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モンスターハンター カシワの書 上位編(41) BACK / TOP / NEXT |
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ベースキャンプを抜け、通例通りに北に向かう。道中、いつもいるはずのランポスや川の対岸で草を食むアプトノスの群れの姿が見当たらない。 今日に限って狩り場は静まり返っていた。こんなことは経験したことがない、そう思いかけてカシワは一度立ち止まる。 「あぁ? どしたー、カシワ殿。用足しか?」 「なっ、なんでだよおかしいだろ。そうじゃなくて……今日の森丘、なんか変じゃないか。ランポスもブルファンゴも皆いなくなってるぞ」 気づいたゲリョスマンが、クレタの首根っこを掴みながら追ってきた。倣うように首を巡らせて、男は小さく鼻を鳴らす。 「さぁてな。どいつもこいつも古龍にビビって、雲隠れしちまってんじゃねーの」 「雲隠れって……でも、そうだな。前に一度、こういう空気になった狩り場を見たことある気がする」 「静かすぎるーってか。おいおいカシワ殿、勘弁してくれよ? ユカのクソガキじゃあるまいし、オレはプロハン気取りのフラグなんてのは御免だぜ」 何故、この男があの騎士のことを知っているのか。 妙な既視感の正体を探ろうと思考を巡らせていた後輩狩人は、投げやりな声に気づいてぱっと顔を上げる。 しかし、鋼鉄製のバイザーが表情をうまく覆い隠している今、男の真意を覗き見ることは変わらず出来ずじまいだった。 「てーかその言い方だとよ、カシワ殿は前に古龍に会ったことがあるって話になるぜ。どうなんだよ、そこんとこ」 「え? いや、だからそれがいつだったかなー、って……」 「はあっ? まさか、カシワさんが古龍のいる場に居合わせたって言いたいんすか!? あり得ないっすよ、そんなこと!!」 ここで二人の間に割り込んできたのがクレタである。なにやら興奮した面持ちで息巻いていて、カシワたちは無意識に顔を見合わせていた。 「カシワさんみたいな腕前の人が古龍に会えるわけないっすよ。いいっすか、古龍は選ばれし者だけが! 狩猟を許される危険なモンスターなんすよ!?」 「そうなのか? なんか凄いんだなあ、古龍って」 「おいおい、カシワ殿ー。そりゃなんだ、高度な嫌味か何かかよ?」 「とーにーかーく!! お二人とも、全っ然古龍のこと知らないみたいだからボクが教えてあげるっすよ! いいっすか、そもそも古龍っていうのは……」 「あぁ? てーか、誰もお前に解説してくれオネガイシマスーなんて言ってねーだろうが。なに粋がってんだ、ア?」 「ひ、ひいいっ!」 「落ち着けよ、ゲリョスマン。せっかくだ、歩きながらでも教えてもらえばいいだろ? 情報は多いに越したことないしな」 「あぁ? ……へーへー。ったく、カシワ殿は相ッ変わらず、寛容が過ぎるぜ」 曰く、時間帯、それまでの天候に一切構わず、周囲をけぶらせてしまう不詳の生き物。 曰く、他の生物を怯えさせ、萎縮させ、無意識に独壇場を設けてしまう胡乱な生命。 身振り手振りを混ぜて懸命に解説するクレタだったが、その内容はどうにも現実味に欠けている。 後輩狩人は毒怪鳥装備を見上げたが、男は一度鼻を鳴らしただけで、あとは無反応を貫いていた。 ……そのように狩り場を意のままに支配する生き物が、本当に実在するのだろうか。否、実在するからこそ自分たちはここに呼ばれているのだろうとは思う。 頭では理解できても、実感を抱くにはほど遠い。カシワは、北西に向かって延々と続く岩肌沿いに歩みを再開させて身を乗り出した。 「……ここもだ。誰もいない」 青草に覆われたなだらかな斜面を登りきると、眼下に河川を臨む高台じみた崖に出る。いつの日か、縹の狩人とともに鳥竜二頭の同時狩猟に挑んだ場所だ。 やはりランポスはおろかブルファンゴやケルビの姿さえ見えない――ふと背筋を冷たいものが這い、後輩狩人は立ち止まった。 その瞬間、朧気だったはずの記憶が、瞬く星のようにはっきりと脳内に思い浮かぶ。「その光景」を回想した途端、頬に嫌な汗が伝っていった。 「そう……そうだ、この感じ。『火山のウラガンキン』と『古代林のディノバルド』だ」 「あ? なんだよそりゃ、カシワ殿」 「ちょっと、しっかりしてくださいっすよー、カシワさん。その二頭なら古龍とは全然関係ないっすよ?」 答えてくれた二人に振り向くことが、何故か出来ない。 カシワは独り、思い出していた――ラティオ活火山で「ウラガンキン」を丸飲みにした骸の龍と、古代林で「ディノバルド」を擁護した白い子どものことだ。 (なんで忘れてたんだ……あのときだって、こんな風に物凄く静かだったじゃないか) 地下に星を広げた巨体の龍、モンスターの肩を持つ子ども。彼らが姿を見せたとき、狩り場周辺は異様な雰囲気に満ちていたように思う。 どちらも異質な存在だった。声は霞みがかっていて、しかしその気配は鋼のように冷たく、向けられる意思は炎のように気高く、否応なしに惹かれてしまう。 それが畏怖という感情であることを、少ない経験ながらカシワは理解していた。同時に、その危うい気配がこの猟場に満ちていることも解ってしまっている。 不可解なことが起きる際に静まり返る、生命と恵みに溢れたはずの場。いまや鳥は消え、竜獣は遠退き、残されるのは三人のハンターばかりだ。 「あのときと同じだ、静かすぎる」。そうして黒髪黒瞳は、視界の先、間合いの遠くについに回想の元凶である生き物の姿を見出した。 「よぉ、見えてるか、カシワ殿。噂をすりゃお出ましみてぇだぞ」 「! ゲリョスマン……」 真横に並び立つ男を見上げてみる。やはりその表情は見えないが、なんとなく、バイザーの向こうに凶悪な笑みが浮いているように感じられた。 「オレはな、カシワ殿。古龍だ飛竜だ獰猛化だなんざ、どうだっていいんだよ。要はオレの役に立つかどうかだ……だから今回は、『無礼講』といこうや」 なにを、と聞き返すまでもない。それより早くゲリョスマンが自前の得物を抜いていたからだ。 見ればクレタも抜刀し終えている。仲間たちはいつでもいける、というように準備万端だったが、カシワは一人まごついていた。 (嘘だろ、まだなんの準備もしてないぞ――) ――その容姿を、どう喩えたらよいものか。 藤色の独特な質感をもつ皮に、巨大な翼が一対。そのどれもが、これまで見てきた飛竜や魚竜、鳥竜のものと異なっているように見える。 特徴的なのは丸みのある頭、先端がゼンマイのように渦巻く椀形の尻尾だ。依頼書にあった頭尾の見分けが難しい理由は、双方の形が似ているためだろうか。 後輩狩人は剣の柄に手を回したまま、身じろぎ一つ出来ずにいた。二人の同行者が訝しむような視線を送ってくるが、応えていられる余裕がない。 その目が、眼玉がこちらを見ている……凹凸の目立つ丸い眼は爬虫類のそれだ。キョロリと忙しなく動く傍ら、一秒たりともこちらから外されてはくれない。 ふと、「それ」とどこかで会ったことがあるような気がした。いつ、どこで――しかし、ぐっと声を詰まらせた瞬間、 「あっ! アイツ、逃げるっすよ!?」 甲高い声が耳を突き、はっとして我に返る。見れば視線の先にいたはずの古龍は翼を広げ、どこぞに飛び立つ用意を整えたところだった。 唖然とするカシワだったが、追いすがるより先に胸ぐらに衝撃が走る。見下ろした先で、クレタが心底悔しげに唇を噛んでいた。 「ちょっと、なにやってんすか、カシワさんっ! 逃がしちゃったじゃないっすか!!」 「クレタ……悪い、つい」 「つい、じゃないっすよー!! ペイントもまだだったのに、何ぼーっとしてんすか、やる気あるんすか!?」 「……そう言うお前こそ、ペイント投げようとしてなかったじゃねーか。くっだらねー」 思い返してみれば、これまで狩りに同行してくれたハンターたちは皆、狩り場で声を荒げるような真似をしない面子ばかりだった。 眼前、朽葉色に大声で罵られ、後輩狩人はぼうっとしていた事実を認めつつもその反応の大きさに答えに詰まる。 ……あの藤色の龍が何を思ってこの場から立ち去ったのかは分からない。気まぐれか、気分転換か、それとも端からこちらの連係のなさに気づいているのか。 怒鳴り合うより先にやるべきことがあるんじゃないか――そう言いかけた瞬間、あの毒怪鳥装備が若者との間に入ってくれていた。 「おいおい、なんだよ? まさかペイントボールの一つも持ってこなかったってんじゃねーだろうな? フルゴア装備のお貴族様よ」 「そ、それは、そんなことは……カシワさんは片手剣使いじゃないっすか! アイテムを使うなら、まずカシワさんが誠意を見せるべきじゃないんすか!?」 「誠意、誠意ってか! ハハッ、オレの出方ガン見してたヤツが言うセリフじゃねぇだろ、それ!」 否、まったくもって否。相変わらずのけんか腰に、カシワは目眩すら感じて頭を揺らがせる―― 「……しっかりしてくれよ、お坊っちゃんよ。オレはなァ、これでもお前を頼りにしてるんだぜ?」 「へ、へあっ!?」 「お、おいっ、ゲリョスマン?」 「カシワ殿は初見だってのか。コイツの装備を見てみろよ、あの『ゴア・マガラ』一式だぜ? 古龍なんて片手で転がせるってことだろ、そうだよなぁ?」 ――しかし、話の流れはどうにもおかしい。先刻までの扱いはなんだったのか、と後輩狩人は目を剥くも男はこちらに見向きもしない。 てっきりまた若者に喧嘩を売りにきたのかと思いきや、ゲリョスマンは十字架を模すように両手を大きく広げ、声を張り上げてクレタを称賛し始めた。 呆気にとられる黒髪黒瞳を余所に、いきなりのことでも若者は目を輝かせ、頬を紅潮させ、得意満面といった風にふふんと胸を張っている。 「ま、まあ、そうっすね。ボクの偉大さがどれくらいのものか、やーっと分かってくれたみたいっすね……!」 「おーおー、スゲェスゲェ。アッハ、オレだってその若さでその一式は揃えられねぇわー。なかなか……ヤる方なんじゃねーのー?」 「も、もしもーし。二人とも、どした……?」 「どーしたもこーしたもねぇよ、カシワ殿。凄腕のハンター様がいるなら、それに付き従うのが常理ってモンだろ? ンー?」 わざとらしすぎる「ンー」にカシワは当惑するしかない。この後輩狩人は愛想笑いというものが不得手であったのだ。 「じょ、じょーり? じょーりってなんだ……?」 「カシワ殿には難しい話かぁ? ま、『オオナズチ相手に毒武器、龍耐性クソの防具一式』ってんだ、よっぽど自信があるってことだろ? なァ?」 「センパイに迷惑かけ通しのカシワさんはともかくキミには最低限の知識はあるみたいっすね。そりゃ、経歴華やかなボクにかかれば古龍の一体二体……」 「おーおー、そりゃイイわ。オレが手を下すまでもねぇってことだろ? 気ィ利くんじゃねーの、流石は凄腕ハンター様だぜ」 「そ、そこまで言われたらボクが手本を見せてあげるしかなさそうっすね……いいっすよ、ボクの本当の実力、見せてあげるっすよ!」 「そうと決まれば話は早い、手分けしてヤツを追ってみようぜ。なァに、フルゴア装備の凄腕もいるんだ……『ユックリ探したって大丈夫』だろ」 片手をひらひらさせて、毒怪鳥装備は興奮冷めやらぬといった様子のクレタを別のエリアに先行するよう促した。 するとどうだ、先ほどまであれほど反抗的だった朽葉色は、まるで狗竜(ドスジャギィ)に躾を施された忠狗(ジャギィ)のように素直に西に走っていったのだ。 巨大な岩石が天然の屋根、支柱といった回廊を形成する中、クレタは躊躇いなくその下を潜り、振り返らずに森の最奥へと消えていく。 「……、……なあ、ゲリョスマン」 「アッハ、ハハッ!! ここまで上手くいくとは思ってなかったぜ。オレもなかなかやるだろ? カシワ殿」 「いやいやいや、やるとかそういう問題なのか、これ?」 ポツンと置き去りにされた剣士二人のうち、長身の方は悪びれもせず若者を追い払えたことに満足げなご様子だ。 一方で黒髪黒瞳側は、どうしたものか、と喉奥で唸りながらもなんとか足を前に踏み出していた。 「おいよー、どこ行くんだよ、カシワ殿。ここは様子見に徹するところじゃねーんかよ?」 「そんなこと言ってられないだろっ? そもそも時間が少ないって教えてくれたの、お前だろ。まさか、クレタ一人に押しつけるわけにもいかないだろ」 自分も含め、三人は狩猟に臨む姿勢と理由があまりにもばらけている。 たとえ目的が一つであったとしても、過程が違えばなにかしら問題も出てくるかもしれない……カシワはそう考えた。 そうして一人ぐっと口を結び、南の細道に急いで向かう後輩狩人の背を、ゲリョスマンは棒立ちしたまま黙って見送る。たっぷり五秒ほど経たせた後、 「……カシワ殿もホンット、真面目だよなァ。この感じだとオレとリタイアしちまった方がまだ早ェんじゃねーの」 笑いを含ませた声で、男は大きく独白した。やれやれとばかりに頭を振り、毒怪鳥装備もまた来た道をとって返す。 「ま、そこまで言うならしゃーねぇわな。カシワ殿がどう纏めるか、ギルドのジジイどもの代わりにこのオレが見極めてやろうじゃねーの……なぁんてな」 きびすを返すゲリョスマンだが、男は現状に娯楽性を見出しつつあった。 カシワという、一人の既知の狩り人。その無謀さや強固な意志、責任感の強さは、かつての知り合いに酷似している。 遠目とはいえ古龍を前にしても派手に動じず、それよりも仲間そのものやその連係を案じている時点で、あの黒髪黒瞳は普通ではない。 楽しくなってきたぜ、そう口にしながら歩き出したゴム質の上皮仕様を、上空から凹凸の目立つ藤色眼玉が見下ろしていた。 ……いつしか、視界は真白の山霧に覆われている。 クレタ、ゲリョスマンらと別れた後、カシワは単身森と丘の中央、第五番エリアを目指して南に下っていた。 五番エリアは初めてライゼクスと邂逅した竜の巣が敷かれる区域だが、ランポスをはじめ多くの肉食竜がちょっとした休憩に立ち寄ることでも知られている。 もしかしたらあの藤色の龍もそうではないか――そう期待しながら通過するのは、五番エリアの直前に位置する平原、第四番エリアだ。 シルクォーレの森、シルトン丘陵のちょうど中央付近に該当するこのエリアは、竜の寝床手前の区域ということもあり小高い崖上に真っ平らに広がっていた。 「なんだ? 急に、霧が……」 目を懲らし、息を殺す。なだらかな坂を上った先、第四番エリアに踏み込んだ瞬間、カシワは靄や煙にしか見えない濃霧に囲まれた。 古龍のいる狩り場、単独行動をとる自分。もし声を上げたとしても、はたして同行者らに届くか、あるいは彼らが駆けつけられる状態にあるかは分からない。 もし、この霧にまぎれて何ものかの襲撃を受ければ――そら恐ろしい想像にぶるっと体を震わせて、黙々と南へ足を向ける。 「おっと、行き止まりか。いや、確かこれって、竜の巣に続いてる岩壁だったよな?」 しばらく歩いていると、ごつごつとした灰色の崖に突き当たった。森丘ではなにも珍しくない、竜の巣周辺によく見られる岩壁だ。 見覚えのあるそれに手をかけ、さっさと五番に上ってしまおう、と体を岩肌に近づける。片足を草原から離した刹那、 『――やあ。こうして直接遭うのは、はじめましてになるのかな』 黒髪黒瞳の狩り人は、聞き覚えのない声を耳にした。 「え? なに、誰だ……」 『まあまあ。それより一度こちらに振り向いてご覧よ、でないと真っ当にお話も出来ないだろ?」 言われるがまま視線だけで振り向いた先に、見知らぬひとりの男が立っている。 藤色の帽子型の頭装備に、同じ色艶、質感の、全体的に丸みを帯びる防具。帽子の下にはごく僅かに白塗りの毛髪が覗いていて、どこか異様な雰囲気だった。 既視感がある、だというのにそれがいつどこであったのか思い出せない。強いていうなら、男の装いは先の藤色の龍の部位素材にそっくりだ。 目が合う、キョロリと爬虫類を彷彿とさせる目がこちらを見ている。カシワは無意識に岩壁から離れ、男と正面から向き合っていた。 「……どこかで、会ったことあったか? それより、ここは今は危ないぞ。どこかに逃げるか隠れるかした方が、」 「おやあ、僕が『アレ』に遅れをとると、そう言いたいのかな。そんなこと、あるわけが無いだろうに」 しみじみと笑う姿から、何故か目が離せない。どうしてか、この見覚えの一つもない男を忘れてはいけなかったような気さえする。 しかしそれより先に、と後輩狩人は古龍が出現していることを開示した。混乱させてしまいかねないが、黙っていることで被害が出ては本末転倒だからだ。 「あれって、今回のターゲットのことだよな? あんた、あいつがどんなやつなのか知ってるのか」 「知ってる……知ってる、かあ。どうだろうねえ、古龍なんてピンからキリまでいるのだし。案外、僕も他には興味が薄いものだからさ」 仮に、もし彼がこの依頼をクレタのようにどさくさ紛れに受注した同行者であるならなおさら危険だとカシワは踏む。 ベースキャンプでの打ち合わせに顔を出さず、クエスト中にサインも出さず、単独で狩り場をふらつく様も無防備にしか見えなかったからだ。 だというのに、男はその気遣いをなんでもないことのように受け流してしまった。不思議と凹凸の目立つ目をくるくると回して、影が落ちる口元に孤を描く。 「いやね、ほんとうなら見守りに徹するのが一番なのだと僕も思うよ。けれども、組んでいるのがああいうのばかりじゃあねえ」 「……? クレタとゲリョスマンのことか。そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ。多分、二人とも俺よりハンターランクは上なんだろうし」 「はんたーらんく、ねえ。そんなこと君は気にしない質だったと、そう思っていたのだけれどね」 「そうは言うけどな、俺は古龍を相手にするのは初めて……いや、初めてでもないのか。どっちなんだろう」 「謙遜するねえ、あの骨塗れの龍のことだろう? 君は君にしか出来ないことをやったのだし、少しくらいは胸を張ったっていいと思うよ」 何故、どうして。 何故、この男がオストガロアとの一戦のことを知っているのか。どうして、こちらのことを知り尽くしているような物言いなのか。 いつかのときのように、背筋に冷たいものが這った。悲鳴を上げたくなるのを堪えて顔を上げると、真白の山霧の向こうで藤色の奇術師がニコリと笑う。 「今、この猟場にいるのは『手ぬるい方』ということさ……アレがクルプティオスとここを行ったり来たりして飽食したせいで、飛甲虫の頭数に影響が出た。 食べ物が減ったんだろうね、『電の竜』が荒れに荒れて『青蟹』と『盲目竜』を追い立てた。その時『彗星』が天から降って、事態は余計に悪化したんだ。 分かるかい、ほんとうなら自重しなければならない側が周りに我慢を強いたってことだよ。今回の『彗星』の影響もあって、皆……元の気性が嘘のようさ」 なんの話をされているのか、分からない。立ち尽くした黒髪黒瞳に藤色は質問の機会を与えなかった。 いつの間にか双方の立場は逆転している。それどころか、何故か手ひどい八つ当たりをされているような心地になった。 もごもごと口を動かすばかりのカシワに一瞥を投げて、男はふと自嘲じみた嘆息を漏らして見せる。その瞬間、場の空気が和らいだような気がした。 「居合わせた『鎧の竜』が逃げ惑い、無害に等しかった『毒吐き竜』は住処を追い出された。おかげで彼はここの『火吐き竜』ともども捕獲されてしまった」 「毒吐き、火吐き……? それってなんか、いや、でも……なあ、その『自重しなければならないアレ』は、騒ぎが起こる前に自分で気づけなかったのか」 「アレには、それほどのことをした自覚がなかったのだろうからねえ。自業自得ということさ」 「……つまり、なんだ。あのオオナズチはここ以外の狩り場をめちゃくちゃにしたことがあった、ってことだよな? だから狩りの依頼が出された」 「おやあ、意外と話が分かるようだ! ……自覚がない、というのが厄介なのだけれどね。力を持てるものにはそれ相応の責が伴うと、そういうことさ」 男の言い分がよく分からない。 彼の言うようにここに出現した古龍が何かしら悪事を働いていたとして、それらの事情をハンターズギルドは全て把握しておかなければならないのだろうか。 男の気持ちがよく分からない。 彼の話が事実だとして、あの古龍を狩りにきたハンターたちに何の関係があるのだろう。ハンターに出来ることといえば、結局狩りの仕事だけだというのに。 「あんたの言いたいことはよく分かった。いや、正確にはまだよく分かってないんだけどな」 「おやあ、正直すぎるのもどうかと思うけれどねえ」 「あんたが竜がどうこう、ってまくし立てるからだろ! 俺たちにはモンスターの言葉や気持ちは分からないんだ、だからあんたの話は全然理解できない」 「ふむ。それで?」 「……でも、それでもどうしても言いたいことがあんたにはあったってことだろ。言う相手、間違ってるような気もするけどな。俺も半人前のハンターだし。 俺もモンスターのことは分からないけど、痛いのとか怖いのとか、そういう気持ちは分かるつもりだ。誰だって家で安心して暮らせないのは嫌だろうしな」 苦さをぽつぽつと吐き出した直後、フフ、と失笑が漏らされた音が聞こえた。ぱっと見返した先で、藤色は口元を五指で覆い、ささやかに笑いを堪えている。 「いやだなあ。僕は何も、それらが『大型モンスターである』なんて一言も言っちゃあいないのに」 「……、……んなっ、なあっ!?」 「フフ、けれども悪い気はしなかったよ。存外、君の本性も覗き込むことができた……収穫なら、それだけでも十分さ」 ほら、じき刻限だよ――男が仰ぎ見た先に視線を動かすと、山霧の向こう、微かに覗く温暖期の空の中に件の古龍の姿が見えた。 あっと叫びかけた後輩狩人だったが、はっとして視線を戻すと、あの藤色の奇術師の姿がだんだんと朧気に消えていくのを目の当たりにする。 何を言いたかったのか分からない。何を見に来たのか、誰を見に訪れたのかも解らない……ただ既視感と焦燥ばかりが募り、カシワは前に手を伸ばしていた。 何故、どうして。一方的に話をされたというのに、見知らぬ他人であるというのに、何故か彼を逃してはいけないような気がした。 だのに、どうしてか男の意図や狙いを探る二の句を出すことは、自分たちを危機に陥れてしまうような予感があった――後輩狩人の指は、無情に空を切る。 「意外とね。君の勘が鋭いのは、血の業がなせるものなのかもしれないねえ」 「血の? 待ってくれ、なんの話だ。どういうことだ!?」 「来たるべき時がくれば分かることさ。それよりも、僕は君の昇進が待ち遠しいよ。『手折るもの』としては、アレはどうしたって手ぬるい方なのだからね』 「手折る? あれって、あの古龍のことだろ。お前、一体何者なんだ。あの古龍とどういう関係が……」 そのとき、猛烈な風が吹いた。エリアを覆っていた山霧は一気に霧消され、視界が青と緑に鮮烈に煌めく。 直後、カシワは先の崖上に古龍が着地する様をついに捉えて息を呑んだ。半ば反射で飛び退き、すぐさま崖から間合いをとる。 『――もし君が僕に遭いたいのなら、【天に最も近しい狩り場】を目指すといいよ。東の果てではなく、最近見つかったご機嫌なところの方さ』 「なっ、待て……お前、どこに!?」 『それまで存分に腕を磨くといいよ。それと、あの【雲羊鹿飼いの娘】のことだけど……決して泣かせてはいけないよ。僕はきちんと、見ているのだからね』 やはり、その正体を無理にでも問いただすべきだった――唐突にノアのことをほのめかされ、動揺した狩り人はいよいよ二の句を吐けなくなる。 そうしている間にも、崖上の藤色は眼玉をキョロリと動かして周囲を警戒しているようだった。岩壁伝いに視線と気配が降ってきて、たちまち体が萎縮する。 「駄目だ、今は目の前の狩りに専念した方がいい」。頭を振ったとき、遠くから何者かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。 「おいよー、カシワ殿。待たせたなァ」 「ゲリョスマン! あいつならここにいるぞ!!」 今は、まだ。 未だに、あの濃い藤色から見下ろされている気配が感じられる。しかしそれに構っていられるほどの余裕はなかった。 群青と深紅が空を撫でる。ふと、頭上の眼玉と目が合った――「もうひとりの霞龍」は、美味い食べ物を見つけたと言わんばかりに舌舐めずりして眼を回す。 |
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