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モンスターハンター カシワの書 上位編(44) BACK / TOP / NEXT |
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「……馬鹿にするわけ、ないじゃないですか。センパイっていうのは、『クリノス』センパイのことなんですから」 想定外の返答だったらしい。目の前のハンターは、この地方でも見られる鳥竜――怪鳥イャンクックが好物にタックルを喰らったような顔で目を丸くする。 利き手を掴む手は、軽く振っただけで簡単に振り払うことができた。どこまでも緊張感の欠ける面立ちに苛つきを覚えて嘆息する。 「ボクはセンパイを尊敬してるんです。姉様と対等に話ができて、美的センスもあって、狩りの腕も凄くておまけに美人! 悪く言う必要あると思います?」 「尊敬だー? 昔のクリノスちゃんを知る数少ないハンターってワケか、そりゃカシワ殿に無駄に絡むわな。なぁ、お坊ちゃん」 「そのお坊ちゃん呼びやめてくれません!? そうっす。姉様がハンターとして派遣された土地でペア狩りをしていた腕利き、それがクリノスセンパイっす」 「え、ペア狩り? クリノスが? ……いつの話なんだ、それ」 「話に追いつけていない」。一人困惑した表情を見せる黒髪黒瞳に、朽葉色は苛立ちに嫉視を混ぜてその顔面を睨んだ。 「何故、こんな男が」。クレタにとってカシワは敬愛する姉の相棒をつとめたハンターの現相棒であり、しかし特出した特徴もない平々凡々な狩人だった。 ……四、五年ほど前の話だ。姉がとある交易の盛んな港街と、小さな海上の村とをハンターとして忙しなく行き来していることを知れたのは。 探らせていた家門の者たちに先導され、物陰から見つけたのは……一面に広がる碧と潮の香。屋敷では見たことのない顔で笑う姉と、見知らぬ顔の双剣使い。 『姉様と……誰だ? あのひとは』 街の者に話を聞けば、出会って早々意気投合し、今ではハンターズギルドからも一目置かれるようになった二人として名を挙げているという。 声をかけるのは躊躇われた。余所行きの、誰に対しても不快感を与えぬ笑みを捨てた姉。その横で、磨かれた得物と逆向きの竜鱗を得意げに手入れする少女。 楽師として腕を磨く一方で、家を継ぐ勉学にも励んでいた少年の目に、二人の少女の姿はとてつもなく眩しく映った。 『……綺麗だ……とても』 空と海。朽葉色と天色。竜獣の鱗と爪をあしらった、陽光を跳ね返す未知なる得物。 それが姉にとっての楽器の代わりなのだと、今の彼女らの仕事道具なのだと、クレタは知ってしまった。 (実際の狩りを見たことはないけど……平民たちの話を聞くに、姉様たちが腕利きであることは明らかだった。あの逆向きの竜鱗も、特別なものだそうだし) 途中、気休めに寄った食事場で姉の相棒――クリノス=イタリカそのひとに見つかり、代金を立て替えてもらったこともあった。 険しい顔の職員が広場を行き交う中、血と汗でぼろぼろになった姿で狩り場から帰還を果たし、称賛の声を浴びる様を見かけたこともある。 慌ただしくも輝かしい日々……ハンターという仕事に、生命を手掛けるというその職に嫌悪感を持ちながらも、少年は折を見ては港江タンジアに立ち寄った。 遠くから彼女らを見守ることは、クレタにとってこの上ない喜びだった。屋敷に戻った後も二人の眩い笑顔を忘れたことは、一度もない。 「カシワさんが知るよりずっと早く、センパイは狩りを始めていたんです。ギルドナイトに頼りっきりのあなたに、姉様たちの相棒はつとまらない……」 ……そして現在、龍歴院、ベルナ地方。二人が新たに選んだ地に追いついた頃には、姉はともかく、クリノスは見知らぬ男とコンビを組んで行動していた。 あの頃のように時間を潰しながら話を聞き集めていったところ、驚くことにクリノスのハンターとしての実績は何故か秘匿されているという。 「クレタ。お前もしかして……クリノスのことが、」 「そんなこと一言も言ってないっすよね? ボクはただ、姉様とセンパイを敬っているだけですよ」 この地で新たにパーティを組んだ男のせいだと、そう思った。 モンスターの生態に詳しいわけでもない。鋭い斬撃や細やかな足捌きを見せられるわけでもない。 かといって狩り場の特色を把握しているわけでもなく、仲間に対してはいちいち感情的に詰め寄り私論で一方的になじってくる。 そんな男に、あの天色髪は相応しくない。ましてや、姉と同じ上位相当の腕前であるとはとても信じられなかった。 「センパイの相棒っていう割に、カシワさんって姉様やセンパイのこと何も知らないんですね」 だが、自分が一番苛ついているのはそうして決めつけなければ自分こそが二人に相応しくないことを自覚してしまえていることだ。 クリノスには自ら声をかけることもできず、かといって姉を引き留めることすらできず、ただ姉の心情を知りたくてハンターになってみたはいいものの―― 「そんな、なにも全部知らなくたって狩りは一緒にできるだろ。ギルカの情報だけじゃ足りないのか?」 「分かってないっすね。その人が何者か、どんな経歴か、特技は何か。それを知らないで、どうやって連係を取るっていうんです? 非常識にも程がある」 ――分かっていなかったのは、知りもしなかったのは、自分の方だ。 クレタの意識は回想の中から現在地、森と丘の内側へと戻される。睨みつけた先に、あの憎たらしい黒髪黒瞳の男が一人腰掛けていた。 本当に、憎くて憎くてしようがない。おぼつかない割に、たどたどしい割に、なんだかんだでこの男はハンターとして古龍種に向かい合えている。 自分は、どうだ。対峙しただけで足は竦み、人知れず隠れるように練習していた連撃の方法ですら、獲物を前にして動きを忘れた。 ゲリョスマンなどという奇妙な格好をした男には先を越され、カシワにはあからさまなフォローまでされる始末。情けなさと悔しさで泣きたくなってくる。 「だな、分からないな。そりゃ俺だって仲間のことは知っておきたいと思うさ、けどわざわざ問い詰めるのも……何か、違うだろ」 「それはカシワさんの聞き方が悪いんすよ。信用されてないってことなんじゃないんですか」 「うぐぉ……痛いとこ突くなあ、お前も。そんなもん、ついこの間思い知ったばっかりだぞ。自分でもちゃんと分かってるから、あんまり言わないでくれ」 言葉尻を濁す黒髪黒瞳は渋い顔をしていた。こっちの気も知らないで、ぐっと唇を噛んだとき、不意に肩に軽い衝撃が振ってくる。 「それにしたって。オオナズチのことといい、お前って周りのことよく見てるんだなあ。言い方はきっついけど」 「一言余計っすよ。って、よく見てる? ボクが……?」 「たぶんだけどな、お前は一緒に狩りをしてきた人たちの動きがよく見えてるんだ。だから俺の付け焼き刃っぷりが目にあまってるんじゃないか、違うか?」 「えっ? そ、それは……そこまではどうだったか……ボクだって、避けたり先回りしたりするのでいっぱいいっぱいだったし」 「だと思うぞ? 父さんやカリスタ教官から色々習ったけど、俺のはそれでも自己流だしな。目にあまる……うーん、なってない、って見えるのか?」 「なってな……自覚あるならちゃんと鍛錬してくださいよ!? 足を引っ張られる立場にもなってほしいっす!」 カシワは、クレタの肩に手を置くついでという風にその場に立ち上がった。 見上げた先で、罵られたことなどまるで気にしていない、といった表情がこちらに苦い笑みを向けてくる。 面食らって朽葉色は目を瞬かせた。ここまで悪しように敵意をぶつけてやったというのに、この男は鈍いのか寛容なのか……そこが未だに、よく分からない。 「あー、悪い。それは無理だ。それっぽい真似ならなんとかなるかもしれないけど、ユカとかクリノス、アトリみたいな動き、俺にはできそうにないからな」 「アトリさん? って、誰っすか、それ」 「ユカの知り合いだよ、知らないか。ユカの旧い狩り仲間なんだけど、本人同士は親友同士って言ってるみたいだな」 何故かここで、ベッドに寝転がり直していたゲリョスマンが激しく咳き込み始める。二人は思わずというように顔を見合わせた。 「大丈夫か、ゲリョスマン。風邪でも引いたのか」 「もしかしてオオナズチの毒っすかね?」 「んなっ、だだだだ大丈夫なのか!? まさか俺を庇って……!」 「ンなわきゃねーだろ、このボンボンどもッ!! ……あーあ、オレは外の空気吸ってくるわ。話し合いがヤりてぇなら、勝手にやってな!」 「ええ……? まあ、いいか。いいのか、なんでもないなら」 「そうっすね。にしてもあの人、格好は奇抜っすけど言うことはいちいち的確なんすよね。どこの何者なんでしょう」 案外身近な知り合いかもな、イヤっすよあんなセンス壊滅の人、テントの外に出て行った太刀使いを見送りつつ、二人は好き勝手に口を揃える。 よもやマスクの下で赤面している「中の人」が話に挙げられた太刀使いと同一人物とは、二人は想像すらしなかった。 「……そうそう、狩りの話だったよな。クリノスはお前も知っての通りだけど、ユカやアトリも凄いぞ? 腕は立つし、ポリシーがあって迷いがないからな」 「迷い? 迷いって……相手は凶暴なモンスターじゃないっすか、なにを悩むことが? モンスターを狩るのはハンターの仕事じゃないっすか」 「ほら、考えてみろよ。モンスターだって俺たちと同じ血の通った生き物だろ? それぞれ事情だって、」 「はあ? 事情? 本気で言ってるんすか。やっぱりカシワさんってダメダメっすねー、モンスターに肩入れするなんてハンターとしてどうかと思うっす!」 「……そう、そうか。そうだよな。それで合ってるはずなんだよな。うだうだ言ってる、俺がおかしいんだよな……」 あたりは静まり返っている。今は、木々のざわめきや近場の湖面のさざ波も立っていない。 ふと、世界中から取り残されたような心地になった。クレタはほんの少し上にあるカシワの横顔をそっと見上げる。 心ここに在らずといった、どこか遠くを見つめる眼差しがあった。姉と同年代にしか見えないあどけなさを残す面立ちが、何故かもの寂しい色を帯びている。 「カシワさん? ちょ、なんすか、何いきなりシリアスってんですか。どうしたんです?」 「分かったんだ、周りが見えてないのは俺の方だって。知ったような気になって、誰のことでも救ってやれると思ってる……思い上がりにも、程があるよな」 「いやっ、カシワさん、ボクは何もそこまで言ってないっすよ。そんな深刻に捉えなくても」 「お前とここに来られてよかったよ。なあ、クレタ。俺は、」 「――おいよー、なんでもイイけどよ、お二人さん。ぼちぼち狩りに行ってやらねーと、ペイントどころかナズッちゃんだって飽きて余所に行っちまうぞー」 思い詰めたような、感情を削ぎ落とした表情。なんとか言葉を掛けようとした矢先、テントに先の毒怪鳥装備が戻ってくる。 話はまだ途中だ。だというのに、空気はすっかり霞龍狩りに戻されてしまった。防具の様子を確認しながら、クレタはカシワの背中を盗み見る。 どの狩り場にもいる狗竜一派と、いくつかの鉱石素材から成る防具。自分のそれに比べて価値も性能も遥かに劣るそれだが、この狩人にはよく似合っている。 手堅く、親しみを感じられ、ハンターという職を身近に感じられる装備だ。もしかするとカシワという男はそのような狩人なのかもしれない。 (だったら、どうして……あんなものの言い方を) 「思い上がりにも程がある」。何故、どうしてそこまで極端な物言いをされたのか。 自分がその一因をかっていることを棚に上げ、朽葉色の狩人は二人のハンターに促されるまま手荷物を鷲掴みにしてテントから飛び出した。 狩り場全域を覆っていたはずの山霧は、一旦はなりを潜めている。マップを開いて目的地に目星をつけながら、狩り人一行はベースキャンプを後にした。 ――何故、どうして。 森丘区域に君臨した霞龍は、視界の先につい先刻まで対峙していたハンターたちの姿を見つけて、ぎしりと牙を噛み鳴らした。 姿が見えなくなったのだから、てっきりあの一行はこちらの妙技に恐れを成して逃げ帰ったとばかり思っていたのだ。 自分はそれだけ強い力を持つ生き物なのだから、彼らに恐れられることこそ正しい在り方なのだと……これまでそう信じて疑わなかった。 (そのはず、だったのに……) 連係は取れておらず、姿形だけでなく動きもてんでばらばらで、互いの目的や意図がすれ違ってばかりいた面々。 ……本来、複数人で狩り場に訪れた場合の二足歩行は、言葉や視線で事細かく意思疎通をはかりながら狩りをするという。力の差があるのだから当然だろう。 だというのに、彼らはまるで「なってなかった」。終いには狩りの最中に大声で怒鳴り合いを始め、姿隠しの道具まで使う始末。 「手折られてやる」つもりもなかった霞龍は、面食らって哄笑した。 先の、東方より訪ねてきた同胞の警告など他愛ないものだったのだと。彼らが去ったことで自分はこの地の守護者になれたのだと、そう思っていたのに―― 『なのに、どうして……なんでっ! なんでまた、ボクの前に現れるのかなあ!!』 ――再び対峙する、三つの二足歩行。 何故か、今回は彼らの中央に、枯れ落ちた葉っぱと同じ髪色をした年若い個体が陣取っている。 「よし、段取り通りにいくぞ。ゲリョスマンは好きに頼む。俺は、」 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、カシワさん。さっきの『アレ』、本気なんすか!?」 「アッハ、なに言ってもムダだろ! フラヒヤ住まいのクソガキなんざと仲良くやれる、天下のカシワ殿なんだぜ!」 好む戦法、姿隠しという秘技、キャラクター。そのくだりから、霞龍一派は「吼える」ということをまずやらない。 したがって「彼」の怒声は、俄に宙を震わせるだけだった。再度牙を鳴らした矢先、向かって左から毒怪鳥の皮を被った男が、右から黒髪黒瞳が駆けてくる。 まずは迫りくる外敵の排除を――いつものように舌で薙ぎ払い、モノをくすね、逸る心をへし折ってやろうとした、正にそのとき。 「……カシワさん! 二、一、『真上』っす!!」 「うぉおおおおおっ、早いな!?」 得手とする業だった。だいたいの「はんたー」はこれで追い払えていた。だからこそ、いつも通り、自信満々に舌を振るったというのに。 『!? そんなまさか、避け……っ』 「よし!」 「外したったああ!!」 その朽葉色の号令とともに、黒髪黒瞳はひょいと跳躍した。僅か、一秒、二秒の、刹那のことだ。 男がそうした「指示」通りに動いた結果、霞龍が放った舌による――盗み効果も付与した薙ぎ払いは、虚しく宙を切っていった。 『おかしい、こんなことは今まで一度もなかった』。確かな自負とプライドをもっていた龍は、納得がいかないとばかりにもう一度舌を走らせる。 「――おいよー! 同じ手に固執するのも、どうかと思うぜ!!」 結果は同じだ。 朽葉色が謎のカウントをとると同時に指示は飛ばされ、それに倣った動きを見せることで黒髪黒瞳は瞬時にこちらの攻撃を見切り、避け、体勢を整える。 どういうことか、意味が分からない。動転しかけた瞬間、肩から片腕にかけ、鋭い痛みが斜め方向から血潮とともに噴き出した。 斬られたのだと知ったのは、眼下、青鈍仕立ての男が長く鋭利な得物を構え直したのが眼に映ったためだ。 黒髪黒瞳が大きく派手な回避行動をとるために、視線がどうしてもそちらに向いてしまうらしい。男が握る白光を帯びた刃は、今は赤黒い体液に濡れている。 『……!! さっきのっ、毒怪鳥装備!』 「イイんじゃねぇか、カシワ殿! よく見てる、だったか……悪ぃ作戦じゃねぇんじゃねーの!」 「油断禁物っすよ! 怒り状態、毒ブレスが滞留しているか否か……そこだけでも、振り方に変化が出ることもあるみたいっす!!」 「問題は、それに俺がついていけるかどうかだよなあ……頼むぞ、クレタ!」 「任せてくださいよ! 品評、鑑定、目利き、審美眼……貴族のたしなみ、ってヤツっすよ!!」 先刻と違っている。 動き方に、連係に無駄がない。先のように激しく揉めている気配もない。 恐らくは作戦を練り直してきたのだ――自分という生命を念入りに手折るためだけに! 霞龍は震撼した。それと同時に、沸々と猛烈な怒りが湧いて出る。 『さっきまで、あんなに、あんなに内輪揉めしていたっていうのに。ボクは古龍、霞の銘持ちなんだ! 二足歩行がいくら束になったところで……!!』 たかだか数十分、作戦とやらを練った程度で。たった三人ぽっちで、古龍という偉大な生き物をどうにかできると思っている。 その思い上がりが許せなかった。自分はこれまで湿地帯とこの森丘とをまめに行き来し、都度腕を磨いてきたのだ。二足歩行ごときに、破られるはずがない。 「右、がら空きっす! ゲリョスマンさん、右下踏み込み一歩未満、振り向き薙ぎ払いで腕、イケるっす!」 「ハハッ。できればオレは、尻尾が頂けたらありがてーんだがなぁ!」 「クレタ! 次、角だよな!? 懐に飛び込むから次の舌の予備動作、教えてくれ!!」 破られるはずが、ないのだ。 何故、どうして……取るに足りない生き物たちの世間話、風牙竜の噂に聞くところによれば、二足歩行たちの絆のなんと脆く、儚いことか。 狩り場における彼らの性根も聞こえてきている。連係を取ることができる者たちなど、実はそう多くないのだと……誰もが身勝手であることが前提なのだと。 彼らの狩りが成功する確率と、彼らが仲違いを起こす確率。それは彼らの関係性を天秤にかけることでようやく見えてくる話だという。 『ボクは、この区域の初めての守護者に選ばれたはずなんだ。強いはず、君たちには負けないはず……少しばかり、作戦タイムがあったからって!!』 怒りに任せて山霧を喚ぶ。あたりは瞬く間にほの暗く塗り替えられたが、怒りに燃える霞龍は駆け寄ってくる何者かの足音に反応するのが、僅かに遅れた。 『くうっ……ま、また!』 藤色の、龍鱗が一体化した自慢の表皮に傷が増えていくことを実感する。じくじくと疼くように痛むのは、恐らく火傷痕だ。 二足歩行のうち黒髪黒瞳の男は――恐ろしいことに、火を熾す得物を携えていた。風で押し返してやろうにも、気づけば彼は己が間合いに入り込んでいる。 こうなっては避けようがない。体表を炎で撫でられ苦鳴を上げた古龍は、なんとかやり過ごそうと顔は正面に向けたまま後方へ跳び退った。 相手もそこそこのダメージを受けているとはいえ、彼らの一方的なやり方は気に入らない。なんとかして活路を見出さなくては―― 「……さん、に、いちっ!!」 「よし、避けた!」 『や、避けた、じゃないんだよ。ボクだって痛いのはイヤだし、なにより多勢に無勢というじゃないか!』 ――いったい、どうやってこの短時間の間にここまでの信頼関係を築くことができたのか。 険悪な雰囲気も、嫉視の眼差しも、その全てが今この場では緩和されている。まるで、先の揉めごとなど親しくなるための前振りだったと言わんばかりに。 (前振り……そんなこと、あるはずない。だってボクは古龍だ、実力を認められた龍なんだ。だから、こんな連中のことはすぐ追い払えるに決まってる!) 二足歩行たちの事情など、知ったことではない。無論、彼らだけではなくこの狩り場に住まう他の生き物たちも同様だ。 自分という優れた個があるからこそ、狩り場の安定は守られる。自分という有能な主がいることで、二足歩行たちは獲物を追う勇気を得ることが出来るのだ。 だというのに、そんな自分を彼らは容赦なく手折りにやってきた……わざわざ連係を取りやすくするために、一度退いたと見せかけてまで! 『仲間を見下げていたくせに……君たちなんかに「祖」にようやく認められたボクを手折ることなんて、出来るわけがないんだ!』 文字通り、霞がかった怒声が絶えず山霧を喚ぶ。 鈍く暗い靄がけぶる視界の先で、群青と深紅の牙が火花を熾す様を、龍は見た。 |
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