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モンスターハンター カシワの書 上位編(26)


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ボソボソとした食感に旨みの一つも感じられない味わい、暗い部屋で独りきりで摂るあじけない食事。
要は携帯食料の話であるが、緊迫した狩りの前だろうと有事の際だろうと、あるいは今日のように腹を満たすだけのときだろうと、不味いものは不味かった。
もそもそと口を動かして、せめてもの慰めにと淹れたコーヒーで胃の奥に流し込む。これで当分は仕事に専念することができるだろう。
ここ数日延々と水代わりに摂っているが眠気がとれることはなかった。乱暴に顔を手で拭い、気を引き締めて机に向き直る。
ドンドルマ、ハンターズギルド支部最奥。あてがわれた部屋にはそれなりの広さと調度品が保証されていたが、正直のんびりとくつろぐ気にはなれなかった。

(雪山……よりによって獰猛化個体が出たか。すぐに立ち去ったことといいチャイロだけを狙ったことといい、何かしら因縁じみたものを感じるな)

雪山、第二の故郷における獰猛化ティガレックス出現の急報。負傷した龍歴院つきのニャンターと、それを保護したハンターならびに元ギルド職員の詳細。
渓流、討伐し損じていた上位相当ガノトトスの狩猟達成報告。付随して、龍歴院つきハンター二名のランク昇格、その手続きと更新通知。
そしてドンドルマ……旧双焔の猟団副頭領、「縹の狩人」の逃亡。毒ビンの原液、紫毒姫の抽出物からなる複合剤の被験者として動向を見ているが、しかし。

「動きがない、か。ハンター相手に毒類を使ったところで高が知れるな」

方々の情報屋から仕入れた話では、アトリらしき人物が宿を取った痕跡も、飛行船発着所を訪ねた姿も見られなかったという。
数日程度でいい。後輩狩人の償いが終わる間だけ、あの男が外に逃げないよう足止めできればそれでよかった。
とはいえ勤めが長いハンターであるほどモンスターや狩り場の環境に長く晒されているものだ。一般人に比べれば劇物の耐性がついていることも少なくない。
あの男が悪知恵をはたらかせて活力剤なり医師の処方なりを受けでもすれば、今回も愚策となって終わるだろう。ユカは深く嘆息してうなだれた。

(どうする……他には手出し無用と伝えてある。だが地の利、人脈でいえばアトリの方がドンドルマでは有利だろう。手詰まり、と言えなくもないが)

かといって今さら投げ出すことも出来ない、なけなしのプライドの問題もある。組んでいた両手をほどき、背筋を正しく戻して視線を上げた。
……そのときだ。ユカは、いつの間にか机の向こうに自分以外の人物が立っていたことに気付く。前屈みに伏せられたネコ耳が、ぴくりと一度だけ微動した。

「ニャーニャ。ユカちゃん、ご機嫌いかがかしら?」
「……アイルー・マム? 何故、ここに」
「オッズオズから聞いてきたニャのよ。ちょっとお話しがしたくって」

いわゆる白毛に伏せ耳、カギ尻尾。小花柄のエプロンを優雅に着こなすそのアイルーは、ギルド職に就いて以降、なにかと世話を焼いてくれたひとだった。

「オズが? 俺は何も聞かされていないが」
「そりゃそうニャよ。ここのところずっとこの部屋に缶詰状態だって聞いて、すっ飛んできたのだもの。アタシの独断だからオズオズも何も知らニャいの」

彼女は同僚やディエゴらとも面識がある非常勤の職員だった。ネコ婆同様、就労に難儀している獣人たちに仕事を斡旋する窓口を任されている。
元はドンドルマに流れついた流浪のオトモアイルーだったそうだが、今では彼女の伝手を頼って古都を尋ねてくる者もあるそうだ。
仕事に就かせた後もケアを怠らない人柄から、いつしか彼女は感謝と親しみを込めた通り名――マム(母ちゃん)と呼ばれていると、同僚からは聞かされた。
経歴だけでなく人格や功績においても自分よりうんと上の立場にある。ユカはすぐさま席を立ち、彼女に来客用にあつらえた席に着くよう促した。

「すまない。何もないところだが、」
「そうニャわね、なーんにもないニャわね。それより驚いたわよ。あのカシワの坊や、ユカちゃんと会った日以来すごーくお仕事頑張ってるらしいニャの」

コーヒーを用意する手が止まる。唐突に悩みの種のうち一つの名を出され、銀朱の騎士は思いきり渋面を浮かべた。
無言を貫きながら用意を済ませてカップを差し出すと、アイルーは頬を綻ばせて淹れたてを口にする。彼女はどうやら、猫舌とは無縁のようだ。

「それで、レディ。カシワがどうしたと」
「フッフフ、そんな怖いお顔しなくてもだいじょーぶ。同僚の子たちもね、カシワ坊やは頑張ってるって教えてくれるニャのよ。ひとまず安心ニャん」
「あの大バカの本業はハンターだ、忘れられては困る。それで、あれはあと何日ほどで解放できそうだろうか。オズの見立てではそろそろ……という話だが」
「そうニャね……アタシもオズオズと同意見だわ。これ以上留めておくと、狩りのやり方を忘れてしまいそうニャんだもの」
「忘れそうなくらいモップ掛けを楽しんでいるのか、あのバカは。気楽なアルバイト稼業じゃないんだぞ」

ユカはたまらず苦い顔をしたが、アイルー・マムは機嫌よさそうにすまし顔でコーヒーを啜った。

「口添えならオズオズが十分、してくれているはずニャのよ。ユカちゃんも自分のやりたいことをやったらいいと思うニャわ」
「それが出来たら苦労は……レディ。あなたがここに来た理由を、そろそろ聞かせてはくれないだろうか」
「そうニャわね。でないとアタシも気になるコトが減らなくって、明日の毛並みが心配ニャもの」

白毛の獣人はそう言うと、足元に置いていたバスケットをテーブルの上に移して中身を広げた。
色とりどりの調味料が入った小瓶とプレースマット、焼いた肉や葉野菜、タマゴサラダなどの様々な具が挟まれたサンドイッチが、手際よく並べられていく。
ユカはアイルー・マムの意図が分からず彼女に困惑しきった目を向けた。獣人側はそれには応えず、作業を終えるまで無言のままでいた。

「さあさ、お食べニャさい。食は健康管理の基本ニャのよ、手軽にお腹を膨らませても心が空腹だと元気にはなれないの。見た目も手間も、大事ニャのよ」

そうやって前にフローレンスに教わったでしょう――唐突に養父母の名を出され、銀朱の騎士は目に見えて狼狽する。
直後ぎしりと奥歯を噛み締めた男に向かって、アイルー・マムは優雅な仕草でウインクした。
「飯を摂り直せ」と指導されている……否と口を開きかけたユカだったが、アイルーがのんびりとコーヒーを楽しむ姿を目にして諦めたように肩を落とした。
潔く料理のうち一つを手に取り、腹を空かせた雄火竜さながらに豪快にかぶりつく。その間、アイルー・マムは満足げに笑っていた。

「どお? アタシも料理するのは久しぶりだったから」
「いや……いい味だ、と、思う。何から何まで世話を焼かせて、」
「ユカちゃん、それは言いっこなしよ。カシワ坊やもグレゴリーの坊やも、アタシから見ればただの可愛いハンターニャもの。出会いは一期一会ニャのよ」
「……可愛い、か。カシワが聞いたら卒倒するかもしれんな」

つられるようにふくよかな前脚がサンドイッチを摘まみ上げる。何故か差し入れされた側の目の前で、差し入れした側がムシャリとパンに噛みついた。
ユカが物言いたげに顔をしかめたのにも構わず、アイルー・マムは「コレまあまあニャわね」と自己評価を下す。
何か言いかけて、しかし銀朱の騎士は何も言い出せないまま二つ目のサンドイッチを手に取った。

「オズの見解が示されたなら、俺もそろそろ動いていいだろう。ギルドの許可など待っていられるか」
「ニャーニャ。今の独り言、聞かなかったことにした方がいいかしら?」
「書類で片を付ける。問題など何も……しかし、レディ。この時期の俺には近寄らないようにと、ギルドからあなた宛てに通達は出されていなかったのか」

続けて二つ、三つ目を掴もうとした獣人の手が宙で止まる。彼女は男の物言いに黄金の眼を細めた。

「トラウマ抱えのハンターなんて、珍しくもなんともないニャもの。ユカちゃんだってそこらのハンターとおんなじニャのよ」

こともなげに言い放ち、アイルー・マムは硬直したユカに茶目っ気たっぷりに笑いかける。
そのままサンドイッチを頬張る姿に、騎士は顔を歪めて笑った。誰もがそう応えてくれたらいいのだが――その独白は、今も昔も口に出すことができない。






商業の街ということもあってか、ドンドルマに人の往来が欠いたことはない。早朝はもちろん、夕暮れ時や夜中でさえも街の至るところに活気が溢れている。
特に酒場や闘技場といった施設には世界各地からランクを問わず多くのハンターが訪れ、商店街には行商人や観光客も足しげく通っていた。
自分のような情報を求める人間からすれば、これ以上都合がいいことはない。
アイルー・マムの助言もあり書類仕事から一時離れることにしたユカは、後輩狩人の様子見も兼ねて一路闘技場へと足を運ぶ。

「おっ、ユカ。三日……四日ぶりか。元気にしてたか」

反省しているのかいないのか。足音にぱっと振り向いた黒髪黒瞳は、モップがけを続けたままニカリと呑気に笑って見せた。
てっきり弱音を吐く頃か、先輩清掃員らに絞られている頃かと思っていたが――すっかり脱力した銀朱の騎士は、適当に頷き返してあたりを見渡した。

「おっ、なんか気になるものでもあったか!? ほら、そこのタマミツネとホロロホルルはここのランキング常連だし、あの角っこのクンチュウたちは……」
「ちょっと待て。お前、いつから闘技場の案内人に転職したんだ」
「何か調べにきたんじゃないのか? 先輩が色々教えてくれるんだよ、闘技大会に出るならこの武器にしとけとかお勧めの立ち回りとか」
「……ずいぶんとここに馴染んだな。自分の本業を忘れたか」
「そんな大したことは言ってないだろっ? 狩りに関係してることはなんでも覚えといた方がいいって、よく言うだろ」

うっかり数日放置していた間に、完全に周りの面子に可愛がられている。適応力の高さは「親譲り」だろうか。
プチンとこめかみのあたりで音がした気がしたが、ユカは「大人の対応、大人の対応……」と内心で自分に言い聞かせて沸いた怒気を逃がした。
懲りた様子のないカシワは、一旦モップを用具入れに落ち着かせて戻ってくる。作業靴に付着したモンスターの唾液その他が、ぐちゃりと奇怪な音を立てた。
手を洗え、唸りながら指摘するとそこでようやく自分の身なりに気づいたらしく、後輩狩人は慌ただしく流し場に走って行った。
顔の汚れを落として気持ちよさそうに一息つく姿を見て、ここ最近は過保護が過ぎたな、と騎士は独りごちる。

「それで、今日はどうしたんだ? 俺の勤務日数のことか、それともアトリが見つかったのか」
「ほお。一応覚えてはいたんだな」
「当たり前だろ、お前が苦労してる原因じゃないか。アトリはお前を親友だって言ってたのに、話も聞かないし……俺だっていい気はしなかったんだぞ」
「なにを馬鹿げたことを……お前には関わりないことだ。グレゴリーの関与もあったが、お前はどちらかといえば奴に騙された側だろう」

本当ならこんな雑談をしている暇はない。ふと閉ざした目を開いて見返せば、何故かカシワは心底面白くない、と言いたげに顔をしかめていた。

「騙されたのは俺の自業自得だろ。クリノスにも聞かなかったし……けどなユカ、おかしいだろ。ここまで巻き込んどいて今更関係ないって、なんなんだよ」

今度はユカが顔をしかめる番だった。向き合いながら睨み合っていると、周囲の生き物の呼気と視線、気配がじわりと全身に纏わりついてくるのが分かる。
この場で言い争うのは賢くない。銀朱の騎士は嘆息混じりに頭を振って、無言で背を向けて歩き出した。
ついてこいという圧が通じたのか、後輩狩人は周りの清掃員に声をかけつつ追ってくる。そのまま表に出て、二人はいつかのように街衢を進んだ。

「……」
「……」
「……言い訳のひとつくらい、しろよ」
「お前が言うな。それとも何か、仲間の事情はなにがなんでも知っておかないと気が済まない質か」
「なんだよ、その言い草!? お前なあ、仕事が忙しいからって他に八つ当たりするなよ! 俺たちならともかく、お前が凄むと結構迫力あるんだからな」
「ふん。褒め言葉として受け取っておいてやろう」

どこもなんにも褒めてないだろ、ぐぎぎと歯噛みして悔しがるカシワに、いいから黙ってついてこい、とユカは視線だけ送って歩を進める。
正直な話、自分としてはこのままハンターズギルドに乗り込んで後輩狩人の解放を直談判してもよかった。水竜の狩猟は成されたが、それでも人手は惜しい。

「あれから、仕事は順調か」
「仕事ってどっちのだよ? ハンターの方だったらお前にも分かってるだろ」
「お前にも俺に嫌みを返せる日がくるとはな。いや……支障が出ていないなら、それでいい」

あくまでこれは龍歴院つきのハンターなのだ、龍歴院周辺で仕事ができないようなら監視を続ける意味もない。
噛み締めるようにユカは頷き、カシワは不思議そうに目を瞬かせた。よもや、自分がドンドルマと龍歴院の橋渡し役になっているとは夢にも思わないだろう。
闘技場を離れ大通りを戻る最中、何人かの顔見知りとすれ違う。アトリの消息は掴めないと首を振る者、頷いて挨拶に留める者、反応は様々だ。
お前にも知り合いっているんだな……背後の感想には聞こえなかった振りをしておいた。やがて二人はハンターズギルドの奥、酒場のカウンターに立ち寄った。

「おお……なんか昔ながらのっていうか、ココット村の酒場に雰囲気が似てるなあ」
「カシワ。なにをしてる、お前はこっちだ」

移送の際は周囲を眺める余裕がなかったようで、後輩狩人は賑やかな光景に浮き足立つ。黒色洋装は棒立ちする男の脇腹を肘で小突いてやった。

「龍歴院つきのハンターだが、……登録情報の更新を……」

カウンター越しに係員に声をかけるとすぐにこちらの用を察したのか、にこやかに手早く一枚のギルドカードを持ってきてくれた。
一方、ギルドガールの手元を見下ろした本来の持ち主は小さく首を傾げる。自分の名前が書かれてはいたが、ハンターランクの数値が一つ増えていたからだ。

「これ、没収されてた俺のギルカだよな? 緊急クエストなんて受けてたっけかな……」
「先日の話だ。お前のオトモとクリノスのオトモが、ニャンター登録を経た上で渓流のガノトトスを捕獲した。その恩恵だな」
「アルとリンクが? いつの間にっ!? そうか……いや、だったらますます、こうしちゃいられないよな。ところでこれ、返してもらってよかったのか」
「目処が立った。お前にもいい加減、龍歴院つきとして働いてもらわなければならないからな」

途端に灯を点したように輝く黒瞳を見て、ようやくハンターとしての自覚が戻ってきたか、とユカは気取られないよう安堵の息を吐いた。
カシワは大事そうに受け取ったカードを素早くハンターノートに挟み込む。ふとこれまでの経験を噛み締めるように固く目を閉ざし、すぐに顔を上げ直した。
装備を預けられているという加工屋までの道のりを記した地図も渡されて、後輩狩人は礼もそこそこに出口に向かって歩き出す。
出立を見送るかどうか逡巡した騎士だったが、倣うように執務室に戻ろうとした瞬間、ぱっと振り向いた黒瞳と視線が重なって思わず立ち止まっていた。

「なあ、ユカ」
「……なんだ。さっさと加工屋に、」
「色々とありがとうな。お前が色々やってくれたんだろ? 悪い、助かった」

面食らって素直にその場で硬直するユカに、カシワはニカリと子どものような顔で笑いかける。
アイルー・マムのように、過去の所業など何も気にならない、気にしていない、と言うように。そのまま前に向き直り、黒髪黒瞳の狩人は酒場を出ていった。
実父にあたる「古龍還し」が見せるそれのように、躊躇いも嫌悪も感じさせない、好感しか持ち合わせない満面の笑みだった。

「あいつ……ろくな狩りもできない、新米の分際で」

ほとんど反射で憎まれ口をたたいた後で、銀朱の騎士ははっとして口を閉じる。
オストガロアを撃退し、上位相当のモンスターの狩猟報告もすでに何件か上がってきていた。カシワはもはや、自分の思う「新米」ではないのだ。

(新米であって欲しいと、そう願っていたのは他でもない俺の方か。なにを馬鹿げたことを)

頭を振り、自身もギルドガールに礼を告げて歩き出した。カシワを無給奉仕から引き揚げさせたのは独断なのだ。これから上層部に報告しなければならない。

(なんにせよ、カシワには早急にランクを上げてもらわなければ。いざオストガロアが現れたときに狩猟許可が下りないようでは、洒落にならん)

巡らせる思考は、やがてはあのぼんやりと青白く光る暗がりに辿り着く。龍歴院が追う超大型、カシワたちに恨みを募らせる古龍、オストガロア。
いつ何時、彼が姿を現すか。王立古生物書士隊や古龍観測所が協力体制を整え終えた昨今、次に邂逅した暁には撃退程度で済ませるわけにはいかない。
……渓流のガノトトス狩りに同行したとされる男やその血脈にあたるカシワを見ていると、自分も過去ばかり見ているわけにはいかないと、そう思わされた。

「待っていろ、アトリ。今度こそ……!」

「目指すは過去との決着ただ一つ」。決意を胸に灯して、銀朱の騎士は黒塗りの姿をハンターズギルドの奥に溶かしていく。






「――そういえば俺、結局クリノスに手紙出せてないよな。ま、不味いぞ……大丈夫か……?」

ユカと別れたカシワは、加工屋で無事に装備を受け取った後で単身商店街に向かった。理由はまさかのなんとなく、である。
賑わいと活気に溢れる街並みは、穏やかな牧歌の拠点や寂れた自分の故郷に比べて、とても新鮮に見えた。
そんな中、たまたますれ違ったハンターが双剣を担いでいるのを目にした瞬間、彼は大切なことを思い出したのだ……要は相棒こと、クリノスの存在である。

「不味いよな、あいつ怒ると怖いんだよなあ。なんでだ? いや、なんでもなにもないけどな……」

頭を抱えたところで、助けてくれる相手も助言をくれる相手もいない。カシワは、にこりと笑顔のままキレ散らかす相棒の姿を思い描いて体を震わせた。
あの天色髪の先輩狩人は、意外と根が真面目で礼儀にうるさい。普段はだいたいのことをハイハイと受け流してくれるが、いざというときは駄目だ。
これまでも何度か窘められ、指導されたことのあるカシワは、一報も入れずに長らくドンドルマに滞在していた事実を自覚して今頃震えていた。

「今から手紙だけでもっ、いや、言付けだけでも頼んどけばよかったか!? あいつ、最低限の連絡入れとけば許してくれそうな気もする、し……?」

不慣れな雑踏に揉まれ、何度もよろめき、しまいには人の往来から弾け飛ばされそうになる。ここではピカピカのジャギィS一式などなんの役にも立たない。
だめ押しとばかりに押しやられてたたらを踏んだ後輩狩人は、ふと目の前に現れた一軒の露店を見てハッとした。

「おっ。お兄さん、どしたー? カノジョに土産でも買ってくか~い?」

明らかに軟派な露天商が店番を勤める、ささやかな土産店だ。ありとあらゆる女子を虜にしてくれそうな可愛らしい装飾品の類が、所狭しと並べられていた。
「コレ」だ――女子と付き合った経験もなく、むしろ故郷ではいじめられてきたカシワにとってその店との邂逅は衝撃的なものだった。
充実のラインナップ、豊富な品揃え。視線が合うや否や、店主も泡孤竜さながらの狡猾な目を細めて意味深に笑う。

「オレッチ、一応職人なんよね。コレ、ウチの工房でオレッチや親方が細工したアクセサリーなんよ~。評判よさげなんよ?」
「……き、聞いてもいいか」
「はいさい?」
「女子なら……このへん買ってけば喜んでくれるのか。俺も百戦錬磨のハンターで、いられるのかっ……!?」

露天商はイャンクックがクンチュウにド突かれたときと同じ顔をした。商売柄、これまでもこういった重大な過ちを犯そうとする男を何人も見てきたからだ。
懇意の女性の機嫌をとるために甘味や花束、宝石を買って帰る……その選択は悪いものとは言いきれないが、しかし万人に通用するとも限らない。
このハンターも同じ轍を踏もうとしているのか。贈り先の相手が装飾品に興味を持たない人間であれば、むしろ逆効果だというのに――

「そっすね~。親方のはモチロン、オレッチの細工品もサイコーっすから~」

――だが商売は商売だ。修業中の自分と工房の名が世界に広まりさえすれば、それでいい。
あぁ、現実とは無情なり。露天商の真意に気付かないまま、カシワはふらふらと引き寄せられるように商品を覗き込む。
輝く宝石をあしらった装飾品に、得物に下げるチャーム、色彩豊かな宝石箱と、素人目にもそこそこのクオリティのものが揃えられていることが分かった。

「クリノス……クリノスの目の色ってリオレウスの鱗と同じだよな……ならそれに合わせた方が……でもなあ……」

無意識に視線を動かしたそのとき。後輩狩人は、視線の先にキラリと光る銀色を見つけて硬直する。
紙で作られたダミーフラワーを中央に二輪挿した、銀細工の土台と絹製のドレープモチーフの髪飾りだ。最後は自分好みの花をあしらえ、という体らしい。

「おっ、お目が高~い。ソイツは親方の自信作の一点ものさ。あまり大っきくない花を選ぶのがコツなんだって」
「へえ……そうなのか」

カシワはふと、いつかのベルナ村で交わされた約束事を思い出していた。晴天の穏やかな日、村の雲羊鹿飼いから頼まれた「おみやげ」の話だ。

(そういえば、まだノアに土産らしい土産も渡せてなかったな)

彼女の父マルクスが家に戻った以上、今更土産など不要と言われるかもしれない。それどころか、そんな約束をしたこと自体忘れ去られているかもしれない。
しかし、それでも――黒髪黒瞳の狩人は露天商に、この可憐で、しかしどこか儚げなイメージが漂う髪飾りを包むよう頼む。
男は一瞬驚き、不思議そうな顔をしたが、ハンターの真剣な眼差しに根負けしたのか、陳列商品の中でも最も浮いていた装飾品を丁寧な手つきで梱包した。
手渡された紙袋を大切に抱えながら見下ろして、カシワは心の底から沸くような、不思議な安堵と喜びの感情に顔を綻ばせる。

「それで、お兄さん。他にも何か買ってかないの~?」
「うんっ!? あ、ああ。そうだな……やっぱり、クリノスの分も一応――」
「――はあ~? おいおい、そりゃねーだろカシワ殿。クリノスちゃんなら赤より黒の方が合うに決まってんだろ」

手近な赤い石のペンダントを取ろうとした刹那、カシワは掛けられた聞き覚えのある声にびくりと指先を凍てつかせる。
なによりも先に、動揺と驚きが感じ取れた。自分の真横に、左隣に、いつしか見知った青緑の鮮やかな色彩を見出してしまっていたからだ。

「なっ……お、お前っ、アアアアアアトリ! アトリじゃないか、なんでここにっ!?」

いつからそこにいたのか、他意はないのか。カシワとは逆の色合いのアクセサリーを指差した縹の狩人は、後輩狩人の悲鳴を聞きニヤリと口端をつり上げた。





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 UP:23/11/22