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モンスターハンター カシワの書 上位編(39) BACK / TOP / NEXT |
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……もし自分にハンターとしての才能がなかったら、今頃なにを生業にしていたことだろう。時折、そう考えることがある。 定刻通りの食事に畑の手入れ、他愛もない顔なじみたちとの談笑に、雪かきや作物の加工作業。どれもがどこか遠くにある光景として目に映るばかりだった。 村の暮らしに不満はなかった。そういった日常を下に見た覚えもない。それでも自分が彼らの役に立てているかどうか分からなくなることが間々あったのだ。 養父と教官に指導を受け正式に狩りに出るようになって以降、自分には狩猟が一番性に合っていると自覚した。ただ獲物を狩ることが誇らしかった。 難易度が高いと見込まれた狩りもこなせるようになった頃、いつの日か、自ら手にかけた好いた女にこう嗤われたことがある。 『ハンターとして恵まれているわけでも、成功しているわけでもない。単純に、生き物の血を見るのが好きな残虐性があるだけの男だね』と。 つまるところ、自分はあらゆる生物を下に見ていただけなのだろうか。生命あるものが相手なら、殺さずにいられない質なのか。その解が、分からない―― 「時間がない。悪いが、早めに片をつけさせてもらうぞ……ガムート」 ――強風が荒れる中、視界はけぶり得物を掲げるだけでも苦労する。不意に昔のことを思い出し、ユカは思っていたより自分が疲弊していることを自覚した。 獰猛化個体の無尽蔵の体力に、データのない正体不明の古龍。疲れるなというのがまず無理な話だと、無意識に口角がつり上がる。 雪山、六番エリア。東は高い岩壁に塞がれ、南、山中に続く洞窟と岩肌は永年の氷に覆われた開けた狩り場。さながら天上を仰ぎ見るための観測台だ。 ちらほらとおこぼれ狙いのブランゴが様子を見に姿を見せる中、ガムートはただひとり、矢に穿たれた傷口から血潮を噴かせながら漫然と立ち尽くしていた。 弱っているのか余力があるのか、ぱっと見では分からない。獰猛化個体の詳細は書面でしか見たことがなく、実際に相対するのは初めてのことだ。 音が鳴るほど強く奥歯を噛んだ瞬間、呆けていたはずの巨獣がぐるとこちらに向き直る。頭部を覆っていたあの赤黒い靄は、今は彼女の長鼻に転移していた。 風を切るようにその得物が振り回され、ただでさえ見通しの悪い視界がより白く染まる。喉奥で唸った直後、防具の表層にキシキシと霜が降る音がした。 「ユカくん! そぉいっ、間合いだ!!」 そのとき、横からいきなり二の腕を掴まれ引き寄せられる。反抗する暇も罵る猶予もない。 視線が一気に横、後方へと滑り、強制的に巨獣との距離が開けられた。真っ白に散る氷霜が途切れた刹那、視界の端で深紅の猛火が走る様を見る。 「――『借りる』ぞ、リオレウス!」 その刃は火を噴く剣だ。地表を横薙ぎに払う長鼻を身をひねって避けた男は、雪原を踏むや否や前方に業火の軌道を描いて跳躍した。 ジャスト回避、直後、追撃である空中連続斬りへの派生。古参の身でありながら、スギは柔軟に新しい狩猟技能を体得して狩りを楽しんでいるように見える。 「スギ=ヒラサカ……手を出すなと、言ったはずだぞ!」 「あーっと!? こりゃ失敬! 見たことない子だからねえ、我慢できんかったよ!」 「慣れない狩り場に初見の相手だろう、観察に留めておけ! 欲張るな!!」 「イイねえ、冷静だ! さすがアルノーに教わっただけはある!」 ふざけるな、そう怒声を浴びせるも黒髪黒瞳に反省する様子はない。着地と同時に巨体に肉薄し、横薙ぎ、下方から斬撃を走らせ脚の氷鎧を剥がそうとする。 (あの装甲、剥がしてやったはずだが……呼吸を使って吹雪を起こし何度でも装着するのか。報告にあった『雪纏い』として、もしあのとき追撃していれば) 黒瞳の狩人の身勝手さに呆れかえりながら、ユカは男の腕前と、更にはガムートの巧みな防御術に一人感心さえしていた。 本体を護り力を与える、脚部や尾に見られる凍てつく鎧。削ぎ落とせばそれだけで優勢を描けるが、それに熱中しすぎれば当然巨獣側の反撃が待っている。 即ち、先刻のギアノスたち同様即席の氷像の出来上がりだ。矢をつがえながらも背筋に冷たいものが這うのを感じた。 「ほいほい、っと。それでユカくん、とりあえず君の言う通り退がってみたけど、これから俺はどうしたらイイ?」 「目を輝かせながら物を言うな。……俺が隙を作る。お前は彼女の足止めをしておけ」 「おっ、愛の共闘だね!? そうこなくっちゃ~!!」 目に見えてはしゃぐスギにユカが一瞥を投げた直後、先立って放たれた多段式の一射がガムートの頭頂、額を覆う象牙質の鎧に突き刺さる。 切なげな悲鳴が宙を裂き、巨躯がゆらりと大きく傾いた。それでも前脚を器用に動かし、その場にうずくまらずに踏み留まったのは流石、巨獣の銘持ち故か。 「パオォッ……!」 「――よし、効いてはいる」 パラパラと、砕けた装甲の一部が風に紛れて宙を舞う。猛烈な吹雪と、頭上、雲の隙間から漏れる陽光の相乗効果で視界が眩く煌めいた。 晴れているのに荒れている。泡孤竜の嫁入りを彷彿とさせる幻想的な風景だが、見とれることなく銀朱の騎士は黒衣を翻し、なお前へと踏み込んだ。 背筋、肩、両腕へ意識と力を落とし込む。じわりと脳が痺れる感覚が走り、直後、銀火竜のブレスの軌道を思わせる強靭な一射が宙を裂いた。 「……悪く思うな。これも仕事だ」 牽制も兼ねて細やかに動くスギの背を、ユカは目で追いもしない。代わりに悲痛な声を漏らしたガムートが、不意にこちらに視線を落としたのが見えた。 丸みを帯びた金瞳と銀朱が重なる。その眼に急速に意識が引きずり込まれる感覚がして、騎士は指先を小さく跳ねさせた。 吹雪の影響か、全身の痛みか、獰猛化による著しい消耗か。巨獣の眼は水滴を湛えているものの、敵意や威圧といった攻勢の意欲はまるで衰えない。 ……刹那、どこからか、それこそ吹雪か雪原の向こうから、酷くか細く頼りない声で何ものかに話し掛けられたような気がした。 (『終わりにしたい』、とでも望むのか。……いや、それは俺の願望だ。お前はそんな……) 「獲物と自分の事情とを混同してはいけない」。養父からさんざん言われてきたことだ。 胸中が強くざわつき、ユカはそれを振り払うようにぎしりと奥歯を噛み締める。スギが鼻棘に火竜の刃をめり込ませた瞬間、意を決して得物を構え直した。 ――共に、歴代の生命あるものたちが過ごした場に在ること。臆さず死力を尽くすこと。存在の証明……それこそがわたしに遺された、『雪海原のうた』 「そうだ、痛みも恐怖もいまだけだ。俺もいつか『そこ』に行く……先に行って、お前の同胞らと共に待っていろ」 文字通りの満身創痍。息も絶え絶えなガムートは、それでもなお狩り人たちに挑み続けた。 獰猛化の効果がそうさせるのか、最後の最期まで彼女は抗戦意欲を失わない。その姿を、生き様を、共に在れたことを目に焼きつけるよう指先に力を込める。 あくまで先に手を出したのはこちらであって、時期と場所さえ問題がなければこうして彼女と対峙することもなかったかもしれない。 いつの日か、狩りは命と命のぶつかり合いだと、誰かが言った。 獲物と狩人、モンスターと人間。どちらが上か、どちらの生存を優先すべきか……そんなもの、他者の生命を手折る言い訳でしかないとユカは思う。 「ギィイイイイ――ォオオオッ!!」 「ユカくん、罠をっ……」 「必要ない。『彼女』は十分、奮闘した」 仕事と称して咎(とが)を重ねることしか出来ないのなら、せめて言い訳や逃避をせずにありたい。 彼ら彼女らが生きた軌跡を心に刻むことで、正面から向き合うことで……狩人として騎士として、咎ごと素材を身に纏うことで見えるものもあるはずだ、と。 言い訳じみた思考を払うように、ユカは真正面からガムートを見据えた。得物を構え、矢をつがえ、巨獣が鼻を振り上げると同時に射撃する。 ――わたしも、きちんと『山神らしく』うたえていたのかな。そうだといいな…… 「お疲れだったな。よく、休め」 彼女は、苦鳴こそ漏らしたものの急激に倒れ伏すようなまねはしない。 牙獣の頂として、不動の山神として、その名に相応しくあるかのようにガムートは片膝を着きながらなお立ち上がろうとした。 地表が悲鳴を上げるように大きく揺れ、雪原は軋み、新雪が空に吹き上がる。まともに立っていられず、狩人たちはその場で足を踏ん張らせた。 その最中、銀朱の騎士はゆっくりと獰猛化個体が巨躯を傾げさせる様を見る。憂いを帯びていた眼は閉ざされ、暴風のような息遣いもほどなくして停止した。 あとには視界が吹き荒れる景色ばかりが広がっている。溜め息を一つ吐き終える頃には、巨獣はぴくりとも動かなくなっていた。 「……、……おっ、おォうっ。討伐完了! ってことでイイ……のかな?」 「喧しいぞ。少しくらい感傷に浸らせろ」 喜びを分かち合うべく両腕を広げたスギを、ユカは視線ひとつで黙らせる。すんなりと引き下がった男の顔には、何故かことさら嬉しげな笑みが浮いていた。 氷雪に覆われていくひとつの巨体。得物を納め、しっかりと雪原を踏み鳴らして距離を縮めたギルドナイトは、巨獣の顔面付近で立ち止まった。 感情の籠もらない冷ややかな視線が、青色の体毛を穿つ。ユカは、スギの耳でも聞き取れないほどの小さな声量で何ごとかを呟いた。 「ん~……ユカくん。一度ポッケ村に戻ろう、アルノーたちもきっと心配してる」 「ああ」 声をかけてみると、意外に力強い応答が返される。黒髪黒瞳が促すまでもなく、銀朱の騎士は素直に山道を下り始めた。 ……やがて日差しも固く閉ざされ、雪山を荒天が覆い尽くすようになった頃。ガムートの物言わぬ巨体は北風と白雪に隠され、急速に温度を損ねていった。 しかし、寒冷地帯に適した生態であることを証明するかのように、彼女の体毛は芯まで凍りつくということがない。 その毛が浮くことは二度となかったが、硬い質感を残したまま濡れそぼつ様は、彼女の骸を極上の民族衣装が柔く包んでいるかのようで非常に幻想的だった。 「……見事なものよ。なんとも、『やりきった』とばかりに穏やかな貌(かお)をしておる」 その狩猟の一幕から一夜明け。夜間には天候も回復し、ポッケ村に到着した調査隊はなんの苦もなく狩り場への登頂を果たす。 自身に起きた災厄を悲嘆せず、自然の一員としてあるべき姿を全うした巨獣を、ハンターズギルドの職員や竜人族、龍歴院の研究員らは怖れもせずに労った。 複数の二足歩行が牙獣を囲み労る様は、同情や憐れみというよりも、厳かといった雰囲気があったかもしれない。 「やはり、か。彼奴が現れたタイミングで獰猛化したモンスターが散見されるようになった。『災厄をもたらす』……古文書の記述どおりになってしまった」 「その記録とてずいぶんと昔の資料よ。半ば言い伝えとなっていたが、安易にこじつけるわけにもいかない」 「しかし、このガムートのおかげで貴重な研究サンプルを獲得することができた。惜しむらくは、生け捕りではないことくらいか……」 協議の末、この獰猛化個体を討伐し前日のうちに村に戻ったというハンターには、簡潔な調査報告と称賛の封書が送られることが決まった。 件の狩り人がそれを受け取るや否や、自らが所属するギルド支部宛てに転送したことは、あまり知られていない。 ……時間は、少々遡る。 「ユカ! お疲れ……ご苦労だった。怪我は? どこか痛むところはないか」 「ユ~カ~!! よく頑張ったわねっ、獰猛化ガムートを狩猟するなんて、スゴイじゃない!」 「師匠、先生、戻りました。詳しい話は……もう遅いですから、明日にでも」 「そうだな、その方がいいだろう。休んで回復に努めなさい」 結局調査隊やギルドの増援を待たずに狩猟を成功に収めた銀朱の騎士は、村長への簡単な報告を済ませた後、黒髪黒瞳を伴ったまま馴染みの家へと帰還した。 出迎えた養父母に必要以上に労われ、慰められ、愛でられ……出発前より防具を乱した有様で、疲労を隠せない足取りで自室に向かう。 「ちょいちょいちょい。ユカくんだけじゃなくて俺も褒めてくれたってイイんだぞっ? アルノー、アリシア!」 「ええ~? スーさんは可愛くないから駄目よう~。褒めるところだなんて、溶けた幻獣バター並みに見当たらないわ~?」 「アリシアサン!? 酷っ!? 辛辣ッ!!」 スギは、久方ぶりの旧友たちとの再会を喜んでいた。居間から出る直前、夫妻がこれ以上ないほど心から笑っている姿を見てユカは内心ほっとする。 考えなければならないこと、やらなければならないことは山のようにあった。しかし、最後に見下ろしたガムートの表情が忘れられない。 死力を尽くし、モンスターとしての本領を発揮し、現世に思い残すことはないとでも主張するかのような、誇らしい穏やかな笑み。 それが笑顔であったかどうかは分からないが、少なくともユカの目には彼女の最期がそう見えたのだ。後悔するつもりはなかったが、と乾いた笑いが漏れる。 「俺も……だいぶん、やられているな」 何に、誰に、とは言わない。壁に肩を預け、崩れるようにもたれ掛かったとき、不意に背後の部屋から何ものかが出てくる気配があった。 「ユカ!? オミャー……今までどこ行ってたんだ。せめて手紙のひとつでも送っとけニャ」 「ニャニャ、ユカさん! ガムート狩れたのニャ? よくできました、のニャー」 「んなっ!? ガムートって、オミャー……この荒天にオトモどころか同行者も連れないで、いい度胸してるニャ」 「チャイロさん、吹雪いたのは昼過ぎくらいニャ。それまでは晴天だったから、ユカさんなら一人でも上手く狩りが出来たはずニャ。心配したのかニャ?」 「だだだだ誰もっ、んなこと言ってねーだろ!! そもそも、コイツは殺しても死なねーのニャ!」 現れたのは、真新しい包帯で腹から背中までぐるぐる巻きにされたオトモメラルーと見知った黄色毛並みのアイルーだった。 こちらは何も聞いてもいないのに、好き勝手に近況と心境とを明かしてくれる。その言い分と常と変わらない態度に、思わずユカは頬を緩ませていた。 「もう夜だぞ。俺も今日は休むつもりだ、お前たちもそろそろ寝ておけ」 「ニャイ! そうするニャ!」 「おいユカっ、オミャーオレの話はまだ……おい、リンク!」 「ニャニャニャ、チャイロさんは怪我人ニャー。まだまだ休んでなきゃ、ダメニャ! 話があるなら明日聞けばいいニャ!」 リンクの物言いにはどこか棘が滲み出ていたが、彼がチャイロの身を案じていることは十分に理解している。 部屋に逆戻りさせられているメラルーは、ぐぎぎと歯噛みしながらアイルーの手に抵抗していた。振り向きざま、騎士はふとその頭に手を伸ばす。 「悪かったな。明日、詳しい話を聞かせてやる。今度はいきなり姿を消したりせんから、安心しろ」 「な……ばっ、バカか!? オレは別にっ」 「チャイロさん、ツンデレだったのニャー? アルフォートのこと言えないニャ! じゃあユカさん、おやすみなさいニャー」 「おい、リンク。アルフォートがツンデレってどこ情報だ、あいつがツンデレなら世の中のメラルー全員……」 ああおやすみ、そう言い終えるより早く、オトモたちはニャイニャイ言いながら出てきたばかりの部屋に消えていった。 触れたときの毛の感触や声の張り、表情などから、ローランとディエゴから聞かされていた情報よりもチャイロの回復が早いことを知り安堵する。 とはいえ、ティガのこともあり心配性をこじらせてしまったメラルーのことだ。今の会話だけで置き去りにされた理由に納得がいっているとは到底思えない。 猟団の件に掛かりきりで、近頃はろくに構っていなかった。文句を言われることも覚悟しなければ……頭を振り、ユカはなんの気もなしに自室の扉を開ける。 「あれっ? ユカだ。狩り、終わったんだ?」 そういえば、自分は確かに彼女に見送られてから雪山に発ったのだった。 相も変わらずベッドを占拠するクリノスの姿を真正面に見出して、ユカは部屋の入口でつい棒立ちしてしまう。 「……クリノス、お前……まだここにいたのか」 「え? 好きに休め、的なこと言ってたのあんたでしょ。それよりお疲れー。どうだった? 獰猛化ガムート、強かった?」 悪びれる様子も怯える仕草も見せずに、双剣使いは秘薬を小袋に振り分けつつ寝具の上で伸びをした。 またしても湯上がりなのか、インナー姿のところどころから見えている肌が微かに赤みを帯びている。騎士は、これ以上ないほどわざとらしく咳払いした。 「手強い、というよりは……少しばかり体感は違っていたな」 「ふーん、そうなんだ。耐久力と攻撃力が上がってる、っていうのは読んだけど」 「なんだかんだ資料に目を通したらしいな。それで、お前は今までここで何をしていたんだ」 「えー、実際に相手にしたハンターから話聞いた方が参考になるのにー……んー、別に? 逆鱗磨いたり、調合したり、宝玉磨いたり?」 「つまりはいつも通りということか。流石だな」 それどういう意味、小さく唇を尖らせる娘に、さてな、男は苦く笑い返す。 いつもと変わらない彼女の生意気な物言いや遠慮のない態度、見知った部屋が、生きて戻ってこられたことを実感させてくれた。 いかに己の手が汚れようが、思考が烏滸がましく傾ごうが……クリノスやカシワといった信を置ける相手がいるのなら、自分はまだ人間を辞めずにいられる。 今もガムートの最期の表情が忘れられない。いつか、自分にも「彼女」と同じような心境に浸りながら果てる日がくるのだろうか。 それを思う度、恐怖心よりも妙な安堵が湧くことに困惑していた。ほんとうなら、自分はハンターはおろか、ギルドナイツさえ向いていないのかもしれない。 「ユカ? どしたの」 「いや……なんでもない」 「ああ、そう。ところで、もう寝る? わたし、退く気ないからね?」 どうしてそうなる、目を細めた騎士に、まだ本調子じゃないし、双剣使いはあっけらかんと言い放って寝具に潜り直した。 その速度には目を見張るものがある。はっと我に返ったユカは、てこでも動かない、とばかりに掛け布団で籠城を決め込むクリノスにわざと伸し掛かった。 「ちょっと、なにすんの!? 重いんだけど!」 「ふん。他人のベッドを占領している、自分を恨め」 好いた女に寄りかかりながら、男はひとり考える。思い起こすのは、ガムートを眠りに導いた最期の一射の感覚だった。 「帰るための場所がある」。それは命と命を賭ける仕事に就く者にとって、どれだけ心強いことだろう。 もしかしたら、あの巨獣にもそんな場所があったのかもしれない。否、情報にあった獰猛化轟竜が、それすら跡形もなく奪っていった可能性も捨てきれない。 「いいものだな、ハンター稼業というのは。狩りを楽しみ、焦がれる武具を作り、ランクを上げ……だがな、クリノス。それでも俺は……」 珍しく弱音が出そうになった。クリノスは布団の上の男を追い払おうと躍起になっていたが、ユカの声色にぴくりと全身を強張らせて硬直する。 「……なんか、あったの? あんたの場合ハンターズギルドからの出動要請もあったりするんだし、仕事は十分頑張ってる方だと思うけど?」 なによりこの自分が「お疲れ」と労ってやっているのだ――そう言わんばかりに、双剣使いはニヒッと軽やかに笑った。 騎士は突然向けられた愛らしい笑顔に動揺したものの、あえて礼も言わずに「そうか」と答えるに留める。 クリノスはその返事を応と受け止めたようだった。話したくなれば勝手に話してくれるだろう、そんな自由極まりない柔い態度が、ユカの傷を僅かに癒やす。 「……大した話でもないんだ。聞いてくれるか、クリノス」 「ほーい、いいよー。暇してたしっ」 「まずガムートの件だが、『何もなかった』。狩りも滞りなく成功した……ただ、」 「ただ? なに?」 「あのガムートの息遣いや吹雪の音、そのあたりは俺たちが昨日聞いた『うた』と間隔がよく似ていた。彼女なりに事情はあったのかもしれん」 「……モンスターたちだって皆生き物だしね。本当のことは分からないけど、気づいてあげられたんだからユカが最期の相手になってよかったんじゃない?」 だといいんだが、きっとそうだよ、ふたりの狩り人は片や苦い笑みを、片や理知的な眼差しで相手を見据え、それぞれベッドの上に座り直した。 「忘れられない」。そういった悼みをクリノスは決して笑わない。入れ込みすぎるなと言うものの、越えてはならない境界を彼女自身はきちんと守っている。 ユカは、ガムートがどこか物寂しそうにしていたこと、見知らぬ古龍の乱入と、スギの助力とを彼女に話した。いつもの自分なら、まずあり得ないことだ。 「ああー、そっかー……あれ、そいつの龍鱗だったのか……」 「どうした、クリノス」 「ううんー、なんでも。ちょっと、カシワのこと殴ってやりたいなーと思って!」 「思い当たる節でもあるのか。カシワのやつに何かあれば、あの雲羊鹿飼いが黙っていないだろう。用心しろ」 夜は更けていく。 結局騎士と双剣使いが会話に一区切りをつけ一台のベッドで眠りに就いたのは、空が白み始める朝方のことだった。 よく手を出さなかったな、とユカは自身を思わず褒めてやる。生意気な目の娘はそれだけ真摯にこちらの話を聞くことが出来る、魅力的な存在だったからだ。 「……ガムートも俺も、重すぎるだろう。つまりは愛というだけの話だが」 自己満足としか言いようのない思考が脳を巡った。同情、憐れみ、自己嫌悪……様々な感情が溢れ出すが、それでも立ち止まろうとは思わない。 仕事は仕事だ。自分はあくまでハンターズギルドの一員であり、それと同時に一介のハンターでもある。 ならばこれまで通り、獲物と人間の間を行き来するよりないだろう。嘆息した瞬間、隣に寝ていた人影がもそもそと身悶え、毛布にくるまって丸まり直した。 よほど思い入れがあったのだろうか、クリノスは件の銀翼の古龍に興味しんしん、かつ、ところどころで妙に怯えて話に聞き入った。 目を輝かせ、しかしときに動揺する様は、見ていて愛おしく感じさせられた。思わず手を伸ばした先、娘の髪は巨獣の毛に比べてとても柔く、心地良かった。 |
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