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モンスターハンター カシワの書 上位編(38)


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「あれっ」

自分でもおかしな声が出た、とクリノスは目を瞬かせた。眼前、紙面を走らせていた羽ペンがなんの前触れもなくぽきりと折れたからだ。
替えを探そうと立ち上がりかけた瞬間、目の前に新品の羽ペンがずいっと差し出される。いつからか、向かいの席に腰掛けていた栗色の眼差しと目が合った。

「アリシア! ……どーも、ありがとー」
「うふふ、いいのよ~。ところでクリノスちゃん、あなたユカからクルペッコの羽ペン、もらっていないのかしら?」
「えっ? もらってない……っていうかあれはユカが大事にしてるやつでしょ、前にやらないって言われたし。ベルナに置きっぱなしなんじゃない?」

龍歴院宛てに今回遭遇した獰猛化ティガレックスの報告書をまとめていたクリノスは、アリシアの妙な言い分に微かに眉根を寄せて返す。
ユカが出ていった後、体の痛みが多少マシになった頃にようやく起き出したため、書き途中だった報告書は未発見時の猛牛竜の歩みでしか進められていない。
本当なら昨日中には経緯をまとめ上げ、受付嬢経由で発送する予定でいたのだ。轟竜素材とまではいかなくとも情報やゼニーは入手しておきたかった。

「そうなの!? やだ~、あの子ったら釣った魚竜には餌をやらない主義なのかしら!」
「いやいやいや、なんの話? それより、ユカかあ……あいつ、ちゃんと巨獣に会えたのかな?」
「そうね~。あの子ったら増援を待たずに出発しちゃうんだもの。そのぶん道具は補充していったみたいだけど」

銀朱の騎士が村を出て、数時間以上が経過している。移動時間や狩猟準備のことを思えば、ユカにしては時間が掛かっている方だと女狩人は頬杖をついた。
窓の外には変わらず青空が広がっている。もうしばらくすれば日が傾き始め、雪に覆われたフラヒヤに一面の橙の輝きが訪れるはずだった。
彩鳥の羽ペンにやたらこだわりウンウン唸るアリシアから目を外し、クリノスは席に着いたまま窓越しに雪山の頂を仰ぎ見る。
ユカに限って、狩りをしくじるということはないのだろうが……妙な胸騒ぎがして、しかし大人しく待つよりない双剣使いは腹立たしげに短く嘆息した。

「――ニャッニャニャー! 旦那さんっ、ただいまニャ!!」
「って、リンク!? お帰りー!」

その空気を一変させた来客がある。突如明るい声でフローレンス宅の居間に飛び込んできたのは、晴れ晴れとした顔のオトモアイルーだった。
見慣れた黄色毛並みをすぐさま抱きとめ、抱き上げてその場で一回転。ついでに頭を撫でてドングリを手渡してから、クリノスはようやくリンクを解放した。

「渓流からまっすぐ来たの? ガノトトスを捕獲したって聞いたけど……お疲れー、ありがとー!」
「そうなのニャ! ニャッヘン! アルフォートはカシワさんと合流したいからってベルナに発ったけど、ボクはニセモノさんと一緒にこっちに……」
「ニセモノさん? なにそれ、どういうこと?」
「ニセモノさんは偽物のニャンコックさんニャ。でも全然似てなかったニャ、ニャンコックさんの風上にもおけないニャー。でも腕は確かだったのニャ!」
「ええぇ? あはは、どういうこと!?」

ぱっと破顔して後ろを振り向いたオトモが、その場で固まる。もう一度こちらに向き直った表情に、僅かな落胆の色が見えた。

「えーと、リンク? どしたの、そのニセモノさんはどこに……」
「いないニャ。さっきまでボクの後ろからついてきてたのに……どこに行っちゃったのニャ?」

渓流における、ガノトトス一頭の狩猟。たったその一狩りの合間に、ここまで「主人愛」のリンクと親しくなることができるハンターがいようとは。
彼の気質をきちんと理解しているクリノスは、俄に驚きつつもオトモの頭をぽんぽんと撫で、ちょっと休も、と座るよう促した。
素直に着席したリンクに、アルノーが温めたポポポミルクを持ってくる。同じようにミルクを入れたコーヒーを差し出され、ありがたくカップを受け取った。
狩りの報告を受ける最中、ふと双剣使いは眼前のユカの養父母らが、意味深に視線を交わし合う様を見て眉根を寄せる。
まるで件の「偽ニャンコック」に思い当たる節でもあるかのようだ。声を潜めて二、三言やりとりした二人は、こちらの視線に気づいて微かに目を丸くした。

「なに、その反応。偽物のニャンコックさんのこと、何か知ってるの?」
「クリノスちゃん! それは……」
「アリシア。……ああ、もちろん。リンクくんたちの手伝いをするよう頼んだ俺の古い友人というのが、恐らく彼のことだろうからね」

中の人なんていないのニャ、パタパタと前足を振り回して謎の抗議をするリンクに二杯目のホットミルクを手渡して、アルノーは苦く笑う。
アリシアの隣にようやく腰を落ち着かせた茅色は、遠くを見るように目を細めてコーヒーを一口啜った。

「何から話せばいいか……我々はユカを引き取る以前はギルドの職員でね。生態調査の一環で狩りをすることもあったんだが、彼とはそこで知り合ったんだ」

郷愁を彷彿とさせる柔らかな笑みと声色。旧友というニャンコックモドキのことを話し始めたアルノーの顔から、何故か目が離せない。

「婚約者……うん、愛妻家で、掴みどころがないが腕は確かな男だったよ。クリノスさんには少し話していたのだったかな」
「うん……この間、少しだけ、だけど」
「ここ十数年、狩りを休業していたらしいんだ。だというのに、最近になって急に手紙を寄越してきてね。『仕事があったら紹介してくれ』ときたものだ」
「え? ハンターズギルドやクエストカウンターに掛け合うんじゃなくて、アルノー宛てに?」
「彼の中では、まだ俺たちがギルド勤めのままなのだろうね。ずいぶん前に共通の友人伝手に辞めたことを報せたと思っていたんだが」

挨拶もあったものじゃない、頭を振る元ギルド職員からは、言葉に反して怒りや呆れといった悪感情は感じられない。
ただ純粋に、狩り友の復帰を好意的に捉えているという穏やかさが浮いている。なんとなくむず痒さを覚えて、クリノスはもぞもぞと身じろぎした。

「全く、今までどこをほっつき歩いていたのやら。おおかた、細君にべったりしていたのだろうが」
「はあ……なんか、聞いた限りかなりマイペースな人だよね。復帰したてで上位個体のガノトトスって、平気だったのかな」
「魚竜なら彼の故郷付近にも出ることがあったろうから、問題ないさ。リンクくんも偽物と言っていただろう? 本物に近しいならそう上手く立ち回れんよ」

褒めているのか貶(けな)しているのか、いまいち分かりにくい物言い。双剣使いがきゅっと一瞬眉根を寄せた瞬間、茅色は明確に意地悪く口角をつり上げる。

「しかし、リンクくんを放っていなくなったということは……なにか気掛かりなことでも見つけたか、あるいは」
「あるいは?」
「彼は、ユカと同じくらいモンスター運が強い男でね。『何か引っ張ってこなければ』いいのだが」

何かとはなんだ。それ以上を聞くのが恐ろしくなり、先輩狩人は反抗じみた表情を隠さないまま閉口した。
アルノーの横でアリシアがつい思わずといった風に噴き出す音が聞こえたが、ここはさりげなく無視しておく。予想していた通り、茅色はニコリと笑った。

「なに、彼の気まぐれは今に始まったことじゃない。自発的に動くことで逆境を切り開いてきた男だし、万が一が起きても実力でねじ伏せるだろうとも」
「うわあ、言い方。そう言うけどさ、もし雪山に別のモンスターでも出てこられたら困るんだけど? わたしは今は行かないからねー!」
「旦那さん、旦那さん。もしかしてボクがいない間に、雪山に大型のモンスターが現れたのニャ?」
「あー、うん、出た出た。いまユカが撃退に向かってて……っていうか、雪山だけじゃなくこの家にも出たから。獰猛化したぁ~ナントカペッコがぁ~!!」
「ニャニャニャ、獰猛化クルペッコ!? そんなの『狩りに生きる』にも書いてなかったニャ! 旦那さん無事だったのニャー!?」

「恐らく喩えるなら『獰猛化ユカペッコ』なのだろうな」。
アルノーとアリシアの物言いたげな微笑混じりの表情に、クリノスは噛みつかん勢いでイーッと歯を剥き出しにして威嚇する。
「腕の立つ古い友人」兼「ニャンコックモドキ」。気にはなる話ではあったが、狩猟許可の却下も事後の体調も、自分では最早どうしようもないことだ。
あの銀朱の狩人がうまく捌いてくれるのを祈るしかない。先輩狩人は、もう一度窓の外を見上げて嘆息した。






真白が吹きつける合間に、生命を脅かす脅威が混ざる。視界の端、向かって右、猛火が盛るかの如く赤黒い光が宙を裂く様を見た。
耳障りな音、背筋に走る悪寒、額から伝う鮮血と嫌な汗。刹那、高速、否、音速に等しい速度で、何物かが自分を四肢ごと引き裂こうと迫りくる。

「ぐうっ……!!」

躊躇している猶予はない。ほとんど反射に近い反応でユカは左方に跳び込んだ。直後、脚を掠めるか掠めないかのぎりぎりのところを凶悪な気配が横断する。
あと一歩、あと一秒でも回避が遅れていれば、四肢はおろか全身が砕かれていたのに違いない。
片手で地面を押し返し、跳ね起きるようにして過ぎ去った元凶に振り返る。相手はトンと軽く地を蹴って、短めに前へ跳躍したばかりだった。

(……! まだッ、)

大型モンスターと呼ぶには小柄な方だ。流線を描くしなやかな全体像に、それを彩り形作る銀の龍鱗と比較的小振りな堅殻。
軽快な動作で駆け身を転じさせる様は、その素早さも相まって迅竜や黒狼鳥の動きを連想させる。しかし――

「二度目!!」

――空気が、世界が歪曲したような錯覚が生じた。前に跳んだ銀の龍は、着地するかしないかの一瞬の間にその身を宙に浮かせている。
「浮かせている」と気がつけたのは、ユカの類い稀な動体視力と勘の良さが成せた業だ。実際、低空に躍り出た龍は先と同じように超高速で飛翔、突進する。
「彼」が飛ぶのはこれで二度目だ。背中、特に背筋のあたりがぱっと赤く輝いた瞬間、直後その体躯はこちらを轢き殺す凶器へと変わっている。
前に跳び、落下するより早く宙を直線状に飛びこちらを狙ってくるのだ。自分の肉体がどのような機能を備えているか、理解した上での動きだとユカは踏む。
そのとき、ヒョォウッ――いななきのような、風切り音のような、酷く聞き取りにくい声が上げられた。
ぱっと顔を上げた先で、龍の頭上に恐ろしい何らかのふたつの塊を見出して、銀朱の騎士はこれ以上ないほどの渋面を浮かべてみせる。

「なるほど? それがお前の『得物』か」
『――、』
「本当にろくでもないっ……!」

鱗と殻に覆われた、艶やかな銀の曲線美。龍の背から伸ばされたそれらは、たとえば以前挑んだ骸の龍の喰腕のような、一目で「得物」と分かる代物だった。
露出部の一部に穴が開いている点や、人間の五指のような三叉が見られる点、翼膜などを備えていない点から、飛竜種のそれとは異なる「翼」だろうと……
察すると同時にユカは跳ぶ。背中から剥がされたそれらが突如ぐると方向を変え、こちらに羽先を向けたからだ。

「……!!」

「あれは危ない」。直感に従って跳躍したが、元の頭のあった地点に銀翼の切っ先が突きつけられた様を見てぞっとする。
さながら剣だ。龍鱗で覆われ尽くした翼の先端は飛竜の翼爪の鋭さの非ではない。あんなもので刺されれば穴が開くどころの話では済まされない。
首ごと頭が胴体から千切られる瞬間を想像して、ユカは強く歯噛みした。恐怖もあるが、その速さに追いつくのが精一杯であることの方がもどかしかった。
ざりざりと雪原を鷲掴みにして着地時の滑りを殺す。呼吸が、脈がかなり速い。息はとっくに冷え切っていて、しかしドリンクを口にする余裕はなかった。

(……いや、)

正確には、ホットドリンクを飲む隙ならそこかしこにあったのだ。だというのにユカはそれを怠った。
いかんせん、眼前の龍は美しかった。白銀の雄火竜とはまた違った煌めき、銀の色合い、空色の眼。そして何より、苛烈としかいいようのない挙動。
翼の形状や噴出する赤黒い高純度のエネルギー、畏怖に近しい体感から、恐らくただものではないことは既に把握できている。
恐らく飛竜、それより上に君臨する生き物だろう。この感覚は、それこそいつかの調査過程で遭遇したリオレウス希少種や古龍種たちのそれによく似ている。

(いかん、冷える。指先が凍てつくようだ……だが)

本来であれば、早めに撤退して村長らに報告すべき案件だ。あるいはハンターズギルド宛てに急報を飛ばさなければならないかもしれない。
何故、どうして自分はそれをしないのか。答えは簡単だ……銀朱の眼を輝かせて、騎士は銀翼の猛攻を独りきりでしのぎ続ける。
相手を目で追い、得物を握り、攻防を繰り返すその狭間。ギルドナイトとしてではなくただの一ハンターとして、男は現状を楽しみ始めていた。
先端がこちらを向く。次はどうくる? 刺突か、叩きつけへの移行か、それとも先のような突進か――初見の相手を観察したくなるのは狩人としての本分だ。
「下手をうてば死ぬかもしれない」、「だったらどうした」。ぎゅうっと白銀の得物を握りしめ、銀朱の騎士は空色めがけて凶悪に笑いかけた。

「これは仕事だ、仕事でしかないからな。だからお前の動きは、いま、ここで俺が見定めてやらなければ」

もう一度龍がヒョウ、と短く鳴いたとき。ユカは耐えきれず弓を展開して、素早く矢をつがえていた。
反撃された際の龍の反応や、それへの切り返しを把握しておきかった。応じるように相手が接合部を回し、銀の三叉を広げてこちらに向け直した、その刹那。

「――はいはいはいはい、そこまでそこまでー! 目を、目を閉じろ!!」

血が騒ぐのを知覚しかけた、まさにその一瞬に。突如として割り込んだ第三者の手によって龍との幕は強引に下ろされる。
真っ白な閃光が視界を埋め尽くし、ユカと謎の龍はたまらず両目を閉じたたらを踏んだ。閃光玉だ、理解した頃には後ろから腕を引かれ距離を離されている。

「ぐっ、いきなりっ、何を……!」
「いきなりもなにも、ナイナーイ! このおばかさんめ! 今日の君のお仕事相手が誰なのか、忘れているんじゃないのか!?」

突然の叱責に、ユカは面食らって固まった。相手の言い分がじわりと脳に浸透し、全身から力が抜けていく。
その頃には視覚も元に戻っていた。ふと振り向けば、件の銀翼の主は得物の向きを変え、折りたたみ、その場で胸を張って固まっている。
離脱の用意をしているのだ――そう気づけたのは、龍の胸元から鳴る奇怪な音と、彼を中心に大気が猛烈な渦を巻いていたためだ。
背に戻された第三の腕に等しい銀の翼。体内に通じる穴越しに赤黒いエネルギーが循環し、胸殻から取り込まれた空気と混ざり合い、異様な圧を発している。

「待て……お前は、どこから来たんだ」

純粋な興味か、敵対心か、あるいは狩人としての意地か、生存本能か。自分でも答えは分からない。
ユカは、ほとんど無意識に前に手を伸ばしていた。後ろから伸ばされた腕は今も自分の襟首を掴んで離さなかったが、それに振り返る暇はない。

『――、』

龍は、何事か言い残すようにこちらにちらと視線を投げて寄越した。確かに眼は合ったが、その空色には邂逅したときと同様に強い憎悪と敵意が滲んでいる。
何故、そんな感情をぶつけられるのか分からない。狼狽した僅かなその隙に、龍は荒ぶる龍氣を一気に焚き上げ、疾く飛翔した。
まっすぐに、躊躇なく、誰のことにも振り返らずに。銀瑠璃の流星の如く、銀翼の龍は真っ青な天上に一直線に駆けていき、すぐにその姿は見えなくなった。

「ウーム。あれって龍属性だよなあ、段階ごとに強化が掛かるか……っと、いやぁ、凄まじいなぁ! アレは、俺もまだ見たことないヤツだな!」

エネルギーの軌跡が、残滓が、温暖期の空に赤い曲線だけを残していった。やがてその軌道が完全に失せた頃、ユカは身をねじって乱入者の手を振りほどく。
振り向いた先には黒髪黒瞳、昔ながらのハンター装備を着込んだそれなりの歳の男が立っていた。止血に使え、と差し出された布を騎士は受け取らない。

「今時分、何用だ。村に引き籠もっていたポンコツが、こんなところで何をしている」
「なんだなんだ、ずいぶんな言い草だなぁ。元々は君が俺に狩猟に復帰するよう、再三ラブレターを送ってきていたんじゃないか! そうだろぉ、うりうり」
「よせ、離れろ、なにがラブレターだ、気易く触るな」
「またまた、あんなに熱烈なラブ……レター……! だったのに! まぁね、キモチは嬉しいよ? でもオジサンには最愛のお嫁さんがいるから、」
「ふざけるな。お前でも初見ということは、あれは新種か絶滅を疑われていた種である可能性が高い。古龍の相手なら常だろう、お前の見解を言ってみろ!」

ユカにとっては見知った顔だったのだ。向き合った先で、鋭い目つきの黒瞳がニコリと笑う。

「十中八九、古龍種だろうねえ。それも学者先生方も注目の古株ってところかな? けど、俺は知らない龍だ。業を借りた覚えもない」
「謙遜だな。その腰の片手剣、そこらのハンターでは手にすることも困難だろう」
「俺が凄いんじゃあないよ。未だ生き続けていられる『彼ら』が凄いんだ。そこを履き違えたらいけないな、ユカくん」

「スギ=ヒラサカ」。長らくハンターズギルドや養父母が復帰を望んでいたハンターで、ユカにとっては苦い感情を浮かばせる相手でもあった。
ぎしりと奥歯を噛む音が鳴る。アルノーであれば嗜めるはずのその悪癖を、黒瞳の狩人は咎めもしない。

「俺が狩り場に戻ってきたのは、つい最近さ。前ほどハイペースに狩りはしないよ、ボチボチいいお歳だし。勘弁してほしいな」

ユカがハンターズギルドから課せられた極秘任務のうち「引退を決めた身を田舎から引っ張り出し、新人の模範とすべく復帰させよ」とされたのがこの男だ。
養父母の旧友にしてクリノスの実母の相棒であり「古龍還し」の名を持つ熟練者……そう聞かされていたものの、実態はのらくらとしたただの中年男だった。
復帰要請の手紙の返事も、初めて家を訪ねたときも、この男は「あの黒髪黒瞳の後輩狩人」とは似ても似つかぬ言動でこちらを脱力させてきたのだ。

「お前がカシワの実父とは到底信じられんな。いや、モンスター運がいいことだけはお前譲りか」
「おっ、あの子も乱入に苦労してるのかな? そうかあ……君も大変じゃぁないのかい、ユカくん。あいつの面倒を見てくれているんだろ? ありがとうね」
「なにを馬鹿なことを、俺の場合はただの仕事だ。それより、俺にはまだ別の任務が……」

不意に風は吹く。あおられた草食種の毛皮が揺れ、鉱石部品が陽光に煌めき、腰に下げられた得物から噴いた火花が宙に躍って、男の姿が俄に雪景色に霞んだ。
柔らかく孤を描く眼差しの奥で、黒瞳が火の粉を映して刹那に輝く。生き物の行き着く果て、暗がりを彷彿とさせる冥い色彩が銀朱を捉えていた。

「覚えていたのなら僥倖だ。獰猛化していようがいまいが『彼女』は生命あるものなんだ。傷を負わせたまま放っておくなんてこと、しないでくれ」
「……、お前に、言われるまでもない。俺にとってポッケ村は第二の故郷だ、放置しておけばあのガムートがどんな影響をもたらすか、分からないだろうが」
「……ん! それならオッケーだ。よぉし、そうと分かればこうしちゃいられない。景気づけにオジサンが君にイイモノをあげるとしようっ」
「いいもの……なんだ、仕事の途中だぞ。余計なものは、」

そうして銀朱の騎士は面食らう。自前のポーチをあさったスギから突きつけられたのは、肉汁滴るコンガリと焼けた大ぶりの肉だったからだ。

「ンッフッフー、詫び肉、というやつだよ。さあさあ、遠慮なく食べなされ!」
「……、……一応聞いてやる。馬鹿にしているのか」
「ややっ、してないしてない! 腹ごしらえは大事だろう!? ほらほら、なんなら今流行りの、こういうのもあるぞぉ!」

受け取りはしたものの、受理する気も齧りつく気も全く起きない。
先ほど見せたモンスターへの気遣いや、思わせぶりな佇まいはなんだったのか。荒んだ目で男を見下ろすも、スギに反省した様子は欠片もなかった。

「じゃーん、ホットミート詫び肉だ! 名前の如くホットミートだな。香辛料マシマシだから美味しいぞぉ。自信作ッ!」
「……、……もういい、まともな会話をしようとした俺が阿呆だった。帰れ、ハウスだ」
「エッ!? そんなぁ、俺まだポッケに着いたばかりなのに!? あっ、やめてやめて、弓コッチに向けないで! 矢切りもやめてぇ!!」

男を遠ざけた後、ユカは豪快にホットミートに歯を立てる。腹立たしいことにこれがなかなか美味で、また香辛料の味わいが寒気をいくらか緩和してくれた。
本音を言えば、時間が経たないうちに周辺を確認して銀翼の痕跡を少しでも集めておきたいところだった。
頭上には古龍観測船も残留しており、少々粘れば足跡か龍鱗の一部だけでも回収できるのではないかと思えたからだ。
しかし、気がつけば周辺に山霧が発生しつつある。こうなれば狩猟を優先した方がいいことを、村で幼少期を過ごしたユカは重々承知していた。

「着いてくるのは勝手だが、俺の邪魔はするな。引っ込んでいろ」
「おおっ、頼もしい~!! アルノーの自慢の一番弟子兼永久弟子だもんなぁ。君の腕前、見てみたかったんだよぉ!」

調子に乗るスギにべしべしと矢切りを浴びせつつ、迅速にエリアを移る。
目を懲らした先、勢いの増してきた風と吹き荒ぶ真白の間に。あの傷ついた山神が、独りぼっちのまま佇んでいた。





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 UP:24/05/09