悪かった」 「気にすんなや、間に合いさえすりゃ構わねぇよ……ンじゃ、大タル爆弾でも運んでくっか。おおかた、霞龍サマのベッドも竜の巣のあたりだろ」 「だいたいのことは分かった」。これで似たような「仕事」を任されたとしても対応できるだろう……男は満足げに首肯する。 「睡眠爆破はオヤクソク、ってな。はよ帰って酒にしたいわー」 「お前も正直だなあ。っと、クレタ! ペイントボールの残り時間、あとどれくらいか分かるか」 「ちょっと、カシワさん。もしかしてボクのこと便利なオトモアイルーかなにかだと思ってません!? そんなこと、把握できるわけが……」 「もう二、三分てトコだろ、さっき追加で投げなかったしよ。寝床で狩り終わりゃぁ、それでイイだろ」 若者ハンター二人は目を丸くしてこちらを見た。嫌みでもなんでもなく、マスクの下でゲリョスマンはニヤリと口角をつり上げる。 「ゲリョスマン」などという正体不明のままで終われたのなら御の字だ――長い試験の終わりを見出して、男は気分が軽くなっていくことを自覚した。 「……古龍って、結局なんなんだろうな?」 いかに有能なハンターがそろっていようとも、狩猟達成時に感慨深さを嗅ぎとれるかどうかは各々次第だ。 故に龍歴院への直帰を目的に出航した飛行船の甲板の上、ゲリョスマンは事前に頼んでいた安酒を早々と同行者らに振る舞おうとし、固まった。 眼前、夕暮れどきに一人勝手に黄昏れているのは見知った黒髪黒瞳の若造である。 今になって気づいたが、青年は律儀にも龍歴院の印が刺繍されたスカーフを襟元に仕込んでいた。確か龍歴院所属のハンターに贈られる記念品だったはずだ。 いちいち勲章身に着けるなんざ、なんつーばか真面目さだ――鼻で笑いつつ、さぁてな、と毒怪鳥装備はいつものようにはぐらかして酒をあおる。 「簡単な話ほど小難しく考えちまうモンなんじゃねーの。古龍っつったって血の通ったただの生き物だ、カネになるならフツーに狩るだけだろ」 霞龍オオナズチの討伐達成――大タル爆弾による奇襲を仕掛けたものの、結局時間ぎりぎりになってようやく狩りを終わらせることができたのは幸運だった。 あのままだらだらと貴族の目利きだハンターの矜持だといった細部にこだわるようなら、自分一人だけでも離脱しようかと考えていたところだ。 予想より早くカシワが片手剣を掴み直したことに、ゲリョスマンは安堵のような、脱力のような、不思議な感覚を覚えていた。 「カネになるって、そんなに頻繁に古龍のクエストは出されないんだろ? そんなに儲からないんじゃないか」 「分かってねぇなー、カシワ殿。素材を売りゃ済む話だろ。ま、あとは道具をどんだけ使ったか、報酬金次第ってとこか。差し引いて利益が出ないんじゃな」 「利益。利益か……」 「なんだなんだ、感傷ぶって。儲けがなけりゃハンター稼業だって儘ならねぇだろ、オレたちは慈善事業でハンターヤってるワケじゃねーんだぞ」 似ても似つかぬ黒髪黒瞳の横顔に、いつかのフラヒヤ育ちのクソガキの泣き顔を思い出す。 あの銀朱色と違い、こちらの黒瞳は困ったように眉尻を下げて笑うだけだった。疲労の色が濃い。グラスを強引に押しつけると、素直に口をつけ始める。 「クレタに言われたんだ。凶暴なだけなんだから、モンスターの事情なんて汲むだけ無駄だって」 「ドスストレートな物言いしやがるなぁ。オレもだいたい同意するがな」 「だよなあ……俺って、ハンター向いてないのかもな」 マスク越しに視線を送ると、後輩狩人はやはり一人勝手に黄昏れていた。 ちなみに例のシスコン坊ちゃまはアレコレ喧しかったので、一足先に報酬の確認に向かわせている。 ヤりたいことだとか夢だとかあったんじゃねーの、舌打ち混じりにカシワに話の続きを促すと、それはそうなんだけどな、煮え切らない声が返された。 「アレだろ? 英雄になりたい、女にモテたい、金持ちになりたい権力がほしい美味いメシと酒がほしいチヤホヤされたい……こんなモンか、夢っつったら」 「ずいぶん具体的だなあ……俺のはそういうんじゃないんだ、会ってみたいやつがいるってだけで。もしかしたら、実在しないやつかもしれないんだけどな」 「なんじゃそりゃ? 絶滅危惧種かレア環境生物かなんかかよ」 「そういうんじゃないんだけどな……うおー、ちょ、ちょっと待ってくれ。これ言わない方がよかったな、くそっ」 「アッハ、なんだよさっきから? まさか伝説の『黒い龍』とか抜かすんじゃねぇだろうな」 「黒い龍」。それは昔から広く親しまれるおとぎ話である一方、ハンターにとってはある種のジンクスを伴う。 名の通り、件の物語に出てくる龍とは想像することすら難しい生き物であるのだそうだ。 曰く、栄華を極めた大国を滅ぼした脅威。曰く、狩り場より生還した狩人を気狂いに陥れた邪悪。曰く、ハンターズギルドの監視下にある秘匿された生命。 「なっ、なんで知ってるんだ!? 俺、お前にその話をした覚えは……!」 「あ? ンだよ、いるかどうかも分からねぇって言うからカマかけただけだってーの。おいよー、マジかよカシワ殿? 目標は『あのおとぎ話』だってのか」 「う……!」 その名を口にしてはいけない、響きに魅入られてしまうから。その姿を目にしてはいけない、悪夢に取り憑かれてしまうから。 遥か遠い昔、それこそ今や瓦礫塗れの城跡を築き上げたという恐ろしい龍。あまりにも現実味に欠けていて、誰もが子ども騙しのおとぎ話と聞き流す与太話。 あるいは、話題そのものが生けとし生けるものの禁忌とでも言いたげに頑なに口をつぐむ者も中にはいた。 自分としては正直どうでもいい話である。しかし、この若者はそんな「ハンターにとってこの上なく魅力的かつ胡散臭い伝説」が実在すると思っているのだ。 予想だにしなかった答えにすっかり気分が面白おかしくなって、ゲリョスマンは開けるつもりのなかった二瓶目に手を伸ばしていた。 「って、ベルナまでまだまだかかるぞ? 飲み過ぎじゃないか」 「イイんだよ、堅苦しいこと言うなや。にしても、まさか天下の龍歴院つきがあのおとぎ話をお望みとはな! でっかく出たんじゃねーの」 「いや、あー、それは……わ、笑わないのか。夢見すぎだって」 「アー? ばっか、男の子だったら夢見てナンボだろ。オレがソレにつき合うとは言わねぇけどよ」 飛行船の上、夕暮れに染まる空気が心地いい。大きく息を吸い込んで、男は手にしたグラスの中身を一気に喉に流し込む。 「おとぎ話の黒い龍、か……知ってっか、カシワ殿。そのおとぎ話にゃー続きがあるんだぜ」 何故、どうしてそんなことを口走ったのか。今の男に他意はなかった。空腹に注いだアルコールも手伝って、記憶は容易に追懐に移ろう。 ……思い返したその昔、猟団に属するより以前。幼少期を過ごした貧困の土地に、ひとりのハンターが流れついたことがあった。 「続き? 物凄いハンターがそいつをどうにかしたとか、どこかのお姫様がさらわれたとか、そういう話か」 「なんだそりゃ、そんなんじゃ今のご時世まで話が残りゃしねぇだろ。オレが聞いたのは……まぁ、でっかい声では言えねぇ話かもしれねぇが」 あくまでおとぎ話、与太話。黒瞳を疑惑と好奇心に輝かせるカシワに、ゲリョスマンは当時見聞きしたことをそのまま明かした。 「オレがまだガキの頃の話だ。オレがいた町に一人のハンターが流れついたんだが、流浪の……今にもくたばりやがりそうなジジイだった」 「じ、ジジイって。お前、言い方……」 「誰にも相手にされなかったんだがなぁ、なんでも、ソイツはその『黒い龍』にお目通りが叶ったんだと」 「お目通り? じゃ、じゃあ、おとぎ話の龍は本当にいるってことじゃないか! その人は今、どこで何をしてるんだ!?」 「さぁてな。見つけたときにゃ耄碌してたし、いつ死んでもおかしくない状態だった。ただ……眼だけは、いやにギラついていやがったのを覚えてるわ」 ――立派な鎧を着て、大層な長物を担いだ老剣士。ろくな荷物も持たずにふらっと町に現れたと思いきや、数日経たずに道の端でうずくまり動かなくなった。 場所が場所だからか、抵抗する間もなく装備を身ぐるみ剥がされ、路上に放置され、その後は誰一人として声をかけようとしない。 まだ、めぼしいものが残ってやしないか……おこぼれにあやかろうと近寄ったとき、老翁が青白い、亡霊か何かを見たような顔で震えているのが目に入った。 『あの龍に……近づいてはならん』 唯一残っていたぼろぼろのピアスを抜き取ろうとした瞬間。死の間際にあるとは思えない強い力が、年端もいかない子どもの手を鷲掴みにしたのだ。 『恐ろしい……恐ろしい龍だった。誰も……私以外に、残らなかった。皆、あのものの胸に抱かれて……ああ……そんな……私だけが、残ってしまった』 『……!』 『百の死屍を重ねた先に、奴はやってくる。私たちはそこまで酷なことをしたというのか……ハンターとは、狩りとは、それほどまで罪深きものなのか……』 鬼気迫る物言い、血走った眼、乾いた血の跡。悲鳴こそ上げなかったものの、自分は慌てて老翁の手を振りほどきその場から逃げ出した―― 「……まぁ、そんくらいだ。それ以上のことはオレも知らねぇわ、いかんせん興味ないんでな」 「興味ない、って……百の死屍、か。ゲリョスマン、その人はどうなったんだ」 「さぁなァ。あの状態じゃ、今頃お仲間サンとやらの所にいけたんじゃねーの」 「そうか……『黒い龍』がどんなやつだったか、その人だけは見られたのかもしれないのにな」 てっきり、いつもの正義感から「仲間を放棄して一人逃げ出す輩など、ハンター失格だ」などと憤慨するのかと思いきや。 グラス片手に何やら考え込み始めた後輩狩人の横顔を、毒怪鳥装備は物珍しいものを見る目で眺めた。 「怖かっただろうな……たった一人、仲間を置いて逃げることになったんだろ。それだけ『黒い龍』が強かったってことなんだろうけど、辛かっただろうな」 「死にかけのジジイの寝言だぜ、カシワ殿。どこまで信用できるかなんざ、」 「俺は、その人は嘘をついてなかったんじゃないかって思う。理由はうまく言えないけどな」 「……どうかねぇ、追い剥ぎ相手に命乞いしただけにも見えたがな」 「死ぬまで装備を外さずにいるような人が、お前みたいな見ず知らずの他人に警告するくらいなんだ。それだけ危険な相手ってことだろ……凄いハンターだ」 警告、凄いハンター……その発想はなかった。マスクの奥で片眉を上げた男に、黒髪黒瞳は先と同じように苦い笑みを向けてくる。 「話してくれてありがとうな。にしても、お前、なんか俺の仲間に似てる気がするなあ。言い方がはっきりしてるあたりとか」 「アー? ンだよ、クリノスちゃんがどうかしたんかよ」 「なんとなく思っただけだ。気が合うかもしれないなって……それよりお前、クレタにも言ってたけどクリノスと知り合いなんだな」 適当に笑って受け流すと、後輩狩人は再びグラスに口をつけた。ぐびりと半ばほどまで飲んだところで、急に足元がおぼつかなくなる。 もしかして弱かったんか、笑いながら軽い気持ちで押してやると、素直に真後ろに詰まれていた木箱に腰を下ろしてしまった。すでに目が虚ろになっている。 「ウッハ、マジかよ? 大丈夫かー、カシワ殿」 「俺は……あのおとぎ話が本当なのか、『黒い龍』が現実にいるかどうか、どんな奴なのか。それが知りたくて、ハンターになったんだ……」 「……あーあー、へいへいそうかよそうかよ。そりゃずいぶん、一途なこった」 「ゲリョスマン、お前はどうなんだ。なんで、ハンターになったんだ? お前にだって、理由があるんだろ? どうして……太刀なんか……」 ――追加でからかってやろうとした矢先、ゲリョスマンは言葉を切った。いつかの森丘で見かけた、冥い目の男がこちらを見ている。 「太刀」。それにどれだけの恨みつらみを重ねているのか知らないが、同じ武器を扱うというだけで私怨を募らせるのは勘弁願いたい。鼻で笑い飛ばした。 「そのジジイが自慢げに背負ってたのが太刀だったからだよ。年寄りでも扱いやすい、加工手段がどの拠点でもだいたい揃ってる、ヤりやすいったらねーわ。 あとなぁ、オレはカネが欲しいんだよ。素材で飾りつけたゴツい得物にゃ興味ねぇ。だが地味すぎんのも考えもんだ。ある程度、人目を引いとかねぇとな」 別に、見送りだとか弔いだとか、そういった意図はない。そんな感傷に耽ったところでなんの腹の足しにもならないからだ。 実際には、翌日には老剣士の様子を見に行っていたわけだ。その際に太刀の扱いや狩りの心得などを教わったが、わざわざそれを第三者に明かす義務もない。 不思議そうな顔で見上げてくる黒瞳の青年に、縹の髪持つ狩人はマスクの下で小さく笑い返す。 何を思ってここまで話す気になれたのか。この青年がどこかユカに似ているからか、それとも……どうにも口にしにくい、不思議と軽やかな心地だった。 いかんせん、いくら口先で粋がったところでカシワもクレタも、そしてクリノスやユカでさえも、自尊心に振り回されているだけのクソガキにしか見えない。 「モンスターも人間も大差ねーよ。えげつない連中もいりゃ、そうでもないヤツもいる。自分で構う相手を選べばイイんじゃねーの」 可愛らしい連中揃いで困ったことだ。本当に……小難しく考える必要など、どこにもないというのに。 長らくハンターを続けてきたが、古龍だの黒い龍だの、それらを恐ろしいモノとして分類する方がおこがましいのだと、男は思う。 「もっと気楽にいこうぜ。それこそあんときのジジイの言う通り、百頭くらい狩っときゃ伝説サマにも会えんじゃねーの。知らねぇが」 「……」 「それよか、酒に弱いってーなら先に一言言っとけや。飲み残しやがって、もったいねぇ」 リオレウスかライゼクスでも釣れねぇモンかね、カシワが残した酒を平気な顔で眼下に流し、ゲリョスマンは青年に倣うように木箱に腰を下ろした。 隣の、頭をぐらつかせる話し相手のことは放置しておくことにする。二瓶目の最後の一杯を飲み干して、満足げに息を吐いた。 「つっても……オレがこれから尻尾振る相手ってのは、もしかしたらそういう連中を相手にさせる気満々なのかもしれねーんだがな」 「んうー……なん、なんか言ったか、げりょすまんんー……」 「おいよー、しっかりしてくれよカシワ殿。サイフかアイテムポーチでもあさられても、知らねぇぞ!」 とはいえ、先の森丘でのオオナズチとの攻防で根こそぎアイテムの類は盗まれてしまっているのだろうが……南無三。 あのときのカシワの慌てふためきっぷりを思い出し、心底面白おかしくなって、つい、思わず、毒怪鳥装備は頭に被さっていた防具を片手で外していた。 夕焼けが目に眩しい。温暖期の熱が一時和らぐこのとき、ふとドンドルマで一戦交えた生意気かつ憎たらしい銀朱の狩人のことを思い出す。 「立場逆転、形勢逆転ってかぁ? んなワケねーだろ、噛みつき返す機会を窺ってやってるだけだってーの」 即ち、自分としては伝説はおろか古龍そのものもカネ儲けの一環でしかないのだ。命を繋ぐための糧、その日を凌ぐための飯。それだけでしかない。 アレコレ気を揉むのは時間の無駄だ。そんな暇があるのなら、少しでもカネ儲けの策を講じていたいところだった。 故に、件の騎士がギルドの上層部に打診したという「双焔の猟団の再雇用」計画についてはもうアレコレ突っ込む気にもなれないでいる。 「再雇用」、もとい「再利用」。その発想がもはや、過去を憎みきれていない証拠ではないのか。ほとほとユカの甘ちゃんな思考には呆れるばかりだ。 「まぁ、だからグレーもリラも好きな仕事に就けたワケだがな。オレは……どうなっちまうことやら。しばらくは今回みてぇな仕事漬けかもしれねぇなー」 クッソだるいわー、吐き捨てるように一人勝手に黄昏れた後、マスクを被り直した。 こうして縹の狩人あらためゲリョスマンは、試用試験である「霞龍狩り」を突破して一路龍歴院に立ち寄る。 雲一つない真っ赤な夕焼けは、前途が明るい証明なのか、それとも血生臭い不穏の警鐘か。今の時点では、行く末を予想することすら出来ない。 |
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