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モンスターハンター カシワの書 上位編(43) BACK / TOP / NEXT |
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前方には古の龍、背後にはほぼほぼ初対面の若い狩人。逡巡したのは一瞬のうちだった。 「クレタ! たぶん、そこにいたら危ないぞ!!」 カシワが発したどこか間の抜けた警告に、エリア入り口に立つクレタは渋面を浮かべて返す。一方でその頃にはゲリョスマンも動きを再開させていた。 蛍光色じみたどぎつい赤色の煙が宙にほどけ、特有の臭気にさしもの霞龍もほんの僅かに視線を落とす。 ペイントボールは古龍の肩に命中していた。手首を回す男に新たに現れた若者、黒髪黒瞳。霞龍はキョロリと三者を見比べると、ふと身を低くして後退する。 一定の距離が空く。追いすがろうと駆けてきたクレタを嘲笑うように、オオナズチはぐっと力を溜めるかのように俯いた。直後大ぶりの翼が打ち鳴らされる。 「うわっ……あ、あいつ逃げるっすよ!?」 「アホかよ。『逃げて頂いた』っつーんだぜ、ああいうのは」 「みすみすこのまま逃がすんすか!? せっかくこのボクが来てあげたのに……!」 軽々と巨躯が浮く。見上げた先、古龍は三人のことなどお構いなしにまっすぐに北の方角へ飛び去っていった。 てっきり新手めがけて毒塊を吐くのではないかと思っていた後輩狩人は、オオナズチがエリアを移動したことに素直に胸を撫で下ろす。 あの藤色の翼は、風を起こすためだけのものではなかったようだ……そりゃ当たり前か、首の後ろをポリポリと掻きつつ、カシワは一路仲間の元へ向かった。 「だいたい、だいたい! このボクを放置して先に霞龍狩りを強行するなんて……パーティ狩りっすよ、分かってるんすか!?」 「よぉ、カシワ殿! アイテム、霞龍サマにクッソ盗まれてなかったか。笑わせてもらったぜ!」 「あー、いや、あのな、ゲリョスマン……」 「っていうか、カシワさんはまーたペイント投げてないし! なんなんすか、片手剣使いの自覚あるんすか!?」 「……クレタ、お前も変わんないなあ。それよりお帰り、無事でよかった。どのへんまで行ってきたんだ?」 「は、話を逸らさないでくださいよ! ……自分のことは棚に上げて、答えるつもりないんすね。この中じゃ一番ランク低いだろうに、いいご身分っすね!」 合流した仲間たちは、良くも悪くも変わらずにいてくれた。息を切らしてまでがなる若者には、つい瞬きを何度か返してしまう。 ランク、つまりはハンターランクのことだ。言われて初めて、後輩狩人は彼らとはギルドカードはおろかまともな情報交換さえしていないことに気がついた。 とりあえず交換を、とモソモソ装備の内ポケットをあさっている最中、毒怪鳥装備はニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて朽葉色を観察している。 なんすか、不機嫌さを隠さない声色に、森丘なんぞで迷子になったんかと思ってよ、悪びれもしない直球が返されていた。 「おっ、あったあった! なあ、ギルカの交換って――」 「やっ、やっぱり! おかしいと思ったんすよ、ボクを蚊帳の外にするつもりだったんすね。手柄欲しさっすか、何が目的なんすか!?」 「手柄だぁ? ンなもんで腹が膨れるかよ。てーか、オレがいつ『霞龍は任せた』なんて言ったよ? 初対面の人間を信用する方がどうかと思うぜ!」 ――顔を上げたとき、クレタがゲリョスマンを手で押しのけたのが見えた。山霧が立ち込める中、なんと二人は未だに揉めていたのだ。 「ちょ、ちょっと待て、ここは狩り場だぞ? 喧嘩するなら狩りが終わってからの方がいいんじゃないか」 「喧嘩? 喧嘩って! 喧嘩なんかしてないっすよ、ボクはただ!」 「カシワ殿、なんとかしてくれよ。か弱いオレをこの実力大先輩サマがイジメんだよ」 「だから誰が誰をいじめたって言うんすか!? いい加減、ちょっとはまともな会話をしてくれないっすかね!」 「いやあの、分かった、とりあえずカード交換はやめとくか! それよりペイントボールの効果がもったいないぞ、先に霞龍のところに戻らないか……」 話を聞く気があるのか、まだまだ揉めるつもりなのか。内心はらはらしながら仲裁に入る後輩狩人だったが、意外にも朽葉色はすんなりと首を縦に振る。 「分かってるっす。時間もないことだし、ボクだって優先しなきゃいけないことの区別くらいついてるっすよ」 ……この二人は、確かに上位ランクのハンターだったのだ。切り替えの早さには驚かざるを得なかった。 先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら、道具の用意や武器の手入れ、方角の確認など、素早く済ませる二人の姿にカシワは無意識に頷き返す始末である。 「いいっすか、カシワさん! 回復薬を盗まれるのはカシワさんのミスなんで、ボクはフォローしないっす。邪魔だけはしないでくださいよ」 「うぐぉ……わ、分かってる。分かってるつもりだ、これでも」 「アッハ。そういうクレタクンは、ずいぶんアイテムいっぱい持ってんじゃねーの……どれも採れたて摘みたて、って感じじゃね?」 「誰のせいだと思ってんすか! あとから合流するものだと思ってたから、仕方なく採集して時間を潰してただけっす!」 仲がいいのか悪いのか、はたまた狩猟に協力する気があるのかないのか……いまいちよく分からない。 憤慨しながらもしっかりとハンドサインでエリア移動を指示するクレタの先導に、ゲリョスマンともども大人しく追従することにした―― 「……いた、っすね。まだ怒り状態みたいっすけど、ダメージがかさんでるし今がチャンスっす」 ――エリアをまたいだ直後、霞龍の姿を目と鼻の先の立木の近くで見つけた三人は一旦その場に踏み留まる。 四番エリアに繋がる細道の岩壁に身を寄せ、小声でぽそぽそとやりとりをしていると、クリノスたちとしてきた狩りとの違いにまず驚かされた。 彼女とも「獲物を視野に入れながら打ち合わせをする」ことは何度かあったが、ゲリョスマンはそれを鼻で笑い、一方でクレタはより慎重に声を潜ませる。 一言でベテランハンターって言っても色々なんだなあ、とカシワは今更に一人でウンウンと首を振るばかりだった。 「ボクが後ろから行くっす。尻尾を切るのは任せてください、太刀使いなんで!」 「太刀使いねぇ……んじゃテキトーに任せるわ。行くか、カシワ殿」 「うんっ? ああ、頼むな。クレタ」 「高ハンターランクの優秀、有能なボクが一緒なら、オオナズチなんてあっという間っすよ! 全然余裕っす!」 優秀、有能。得意げに走り出した朽葉色の背中を目で追いながら、カシワもゲリョスマンともども龍との距離を詰める。 ……カシワにとって優れたハンターといえば、ユカやクリノスの名が先に思い浮かんだ。最近ではマルクスやステラ、アトリもそうだと思えてきたところだ。 日頃の言動やモンスターに対する姿勢はもちろん、咄嗟の判断や知識量など、それぞれのハンターには互いにはない個々の差が見てとれる。 その微妙な差こそがその狩人の個性ないし技量であり、またその人たらしめる度量でもあることを、短いつきあいながら汲めるようになってきたばかりだ。 この半年と少しの間に経験を積んできたからこそ、見える視点……相棒らには遠く及ばないが、モンスターのことも少しずつ理解が進んだように感じている。 「――当たれぇええええっ!!」 だからこそ、カシワは一人で静かに動揺するしかなかった。 あれほど思わせぶりな――ゲリョスマンに煽られた部分もあったが――発言を連発していたクレタの攻撃が、何故かオオナズチに当たらないのだ。 接近し、得物を振り抜き、肉薄する。だというのに、まるで自ら狙いを外しているかのように刀刃は龍をことごとく避けていった。 「クレタ、どうしたんだ!? さっきから、」 「カシワさんは黙っててください!! こんなの、ちょっと調子が悪いだけで……!」 若者の武器は雌火竜素材の太刀だ。製造過程や大元の素材こそ違えど、気迫を魅せる毒怪鳥装備の得物と確かに同じ武器種のはず。 だというのに、踏み込みが甘いのか、あるいは刀身が途中で折れでもしているのか……そう思わせるほどにクレタの一撃はどれも全てが空振っている。 「おいよー、どうしたってんだよ、クレタお坊ちゃん! 全然当たってねぇんじゃねーの!」 「わ、分かってるっすよ! 今やってるでしょ、黙っててください!」 本人も内心焦っているのか、返される声はどれもが刺々しかった。つい、思わず、といった風にゲリョスマンからも野次が飛ぶ。 毎回丁寧に答える朽葉色だが、その横顔からは先の余裕は消え失せていた。フォローするべくさりげなく彼の横に位置取りし、カシワは己の得物を走らせる。 「うっ!? か、カシワさん……」 「クレタ。お前もしかして、どこか調子悪いのか。顔色悪いぞ……もしそうならベースキャンプで休んできても大丈夫だぞ、無理するな」 「こ、ここまで来て何を馬鹿なことを……戦力外通告なら、カシワさんの方に決まってるじゃないっすか!」 「せ、戦力外って。お前なあ、誰もそこまで言ってないだろっ?」 プロミナーの表層から火花が熾り、藤色の表皮を剣筋が撫でる。たったそれだけで、オオナズチの体表に小さな傷と確かな火傷痕が刻まれた。 ゲリョスマンが言うように、この古龍の弱点は火の属性のようだ。少しずつ、ごく僅かでも、着実に霞龍のダメージは増えている。 実際に――苛烈な攻撃を繰り出す毒怪鳥装備が斬れ味か間合いを整えるべく退がった瞬間、古龍が粘着質な視線を向けてくるのはもっぱらカシワの方だった。 (……! リオレウスのときも感じたけど、その比じゃない。凄い殺気だ) 凹凸の目立つ眼と、不意に目が合う。恨みと怒り、憎悪を滲ませる眼差しは、白濁した山霧越しでもゾッとするような恐れを感じさせた。 「カシワさんっ! 引っ込んでてくださいよ、ボクの邪魔っす!!」 「あだっ!? く、クレタ、お前……」 思考は強引に引き上げられる。そのとき、目線だけでの応酬の上で、自分は眼前の龍と会話をしているような心地に陥っていたのだ。 独擅場である狩り場に、自分とその主だけが在るようなある種の錯覚……その幻想から現実に引き戻してくれたのは、近場で太刀を握っていたクレタだった。 背中に痛みと衝撃を感じ、何故だか彼に蹴られたのだとカシワは知る。よろめいたところで、立ち位置を入れ替えるように朽葉色が前に出た。 「ボクだって、わたしにだって、これくらい! ……せやあーっ!!」 気合いの籠もった絶叫と一振り。雌火竜特有の裏葉に彩られた切っ先が、まっすぐに弧を描いてオオナズチに迫る。 息を殺し、目を見開いて、後輩狩人はその太刀筋の行方を見守っていた。それほどまでに、クレタの声には何かしら命を懸けるような気迫を感じられたのだ。 「――あぁ? ンだよ、ちゃんと『斬れる』んじゃねーか」 リオレイアが、獲物めがけて渾身の突進を見せるように。若者の放った斬撃は、確かに龍の体表を捉えて緋を宙に躍らせる。 刹那、どうしてかカシワは我がことのように顔を輝かせた。当たった、きちんと攻撃できた――そんな当たり前のことで、何故か驚くほど胸が躍ったのだ。 毒怪鳥装備の放つ嫌味など聞こえもしない。顔を上げたとき、後輩狩人は目の前の若者が、得物を振り下ろした格好のまま固まっているのを見て当惑する。 「あ、……あぁ」 「クレタ? お前、どうし……」 「あ、ああ、き、斬った、斬った……ボクが、生き物を……ち、血が、血がぁ!!」 何が起きたのか、よく分からない。唖然とするカシワの前で、クレタは武器を握ったまま突然パニックを起こして喚き散らした。 「チィッ、やっぱりか。言わんこっちゃねぇ!」 「ゲリョスマン!?」 「ちょっとどいてろ、カシワ殿!」 得物は鞘から抜かれたままだ。四方八方、でたらめに刃を振り回され、後輩狩人は後退を余儀なくされる。 オオナズチもまた困惑したように後退っていた。間合いが開く、山霧が次第に薄らぐ。チャンスではあるものの、近寄ろうにもクレタの太刀筋が邪魔をする。 大振りの動きだが、錯乱している若者の急変にカシワはどうすることも出来ずにいた。その隙を突くようにゲリョスマンが強引に二人の間に割って入る。 止める暇もない。男の手に握られていた物体が、容赦なくクレタの顔面に投げつけられた。先のペイント同様、見知った煙と臭いが視界を覆う。 「ゲホッ、なあ、これって……」 「今は霞龍サマも落ち着いてる。キャンプに戻っぞー、カシワ殿!」 首根っこを掴まれたときには、視界の端に見慣れたネコタクの影が映り込んでいた。 わけも分からない状態で、カシワはゲリョスマンに引きずられるまま、一路狩り場から離れることになる。 「――んで? そろそろお喋りしてもらおうじゃねーの、クレタお坊ちゃん」 森と丘、ベースキャンプ。腕の金時計を確認したところ、残り時間はすでに半分ほどを切っていた。 散々斬ってやったんだからボチボチだろ、そう言い放つゲリョスマンはキャンプに設置されたベッドにクレタを座らせ、カシワともどもその向かいに立つ。 見下ろされる格好の朽葉色は、逃げようとはしなかったものの口を固く結んでいた。膝上で握り締められた拳が見ていてなんだか痛々しい。 「お喋りって……何をどう話せって言うんだよ? クレタは具合が悪いだけだろ?」 「おいよー、それマジで言ってんのかよカシワ殿。ンなわけねーだろ。コイツのご自慢話、散々聞かされてきただろーが」 嫌味と侮蔑を隠しもしない声色に、クレタは小さく肩を跳ねさせて余計に縮こまる。 そんなに脅してどうするんだよ、カシワは宥めるように手を伸ばしたが、直後その手は若者自身に払い除けられてしまっていた。 「そう言って……ボクがモンスターを直接斬ったことがない初心者だからって、馬鹿にしてるんでしょう」 返ってきた言葉に面食らう。何を言われたか理解が追いつかず、後輩狩人はたまらず毒怪鳥装備を見上げていた。 盛大な溜息が返される。端から予想していたのか、途中で見抜いたのか……わざとらしく前屈みになると、ゲリョスマンはクレタの額に己のそれを近づけた。 「ばっかじゃねーの? してねーよ。道楽で邪魔してくれやがった責任をどう取らせてやるかと思ってよ! なぁ、高位楽師マーレ家のお坊ちゃまくんよ」 「なっ、なんでそれを! 父様にチクるつもりなんですか!?」 「うん? コウイ? ガクシ? そうか。ゲリョスマン、お前クレタと知り合いだったのか」 話に入っていけない、手持ち無沙汰だ。しかし、ここで水を差すわけにもいかないだろう。 よって純粋に生じた疑問を口にしたカシワだったが、何故か二人はガクリと力なくうなだれるばかりだった。 「あのですね、カシワさん……」 「おいよー……カシワ殿。なんだってそんな話になるんだよ、力抜けちまうだろ」 「なんでだよ? 俺は名前くらいしか知らないのに、お前はクレタの家のことも知ってるんだなあと思って。それだけだろ、なんか変なこと言ったか?」 「知ってるってか、そうきたか……あーあ、ヤメだヤメ! クッソ面白すぎて、ヤる気も失せるわ」 そう言うや否や、毒怪鳥装備は背中からベッドに飛び乗り、ひと一人分の距離を開けて朽葉色の隣に寝転んだ。 倣うように二人の隙間に挟まってみた後輩狩人は、「笑えねー」、「なんでそこなんすか」、と双方から猛反発を喰らい、仕方なく土間に腰を落ち着かせる。 見上げた先で、クレタは険しい顔で俯いていた。幼い頃、黒い龍のことで村の子供らからかわれ逆上して暴れた自分の面影とどこか重なる。 思い返してみれば、この若者にはいつでも余裕がなかった。かといって、二人がかりでからかった覚えもなかったが……。 「……ボクは、確かに上位ランクのハンターっす。でもそれは、厳密にはボクの実力とは言いきれなくて」 「え? どういうことだ?」 「だからっ、ランクは上位だけどボク自身はモンスターに攻撃したことがないんすよ! いつも周りが『やってくれてた』から、斬る必要がなかったんす」 もごもごと口ごもっていたクレタは、しかし数分も経たないうちに事情を明かし始めていた。 沈黙に耐えきれなくなったのか、毒怪鳥装備の圧に負けたのか、それは分からない。だが、若者の告白は後輩狩人にとって理解しがたいものに違いなかった。 「斬る必要がない? そんなこと有り得るのか。攻撃しなかったら討伐どころか捕獲にも持っていけないだろ」 「そうなるまで、周りが……良くしてくれる仲間がボクの代わりに狩りを進めてくれたんですよ。毎回、メンバーは替わってましたけど」 「だからって! ハンターズギルドはそれでいいって言ったのか。上位ランクへの昇格には試験だってあったはずだろ?」 「……よぉ、カシワ殿。ハンターズギルドのお偉いさん方曰く、『狩りの仕方に明確なルールはない』んだとよ。容認してっから昇格できた、それだけだろ」 「容認って……それじゃ、急ぎのクエストを一人で受けなきゃいけなくなったとき対応できないだろ……」 ゲリョスマンに割り込みめいた補足をされ、余計に混乱する。カシワ自身には考えられない話だった。 己の経験と知識、周りからの助力、狩ってきたモンスターの素材で作製される武具の類い。それら全てを糧にして、狩猟は成されるものと信じてきたからだ。 クレタの話は俄には信じがたいものだった。しかし、こちらを見下ろす若者の顔は嘘を言っているようには到底見えない。 「ボクがこの装備を作れたのも、仲間が狩りを先行したからっす。ボクがやるのは報告書の作成やアイテムの調合、狩り場やモンスターの下調べくらいで」 「ちょ、ちょっと待ってくれクレタ。お前はそれでいいのか? 上位に上がったんだ、いつかこうなるって、予想はできたんじゃないか」 「でも悪いことはしてないっす。密猟、密売、殺人、横流し……そういう、本当に悪いことは処罰されるとは聞きましたけど……ボクはやっていないんで」 「密猟」と聞いたゲリョスマンの肩がピクリと跳ねた気がしたが、カシワは一応、なにも見なかったことにする。 「それはそうなんだけどな……なら、お前はなんでハンターになったんだ? ガクシ、なんだろ。無理にハンターを目指さなくっても」 「それは……、……『姉様』が、ハンターになるって言って家を出ていったので。その気持ちを知りたくて」 「え、お姉さん?」、そう聞き返すことは出来なかった。やおらベッドから飛び降りたクレタが、掴みかかる勢いでカシワに食ってかかってきたからだ。 否、むしろ胸ぐらに縋りつかれる。ガクガクと激しく上半身を揺さぶられ、黒髪黒瞳はされるがままになるしかない。 「そう! 姉様っす!! ボクが尊敬してやまない、楽才の塊のひと! なんでっ、どうして姉様はハンターなんかにっ!!」 「……おいよー、そりゃマジかよ。寄生クンってだけじゃなく、シスコンってか」 「シスコンなんて低俗な言葉、姉様には合わないっすよ! 撤回してください!! ……それより今は姉様の話です。姉様はなんだってハンターになんか、」 「くくくくクレタ、ちょ、おま、離し……」 朽葉色は半ば発狂していた。彼の「姉」に対する情熱がこれほどとは思わなかったが、全力で揺すられてカシワはただ困惑するばかりだ。 ここまで弟に慕われていながら、音楽家の道を捨てたという、彼の姉。その人のことは何一つ知らないが、家を出るくらいなのだから相当の覚悟の上だろう。 意外な話を聞くことになったが、クレタがハンターを続けていられる理由にはまだ納得ができなかった。彼の振る舞いはどうしても腑に落ちない。 ぐるんぐるんと目を回しながらも、続きに耳を傾ける。ゲリョスマンの遠回しな制止にも耳を貸さず、若者は苦い顔で心情を吐き続けた。 「おかしいんです。姉様は将来有望な、誰が見ても完璧な貴人だったのに……音楽を心から愛していたのに、楽器だけじゃなく家督さえボクに譲るだなんて。 ハンターなんてモンスターの命と引き換えに金銭を稼ぐ野蛮人じゃないですか。どうして姉様が、そんな連中と同じ道を志さなきゃいけなかったのか……」 ……彼が、実姉をどれほど愛していたか。それはこの短いつきあいの中だけでも十分に理解できる。 だからといって、それを讃えるために他の全てを下に見ていいはずがない。ほとんど無意識に、カシワはクレタの手を掴み返していた。 「クレタ……お前は、それだけ大好きだったお姉さんと少しでも話をしようとは思わなかったのか」 「え……か、カシワさん?」 「気づいてるか。お前の話を聞いてるとな、お前、自分のことしか話してないんだぞ」 自分でも驚くほどの、冷たい声が喉から這い上がる。まるで、心臓が、五臓六腑が、己の内側の全てが、斬竜の火炎嚢に変貌してしまったかのようだった。 「ハンターが、野蛮? 金目当て? そうだな、そうかもしれない、お前の言う通りかもしれないな。けどな……」 「……おいおい、カシワ殿。なんつー顔してんだよ」 「え、な、なんすか、まさか怒ってるんですか。だって、ハンターが野蛮なのは、生き物を殺してるっていうのは本当のこと……」 「そうだ。だからこれは、俺の勝手な言い分なんだ。だから聞き流してくれたって、全然いいんだ」 もし、あのときのディノバルドがこの場にいたとしたら。「彼女」もまた、こうして「誰か」のために喉奥を煮えたぎらせていたのだろうか。 狩り人は考える。自分は今、どんな顔をしてここに在るのか……果たして、あの日の斬竜に恥じないハンターでいられているのか。 クレタの姉が如何なる人物であるのか分からない。しかし、目の前の若者の言い分に黙って首を縦に振ることが出来るほど、自分はできた人間ではなかった。 「なあ、お前がお姉さん以外のハンターを野蛮だって言うなら、俺の仲間もってことになるんだぞ。その中にはお前の言う『先輩』だっているかもしれない」 「そんな、違いますよ! ボクが言ってるセンパイっていうのは!」 「違わないだろ、言ってるだろ! 俺のことはいい、へっぽこなのは自覚してるからな。でもな、俺の仲間のことまで悪く言うのは……なんか、違うだろ」 姉に対する敬愛、ハンターに対する嫌悪。クレタの持つそれらは矛盾こそしているが、どちらも間違っているわけではない。 だからといって、姉以外の全てを低俗な人間だと断じるならば――自分の知る「優れたハンターたち」の姿を思い出し、カシワは奥歯を噛み鳴らす。 「皆が皆、金のためだけにハンターをやってるわけじゃないだろ……話を聞きもしないで、決めつけるなよ。俺の仲間を、まるごと悪く言うのはやめてくれ」 本当なら声を荒げて怒鳴っておきたいところだった。しかし、それでは私情と感情に任せて喚いた目の前の若者と何も変わらない。 なんらかの痛みを耐え忍ぶように、後輩狩人は下を向く。視界の端で、クレタの自慢の得物「飛竜刀【翠】」がカンテラの灯を反射させ、艶めいていた。 |
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