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モンスターハンター カシワの書 上位編(42)


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「うおっ、なんだコイツ!?」

邂逅直後の第一声は、なんとも間の抜けたものになってしまった。
崖の上のオオナズチはこちらに気づくや否や、ぬるぬるとした動きで岩肌をなぞるように這いずり、音も立てずに地上に降りてくる。
やはり、爬虫類に似た動きだった。半身を上げて眼玉をくるりと回し、まるで腕利きのガンナーが標準を合わせるかのように鋭い視線をこちらに向けてくる。
鋭い……鋭い、で合っているのだろうか。頭部の造形といい凹凸の目立つ眼玉といい、モンスター特有の畏怖と同時に妙に愛嬌めいたものを感じるが――

「おーおー、余裕ぶってるツラだなァ。クッソ気に入らねーわー。カシワ殿は好きに動けや、オレもテキトーにヤるからよ」
「ああ、分かった……って適当ってなんだよ!? そんなの作戦のうちに入らないだろ!?」

――カシワの動揺をまるっと無視して、ゲリョスマンが先に飛び出した。プロミナーを掴んだまま慌てて後を追う。
待ってました、とばかりにオオナズチは口元をたわませた。不気味さと愛嬌が曖昧に混在する顔面が、半開きの口に合わせて大きく歪む。
その両端に、確かな鋭牙と先端に丸みを帯びた「舌」らしき物が見えた。舌だ、と気づけたのはそれが艶めかしく蠢き、直後宙を切ったからに他ならない。

「うおっ!?」

一体どこにこれほどの長物を潜ませていたのだろう……舌が動いた、そう視認した瞬間、オオナズチの口から射出された長い得物は宙を横薙ぎに寸断した。
とんでもない早さの薙ぎ払いだ。咄嗟に前に転がり直撃を避けたカシワだったが、気づけば目の前に藤色の巨体が立ちはだかっている。
――間合いだ! 跳び退ろうとしたとき、ふと視線が重なった。キョロリと蠢く眼玉は、何故か先ほど話を交わした不可思議な装備の男の姿を思い出させる。
息を詰まらせた瞬間、横から黒い影が飛び出した。ゴム質の光沢が視界を滑り、刹那、抜かれた鉄刀の剣筋が自分と古龍との間を裂いている。

「げ、ゲリョスマンっ……」
「おいよー、カシワ殿! オストガロアの撃退ってーのはただのマグレだったんかよ?」
「だから、なんでお前がそれを知って……うぇっ!?」

言葉は最後まで吐き出せない。首根っこを掴まれ、強引に距離を離されたからだ。
結果として後輩狩人は命を拾った。間合いが開いたおかげで、直後のオオナズチの片腕による引っ掻きをなんとか避けることができたのだ。

「オレの情報網なんざ、今はどうだってイイだろー。それよかボチボチ仕事してくれよ、こんなモンじゃねぇんだろ?」

見上げた先でバイザーが陽光を反射させている。抜き身の太刀を担いだ毒怪鳥装備の姿は、妙に頼もしく見えた。

「……ゲリョスマ、――あだっ!?」
「あ、ヤッベ。忘れてたわ」

立て直した矢先、背中に衝撃が走る。振り向いた瞬間、カシワは急に息苦しさを覚えてその場で何度か咳き込んだ。
ぽたぽたと、なにやら生温かいものが口端から滴り落ちる。何事かと液体を受け止めた革手袋に視線を落とすと、表面にべったりと鮮血がこびりついていた。

「う、ンッ!? なんだこれ、なんで血が……」
「あーあー、言わんこっちゃねぇ。カシワ殿は一旦『解毒』でもしてきな!」
「ちょ、ちょっと待っ、」
「待つワケねーだろ。オレは、面倒くせぇのは御免なんだよ!」

足元や防具の一部には、吐きかけられた毒が今も残されている。手で払い、なお咳き込むカシワと入れ替わるようにしてゲリョスマンが前に出た。
すれ違いざまに突き飛ばされた後輩狩人は、男の攻勢を見送ると同時に「そうか毒か」、と変に納得してアイテムポーチを開封する。
後方、抜かれたはずの男の鉄刀は何故か一度鞘に収められ、直後、薄れつつあった毒霧を切断するように疾く空を撫でつけた。

(そういえば、解毒薬を忘れるな、って言われたんだったよな……それにしたって)

眼前、残留する色からして背中に吐き出されたのは毒の塊だ。粒子が小さいのか元から液状なのかは知らないが、風に紛れることで濃紫の霧に変化していく。
苦みの強い薬を喉に流し終えると、次第に息苦しさも胸の痛みもゆっくりと和らいでいった。
解毒薬は確かに効いている。しかし、とって返しながらカシワはゲリョスマンの太刀筋に驚かずにはいられなかった。
強靭さを感じさせる太刀筋は、一旦鞘に全体を収めたことでより力を溜め込んだが故に、古龍の動きや早さに反発することで勢いづいているようにも見える。

「どぉっせい!! オラオラ、どうしたどうしたぁ!」

男は加減をしなかった。刀刃が大きく弧を描き、古龍の顔面を素早く斬り上げる。鼻にも見える円錐形の角が、表層を鮮血に濡らして一瞬煌めいた。
不思議なことに、鋼で鍛えられている黒塗りの刃はオオナズチの血や脂を弾くように光沢と鋭利さとを尖らせつつある。
刃先を白光がなぞり、切っ先が天上を差すように上向いた瞬間、目に見えない早さで得物が振り下ろされた。

「キィ、イィイイイ――!」
「アッハ、転んだァ!! チャンスだぜカシワ殿!」
「うぉおおおおう待て待て待ってくれ!?」

その勢いは、まさに獅子奮迅の如(ごと)。こちらが剣を一度振り下ろすときには、男の太刀は二振り目を振り終えている。
まるで空気ごと世界を斬り裂いていくかのようだった。直線と弧が縦横無尽に視界を駆け、その度にオオナズチの体表に傷を増やしていく。
カシワの目には、目の前の男が心底狩りを楽しんでいるように映った。毒怪鳥の上皮や鋼鉄の向こうで、生身の人間が破顔しているような錯覚を覚える。
血が止まない。あえて、あるいはわざと血が噴き出しやすい部位を狙って斬っているようにも感じられた。

「――っ、ゲリョスマン!」

むっと漂う草いきれと血臭に耐えきれず、後輩狩人はたまらず声を張り上げる。
のそりとした緩慢な動きで得物を下段に構え直した毒怪鳥装備は、青鈍を鮮血に染めながら静かに黒髪黒瞳に向き直った。

「んだよ、カシワ殿。『また』ヤりすぎだって言いてぇのか。相手は古龍だぜ、ンな余裕あるわけねーだろ!」

躊躇いを見抜いたかのようにゲリョスマンはカシワの非難を鼻で笑う。顎で差された先で、龍は起き上がると同時に体躯をぐるんと反時計回りに回転させた。
僅かに距離が空く。後ろ脚で立ち、上体をのけぞらせて、オオナズチは突如としてその場で空を仰ぎ見た。
天上を舐めるように首が巡らされ、甲高い、生き物の臓腑を外側から引き裂くような鋭い悲鳴が宙を裂く。
大きく開かれた古龍の口から勢いよく空気が吐き出され、刹那、視界は山霧が自然発生したかのように鈍く暗い靄に覆われてしまった。

「なんだ!? 前が……」
「『霞龍』だぜ、カシワ殿。これぞヤツの専売特許ってこった!」
「霞? それってさっきの毒のことなんじゃ、」

靄、いや、霧か煙か――否、これは「霞」だ。銘に相応しい環境の変化の訪れに、後輩狩人は一人嫌な汗を滴らせる。
毒怪鳥装備は気迫を纏ったまま直進した。一方、オオナズチは霞を召喚した直後、左、中央、右へと立て続けに毒液を吐き散らす。
その場で翼が大きく打ち鳴らされ、古龍の周りに俄に風が生じた。飛翔するための羽ばたきというよりは、絡んでくる敵を打ち据え、振り払うための動きだ。

「うっ、風が……!」
「チィッ、ヤることなすことイチイチ面倒くせぇんだよ!」

空気がうねりを上げる。刹那、嗅いだことのある不快な臭気が鼻を突きカシワは視線を忙しく走らせた。
元凶は背後に滞留していた毒塊だ。オオナズチが狙いも定めず乱射したはずの毒液は、今は風の流れを受け毒をはらんだ気流となり散開している。
呼吸するだけでなく、そのスポットに踏み入っただけで毒が絡みつく巨大な罠と化しているのだ。獲物を待ちうける蜘蛛の巣にも見え、後輩狩人は震撼した。

(落ち着け、要はあの中に入らなきゃいいだけの話だろ!)

風圧を耐えしのいだゲリョスマンが右に走ったのに倣い、古龍の左方に陣取る。剣の刃から灼熱の火花が熾り、そのまま不思議な質感を持つ皮を撫でつけた。
ジリジリと繊維が焼ける音が鳴る。痛みから逃れようとしたのか、オオナズチは口から霞を噴かせたまま左腕を大きく振るった。
頑丈な爪と肉厚な手による掌打を咄嗟に盾でしのいだ後輩狩人は、視界の端、毒怪鳥装備が鉄刀を再度鞘に収めたのを見て無意識に右に跳ぶ。
刹那、男の口から怒気か奮起を思わせる裂帛の声が迸った。地面に伏せ、這いずり、狩人たちをまとめて轢こうとした古龍を前に太刀使いは一歩も退かない。

「――ぞぉりゃあッ!!」

鋭い発声が空気を揺すり、漂う毒霧を祓うかのように刀刃が抜かれる。その躊躇のなさは居合の術を古龍相手に試しにいくかのようだ。
またしてもあの白光が刀身をなぞり、鋭利な凶器と化した太刀がオオナズチの体躯を縦、横、斜めと連続で斬りつけていく。

「ゲリョスマン、来るぞ!」
「当たるかよ、しゃらくせぇッ!!」

頭上から湿り気を帯びた短い物音が飛ばされた。古龍が漏らした独白であると同時に、口内から引きずり出された舌が宙を掻き切る音だ。
オオナズチは二人の狩人の攻勢に構わず、舌なめずりをした直後に長い得物を解放する。射出機、バリスタもかくやという速度で直線状に舌が撃ち出された。
右に陣取ったままのゲリョスマンはそのまま太刀を横薙ぎに払って退がり、一方でカシワは倣うように右に転がり直撃を避けることに成功した。

(なんでだ? 確かに痛そうだけどわざわざ舌で叩くよりだったら、さっきの風で動きを止めて毒を浴びせたり、突進して轢いた方が威力が上がるはずだろ)

ぐるんと草の上を転がりながら、視界の端にオオナズチを捉えつつ後輩狩人は思考を巡らせる。
その間も、毒怪鳥装備は白き残光を走らせ続けていた。味方がすぐさま駆けつけられるように、足捌きで立ち位置を調整しているようにも見える。

(いや、考えるより動いた方がいいよな!)

火の粉を纏う牙を手に、パッと跳ね起き駆け出した。ゲリョスマンの鉄刀が横に振り抜かれたタイミングで、隙間を縫うように古龍に肉薄する。

「でぇいっ!!」
「と、おいおい、『今』かよ!」
「んんっ!? あいつ、なんで退がって……」

プロミナーが藤色に亀裂を走らせた瞬間、ふと噴き出た血が曲線を描き、そのまま目の前から離れていった。
ぱっと頭上を仰ぎ見たカシワは、オオナズチがわざとらしい笑み――確かにこのとき、彼が笑っているように見えたのだ――を浮かべて地を滑る様を見る。
距離が、間合いが僅かに空いた。刹那、ゲリョスマンが慌てたように得物を鞘に収めて踏み留まる。「避けるか盾だ」、男が口早に叫ぶのも聞こえていた。
しかし、いくら小振りであるが故に素早い取り回しが可能な武器種であっても、一度振るった剣の動きを制御しきるのは難しい。

「……! いっ、て、うおっ!?」

視界を、眼前を、素早いものが横切っていくのが「見えた」。同時に横っ腹に強烈な打撃、痛みを覚え、もんどり打ってその場に倒れ込む。
更に勢いあまって草の上を転がってしまった。今は狩りの真っ最中だ、鈍痛を訴える脇腹を無視して急ぎ起き上がると、ふと爪先に固い触感が跳ね返される。

「え? 俺の解毒薬……なんでここに、」

ごとん、と足元で硬質な音を立てたのは、見慣れた薬液用の硝子ビンだった。
それなりにうまく調合できた解毒薬に、いまいち繊維が混ざりきらなかった回復薬、砥石にペイントボールと、自前の荷物が点々と転がっている。
なんの気もなしに、後輩狩人は腰のあたりを手でこすった。ずいぶん軽いなあ、とそのまま視線を落とすと何故か携帯用ポーチに馬鹿でかい穴が開いている。

「……、……んなっ、な、なにぃっ!? なんでっ、い、いつの間にー!?」
「よぉ、カシワ殿! 『盗み無効』、つけてなかったんかよ!」
「ぬ、盗み無効!? 盗みってなんだそれ! ゲリョスじゃあるまいし――」

「ゲリョスじゃあるまいし」。顔を上げると、視界の端でゲリョスマンが薄ら笑いを浮かべているように感じた。次いで、顎で差された方へ目を向ける。
頭上、眼前、見上げた先で、件の霞龍はなにやら得意満面といった風に胸を張っていた。その口元で舌がペロペロ動いている様子を見て、カシワは絶句する。

「――ぬす、み……盗みって、お前かぁー!? お前、それっ! それ俺の『秘薬』じゃないのか!? 返せよ!!」
「アッハ、ハハッ……おいよー、カシワ殿! あのクソガキだけどころか古の霞龍殿とも仲良しこよしできるってーのかよ!? 大したモンだぜ!!」
「うわっ、おまっ、ゲゲゲゲリョスマン!! お前絶対楽しんでるだろ!?」

龍の口元には――いつからそこにあったのか、それとも見せびらかすために覗かせたのか、丸薬や粉薬を包むために使われる薄膜が虚しく垂れ下がっていた。
見覚えのあるそれに手を伸ばすも、当然届きはしない。涙目になる後輩狩人だが、一方で毒怪鳥装備は一人勝手に腹を抱えて爆笑している。
……カシワにとっての秘薬とは、相棒クリノスにからかわれつつも最近ようやくまともに調合出来るようになったトッテオキだ。
材料集めから道具の手入れ、もちろん調合手順そのものまで、複雑で難解で、それでもやっとそれなりのものが用意出来るようになったばかりというのに――

「ゲリョスだけじゃなくお前も手癖……手、手癖? 舌癖? が悪いのか!? そういうことなら、もう手加減しないからな!!」

――この闘い、許すまじ(?)。先ほどまでの空気は一変してしまった。
プロミナーを下方に構え、左、オオナズチの真正面に立つや否や黒髪黒瞳は狗竜装備の裾を翻して猛然と藤色の体表に食ってかかる。
先に喧嘩を売ったのはこいつだ、半ばムキになって剣を振るった。表皮に点々と傷口が増え、じわじわと龍鱗の並びに沿って緋色が滲み出す。
ここでようやく古龍側も相手の得物が自分にとって不利になるものと気づいたか、やおら地面に顔を近づけて突っ伏し、這いずる形で後退をし始めた。

「こら、逃がすか! 秘薬のカタキだ!!」
「って、おいおいカシワ殿。深追いは厳禁だぜー?」

もう一歩、あと一撃。立て続けに回転斬りまで突き入れようとしたカシワだが、その切っ先は途中で突然空を切る。
ぎょっとして立ち止まってしまった。眼前、目と鼻の先にあったはずの古龍の顔がぐにゃりと複雑に歪み、明滅し、あっという間に透き通っていったからだ。

「!? なにっ、消え……!?」
「霞の龍、って書いてあっただろ。こいつは、このクソデカトカゲ野郎の御家芸なんだってよー!」
「クソデカ……お前、言い方!」

直前、にたり、と皮肉交じりに龍に笑いかけられた……ような気がした。ゲリョスマンに首根っこを掴まれ、強引に追撃を止めざるを得なくなる。
オオナズチはその場から姿を消してしまった。目に見えず、毒霧も失せ、その足取りを追う手段が何ひとつ消えてなくなる。
だというのに、先刻彼が吐き出した多量の霞や気配自体は消えずに残っていた。物音一つしない中、ねっとりと絡みつくような視線だけが間近に感じられる。
見ている、見られている。秘薬を盗まれた怒りはどこへやら、カシワは古龍と呼ばれる生き物の恐ろしさを改めて実感して固まった。
その間も、ゲリョスマンは周囲を警戒することを怠らない。バイザー越しの眼差しは、獲物の足取りをしつこく、しぶとく追う飛竜のように細められている。

「――カシワ殿!」
「うわっ、た、どおっ!?」

変化はすぐに訪れた。手加減なしに毒怪鳥装備に突き飛ばされた後輩狩人は、移ろう視界の上、灰色、緑、藤色と、複雑に光と色彩が交錯する様を見る。
その色合いが、雲鳩石(メランジェ鉱石)などにみられる鳩羽の色だということをカシワは知らない。
地表に手を着き、受け身を取りがてら体を回転させたとき、目の前にパッと奇術のように現れたオオナズチの顔を見つけた。

「そっちか……避けろ、カシワ殿!」
「よ、避けろってお前、」

眼前、藤色と凹凸の目立つ眼玉が迫る。と思った次の瞬間、横から、斜めから、手酷い痛みと衝撃が押し寄せた。
激痛に顔を歪めたときには、派手に草の上を転がされている。ねばついた何らかの痕跡が狗竜装備の上を這う様を見て、のろのろとカシワは起き上がった。

「……、……! お前、これ、それ……ちょーっと、性格悪くないか……?」

何が起きたか。答えは単純だ、「御家芸」とやらで姿を隠したオオナズチが、隙を突いて後輩狩人を強襲したのだ。
それも「今度は回復薬を盗む」というオマケつきで――足元に散らばるアイテムや、脇腹、背中に肩と、痛みがあちこちに残ることを知覚して歯噛みする。
気づいたときには「秘薬強奪事件」の第二幕が上がろうとしていた。停止した古龍は、ダメージに怒りながらも未だ余裕のある顔をしているように目に映る。

「よぉ、カシワ殿! 悪ィ悪ィ、避けさせる方向間違えたわ!」
「ノリ軽いな!? いや、いいんだ、ありがとう。おかげでこいつがどういう特技持ちなのか、なんとなく分かってきた」
「ハハッ、寛大なこった! で、どうよ? 盗み専用の『舌の薙ぎ払い』は二パターン、『突進』は決まりきった挙動だぜ。ま、よろしくヤっていこうや」

オオナズチが体勢を整えようとするタイミングを見定め、攻撃を再開させながら、ゲリョスマンが気さくに気遣いの声をかけてきた。
距離が狭まり、男と横並びになったとき、カシワは頷き返しながらもポーチに残されていた刃薬を得物の刃に走らせる。
「いつものように、いつかのように」。より深く鋭く斬り込むための力を得た牙を、黒髪黒瞳は横倒しにして霞龍へと見せつけた。
今この狩り場には、悔しさと畏怖、どちらの精神も混在している。しかし、ここで退くわけにはいかない――自分は、自分たちはこの龍を狩りにきたのだ。

「おっ、なんだそりゃァ、なんかの儀式かよ? カシワ殿」
「ゲリョスマン。お前、オオナズチは初めて狩るって言ってたよな? なんでそんなに詳しいんだ?」

向かい合う藤色と黒色。その真横で、毒怪鳥の上皮に護られた男は唐突な問いかけに珍しく押し黙った。

「答えたくなかったらいいんだ、でも俺の話も聞いてくれ。秘薬……のこともあるけど、こんなに広い範囲に霧や毒を撒ける相手、放っておけないよな?」

二人の会話に耳を澄ますように、あるいは残りの薬品も全て根こそぎ欲しがるように、オオナズチは狩り人たちの様子を首を傾けて窺っている。
凹凸の目立つ眼玉は忙しなく回され、刹那、がばっと頭部が低く下げられ、見慣れた長い舌が周辺をジグザクに横切った。

「依頼が! 依頼があったから、だけじゃないんだ!! ここの近くにも村や街があって、風だってこの辺にはよく通るだろ――だから!」
「……被害が出る前にハンターとして依頼に乗じて片付けておきたい、ってかぁ? どんだけお人好しなんだよ、カシワ殿」
「動機ならなんでもいいだろ! お前にはそれだけの実力があるんだし、だからユカとも知り合いなんだろ!? 俺の私情に巻き込んで悪いとは思うけど、」

言葉は皆まで吐き出されない。縦横無尽に駆け回る得物にあっさりと絡め取られ、今度は解毒薬が盗まれていったからだ。
ここまでくると痛みがどうこうなどと言っていられない。カシワは大人げなくその場で地団駄を踏む。

「……つまりは、貸しだ、貸し! 俺はそんなに金や素材なんかは持ってないけど、俺に出来ることがあったらそのときは――」
「――よぉ、カシワ殿。そんなにホイホイ簡単に自分を安売りしたら、悪ィヤツに騙されっちまうぜ!」

結果として。結果として、「ハンターとしてこのモンスターを見過ごすことはできない」と判断した後輩狩人の前で、毒怪鳥装備は鉄刀を再び抜き直した。
クレタのこともある、てっきり自分の間抜けっぷりに呆れていると思っていたのに――すんなりと協力の姿勢を見せる男に、カシワは忙しなく目を瞬かせる。
顎で指し示され、慌てて横に並び直した。オレは右に行くわ、小声で位置取りの指示を出され、大げさに首を縦に振る。

「言っただろ、オレにはオレの事情があるってよ。試験とかどうとかな。だがな、カシワ殿。オレはお前を、クソへたれなハンターとは思っちゃいねーよ」

その一言で、後輩狩人は自分の心に真新しい灯火を点されたような気になった。
クリノスよりぶっきらぼうで、ユカよりも軽薄で、更にはバイザーや毒怪鳥の皮が邪魔をして表情の一つさえ見えない男。
それでも、自分の身勝手な私情と持論に賛同してくれたことが嬉しかった。単に自分が霞龍について、なにも知らなかったということもあるかもしれないが。

「お前の自由なんだけどな、ゲリョスマン。その、すぐクソとかなんとか言う癖はやめといた方がいいと思うぞ」
「アッハ、この期に及んでお説教かよ! ケッサクだぜ!!」

オオナズチが迫りくる。舌を振り乱し、四肢で絶妙なバランスを取りながら、強烈な突進の構えを見せる。
宣言通り、ゲリョスマンは右、カシワは左へと跳んだ。挟み撃ちをする格好で、二人の狩人は霞の銘持ちになおも食ってかかる。

「――でぇいッ!」
「おいよー、かッてぇなぁ!! やっぱムカつくぜ!」

白光が、灼熱の火が、けぶる山霧を断ち焦がしていった。一方で古龍もちゃっかり盗みを並行しつつ、しぶとくエリアに居座り続ける。
そうして何度目かの「御家芸」が発動されたとき、二人は眼前で透けていく血を見送りながらもそれぞれの身体と得物が発揮していた効果を失いつつあった。
タフだ、なにより多芸だ。疲労感から言葉なく視線だけで応酬を交わした瞬間、どこかから何者かが叫ぶ声がした。

「ちょっと、カシワさん、ゲリョスマンさん!! なんでボクのことほったらかしにしてるんすか!?」

聞き馴染みのある甲高い声は、漂う緊張感を一時的に離脱させるのに十分な威力を持っている。
乱入してきたクレタの怒り顔を前に、二人の狩り人は「ああ、そういえば龍に夢中でこの若者のことを忘れていた」とばかりに瞬きを返すばかりだ。





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 UP:24/07/17