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モンスターハンター カシワの書 上位編(29)


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バチン、と物々しい音が鳴る。伸ばされた男の手は黒塗りの小剣の柄に打ち据えられ、弾かれていた。
驚きを露わに目を開いたアトリを前に、ユカは両目を細めて笑いもしない。一時振り上げたヒドゥンエッジを腰に戻し、低い声で「座れ」とだけ口にした。

「聞こえなかったのか。座れ」

呆然と銀朱を見る金瞳を、騎士側は冷えた眼差しで見据えている。直前の防御といい明確な拒絶の現れであるかのようだ。
口内で五秒ほど数え、なおアトリが着席しないことに鼻で嘆息し、ユカは先手を打つように自ら椅子に腰を下ろした。雑な所作に石畳が派手な悲鳴を上げる。
無言で見下ろしてくる男の顔は、次第に驚き一色から屈辱に満ちる視線に変わった。倣うように着席した縹の狩人は、隠しもせずに犬歯を鳴らす。

「ユカ……テメェ」
「なんだ? まだ昼だぞ、こんな時間からマリーの亡霊でも見かけたか」
「はあ!? そりゃお前の方だろ、大体クリノスちゃんとマリーを同一視してんのはお前っ……」
「しばらく会わないうちに知能をどこかに置き忘れたらしいな。何度も言わせるな、マリーとクリノスは別の生き物だぞ」

三度目の足蹴でテーブルが揺れた。端が欠けでもしたら弁償させよう、心の内でそう取り決めてユカは一度頷き返す。

「おおかた、また俺に剣を抜かせて傷でも負おうと考えていたんだろう。言ったはずだぞ、逃がさんと」
「……あーあー、そうかよ! お前、そんなに『親友』が大好きだってのか。ハッ、見かけによらず情熱的なんじゃねーの?」
「手当てのために人を呼べば隙を突ける、それでなくとも俺を失脚させる策をお前なら簡単に思いつくだろう。そうやって猟団員を増やしてきたのだからな」

思えば、双焔の猟団は少数の若いメンバーからなる小規模の猟団だった。中には十にも満たない子供もいたほどだ。
世間から爪弾きにされてきた者同士が業を自慢しあい、賞賛しあう唯一の居場所。拠り所を見つけた才ある者ほど、帰属意識が高かったことを覚えている。

「いわゆる権力者や多勢から距離を取らせ、孤立させたところで誘いの言葉を掛ける。お前の御家芸だろうが」
「……おいおい、なんの話か、分かんねぇんだが」
「お前の傘下に入らずにいた者も、この街には大勢いるということだ。皆が皆、依存先を欲しているか弱い生命だと思うか。そんなことがあるものか」

ユカ=リュデルという人間は、とかく情に絆されやすい青年だった。「斟酌」という銘もその甘さと辛辣さの両面を評して与えられている。
かつては猟団の歪さを理解していながらも、焦がれる頭領や尊敬する副頭領への情故に離脱することも、養父母に密告することも出来ずにいたほどだった。
だからこそ、猟団の崩壊後はがむしゃらにギルドの狗として爪牙を磨いてきた。
そうすることで過去には見えていなかったものも目に映るようになり、非力な手でも掬えるようになると信じてきたからだ。そして実際、それは真実だった。

「アトリ。俺にとってお前は親友という生易しい言葉で表せる相手じゃない。殺してやりたいほど憎い気持ちもあるが、それではここで捕らえた意味がない」

向き合ったまま、騎士は男をもう一度見返した。腹立たしげに歯噛みする狩人には、いつもの冷静さが欠けているように見える。
確かに、ユカにとってのアトリとは恐怖の対象でしかなかった。過去とは切り離せない、信頼と裏切り、尊敬と嘲り、そういった対極の象徴ですらある。
ましてや、ようやく見つけた珠玉の花を奪ったとあれば――殺してやりたい、憎んでも憎んでもきりがない。どうせなら死ぬより辛い思いをさせてやりたい。

「お前には俺を騙した上に、猟団発足の礎になった人間である明確な罪がある。それを償わせずにおけるものか」
「おーおー、仕事熱心なこった。いいのかよ、そうしてる間にクリノスちゃんは『ユカは助けに来てくれなかった』つって泣いてるかもしれねーぞ」
「お前が力尽くであいつを手に入れたと言うなら、俺はそれ以上の力で奪い返すだけだ。幸いにもお前と違ってこちらにはイタリカ商会との縁もあるんでな」
「イタリカ商会だぁ!? ばっかじゃねーの、ギルドの狗程度で相手にしてもらえっかよ! それに力って……なんだ、嗜虐趣味でもあんのか。ユカ」

しかし、だがしかし、それではこの男に苦痛の一つも与えてやれないことをユカは痛いほど知っている。
これまでも他人の心の脆い部分を突き、ハンターズギルドや近隣住民から若く幼い優れた技能持ちを掠め取ってきた男なのだ。
ダメージを与えるにはそれ相応の覚悟が必要だということも分かっていた。鉄槌を振り下ろすことが出来るのは、同じ狢の自分しかいないのだということも。

「まさか。お前は端から用無しというだけの話だ、お前が離れている間にドンドルマも変わった。ギルドの狗の中にも、多少はまともな変人も出てきている」
「まともな変人ってか。おいおい、そんなモン頼りになんのかよ? ハンターズギルドだぜ? 使われるだけ使われてポイされんのが関の山なんじゃねーの」
「お前と一緒にするな。少なくとも、向こうには俺の意図を汲む度量はあるらしいのでな」
「ハッ。そいつがマジでお前をよく思ってるとは限らねぇじゃねーか。騙されてるだけかもしれねーだろ。ポイされたことのある奴が、なに言ってんだよ」
「そうだな。利用することしか考えずにいたお前には分からないだろう。相手にも仲間意識や感情があるということを」

もし、かつての自分と同じようにこの男を自ら手に掛けることが出来たら、それはさぞ胸がすく思いがすることだろう。
思うさま剣を抜き、斬りつけ、踏みにじり、自尊心もろとも葬ることが出来たなら――しかし、今日(こんにち)のユカはそれをしなかった。

「クリノスが手酷い目に遭わされたかは、聞けば済む話だ。『信用』されているんでな。グレーやカシワのように、なんでも自分の思い通りになると思うな」

何故ならば、アトリが先にこちらに縋ってきたからだ。剣を向けるより早く手を伸ばされたとき、自分はこの男の目的を知ってしまった。

(優位に立っているつもりだろうが……アトリのこんな顔は、初めて見るな)

理解できない、金の目がそう語る。自信と余裕に満ちていた表情が、今は動揺と動転に揺れている。
狩り場で対峙した最中、自慢の棘つきの尾を斬られた雌火竜や、空を覆うほどの大翼を裂かれた雄火竜にも見られる顔だ。
自分がこれまで築き上げてきたものが、自分より遥かに劣る存在にもがれる恐怖。強大な存在であればあるほど、抱く恐れは言葉にし難いものとなるだろう。
親しくなった頃には想像できなかった光景だ。かつて遠きところに立っていたはずの狩人を、自分は残酷に飲み込みつつあった。

 ――ユカ。恐れることはない、あの星と月に誓おう。お前様は『わし』が認めたハンターじゃ……

……恐れを理解に変えさえすれば、圧倒的な自然でさえ、強力無比なモンスターでさえ、愛しい生命へと変貌を遂げる。
「強きもの」、「遠きもの」に焦がれる感覚を、ユカはとうの昔に知ってしまっていた。
目を懲らせば、耳を澄ませば、嫌でも理解に至ることもある。そのようにして高みに上れと、ある星月夜に、かつてひとりの「友」が教えてくれたのだ。

「思い通り、ってよ……そんな言い方したかよ? オレはごくフツーのハンター様だぜ、どっかの誰かと間違えてんじゃねーの」
「マリーと結託しておいて、よく言う。どうだ、空から叩き落とされた気分は。どう言い逃れしようとお前は既に檻の中だ、自慢の口も役に立たんだろう」
「……オレを、見下ろしてんじゃねーよ。フラヒヤ住まいのクソガキが。モノホンの雄火竜にでもなったつもりか」

他人を意のままに操る自負、己に絶対の自信を持つ自尊。それこそがアトリの強みであり、自分にはない持ち味だった。
邪悪に歪んでこそいるが、金瞳には躊躇いや迷いもない。手段は巧妙に隠されているものの、目的や欲求には偽りがないのも印象的だ。
ユカは、先と同じように指で三角錐を作り、身を乗り出した。アトリは、たまたま通りがかったギルドナイトに職務質問されたときと同じような顔をする。

「悪くないな、余裕をなくしたお前の顔を眺めるのは。存外気分がいい」
「お前、しばらく見ねぇうちにずいぶんな悪趣味になったんじゃねーの……これもギルドのせいなのかねぇ」
「どうだろうな……俺の知る限り、ここにはまともな変人が多いだけだ。どうしようもない堅物も中にはいるが、そこは猟団と変わらんだろう」

今度こそ、縹の狩人は「うげぇ」と言わんばかりに顔を歪めて見せた。前にどこかで見た気がする顔だ、不思議な感覚で騎士は一度目を瞬かせる。

「マリーの分まで背負えとは言わん。だが残存する団員の居場所に、これから予定している密猟、取引の中身は洗いざらい吐いてもらうぞ。いいな、アトリ」
「最ッ悪じゃねぇか!! このオレをダシにしようってのか、ずいぶんと偉くなったじゃねーの……なぁ、ユカ」

不意に、背後の扉が外から叩かれる音がした。事前に予想していた、ある「まともな変人」の来訪だろうとユカは内心で独りごちる。
懲りずにテーブルを蹴り飛ばしたアトリに、銀朱の騎士はいつものように凶悪に笑いかけた。僅かに滲んだ怯むような困惑の表情に、余計に笑みが深くなる。

「偉くなった? 違うな。お前が昔から、俺を見くびりすぎていただけの話だ」

敵わない相手ではあるが、使えるものをなんでも使えば勝機を掴む機会も十分にあり得るということだ。
ついに縹の狩人は陥落した。眼前で小さく舌打ったアトリに向かって、ユカは嫌みを乗せた満面の笑みを浮かべて見せる。






「お疲れちゃーん! にしても、相変わらず仕事大好き人間やなーペッコちゃんは」
「お前か。ローランとディエゴは」
「ガンナーのお二人ちゃんなら、ボチボチ見張りの子と一緒に来るつもりやて……ユカちゃん。その様子やと、向こうさんとお話出来た感じなん?」
「しぶとく反抗されたがな。怪我も完治していないようだから、今日はもう終いだ。今しがた牢に戻した」

怪我を考慮して早々と聴取を取り止めた後。重々しい音とともに扉を閉めて通路へ出ると、ロウソクの灯りで濡れたように艶めく黄色竜鱗がユカを出迎える。
来訪者は、ドンドルマ支部に勤める顔なじみの同僚だった。予想はしていたが来るのが早いな、と黒色洋装は相手の計画性と行動力に素直に感心する。
言わずもがな、オズワルド=ベイリーその人である。ん、と笑顔で応急薬用の安価な瓶を差し出され、なんの疑問もなく中身を啜った。

「ゴッホ!? おい、オズ……」
「ウマイやろー。ユカちゃんも缶詰しとるて聞いとったから、うんと甘ーいのにしといたんやけど。要らん世話やったかな」
「要らん世話も何も、俺は普段から砂糖入りは飲んでいなかっただろう。わざとか」
「そやったっけ? にしても、甘いもんてええよなあ。頭と心に優しいらしいわ。しみるわなァ~」

瓶の中身はコーヒーだ。恐らく労いの意味を込められているのだろうが、えらい量の甘みを舌に感じる。
舌打ち混じりに抑制の騎士を睨むユカだが、オズワルドは涼しい顔で瓶入りコーヒーを楽しんでいた。どうせなら強走薬でも持ってこい、とは口にしない。

「なぁ、ユカちゃん」
「なんだ」
「シレッとウチの机んとこの書類に混ざっとった『アレ』なんやけど、本気なん? 逆にユカちゃんがしんどくなるんと違うんかなー」

言うや否や、オズワルドは懐から折り畳んだ紙切れを取り出した。引ったくるようにして受け取ったユカは、記された自分の筆跡を見て首肯する。

「よく言うだろう、手駒は多いに越したことはないと」
「それ、悪役の言うセリフと違うん? けったいなこと思いつくわぁ」

無言でコーヒーを啜り合った。抑制の騎士がわざわざここに足を運んだのは、あらかじめ内密に打診していた案に「賛同」の意を示すためだ。
横目で見上げた顔はいつものように晴れ晴れとしていて、奥に伏せられた真意までは読めない。黒色洋装は短く嘆息する。

「どのみち、猟団が解体されてから十年は経っている。人身売買に手を出したわけでもないし、そこまでの罪には問えないだろう。これくらいが落とし所だ」
「確かにね、いい案だとは思うわ。けどなぁ、ユカちゃんはそれでええのん? いうて、私刑に走られても困るんやけどね」
「俺もそこまで阿呆じゃない。いくつになったと思っているんだ」

信用のできるごく一部の同僚に宛てて出した、双焔の猟団の処理予定。ある程度の賛成意見を得られた後に、草案として上に提出する手はずになっていた。
すでにローランとディエゴからはしぶしぶといった体で同意を得ている。ペッコって自虐するの好きだよね、と前者には嫌みを喰らわされたが。
自ら提示した案に視線を落として、ユカは俯いたまま自嘲気味に笑った。オズワルドは片眉を上げて銀朱の色を見下ろしている。

「働き口があるのはいいことだとは思わないか、オズ。おかげで俺も飯を食えている」
「感傷的やねぇ。流行っとるんかしら? おセンチメンタル」
「さてな。監視先におセンチメンタルな大ばかがいるから、その影響かもしれん」
「あぁー、モップがけ頑張ってたユカちゃんのオトモダチやね。掃除の腕も上がったー言うて、本人も満足しとったみたいやなぁ」
「誰がお友達だ。……あれは元が雑だからな。実際に人並みに掃除ができるようになっているかは、怪しいところだ」

紙片を折り畳んでいると、隣からくつくつとした笑い声が聞こえた。
訝しむように見上げた斟酌は、抑制がこれは我慢できない、と言うように――実際には漏れていたわけだが、笑いを押し殺している様を見る。

「なんだ」
「いやね……ユカちゃん、楽しそうやなぁと思て」
「……なんだと?」
「気づかんモンよなぁ~。カシワくんの話になると口数増えるし、アトリちゃんともお話できたわけやしね。そら、テンションも上がるわなぁ」

ユカは、いつものようにぐっと眉間に力を込めた。そのままギッと睨め上げてみるものの、オズワルドは心底オモロイとばかりに噴き出している。

「うん……ウチはその案、ええと思うわ。本人の同意を正式に得られたら、が条件てなるけどなぁ」
「わざわざ堅苦しい言い方に直すな。……分かっている。だが、奴にはあとがない。同意するしかないだろう」
「どうやろ。アトリちゃんならなんやかんや言い訳して、逃げ道見つけそうな気もするけどねぇ」
「それを防ぐためのグレーたちだ。あいつも、どうして俺があいつらを地下牢に一纏めにしたのか……それくらいは察するだろう」

タイミングを見計らったわけではない。だというのに、ユカが言葉を切ると同時、少し先の暗がりからグレゴリーの甲高い悲鳴が聞こえた。
泣いているのか、喜んでいるのか。悲喜こもごもの声は何を言っているのか不明瞭だが、それを宥めていると思わしき縹の狩人のうんざり加減の声もする。
他にも二人分ほど、牢の壁越しに労いと再会を喜ぶ声が混ざった。同じく、旧砂漠にて捕らえた猟団員だ――安堵するように銀朱の騎士は嘆息する。

「俺は、卑怯だと思うか。オズ」

ぽつりと吐き出された言葉は独白めいていて、これといった返事は求められていないように感じられた。
抑制側は、黙って肩を竦めて見せる。緩慢な動きで顔を上げた斟酌の目には、燎火の陰に隠れて男の表情がはっきりと映されない。

「それ言うたらウチは外道てとこやろか? 無理に答え見つけんでもええんと違うかな、ユカちゃん」
「仲間を売るような卑怯者であっても、か」
「使えるもんは使わんと、すーぐ腐れてしまうやろ。ユカちゃんは自分の手札を使うただけ。まぁ、ここで悩んどるのもユカちゃんらしいと思うけどね」
「そうだな……あいつらには、理解されないかもしれないがな」

言い終えるや、ユカは甘ったるい黒褐色を一気に喉に流し込んだ。派手に咽せる青年を、オズワルドは目を細めて眺めている。

「聴取内容を纏めないとな……例の『アレ』だが、近いうちお前のところに挨拶に向かわせてやる。存分にしごいてやれ」
「おぉ……なんとも、責任重大やねぇ~。『アレ』の管轄はユカちゃんになるんやし、ウチはコッソリお小遣いあげるくらいにしとこかなぁ」

やがて、牢の中が静かになった頃。二人の騎士は、口端を上げながら空になった硝子瓶をカツンと鳴らし合った。
手を振りながらきびすを返す歴戦の轟竜を、若輩の雄火竜が黙して見送る。その横顔に、これまでの躊躇いや迷いの色は欠片も滲んでいなかった。






そうしてその日、銀朱の騎士が発案した猟団の「再利用」計画案はハンターズギルドに提出された。
発案者当人が直接出向き、長に向かって直談判……とまではいかなかったが、上層部が議題に取り上げてくれるよう窓口に書類を托すことには成功したのだ。
ようやく一息つける、廊下に出たあと一人ひっそりと肩を回したユカだったが、直後その足取りは呼び止められる。

「『斟酌』。聞いたよ、龍歴院では大活躍だったそうだな」

姿勢を正したのは、話しかけてきた相手が上層部の一員であったからに他ならない。超大型古龍討伐指揮など、有事の際に直接動く存在だと聞かされていた。
褐色の肌はオズワルドを彷彿とさせるが、顔は似ても似つかない。目力のある眼差しをふと綻ばせて、男はユカに頷き返した。

「ご無沙汰しております。お褒めにあやかり、恐縮……」
「うむ、堅苦しい挨拶はよしてくれ。なに、君が先刻提出した書類について同僚らと話をしていたところだ」

「同僚」。暗に会議にかけたことを打ち明けられて、頭を下げた格好のまま黒色洋装は固まった。
彼とは、公の場で紹介されたところを隊列の中から見聞きした程度の仲だ。つまりは全くの無関係。親しくした覚えもなければ、下に配属された記憶もない。
なんの用だ、と言いかけて口をつぐむ。反抗したところで、猟団のその後の指揮権を奪われでもしたら堪ったものではない。
ようやく、連中を拿捕した上で血を流さずに事態を収める術を編み出したのだ……ユカが顔を上げると、男の顔には小綺麗な笑みが浮いていた。

「件の骸龍撃退クエスト、見事だった。報告書伝に成果を聞いたのだが、外海への被害もほとんど出なかったと。よくぞやってくれた」
「いえ。活動に支障が出ない程度ですが、同行したハンターは負傷しました。成功にはほど遠いと自認しています」
「謙遜するか。君は噂通り、生真面目だな。そのハンターも龍歴院つきの期待の新人だという話だが……今後、君達とは長い付き合いになるやもしれんな」

双焔の猟団がらみの話ではなかったのか……銀朱の騎士は、つい疑問に駆られて眉間に皺を刻む。男はそう堅くならずとも、と目尻を下げた。

「龍歴院側からは龍歴院つきのハンターらに関する報告も上がっている。特殊な事例も重なって苦労を掛けるが、今後とも宜しく頼む」
「はい。可能な限り、善処します」
「うむ。古代林方面の生態情報も是非聞かせてもらいたいところだが、生憎私も別件で駆り出されているところでね。情報交換は次の機会に望むとしよう」
「別件、ですか。それは……いえ、貴殿と隊の無事の帰還を、願っています」
「ああ、有難う。それにしても、斟酌。君の話も様々聞かされていたところだ。ポッケ村のフローレンス夫妻は健在かね?」

息が詰まるとはこのことだ。硬直する騎士を見下ろして、長身の男はごく小さく首を縦に振る。
彼らは面白いハンターだったからな、ぽつぽつと降る言葉が、ユカには何故か酷く重みのあるものに感じられた。

「無論、彼らは引退した身だ。今更復職しろとは言わん。君とは良好な関係を築いていたという話だが、家族仲は良かったのかね」
「……、常識の、範囲内でですが。恐らくは」
「そうか、それは良かった。彼らの引退時期と君を引き取った時期とが重なっていたそうだからな。ギルドの中でも、不穏なことを口にする者もいたのだが」

不意に思い出す。
アルノーとアリシアは、非常に優れた狩猟技能を誇っていたと。ギルドの中でも密猟の取締や情報収集をこなし、将来有望な職員だったと。
そのように、いつの日かハンターズギルドでの勤務の最中に、彼らの噂を耳にしたことがあったのだ。

(先生と師匠を……この方は、知っているのか。いや、知っているからこそ俺に声を掛けたのかもしれないが)

もし彼らが、自分を引き取らずにいたのなら。猟団に加担した自分を「親だから」という理由で庇わずに、捨て置いていてくれたなら。
もしかしたら、今でも彼らはハンターズギルドの花形として働き続けることができていたのではないのだろうか。
いつの間にか退職して村に定住している彼らの姿が、自分にとっては当たり前の光景になっていた。だからこそ、今までこんなことは一度も考えなかった。
もし、もしも、彼らが職を手放した理由が自分にまつわることであったなら――「斟酌」、名を呼ばれて、ユカははっと顔を上げる。

「君のここ最近の成果も報告されている。是非に、彼らにも聞かせてやりたいところだが……どうした、顔色が悪いようだが。何か問題が?」
「い、いいえ。なんでもありません」
「そうか……なに、アルノー氏とは一度酒を飲み交わしてみたかったのだよ。彼は酒に詳しいと、そう聞かされていたのでね」
「そう、ですか。なんでしたら、俺から手紙を……」
「斟酌。見たところ、君は相当疲れているようだな。どうかね? ここらでしばらくぶりに休暇を取るというのは」

何を言われたのか理解できない。
困惑して言葉をなくしたユカに、後に「将軍」職に就くこととなる男は出来る限り優しげに微笑んだ。

「積もる話もあるだろう。親子水入らずと言えば大袈裟やもしれんが、少しばかりフローレンス夫妻と話をしてきたまえ」

それは、端から見れば遠回しの解職としか捉えようがない物言いだった。呆然と立ち尽くした黒色洋装は、男に肩を叩かれてもなおその場で動けずにいる。
温暖期、廊下には南方より吹く暖かな風が絶え間なく通り抜けていたが、ユカの顔からは血の気が失せていた。
一人として姿を見せない中、青年は一度ふらつき、辛うじて執務室へと足を向ける。その背中を呼び止める者は、今は誰もいなかった。





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 UP:23/12/30