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モンスターハンター カシワの書 上位編(40) BACK / TOP / NEXT |
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その日、銀朱の騎士は夢をみた。 吹き荒ぶ風、雨粒、天の原、しんしんと降り注ぐ雪の音。あらゆる生命が行き交う、海原ほどに広大な雪原。真白が視界を覆う中、ひとり立ち尽くしていた。 ほんの僅か、刹那のうちに、眼前を横切るものがある。 銀朱の髪と瞳をもつ、美しい女と男の姿だった。どちらも濃い青色の毛をふんだんに用いた民族衣装を着込んでいて、慣れた様子で雪海原を進んでいく。 不思議と寒さは感じられない。なんの気もなしに後を追ってみると、いつしか二人の前に巨大な影が立ち塞がっているのが見えた。 ……どこからか、「うた」が聞こえる。生き物の呼気や北風、装備の布擦れといった音が複雑に絡み合い、一種の音楽のように聞こえているのだ。 無論、巨影から出される音も「うた」の一部となっていた。見上げた先で、丸みを帯びた金瞳が件の二人を見下ろしている。 (……ガムート) 相当、長い年月を生きている個体と思われた。不動の山神は「うた」のように聞こえる間延びした呼気を噴かしながら、眼下の二足歩行に長鼻を差し伸べる。 男女のうち、女の方が手を伸ばして剛毛に柔く触れた。本来であれば巨獣の得物でしかないそれに頬をあて、慈しみ労うように身を寄せている。 思い返してみれば、二人の装備は巨獣素材の品によく似ていた。しかし、円柱形の帽子や裾が広がるデザインにはどこか巫女装束じみた清廉な印象も受ける。 ふたりは、しばらくそうしてガムートの巨躯に寄り添っていた。たとえ吹雪が強くなろうとも、「うた」が暴風に巻かれてしまおうとも。 ……そのように、雪海原に捧げる神事を執る人々が居た時代もあったのだろうか。もしそうなら、当時彼らを同胞とさだめた巨獣は何を思っていたのだろう。 モンスターと人間が、種族の壁を越え親しくすることが出来たなら――「そんな理想、まるで夢幻だ」。そう考えた瞬間、強い目眩を感じた。 次第にあの不思議な「うた」も遠のき、視界は暗がりに狭まっていく。目覚めのときが迫っていることを、ユカは知った。 「――、どんな夢だ」 目を覚ましたとき、あたりはうっすらと橙色に燃えていた。 汗を拭おうとして目を瞬かせる。村長へ報告した折に村人から応急処置をされたことは覚えていたが、今額や頬にあてられているのは真新しいガーゼだった。 いつ、誰に替えてもらったのか思い出せない。血の乾き具合から、件の狩猟からさほど時間が経過していないことだけは理解できた。 何気なく手を伸ばすと、隣に寝ていたはずの天色髪が不在であることに気がつく。のろのろと起き上がり、夕焼けに燃える室内を寝ぼけ眼で見渡した。 「あれっ、ユカ。起きた?」 気配と音に振り返ると、軽食を乗せた盆を運んできたクリノスと目が合う。 わざわざ取りに行ってくれたのか、言葉短く感謝したユカに、もののついでだしね、と彼女はあっさり応えた。 「アリシアがね、夕飯のリクエストがあったら言ってね、だって。あとあんたと一緒にきたハンターさん、用事があるからってもう帰っちゃったらしいよ」 「そうか。あいつめ、いつもながら逃げ足だけは速い……」 「あはは、なにそれ? で、こっちはアルノーから。ユカが好きなチーズと煎りナッツだって、ご飯までの繋ぎにしてくれってさ」 「文字通りのツマミか。酒もなしにとは」 「寝起きだし、一応? 怪我人なわけだし。でもあんたが怪我するなんて珍しいねー」 「……獰猛化相手に、少し油断しただけだ」 ハイハイと笑う娘から皿を受け取り、香ばしく煎られたクルミを摘まむ。懐かしい風味で、美味い。 「そういえば、さっきハンターズギルドの人が来てたよ。アリシアに宿屋に誘導されちゃってたけど」 「なにっ? 師匠……あの人は、また」 「これから報告書とかまとめるんでしょ? 入れ違いになってもアレだし、郵便ニャさんに届けてもらったら? ドドブラリンゴ渡してあげたら、喜ぶよ」 「そうする。とはいえ彼の愛らしさは……ときに心臓に悪いがな」 「なに言ってんの!? 郵便ニャさんは可愛いから郵便ニャさんなんでしょ!」 それは知ってる、苦く笑うユカに、クリノスは満更でもなさそうな顔を浮かべて笑い返した。 二人そろって豆類を堪能する間、騎士はすでにこの拠点から立ち去ったという黒髪黒瞳の狩人の姿を思い返して嘆息する。 古龍を退ける実力がありながら肝心なときを避けるようにのらくらと行動する、その理由が分からない。今回、共に狩猟したことでよりその疑問は深まった。 「あの男、何か隠しているようにしか思えんが……」 「なに? 偽ニャンコックさんなハンターさん?」 「なんの話だ? クリノス、あの男はお前に何か言い残していかなかったのか。それとも話す時間もなかったか」 「そうだねー。わたしが起きたときにはもう、って感じだったし。わたしもその人のことは又聞きだしね。報告書まとめたらアルノーたちに聞いてみたら?」 双剣使いの案に首肯しながら、これまでのスギの言動を振り返る。腕は衰えておらず、狩り場での判断力もこれまで通りのように見えた。 可能であるなら当初の予定通りハンターズギルドや龍歴院に属してもらい、銀翼の龍や獰猛化個体についての追跡調査への助力も得たいところであったのだ。 (立ち去った、というならどうしようもないか。また、奴の家に催促の手紙でも出してみるか) スギについては諦めるより他にない。どう足掻いたところで――養父母と親しくできるくらいなのだから、変わり者であることに違いないからだ。 他人を変えることは難しい、騎士自身もそれをよく知っている。機会があればまた会えるだろう、そう結論づけて頭を振った。 最後のロックラックルミを摘まもうとして、ふとクリノスの指と指先がぶつかる。はたと重ねた視線の先で、彼女が銀朱の目を瞬かせたのが見えた。 ……思えば、彼女は先の夢に出てきた巫女と雰囲気が瓜二つだ。ふとクルミを摘まみ上げ、呆けたままの娘の口に押し込めてみる。 素直にポリポリと音を鳴らす様子を見て、ユカはつい失笑していた。一方で、いきなりなんなのこいつ、と言わんばかりにクリノスは眉間に皺を寄せている。 「本当なら、もう一度雪山に潜って痕跡の一つでも探したいところなんだがな」 「はあ? 吹雪いてたし痕跡なんて消えちゃってるでしょ。それに後続の調査隊も入ったっていうし、あんたはお役御免なんじゃないの?」 「辛辣だな。だが、一理ある。おとなしく報告書でもまとめた方がよさそうだな……」 騎士がベッドから降りた瞬間、入れ替わるように双剣使いは寝具に飛び乗っていた。注意する間もなく、取り出された雌火竜の逆鱗が磨かれ始めていく。 もし、また俺が邪な感情を見せでもしたらどうするつもりだ――その光景をありありと想像して、ユカは気取られないよう嘆息した。 ふと視線を動かした先で、旧友のたてがみが蒼く鮮烈に燃えている。その下では、好いた娘がウキウキと満足げに逆向けの竜鱗を夕陽に透かしていた。 えも言われぬ美しさだ。胸が締めつけられるような感覚を覚えるも、次の瞬間には、銀朱の騎士の意識は机上の書類に向けられていく。 「……ってーか、センパイってものがありながら正体不明のだっせー男とペア狩りとか。そんなんだからカシワさんはダメなんすよ!」 ――ところ変わって、大陸の西部に位置する緑と水源に恵まれた狩り場、通称、森と丘。 通称ゲリョスマンとともに初の古龍種討伐に挑もうとココット村を発ったカシワだったが、ここで思わぬストッパーに出くわした。 黒紫色のひらひらと棚引く布地で構成される防具に、雌火竜素材の太刀を担いだ――ゲリョスマン同様、初対面のハンターだ。何故か頭装備は被っていない。 見た目は幼く、青年と少年の間といった年頃だった。朽葉色の丸い目に、大人ぶるように額から後ろへ撫でつけられた同色の髪型がまるで似合っていない。 (……なんか、クリノスの髪型にそっくりだな) 曰く、「センパイに釣り合わない」、「ハンターズギルドに贔屓されて調子に乗ってる」、とのことらしい。 「らしい」というのは後輩狩人に思い当たる節がないからだ。顔を真っ赤にして息巻く様子は、さながら古代林の斬り込み隊長ドスマッカォによく似ている。 しきりに贔屓だ、偉そうに、と目の前で繰り返され、カシワは何故自分がこの場にいるのか一瞬忘れた。はっとして頭を振る。 「それ、なんかどっかで聞いた話って気もするんだけどな……そもそも『先輩』って誰、」 「聞いてるんすか、カシワさん!!」 「うえっ? あー、聞いてる聞いてる! で、えーと、なんだっけ、確か今回の相手の話だったよな?」 昔から、興奮している相手を刺激するのはよろしくない、とされている。 ベースキャンプでのファーストコンタクトをなんとか円満なものにしようと試みるカシワだが、青年の怒りは燃え上がる一方だった。 「馬鹿にして! 誰も今回のターゲットの話なんかしてないっすよ、それよりカシワさんがいかにセンパイに劣るハンターかっていうのを……」 「……狩りが目的じゃないのか? それならお前、なんでここにいるんだよ」 「おいよー、天然ちゃんかよ、カシワ殿ー。さっきの飛行船に便乗されたってーのに決まってんだろ」 戸惑い半分にたじろぐ後輩狩人をフォローするかのように、横から笑いながら割り込んでくる影がある。いうまでもなくゲリョスマンだ。 「言いたいこと告っておきたかったんだろ。ついでに狩りに同行すりゃ、名誉ある古龍種サマとのご対面だ……カシワ殿にマウントも取れるしな」 「なんでだよ、おかしいだろ? 着いてきたかったならハッキリそう言ってくれれば、」 「そう言って、いかにも『自分は察しのいい男です』って顔してセンパイのことも振り回してるくせに。まったく、本当にカシワさんは勝手な人っすね!」 「先輩、察しのいい……? よく分かんないな、もしかして誰かと間違えてるんじゃないか?」 「アッハ、こりゃいーわ! おいよー、フルゴアのクソガキさんよ。お前、全然カシワ殿に相手されてねーじゃねーの……だっせーのはどっちだってんだよ」 「な、何を……そもそも、危うく乗り遅れるところだったのに! ボク、じゃないっ、『わたし』を置いていこうとするなんて、非常識だ!!」 残念ながら会話は噛み合っていなかった。むしろゲリョスマンは隠しもせずに青年を嘲笑している。 その態度が余計に相手の怒りを煽っているようで、カシワは一人慌てふためいた。 いっそいちゃもんに「ハイそうですね」と流されてしまえばいいのだろうが、口を挟む余地があるようにも思えない。大人の意地で辛うじて踏み留まる。 「……ってーか、古龍種狩りだってーのにフルゴア一式かよ。アホなんじゃねーの」 いつ、どんな目的で着いてきたのか。相手の思惑が読めず、うーんと一人唸ったところで――突然毒怪鳥装備の声色が低くなった。 意外な反応に後輩狩人は目を瞬かせたが、驚いたのは新参者の方も同じだ。肩を跳ね上げさせて、信じられないものを見るような目で声の主を見返している。 「オマケに武器は陸の女王様の太刀ってか。お前どんだけルーキーなんだよ? カシワ殿だってここまでじゃねーわ」 「お、おい、ゲリョスマン? ちょっと落ち着けよ、いきなりどうしたんだ?」 「どーしたもこーしたもねーよ、カシワ殿はなんとも思わねぇんかよ? オレはこういうのと一緒に仲良く共闘! なんてのは、怖くて御免なんだがなぁ」 ゲリョスマンに悪びれた様子はない。むしろ、あまりに辛辣な物言いにたまらずカシワが間に入ったくらいだった。 朽葉色の若者に至っては顔を蒼くして震えはじめている始末である。吐かれる毒を見返す視線に、明らかな動揺と恐怖が滲んでいた。 「こ、怖いって……な、なんて無礼な奴だ! ハンターっていうのはどうしてこう野蛮な輩ばかりなんだ。だいたい、ゴア一式で何が悪い!?」 「あぁ? お前、狩猟対象のこと考えてからモノ言えってんだよ。ったくよー、オレはもう後がねぇってのによ……」 「……二人してさっきからどうしたんだ? 目的はオオナズチ、だっけか、そいつの狩猟でいいんだろ? 三人もいるんだし、なんとかなるんじゃないのか」 「おいおい、カシワ殿。コイツの装備構成分かっててモノ言ってんのかよ? 今回はオレも遊び半分じゃいられねーんだぜ」 ブチブチと文句を並べる男に、後輩狩人は首を傾げるばかりだ。その一方で、見知らぬ若者はふて腐れたようにしてそっぽを向いている。 俺、ユカみたいに仲裁とか得意じゃないんだけどな……余計な一言を喉奥に押しやって、カシワは小さく嘆息した。 「遊び半分で狩りができないのは、ここにいる全員が同じだろ。それでも一緒になったんだ。なにかの縁かもしれないし、やってみなきゃ分かんないだろ?」 今は、目の前の仕事に集中しなければ――力を込めて反論すると、双方はぐっと口を閉ざして意識をこちらに向け直す。 「はぁ……さいですか。カシワ殿も真面目だわなー。そういうとこがいいのかね、あいつも」 「あいつ? あいつって誰……」 「ま、まあ? カシワさんがどうしてもっていうなら、このわたしが力を貸してやらないでも……」 「あぁ? 足引っ張る、の間違いだろ」 「なにをぅ!?」 「ゲーリョースーマーンー。それにお前も、いちいち噛みつくなよ。とにかくなんでか時間も少ないんだ、急いだ方がいいだろ? 俺はカシワだ、お前は?」 意外にも。意外にも、後輩狩人が握手を求めて手を伸ばすと、朽葉色も鈍重な動きでそれに応じた。 「……わ、わたしは……『クレタ』。クレタ=ディ=マーレだ。高貴な名前だから、気易く呼ばないでもらいたい!」 それでもどこか尊大な振る舞いだったからか、毒怪鳥装備は「高貴な名前だってよ、お貴族様気取りか」とさも気に入らないとばかりに全力で煽り返す。 二人がやいやい揉めているのを脇に置いておき、カシワは自前のアイテムポーチをたぐり寄せながら盾を備えつけた片腕の先端に視線を落とした。 きらりと煌めくのは、支給専用の狩り場に留まっていられる制限時間を示した金時計だ。見慣れたそれだが、何故かいつもよりうんと時間が減らされている。 いつの間にか言い合いを終わらせていたゲリョスマンが、古龍の性質上対峙できる機会と時間が限られているせいだ、と顔を出して補足した。 「連中の気紛れは今に始まったことじゃねーんだとよ。この面子、この装備でどこまでやれるか、狩りきれるか……ってな。ったく、厄介な『試験』だぜ!」 「そうか、ありがとうな、ゲリョスマン。そういえば、お前は古龍の相手をするのは初めてなんだったよな?」 「あ? まーな。つっても、オレも機会があればいつかは、と思ってはいたからよ。狗ちゃんどものお膳立てってのは、気に入らねぇけどよ」 ゲリョスマンの言う「試験」について、カシワは詳しいところを知らない。とはいえ、狩りに臨む理由は人それぞれだということくらいは理解できている。 追及しようとは思わない。自分自身、このクエストに挑むのは「寝起き一番に目に入ったから」程度の理由でしかなかったからだ。 納得がいかない様子の朽葉色の腕を叩いて急かし、毒怪鳥装備には頷き返して、後輩狩人はアイテムポーチを手に掴んだ。 「よし、やれるだけやってみよう。とりあえず狩り場の中央を目指してみるか、すれ違いにならなきゃいいけどな」 「ふ、ふん。せいぜい、わたしの足を引っ張らないようにしてもらいたいな!」 「あぁ? 寝ぼけんなってーの。そりゃお前の方だろ」 「なっ、なにをぅ!?」 「だからっ、そういうのは後にしとけってー!」 「古龍種」。その歪さと恐ろしさは、いつかの骸の龍と対峙した際にいやと言うほど思い知らされている。 思えば、あのときは心強い仲間がいたから心を折らずにいることができたのだ。クリノスもユカも、持てる力を出し尽くして事に当たってくれていた。 だからこそ、カシワ自身はこれまでこの業界に「狩りそのものに非協力」的なハンターが存在することを知らずにいたのだ。 仲間に恵まれていること、己にハンターとしての素質があること。それが狩人として生きる上でどれほど美点とされることなのか、後輩狩人は未だ知らない。 何も知らないまま、知らされずにいるままに、カシワたちは森と丘の奥へ足を急がせる。あたりに、うっすらと山霧が立ち込め始めていた。 ……「彼」にとって、シルクォーレの森はいたく過ごしやすい環境ではあった。 気候の関係から間食に手頃な甲虫類が手に入りやすく、また木々が覆い茂り水源が豊富なことから湿度が一定に保たれていることも自身の体質に合っていた。 「彼」は同族の中では若い部類であったものの、身を隠す術や知性、品格など――これは「彼」が自負する一面に過ぎない――はとびきりだった。 力量の差も分からない愚か者がいようものなら、片手の爪先一つで追い払う自信がある程度には「彼」は自分の腕を買っていたし、種族としての誇りもある。 だからこそ、暇さえあれば我がもの顔であたりを散策していたことは確かだ。確かに、それは認めざるを得ない。 だからといって、 『……まさか、ボクがこの地の管理者候補に選出されるとは』 だからといって、気楽な生活を自ら手放す羽目に陥ろうとは夢にも思わなかった。 たかだか数日、数か月か、気候が僅かに移ろおうとした、あの日。 いつものように森で休息をとっていた折に、「彼」は同種の、遠方にて「管理者」を勤める別の個体にいきなり話し掛けられた。 曰く、「偉大なる『祖』が君の腕を見込んでいるらしい」と。優れた個体として目をつけられたが故に、森と丘の番人を務めるよう指令が下されたと。 『え……や、でも、なんでボクを? そりゃあ、ボクはこの辺じゃめきめき力をつけてきている自信があるけど!』 『分からない、僕にも分からないよ。けれども君をご指名ではあったからね……僕が知るのは、君が候補になったという事実、それくらいさ』 『そうなんだ。ボクも注目株と、そういうことか。ならそのうち、君に並ぶような堅い皮や尻尾を持てるようになってしまうかもしれない!』 『……君は、あの方の気紛れを知らないでいるのだろうからね。けれどもこれは決定事項だから、この地をちゃぁんと、君ひとりで護らなければいけないよ』 『祖』。それは、決して安易に口にしてはいけない特別な龍の呼称だ。 あの日たまたま出会った同胞が、件の古き龍から遠方の管理を任されているとして。何故、自分のようなぽっと出の若輩者が同様の任務を課せられたのか。 理由は見当もつかないが、少なくともあの古き龍に他より秀でた個体として注目されているという話は……悪い気がしなかった。 『しかし、護ると言われても。この時期は竜の卵を狙う輩も少ないし、どちらかといえば凍てつく地や沼地の方が二足歩行には人気のように思うんだよね』 とはいえ。とはいえ、だからといって熱心に任務にあたるかどうかは、実のところ個々の良心に寄るところが大きい。 先の東方に位置する竹林に囲まれた地を守護するという同胞は、軽口を叩いてまわる割には堅苦しいほどに真面目な性格だと噂されている。 有事の際には自ら動き、手近な生物に命を下して裏であれこれ画策するのだとも。たとえそれが、自分たちのような特別な血脈の生命でなかったとしてもだ。 更に彼だけではなく、彼と親しい仲の黒き鋼や炎の王たる龍もまた、同じように任務に忠実な働きものであるのだと、風牙竜の噂に耳にした。 ……ばかばかしい、森と丘の新たな守護者は三者の面影を思い描いて失笑した。 『古の龍が、特別な血脈の生命が、どうして他の種族を気に掛けてやらなければならないんだろ。管轄する土地を護れば、それでいいんじゃないのかな』 つまるところ、「彼」は「彼ら」ほど任務に忠実な気質ではなかったということだ。本音としては、自由気ままに森と丘を堪能できればそれでよかった。 遙か彼方、気が遠くなるほど遠方に建つ古の塔と、雲の狭間に座す特別な狩り場。それを睥睨する『祖』など、「彼」にとって夢幻のひとつでしかなかった。 指令を受けこそしたものの、それがいかに重大なことであるのか、特別なことであったのか。このときの「彼」は何一つ理解していなかった。 『……おやあ? 早速、お客さんだ!』 だからこそ、「彼」はこの場所に現れた二足歩行のうちひとりが、件の「霞の龍」が一目置くものと同一の個体であることに気がつけなかった。 視界を覆う山霧の、真白の先で。どこか間の抜けたような顔をした黒髪黒瞳の狩り人が、ぼんやりと「こちら」を見ている。 |
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